Double Commanders In Chief. 作:一人っ子
Sun Rising From -South-
南洋
ブーゲンビリア。
もともとスラム化が進んでいた上に銅山利権を巡り内戦が勃発し、荒廃の一途をたどった挙げ句は独立に失敗、
そして消滅した国家はいくつか存在する。法律や治安組織など何の役にも立たなくなった今、ここはコンゴやダルフール、ウガンダとそう変わらない。マラリアと武装ゲリラがはびこり、強姦のパーセンテージが40%を超える国家は簡単にはお目にかかれない。人間の住まうこの島を控えめに表現すれば『最悪』。深海棲艦が支配する海が『南洋の宝石』とまで言われ続けているのは人類に対する至高の皮肉である。もはや世界から見捨てられたこの地にあって、たった1つだけまともに機能している場所がある。灯火管制を尊守しているのであろう薄暗い室内には男が二人でウッドチェアに腰掛け、汗でくしゃくしゃになった書類を読んでいるのではなく眺めている。4月18日のブインは秋だが、南半球は季節が日本と真逆である上に低湿度ながらも気温は実に高い、もはや朦朧とした二人は文字を読む事すら億劫になっている。しかし違和感を拭いきれない組み合わせである。
一人はまだ若いが肩に付けられている桜と金筋の数はその才能をどんな言葉よりも雄弁に語る。見るからに堅物、生真面目、勤勉と言った言葉が浮かぶ。
方や向かいに座る男は服はヨレヨレでダボダボのジーンズをずらして履き、室内でも朝起きてから寝るまで帽子をかぶり続け、『わかば』と書かれた最低品質のタバコを咥え悪臭を撒き散らしている、
『そんな雑草じみたタバコを命懸けで食糧と一緒に運ばされた潜水艦娘と輸送隊の気持ちを考えた事は無いのか』と問い詰めたい気も失せるほど態度がでかい。お気に入りのティンバーランド社のブーツを履いた足は机の上だ。見るからにガラが悪い、不真面目、怠惰と言った言葉が浮かぶ。軍属でありながら服装規定を1つたりとも守っていない為、階級、役職は分からない。端から見ればただの目付きの悪い輩でしかない、この輩の態度を見る限り向かいの青年より年齢が少し上だろうか。
これ以上は説明のしようがない。二人は『艦娘』を率いる司令官である。正確には青年は『Front Line Commander』ーーー前線指揮官であり、ガラの悪い輩は『Fleet Commander in chief』ーーー艦隊司令官である。若い高級士官が口を開く
「2分の1で羅針盤に勝てない」と小さいながらもはっきりした発音は目の前の机にあげられたティンバーランドを跨ぎ超え相手の鼓膜を揺らした。
「…しばいてまうぞハゲコルァ」
完全に常軌を逸した返答が返って来たにも拘らず、青年は特に何の変化もない面持ちでゴツゴツしたティンバーランドの靴底超しに消しゴムを振りかぶって投擲した。
「ハゲとらんわ」
怒る所はそこなのか、言葉のキャッチボールが一方的な壁当てになっている状態に対してではないのか、もしかしてこれが日常茶飯事なのか、落ち着き払った青年は弾着を確認、推定時速約90Km/hで消しゴムは鼻を直撃した模様。ガラの悪い司令官は鼻を押さえながら床を転がる、服装と相まってブレイクダンスに見えなくもない。
「っだああああぁあ!ボケェ!!クソダボ!!もみ上げ全部むしりとったろかコルァ!!」
