インフィニット・ハンドレッド~武芸の果てに視る者 作:カオスサイン
サイレント・ゼフィルスを出し忘れたとかそういう訳ではありません。
Sideイチカ
「い、イチカ!?」
「兄上!目が覚めていたのか!?」
「ああ、心配かけてしまってすまなかったな…」
「そんな事ないよ!」
完全には回復しきっていない己の体を推して俺は皆のいる大広間へと来た。
何故か賢姉殿はいなかったが。
「イッくん!体の具合はどう?」
「まだ傷が痛みはしますがなんとか体を少し動かせる分くらいは大丈夫です」
「この天才の束さんがメスを入れたからそうだとは思ったけどね!」
「そっか…」
当然皆に心配されるが俺がそう言うと束さんがそう付け加えて皆納得する。
「ですが…」
「「…」」
皆既にカレンやセラフィーノから春の容態を聞いていたのか暗い表情になってしまっている。
「春季の方はまだ目が覚めていないのよね…」
「束さんも最善を尽くしたけど…はっくんはあっくんの零落百夜で受けた傷がとにかく酷かったんだよ…後はもうはっくんの生の力が死の誘いに勝る事を祈る事しか私達には出来ない…」
「そう…ですね…」
白式の人格コアであるハクナも咄嗟に内側から零落百夜の出力を抑えようとしたそうだが間に合わなかったらしく彼女も涙ながらに謝罪していた。
「あっくんめ…歪んでいるとは思っていたけど最早あそこまでとは束さんも予想外だったよ!…」
「た、束姉さん?…」
現在は旅館から学園へと帰る日時までの間、教師との同室での謹慎・監視処分を受けさせられている為に此処にはいない愚兄に向けて並々ならぬ怒りの表情を浮かべる束さんに対し未だ何処か迷いを生じていた箒は驚く。
「…昔箒ちゃんが美月ちゃんにやっていた所業の事、束さんは今も許してはいないよ?」
「!?…」
「え!?…」
「ちょっと束お姉ちゃん!?」
束さんが箒に対し昔彼女が愚兄にほだされ美月をサンドバッグ代わりにしていた事を皆の前で暴露し箒はたじろぎ他の皆は驚いていた。
「わ、私は只…」
「何も依存するのが悪いっていう訳じゃないの…だけどちゃんと自分でも考えて箒ちゃん!
あっくんが貴方に与えてくれたモノなんてちっぽけですらないモノだった筈でしょう?!」
ナイスですよ束さん!
愚兄に依存する事しか思考になかった箒に対しその言葉はクリティカルヒット物です!
愚兄のそれは自らが他人に幸福を与えているつもりでもそれは自らの存在を際立たせる為にやっているだけの自分勝手な只の押し付けと同義でしかないのだから。
「わ、私は!…」
「あ、箒ちゃん待って!…」
箒には今の空気に耐える事が出来なかったのか彼女は束さんの静止を聞かずに部屋を飛び出していってしまった。
「もう!…」
「はは、まあ後は時間が解決してくれる筈でしょう…」
「そうだね…」
「とそうだ皆、俺が暴走しちまっていた間の事を教えてくれないか?」
「う、うん!」
箒の問題は彼女自身が解決するべき事であるので俺は福音戦の詳細を皆に聞いた。
「…そうかやはり彼女はギリウスの奴に誘拐され無理矢理力を目覚めさせられていたのか…」
「ああ、アタシの事も覚えていなかった…」
イツカから彼女の親友で行方不明扱いになっていたアヴリル・ロースコットがギリウスの配下として現れ、恐らくは向こうの戦友であるアルフォンスが操るシルバーブリッツと似て非なる生物・鎧型ハンドレッドを扱ってきた事を聞き俺は早急に対策を講じる。
「あ、あのイチカさん?
先程から力がどうとかおっしゃっておられますけど一体どういう事ですか?」
「あ!…」
失念していたな…ここはオルコット嬢達に真実を語るべきか否か…。
「実はイッくんの闇切改・弐式はISじゃないからなんだよ…」
「ちょ、ちょっと束さん!?」
「「ええ!?」」
そんな思考を巡らせていた俺をよそに束さんが爆弾発言を投下する。
早速何やっちゃてくれてんのこの人はあー!?
