血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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ナザリック学園 ⑤

 授業が終わったナザリック学園の放課後。セバスは傾き始めた太陽を見上げた。懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。まだ、アウラはクラブ活動なるものを行っている時間だ。クラブ活動の時間は、マーレ、シャルティアと一緒に行動をしているのでその時間は護衛をする必要はない。

 さて、と呟くとセバスは足を動かす。セバスはナザリック学園の中を歩き始める。

ガゼボで昼食をとることにした。ガゼボというのは、ヨーロッパ風の東屋といったものだ。柱と屋根と四角形のテーブルと、その四方に椅子が置かれているだけの建物である。

 セバスの視界に、池の中心にある島に作られている石造りのガボゼが入った。そして、そのガボゼの中に置いてある椅子で楽しそうに話をしている女子生徒達。春の優しい木漏れ日が池に差し込み、池に溶け込んだ太陽がそよ風で微かに揺らめいている。

 流石は至高の御方であるアインズ様が御手自ら作られたナザリック学園だ、とセバスは自らが絶対の忠誠を捧げるアインズを心から賞賛し、その方に自らが仕えているという幸福で胸が一杯となる。

 洗練された建造物、美しい公園や庭園。美しく咲き誇る色鮮やかな花々。ナザリック学園の地理の完全な把握を行うために、セバスが情報収集の一環として自主的に行っている散策であるが、その散策自体がセバスには楽しかった。

 

 セバスの足はどんどんと進み、闘技場や公園、そして校舎への裏側へとその足は運ばれていく。

 

 校舎の裏。特別な用事、それも人目を避けたい用事などが無い限り来ることの無い場所だ。そこに冒険者風の装備をした十二人の集団と、そして地面に俯せになっている男。背格好から見て倒れているのは蜥蜴人(リザードマン)であろう。

 

「こんな人気のない場所で何をされているのですか?」

 

(じじい)は失せやがれ!」

 顔と両腕にタトゥーを彫り込んでいる黒髪の男が言った。全身に鎖を巻き付けており、その鎖を右手で回し始めた。

 

「威嚇のおつもりですか?」とセバスは尋ねた。

 

「ちげぇよ。ただ、手元が狂って、お前の頭をこの分銅が割っちまいそうだから忠告してんだよ」

 

「そこに倒れているのは学園の生徒ではありませんか?」とセバスはその男を無視して倒れているの所へと進む。蜥蜴人(リザードマン)が、魚の養殖に続き、食料の安定化の為に果樹栽培を学びに来ているのをセバスは学生名簿で確認済みである。そして、この十二人の集団は、傭兵者育成科の学生で、スレイン法国の漆黒聖典であると目される人物達である。

 

「こいつはだ。抹殺対象だぜ?」

 

「その蜥蜴人(リザードマン)は、ナザリック学園の生徒であり、偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様が保護をされている存在です」

 

「は? 俺たちはそのアンデッドを殺しに来たんだ――――」

 

 そう口にした瞬間、第九席次エドガール・ククフ・ボ-マルシェの頭が吹き飛ぶ。セバスの拳によって。

 

「アインズ様に対する不敬。敵対行動をとった場合、処分して良いという許可を貰っておりますので」と、セバスは右手についた血をハンカチで拭き取りながら言う。

 

「こいつは強いぞ。全員でやるぞ」と、セバスがこの中で一番強いと見ていた男が、槍を構える。

 

「はい。隊長」と他の十人も、仲間の一人の頭が吹っ飛んだことに動揺せずに行動を戦闘準備に入った。

 

「“賢者の三角帽子(マーゴイズ・ハット)”。ちっ! セドラン! クインティアを守って」と、叫んだのは第十一席次だった。だぶだぶの大きな三角帽子を被り、水色の髪を緩く三つ編みにしている女。真っ赤な林檎のような球体の上にその少女は浮いていた。その女が浮いているのは、浮遊板(フローティング・ボード)を球体にした補助魔法であるとセバスは横目で推測をした。

 

「おう!」とセドランと呼ばれた男は両手に持った盾を構えてセバスの前に現われる。セバスが第五席次クアイエッセ・ハゼイア・クインティアの体に穴を開けようとして放った拳は、セドランの盾によって弾かれる。

 

