物干棹のような刀を持つ自分が言えた義理ではないが、
その大剣もおよそ人が扱うような代物ではないように見えた。
―――なんだ、あの阿呆ほど大きい剣は。
身の丈に届かんばかりの刃渡りはこちらの刀とさほどの違いはないだろう。
しかし、
重さと力で叩き切ることを目的とした、いかにも西洋風の剣。
並みの膂力では持ち上げることすら適わないのではないかと感じさせる。
その大剣を体の前方に突き出すようにして、竜へと一直線に特進する黒い影。
他の何より速いことを重視したその一撃は
目標地点に到達するや否や、鈍い地響きと共に衝撃波を発生させた。
立ち上った砂煙が晴れると――――
果たして、竜の頭を地面に縫いつけている男の姿があった。
的確に脳髄を貫いているようで、竜が動く気配はない。
寸前で子どもを衝撃から守るように位置取ったのは流石と言うべきか。
気配から察するまでもなく、男もまた英霊であるということは疑うべくもない。
剣が竜の頭を貫いたままにして男は子どもの安否を確かめているようだ。
刀を鞘に収めてから、こちらも近寄っていく。
「子どもはどんな様子だ?」
そんなこちらの言葉に弾かれたように顔を上げる男はひどく驚いた様子だった。
英霊であるこの男にとって、この距離で話しかけられるまで存在に感づかなかったというのは驚愕に値することなのだろう。
「君は……?」
「そちらと似た身の上だと言えばわかるか。生憎と満足な答えを返せるほどの情報を持ち合わせていなくてな。いや、詳しい話は後だ。今はそれよりも―――」
「――――ああ、そうだな。命に別状はないが、このままでは危険な状態だ。すぐに安全な場所に移して適切な処置をしなければ」
一見して頭の固そうな人物に見えたが、そうでもないようだ。
今為すべきこととそうではないことの分別はあるらしい。
ここでゆっくりと自己紹介というわけにもいかないだろう。
なぜなら、一刻も早く子どもの命を救うため。
――――それだけではなく、
「子どもは任せたぞ」
そう言って、刀を抜く。
「? いったい、どうし――――」
グゥァァァアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――
男が言葉を言い終わる前に、耳をつんざく化け物の咆哮が響いてくる。
ひとつやふたつではない。
それに気がついた男は瞬時に子ども抱きかかえる。
「先ほどのおぬしの攻撃、あの衝撃になにも思わないほど鈍感ではないということだ。連中も」
「……そうか」
「なに、責めているわけではない。あの状況であれ以上を望むのは酷というものだ」
刀を右腕に持ち、地に向ける。
一歩、二歩。
構えなど不要。
「その命、しっかりと抱えていることだ」
適材適所。
この状況であれば、間違いなくこれが最適解。
―――――――来る!
迫りくる竜。
左右前後から一斉。
その数――――、十を超える。
純粋な力比べで勝機などない。
まず単体との質量が異なる上に、物量も向こうが遥かに勝る。
では、どうするか。
―――勝負事の鉄則だ。
―――相手の土俵では決して戦わない。
周囲の景色を埋め尽くさんばかりの数の竜に対し、
力ではなく―――速さと技を以って迎え撃つ。
首を。
片翼を。
腕を。
腹を。
目を。
―――――――斬り、断ち、折り、穿ち、潰す。
一体、一体を確実に行動不能にしてから、飛び込んでくる次の竜へと急襲する。
行動不能になった巨体は丁度良い足場となるのだ。
次々と増える足場を生かして、空中にて空の覇者を圧倒する。
「―――己の不甲斐なさを嘆くばかりでは、格好がつくまいよ」
絶望の中からやっとの思いで掬い上げた命を散らせるわけにいかない。
邪魔だ、そこをどけ。
次々と四方八方からやってくる竜の群れに対して、
疾風怒濤の気勢を以って刀を振り続ける。
その結果―――竜の攻勢が弱まり、こちらを囲む包囲網の中にほんの僅かだが、
確かな活路が生まれた。
――――これなら、いけるか。
一種、賭けのようになってしまうが、どちらにしろこのままでは分が悪くなる一方。
ならば、ここでひとつ勝負といこう。
空中を駆ける勢いのまま男の傍に一度降り立ち、
「――――道を開く! 離れずに来い!」
そう叫んで、前方の竜へと突撃する。
こちらの意図を正確に読み取ったようで、子どもを抱えたまま男は絶妙な距離感でついてくる。
そう、あまりに近すぎてもあまりに離れすぎてもこちらの動きが制限されてしまう。
今のこの距離であれば、十全に動ける。
「身をかがめろ」
と言い終わるや否や、子どもを抱えて疾る男の身を飛び越えて後方に転身する。
――――刀を水平に薙ぐ。
襲い掛かって来た二体を同時に斬り伏せ、進行方向に一瞬で戻る。
撤退していく連中とは逆の方向に走り、このまま町を出る。
進行を阻害する竜と追い討ちをかけてくる竜のみを進む勢いを殺さぬままに排除していく。
竜の攻勢も弱まったところで、
