血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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永遠の王国 ④

 竜王国の陥落寸前の都市。するべき抵抗を終えた竜王国の兵士達が最期の時を待っていた。都市に住む住民は避難させた。あとやるべきことは、都市を防壁として時間を稼ぐことだ。この都市が陥落し、住民がこの都市から避難していると分かったらすぐさま、その追撃に入るだろう。そしてビーストマンは速い。移動速度の遅い老人や子供、怪我人はすぐさま追いつかれてしまう。

 

「さて、そろそろ奴らが動き出す時間だ。準備はいいか!」と、この都市の防衛責任者の隊長の遺志を継いだ副長は言った。優しい人格者と言われていた隊長とは違い、“鬼の副長”と恐れられた人物である。彼は、城壁の周りにずらりと並べられた松明に火を点けるように生き残っている兵士達に命令を下した。敵は夜目が利き、的確に人間の姿を捉える。視界の確保は絶対に必要だ。

 

「せめて再び太陽が昇ってくるまではこの都市を持ち堪えさせるぞ! そうすれば避難した住民の多くが隣の都市に到着しているはずだ!」と号令を掛ける。

 

 もはやこの都市に残った自分たちが生き残る術はない。戦っても食われて死ぬという選択肢しか残ってはいない。だが、それは無駄死にではない。自分たちの死によって、生きる命があるのだ。

 副長は、先日届いた敬愛する女王からの檄文の書かれた羊皮紙を丁寧に折りたたみ、それを自らの額にハチマキのように巻いた。

 最後にもう一目、女王の姿を拝見したかったが、この檄文を戴いたからには、もはや悔いは無い。()()よ剣。この命、惜しくは無い。

 

「松明、全て灯し終わりました。今日は、月も出ており、視界は良好です」と部下が報告にやって来た。それを聞いた副長は、防壁へと向かう。

 

「ほう……。確かに綺麗な月だ。 (ほこ)とりて 月見るごとに 思う(かな) あすはかばねの 上に照るかと」と副長は月を見上げながら辞世の句を詠む。その歌は夜風に消えた……。

 

 副長は、防壁に配置した兵士達の状況を確認した。そして防壁の外を眺める。遠くからでも分かる。月光に照らされ幽玄に光る瞳。ビーストマン達が、ひっそりとだが確実に近づいてきている。都市に残った兵士達、一人一殺でも足りないかも知れない。

 副長が自らの精神を極限まで磨き、鬼気迫る目付きで、遠くのビーストマン達を睨む。仲間の仇。

 

 その時、後方でどっと後方で歓声が上がった。死ぬ前に酒でも飲んでいるのだろうかと副長は思った。その気持ちも分からないわけではない。

 歓声の上がっている場所へと向かう。

 

「今は騒ぎ浮かれる時ではない!」とその場に着いた副長が叫ぶ。

 

「副長! 援軍です! しかも、ドラウディロン・オーリウクルス陛下ご自身が援軍を率いてお越し下さいました」

 

「おぉ」と副長も思わず歓声を上げる。絶死の状況での援軍。

 

「勇敢な我が兵士達よ! 遅くなってしまったことを詫びよう。また、多くの命を救えなかったこと。それも私は償おう。私が背負おう。ひとまず、安心をして欲しい。これより竜王国は攻勢へと転じるぞ。ビーストマン達を山岳地帯へと押し戻すぞ! そして二度と、竜王国へ侵入しようとは考えないようにしてやろうぞ!」と、ドラウディロン・オーリウクルスは、援軍を喜び集まってきた兵士達に向けて言う。

 

「さっそくだがビーストマン達は差し迫っている。紹介しよう! 竜王国の援軍! ネム・エモットだ」と、ドラウディロンは宰相の猫たちの影に隠れていたネムを指差す。

 

 ドラウから名指しされたネムは、気まずそうに兵士達の前に出た。そしてそのネムの姿を見た兵士達の興奮は最高潮に達した。

 ネムは、援軍で喜ぶ兵士達の姿を見て、自分が役に立てなかった時はどうしようと、冷や汗が全身から噴き出ている。

 一方で、兵士達も、幼女姿の王が連れてきたのが、メイド服を着た幼女という奇跡のコラボレーションに狂喜していた。

 

「喜ぶのは早いぞ! ネムよ! 出陣じゃ!」と、ドラウはネムの手を取り、堅く閉ざされた防壁の外へと威勢良く歩き始める。

 

「えっ! ドラウちゃん、外にはビーストマンがいるんじゃないの?」とドラウに尋ねるがドラウの返事は返ってこない。

 

「門を開けよ!」というドラウの言葉と共に大きな門が開く。そして、ネム、ドラウ、後から付いてきた猫たちと何人かの兵士達が門をくぐり抜けると、その門は再び閉じられる。

 

