血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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永遠の王国 ②

「貴方はだれですか?」とネムは茂みから現れた男に尋ねる。猫も、ネムを守るようにその謎の人物とネムの間に割って入る。爪も立てている。そしてシャーッという威嚇の声を出し始めた。

 

「私はセーラ。冒険者養成科のセーラだ。ネムさんと同じ、この学園の生徒ということだね」

 

「え? 私の名前を知っているんですか?」とセーラと名乗った男が自分の名前を知っていることに驚く。

 

「もちろんだよ。メイド養成科に知り合いがいてね。君の名前、年齢や体型のことなどを聞いていたんだよ」と歩みを止めることなく、どんどんとネムに近づいてくる。

 

「誰にですか?」とネムは尋ねるも、その返答を相手はするつもりがないようであった。

 

「ネムちゃんは走って疲れてしまったようだね。寮まで僕が肩車で運んであげよう」とセーラは立ち止まり、そして膝を曲げてしゃがんだ。そして相変わらずねっとりとした視線でネムを見上げている。

 

「け、結構です」とネムはその提案を断る。背中がむず痒くなるようなそんな感覚に襲われていた。

 

「高いのは苦手かぁ。じゃあ、おんぶがいいのかな? それとも抱っこかな?」とセーラは提案するが、ネムは、そういう問題ではないと強く思う。

 

「あの、自分の足で歩けますから……」

 

「いやいや、遠慮することはないよ。さぁ」とセーラは立ち上がりそしてネムに更に一歩近づいた瞬間、ネムの前でセーラを威嚇していた猫とは別の猫たちが森から飛び出す。そして、セーラに襲いかかろうとしていた。

 

「魔獣か……。ネムさんを守る為に、私は剣を抜こう」と、セーラは剣を抜き猫たちと対峙する。

 

 ネムは、この猫たちの泣き声が、『ネムさんを守る、ネムさんを守る』という風に何故か聞こえる。そして、見覚えのある猫たち。カルネ村にいた猫たちだった。みんな、カルネ村から引っ越しをしてこの森に住んでいたのだろうとネムは思い至った。

 

「あ、セーラさん。この子達は私の友達です! 酷いことをしないでください」と剣を構えているセーラに声を掛けるが、「そうかも知れないけれど、彼等からこんな殺気を向けられていてはね」とセーラは全く剣を納めるつもりがない様子だった。

 

 猫たちは、セーラが獲物であるかの如くゆっくりとその距離を縮める。そして猫の一匹が背後からセーラを襲った。

 

「おっと、危ない」とセーラはさっと肩をずらしてその猫の鋭い爪を躱した。そしてそれと同時に、金属と金属が擦れ合うような音が響く。

 

「僕のアダマンタイト製の鎧にこんな傷を付けるとはね…… 悪いが本気でいかせてもらうよ。“光輝剣”」

 セーラの剣が七色に輝き始める。そしてネムにはセーラの剣は一本である筈なのに、その剣がネムには十本以上に増えたように見えた。

 

「剣がたくさん?」とネムは驚く。

 

 ネムが驚くのも無理はなかった。武技“光輝剣”を使える者は少ない。ガゼフ・ストロノーフが使うは、“四光連斬”や“六光連斬”は通常であり得ない速度で斬撃を行う武技だ。それに対して、“光輝剣”は、通常で考えられない速度で突きを繰り出す武技だ。そして、あり得ない速度でありながらその突きに微妙な緩急を付けることによって、残像を生み出している。そのセーラの剣を実際に受けている者は、それが実際の剣による攻撃なのか、残像であるのか、それを見極めることは極めて困難だ。そして見極める前に絶命している。ガゼフでさえそれを全て剣でさばききることは不可能だ。ガゼフでさえ、“光輝剣”を繰り出されたら距離を取り、攻撃範囲から退避するという選択肢しかその武技を避ける方法はない。彼が“閃烈”と呼ばれるに由縁の、一撃必殺の武技である。

 

 その剣先が向けられた猫は、その危険が理解できていないのか構わずセーラへと襲いかかる。

 ネムには、その猫が殺されてしまうように思われた。そして目をきつく閉じ、「殺さないで!!」と叫ぶ。

 

 しかしセーラは、そのネムの叫びを聞き届けることなどできない。その武技が発動したら一定時間経つまで、剣を突いてしまうのだ。今更剣を止めることなどできなかった……。

 

 が、意外にもそのネムの言葉をしっかりと忠実に守ったのは、セーラへと襲いかかった猫であった。むき出した爪を隠し、柔らかい前足の肉球でセーラの顔を殴るだけに留めたのだ。アダマンタイト製の鎧ですら本気になったら切り裂く鋭い爪だ。ネムの声で止めなかったら、セーラは死んでいたであろう。

