彼女がために刀を握る 作:luxuria
俺が生まれたのは、何もない普通の家庭だった。
強いて言うなら少し貧乏なくらい、後父親が妖怪退治である事、けれどそれ以外は至って普通な、どこの家とも変わらない普通の家庭だった。
ある日男が言った、俺には霊力があると、それも強大な。
けれど俺はそれを聞いてもそうなのか程度で受け止めた、だって実感がないんだから。
俺が7歳になる頃、父親は妖怪との戦いに敗れ、この世を去っていった。
母親もそれにつられ、俺ただ一人を置いてあの世へと行った。
俺の手元には少しの金と、父親の形見の刀しか残らず少し苦笑もしたっけ。
そこからは、ただ斬るだけだった。
頼まれた妖怪を、霊力を込められ形成された破魔の刀とかしたそれで斬って、お金を貰って、寝てを過ごした。
何も感じない、何も得られない人生だったと思う、まるで真っ白な世界にぽつりと立っているみたいに、何もなかった。
そんなある日。
「おい聞いたか、とても強い巫女さんがあっちの山を越えた先にいるそうだ」
「ああ、若いのに頑張るなあ最近の若者は」
巫女? そういえば妖怪を倒す力を秘めた人達は他にもいるんだったか。
少し気になるな、俺はただその一心で、刀を腰に下げて、その場を後にした。
「あ、足が……」
この山すんごい大きいな、半日ぐらいかかるんじゃない?
心の内で愚痴を言いつつ、俺はその巫女がいるという場所に向かって歩いていた。
今日の明け方からずっと歩いているはずなんだけどな、もう正午を超えてそうだ。
だがその先にある何かを求めるように俺の足はどんどんと前に進んでいる。
巫女という存在がどんな物か、すごく知りたくなった、ただそれだけで動いている俺はどうにかしているのだろうか。
「そうでもないかな、そうでもないか」
自分の欲に生きるのが人間だから、しょうがないよな。
いつだってそうだろ、人間が己が欲以外で動くことなんてあるか?
家族を守りたいだの、人を殺したいだの、その他諸々、全て人の欲だ。
俺の父親が死んだのも、母親がそれを追いかけて行ったのも、全て彼らの欲でしかない。
だから、俺はあの人達に何も感じない、感じ取れない。
「これも欲、なのかなあ」
知りたくない、知ってしまえば恐ろしい何かがあるから、知りたくない。
そんな欲望が、俺を今の状態にしているのかもしれない、なんだか笑えてくるな。
「さて、あと少しだ」
この山を抜ければ、その巫女に会える場所のはず。
期待を胸に、足は先よりも早く動いていく。
一歩、また一歩と進み、山を抜けた先にあったのは小さな村だった。
俺の住んでいる村とそう違いはない人で賑わう村、男は働き、女は買い物を楽しんで、子供は無邪気に遊びまわっている、いたって普通な小さな村。
「ここが……」
巫女が住まう、巫女の村。
何処か特別な雰囲気を醸し出した言葉は、俺の胸を一層高鳴らせた。
いったいどんな人なのだろう、頭の中でどれほど考えようともどれもしっくりとはこない。
早く、会ってみたいなあ。
「あの、すいません」
「お? 他所のものが何の用だい?」
「巫女、という方はどちらにいますか?」
「桔梗様に用があるのかい?」
桔梗、たった二文字の名前は俺の心に響いた。
清く、けれど荒く心の中に響くそれは俺の心を満たした。
何もなかった俺にどんどんと与えていく存在は、いったいどのような人なのだろう。
前にも増して会いたいと思う気持ちが増していくのを感じている時、村のはずれに怪しい気配を感じた。
『これは……妖怪?』
人の気配にしては違うものがあるし、人外なものといえば俺には妖怪しか思い浮かばない。
これは行くべきだろうか、最悪この村が襲われかねない。
思うが先か、もう俺の体はそこに向け走り出していた。
村を抜け、森に入ってから自分の腰に下げた刀の持ち手を握り、なお一層加速する。
この気配、大きな存在が二体? しかもこの感じ、争ってるのか?
妖怪同士で争い合うなんてよくある事なのだろうかは知らないが、止めるか、もしくはやらないと。
「この先に」
手で握る刀の刀身を少し出して、俺は駆け抜けた。
開けた場所に二体の牛人とも言うべき大きな妖怪が俺の存在に気付き一時休戦をして俺に二体同時に襲いかかってきた。
刀を抜いて、霊力を注ぐ。淡く青い光に包まれた破魔の刀を構え、疾走した。
一体の足をかいくぐり、後ろに回り込んで足を切断し、背中を登り、相手の頭上に飛んで見せ、一体を真っ二つに切断した。
妖怪の血が俺の体に飛んでくる、熱く、けれど人とは違う汚れた血を少し払って、向かって右側にいる俺に拳を向かわせている妖怪と対峙する。
飛んでくる拳を自分の前に刀を置いて防ぐものの、あちらの方が断然力は強く俺は後方へと飛んだ。
「ぐう!」
体に痛みを覚えながらも足を地面に刺すようなイメージで突き立ててブレーキ代わりにして地面に立つと再び構え、相手を睨む。
速さならまだ勝てる、攻撃力もある。けれど先のようにうまくいくとは限らない。
深呼吸、目を瞑り息を吐き、走る。
牛人も俺に合わせるようにその巨躯を走らせ地面が音を鳴らす、その中で俺は跳ねた。
空中に身を躍らせ、的になったと言わんばかりに妖怪は俺拳を向かわせる。
俺に拳が到達する瞬間、俺は妖怪の拳に乗っかり、拳から腕へ走り、そしてその首を切り裂いた。
首から大量の血を放出しながらも砕け散った妖怪のいた場所に降り立つと俺は刀を鞘に収めた。
「お前、何者だ」
綺麗な声だった。
全身に走る衝撃、まるで待ち望んでいた何かがきたかのような。
俺はすぐに声のする方向に振り向いた。
自分と同年代に見える少女、その身を巫女服で包み、艶やかな髪は背中まで伸び、その目は真実を見抜かんとどこまでも真っ直ぐで。
とても綺麗な少女に俺は口を開いた。
「俺は、快っていいます」
一目惚れするのには十分だった。