「あの…… 門が閉じちゃったけど?」とネムがドラウに尋ねると、「防衛上当然の処置じゃ。気にするな」とだけドラウは答え、怯まず歩き続ける。

 

 そして、ネムの後ろにいた猫たちが、ネムの前に飛び出した。そして、威嚇するようにうなり声を上げる。

 そしてそれと同時にビーストマン達の何人が姿をあらわす。身長は遙かに二メートルを超えた、全身が毛で覆われた二足歩行の獣だった。

 

『強力な魔獣を従えているな。食料のくせに、我等が眷属を従えるなど、言語道断だ。どちらが獣使い(テイマー)だ? お前か?』と、体のもっとも大きなビーストマンがネムを睨む。ネムが怯んだのは、そのビーストマンが首に提げている首飾りだった。どう考えても、人間の頭骸骨に紐を通して作っただけのネックレスだった。

 

「わ、私ではありません」とネムは答える。が、それは逆効果だった。

 

『ほう。我等の言葉を理解するか……。少し調べさせてもらうぞ』と最も大きな体のビーストマンが言った。恐らくそのビーストマンがこの群れのボスであるように思われた。

 

探知対策(カウンター・ディテクト)発動。――絶対領域への探知魔法を確認。術者特定。R-15規制に違反していると見なし、GMコールを発動―― GMコール発動できず――。また、これにより術者をナザリック学園への敵対者と見なし、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは反撃を行う。最強化(マキシマイズマジック)、魔法二重化《ツインマジック》、魔法三重化(トリプレットマジック)魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)魔法の矢(マジック・アロー)。文句があるなら、ナザリック地下大墳墓へ来いや! “ぶくぶく茶釜”が相手になってやるよ!」

 

 意味不明な言葉と共に、ネムの着ていた服から突然、矢が五本飛び出し、そして先ほど喋っていたビーストマンを貫く。

 

『族長!』

『族長大丈夫ですか! 早く回復魔法を!』

『貴様、おのれ!』

 

 他のビーストマン達の毛が逆立つ。どう考えても怒っていた。そして、ネムを守っている猫たちも爪を剥き出しにする。

 

 一触即発の状況であった。

 

『待つのだ! この方に逆らってはならん。これは族長命令だ!』と、回復魔法によって体力を回復した族長が肩で息をしながら叫んで、他のビーストマン達を制止した。そしてその族長と呼ばれていた瀕死のビーストマンの号令と共に、ビーストマン達はおとなしくなる。

 

「あ、あの大丈夫ですか?」とネムは族長に声を掛ける。ネムを守っていた猫たちの何人かが、その族長の傷を労るかのように舌で舐めていた。

 

『危うく死ぬところであったがなんとか大丈夫だ、我が(あるじ)よ』と族長は言う。

 

「主? 私のこと?」とネムは首を傾げながら言った。

 

『まさしく』と族長は答える。ネムはなんのことか訳が分からないが、ドラウが突然口を開いた。

 

「どうやら、ビーストマンのテイムに成功したようだな。やはりネムは、凄腕の獣使い(テイマー)であることは間違いなかったようじゃな。ネムから学園で小言を言われる度に無視できんのが変だと思っておったのじゃ……。儂の体を流れる竜《ドラゴン》の血を縛っておったとはな……。それに、アダマンタイト級冒険者チームのリーダーを簡単に気絶させるほどの魔獣を何匹も従えているから、ビーストマンも従えることができるのではないかと考えておったが、まさかこんなに容易くことが運ぶとはの……。ネム、ビーストマン達に自らの住む場所へ帰るように命令してくれ」とドラウが後ろから口を出す。

 それを聞いていた兵士達は、恐れおののいた。自分達を散々苦しめてきたビーストマンを容易く使役する存在。兵士の一人から「獣王……」という独り言が漏れた。

 

「え? あっ、そうだったよね。あの、ビーストマンさん達。その、竜王国から出て行って、自分の国へ帰ってもらえませんか? 竜王国の人達が困っています」とネムは焦りながらもビーストマンに竜王国の要望を伝える。

 

『いくら主の願いだからと言って、それは聞き届けることは難しい……。我々も、好きで竜王国に来ている訳ではない。我等の国で食料が足りないのじゃ。人間なんぞ、食べる場所も少なく味も悪い。それに、集団で抵抗をしてくる。苦労して狩る割に、旨みの無い種族じゃ。それをわざわざ狩りに来ていることを察して欲しい。もちろん、満ち足りた分の食料をくれるというのであれば、主の言いつけを守ろう』と、族長が言った。

 

「ど、ドラウちゃん、そういうことらしいですが?」とネムは、訳が分からないので話をドラウに振った。

 

「ビーストマンがなんと言っているのか、私達にはわからん。すべて『がうぅー』にしか聞こえん。なんと言っているのか説明してくれ!」とドラウも言う。

 

