ナザリック学園の入学式を終えて数週間が過ぎた。右も左も分からない新入生が学園生活に徐々に慣れ、落ち着きを見せ始めていた。
そんなナザリック学園の奥部。限られた者しか入室ができない部屋。そこで会議が開かれていた。その会議の出席者は、魔導王アインズ・ウール・ゴウンとその守護者達。そして、ナザリック学園の講師を務める者達であった。
「まず最初に、ナザリック学園にてそれぞれ教職、生徒として忠実に働いてくれていることに私は感謝を述べよう。私は満足している。そのことを先に伝えておこう」とアインズが言うと、全員が深々と頭を下げた。
「さて、各々学園で働いていて何か気付いたことはなかっただろうか? それぞれが気付いた点を共有し、対策を考えておきたい」
学校施設の建築に関しては、ペロロンチーノさんやスーラータンさんが残していったナザリック学園のデータやナザリック地下大墳墓の建築データなどの流用して作ることができた。しかし、それはあくまでハード面での話だとアインズは考えていた。
ソフト面では、大雑把な計画しかない。今後充実させていく必要があると感じていた。たとえば、将来的に教科書を作る必要が出てくるかもしれない。また、冒険者養成科以外の学科でも試験制度なども考えていかなければならない。メイド科であれば、就職先斡旋先を見つけておくことも必要だ。
そもそもナザリック学園は三学期制度にするのか二期制にするのか。それに、夏休みや冬休みなど設ける必要がないのか。また農民の子供が多い場合、収穫時期などは故郷で人手が必要となるであろう。そのような場合には秋休みも当然必要になってくる。
さらに、緊急の課題といえば、学生に休日というものがないことが問題だとアインズは思っている。もっといえば、エ・ランテルにも休日という概念がないのも問題だ。ナザリック学園の開校を記念してその日は祝日とした。しかし、休日というものが分からないエ・ランテル市民はその日に何をすれば良いのか分からず、ナザリック学園の入学式会場である闘技場に殺到してしまった。新入生と、暇な奴が来るだけだろうと思っていたアインズであったが、満席の客席を見てこんな大人数の前で入学式の挨拶のスピーチをしないといけないのか、と精神安定化を要したほどだった。鈴木悟としてプレゼンをするのは精々多くて二十人程度だった。いきなり最高記録の更新である。
とにかく、ソフト面を充実させていくことが必要だな。せっかくペロロンチーノさんとスーラータンさんが熱心に計画していたナザリック学園だものな。成功させたい。だが、俺は現実世界の小学校という先入観があるからな。この世界に則さない制度を作っても仕方がないしな。意見を取り入れる必要があるからな。
「あの私から報告をよろしいでしょうか」と、ナザリック地下大墳墓の一般メイドのシクススが恐る恐る手を挙げた。シクススは現在、メイド養成科で教鞭を執っている。
「積極的な発言を歓迎しよう」とアインズは出来るだけ明るい声で言った。
「メイド養成科に入学した、
「なにか問題があったのか?」
「かなりの問題児です。メイドの基本にして奥義である美味しい紅茶の注ぎ方を指導中なのですが、『どうして女王たる私がどうしてこんなことをしなきゃならんのだ。
「シクススよ、全てを許そう。お前の努力に私は満足している。むしろ、そんな者を入学してしまった私の失態だ。私がシクススに謝罪をするべきであろう。しかし、女王とはな。
(そんな報告はデミウルゴスから聞いていないがな。それに、ラナーはデミウルゴスと協力して、魔法を動力としたエコな紡績機と力織機を開発中と聞いているしな。食料に続いて王国や帝国の軽工業を壊滅させる計画だとか。
「知謀の王であるアインズ様が失態など有り得ません! 私の指導力不足です……。ただ、来ているのは竜王国の女王なようです……」
(は? 外国の留学生の協定はまだ帝国としか結んでいないんだが……)
「その件に関しては私もシクスス殿の依頼を受けて、
「何が目的だ? シクススの報告だと、目的はナザリックの授業妨害か? そうだったのとしたらぁぁぁぁああ、アインズ・ウール・ゴウンのぉぉおおお、仲間達の夢だったナザリック学園を乱す糞はぶち殺っ……………………。ゴホン。まずはナザリック学園へ潜入してきた目的の調査だな。何か心当たりのある者はいないか?」とアインズは一度怒りを抑制させてから意見を求めた。
「これは推測ですが、竜王国は
「カッツェ平野での勝利後、帝国に竜王国から救援依頼が来ておりました。子供のような文章と文字でジルは読んだ瞬間にその手紙を捨ててましたが」とフールーダも言った。
「あと竜王国関連で言うと、竜王国のアダマンタイト級冒険者チーム“クリスタル・ティア”の“閃烈”も来ているぜ。冒険者養成科に紛れ込んでるようだが恐らく女王の付き人としてだろうな。上手く変装しているようだが、前に手合わせした時と変わらない臭いがする。剣筋は以前より鋭くなっているようだがな」とガガーランが獲物を狙うような目で言った。
「なるほど、竜王国から来たその二人とは一度接触をしてみる必要がありそうだな。竜王国が危機で救援を求めているなら、恩を高く売れそうだしな。だが、竜王国や
「いえ、苦労などとは! アインズ様にお仕えできているだけで私は至上の幸福を得たのと同じです! あと、その問題児を抑えるという意味で、学級委員長なる制度を導入し、カルネ村のネム・エモットがその任につきました。すこしずつではありますが彼女が問題児を抑えていってくれていますので、このままうまくいけば沈静化するかも知れません」とシクススが報告する。
