アインツベルンの森の朝は遅い。年がら年中冬であるからか、一年を通して空を曇天が覆っていて朝日が届くのが遅れるからだ。だが、その前置きがあるにしてもレイニィが起きている時間は早すぎた。アインツベルンの森には珍しく雪は降っておらず、夜空には月と満天の星空が見えている。現在の時刻は午前2時、これが白の陣営がルーマニアの聖杯大戦へ向かう出発時刻だった。
アインツベルンの城の玄関で腰を下ろしているレイニィの側には空になっている酒瓶と、口には半分まで灰になっているタバコが咥えられていた。タバコは衛宮切嗣がアインツベルンへやって来た時に教えられた物で、試しにと何度かやってみたら嵌ってしまったのだ。とは言ってもいつも吸っている訳ではなく、気分転換の意味合いで吸うことが多い。
フィルターまで燃え尽きたタバコを空いた酒瓶の中に入れると玄関が開く。そこにいるのはレイニィの妻のモードレッドと彼女の背中で眠っているレインレッド、アイリスフィール、バゼット、そしてフランシス・ドレイクに米俵の様に担がれているシンジの姿だった。
「ライダーライダー、なんでシンジ死んでるん?」
「酔い潰れちまったのさ。情けない奴だよ、たったラム酒ボトルで一気させただけでこうなっちまうなんて」
「ライダぇ……」
「アッハッハ!!大丈夫だって、そのうち起きるさ!!」
酒に強い奴でもやらない様な事をマスターにさせているサーヴァントに密かにレイニィは戦慄する。気になって確かめれば確かに意識こそは無いがアルコール中毒にはなっていない様だ。聖杯大戦へ乱入するのに脱落の原因がアルコール中毒では笑い話にもならないだろう……いや、フランシス・ドレイクとクー・フーリンとアーサー王……本名アルトリア辺りなら笑いそうであるが。
フランシス・ドレイク以外の姿の見えないサーヴァントだが予め霊体化してもらっている。アルトリアに関しては死んだという明確な表記がされていないので霊体化出来るかどうか不安であったが、どうやら生前でしっかりと死んでいたらしく問題無く霊体化することが出来た。
「さてっと、揃った所で行きますかね」
立ち上がり肩を回しながらレイニィは彼らから距離を取り、深呼吸を一度して
「ーーー因子解放」
その一言で、レイニィの身体が変質する。内側から肉が盛り上がり、骨格がミシミシと不快な音を立てながら人からかけ離れた物へと変化していく。そうして数十秒後にはーーーレイニィの居た場所に、白亜の鱗のワイバーンが居た。
『ほいよ、乗ってくれ。ライダーはシンジの事を診てろよ、酔い潰した責任とって』
「ほぉ……話には聞いてたけど本当だったとはねぇ……」
「相変わらずですね……」
感嘆の声をあげたのはフランシス・ドレイク、バゼットはどこか呆れた様な声を出している。
「ワイバーン……だと……!?これでもしかして私と異種姦プレイをーーー」
「ーーーふんぬっ!!」
アルトリアがなにやら興奮した様子でレイニィに近付こうとしたがモードレッドの上半身を全く動かさない回し蹴りを下腹部に食らって悶絶する。
よくも毎度飽きないなとアルトリアの悶絶している姿を見ながらモードレッドたちが背中に乗り易い様に身を低くする。
レイニィは起源こそは下手をすれば魔術師協会に狙われる様な代物だったが人間
その死徒が下位ならば問題なかった、その聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントを総動員して死徒を討伐すればよかった。事実、監督役をしていた聖堂教会から聖杯戦争の一時中断と死徒の討伐が言い渡されたのだがーーーその死徒は上位、それも【死徒二十七祖】の第十位のネロ・カオスだった。
【死徒二十七祖】とは吸血鬼になった死徒の中でも強い力を持つ者のこと。ただ強いだけなら問題無い、犠牲は多大に出るだろうが聖堂教会の埋葬機関で十分に対処出来るだろう。問題はーーーネロ・カオスを始めとした【死徒二十七祖】の殆どが独自の方法で不死性を得ていて、上位十位になると通常の概念では打倒出来ないとされていることだ。
