血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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稀人 ⑤

 王都リ・エスティーゼの中央部から遠く離れた裏路地。人気の無い細い路地。その路地の壁に背中を預けて座り込んでいる人々。その腕はだらしなく地面へと落ち、首も力なく左右のどちらかに傾いている。彼等が着ているぼろぼろの衣服から見え隠れしている腕や足はがりがりに痩せている。病か飢えによって瀕死の状態に陥っているのか、もしくは既に命を失ってしまった(むくろ)であるのか……。

 

 ロ・レンテ城を囲む巨大な塔が夕陽で紅く染まり始めた頃、スラムと呼ばれる地域を歩く六人の姿があった。

 フードを深く被り、そして路地に座り込んでいる人間達を一瞥しながら歩いている。

 

 ふっと、その六人の先頭に立っていた者がその歩みを止める。どうやら、路地に蹲っている少年に目を留めたようだった。

 

「……ぼく、こんなところで何をしているの?」と艶めかしい女の声が路地に響く。彼女の名前は、ヒルマ。王国の暗部を支配している八本指の幹部の一人だ。

 

 ぼく、と呼びかけられた少年からは何の反応もない。しかし、元高級娼婦として様々な人間を見てきたヒルマは、この少年が行き倒れた振りをして、路地を通るこの六人の様子を窺っていることに気付いていた。

 

「——ね、ねぇ、坊や。ちょっと楽しいことをしない?」と少年が反応しないことに対してヒルマは焦り、さらに言葉を紡ぐ……。そして、被っていたローブを肩から滑り落とす。

 自慢の体だ。高級娼婦として勤めていたころは、破格の値段で抱かれていた。アレ以降も、体の内部をゴキブリに食いちぎられながらもポーションによって部位が復元されており、魅力的であるように維持し続けた。未だに精通を経験していない子供でも興味を持たせることができると自信を持っていた。

 しかし、少年はまったく反応せず、特別な衝動に駆られる気配がなく…… 少年は唐突に立ち上がり、そして脱兎の如く逃げ出していった。

 

 走り逃げた少年の後ろ姿を見つめながら、「あら? 逃げてしまったじゃないのよ。油断させておいて、財布を狙っていただけのようね」と一人が口を開く。

 

「な、なによ。逃げるのだったらあなたが捕まえればよいでしょ! 逃げようとする奴隷を散々捕まえていたのはあなたじゃない! コッコドール!」とヒルマはヒステリックに叫ぶ。

 

「だって、あの方が強引な手段ではなくて、本人の合意のもとに連れてきなさいって言っていたじゃない。無理矢理捕まえたりしたら命令違反だわよ」とコッコドールは言う。

 

「私のせいじゃないわよ。どうせあなたが尻を狙っていたんでしょ。それであの子は逃げたのよ!」

 

「言いがかりよ! 黒光りしている巨大なゴキブリが羽を羽ばたかせながら直腸を刺激することに比べたら、あんなガキのなんて糞よ。触覚だけで刺激されて焦らされている時の方が感じるってものだわ! それに! 私は掘り喰われることに目覚めたのよ! どうせあなたの肝臓なんて食べて貰えないんでしょ! お酒に溺れていたものね! あなたの肝臓、あの方達のポーションでも治せないんじゃないの?」

 

「いい加減にしろ! とりあえず早くスラムの子供から合意を得てくれ。そうしたら、密輸部門の長として、確実にエ・ランテルまで送り届けよう」

 

「何よそれ! どうせ例の倉庫に連れていくだけじゃない。そっからあの方々が転移魔法を使って連れていくだけでしょ! 自分だけ手柄を立てて、アレから逃げようってんじゃないでしょうね」とヒルマが叫ぶ。

 

 ヒルマは怒りにまかせて、路地に横たわっている人を蹴り倒しながら進んでいく。

 

「ヒルマ、落ち着け。そんな感情を露わにしていては勝てる勝負も勝てなくなる。どうだろう? 賭をしないか? 次に合意を得られるかどうかだ。私は、次も逃げられるに賭けよう」

 

「割に合わないじゃない! それに、さり気なく次も私が声を掛けるように誘導しないでよ。次はあなたがやりなさいよ。ほら! あそこの噴水の辺に座っている貴族らしき娘! 強いられた結婚が嫌で逃げ出してきたって感じよ。たまには金とかじゃなくて、女の心ぐらい盗んでみなさいよ!」と、ヒルマに指名されたのは、窃盗部門の長だった男だ。

 

「なんなんだ、その無茶振りは……。それに俺は盗賊二代目なのだが……」

 

「つべこべ言わずに行ってきなさいよ!」とヒルマが街角から窃盗部門長を蹴り飛ばす。

 

「あの貴族の娘、結婚式の最中に逃げ出したって感じね。妬けちゃうわ」とコッコドールが言う。

 

 貴族の娘は見知らぬ男に話しかけられた途端、すぐさま何処かへ逃げ出してしまった……。

 

「もう何よ。意気地が無いわね…… って、それは何よ?」とコッコドールは盗賊部門長の掌に置かれている指輪を見つめる。

 

「いつもの癖でつい盗んじまった……。だが、これは逸品だぜ。見ろよ。この文字は死滅した(ゴート)文字だ。『光と陰、再び一つとなりて蘇らん』」

 

「そんなのどうでもいいわよ!」とヒルマとコッコドールが同時に叫ぶ。

 

「仕方が無い。借金で首が回らなくなった貴族を当たろう。うちの部門から多額の金を借りていた貴族も多いからな…… 帝国から没落貴族の娘を二人、息子の花嫁として迎えた直後、先の戦争で息子を失った貴族がいたな…… 帝国に送り返す訳にもいかんし、奴隷としても売れない。借金のかたに取るには丁度よい……」と金融部門長が語る。

 

「なによ、そんな当てがあるなら、包み隠さず出しなさいよ!」とヒルマが金融部門長に対して怒りの拳を振り上げる。

 

「今は…… これが精一杯」とヒルマから罵声を浴びながら萎縮する金融部門長。

 

 そんななか、突然、彼らの統率者であるデミウルゴスが闇の中から静かに現れた。

 

「みなさんごきげんよう。さて、早速ですが、進捗はいかがです? ナザリック学園は偉大なるナザリックの名を冠した学園。あなた達が任務を果たせなかった場合、今までとは比べものにならない苦痛を受けてもらいますよ? おや? あなたがその手に持っている指輪。大変興味深い……。それは渡してもらいましょう。あなたのポケットにはそれは大きすぎます」

 

 ・

 

 ナザリック学園の開校が差し迫る……。王国、帝国からだけではなく、その他各国から入学志願者が集う……。それぞれの思惑を抱えながら……。


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