ネトゲの嫁ともっとイチャイチャできないと思った? 作:Losusu
「いやあ、楽しかったですねー、デート」
「半分以上の時間はLAやってたけどな」
俺たちは結局、午後のほとんどの時間をLAに費やした。LA公認のネットカフェだと、デスペナルティ軽減や経験値取得量増加といったボーナスがあるので、この機に、遅れているアコのレベリングを進めつつ、もう何度目になるかわからないけど、ヒーラーとしての立ち回りの教育を施した。
相変わらずアコは前に教えていたことの半分ぐらいを忘れてしまっていたが、いつものことだ。しかし、ヒーラーとしての立ち回りでも俺のほうが上っていうのはどういうことだろう。本職はアーマーナイトだぞ。ま、アコがいるだけで癒されるからいいけどさ。
俺たちはデートの締めくくりに、駅の近くにある
時間はもう6時を過ぎていた。はるか彼方の水平線に、陽が沈みかかっている。俺たちは夕陽を眺めながら、フェンスに体重をあずけてジュースを飲んでいた。
「それにしても、短いような、長いような1日だったな」
「そうですねえ、もう午前中の記憶がほとんどないです」
「そりゃあ寝てたからだろ。しかしまあ、疲れたな。なんだかんだで」
「ええ、もうわたしすっかり疲れちゃいました。……ですから!」
アコはバチーンバチーンと自分の膝を叩きながら訴えた。
「おぶってください。いえ、むしろお姫様抱っこしてください! もう駅まで行く気力も残ってないです!」
「やめてください、しんでしまいます」
実際、お姫様抱っこっていうのは、漫画やアニメみたいに軽々とできるもんじゃない。現実には相当の腕力が必要だ。俺みたいな細腕のインドアオタク野郎じゃ、足腰を痛めるのが関の山。まあ瀬川ぐらい小さくて軽そうな相手ならワンチャンあるかもしれないが――そんなことしたらぶった斬られるだろうな。それにむしろ、LAでのキャラ的にはアイツのほうがお姫様抱っこする側だろうし。
「――ルシアン。いま、他の女のことを考えませんでしたか?」
だしぬけに、アコが鋭い眼光を放った。なんてヤツだ、こういうときの勘は半端ない。このセンスを、LAでのPSにも反映させてくれればいいのに。
「い、いやー、アコだと俺の腕が折れそうだけど、瀬川だったらなんとかいけるかもなー、と思って……あっ」
しまった、これは様々な意味で失言だ。当然アコの反応は、俺が予想したとおりのもので。
「むー。ルシアン、しゅーちゃんに気があるんですか? わたしにはできないのに、シューちゃんにならできるって。それに腕が折れそうって……わたし、デブじゃありません! ぽ、ぽっちゃり系なだけです!」
「いや、そういうことじゃなくてだな」
アコはぷくーと頬を膨らませて言った。これはこれでかわいいけど、最後に地雷を踏み抜いてしまったか? ちゃんとフォローする必要がある。
俺は、小っ恥ずかしさに目をつぶって言った。
「……アコはかわいいし、スタイルもいい。むしろこれぐらいの肉付きが世の男には喜ばれるんだ。デブなんかじゃないさ。ただリアルでは、お姫様抱っこっていうのは物理的に難易度が高くてだな……つまり、俺のレベル不足だ。すまん」
ついでに言えば心理的抵抗もあるけど、そこはあえて言わないことにした。好意を持っているからこそ、軽々しく交わりたくない、というところはある。お昼ご飯のときに、流されてキスしそうになった人間の言い分じゃないかもしれないけどさ。
我ながら、嘘じゃないにしても微妙な言い訳に思えた。アコのやつ、これで納得するんだろうか。おそるおそる顔を覗き込む。するとアコは、思いつめたような声色でぽつりとつぶやいた。
「――そんなこと、ないです」
うつむいている上に前髪に隠れていて、表情が読めない。やっぱり怒らせてしまったのかと続くフォローの文句を考えていると、先に言葉を継いだのはアコのほうだった。
「違うんです、ルシアン。レベル不足なのは、わたしのほうなんです。ルシアンは、いつもわたしのところまで下りてきてくれました。本当は、わたしなんかよりずっと高いところにいるべきはずの人なのに」
「アコ?」
「覚えていますか? このあいだ、わたしが転生するって言って引きこもっていたとき、ルシアンはわたしの高さまで下りてきてくれました。辛いときは自分も一緒に休んでくれるって。すごく嬉しかった」
「……そういえば、そんなことも言ったな」
あのときはなかば無我夢中だったから、いま振り返ってみると相当に無茶なことを言った気がする。でも、本心だってのは間違いない。
「いつもいつもわたしはルシアンに助けられて、迷惑をかけて。でもそんなわたしを、あなたは決して見捨てなくて」
アコは後ろに手を組み、俺をまっすぐと見て、ほとんど泣きだしそうな顔で微笑んだ。
