血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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幕間

 クーデリカ・イーブ・リイル・フルトは放課後、“蒼の薔薇”ラキュースを追いかけて廊下を走っていた。

 

「先生、今日は授業ありがとうございました」とクーデリカは丁寧にお辞儀をした。“元”という形容詞が前に着くが、帝国貴族の家で生まれ育っただけあって、礼儀作法は洗練されている。荒くれ者が多い冒険者養成科の中では稀有な存在だった。そして年齢的にも若い。

 ナザリック学園養成科は、駆け出しである銅プレートや、冒険者を志す人にも当然門戸は開かれているが、蓋を開けてみると学生は、次の成長への課題、自分の限界を感じた金、白金プレートの冒険者達が、ミスリルプレートを目指して入学するという結果になっていた。そして、入学式でラキュースがオリハルコン級の実力を目指してもらうと宣言した通り、その授業内容は苛烈で熾烈だった。

 闘技場に装備を整えた生徒が集められる。そして観客席にいる“蒼の薔薇”チームの合図とともに競技場の鉄格子が上げられ、無数の骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)が競技場に流れ込んでくる。当然、骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)も装備をしており、攻撃されたら死ぬ。そして学生達側の出入口である鉄格子は降ろされ、退路を断たれている。

 

「全員、ぶっ倒れるまでとりあえず骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)を倒して倒して倒しまくれ! ぶっ倒れた奴は俺が優しく筆を下してやるぜ」

 

 と、いうような授業がしばしばある。もちろん、命を落としそうな場合には、女性であればティアが救出するし、若い男の子であればティナが、童貞であればガガーランが、若い男で童貞であればガガーランとティナが奪い合うように救出する。イビルアイも「ワン」以外の言葉を喋ってよいと許可されている場合は、魔法を使って学生を積極的に救出している。

 白金プレートの冒険者であっても授業を消化するだけで精一杯という状況であった。

 

 そんな中、貴族風な存在として生きてきて、スプーンとフォークより重い物を持ったことが無いと言っても過言ではないクーデリカは、心が折れ、早々に脱落してしまうだろうと冒険者養成科のクラスメイト達は考えていた。しかしその予想に反してクーデリカは、どんな過酷な授業でも必死に食らいついてくる。ガガーランに叩きのめされても何度も立ち上がる。火照ったティアが治療の名目で保健室に連れていこうとしてもそれを固辞し、再びガガーランに剣の教えを請う。その姿を見ている他の生徒たちも、自分たちは負けてられないと奮起する。クーデリカの容姿が美しいこともあり、たちまち冒険者養成科の精神的支柱となっていた。

 

「あら、クーデリカ。廊下は走っちゃだめでしょ? どうかしたの?」と声を掛けられたラキュースは立ち止まり、笑顔で応対する。

 クーデリカも、帝国と王国と異なる国の貴族ではあるが、同じ匂いを感じ、親近感を抱いていた。

 

「すみません。実は、今日の授業で分からないことがあって質問しに来たんです」と丁寧に、そして効率よく纏められたノートを広げながら言った。

 

「良いわよ。どこが分からなかったの?」

 

「えっと。冒険者が勝てない敵と遭遇してしまった場合の対応方法についてです。どうして足の速い野伏(レンジャー)盗賊(ローグ)飛行(フライ)を使える魔術詠唱者(マジック・キャスター)を先に逃がすっていう判断をするのか、ちょっと納得がいかなくて…… 全員で戦えば、生き残れるかも知れない。それなら、全員が生還する方法を模索すべきだと思うんです。残されて殿(しんがり)を務める他の人たちは死んでしまう可能性が高いですよね……」とクーデリカは俯きながら質問をする。

 

「クーデリカ、貴方の言っていることも正しいわ。そうやって全員で戦って生き残れたらそれは正しい判断だったということ。もちろん、それが一番だわ。ただ、少しだけ視点を変えて考えてほしいの。例えば、どうしてその冒険者はどうしてその敵と戦うことになったのかしら?」とラキュースが言う。

 

「依頼を受けたから?」と自信なさそうにクーデリカは答える。

 