---------------完全に余談だが今の発言にあった『ダボ』とは関西弁を話す地域の中でも主に神戸の治安情勢の悪化が懸念されるエリアで使われる。本家関西弁の『ドアホ』が縮んで『ダボ』になったと言われている方言である。このチンピラ紛いの男は、『お洒落な重巡』や『勝手を許してくれない大丈夫な高速戦艦』と同じ地域の生まれである証左になる。すぐに上官を『クソがっ!!』と罵る防空巡洋艦も神戸生まれだが----------------
それはさておきこの状況は、シンプルに形容するとすれば『イカれている』
会話の成り立たないだらしない服装の司令官、それに消しゴムを投擲し平然と書類に目を戻す指揮官。1つの基地に指揮権をもつ者が二人同時にいる。
もはや何を議論すべきかも分からないが、誰がみてもこのブイン基地は終わったと思うだろう、かの山本五十六が最期を迎えた場所であり、日本が降伏した時点でまだ日本軍の支配下にあった数少ない拠点の1つ、ソロモン諸島北部に浮かぶブーゲンビルアイランド、事実上ほぼ孤立状態におかれている島は瓦礫が埋めつくし、バラックにしか見えない基地に極少数の艦娘と二人の男、後は質の悪い自家製ヘロインや軍が置いていった物資に紛れていたモルヒネなどで意識はもはや木星辺りにまでぶっ飛んでいるゲリラ達がたまに思い出したように中国製のパチものカラシニコフを乱射する。まさに世紀末もかくや、モヒカン、トゲトゲ肩パットは必須アイテムに思える島の南端にこの町は存在し続けていた。ブーゲンビルはまだ落ちていない、ここが落ちればラバウル、ショートランドは真っ先に消えてなくなるだろう、ひいてはソロモン海域喪失の切っ掛けになりかねない、ただの孤立無援の危険地域。アーノルド シュワルツネッガーもスティーブン セガールも助けには来てくれない、そこらへんの林の中から隠れていたシルベスター スタローンが出てくる事もない、あらゆる意味で絶望しかない中でも基地は生きていた。ここには笑顔があった。絶望の中から希望を探す姿があった。
これは後世に語り継がれる事もない、瓦礫に埋もれた、小さな小さな最前線の物語。
基地への出入口は2ヵ所、海側と陸側にある。海側は当然、艦娘達や輸送隊が使用する。陸側はあまり使われる事は無い。基地から一歩出れば犯罪天国だからだ、わざわざ面倒に巻き込まれに行く必要は微塵もない。
さっきも述べたが強姦率40%オーバーのスコアを叩き出し大半は14歳以下で実行しているという、驚き統計を見る限りむしろ変態天国ではないのかと思ってしまう。気の弱い駆逐艦 電なんかは基地から100mも歩いたら一部の紳士が嗜む『薄い本』な展開が待っているはずだろう。だが一部の紳士諸君には悪いがそんなことは無い。
今の日本人は世界に殴りかかり大敗を喫した事で好戦的ではなく狡猾になった。
『我々はあなた方の為に来たんですよ』
『人道的支援ですよ』
『ほらほら食糧ですよ』
餓えた者、危機に晒されている者程、懐柔しやすい。そして日本人がなにより得意とし、交渉に置いて最重要項目であると言っても過言ではないスキル、アメリカ人もフランス人も持ち合わせていない、誠意ある姿勢だ。綺麗事にしか聞こえない気もするが、ミサイルとライフル弾では信頼は得られない。自衛隊がまだあった頃、アメリカの要請(めいれいと読む)により中東へ派遣された部隊はたちまち現地有力者の信頼を獲得し、遂には
『日の丸の掲げれらている区域に万が一、1発でも銃弾が撃ち込まれたら我々は射手は勿論、所属組織を全力で破壊する』
と、時の指導者が異例の公式発表を行った。中東で宗教的影響力が強い指導者の名で発表された言葉はほぼ絶対であり、指導者達もそれを熟知している為、簡単には自らの名において教徒や戦闘員の行動を制限する発言はしない。それ以降も世界各国で『日本人』は『信頼できる』との評価を受け続けて今に至る。同志ヴェールヌイも思わずニッコリの好印象だ。そしてここブインも例外ではなく、『日本国防海軍関係に手出し厳禁』が徹底されている。