「だから、大好きなんです」
アコがなにを考えて、どうして俺と一緒にいるのか。正直なところ、計り知れないところがあった。けどいまこのとき、ほんの少しだけだとしても、アコの本当の心に触れられたような気がした。だから俺も、アコに俺の心に触れて欲しい。そう思った。
「違う、俺だってアコに助けられてきた。アコと重ねてきたものがあった。だから俺は――お前といられて嬉しいし、これからも一緒にいたいんだ。マスターやシューも、きっと同じ気持ちだよ。ゲームとリアルは違う。でも――LAで重ねてきた俺たちの絆は本物だ。そして、そこから繋がってるいまも」
LAは素晴らしいゲームだ。そしてそこで積み重ねてきた俺たちの絆も、きっと素晴らしいものなんだ。アコやみんなと一緒にいつまでもLAを楽しめたら、どんなにいいことだろうと思う。
だけど素晴らしいゲームだからって、そこにいる人間すべてがいい人間だとは限らない。ゲーム内で仲良くなって、現実でも出会った結果、不幸な結末を迎えた話なんてそれこそいくらでもある。以前に猫姫さんが言っていたように、もしアコが、俺じゃない別の男に惹かれていたとしたら。そしてその男が、ろくでもない野郎だったとしたら。アコは心身ともに辛い目に遭っていたかもしれない。そしてその経験に紐付けられて、LA自体も嫌いになってしまったことだろう。
アコと結婚したのが俺でよかった――とまで
「ありがとう、アコ。いっしょにいてくれて。そしてこれからも、俺たちと……俺と一緒にいて欲しい」
「こちらこそありがとう、ルシアン。あなたに出会えて、わたしは本当に幸せです。……わたしなんかが、こんなに幸せでいいんでしょうか?」
夕日に
「アコ……」
「ときどき思うんです。わたしなんかが、こんなに幸せなはずがない。わたしの居場所なんてどこにもあるはずがない。本当は全部夢なんじゃないかって。寝て起きたら、ルシアンも、しゅーちゃんもマスターも、いなくなってしまってるんじゃないかって」
切々と語るアコの姿に、俺はふたたびこの子の剥き出しの心を見た。あまりにも脆くて危うい、俺の嫁の心を。徐々に陽が沈んでいき、アコによりかかる陰が濃くなっていった。すぐにでも、闇が彼女を覆い隠してしまいそうだった。そうなったら、アコは……?
「アコ!」
気がついたときには、俺はアコを抱き寄せていた。考える前に、もう体が動いていた。アコは間違いなくここにいる。現実の存在として、俺の腕の中にいるんだ。消えてしまったりなんかしない、絶対に。
「ルシ……アン?」
「言っただろ、リアルとゲームは違う。アコはこうして、ここにいる。体温がある。手も触れられる。アコがいるってことを、俺はこんなに身近に感じられる」
「わたしも、ルシアンを感じます……」
アコは俺の耳元で、どこまでも嬉しそうに囁いた。
「えへへ、はじめてルシアンのほうから抱き締めてくれましたね。やっぱり、夢みたいです……」
「夢じゃない、現実だ。どこにも消えたりしない、あしたも、あさっても、これからもずっと続いていく、現実なんだ」
この言葉は、アコだけじゃなくて俺自身にも言い聞かせるものだった。アコは現実だ、ここにいるんだ、って。
「なあ、アコ。一緒に、もっともっと楽しいことをしよう。ゲームでもリアルでも、いくらでも楽しいことがある。こんなもんじゃない、お前はもっともっと幸せになっていいんだ。だから……どこにも行ったりしないでくれ」
「わたしが……幸せになっていいんですか?」
「当然だよ。俺がそうする。俺はお前の……旦那様だからな」
この子を幸せにしたい。この子の居場所を作ってあげたい。そのために、俺にできることならなんでもしてやりたい。思えば、いままでの人生において、リアルでこんなに本気になったことはあっただろうか。アコには、俺にそう思わせるところがあった。
ああ、そうだよ。俺はやっぱり――アコが好きなんだ。地雷ヒーラーで、ドンくさくて、パーティーに迷惑ばっかりかけて、リアルでも俺を旦那だとか言いだして、それでも一生懸命に俺を慕ってくれる、このアコっていう子が。
アコはまた、泣き出しそうな顔をしていた。いや、実際に泣いていた。頬に光るものが、はっきりと見えていたから。それが愛おしくて、俺はいっそう強くアコを抱きしめた。アコも、俺を求めるようにぎゅっと抱き返してきた。
「あの、ルシアン……」
アコはいままで真には見せたことがなかった、本当に、本当に幸せそうな顔で、俺を見上げた。
「わたしを、しあわせにしてくれますか?」
躊躇せずに、俺は答えた。
「ああ」
やがて陽が沈み、俺たち二人の姿は影になった。けれどアコも俺も、消えたりなんかせずに、変わらずその場にい続けた。
お互いがお互いを、支えあうようにして。