「そうよ。そして、依頼を受けるにあたっては、冒険者組合の方でもその依頼を精査しているわ。これは、銅プレートでも出来る仕事だとか、これはミスリルプレートの冒険者以上の難易度だとかね。でも、その冒険者組合の判断も絶対に正しいというわけではないの。適正難易度を見誤ることがあるの。だから、勝てない敵と遭遇してしまってその冒険者チームは危機に瀕しているというわけよ。もし、その冒険者チームが全員で戦って全滅し、期日になっても帰ってこないということになったら冒険者組合はどうするかしら?」

 

「難易度を上げると思います」

 

「その通り。だけど、それは依頼達成の期日が過ぎて、冒険者チームが帰ってこないということが分かってからになるわね。すでにその時点で冒険者組合が後手に回っている状況よ。村や町に被害が拡大してしまっているかも知れない。それに、難易度だってどれだけ上げれば良いのかが分からないのではないかしら。最高難易度ということで、アダマンタイト級冒険者チームに依頼をすれば良いのかも知れないけれど、その分、依頼料も跳ね上がるし、アダマンタイト級冒険者チームも数えるほどしかいない」

 

「あっ。冒険者が情報を持ち帰ることができたら、冒険者組合は至急の対応もできるし、適正な難易度も把握できるかもしれない!」

 

「そういうことよ。言い方は悪いけれど、その情報を持ち帰ることができたら、その冒険者チームのメンバーは無駄死にじゃないってこと。それに、救援隊を組織して現場に向かえば、残ったメンバーも生き残っているかも知れない。自分だけ先に逃げるっていうのは、なんだか卑怯な気になるかも知れないけれど、生きてその情報を冒険者組合に伝えるっていう、それも立派な仕事なのよ」

 

「そういうことだったんですね! 分かりました。ラキュース先生。ありがとうございます」とクーデリカは再び丁寧にお辞儀をした。

 

「また分からないことがあったら何でも聞いてね。熱心な生徒がいると、こちらも教えがいがあるわ。あっ。そうだ、クーデリカは、冒険者になって成し遂げたい目標とかあるの? 実力は正直まだまだだけど、やる気だけならどの生徒にも負けてないじゃない」と、ラキュースは微笑みかける。クーデリカは、少し頬を紅潮させて答えた。

 

「ウレイリカと約束したんです。世界のどこかで冒険をしているお姉ちゃんを探しに行こうって! そして、お姉ちゃんとウレイリカと私の3人で、一緒に冒険者をしながら一緒に暮らそうって!」

 

「素敵な目標ね。その目標と約束、果たせるといいわね」

 

「はい! ありがとうございます。それでは失礼します!」と、クーデリカはまた教室へと戻っていった。

 

 

 

 魔術詠唱者(マジック・キャスター)育成科の教室。フールーダ・パラダインによって居残りさせられている生徒が二名いた。一人は、ウレイリカ・イーブ・リイル・フルト。もう一人は、シャルティア・ブラッドフォールン。課題として与えられた第一位階魔法が使えない生徒は、居残りして自主練習をするように言われていた。

 

「シャルティアさんも、司祭(クレリック)なんだよね?」

 

「そうでありんすぇ。他の職業(クラス)も持ってありんすが」とシャルティアは頬杖をついたまま外を眺めている。

 

「凄いね!」

 

「凄いのは当たり前でありんす。私を創造されたのは至高の御方でありんすから」

 

 課題が達成できないで居残りさせられるのは、いつもこの二人だけだった。劣等生二人組である。

 現在、魔術詠唱者(マジック・キャスター)育成科で学んでいる生徒で第一位階魔法を使うことができないのは、ウレイリカとシャルティアの二人だけだった。フールーダを慕って帝国から学びに来た魔術詠唱者など、第五位階を使える者までいる。

 魔法というのは、はっきりと位階で区別される。それは逆に言えば、魔術詠唱者(マジック・キャスター)としての格が如実に表れるということである。その結果として、使える位階毎にグループが出来上がる。

 もしかしたら、ウレイリカとシャルティアも第一位階のグループに入れたかも知れない。

 

「君はアルシェ・イーブ・リイル・フルトの妹か。姉同様、君にも魔術の才能があるようだな」

 

 フールーダが何気なく言った、この一言。さらに不幸なことに、帝国から来た魔術詠唱者(マジック・キャスター)がアルシェを知っていた。そして師と仰ぐフールーダがアルシェに目を掛けていたということも知っていた。嫉妬心。クラスの中で、ウレイリカをのけ者にする土壌が出来上がった。