火の町を駆けながら、後ろからついてくる男は言った。
「当てはあるのか?」
「山だ」
「なるほどな」
たったそれだけの会話ではあったが、共通の認識として指針が固まった。
山の中――――つまりは森に入れば、ひとまず竜の目から逃れられる。
森を焼かれるという可能性もあるにはあるが、
この町に辿り着く前に見えた森の規模を見るとその点は考えなくともいいだろう。
生きた樹林というのは燃えにくい。
数千という竜の数をもってしても燃やし尽くすにはかなりの時間を要すはずだ。
”知恵”を持った竜がそんな無駄なことをするとは考えにくい。
―――だから、竜が仕掛けるとすれば。
町を抜けた。火の海となっている町を抜け、開けた場所に出た。
ここから森に入るまでは全力で駆け抜けたとして数分。
町を走っていた時と異なるのは、燃えていた建物がないこと。
つまりは障害物がない。
―――竜が仕掛けるとすれば、獲物が逃げも隠れも出来ないこの場面。
ドン―――――――――――――――――――――――!!
という音と共に建物を突き破って、飛び出す竜。
空中から火を吐く竜。翼を使ってかまいたちのような衝撃波を放つ竜。
数十の竜が獲物を仕留めに来た。
「子どもを頼む」
と言った男は焦る様子もなく、こちらに子どもを任せて瞬時に背中の大剣を抜き、
襲い来る炎と衝撃波を―――
一振りの斬撃で払った。
そこから間髪を入れずに飛び込んでくる視界を覆い尽くす数の竜を諸共に―――
両断する。
「――――役者交代だ」
殿は任せて、先に行ってくれ―――
しばしの間、逡巡したが。
「適材適所、そうだろう?」
こちらに背中を向けたまま発せられたその言葉を聞いて森へと駆け出す。
全く同じことを考えていたとは。
相当に相性がいいらしい。
互いに剣を持ち、刀を持ち、英霊なんぞになってしまったがそうでなければ――――
今、考えても詮無きことか。
そんなことを思いつつ森へ急ぐ。
追従してくる竜の気配は皆無だった。
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男には夢があった。
「争いを止めたい」
その夢のために男は戦った。
誰に求められようとも委細は問わない。
男を求める声があるならばそこへ行って剣を振るった。
なにが善でなにが悪かなどは関係ない。
そんなものは見方の問題でしかないし、立場の問題でしかない。
全ての人を救うことはできないのだから。
せめて自分に差し伸べられた手は救い上げよう。
あくまで機械的に。
そこに男の意思はなかった。
夢を叶えるためには自分の意思がそこに介在してはならないとさえ思った。
「まるで道具のようだ」と男を評して誰かが言った。
意志を持たない道具としての自分。
気に留めることもなく戦い続けた。
もはや戦いに高揚はなく、いつしかただの作業に成り果てた。
それでもただひたすらに、夢のために。
戦いの果て、死の間際に男は悟った。
誰に認められる必要もない。
誰に称賛される必要もない。
道具で大いに結構ではないか。
それでも自分の信じた物の側に立っていられるのなら。
自分はそれで戦える。
誰かのためではない――――
己のためではない――――
自らの信じる物のために剣を振る自分であろう。
他の何でもない『正義の味方』になりたい。
そのことに死の間際になって気がついた。
自分の夢は自分ではどうしたって叶えられないのなら。
どうかその奇跡を成し遂げる者の味方でありたい、と。
死に逝く自分が悟ったところでどうしようもないが。
男にとってそれは確かな想い。
そして。
だからこそ。
男には”続き”が与えられた。
―――――――――英霊としての”続き”を。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本来、自分にはこういった役割が向いている。
移動しながら敵を撹乱するといった曲芸師のような芸当はできない。
また、子どもを抱えたまま逃亡を謀るというのも正直に言えば不得意だ。
先ほどの状況ではあれが最適であることに間違いないが、”背中を敵に向ける”というのがどうにも……。
対して、敵に正面を向き腰を据えて迎え撃てる今の状況は十全だ。
遺憾なく己の力を発揮できる。
時間を稼ぐだけでいいというのも気が楽だ。
こちらから動く必要はないのだから。
こちらは剣を構えたまま静止し、竜はその場を動かない。
宙に浮いているものは薄く火を吐きながらこちらを伺い、
地に降り立っているものは飛び出そうとする姿勢のまま。
状況は膠着。
それもそうだろう。
竜の側からすれば第一波の先制攻撃が事もなげに防がれたのだから。
奇襲と言える攻撃が意味をなさなかった。
この重大さがわからないほどの単細胞ではないらしい。
やはり、多少の”知恵”がある。
そして、”知恵”があるからこそ――――
地を這うようにして先頭で機を伺っていた竜が
飛び出してきた―――!