 

 結果として、セーラは猫の肉球で頭を殴られた衝撃で吹っ飛び倒れる。そして猫は、まるで褒めてと言わんばかりにネムの足に背中を擦りつけてくる。

 

 ネムは、心配になり倒れているセーラに駆け寄る。どうやらまだ息があるようで、気絶しているだけであるようだった。ホッと胸を撫で下ろすネム。

 

「あっぱれじゃ。そのロリコンは完全に伸びておるな」と草陰から現れたのはネムと同じメイド養成科のクラスメートにして同級生のドラウであった。

 

「あ、ドラウちゃん……。こんな所で何しているの?」とネムは尋ねる。偶然、こんな場所にドラウがいたわけではないだろうと考えながらそう言った。

 

「いやいや、別に、こいつの欲望の矛先を逸らすことに成功したようなので、その結果を見届けようとこっそり覗いていた、という訳ではないぞ?」とドラウが焦りながら言った。

 

「よく分からないけど……。ドラウちゃんとこの変な人はどういう関係なの?」

 

「あっ。なんというか、私の護衛に雇われた…… 冒険者?」とドラウは目を泳がせながら答えた。

 

 原因はどうやらドラウにあるのだとネムは理解した。ネムは一度深呼吸をして、そして口を開いた。

 

「ドラウちゃん、駄目じゃない。シクスス先生が仰っていたこと忘れたの? メイドの失態は、雇っているご主人様の失態ということになるって! だから、メイドを雇う人は、そのメイドがちゃんとした振る舞いができるかを重視するって。逆に言えば、ドラウちゃんがこの変な人の雇い主なんでしょ? ちゃんと雇い主として変な人じゃないかを見極めないと駄目だと思う」とネムはいつものようにドラウを諭す。

 先生の話をちゃんと聞くように。欠伸をするときは堂々と口を開いて欠伸をしない。居眠りしない。ちゃんと練習をする。宿題はちゃんとやってくる。教室の掃除当番をさぼらないなど、ネムは学級委員長としてドラウに何度も生徒としてやるべきことを指導している。

 まだ自分の両親が健在だったころ、自分は甘えん坊であったということは自覚している。だが、これほどでは無かったとネム自身思う。

 

「その通りだが…… こちらにも事情があるのだ!」

 

「またそうやってすぐ言い訳する!」とネムは腰に両手を置いていった。

 

「ご、ごめんなさい。だが…… 頼む! 実は私は、竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスなのだ。そして、我が国はビーストマンに侵略されておる。このままだと国の人間が皆、彼らの胃袋に収まってしまう。先ほどの戦い見せてもらった! アダマンタイト級冒険者クリスタル・ティアのリーダーであるセラブレイトをこうもあっさりと倒す力! しかもそんな魔獣が十匹以上いる。頼む、ネム。我が国を救ってくれ!」

 

「王女様なのは知っていたけど…… 助けるって言ったって、学校だってあるし、それに私はただの村娘で、守ったりなんかできないし――」

 

「――頼む! 私たち友達じゃないか!」と祈るように両手をドラウは合わせている。

 

 友達、と言われてネムは返答に困る。

 

「いくら友達だからって――」

 

「――学級委員長じゃないか! クラスの生徒が問題を抱えているんだ! それを助けるのが学級委員長の役目のはずだ!」

 

「うっ……。まぁ、そうだけど……。でも私はそんな国を助けることなんて……」とネムは返答に窮する。

 

「おそらく、この猫たちなら大丈夫だ。一緒に我が国を助けるための手伝いをしてくれ! ネムも力を貸してくれ!」とさらにドラウは食い下がってくる。

 ネムは、いつもこれくらいドラウが授業に対しても熱心だったら自分の学級委員長としての仕事がどれだけ楽かと思う。

 

「大して役に立てないと思うけど……。私に出来ることなら協力はするけど……」とネムは困り果てて返事をした。

 

「そうか! では頼むぞ!」と、ドラウは懐から何やら巻物のような物を取り出し、そしてそれをさっと広げる。

 

「ドラウちゃん、それは何?」

 

「これは、竜王国の秘宝の一つだ。上位転移(グレーター・テレポーテーション)の魔法が込められいるスクロールだ。このまま全員で竜王国へ向かうぞ」とドラウは言う。

 

「え? いますぐ?」とあまりの唐突さに付いていけないネムであった。

 

「善は急げと言うではないか!」と言ってドラウはスクロールを使った。そしてその瞬間、ドラウ、ネム、猫たち、そして変な人の体がナザリック学園から消えたのであった……。


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