ネトゲの嫁ともっとイチャイチャできないと思った? 作:Losusu
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したry
約束の日曜日。朝の駅前で、俺はガンガン痛む頭と、おぼつかない意識の狭間で後悔していた。なにを隠そう、きのうの晩、ついいつもの調子でLAをプレイしてしまったのだ。
仕方ないだろ、ふだん土曜の夜は絶好のLAタイムなんだぞ。翌日が休みだから、空が白みはじめるまでLAを遊び倒して、次の日は昼過ぎに起きる――これがいつものパターンだ。
そして俺もアコも、そんなLAジャンキーとして身に染み付いた習性を、きのうもきのうとて遺憾なく発揮してしまったわけで。
先に落ちたマスターと瀬川から、あしたはデートなんだから早く寝るようにと忠告されていたのに、迂闊だった。スマホの時計はちょうどいま8時になったところだ。約束には間に合ったが、本当にぎりぎりの時間だった。
「そうだ、アコは?」
はっきりしない頭をたたき起こして、周囲を見回した。これから遊びにでも行くらしい高校生ぐらいの女の子の集団や、何組かのカップル、親子連れなど、いかにも休日という風体の人たちがたくさんいたが、アコの姿だけはなかった。
――まさか寝オチか? アコのことだから十分ありえる可能性だ。通話履歴の最新5件に入っているアコ×5の中からアコの名前をタッチして電話をかけようとしたとき、視界の端に奇妙な動きが見えて、俺はスマホから目を切った。
あっちへふらふら、こっちへふらふらしながら近づいてくる人影が見えた。間違いない。あの物体はアコだ。
「おひゃようございまーひゅうぅ」
「おう、おはよう」
俺も眠かったけど、こっちまで寝てしまうとアコの手綱を引く人間がいなくなってあまりにも危なそうだ。気を引き締めないと。
今日のアコは、フリルのついた白いブラウスに、黒いロングスカートという出で立ちだった。俗に言うなんとかを殺す服っていうやつのイメージに近い。白い布地のなぞる豊満な曲線が、黒いスカートとのコントラストで強調されていて、少し目のやり場に困る。
肩からかけたバッグは、よく使っているお気に入りのものだ。最近気づいたことなんだけど、アコはこれにいつも違う種類のLAキャラクターのバッグチャームをつけている。今日は水系統亜種のぽわりんだった。いったい何種類持っているんだろう。
「しかし、大丈夫かお前……俺が言えた立場じゃないけど、ろくに寝てないだろ?」
アコは一瞬、本当に眠ってしまったかのように見えたが、すぐに目をパチパチとしばたたいてから言った。
「あっ、はい! 大丈夫です、ルシアンに会えたら目が覚めました」
「ついでに100年の恋からも、いったん覚めてほしいな」
「そんなものではわたしの想いは消えませんよ、1万年と2000年前から愛してます」
「重すぎる、重すぎるよ、アコ」
といつもの調子だ。まあ、ひとまずは大丈夫だろうか。
そう思い思い、駅の構内へ向かおうとしたところで、アコが服の袖を引っ張って、おずおずと尋ねてきた。
「あの……」
「どうした?」
「ど、どうですか、ルシアン。――わたし、かわいい、でしょうか?」
そう言って上目使いで俺を見るアコは、ほんのりと頬を赤らめ、瞳を潤ませていた。かわいい。はっきり言って。
お互いの呼吸を感じるぐらい近くだったので、アコの顔はすぐ目の前にあった。ぱっちりとかわいらしい目。大きすぎず小さすぎず均整の取れた鼻。その下にちょこんとうずくまっている唇は、
「グホォッ!」
「ル、ルシアン?」
思わずやられキャラのような声を上げてしまう。おそろしい一撃だ。俺の理性的な意味でのHPゲージの7~8割がこの数瞬で消し飛んでいった。
確一を取られずに済んだのは、長い前髪のおかげでアコの顔がある程度、隠れていたおかげだ。顔を覆っている髪の毛は、アコの内向性を象徴しているようだった。実際、遠巻きだと表情を読むのが難しい。アコにとっては、これが自分の心を守るバリアーの役目を果たしているんだろう。
