ネトゲの嫁ともっとイチャイチャできないと思った?   作:Losusu

8 / 9
原作10巻以降の時系列になります。
多少、本編のネタバレがあるのでご注意ください。


私はママにならないと思った?
MOTHER×2 玉置家の逆襲


 なにげなく言った一言が面倒な事態を招くことってあるよね。

 ちょっとした言葉のあやだとか、タイミングの悪さだとか。

 俺の場合も、たぶんそういうことだったんだと思う。ただ問題は、いま一緒にいる相手が、ちょっと――いや、相当変わった子だってことを考慮に入れてなかったわけで。

 

 

 

「ところでさ。アコは母の日、どうする?」

 

 GW(ゴールデン・ウィーク)もなかばを過ぎたある日、アコの部屋にて。2人でLAをプレイしながら、なにげなく放った俺の一言に、アコは全身をすさまじい衝撃で打たれたかのような反応を示した。

 

「母の……日……?」

 

 目の前でLAを操作している亜子が固まり、そして、LAの中で俺をサポートしてくれていたアコも固まってしまった。なんだかちょっと面白い。数秒後には、回復が遅れたゲーム内のルシアンが致命傷を受けて、俺自身も固まってしまうことになったんだけど。

 

 なんだろう。忘れてはいけないことをすっかり忘れていた、という事実を、いましがた思い出したかのような反応に見えた。事実アコは、そんな思いを隠すかのようにまくし立ててきた。

 

「母の日がなんですか! わたしが母になるんですよ!」

 

 ちょっと前までなら過激な発言にうろたえてしまうところだろうけど、もう俺も慣れたもので、この程度なら、さらりとあしらう。

 

「新宿の母とか、そういうやつのことかな」

 

「ち、違います~!」

 

 アコならさしずめLA情弱姫プレイヤーの母、とかかな。あまりチルドレンを増やして欲しくない。あと、よそにも迷惑をかけないように。でも、囲われるのはもっとダメだ。

 

「ま、そんなことはいいよ」

 

「そんなこととはなんですか」

 

「お前が人の子の母になるには、レベル、能力、年齢、そしてなにより、自活力が足りない」

 

「でもでも、まだ母親になるのは無理だとしても、現時点でも母親になるための行為におよぶことは、やぶさかではありません!」

 

「俺はやぶさかだよ」

 

 と、そっちの方向になんとか誘導しようとするアコから緊急回避を決めつつ、俺は話をもとの流れに戻した。

 

「で、母の日はどうする? お母さんへのプレゼントとか考えてるのか?」

 

「母の日がなんですか! わたしが母になるんですよ!」

 

「それはさっき聞いた」

 

 お前は出来の悪いbotか。どうも、「母の日」という文字列に反応してこういうことを言ってるのは間違いなさそうだ。あきらかに、なにかを隠してる。

 

「まさかアコ……なんの用意もしてないんじゃないだろうな?」

 

「あうっ!」

 

 完全に図星だったらしく、俺の嫁は、俺でなくても丸わかりな様子でうろたえた。ポーカーフェイスっていう言葉とは一生無縁だなぁ。そういうところも可愛いと思わないでもないけど。

 

「なるほど、それで誤魔化してたのか……」

 

「うぅ、GWに入る前は覚えてたんですよ。父の日のプレゼントはなしでも、母の日には毎年ちゃんとプレゼントをあげてるんです。信じてください」

 

 ああ、それは……たしかに玉置(たまき)家らしいな。バレンタインのときのことを考えれば、父の日のプレゼントも、アコからはお父さんに渡してないんだろう。その代わり、アコのお母さんがきっと重い重い愛情とともに、突飛なプレゼントを渡しているに違いない。苦笑いするアコのお父さんの姿が、ありありと思い浮かんだ。あすは我が身かもしれない。

 

「うん、そこは信じるよ。けどまだなにも準備してないって、大丈夫か? 母の日はもうあしただろ? しかも、今日ももう5時回ってるし」

 

「それはその……助けてください、ルシアーン!」

 

 アコが、がばっと抱きついてきた。いきなりだったので、回避する暇もない。学校なんかではいつものことだから慣れたけど、部屋の中で、2人っきりでこんなに密着するのはさすがにまだ慣れてるはずがないって。

 

「お、おおおおお、おま……」

 

