リーダーの刃が悪魔を貫いた。そして、悪魔はうめき声と共に灰となり風に消えていった。
「これで、八欲王の配下で確認されている生き残りが“神竜”だけになりましたね。長かったですね。リーダー」とエルウィンドがエルフの王の娘らしく優しく肩で息をしているリーダーに声を掛けた。白い肌にピンと尖った耳。あらゆる生物の中でもっとも美しき存在であると謳われるエルフの祖先の血を受け継いでいるだけあり、その美しさには並ぶものがいないとされていた。また、外見だけでなく魔術詠唱者《マジック・キャスター》としても高い能力を有していた。
「あぁ。長かった。だけど、こんな俺にずっとついてきてくれてありがとう、みんな」とリーダーは振り返る。
「最後の一匹。これが終われば、私は後身の育成にでも注力するよ」とイジャニーヤが言った。イジャニーヤは現実世界では小学校の教師であった。支配するのに都合の良い情報だけしか教えることのできない現実世界の教育カリキュラムに疑問を持ちながら現実世界で教師を続けてきた。しかし、この世界では管理者など存在しない。この過酷な世界で、自らの力で生き延びていける、未来を切り開いていけるように、教育機関を作ろうと考えていた。
「イジャニーヤの夢だったしな」とリーダーが言う。
「覚えてくれていたんだ。それ話したの、ずっと前だったよね?」と目を見開いて驚く。
「大切な仲間のことだ。忘れたりはしないよ」とリーダーがはにかみながら答える。
「ワシは故郷に帰って、異世界から持ち込まれた装備品を超える一品をこの手で打ってやるわ! もちろんマジック・アイテムを超えるアイテムもな!」と小柄であるががっしりとした体格、そして豊かな髭を蓄えた男が言った。ドワーフ族の男だ。
「ほう。俺のキリネイラムを超える剣が出来たときは俺に教えてくれな」と黒い
「私にもすごいマジック・アイテムの作成に成功したら、それをくれ!」とツアーも口を開く。
「いや、お前にはやらん! 空の鎧を遠隔操作していたこと、まだワシは許したわけではないぞ。長く苦楽を共にしてきた仲間に騙されていたという心の傷は、上等な酒でもなかなか癒せんわ」とドワーフが言った。口調はきついようだが、彼なりの冗談である。
「まだ根に持ってるのか…… わかった。そのときは、上等な酒を持参するとしよう」
「おう! その時は飲み明かそうぞ。そして、その白金の鎧も隅々まで調べさせてもらうぞ! 自動修復以外にもいくつか魔法が付与されているだろう?
・
神竜の住み処とされる山の奥深くへとパーティーが出発する前夜だった。満月の夜であった。リーダーとの待ち合わせ場所に先に到着していてエルウィンドは噴水の縁に腰掛け、噴水の水しぶきが月光で輝くのを見ていた。
「エルウィンド。待たしてごめん」とリーダーは声を掛けながらエルウィンドの所へ駆け寄る。
「私も着いたばかりですよ。それにしても、今日の夜風は静かで綺麗ね。遠くの海の波音を運んで来てくれているの」
リーダーも目を閉じ、耳を澄ませた。
「貴方の聴力では聞こえないと思うけど……」
「いや、俺にも聞こえるような気がするよ」とリーダーがはにかんだ。
「いつか、海で一緒に波の音を聴けたらうれしいわ。ところで…… 話って?」とエルウィンドは言った。
「実はエルウィンド。神竜を倒してからの話だけど…… エルウィンドに伝えたいことがあるんだ。とっても大事な話だ」とリーダーが真剣な顔つきで言った。
「え? 私に大事な話? あっ。あの…… 大事な話なら…… いま伺ってもだ、大丈夫ですよ?」とエルウィンドは、気恥ずかしいそうに両手を後ろに回し、上目遣いでリーダーを見ている。心なしか、エルウィンドのシルクのように透き通る白い肌が、うっすらと紅くなっている。
「いや。八欲王の配下をすべて倒して終わってから。それがスタート地点なんだ! それをまず終わらせなきゃ、やっぱり何処にも動けねぇみたいだ」
「ふっふ。リーダーはやっぱりリーダーですね。分かりました。楽しみにしていますね。実は私もリーダーに言いたいことがあったんです」とエルウィンドは、満月の美しさに似た笑顔で答えた。
・
・
・
神竜。それは想像を絶する竜だった。八欲王と戦った
「あいつの攻撃を防ぎながらゆっくりと後退するぞ!」とリーダーが叫ぶ。
そして、撤退の一手。しかし、仕えるべき主を失い、竜《ドラゴン》としての本能。自分の縄張りに入ってきた者達を抹殺するという本能で動いている。
「すまん! もうMP切れだ。
「俺が壁になるのも限界だ! あいつの爪、防ぐには限界があるぞ!」と旋風の斧で神竜の攻撃を防いでいる。
「竜の姿なら対抗できたが、この白金だと抑えられん! 体を張って、爪を受け止めるわ!」とツアーも着ている白金の装備の堅さを利用して爪を受ける。仲間を守るためだ。他の仲間が神竜の爪を受けたら、真っ二つになってしまう。
「これを…… 使うしかないのか」とリーダーが決意をする。そして、
パーティーのリーダーとして、チームを全滅させる訳にはいかない。リーダーとしてパーティーを守るという責任がある。たとえ、自分の命を犠牲にしたとしてもだ。このままいけばパーティーは全滅するだろう。しかし、これを使えば自分一人の犠牲で済む。パーティー全員の命か、自分一人の命か。このままこれを使わなかったら、自分も神竜に殺されるだろう……。天秤に掛けるまでも無く、答えは出ている。
リーダーは、その槍の先を神竜に向ける。だが……
恐かった。
この世界で何度も死んだ。だが、その度に仲間が復活をさせてくれた。蘇生魔法を使える仲間がいる限り、この世界では、寿命で死なない限り、死というのは一時的な現象に過ぎない。
だが、
死んだらどこへ行くのか? 死とは無なのか、それとも天国に行けるのか? 仮初めではなく、本当の死とは何なのか? 単純にHPが無くなるということでは無いのは確かだ。
恐い……。死ぬのが恐い。
リーダーが両手で握っている
恐い。自分には使う事なんてできない……。
「ぼ、ボクの回復魔法も、そろそろ限界に近いよ」と、チームで回復の役割を担っている大神官は肩で息をしながら仲間に注意を呼びかけている。
“死ぬ”という本当の意味に直面し、恐怖のあまりリーダーに駆け寄る姿があった。それは、エルウィンドだった。エルウィンドは、リーダーが落とした
「エ、エルウィンド?」とリーダーはエルウィンドの行動の意味が理解できない。
「私もリーダーに大事な話がありました。ずっと言えなかった。私はリーダーを愛しています。世界中の誰よりも……。やっと言えた。嬉しい……」とエルウィンドはリーダーに微笑む。その目には涙が溢れていた。
「つ、使うんじゃない。俺も、俺も、エルウィンドを——」
「——
その瞬間、エルウィンドと神竜が白い光に包まれる。そして……、エルウィンドの体が蛍に置き換わったように、細かい光の粒子となって空高く登っていく。
「エルウィンドォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」