入学式が終わり、観客席に座っていた人々はそれぞれの帰路へとついている。エ・ランテルの市民達は第二防壁内にある自分の住居へと向かう。新入生は順次入寮の手続きをしてくださいとのことだった。
ネムは、知人の姿を探そうとするが、人が多く探すことができなかった。闘技場から出る人の列も、遅々と進まない。
きっと入寮する人たちが一斉に行くから寮の方でもきっと混雑しているだろうな、とネムは思う。少し時間を何処かで潰そう、とネムの足は並木道へと向かった。
並木道に咲いている花は淡い桃色の世界を造り上げていた。
「綺麗だなぁ。この花はずっと咲いているのかな?」と、アーモンドの花に似た木々を見上げながらネムは呟く。
その呟きが終えたあと、金色に実った小麦畑を揺らしていく夕暮れの秋風のような強い一陣の風が吹いた。
その唐突な風に驚いたネム。そしてそのネムが目をゆっくりと開く。
「わぁ……」
風によって枝から飛ばされた無数の花びらが舞っていた。そしてそれはゆっくりと、まるで時間の流れが遅くなってしまったのかのように、ゆっくりと舞い落ちてくる。ゆっくりと舞う花びらが一枚、ネムの広げた掌に滑り込んできた。
「秒速二センチメートル」
不意にネムの背後から声が聞こえた。
「え?」
「サクラの花びらが落ちるスピードだよ」
ネムが驚いて振り返ると、太陽の光を浴びて輝く
「サクラ?」
「この木の名前のことだよ」
ネムには聞いたことのない名前であった。
「知らないのも無理はない……。私だってこの花を見るのは二度目で、六百年ぶりかな。たしか、開花時期に“ろぐいん”すると一日につき一本手に入れることができる…… だったか」
「そんな珍しい種類の木なんですね。さすが、アインズ様だなぁ。とっても綺麗な花ですよ」とネムは舞い散っていく花びらを目で追いながらしみじみと言う。サクラの花びらを押し花にして、部屋に飾ったりするのも良いかも知れない。
「珍しいもなにも…… もともとこの世界には存在しないからね……」
「え?」その言葉に驚いた後、ネムはその声の主である
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ツァインドルクス=ヴァイシオンは夢を見ていた。懐かしい夢だった。
「最近、
彼らが所持しいる装備品は、自分の収集した山小人《ドワーフ》族の武器や防具と比べても遥かに価値がある。そして、自らが
「お前たち、その珍しい武器や防具を置いていけ。そうすれば、命だけは助けてやろう」とツアーは自分の体格からすれば植物の種のような、そんな姿の人物達を見下しながら言う。この世界で最強である
が、その集団の反応は違った。
「この
「野生だったら喋ってるのがまず凄いぞ。どっかのギルドの
「“
「“ヴィーヴルの竜石”をドロップする
まるで草原で小動物に遭遇したかのような、暢気に話し合いをする集団。生意気な奴らだとツアーは思ったが同時に警戒に値する存在であるということは理解できた。ツアーの鋭敏な知覚能力が本能に警鐘を鳴らしている。
「とりあえず、餌付けできないか?
「
この世界の最強種族を目の前にしても動じる様子のない集団。彼らの持っている武器も、目と鼻の先まで近づいてやっと理解できた。
「お前らは一体何者だ?」
「ん? プレイヤーだが。お前は?」と漆黒のローブを纏った人物が口を開く。ツアーは気配から明らかに人間種ではない。
「わが名は、ツァインドルクス=ヴァイシオン。
「いや、それは見れば分かるだろ…… 何をしにきた?
「いや、お前らが珍しい装備品を持っているなと思ってな。コレクションに加えられたと思ったんだが……」
「こんなのもあるぞ?」と、真っ赤な鎧を身に纏った人物はマジック・アイテムを取り出して、その効果を見せる。
「す、すごいぞ。くれ、くれ!」とツアーは興奮した。こんなすごい効果を持っているアイテムなど、
「もちろん
「むむ……」とツアーは唸る。
ひとつは、アイテムを時空を操る
ツァインドルクス=ヴァイシオンは目覚めた。そして長い首を動かし、自らの鋭い爪に付けられている指輪を見つめる。
「懐かしいな。サクラを見たからか……」
ツアーはそうつぶやいた。