 制服のような厚い生地の服ではなくて、いまのアコが着ているのは薄い部屋着だ。密着すると必然的に、その下にある肌の感触や、体温が、よりダイレクトに伝わってくる。

 

 そしてアコ特有の、甘ったるいような、いい匂い。以前は髪を洗うのに石鹸を使っていたらしいとは瀬川の言だったが、いまではその瀬川と、さらに秋山さんからの指導もあって、ちゃんとシャンプーやトリートメントを使っているらしい。それでも髪の野暮ったさ感はそこまで変わらないけど、以前からしていたいい匂いがもっといい匂いになったような気がする。

 

 さすがにこれは、いくらアコに慣れてきたからって刺激が強すぎる。でも、もうちょっとこのままでいたい気がするのもたしかだった。結局俺は、突き放すまではせずに、そのままの状態で、アコの相談に答えた。

 

「ま、まあ……そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな? 好きなお菓子とか、カーネーションとか……」

 

「いまから買いに行って間に合うでしょうか? ここから一番近いスーパーだと、えーと、えーと」

 

「最悪、あした買いに行ってもいいか。母の日のうちに渡せば大丈夫だろ?」

 

「えっと、実はあしたは、家族全員で朝からお出かけになってるので、今日中になんとかしないと買うタイミングがなくなっちゃうんです」

 

「そうだったか、じゃあやっぱり、いまからでもダッシュするか?」

 

「うーん、やっぱりそうするしかないですかねぇ」

 

「――わたしとしては、あなたが英騎をがっちりキャッチしてくれるなら、母の日のプレゼントとしてこれ以上はないんだけどね」

 

「あっ、そうなんですか? じゃあこのままがっちりと、だいしゅきホールドを続けて……って、え……?」

 

 俺も、そしてたぶんアコも、心臓が止まるような心地がした。これ以上なく接近した2人の前に、いつの間にか、アコのお母さんがやってきていたのだ。机の前で正座して、微笑ましいものを見守るような、どこまでも優しい笑顔を投げかけている。

 

「おわあああ!」

 

「お母さん、いつの間に!?」

 

 突然のデスエンカに晒されたかのように驚愕し、俺たちはお互い慌てて飛びのいた。

 アコのお母さんはといえば、少し首をかしげて頬に手をやり、「あらあら」とうっとりしたような顔をしている。懐かしいものを見て喜んでいるような、そういう感じだと思う。

 

「別に遠慮しなくていいのに。2人の仲がよくて嬉しいわ」

 

「いや、そこは人の親として止めてくださいよ!」

 

「止めなくていいですけど! いきなり入ってこられるとびっくりします!」

 

 なんだか絶妙に噛み合わない抗議だ。というかこの人、いったいいつの間にやってきたんだろう。怖い。自称母なアコと、本当に母なアコのお母さん。2人の母親で苦労も2倍だな。

 

「あら、ごめんなさいね。あんまり2人が仲よさそうにしてたから、ついもっと間近で見たくなっちゃって。そうしたら、母の日のプレゼントの話をしてたでしょ? それで、ちょっとね?」

 

「ううううう……。ということは、なにも用意してないという事実も明るみに?」

 

「それは、もうばっちり」

 

「アコ、いいヤツだったのに……南無」

 

「ルシアンが勝手に人を殺します~!」

 

 言って、アコがぽかぽかと俺を叩いてくる。全然痛くないうえになんだか微笑ましい。こんなんなら、毎日やってくれてもいいんだけど。

 

「んー。まあ、さっき言ったとおり、わたしとしてはあなたたちがこのまましっぽりいってくれたら、特に言うことはないんだけれど?」

 

 さらりとアコのお母さんが恐ろしいことを言った。まずいですよ! そんなことを口走ったら、俺の嫁をどんなに調子付かせるか!

 

「お、お、おぉぉぉぉぉ! お許しキター! ルシアン! これは一石二鳥ですよ! プレゼント問題も解決しますし、わたしが母になるという目標にも一気に前進です! ホップ、ステップ、ジャンプ……かーるいす! って具合に!」

 

「ふ、2人ともいい加減にしろー! だいたいそれだと、俺の冒険は残念ながらここで終わってしまうだろ!」

 

「いいですよ。ルシアンは今日この場にて、人生の墓場(エンディング)を迎えるんです!」

 

「リアル結婚はまだイヤだぁぁぁぁぁ!」

 

「ふふふ、お幸せに♪」

 

 エンディングまで、泣くんじゃない。とは言うけど、エンディングになる前に泣きそうだよ。なんなんだこの流れ。俺か、俺のせいなのか? ついあんなことを口走ってしまったから? いやいや違う、俺は悪くねぇ!  どこかの大使さまのような言い訳がぐるぐると頭をめぐる。でも、実際に悪くないよね、俺?

