血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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ナザリック学園 ③

 入学式が終わり、観客席に座っていた人々はそれぞれの帰路へとついている。エ・ランテルの市民達は第二防壁内にある自分の住居へと向かう。新入生は順次入寮の手続きをしてくださいとのことだった。

 ネムは、知人の姿を探そうとするが、人が多く探すことができなかった。闘技場から出る人の列も、遅々と進まない。

 

 きっと入寮する人たちが一斉に行くから寮の方でもきっと混雑しているだろうな、とネムは思う。少し時間を何処かで潰そう、とネムの足は並木道へと向かった。

 

 並木道に咲いている花は淡い桃色の世界を造り上げていた。

 

「綺麗だなぁ。この花はずっと咲いているのかな?」と、アーモンドの花に似た木々を見上げながらネムは呟く。

 その呟きが終えたあと、金色に実った小麦畑を揺らしていく夕暮れの秋風のような強い一陣の風が吹いた。

 その唐突な風に驚いたネム。そしてそのネムが目をゆっくりと開く。

 

「わぁ……」

 

 風によって枝から飛ばされた無数の花びらが舞っていた。そしてそれはゆっくりと、まるで時間の流れが遅くなってしまったのかのように、ゆっくりと舞い落ちてくる。ゆっくりと舞う花びらが一枚、ネムの広げた掌に滑り込んできた。

 

「秒速二センチメートル」

 

 不意にネムの背後から声が聞こえた。

 

「え?」

 

「サクラの花びらが落ちるスピードだよ」

 

 ネムが驚いて振り返ると、太陽の光を浴びて輝く全身甲冑(フル・プレート)の人物が立っていた。

 

「サクラ?」

 

「この木の名前のことだよ」

 

 ネムには聞いたことのない名前であった。

 

「知らないのも無理はない……。私だってこの花を見るのは二度目で、六百年ぶりかな。たしか、開花時期に“ろぐいん”すると一日につき一本手に入れることができる…… だったか」

 

「そんな珍しい種類の木なんですね。さすが、アインズ様だなぁ。とっても綺麗な花ですよ」とネムは舞い散っていく花びらを目で追いながらしみじみと言う。サクラの花びらを押し花にして、部屋に飾ったりするのも良いかも知れない。

 

「珍しいもなにも…… もともとこの世界には存在しないからね……」

 

「え?」その言葉に驚いた後、ネムはその声の主である全身甲冑(フル・プレート)の人物を探すが、その姿は消えていた。そして不思議なことに、風が強まったのか、花びらが舞い落ちる速度が早まったようにネムには思えたのだった。

 

 ・

 

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 ツァインドルクス=ヴァイシオンは夢を見ていた。懐かしい夢だった。

 

「最近、牛頭人(ミノタウロス)獣人(ビーストマン)達が人間に大敗したという珍しい知らせを聞いたと思えば、どうやらその原因はお前たちだったようだな?」と、ツアーは見たこともないような強大な力を宿した武器や防具を持つ集団の前に降り立った。

 彼らが所持しいる装備品は、自分の収集した山小人《ドワーフ》族の武器や防具と比べても遥かに価値がある。そして、自らが始原の魔法(ワイルド・マジック)で造りだしたアイテムとも違った魅力を感じる。その魅力は遥か天空を飛んでいてもその秘めた力を感じたほどだった。是非とも、彼らが持っている所持品を自分のコレクションに加えたい。(ドラゴン)としての抗いがたい習性。自分より長い時間を生きている竜王(ドラゴンロード)と比べると、自分が収集した宝物はまだまだ誇れるだけのものとなっていないという自覚がツアーにはあった。

 

「お前たち、その珍しい武器や防具を置いていけ。そうすれば、命だけは助けてやろう」とツアーは自分の体格からすれば植物の種のような、そんな姿の人物達を見下しながら言う。この世界で最強である(ドラゴン)の中でも、竜王(ドラゴンロード)と呼ばれる強大な力を持った最強の存在の一角。どんな種族であれ、身ぐるみ全てを置いて尻尾を巻いて逃げるだろうとツアーは思っていた。

 

 が、その集団の反応は違った。

 

「この(ドラゴン)何言ってんだ? レイドボスか? 敵感知(センス・エネミー)の指輪が反応してないんだけど?」

「野生だったら喋ってるのがまず凄いぞ。どっかのギルドのNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)か?」

「“傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)”使って騎乗用に使えない?」

「“ヴィーヴルの竜石”をドロップする(ドラゴン)って、こんな感じのやつじゃなかった?」

 

 まるで草原で小動物に遭遇したかのような、暢気に話し合いをする集団。生意気な奴らだとツアーは思ったが同時に警戒に値する存在であるということは理解できた。ツアーの鋭敏な知覚能力が本能に警鐘を鳴らしている。

 

「とりあえず、餌付けできないか? 動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)で、レベルの低い騎獣を食わせてみるとか?」

鷲馬(ヒポグリフ)とかなら食いそうじゃね? 課金ガチャの外れ、たくさん持っているぞ」

 

 この世界の最強種族を目の前にしても動じる様子のない集団。彼らの持っている武器も、目と鼻の先まで近づいてやっと理解できた。竜王(ドラゴンロード)である自分をも屠ることが可能な力を秘めている。

 

「お前らは一体何者だ?」

 

「ん? プレイヤーだが。お前は?」と漆黒のローブを纏った人物が口を開く。ツアーは気配から明らかに人間種ではない。

 

「わが名は、ツァインドルクス=ヴァイシオン。竜王(ドラゴンロード)だ」と最強種に相応しい態度で自らの名前を名乗る。

 

「いや、それは見れば分かるだろ…… 何をしにきた? 敵感知(センス・エネミー)の指輪が反応しないところを見ると、俺たちを食おうってんじゃないだろう?」

 

「いや、お前らが珍しい装備品を持っているなと思ってな。コレクションに加えられたと思ったんだが……」

 

「こんなのもあるぞ?」と、真っ赤な鎧を身に纏った人物はマジック・アイテムを取り出して、その効果を見せる。

 

「す、すごいぞ。くれ、くれ!」とツアーは興奮した。こんなすごい効果を持っているアイテムなど、(ドラゴン)として長く生きていて聞いたこともない。他の竜王(ドラゴンロード)も持ってなどいないだろう……。

 

「もちろん無料(ただ)でもらおうとは思ってないよな?」と、真っ赤な鎧を身に纏った人物はそのアイテムを空間に広がった闇の中に隠す。

 

「むむ……」とツアーは唸る。

 ひとつは、アイテムを時空を操る始原の魔法(ワイルド・マジック)と似た効果でアイテムを何処かへやったことに驚いて、そしてもうひとつが条件を提示されたことについて。だが、ツアーはすでに彼らの持っているアイテムや装備品に魅了されていた。喉から翼が出てしまうのではないかと思うくらいだ。

 

 ツァインドルクス=ヴァイシオンは目覚めた。そして長い首を動かし、自らの鋭い爪に付けられている指輪を見つめる。

 

「懐かしいな。サクラを見たからか……」

 ツアーはそうつぶやいた。


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