亜種の聖杯戦争で生存していたサーヴァントと聖堂教会からの救援とネロ・カオスとの戦いはーーー戦いとは呼べぬ程の蹂躙だった。世界に功績を認められたはずの英霊が、異端を葬る為の埋葬機関が、抵抗虚しくネロ・カオスによって喰い殺された。埋葬機関が殺されたのは仕方の無い事だと割り切れる。不幸だったのはその聖杯戦争で呼び出されたサーヴァントの所有していた宝具が全て対人宝具だった事だろう。
ネロ・カオスは彼独自の永遠を実現するために編み出した【獣の因子】と呼ばれる概念を内包する固有結界【獣王の巣】を持っている。因子はネロ・カオスから召喚されて独自に動き、さらに例え殺されたとしても【混沌】としてネロ・カオスの中に還元されて復活する。これにより、ネロ・カオスという死徒を殺すにはネロ・カオス本体と内包されている666の因子の全てを滅ぼさねばならない。つまりネロ・カオスを倒すのに必要なのは個を目標とした対人宝具ではなく、群を目標とした対軍宝具だった。
召喚されたサーヴァントが、埋葬機関が、聖杯戦争の開催地となった町の住人が次々と喰い殺されていく中で、たった一人レイニィだけが生き残った。ネロ・カオスから際限無く召喚される【
そして、人の身でありながら
666ある因子の内の500を泥状に結束させた拘束魔術【創世の土】。それによりレイニィは拘束されて、生きたままネロ・カオスの【獣王の巣】の中に取り込まれた。
獣王などと呼ばれているが哺乳類だけで無く鳥類や爬虫類、果ては昆虫魚類幻獣まで宿っている固有結界の中で、レイニィは生きたままに漂っていた。無抵抗ならその内溶かされて、この固有結界の因子の一つに成り果てるだろうーーーそんな結果を、レイニィは認めるわけにはいかなかった。自分一人で好き勝手に生きていたのなら、そんな結果も良しとしていたかもしれない。
だが、自分は一人では無い。目的があるとはいえど拾い、育ててくれた義父がいる。自分を愛し、そして自分が愛している妻がいる。彼らの事を考えると、このまま因子に成り果てるなど認められる事ではなかった。
そしてレイニィがとった手段とはーーー固有結界内に漂っている【獣の因子】、それらを食らう事だった。【獣の因子】を一つ一つ喰らい、己の中に宿す。それは正気とは思えぬ行為だった。
それでも、レイニィはひたすらに貪った。哺乳類や鳥類、爬虫類昆虫魚類までは簡単だったが幻獣となると困難だったーーーそれでも、帰る場所があったから、帰りたいと思える場所があったから、レイニィは狂気の行いをひたすらに続けた。
そうして【獣の因子】をひたすらに喰らいーーーレイニィはネロ・カオスを内側から食い破って外に出た。そして666の因子を失い、単騎になったネロ・カオスを
こうしてレイニィはネロ・カオスを打倒し、生き長らえることができた。だがその代償は大きい。ネロ・カオスと【獣の因子】を全て喰らった影響かレイニィは死徒化し、ネロ・カオスの固有結界であるはずの【獣王の巣】を引き継いでしまったのだ。前者の死徒化はまだいい、吸血鬼してしまったことのデメリットは
問題は【獣王の巣】。人の
そしてこの時からレイニィは聖杯へかける願いが決まった。それはーーー人間へと戻る事。【獣の因子】と【獣王の巣】を取り除き、ただの人間へと戻る事だ。
全員が背に乗った事を確認し、未だに悶絶しているアルトリアを鉤爪で掴んでワイバーンとなったレイニィは翼を広げて飛び立つ。向かう先はルーマニアの都市トゥリファス、そこにいるユグドミレニアの一族のサーヴァントを殺し、アインツベルンが作り上げた大聖杯を取り戻す。アハト翁から奪還成功時の報酬として大聖杯を使って良いと言われている、それがアインツベルンから与えられる今回の聖杯大戦の報酬だった。
レイニィの願いはただ一つ。吸血鬼と成り果ててしまったこの身を人間へと戻し、モードレッドと一緒に年をとって死ぬ事。その為なら、サーヴァントが七騎だろうが十四騎だろうが殺してみせる。
静かな決意を固め、鉤爪の辺りから聞こえるどこか艶めいた声に精神を削りながらレイニィたち白の陣営はルーマニアへと向かっていった。
本編だとまだ人間だったレインヴェルことレイニィ、番外編だとネロ・カオスをモキュモキュして死徒化しました。これで名実ともに人外だよ!!やったね!!
やべ、元から死ぬイメージが出来なかったのに更に不死身になってしまった。