 

 やっぱり玉置(たまき)家には敵ばっかりだ。アコのお父さん、早く来てくれー! 以前はあんなに会いたくなかったのに、いまとなってはもう、すがれるものはアコのお父さんしかいなかった。だがどうやら、今日も今日とて仕事のようだ。俺はうなだれて、ぜえぜえと息を吐いた。

 

 アコのお母さんは、そんな俺の狼狽っぷりを察してかどうなのか、「それはともかく」と前置きすると、暴走気味なアコに、諭すように言った。

 

「あのね、亜子。いいのよ、別にプレゼントなんて」

 

 それを聞いて、アコが目をぱちくりさせる。2人で一緒にいるときだったので、以前にプレゼントしてあげたヘアピンをつけてるから、大きな目が戸惑いがちに動くのがはっきりと見えた。

 

「えっ、もしかして、『あなたが元気でいてくれればそれが最高のプレゼント』とか、そういう綺麗ごとを発動してしまうんですか!?」

 

「当たらずとも遠からず、かしら? ……ところで、英騎」

 

 俺のほうへと話を振ってくる。

 

「はい?」

 

「あなたは亜子といて、楽しい?」

 

「それは……もちろんです。他の誰といるときよりも、アコといるときが一番、楽しいです」

 

「ル、ルシアン……」

 

 アコが瞳を潤ませた。いまなにげに結構クサいことを言った気がするけど、本心だからしょうがない。ここで嘘を言うわけにもいかないし。

 

 アコのお母さんは、今度はアコのほうを向いて問いかけた。

 

「じゃあ亜子は、英騎と一緒にいて楽しい?」

 

「はい、楽しいです! ルシアンが同じ場所にいるっていうだけで、楽しくて、幸せで、もう頭がおかしくなりそうなくらいですから!」

 

「そうね。改めて聞かなくても、わかってたわ」

 

 アコのお母さんは目を伏せて、ほんの少しだけ悲しそうに口元を歪めてから、またいつもの笑顔に戻って続けた。

 

「だからもう、わたしが貰うようなものなんてなんにもないの。もうとっくに、あなたたちからのプレゼントをもらってるんだから」

 

「あの、それって……」と俺が言い、

 

「どういうことですか、お母さん?」とアコが引き取った。

 

 アコのお母さんは、2人のパソコンに投影されたゲーム画面を交互に見てからクスリと笑うと、今度は俺とアコの顔を交互に見て、言った。

 

「英騎、亜子。あなたたちがずっと仲良くしてくれること。それが、わたしたちにとって、一番のプレゼントよ。それで十分、それ以上は、いらないわ」

 

「はっ、はい!」

 

「はいです!」

 

 俺とアコの声は、ほとんど重なっていた。顔を見合わせて、互いにはにかんでしまう。

 

 アコのお母さんは、「ねえ、西村英騎くん」とこちらに向き直った。いままでにない真剣さを感じて、俺は居住まいを正した。

 

「あなたとお友達のおかげで、亜子は前よりもずっと楽しそうに笑うようになったわ。わたしたちにはできなかったことよ」

 

 アコのお母さんは三つ指を突くと、折り目正しく頭を下げた。

 

「……本当にありがとう。できればこれからもずっと、亜子と仲良くしてあげてください」

 

 ほっとしたようで、けれどどこか寂しそうな声。俺にはそれが、心からの言葉だと確信できた。

 

 ……ああ、なんだかんだ言って、この人も、人の子の親なんだな。アコのこと、いままで本当に大事にして、本当に心配してきたんだろう。

 

 俺の隣にいるアコも、そんな母親の姿を見て、いささかぎこちないけど、同じように頭を下げてきた。

 

「あっ、ええと、ふつつかものですが! よろしくお願いします!」

 

 こちらもこちらなりに真剣だ。いや、アコは俺に対しては、ずっと真剣だったな。

 