とは言うものの
「やっぱり怖いのは怖いんだよね…」
黒のタイツ風インナーの上にセーラー服の組み合わせは破壊力抜群であり、着用者『重巡洋艦 古鷹』の清楚な外見と頬を伝う汗やら色々を足せば国籍を問わず野郎共に無慈悲なクリティカルヒットを見舞う。
基地を出てから僅か300m程度で痛い位の視線を浴びて余計に緊張し汗がまた一筋増える。しかもその全く無遠慮な視線の主達の手にはことごとく中国製のパチものカラシニコフがある。自分の20.3cm連装砲に比較することも出来ないレベルの歩兵用自動小銃、それでも深海棲艦との戦闘以外ではほんの少し気弱な一面のある古鷹にとっては驚異であった。警護兵が3人控えているが、彼らは人間の兵士である。もしも襲撃を受けて彼らが負傷してしまうと、警護兵を艦娘が庇いながら撤退せざるを得なくなる。口にはしないが有り難迷惑極まりない。今日は地元の有力者との話し合いに向かうのだ、古鷹が選抜された理由は『古鷹の見た目やったら、おっさんは99%落ちる、残り1%はオカマ野郎やから指揮官のケツを貸したったらええねん』というじつにゲスい理由だったがそれを知るよしはない。ところで彼女の今の制服は『改二』と呼ばれるもので、以前のものより熱い、インナー着用だから当たり前だが脱ぐわけにはいかない。制服は装備の一部で着用方法を間違えると動作しなくなる。設計士は
『古鷹のインナーはスケベティックなものではなく、装備固定用の鎖が肌に当たって冷たくないように設計した、決してスケベティックな意味合いは無い』
とのたまっていたが、ここは南国ブーゲンビル、むしろ冷たい鎖が欲しい。複雑な心境の古鷹の横にはブイン基地最古残の一人である小柄な軽空母艦娘がくっついいている。
『最古残』『小柄な』『軽空母』これだけなら大概の人は『鳳翔』を連想するだろうがここは違う。
くわえタバコでがに股気味に猫背で顎を突きだして歩く姿は昔見た事のある、怪盗アニメの主役キャラのようだ、そうでなければそのスジの人か。
「太陽暑いねんボケェ…爆撃したいわぁ…」
この小柄な軽空母は龍驤、下はスカートだが、上衣がいただけない。かなり分厚い生地で作られたオーバーサイズな紅色の長袖を重ね着しているので、見ているこっちまで暑苦しい。サンバイザー状の装備を被っているものの、本人曰く
『この鉄板バイザーが日に焼けてな、逆にデコめっちゃ熱いねん、ひさしに卵落としたら目玉焼きできんで。ソースか醤油の議論はあかんで、キミを爆撃してまうかもしれんしやな』
司令官とならびブインの関西弁汚染を拡げているちょっとやさぐれ気味な艦娘である。かなり取っ付きにくい先輩艦娘と未舗装の道を歩く、警護兵達もボディアーマーやらライフルやらとフル装備で大変そうだ。まだ会合場所まで30分はかかる、車は先日司令官が一人で『島内タイムアタック』を開催して大破させた。
車だったとは思えない鉄屑を見た龍驤は真顔で司令官を爆撃していた。まぁ、たまに歩くのも悪くない、せっかく艦娘なんだし、暑いけど。海からゆっくりと、普段は気付かない様なそよ風が吹いていた。
重巡洋艦娘古鷹の足跡
彼女と姉妹艦娘である加古共々『移籍組』である。もともとは日本国内の大規模な鎮守府に所属していたが、練度は高いものの、旧式の重巡は日に日に活躍の場を失なっていった。徐々に提督からの扱いも酷いものに変わっていき、そして遂には『戦力外通告』をうけた二人は絶望の淵に立たされていた、やがて彼女達におぞましい命令が下る、『解体か提督のおもちゃになるか』当然古鷹は抵抗を試みたが