「え? そうなの? えっと…… ご飯が足りなくてビーストマンさん達も竜王国に来ているそうです。ご飯を用意してくれるのであれば、自分の国に帰ると言ってます」

 

「しょ、食料不足か…… ビーストマンに食わせるだけの肉など竜王国では用意できんぞ……」とドラウが絶句し、肩を落としている。

 

 その様子を見て、ネムは焦る。

 

「えっと、ビーストマンさん達はご飯があれば、竜王国に来ない。竜王国も、ビーストマンさん達が竜王国に来ないなら助かるってことで良いんですよね?」と、ネムはビーストマンと竜王国の双方の言い分をネムはまとめた。

 

『然り』

「そ、その通りだ。だが、食料など用意できんぞ」とドラウが言う。食料とは即ち国民の事だ。それに、代替出来そうな家畜なども竜王国にはいない。

 

「分かりました。叶うか分かりませんが、私の知っている凄い方にお願いしてみます。私の村が危機の度に、必ず救いの手を差し伸べてくださる凄い方なので、もしかしたらなんとか出来るかもしれません」とネムは言う。もちろん、ネムが言っている凄い方というのは、アインズの事である。

 

「もし、食料を与えてくれるというなら、我が一族全てが主の傘下となることを約束しよう」とビーストマンの族長が言った。

 

「ドラウちゃん。まずは、ナザリック学園に戻ろうよ。私がビーストマンさん達の食料、お願いしてみるよ」とネムは言った。アインズ様ならなんとかしてくれるはずだという希望に燃えながら……。

 

 ・

 

 ・

 

「デミウルゴスよ。急に呼びだしてすまないな」

 

「何を仰いますか! 至高の御方がたにお仕えしているだけで光栄の至り。いつ何時(なんどき)でも、アインズ様のご用とあればこのデミウルゴス、どこからでも馳せ参じます」とデミウルゴスは跪きながら答える。

 

「さて、早速だが、デミウルゴスが経営している牧場の件だ。スクロールの生産は順調だな?」

 

「はい。安定して司書長の下へ運んでおります」とデミウルゴスは、主人の命令に忠実に実行できていることを誇らしげに報告をする。

 

「素晴らしい働きだ。そこで質問だ。たしか…… 聖王国両脚羊という名だったな。皮はスクロール作成に活用するとして、その肉をビーストマンの国に回せないか?」とアインズは尋ねる。ネムから頼まれてしまったからには仕方が無い。出来ないなど答えたら、それこそアインズ・ウール・ゴウンの名が傷つくというものだ。

 

「ビーストマンの国でございますか?」とデミウルゴスには珍しく、そのアインズの発言の意図を読めないようであった。

 

「実はな。カルネ村で救ったネムという娘が、ビーストマンの支配に成功しつつある。その(かなめ)となるのが食料なのだ。大凡、現状でビーストマンの数は一万。今後もっと増えていく可能性がある」

 

「ネムという娘は…… あのカルネ村やカッツェ平野の統治に利用しているあの娘の妹でございますね……。はっ! なるほど……。流石はアインズ様でございます。セバスより、法国がカルネ村を襲撃する際、最初に救ったのがあの姉妹であるということは伺っておりましたが……。姉を利用するために妹も救ったのだとこのデミウルゴス、愚かにも思っておりました。まさかあの時からすでに世界征服のご計画の一手、ビーストマンの国の支配への布石を打たれていらっしゃったとは! やはり、私の知恵など、アインズ様の遙か足下にも及びません」と、デミウルゴスは心底感服する。

 

「あっ…… あの時はまだ不確定要素が多くて言うことはできなかったが…… まぁ、そういうことだ。それでどうなのだ?」

 

「スクロール作成に適した皮は、若い羊の皮です。年老いた羊は、潰してミンチにして、また羊に食べさせております。その分を、ビーストマンに食料として提供することは可能でございますが……。ビーストマンの数が一万ともなると私の牧場の規模ではとてもまかないきれません」

 

「そうか…… 難しいか……」

 

(どうしよう……。私に任せておけって、ネムに言っちゃったよ……)

 

「ただ、山小人(ドワーフ)国のラナーより、リ・エスティーゼ両脚羊という新種の報告がございました。そのリ・エスティーゼ両脚羊を飼う牧場を大規模で建設すれば、数万のビーストマンの食料を供給することも容易いことかと愚考致します」とデミウルゴスが言った。

 

「素晴らしいぞ! 聖王国両脚羊の肉をビーストマンに供給しつつ、一刻も早くその牧場を軌道に乗せろ。出来るな?」

 

「もちろんでございます。このデミウルゴス、必ずアインズ様のご期待に応えてみせましょう!」

 

「頼んだぞ! 下がってよい」

 

「はい。ではさっそく羊狩りの準備を整えます。失礼致しますアインズ様」とデミウルゴスは深々と礼をして退室した。


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