 気がつけば、親子揃って俺に頭を下げている状況だった。俺もなかば反射的に、2人にならって頭を下げた。

 

「こちらこそ、よろしく……お願いします」

 

 3人の頭の高さが同じになる。俯瞰(ふかん)してみれば、きっとすごい状況だろう。しかしこれ、どういう展開だよ。俺の将来にあったかもしれないありとあらゆるルートが、この一瞬ですべてアコルート1本に収束してしまったような気さえしてくる。なんだろう、この、自動的に外堀が埋まっていく感。いや、むしろ内堀までいつの間にか埋められてるよ。大阪冬の陣かな? あ、これこのあいだの小テストで出たな、そういえば。

 

 でも真剣な2人を目の前にすると、俺も真剣にならないわけにはいかない。以前は違ったかもしれないけど、いまなら5年後、10年後のアコと俺の姿を想像できる。いや、むしろ、もうアコなしでの俺は考えられなかった。

 

 ――俺はいつかこの子と結婚すると思うから。

 

 あのとき、自然に出てきた言葉。嘘じゃないし、嘘じゃないようにしたい。どこにも行かない。俺は、アコの隣を歩き続ける。俺に「大好き」をくれた、この玉置亜子という女の子を、絶対に幸せにしてあげたい。西村英騎としても、ルシアンとしても、それは偽らざるところだった。

 

 しばらくして頭を上げると、2人がにこにことこちらを見ていた。

 

「ルシアン、なんだか婿入り前みたいですね?」

 

「俺が婿入りするのかよ!」

 

「あら、ダメよ2人とも。わたしはあの人と2人っきりで水入らずしたいから、あなたたちは出ていってくれないと」

 

 アコのお母さん、結構ひどいことを言ってくるな。でも、この子にしてこの母ありという感じだ。それに俺も、できればアコと2人っきりで暮らしたいし。それはアコも同じようで、

 

「いえいえ、わたしもいずれはルシアンと2人っきりで暮らしたいと考えているので、婿入りはありえないですね」

 

 と、きっぱり言った。

 

「ふふ、ならいいんだけど。……じゃあ、おばさんはそろそろ失礼するわね。……あ、英騎。なんなら今夜、泊まっていってもいいのよ?」

 

「それは……さすがにまだ遠慮します」

 

「『まだ』ということは、いずれはお泊りも辞さない構えですか!?」

 

「そこ! 言葉じりをとらえない!」

 

 相変わらずのアグレッシブさを見せるアコに釘を刺した。まったく、なんでもかんでも言質(げんち)をとろうとして、油断も隙もないやつだ。

 アコのお母さんはそんな俺たちのやり取りに苦笑しながら、去りしなにこちらを振り返って、最後に一言、こう言った。

 

「それじゃ、娘をよろしくね」

 

 アコのお母さんから、見えないなにかを託されたような気がした。俺はそれを、絶対に手放したり、落としてしまったりしないように、たしかに握り締めて、これからを生きていく。決意と呼ぶにはあまりにも漠然としているかもしれないけれど、きっとこれは大事なことなんだと思えた。

 

 俺はアコの手を取って、しっかりと握り締めた。アコのほうも、同じようにしっかりと握り返してくる。お互いの熱っぽい視線が、ためらいがちに触れ合った。いまはまだ、ほんの少し。そっとだけ。俺たちはどちらが言うともなく目を閉じ、唇と唇の先をかすかに触れ合わせて、気持ちを確かめ合った。それだけでも、いまの2人にとっては十分すぎるぐらいだった。

 

「……英騎さん、これからも、よろしくお願いします」

 

「俺のほうこそよろしくな……亜子」

 

 

 

 ――いつか、俺は父親になるかもしれないし、アコは母親になるかもしれない。そのときになれば、2人ともアコのお母さんと同じような気持ちになることがあるんだろうか。いまはなんとも言えない。俺たちは、人としても、男女としても、まだまだ幼すぎるから。それでも、ほんの少しずつでも、俺たちは、俺たちの絆を積み上げていく。やがてそれが、大人の高さに届くようにと祈りながら。

 

 

 

                                     ―了―

 




ご覧頂きありがとうございました。
次回のエピソードは6月上旬~中旬ごろに投稿開始したいと思います。
 
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