血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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エクスペクト・エンド・ツアー ①

 ツアーは、既に緑々しい葉に身を包んだサクラを眺めていた。六百年ぶりに見た懐かしいサクラを目に焼き付けておくためだ。ツアーは知っていた。このサクラという木は、間もなく枯れてしまうだろう。

 どういう仕組みかは知らないが、かつて聞いた話では、サクラというのは全員が双子であるらしい。双子というにはサクラの木の数が多いが、そのサクラは双子で、設計図が同じだと、仲間が教えてくれた。そして、どうやらこの世界には、このサクラという木を攻撃する(ドラゴン)の知覚を持ってしても感知できない小さい敵が沢山いるらしい。それに、サクラはやられてしまう。

 

 枯れてしまって、ただ幹だけ残ったサクラの下に眠る仲間。それを一緒に眺めながらそれを説明してくれたのは、スルシャーナだった。

 

「サクラというのは、あっという間に散る。それが美しくその儚さが国民性に馴染んだという話を聞いたことがあったが……。不老の体となった俺や、長命な竜《ドラゴン》のお前にには、辛い話だ」とスルシャーナが、涙が止まらない自分の肩に優しく手を置いてくれたことをツアーは思い出していた。

 

 そして、ツアーは、彼等との出会いを思い出す。

 

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 ツァインドルクス=ヴァイシオンは夢を見ているようだった。自分が使う始原の魔法(ワイルド・マジック)では実現できないような数々の道具を持った集団。彼等は自らをプレイヤーと名乗った。

 

「俺達に協力することだ。おそらく、ユグドラシルの都市襲撃イベントのような…… って言っても意味分からないよな……。人間の集落が襲われて、人間という種族の危機なんだよ。俺達とNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だけで人間を守らなきゃならないんだが、俺達だけでは対処できそうになくてな。俺達のギルド以外は見当たらないし、何故か魔法やスキルが使えないみたいだしな。一言で言えば、手が足りないんだよ」

 

「むむ……」とツアーは唸る。自分の巣に溜め込むべき宝物を集めてまた、しばらくは巣籠もりをする予定だった。この集団と行動を共にしている間に、目敏い他の(ドラゴン)が自分の宝石を盗んでしまうかもしれない。長くは巣を空けたくはない。しかし…… この集団が持っている装備や道具の一つでさえ、自分が長年巣の中に溜め込んでいる宝物全てよりも価値があるように思える。自分自身の本能として備わっている(ドラゴン)の財宝に対する嗅覚がそう告げている。

 

 だが、ツアーは千載一遇のチャンスだとそれを捉えた。

 

「分かった。それで、どんな装備や道具をくれるのか? その槍か? その鎧か?」とツアーはその提案に同意する。

 

「取引成立だな。だが…… 信用していない訳ではないが、報酬は後払いだ」と漆黒のローブを纏った人物が口を開いた。

 

「貴様、それはずるいぞ!」とツアーはすかさず抗議の声を上げる。

 

「当然だろう? マジック・アイテムを渡した瞬間に飛んで逃げられたら迎撃するの大変だしな。まぁ、仲良くやろう。俺は、アーラ・アラフだ。よろしくな、ツァインドルクって、お前、名前長げーよ」とアラフと名乗る白い鎧を着た男が横から口を出した。

 

「ツァインドルクス=ヴァイシオンだ。誇り高き竜王だ」

 

「じゃあ、省略してツアーでいいな。さて、ツアー。俺達を、人間達を襲おうとしている奴らの所へ運んでくれ! ドラゴンに乗って世界をツアーしよう!」

 

「めっちゃ寒いわ」と赤い鎧を着た人物が言った。

 

「あははは。久しぶりにアラフの親父ギャグ聞いちゃったよ。さすがリアルでは中年なだけあるね〜」と茶色のマントに身を包んだ女性が腹を抱えて笑い出す。ツアーは、語尾を延ばすという変なしゃべり方をする女だと思った。

 

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 ツアーはふっと人の気配を感じて我に返った。ナザリック学園のサクラの並木道。見慣れた玩具を両手で弄りながら歩いている少女の姿があった。少女が手にしているのは、ルービックキューブだ。かつての仲間が好きだった玩具だ。

 どうやらその少女はルービックキューブに夢中なようだった。ツアーはその少女を眺める。

 

 ふっと、その少女は歩みを止め、そして顔を上げた。

 