『お前が嫌なら加古を』
最低の選択肢だった。いや選択肢など最初から無いに等しかった。こんなことになるなら艦娘なんてならなければよかった、女の体を持ったがために耐え難い屈辱を何度も味わわされながらも姉妹を守るために古鷹は感情を殺し、ただ黙っていた。何一つ事態が好転する可能性など無い事位分かっていたが、最早彼女は思考する事すら諦めていた。
あの日もいつものように夜更けに呼び出され提督の私室に入る時廊下の片隅で空気が揺れた、人間は遥かに超える艦娘の五感はそれを感じ取ったが、自分には関係無いと無視してドアをノックした瞬間に背後から口を塞がれた。肩を軽く引っ張られる、同時に踵に足をかけられ簡単にバランスを失った体は容易く誰かにコントロールされる。呆けていたとはいえ、人体の重心を完璧に熟知した技術によって悲鳴すらあげることなく、物音1つしないまま壁際にそっと座らされた古鷹は動転しながらも状況を把握しようとオッドアイを左右に動かした。
いくつかの人影がみえた、廊下が暗いからだけではない、全員深い藍色に包まれていて実に視覚しにくいが確かに6人のナニかがいた。一人は自分の真正面、数十センチで向かいあっているそれは、ヘルメットに大きなゴーグル、ご丁寧に覆面まで着用して顔は全く分からない。
一拍遅れて恐怖感が生まれ初め鳥肌がたつ、なんだか分からないが殺される気がした瞬間にその人影は人差し指を立て小声で『静かに』と囁いた。それと同時に『入れよ』と提督の返答が聞こえた。
あっという間とはこの事だった。古鷹が入室してくると当たり前の想定しかしていなかった男の部屋のドアを覆面姿の何者かが少し開けた隙間からもう一人が小さな物を室内に放り込んで即座に閉じる。
静まった鎮守府のタイル床に金属的な音が響き、つぎの瞬間に轟音が古鷹を包み込んだ。
以前、金剛型と演習を行った時に次女の比叡が周囲をよく確認しないまま至近距離で主砲を一斉射してくれた時にかなり近い、爆風抜きの音だけで頭がくらくらすなるなんて、理解が追い付かない古鷹を置き去りにして覆面達は部屋になだれ込んで行く。何事か怒鳴り散らしているようだが激しい耳鳴りに邪魔されて聞き取れない。
大音響で飛び起きた他の艦娘達が駆け付けてくるまでの僅か40秒以内に事は済んでいた。
鎮守府の灯りが点けられ、へたりこむ古鷹を庇うように艦娘達がちょうど部屋から出てきた一人の覆面との間に壁のように立ち並ぶ。
『ここがどこかわかっているな?別に武器を捨てる必要はない、撃ちたければ好きなだけ撃て、ライフル弾なんぞでは艦娘は痛みも感じない、投降したほうが賢明だぞ?』
よく見ると覆面はアサルトライフルを持っており、戦艦長門は相手に自慢の41cmを向けている、もし撃ったりしたら鎮守府の一角が消し飛ぶ威力、オーバーキルもいいところだ。しかし相手は負い紐からライフルを外して、両手を挙げた、片手に紙を持っていたが血気盛んな陽炎型がお構い無しに飛び掛かり全く抵抗の素振りも見せない覆面を組伏せた。
ヒラヒラと宙を舞っていた紙は長門の隣にいた戦艦武蔵の手に収まった。それをちらりと見た武蔵は黙ったまま動かない、イラついた長門が紙をひったくってもエラーを起こしてフリーズしているようにびくともしなかった。
『逮捕状 提督による艦娘への虐待行為の容疑、および資材横領容疑、収賄容疑により提督を被疑者とし、これを逮捕、拘束、事情聴取認可を与えるものとする。また、被疑者が逮捕勧告に従わない場合に限り、軍事法に則り武力をもってこれを制圧する裁量も本状によって限定的許可を与えるものとする。
