血を受け継ぐ者たち   作:Menschsein

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ナザリック学園 ②

 転移門(ゲート)を抜けると学園の正門であった。ネムの視界が淡い桃色に染まる。長く真っ直ぐと続く並木道の先に校舎の入口の扉が見えた。その校舎へと続く道の両端に等間隔に植えられた木々には、ネムの見たこと無い淡い桃色の花。一見するとアーモンドの花のように思えるが、トブの大森林のアーモンドの花はもうとっくに散ってしまっている。エ・ランテルとカルネ村の距離を考えても、開花の時期はそんなには違いないだろう。アーモンドの花と似て非なる花。

 並木道を淡い桃色の花々が覆い隠し、その隙間から見える蒼穹。ネムが背伸びをして両手を高く挙げ、桃色の花が咲き誇っている枝を自分の目の近くまでぐっと引き寄せる。枝を引き寄せたことによって空を覆い隠していた花々の間に隙間ができ、そこからネムの体に青空が降り注いでくるようだった。

 

 先にゲートを通ったアウラ、マーレ、そしてゴブリン達も立ち止まり、花の狂乱に目を奪われている。

 

「アインズ様が私の入学祝いに下賜してくださった花々でありんす」と、日傘を差した少女が転移門(ゲート)の脇に立っており、右手を優雅に払ったと思うとその瞬間に深淵の口を開いていた転移門(ゲート)が消え去った。

 

「こんにちは。私達をエ・ランテルまで運んでくださってありがとうございます」とネムはお礼を言う。この人が自分やゴブリン軍団をカルネ村から運んでくれた人だと理解したからだ。馬車での移動であれば、入学式の数日前にはカルネ村を出発しなければならなかった。入学式当日というギリギリの時間までカルネ村にいられたということは、ネムにとってありがたいことであった。

 そしてネムがもっとも気になったのは、シャルティアの姿だ。真紅の薔薇を想起させるようなドレス。村で農作業などの力仕事をしているネムより遥かに引き締まったウエスト。それ以外の体格、たとえば胸の大きさや身長は自分とさほど変わらない。自分と年齢が近いように思われた。

 

 友達になれたらなぁ。カルネ村には、ネムと年齢が近い子供はいない。いや、いたが殺されてしまった。

 

「アインズ様のご命令でありんすから…… あなたは保護対象の……」とシャルティアは左手の人差し指を唇につけながら考え込む。

 

「私をご存じなんですか?」とネムは嬉しそうに言う。

 

「ええ。アインズ様から伺っていんす 。わたしはシャルティア・ブラッドフォールン。残酷で冷酷で非道で…… そいで可憐な化け物でありんす」

 

「シャルティアさんも、学生なんですか? もしかして私と同じメイド科ですか? 私と友達になってください」とネムは期待に胸を膨らませ矢継ぎ早に言う。

 

「私は魔術詠唱者(マジック・キャスター)の方でありんすぇ。友達。まぁいいでありんしょう 。わたしを創造されたペロロンチーノ様が、シャルティアは学園で女友達はユリだなと、仰っていんしたし」

 

「やったぁ。早速友達が出来ちゃった。しかもシャルティアさんみたいな綺麗な人と友達になれて。よろしくね」と、ネムはシャルティアの両手を取りながら嬉しそうに答える。

 

「よろしくね。ユリ」とシャルティアも笑顔でそれに応答した。

 

「あ、私の名前はユリじゃなくて、ネムだよ。ネム・エモット」

 

「そうでありんしたっけ? そういえば、女友達とユリって仰っていた気がしてきたぇ?」とシャルティは右手を頬へと運び、首を傾げる。

 

「早く入学式の会場に行くよ」と、アウラが声をかけて元気よく並木道を走っていく。そしてその後を、「お姉ちゃん待ってよ」と後を追って走るマーレの姿が見える。

 

「ネムさん、私たちも入学式で出番があるらしく打合せがあるらしいんです。急ぎましょう」とゴブリン軍師が言った。

 

「そっかじゃあ、私たちも急いで……」とシャルティアに声を掛けようとしたが、ネムはその言葉の途中で口を閉ざし、「私たちはゆっくりと歩いていくから、先行っていて大丈夫だよ」とゴブリン達にネムは言った。

 

「そうですか、分かりました」と、一見可憐に見えるシャルティアがとてつもない実力を持っていると肌で感じることができるゴブリン達は、それを了承して先に入学式会場へと向かう。

 

「私たちはゆっくり花を眺めながら行こうね」とネムはシャルティアに優しく微笑みかける。友達ができたらその人を優しく気遣うのよ、と姉から言われたことを早速実践できたとネムは嬉しく思いながら花を見上げてゆっくりと並木道を進む。

 

 ・

 

「凄い人」と、ネムは入学式会場である闘技場(アンフイテアトルム)の三階の観客席の入口から周りを見渡す。円形上に広がっている客席はほとんど埋まっている。すでに二階に空席は無く、三階にあがってきたが、隣同士で座れる席は無い。こんなに多くの人が一度に集まっているところをネムは見たことがなかった。ざっと見ただけでも数万人の人がいることが分かる。

 

「シャルティアさん、ここ空いているよ。私は向こうで空いてる席探すね」とネムは見つけた席をシャルティアに譲り、自分は他の空いている席を探して通路を歩いていく。

 

 闘技場(アンフイテアトルム)の中を四分の一ほどぐるりと回ってやっと見つけた席。

「この席空いてますか?」と、ネムはその席の隣に座っている白銀の長い髪の女の子に声を掛ける。

 

 ……が、返事は返ってこない。彼女は両手に持っている手のひらサイズの立方体の玩具をカチャカチャして遊ぶことに夢中になっていて、自分の問いかけに気づかなかったのだろうとネムは思った。それに人が多く騒がしい。自分も遠慮がちに聞いたのでその声は小さかった。今度はもう少し大きな声で声を掛けよう。

