綺麗な器の中身は少ない【HUNTER×HUNTER】   作:みくみっく

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プロローグ

 一月七日、人気(ひとけ)の少ない寂れた町にて。

 冷たく乾いた風が吹く中、舗装のされていない道を歩く少女がいた。

 

「……本当にこの辺なのかなあ」

 

 小さな声で呟きながら、きょろきょろと辺りを見回して何かを探している。

 割れたのをガムテープで修理されたガラスのショーウィンドウの中の古そうなオモチャを眺めてみたり、落書きだらけの壊れたシャッターのひび割れた隙間から真っ暗な中を覗いてみたり……ふらふらと歩き回る少女は、むしろ見た目よりも幼く見える。

 

 そんな少女の姿と格好は、この閑静で地味な町並みにはとても不釣合いなものだった。

 ゆるいカーブのかかったロングヘアは、美しく輝く黄金色。忙しく動くぱっちりした大きな瞳は、透明感のある新緑のような色。上を向いた長い睫毛は、日光を浴びて光っているようにも見える。左右対称で整った顔立ちは、見る者を一瞬で魅了しそうな程に綺麗だ。

 スラリとした細い体を包む服は、どれをとっても高そうなものばかり。

 袖の膨らんだゆったりとした白いブラウス。淡くも鮮やかな印象を与えるエメラルド色の柔らかいジャンパースカート。フリルのついた白いハイカットソックス。飾り気の少なく光沢がある、ヒールのついていない茶色のショートブーツ。天然の革でできた、大きな肩掛け鞄。

 そんな見た目からして、少女が富裕層の娘であることが容易に読み取れた。

 

 何故、そんな少女がこの廃れきった町をうろついているのか。――時は少し遡る。

 

 

 

*

 

 

 

 少女は、パドキア共和国のとある一家の末っ子だった。

 母は有名な政治家で、父は偉大な医者。六人の兄姉も皆優秀で個性があり、いつも人気者だった。

 その一家の名はアディンセール。別に特別な血筋ではないが、実力社会である今の時代を勝ち抜き続けていることで名を上げている、数少ない勝ち組なのである。

 

 しかしそんな中で、末っ子は少し劣っていた。全体的な平均よりは上だったが、アディンセール家として見るとやはり能力が低すぎる。

 それ故に、末っ子は家族から少しだけ嫌われていた。一応ある程度の望みは叶えてもらえるし、食事も寝床も衣服も雑貨も、他の兄弟姉妹と同じくらいの物を与えてもらえはした。それでも、家族から浴びせられる視線はたまに冷たいときがあった。

 末っ子はそんな状況が嫌だったが――――本当は、アディンセール家なのに能力が低い自分が一番嫌だった。

 そんな自分を少しでも変えようと色々努力した結果も、伸びたのは体力と洞察力だけ。そんなのあまり意味も無い。

 最終的に、「何か資格でも取ろうか?」という発想に至り、どうせならハンター試験でも受けてみようかとバカなことを考えたのだ。身の危険を感じたらそこでギブアップしてしまえばいいのでは、と。

 そんなこんなで参加の申し込みを済ませて、最低限の荷物を持って、夜にこっそり家を抜け出したのだった。

 

 

 

*

 

 

 

 それからは飛行船で、ハンター試験場がある町に来た。

 しかし事前に知らされていたのは、『会場がある大まかな位置』だけ。受験者は試験会場を自力で見つけなくてはならないのだ。

 試験会場まで案内してくれるナビゲーターという者もいるのだが、この人気(ひとけ)のない町にそんな人がいるのか、と、少女は半分諦めている。

 でももしかしたら、適当に散策してたら偶然見つかったりするかもしれない――……そんなわずかな希望を持って、当てずっぽうでその辺を歩いていたのだ。

 

 勘に任せてあちらこちらへふらふらしていると、ふいに肩掛け鞄の中からポップな音楽が小さな音量で流れ出した。アップテンポで明るいイメージがある。

 それに気付いた少女は足を止めた。そして、少し俯いて何か考えるような仕草をする。しばらくそうして唸った後……仕方なさげに肩掛け鞄を開けて中から四角い物体を取り出した。その物体から音楽が流れている。

 十センチ×五センチくらいの表面に液晶画面と多くのボタンがついている、一センチくらいの厚さの機械だ。

 少女は数あるボタンの中の一つを人指し指で押すと、無機質な機械音が鳴ると同時に音楽が途切れた。

 さっきまでは左手で持っていたそれを右手に持ち替えて、右耳にあてる。

 数秒ほどそうした後……少女は突如焦りだした。

 

 

 

**

 

 

 

『ちょっと、クーレマイシス! 貴方一体どこにいるのよ! 家中探してもいないじゃない!』

 

 勇気を出して母さんからの電話に応えると、案の定、母さんの怒鳴り声が耳に入ってきた。

 それから色々言われたけど、正直私は別のことで頭がいっぱいになってしまっている。だから心の籠もっていない謝罪を何度かしつつ、説教という名の長い話にはかなり適当な相槌を打っていた。

 

『ったくもう……で、結局貴方は今どこなの? まさか家出とかじゃあないでしょうね? そんなの、母さんは絶対に許しませんから――――え? ……ああ、そうなのね。わかったわ、ミレンネ……じゃない、マルイダ。ごめんね、間違えちゃったわ。ふふ、だって双子なんだもの。』

 