と同時に他の竜も連携して攻勢を開始する。
そう、”知恵”があるからこそ自らの敗北条件をあちらはわかっているのだ。
こちらは時間をある程度稼げば、竜を牽制しつつ森へと後退すればいい。
無理をする必要が全くない。
だから動くとすれば竜の側がまず動くしかない。
そして、膠着状態から状況が動き出す時―――――
吐き出された炎を難なく躱し、巨大な翼を羽ばたかせて生じたソニックブームを斬撃でいなす。
左右から突進してきた二体はそれぞれに首を刎ねる。
――――こういった条件の時、後出しができるこちらが圧倒的に優位。
「お前たちは―――、一体一体の個体が大きすぎるんだよ」
―――だから、一見シームレスに見える連携にも間がある。
その間を突けば、対応は容易い。
その声が届いたのか、森へ先に向かった者を追いかけようと大回りをして飛ぶ竜が一体。
「させると思うか?」
次の瞬間にはその竜の両翼を落とし、機動力を失った胴体を蹴り元いた地点に戻る。
不意に目の前の障害が消えて、正面を突破しようと動きかけた竜をその場に縫い付ける。
縦横無尽に動くことはかなわなくとも、直線の動きに限れば瞬発的に動くことは出来る。
大回りをして追いかけるというのなら、相当大回りしなければならないだろう。
さもなければ、十分にこちらの対応範囲内だ。
―――この状況、
―――何より、竜が相手なのだ。余程でなければ遅れをとることはない。
またもや膠着状態となり―――
そろそろ頃合いか、と後退を開始しようかと思った矢先。
いまだに残る二十を超える数の竜が
一斉に飛び出した――――!!
―――――ここで……。流石に考える時間を与えすぎたか。
こちらにとって一番面倒なのは一斉に特攻されること。
十体を超える数でこちらの四方を覆われ動きを止められて、残りは森へと向かわれる。
連携とも言えない連携で攻撃されるよりも数で押されるそちらのほうがこたえる。
そうならないようわざと挑発的に振舞ったのだが、いい加減にそれも効かないか。
しかし、初めからそれをやられていたならまだしもこの段階でそれはもう無意味だろう。
おそらく彼の足であれば、もう森の中へ入ってるだろうからこちらは周囲の竜を落とせば問題ない。
ただ、四方を囲まれているというのはやはり落ち着かないものだ。
どこかに背中を預けて戦えるといいのだが、障害物のないこの場所では望むべくもないか。
多少のダメージ覚悟で、やるしかない。
と剣の柄を強く握ったところで――――
グガァァアアアアアアアアアアアアアッ―――――――――!!
森へ向かった竜の方向から苦悶の叫びが上がる。
叫びは竜のものだ。
周囲の竜から目を離すわけにはいかないが、
視界の端に捉えた影は
思わず笑ってしまうぐらい馬鹿長い刀を持っているように見えた。
数瞬の後、こちらの包囲網に穴を空け飛び込んできて、こちらに背を合わせて竜を牽制しつつ、
いの一番に
「朗報だ」
と言った。
「どうした?」
「森の中に生き残りがいた。それも数人のことじゃない、数十、数百だ」
「…………」
言葉が出なかった。
代わりに涙が出そうになった。
あの子どもだけじゃなく、まだ自分の手で救える範囲にそれだけの人がいてくれた。
―――本当に、よかった。
「―――先の子どもはその人たちに預けて緊急で手当てをしてもらっている」
「……わかった」
つまり、やるべきことは簡単だ。
まずはこの場を乗り越えること。
「―――背中は任せておけ」
こちらの事情を知ってか知らずか、そんなことを言う長刀使い。
おそらくは知らないだろう。
―――その一言でこちらがどれほど心強くなるか。
―――そのあたりの話もしなくてはな。
―――そう言えば、我々はお互いの名前も知らないのではなかったか。
―――おかしな話だ。
「――――ああ、任せた」
笑みをこぼしながら、そう呟いた。
こちらの牽制もあって、状況は膠着状態。
膠着状態にあっては後出しが圧倒的に有利。
「馬鹿を言うな」
―――――――――――――――こうなれば例外だ!!
そう叫んで、大剣を持った竜殺しは目の前の竜に斬りかかる。