 

 シャルティアも、外見が非常によく男の視線を惹きつけ、女子生徒からの評判はすこぶる悪い。外見に惹かれて声を掛けていた男達も、シャルティアの歯牙にもかけない態度に嫌気がさしてしまった。魔術詠唱者(マジック・キャスター)は魔法が使えるということで、エリート意識が高く、プライドも高いのだ。

 さらに極めつけは、授業中も聞いているのか聞いていないのか分からない様子でずっと窓を眺めている。生きる伝説とまで言われるフールーダ・パラダインの授業でその調子なのだ。魔術詠唱者(マジック・キャスター)として高みを目指す者達からは呆れられる。

 そして、極めつけは、課題の第一位階魔法も使えないし、その本人も平然としている様子。なんで、こんな奴が魔術詠唱者(マジック・キャスター)育成科にいるんだ? というのがこのクラスの生徒達の共通認識であった。そして、シャルティアに対して遠慮しているフールーダの態度から察するに、魔導王の関係者でコネで入学した存在なのではないかとも噂されている。触らぬ神に祟りなしである。

 

 つまり、二人は劣等生であり、そしてクラスののけ者であった。そしてウレイリカからシャルティアは友達になってほしいと請われ、それを応諾していた。

 

「シャルティアさん、ノート取ってなかったよね? 私の見る? 一緒に練習しようよ! 軽傷治癒(ライト・ヒーリング)が私たちの課題だったよね!」とウレイリカは、シャルティアの席の隣に座る。

 

「私はこのまま時間を潰すでありんす。あなたは一人で練習でもしてたらよいのではありんしょ? 私は無理でありんす」

 死の騎士(デス・ナイト)が武技を憶えられないことから、魔法を新たに習得することは不可能だろうとシャルティアはアインズから言われていた。また、学園で問題だけは起こすなともきつく言われている。

 

「えっと…… どうもまだ、魔力の源泉との接続が上手くできていないんだよね。魔力が収斂しないというか…… コツとかないのかな?」とウレイリカは負けじとシャルティアに話しかける。他の生徒に聞いても相手をしてくれない。ウレイリカには頼れる相手がいなかった。

 

「私に聞かないでくんなまし。あっ! 女友達とは裸の付き合いができるくらい親しくなりなさいとペロロンチーノ様から言われていたんでありんした。少し待っていてくんなまし」とシャルティアは言って、何やら独り言を言い始めた。

 

 そして一分も待たないうちに、教室の扉が勢いよく開かれる。

 

「お待たせしましたシャルティア様!」と言って、シャルティアの足元に擦り寄る。

 

「戻れ」

 

「ワン!」

 

「待て!」

 

「ワン!」

 

「イビルアイ、この子に魔法を教えてあげてくんなまし。人間の振りをしてよし」とシャルティアは言う。

 

「えっと……“蒼の薔薇”のイビルアイ先生……?」

 

「私はイビルアイだ。シャルティア様を舐めたりしたら殺すぞ? お舐めするのは私の仕事だ」

 

「ええぇ、えっと? クーデリカがお世話になっております。わ、分かりました」とウレイリカは答えた。

 

「分かったのなら良い。では、さっそくお前に魔法を教えてやる」

 

 ウレイリカは、その後メキメキと力をつけ、劣等生を脱出したのであった。

 

 

 

 ラキュースは、教室に戻っていくクーデリカの背中を暖かく見守る。

 

「確か、クーデリカ達の姉って、エントマ様に自分の声を捧げた人だったわね。

偉大なるアインズ様のメイドであるエントマ様がクーデリカ達と一緒に冒険者になることは無いでしょうけど、“頭飾り(シルクハット)の悪魔”様と“のもがき《デッドマン・ストラグル》”様方なら可能性はあるかも知れないわね」

 

 

 

 帝国貴族フルト家は、再興することなく歴史の闇に消え去った。しかし、フルト家の三姉妹によって結成されたアダマンタイト級冒険者チームは、長い間、冒険者達に語り継がれる存在となる。だが、三姉妹で構成していると本人たちは明言しているのに拘らず、そのメンバーは三より多かった。そして、その理由は誰も知らない。ただ、姉は妹を守り、妹達も姉を慕う、姉妹の美しく固い絆で結ばれたチームであったことだけは確かである。


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