 

「あの、すみ――」

 

「座れば?」と、その女の子は手のひらの立方体からネムの方へと視線を移す。

 

 左右で髪の色が違う? それに、瞳の色も…… カルネ村にはそんな人はいなかったけど、アウラさんとかマーレさんとかも左右で瞳の色が違うし、そういう人って多いのかな。外の世界にいろいろな人がいるんだなぁなどと考えながら彼女にお礼を言って席にネムは座る。そして、隣の席に座ったのも何かの縁だと話しかけようとするが、どうやら彼女は玩具に夢中らしく、話しかけるのも躊躇わせる。ネムは、彼女の手元にある玩具を眺めながら時間を過ごす。どこにそんなに夢中になる要素があるのかネムには分からなかった。

 

 隣の女の子の手に持っている立方体の一面が赤、もう一つが青になった時、闘技場(アンフイテアトルム)に鐘の音が鳴り響く。

 そして、その鐘の音が鳴り終わると、闘技場の一階。闘技場内に入場する大きな鉄格子の扉が開かれた。闘技場の土の上に敷かれていく紅い絨毯。闘技場に威風堂々と登場し、敷かれた絨毯を歩く人物。ネムが尊敬して止まない人物。魔導王アインズ・ウール・ゴウンであった。

 

 そしてその人物の姿を観た観衆は、呼吸を忘れたかのように静まりかえった。剥き出しとなった髑髏。そしてその目から妖しく光る二つの赤い目。アンデッドである。噂では聞いていた学生も、その噂が真実であったことに愕然とする。

 

 ネム自身も、いつもカルネ村に来るアインズ様の姿でないことに驚く。今日の仮面はいつものとは違うんだと。カルネ村に来るときはいつも、怒っているような面相の仮面を付けている。カルネ村の人が困っているときは、いつも助けて下さる優しい方だと分かっていても、仮面が怒っているようなので少し恐いとネムは思っていた。骸骨を被ったようなアインズ様も少し恐いけれど、怒っているようではないのでどちらかと言えば親しみやすいとさえ思った。

 

 闘技場の真ん中まで来たアインズは、そこで立ち止まり話始める。観客席に座っている全員が息を飲んでその語る言葉に耳を傾ける。ネムも、「アインズ様」と呼びかけようと思ったのを思い留める。

 

「私が魔導王アインズ・ウール・ゴウンである。新入生の諸君、入学おめでとう。ナザリック学園は君たちを歓迎する。諸君には、このナザリック学園で大いに学んで欲しい。だが、初めに言っておこう。この学園での学びは君たちにとって厳しいものになるだろう。だが、それに見合った力、知識、技術を学べることを保証しよう。また、自分自身の成長を過信し、十分な力を手に入れた、十分な知識を手に入れたと勘違いしてしまう者も現れるかも知れない。だが、私は断言しよう。世界の未知は無限に広がっている。世界の可能性は君たちが想像するほど小さくはない。自分の力に慢心することなく、立ち止まること無く、日々君たちには前進していって欲しい。

 最後に、このナザリック学園の開校を記念して、今日という日は魔導国の祝日となったが、その中にあって足を運んでくれたエ・ランテルの市民の方々、そして、このナザリック学園を設立するにあたって多大な協力をしてくれた都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア、冒険者組合長プルトン・アインザック、魔術師組合長テオ・ラシケルに感謝の意を述べたいと思う。また、講師を引き受けてくれた薬師リィジー・バレアレ、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”、バハルス帝国主席宮廷魔法使いフールーダ・パラダイン、カルネ村将軍及びその配下の方々にも感謝の意を述べる。以上をもって、私の挨拶の言葉とする」

 

 アインズの話を聞いていたネムは、ゴブリンさん達はもともと、アインズ様がくださったアイテムから出現してきたものだ。お姉ちゃんに感謝するって少し変な気もするけどなぁ、と少しだけ疑問に思うが、これが大人の世界の本音と建て前なのだと思う。

 

「えっと、本日はお日柄も良く〜」と、次に都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが主賓としての挨拶を開始する。とても長々しく、しかも難しい言葉を使うので、ネムは欠伸が出てしまう。そして、そのような退屈なスピーチが延々と続くので、いつの間にかネムは寝てしまった。昨日から興奮して寝れていなかったことも原因かも知れない。

 

 ネムが次に意識を取り戻したときもまだ関係者挨拶が続いていた。そして隣に座っていた少女はいつの間にか席にはいなくなっていた。

 

「ただいまご紹介にあずかりましたアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のリーダーを務めさせていただいております、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです。新入生の皆さん、入学おめでとうございます。さて、早速ですが、冒険者養成科に入学した方達に予めお伝えしておくことがあります。先ほどの、アインザック冒険者組合長から説明がありました通り、ナザリック学園を卒業された生徒は、白金《プラチナ》のプレートが与えられます。しかし、卒業するための卒業試験の試験官(ニューロニスト様)は厳しく、卒業試験(拷問)も生半可なものではありません。それは覚悟していてください。また、私達“蒼の薔薇”は、皆さんをミスリル…… いえ、オリハルコンの実力を備えた冒険者として送り出す意気込みで皆さんの指導に当たります。みなさんが最終試験を乗り越え、そして私達、アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”と肩を並べ、一緒に冒険ができることを心待ちにしています」

 

 そのラキュースの鬼気迫る話を聞いたネムは、自分は冒険者養成科ではなくてよかったと安堵した。

 

 入学式の最後には、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの魔法によって花火が無数に打ち上げられ、華々しく入学式は幕を閉じたのであった。


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