俺としてはなんとかして欲しいんだが、無理な要求か。そのうち、ヘアピンでもプレゼントしてやろうかな。俺の前でぐらいならつけてくれるかもしれない。
「いや、うん……かわいいよ。かなり」
「そうですか!? よかった、準備に結構時間かかったんですよ、ざっと2時間ぐらい!」
「2時間って、LAから落ちたのが午前4時ぐらいだったから、差し引いて1~2時間ぐらいしか寝てないのか?」
「実はベッドに入ってもワクワクして一睡もできなかったので0時間睡眠です!」
「おいおい……大丈夫か」
「いやー、何度か経験したことありますけど、ずっと起きてると一周回って眠くなくなるんですよね。ついさっきまで寝かかってましたけど、もうその境地に達しました」
「あ、それはわかる。でもあんまり無理するなよ。しんどくなったら休んでもいいからな?」
「はーい。でもこれからルシアンとデートかと思うと、眠気なんて吹き飛んじゃいました。さ、行きましょう!」
今度はアコが俺の前に出て、腕を引っ張ってうながしてきた。本当に一睡もしていないのかというぐらい元気そうだ。そんな姿を見ていると、俺もパッと眠気が消え去ったような感じがした。
とりあえずの目的地は、四駅先にある大型ショッピングモールだ。ことさら用事があるというわけではないが、この近辺で俺たちのレベルおよび、
切符を買い、乗り場につくとちょうど目的の電車が着いたところだったので、ほとんど待つことなくそのまま乗車した。日曜の朝ということもあって、車内は比較的空いている。適当な席を見つけて、アコと並んで座った。
「ルーシーアーン♪」
アコがしなをつくり、寄りかかってきた。体と体が触れ合って、思わずアコの女の子的な部分を意識してしまう。
「アコ、その、ちょっとそれは」
「なんですかルシアン、デートだっていうのにつれないですね」
「そういうのは人前では、あんまりやらないほうが……見られてるし」
周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。どう考えても俺たちに向けられたものだ。女子学生の集団や、老夫婦、親子連れなどなど、全員ちらちらとこっちを伺っている、ような気がする。なんだこの温かい視線? めちゃくちゃ恥ずかしい。
俺は照れ隠し同然に、アコのおでこを指で突いて引き離した。
「そんなー、ルシアンのいけずぅ」
「適切な距離感、これ必要だから! というかそれを知ってもらうのが今回の目的なんだよ」
「ルシアンとわたしは赤い糸で何重にも絡め取られて結ばれてるのに~」
「いやいや。それから……アコさん、できましたら学校外で、他の人がいるところではルシアン呼びは控えていただけませんでしょうか」
さらにもうひとつ注文をつける。けどアコのことだから素直に聞かないんだろうな……と思ったら、意外にもアコはこれを了承してくれた。
「えー、仕方ないですね。……えぇと、じゃあ、に……西村くん……?」
ためらいがちにリアルでの俺の名前を呼ぶアコは、やっぱりいつもより一段とかわいらしかった。心臓が跳ね上がる。落ち着け、即オチなんとかシリーズじゃあるまいし、まだ「アコには勝てなかったよ」とダブルピースをキメるには早すぎる。
俺は目をそらして言った。
「そ、そそそそう、それでいいんだよ、アコ。……じゃあ、せっかく早く起きてきたわけだし、今日は楽しもうな」
「はい、そうですね、ルシ……西村くん!」
「お、おう」
西村くん、という言葉が体に染みこんできて、ゆっくりと背中の裏側を舐めた。きっといま、俺の顔は真っ赤だろう。
なんだかさっそくアコのペースにやられているような気がするが、まだまだ今日という戦いは始まったばかり。俺は、脆くも健気な決意を胸に燃やすのだった。……いや、決してもうすでにアコの軍門にくだってるわけじゃないからな。本当に。