「ど、どういう事なんですかイチカさんの機体がISではないって!?」
「ああそれはな…」
束さんがトンデモナイ爆弾を投下してくれたおかげで俺に後戻りなんていう選択肢は最早存在しなかった。
「ああもう!話すよ…だけどその前に誰か簪も此処に呼んで来てくれないか?
後あの馬鹿と一般生徒達が聞き耳を立てていないかチェックしてくれ
それから話すから」
「「分かった!」」
観念した俺は専用機の微調整が間に合わず今回の福音討伐には参加出来なかった簪も呼んで皆に洗いざらい真実を語る事にした。
無用な混乱を招かぬように一般生徒やあの馬鹿が監視の目を欺いて此方に来ようとしている可能性も考慮し皆に外の様子を見させて安全を確認させてからだ。
勿論カレンの歌の力、簡易型人工ヴァリアントの春の体の事、セラフィーノとラウラの人工ヴァリアントの力の事も含めてだ。
只向こうのかつての戦友達が此方の世界に来訪している事だけはまだ伏せておくべきと思ったので語らなかったが。
…そんで返答良いな皆さんよお!?
イチカ語り中…しばらくお待ち下さい
「という訳なんだ」
「宇宙外生命体サベージに未知のウィルス…どおりであの時私達の体の調子が可笑しかったのね」
「ああ、鈴達は幸い浮遊していたヴァリアントウィルスに触れた時間が短かったから影響はほぼ皆無かったんだ」
「そしてそのサベージに対抗する術を持ち得た人達が武芸者でその手段が特殊な鉱石で造られた百武装ですか…」
「イッくんはその上位に位置するヴァリアントの武芸者なんだよ!」
「「…」」
俺が自らの真実を語り終えた直後、束さんの補足で純粋なIS組の皆は騒然としていた。
「それじゃあ春季の体は…」
「ああ鈴の想像している通りだ。
春の専用機の千式雷牙は俺がこの世界で最初に遭遇したサベージから採取したヴァリアントウィルスを束さんが持ち得ていた知識をフル活用して無害化処理を施し機体の百武装擬き及びENカートリッジとして搭載したハンドレッドとISのハイブリッド試作機なんだ」
「それじゃあ…」
「だけどそれは所詮簡易にしか過ぎなくて純粋なヴァリアント、人工型ヴァリアントである俺やセラフィーノ達とは違って春の体は常人より少し上程度の回復力しかないんだ」
「へ?なんで其処で音六ちゃんの事が?…」
春の体の説明を終え今度はセラフィーノ達の事について語ると鈴は二度驚く。
「ああ、セラフィーノとラウラは昔ある組織の実験・研究の為だけに誘拐され人工型ヴァリアントとなったんだ…彼女達はちゃんとした純粋なハンドレッドを持っているぞ。
後、鈴の甲龍には俺が搭載したヴァリアブルコアがあるぞ」
セラフィーノが付喪紅炎装を、ラウラが黒の宣告神手腕をヴァリアブルストーン状態で皆に見せると驚愕する。
「そんな事が…ってマジ?!今気が付いたわ…」
「あはは…」
ヴァリアブルコアが専用機に搭載されていた事を知った鈴は驚愕する。
「そのある組織って一体何者なのよ?大体の検討はついているんでしょ?」
「ああ、先日の福音討伐に乱入してきたギリウス・クラウス・ウェンズ元第四皇子が一時期世界を混乱に陥れようとしたヴィタリー・トゥイニャーノフという科学者の残党を名乗りこの世界各地で騒動を引き起こしてしまっているみたいなんだ…」
これはクレア会長から聞かされた事だが俺とカレンがこの世界に来た直後、彼女の兄であるジュダルさんがラスィーヤ連邦の元代表選抜であった女性人工型ヴァリアント、エレーナ・スカルコニアの手によって暗殺されてしまったらしい。