「動きを読む能力? それにしても固い盾ですね。聖遺物(レリック)級でしょうか。まぁ、それ以外の場所を攻撃すればよいだけなのですが」と、セバスはそのまま空中で宙返りをして、セドランの脳天に踵落としをした。水が流れるように滑らかであった。ゴム毬をつぶしたような鈍い音と骨が砕ける音が響く。

 

「私の“占星千里”は先の未来を読むことができる。貴方の動きは全てお見通しよって、動きが速すぎる! え? 私の首が……」

 

「ほう。占い師というのは自分の運命を占ってはならないということを聞いたことがあります。占ったその代償は自分の命だとか」

 

「ちっ、違う! 私は自分の未来を占ってなんか…… 手刀?」

 

「未来が読めてもそれに対処するだけの力が無ければ大して意味など無いようですね。それに、もう戦わないのですか? 私の知人に頭を落とされたのにも拘らず三日月刀(シミター)を放った人物がおりますよ」とセバスは言う。

 

 第十一席次はセバスが何を言っているのか、その意味が分からない。だが、何故だろう。自分の視野の半分は地面しか見えない。そして目の前にバサリと落ちてきたのは束ねられた水色の髪の毛の束。見覚えがある髪の毛だ。そして第十一席次はそれが自分の髪だと気づいた。そして自分が見ているのは未来の映像ではなく、今起こっていることだと気付く。そして、第十一席次は絶命をした。

 

「出ろ! ギガントバジリスク!」と第五席次クアイエッセ・ハゼイア・クインティアが叫ぶと彼の背後に巨大な黒い穴が浮かび上がる。そしてその穴から姿を表したのはギガント・バジリスクであった。体長はゆうに十メートルを超えている。冒険者の間では、ギガント・バジリスクの討伐にはアダマンタイト級の実力が必要であるというのが常識である。

 

 しかも、呼び出されたギガントバジリスクは五体。一匹で都市を壊滅させるほどの化け物である。バハルス帝の帝国魔法学院にもし、そのギガントバジリスク五体が同時に出現していたら、学院だけでなく帝都アーウィンタールは確実に死都となっていであろう。

 

「ギガントバジリスクよ、あいつを石化――」

 

 セバスはクインティアがギガントバジリスクに指示をする前に、その五体のギガントバジリスクを蹴り上げ終わっていた。セバスに蹴り上げられ、体長十メートルを超えるギガントバジリスクは、重力の影響を無視したかのように空中へと飛んでいく。

 

「何だと?」と一瞬動揺したクインティアの頭に衝撃が加わった。セバスの蹴り上げたギガントバジリスクがクインティアの頭上に落ちてきたのだ。体長十メートルを超える巨大な生物が落ちてきたのだ。それに耐えるだけの筋力を有していないクインティアはギガントバジリスクの体重に押されるまま、潰される。

 

「ぐぁ。た、助けてくれ。重い……。肋骨が……」と首だけは下敷きを免れたクインティアは仲間に助けを求める。

 

「おや、一匹の重みには耐えれるようですね」とセバスが感心したように呟く。

 

「……まさか ……まさか、おまぁあぇえええ!!」とクインティアが叫んでいるうちにさらに一匹が落ちてくる。急激な加重によってクインティアの口から血の飛沫が飛ぶ。そして、五体のギガントバジリスクが重なるように落ちた。地面にさぁと赤い血が広がる。

 

「クソ野郎がぁ」と上半身裸のオークの体を連想させる男が、巨大な斧をセバスに向かって横払いをする。身体の全筋力を乗せた渾身の一撃だった。が、それをセバスは避けずに片手で受け止める。

 

「手袋をどうやら新調しなければならなくなったようです」

 

「馬鹿な……。第十席次、“人間最強”の俺の斧を素手で?」

 

「いえ、手袋で受けたので素手ではありません」とセバスは答え、そのまま第十席次の握っている斧を体の支点にして空中で回し蹴りをする。第十席次の首からは血が噴き出す。

 

「おや。首の皮一枚残りましたか。完全に切断するつもりで蹴ったのですが……。“人間最強”の呼び名は伊達ではありませんね」と、セバスは第十席次に惜しみない称賛を送る。そしてその称賛を喜んでいるかの如く、その首は振り子のように揺れている。

 

「僕のレイピアを食らいな」と薄茶色の螺旋が描かれているレイピアを持った人物が言った。そしてその人物が持っていたレイピアの螺旋の渦がゆっくりと回転し始める。

 