「ねぇ、あなた…… 強そうね。私に敗北を教えてくれる?」と少女はツアーに尋ねた。

 

 ツアーはゆっくりと首を横に振り、「天地が逆さまになってもそれは無理だろうね」と答えた。

 

「そう。つまらないなぁ」

 

 少女は、ツアーから興味を失ったように視線をルービックキューブに戻し、そしてまた歩き出す。

 

 ツアーは、その後ろ姿を見えなくなるまで見送った。ツアーは彼女が何者か知っている。その少女を理解するのに、(ドラゴン)の感知能力に頼るまでもない。それほどまでの存在であった。

 

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「ツアーと俺が、見回ってきた限り、人間は平地に住んでいるようだ。それで、このあたりに防衛の拠点を作れば良いんじゃないかと思うんだ」と、アーラ・アラフは手書きの地図を机の上に広げた。

 

「なんだ? 地図のこれは?」とスルシャーナは尋ねる。

 

「一応、それは山脈を表しているつもりだ。ちなみに、緑色に塗ったのは平野のつもりだ」とアーラ・アラフは答える。

 

「人間が住んでいるのは、この場所から西と北方の平地だ。そして、人間に対して攻撃的な種族、牛頭人(ミノタウロス)獣人(ビーストマン)達は、この場所の東の山脈に住んでいる。奴らがやって来るのは東の方だ。そして、どうも高い山を越えてまで人間の住む領域にはやって来ないらしい。だから、このでかい湖の北側からこの平野に防衛線を張るんだ。そうすれば、奴らは人間の住む場所に侵入してくる際は、かならずこの防衛線を越えなければならない」

 

「だが、この湖を南周りで迂回してくる可能性はないのか?」とスルシャーナは、獣人(ビーストマン)が住む山岳地帯から湖を南に迂回するルートを地図の上を指で滑らしながら言った。

 

「あっ……。それは…… 考えてなかったわ」

 

「なんか、人間を他種族から守る正義の味方って感じがする〜」

 

「それなら、線で守るよりは、面で守った方が良くないか? だが、俺達が恒久的に守っていくというのは無理だろうな。俺はアンデッドで不老だが……」

 

「スルシャーナ? もしかして喧嘩売ってる〜? 私達が年取ったって〜?」

 

「あ、いや…… そういうつもりで言ったんじゃない」

 

「いつまでも若いつもりか? お前は既に二児の母だろう?」

 

「まぁねぇ〜、って人のこと言えないんじゃない? 私知ってるんだからね〜 この前助けた村の村長の娘と出来てるって!」

 

「なっ。なぜそれを!!」

 

「こっそり宿から出て行くなぁと思って、私の創ったNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)に尾行させたんだぁ〜。報告聞いてびっくりしたよ〜。丘の上の一本杉で逢い引きとか、まじ古典的〜」

 

「あの盗賊か! ってか、仲間を尾行するとかやめろ!」

 

「今は真面目な話をしているそれくらいにして話を戻すぞ」

 

「あ、骨になった人が嫉妬している〜」

 

「まぁまぁ、スルシャーナをそのネタでいじるのは止めような。まぁ、俺達にも寿命があることは確かだな。恐らく、リアルと変わらない寿命だろう」とアーラ・アラフはスルシャーナをフォローする。

 

「あっ、ロリコンが真面目な話してる〜」

 

「と・に・か・く・だ。恒久的に守るとなれば、後進の育成が必要になる。だから冒険者組合を作ってはどうだろうか?」とスルシャーナは言う。

 

「冒険者組合? なぜそうなる?」

 

「だが、個で弱い人間は群で対抗するしかないだろ? しかも、人間はどうも弱小種族っぽいし、レベルアップをする人間を集約させて、強い奴を育成しとかないとあっという間に蹂躙されるだろ?」

 

「それなら、冒険者組合の仕組みを教えて回らないとね。あと、アラフが提案した地域に、冒険者組合の総本山を作っておくべきだな。弱いモンスターは各地の冒険者組合に任せて、本当にやばい敵が現れたときに全域をカバーできる強力な冒険者を育成しておく、且つ、獣人(ビーストマン)の侵入を防ぐ防衛線を兼ねた組織だ」

 

「人間を守る正義の組織。なんか格好いいから賛成〜」

 

 ・

 

 ツアーはすっかり緑の葉で覆われたサクラを見上げながらスレイン法国の設立の経緯を思い出していた。

 

「スレイン法国か…… どこで歪んでしまったのかな……」


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