「さすがは将軍閣下の妹君でありますな」とゴブリン軍師が誇らしげに言い、それに他のゴブリン達も感慨深く頷く。
「カッツェ平野で見つけた猫たちもあの子には懐いていたからね。そういうの得意なんじゃないかな」とアウラが両腕を頭に回しながら言った。
「うむ。では、一旦様子を見るとしよう。さて、他に共有するべきことはないか?」とアインズは議事進行をする。
(守護者との会議はアルベドがやってくれてたけど、結構これも緊張するな。早く本題の学校制度に関する話題に入りたいのだけどなぁ)
「農業養成科では、白銀の
(たぶんそいつ中身アンデッドなんじゃないかなぁ。それにしても、言われてみれば
“漆黒”のモモンとして活動しているときも、水とか飲まなかったな。いくら屈強な人間でも水分は定期的に必要だよな……。熱を吸収する漆黒の
「ま、マーレは同じ学科としてどう感じたのだ?」
「え、ぼ、僕? えっと…… そんな人いたかなぁ……」
「ちょっとマーレ! ナザリック学園に生徒として紛れ込んで、アインズ様に敵対する奴を見つけるって任務でしょ!」とアウラが両手で机を叩いてマーレを叱責する。
(え? そんな話だったか? 普通に学業に励んで欲しかったのだが……)
「良いのだアウラ。まだ学園生活も始まったばかりだからな。それで、単純に力が強いだけなのか?」
「そ、そこまでは分かりません。ただ、農作業自体はしっかり根元から雑草を抜いているので、作業自体は丁寧です」とピニスンは答えた。
「なるほど……。引き続き警戒を頼むぞ。さて、他には何か報告する者はいないか?」
「儂も一人、気になった生徒がおる。儂が“赤のポーション”を見せたとき、まったく反応をしなかった生徒がいるのじゃ。流通している青のポーションの知識もあったし、“赤のポーション”の価値が分からないというわけでもないようだ。むしろ、その存在を知っておったという反応じゃ」とリィジー・バレアレが口を開く。
「ほう……。それは興味深いな」とアインズは頷く。ユグドラシルのポーションを知っているのであればそれはプレイヤーの可能性が高い。
「これが、その者の入学願書です」と、リィジーは書類をアインズに恭しく渡した。アインズはセバスに預けていた眼鏡を使ってその書類を読む。
(え? 何これ? 明らかにこれ偽名じゃん。それに、なんでこの入学願書、スリーサイズの記載欄とかあるんだ?)
「こ、この入学願書はどうしたのだ?」とアインズは尋ねる。もう既にその答えは分かっているが。こんな入学願書を作るのは、ペロロンチーノさんだろう。
「ナザリック学園の事務室に既に置いてあったということでしたが」とリィジーは答える。
(やっぱりか…… ペロロンチーノさんがこれも備品としてデータに組み込んだんだろうな…… ん? 『趣味:ルビクキュー』って。ルービックキューブのことか? 確定だな……)
「リィジー・バレアレよ。よくやった。こいつは要注意人物だ。最大級の警戒で当たるぞ。守護者を守らせている
「はい!」と守護者達は一斉に返事をする。主であるアインズの真剣味を感じ取ったからだ。それに、シャルティア、アウラはそのアインズの発言を受けて瞳に怒りの色が浮かび上がる。
(なんなんだよ……。ペロロンチーノさんやスーラータンさんが夢見た享楽的だけど清純な学園って感じじゃなくなってきたじゃないか……)
「私達からも報告があります。傭兵者育成科なんですが、十二人ほど明らかに部隊を指揮した経験のある奴らがいますね。それも全員がかなりの使い手です。十二人の中には、ルプスレギナさんを目の前にしたとき以上にゾッとする感じの強さを感じますね。それに、この十二人、互いに知らない振りをしていますが、同じ匂いというか、同じ思想を感じますね。俺達ゴブリンを見る目が、見下しているっていうより、なんというか…… 存在自体許せないというような目で見てきますね。十二人とも……」とゴブリン軍師が報告を行う。
「話を聞く限りではスレイン法国の漆黒聖典でしょう。人数、亜人種を良く思わないなど、特徴が一致します」とフールーダが自らの意見を述べた。
「ほう……。まだ断定はできないだろうが、ルプスレギナを超える強さというのも警戒に値する。こちらも警戒が必要だ。アウラには更にセバスを付けることにしよう。ツアレもメイド養成科に入学させるか…… いや、休暇中だったな。ツアレがいざというときは、セバスにも立ち会わせてやれ。その場合はアルベドが一時的にアウラの護衛としよう。アウラ、十分に注意しろ」
「分かりましたアインズ様!」
「あとは、何か言っておくべきことがある者はいないか?」とアインズは周りを見渡す。発言をしていないのはシャルティアだ。ちらりとアインズはシャルティアの方に視線を向ける。
「ナザリック学園を設立し、アインズ様に敵対する者達をおびき寄せるといわす御計画。流石はアインズ様です」とシャルティアが頬を紅潮させながら言う。
「まったくその通りですね。後は一網打尽にするだけですね!」と一同が口々にアインズを称賛し始めた。
(ん? 会議が終わる流れになってないか? 本題の学校制度に関する話題をまだ触れてもいないぞ? 会議の趣旨がまったく違ったものになっているぞ……)