日本国防海軍 司法局長』
長門もフリーズせざるを得なかった、知らなかったとはいえ司法局長官の命令で派遣されて来た部隊の隊員に砲口を向け取り押さえているのだ。このような事態に対処する訓練など受けていない。
『大丈夫ですよ、毎回の事ですから、できれば右肩の不知火さんは少し力を緩めてもらえるとうれしいですね、利き手がちぎれそうです』
床にヘルメットごとめり込んだ覆面の声で我に返った長門は慌てて拘束を解かせた。
その後覆面を脱いだ男の携帯端末で指紋認証を行い念のため大淀に確認させ、全て事実であることを確認した長門は鎮守府と自分達の行く末を深く憂いていた。
『まずは被疑者を連行します、その後複数名の艦娘から聞き取りを行い保護するよう命令を受けています』
至って事務的に告げる男は警務隊長らしい。
保護対象であろう古鷹を一先ず立ち上がらせ武蔵に預けた時、廊下に(元)提督の怒声が響き古鷹の肩が跳ね上がったが、すぐに重たい音に上書きされ静かになった。
次に叫んだのは以外な人物、警務隊長だった。部屋に走り込み長門達の死角に消える瞬間から隊員の一人に対し彼は怒り狂っていたようだ。
『貴様ぁぁ!!!またクリスタル灰皿か!!!また尋問前に被疑者のアゴを砕いたのか!!また始末書か!!!また3課に謝るのは私なんだぞ!!!』
『また』って…唖然とする艦娘達の鼓膜を別の声が揺さぶった。
『じゃかましわいボケェ!!!コイツがガジャガジャ騒ぐからやろが!!』
なんという言い訳、なんという言い草、なんという屁理屈 。
『絞め落とせ!!!一々砕くな!!!』
『んなめんどくさい事しとれるかダボォ!!!硬いモンでゴッチン!!これで解決やないか!!!』
『またか!!またか!!!まぁたぁかぁああ!!!また3課に筆談で尋問させるのかぁ!!!!』
『うっさいハゲぇ!!しばいてまうぞぉぉぉ!!!こんなヤツ今すぐぶち殺したかてかまへんやろ!!』
『ハゲとらんわい!!!』
ー最終的に怒るポイントは髪の毛なのか、態度とか行動とかはどうでもいいのかー
古鷹は以前、駆逐艦娘 浦風が上映した映画を思い出していた、やたらと『アニキー!!』とか『オジキー!!』とか叫ぶシーンの多い広島を舞台にした、おおよそ駆逐艦達には不向きな内容だった。
なにやら終わりの見えない低レベルな言い争いに色々な物品が破損する音が混じっている。大方取っ組みあいでも始まったのだろう。どうしたものか、再び警務隊長を取り押さえる訳にもいかず、ただただ途方に暮れるビッグセブンの頬を高速で金属が掠めた。暴発か、敵襲かと取り乱す自我を抑え見据えた先には2機の爆撃機、ただし超小型で手のひらサイズ以下だ。空母娘達が飛ばす艦載機は大型化は簡単らしい。新米五航戦ですら、人間が使用する原子力空母ロナルド·レーガンに着艦可能なサイズ程度大きくできる、最も成功するまでに8機の訓練機、3人の甲板士官の膝下靭帯、及び半月板、多数のロナルド·レーガン甲板上の重要機材、2機の発艦待機中の米軍艦載機(F/A-18D スーパーホーネット)が尊い犠牲になった、だが小型化は極度に困難だそうだ、赤城や加賀クラスになれば、小型化させる事は可能らしいが見たことはない、とんでもない集中力を求められるためあっという間に疲弊すると言う事だが、精々観測機位しか使用する機会の無い長門には縁の無い話だった。