その直後、セリヴィア元教皇と彼女に付き従っていた四人の武芸者によって起こされたクーデターの際ワルスラーン社の者の手によって脳だけ残されていたヴィタリーは愛していたジュダルさんが死んだ事で最後に己の持てる思考の力をルナルティアベースを全システムを維持する為に活用してくれたらしかった。
彼女にも人としての尊厳が残っていたようだ。
どうやらギリウスは自身の元兄であったダグラス卿の掲げていた武芸者至上主義すらも否定しその上ヴィタリーの名を利用して己だけが頂点に君臨せんとする世界を創造しようという野望を未だに持っているみたいでどこぞの馬鹿と同じく厄介極まりこの上ない存在である。
「!誰だ!?」
話を終えるとふと扉の向こうから気配を感じた俺は勢い良くドアを開けた。
「し、諸君に緊急の話があって来たのだが…」
「…」
気配の正体は賢姉殿であった。
イチカが真実を語り始める直前、Side千冬
「?…一夏!目が覚めて…一体何の話をしているのだ?…」
学園から緊急の通達が入り私はその事を専用機組達に伝えようと大広間に再び来ていた。
だが中から秋彦に刺され重傷で眠っていた筈の一夏の声が聞こえてきて私は彼に悪いと思いながらも聞き耳を立てていた。
「なっ!?…」
彼の話していた内容はとても私にも信じられる様な類のものではなかった。
だが今迄のアイツの異常なまでの機体の性能や何処かよそよそしい物腰を思い出せば納得せざるを得なかったのだ。
「…」
ドアノブに手をかけて開こうとするも私は秋彦の尋問後、束に言われた一言が脳裏を離れない。
秋彦の尋問裁判直後
「なあ…一体どうしてこんな事になってしまったのだろうな?…」
「ちーちゃんはさ…過去を振り返ってみる事はした?」
「過去?…」
「私はあるよ…」
「お前がか?!」
「そう…私にも一つ、いや二つの過ちがある。
人は過去を積み重ねるからこそその先の未来をより良く作っていけるんだ…だからこそ愚直に前だけ見ているのは論外なんだよ」
「…」
束がどうして突然あんな事を言ってきたのか私には訳が分からなかった。
過去…私は一体何を積み重ねてきたのだ?…
そういえば両親が私達姉弟を残して行方不明になってしまってからというもの弟達の為に一生懸命我武者羅になって働いていたが果たしてそれは充実といえた日々であったろうか?
仕事に勤しみ過ぎていた私はロクに一夏達の他愛の無い話も無下にしてしまっていたような気がする…。
それで本当に幸福な家族の形と云えるのだろうか?
いや、答えは否が大半を占めるであろう。
もしかしたら秋彦達の不仲の原因も其処に…
「誰だ!?」
「い、一夏…」
突然ドアを開けられ私は驚いてしまう。
「何処まで聞いていたんだ?」
「お、恐らく最初から最後までだと思う…」
「はあー…」
話を私に盗み聞きされた本人は怒りの表情を見せていたがどこか満足気な顔も見せていたような気がする。
Sideイチカ
まさか賢姉殿に聞き耳を立てられるとは俺も予想外であった。
だが束さんも何やら助言したようだしこれで分からなければ完全に姉弟の縁を切ってやるだけだ。
「それで織斑先生、俺達に何か話があって来たのでは?」
「ああそうだったな。
実は福音の討伐に動いていた自衛隊が帰路で未確認の生物に襲われ増援を要請したらしいが今現在も尚被害を拡大しているとの学園から緊急報告があがってきたんだ」
「何ッ!?…」
どうやら運命は俺達を嘲笑うか…。
次回、サベージに襲われた自衛隊員達を救出するべくイチカ達は今も尚昏睡から目覚めない春季を欠いたまま出撃に臨む事になる。
そこで彼等が目にしたものは驚愕に塗り固められてしまった存在だった。
「臨海学校と陰謀PARTⅩⅡ」