 私に説教していたと思えば、母さんは途中で他の家族と雑談を始める。やはり母さんは今日も通常運転のようだ。私よりも兄さんや姉さんを優先してる。

 ……ミレンネ姉さんとマルイダ姉さんは見た目も性格もほぼ同じだから、私もよく間違えるなあ。そして私以外の人が間違えてもヘラヘラ笑って許すのに、なぜか私だけは軽く睨まれるんだ。

 そんな脱線したことを考えていると、やっと雑談を終えた母さんが私への説教に戻ってきたようで。

 

『ん"んっ……クーレマイシス。マルイダがさっきね、少し調べれば貴方の携帯の位置――つまり貴方のいる場所がわかるって教えてくれたのよ。

 母さんの言ってる意味、わかるかしら?』

 

 咳払いの後の母さんのその言葉を聞いて、首筋や背中なんかから変な汗が吹き出てきた。

 私がいるのはハンター試験会場がある町だ。ミレンネ姉さんとマルイダ姉さんなら、ついでとばかりに色々と調べて、私が二百八十六期ハンター試験に参加しようとしていることなんて簡単にバレてしまう。

 もし母さんがそれを知れば「娘がそんな無謀なことをしようとしただなんて世間に知られたら印象が悪くなる」とかなんとか言って、しばらくは私に監視の人間を付けて自由を奪うことだろう。そんなの嫌だ。ただでさえ普段から周りの威圧が掛かってきているのに、これ以上押さえつけられるなんて。

 ……いや。もしかしたらそれくらいでは収まらないかもしれない。

 

 そもそも私の家族、有名で有能なアディンセール家は――――――私、クーレマイシスの存在を、世間一般には明かしていないのだ。

 もちろん戸籍はあるし、データ収集に長けた人なら私の存在を暴くことは簡単だ。そしてかの有名なアディンセール家が無能な末っ子を隠していたとわかれば、すぐにでも報道されて問題になるだろう。

 それでも、今まででそんなことは一度もなかった。具体的に何をしているのかは知らないけど、どうやら両親とミレンネ姉さんとマルイダ姉さん辺りが何か防止策を張っているらしい。

 しかしそれはデータ漏洩を防ぐものだ。実物を見てアディンセール家だとバレることに関しては、何の対策もできやしない。

 だから私は家族と一緒に外に出ることはあまりなく、もし見られたら「遠い親戚だ」と誤魔化さなければならない。だから基本的に、私は邪魔なお荷物な訳だ。

 そして今回のことで家族が話し合って私の処置を決めるなら最悪の場合――新しく地下室でも作って、私をそこに幽閉してしまうことだってありえるかもしれない。

 

『……黙るってことは、わかってるのね。その通りよ。今から使用人に迎えに行かせるから、貴方はそこで大人しく待っていなさい』

 

 返答をしない私に捨て台詞を吐いて、母さんはすぐに電話を切ってしまった。

 無機質に、規則的に鳴り続ける低い電子音が、頭の中にまで響いているような錯覚に陥る。

 ……嫌だ。使用人なんて寄越さないで。迎えに来ないで。私を縛らないで。

 最初は、軽い気持ちで家を出たはずだった。怖くなったら帰ればいい、と思っていた。なのに今はどうだろう。ハンター試験の会場すら見つけられず、家族に見つかり、このまま家に帰れば恐ろしいことになるかもしれない。

 かといって、どれだけ逃げようと、携帯で自分の位置がバレてしまう。

 

 …………うん? 携帯で? 自分自身の居場所ではなくて? じゃあ……もしここで、携帯を捨てたらどうなる?

 

 なぜかふいに、頭の回転が加速し始めたような気がする。

 家族がわかるのは携帯の位置だけ。それなら、今ここで携帯を捨てれば逃げれるかもしれない!

 今だに高い電子音を鳴らし続けるそれを、私は素早く耳から離し、左手に持ち替える。画面の下に並ぶたくさんのボタンの中から、通話を切るボタンを選んで押した。すると黒かった画面に色が付いて、愛らしい子猫の画像――いつもの待ち受け画面が現れる。

 いっそ、データはもう消してしまった方がいいかもしれない。あの姉さんたちなら復元してしまうことも簡単だろうけど、どうせこの携帯には大した情報もないし。むしろ時間稼ぎになるかもしれない。

 

 私の携帯ではそもそもインターネットが一部制限されていて、掲示板やSNS、公序良俗に反するようなサイトには入れないように設定されている。つまりほぼ連絡用ということだ。そんな携帯だから、私は基本的に家族との音声通話と簡単なメール、それとちょっと綺麗だと思った光景なんかをカメラ機能で撮るくらいでしか使わない。

 つまり、データを調べたところで「だからなんだ」ってことになるだけだ。

 ちなみに家からこの町までは、車と飛行船での移動時間を合計して21時間くらいかかる。それまでに自分で出来る対策をしないといけない。

 その第一歩として私は、いくつかのボタン操作で、携帯のデータを初期化。そして電源を切る。SDカードは抜いてポケットにしまい、空っぽになった本体は……とりあえず、勢い良く地面に叩きつけた。

 

 

 ――ハンター試験を受けるという目的が、壮大な家出作戦にすり替わってしまった瞬間である。




ハーメルンで書くの初めてだから色々とビクビクしてるみくみっくです。
基本これは不定期更新なのでご了承ください。
もし誤字・脱字などありましたらご報告いただければ幸いです。
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