偵察機を敵に発見される事なく接近させたり、敵の目の前でいきなり大型化させ一斉に爆弾や魚雷をばらまいてまた小さくなって撤収させることが可能なだけでなく、対空砲火が極めて当て難い為、優位性は一気に増す。これを決して広くはない建物の廊下で悠々と旋回させる技術をもつ空母はただ一人しか知らない。振り返った先には『軽空母 龍驤』最高練度を誇るちょっとスレた最古参の艦娘がいつものツインテールを結わず寝癖の付いたまま、めんどくさそうにタバコを吹かしながら巻物甲板を広げていた。彼女は大の爆撃マニアである、雷撃機搭乗員妖精が一人残らず急降下、緩降下、水平爆撃、果ては海面に爆弾を水切りの要領で跳ねさせ陸上型深海棲艦の足下を狙った反跳爆撃をマスターしている程に、先日は敵戦闘機に弁当の『明太子』を投げつけ撃墜した者が尾翼に『エースの明太子エンブレム』を描いて貰って自慢して廻っていた。慌てて爆撃機に視線を戻した長門と搭乗員妖精の目が合った。妖精は手のひらを下に向け上下に激しくふっていた。同盟国の機体スツーカ(明太子付き)と国産機彗星十二型甲、最凶のロッテはやがて旋回をやめ天井付近まで上昇しながら室内へ、この女正気か?急降下する気か?屋内で?青ざめた長門の喉から声が迸る。
『伏せろおおおおお!!!!!』
手近にいた駆逐艦をしっかり抱き締め床に転がった、直後爆音と熱風。悲鳴に怒号。
警務隊を殺ってしまったら大事件だ、詰め寄る長門に龍驤は
『調節したから大丈夫』
と、さも当たり前のように言い放ち爆撃機を引き連れて立ち去る。爆弾の破壊力なんて調節できるものか?頭を抱えていると、瓦礫と化した部屋から焦げた男達が文字どおり焼け出されて来た。頭に黒い袋を被せられズタボロになった(元)提督が引きずられている、警務隊員の少し歪んだ正義感からか、龍驤の苛立ちをまともに受けたからか、袋越しにかなり出血していた。
しかしこの非常事態に隊長は動じていない、ズボンに付いた火を払い、落ち着いた口調に戻り
『お見苦しい所を晒してしまいましたね、改めて被疑者を連行します』
なんとも格好悪いが、それなりの場数を踏んだ威厳らしきものを漂わせていた。
(元)提督は関西弁の隊員にいかにも固そうなブーツで蹴りあげられ、躓くたびに過剰と思える程、踏みつけられ連行されて行き、点々と血の跡を廊下に撒き散らし悲鳴とも呻き声ともつかないなんとも情けない声を残して消えた。武蔵は古鷹を壁になる様に位置を取りながら、表現しようの無い感情をもって、その後姿を見送った。こんなにも情けない悲鳴は実戦を初めて目の当たりにする幼い駆逐艦でも上げない。こんなヤツがえらそばっていたのか、と。
古鷹と加古は警務隊の駐留する建物の一角に匿われた、口封じに来る輩に備え身長190cm程の覆面姿、筋肉ムキムキマッチョマンの変態では無い野郎達が全ての出入り口に配備されている。
少し殺伐とした部屋で二人はお互いが同じ目に合わされ、お互いを守る為に苦痛に耐えていた事を知り、声を上げて泣いた、今まで泣く事も許されなかった分を取り戻すかの様に、泣いて泣いて泣いて、声が枯れるまで泣いて、時計が同じコースを何度か廻ってようやく落ち着いた頃、ドアが優しくノックされた、眠っていたら起こしてしまわない様に、そんな気遣いがはっきり伝わるトーンが扉を叩いて出せるのかと驚く程の柔らかい音だった。ドアを開けた先には、甘い香りが漂うトレーを持ったムキムキマッチョマンが立っていた。
彼らはほとんど喋らない上、皆一様に覆面の為、人となりを知ることは出来なかったが、湯気の立ち上るココアとビスケット、もらい泣きしたのか覆面から除く真っ赤に泣きはらした目が、彼女達の心を何よりも温めた 。