「ほう……。また珍しい物を持っていますね。レイピアの模様を回転させることによって、相手の遠近感を狂わせる。随分と小賢しい武器です」とセバスは目を細めてあきれ顔で言う。

 

「ほざけぇぇぇぇ。“疾風走破”」

 レイピアを構えてセバスへと向かう。

 

「“百連突鬼”」

 

 恐るべき速さで、レイピアによる無数の突きが繰り広げられる。“百連突鬼”による攻撃を直撃された者は、今まで例外無く蜂の巣となっていた。

 

 が、今回は違った。

 

「遠近感が狂った相手に接近されたらどうするのですか? たとえば至近距離からの発勁とか」とセバスは相手の心臓部分に触る。

 そしてその瞬間、両目から眼球が飛び出て血の涙を流す。

 

 そして、セバスはまだ生きている漆黒聖典が予想より多いことに驚く。

 

「ほう。私が注意を惹きつけていたつもりですが、影の悪魔(シャドウデーモン)の一撃を交わす人が二人もいましたか」とセバスは驚いたように言った。

 

 その場に立っているのはセバス、隊長と呼ばれた男と金髪のオールバックで大剣を持つ男。

 

「てめぇ、後ろから汚いぞ!」と影の悪魔(シャドウデーモン)に背後から心臓を盗まれ、自分の心臓を残してそのまま地面に倒れ込んだ四人を眺めて、金髪オールバックが言った。彼とそして隊長は、相手の影に忍び寄り、背後から襲った影の悪魔(シャドウデーモン)を返り討ちにしていた。

 

「集団で蜥蜴人(リザードマン)を襲っていた人に言われたくはありません」とセバスはきっぱりと言い放つ。

 

「さて、貴方達を相手にするのには、この姿だと多少心もとないですね。私も怪我をしたくはありませんので」

 セバスから発せられていた壮絶な殺気が、さらに膨れ上がった。そしてセバスの筋肉が盛り上がる。そして明らかに人間ではない様相へと変わっていく。

 

「なっ変態しただと?」と、隊長と呼ばれている男が驚きの声をあげる。

 

「変態? 違いますね。私を創造された御方から尊き名前を与えられています。これは『変身』です。弱き者が虐げられるとき、この姿となって悪を砕き、拳で正義を貫けと至高の御方は仰いました……」

 

 その日、数字を持つ漆黒聖典はこの世から消え去った。

 

 ・

 

 ・

 

「アウラ。遅くなって申し訳ございません」

 アウラの護衛として、約束の時間に遅れて体育館に到着しまったセバスはアウラに対して謝罪をした。

 

「全然大丈夫! たったの一分じゃん。それにマーレやシャルティアもあそこの更衣室にいるからいざとなったら三人で戦えるしね」とアウラは言う。

 

「そうですか。ありがとうございます」とセバスは頭を上げたところで、アウラの服装に疑問を抱く。そして「ところでアウラ。その格好は?」とセバスは口を開く。

 

 普段アウラは、アウラを創造したぶくぶく茶釜が与えた装備を着ている。が、今のアウラは白を基調としたトップスに紺色のショートパンツという姿だ。

 

「へへっ。これは、ぶくぶく茶釜様の弟であられたペロロンチーノ様が私のために作って下さっていた服なんだぁ」と、アウラは両手を腰に当てて胸を自慢げに突き出す。

 

 セバスはそのアウラの姿を見て目を細める。アウラの胸元には、白い布が縫い付けてあり、その上に『あうら』という文字が書かれている。間違い無く、至高の御方々がアウラに着せるために作られたということを示していた。

 守護者にとって至高の御方々がお造りになったアイテムや装備をアインズ様から下賜されることは最大の栄誉と言っても良い。セバスの心に一瞬嫉妬という感情が浮かび上がるが、すぐにそれを静める。

 アウラがセバスに対して自慢をする意図がないことははっきりとしている。デミウルゴスは、『あなたが失態を演じた王都で、アインズ様はお手持ちのウルベルト・アレイン・オードル様がお造りになられたアイテムを私に下賜されたのです』と事ある毎に自慢と嫌味をセバスに言ってくる。それに比べたら嬉しそうにしているアウラは微笑ましいとさえ思う。

 

 茜色となった空の中で、アウラとセバスは寮への帰り道を歩くのだった。


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