ドラえもんのいないドラえもん ~超劇場版大戦 地球は何回危機に遭う~ 作:ルルイ
種を撒く者が造った意思を持つ植物たちの星へ銀河漂流船団の移民が決まり、ハジメ達は時々様子を見ながら、次の事件の準備を進めていた。
大して地球に影響の出ない解決が容易だった事件はほぼ解決し、残るは解決が容易でない難しい事件のみとなった。
その残った中の一つ、鉄人兵団の事件に対応するための準備をハジメ達は早急に進めていた。
10年前に戻って時間の余裕を作り複数の事件を解決してきたが、表の時間ではそろそろ十年が経過し、鉄人兵団の事件が発生する時期が迫っていたからだ。
タイムマシンを使えばまた時間の余裕を作ることは出来るが、それをする必要はないと大よその作戦の行程が決まり戦力の調整に入っていた。
鉄人兵団の事件にはこれまで開発してきた戦力を動員して、真正面から撃退しようとハジメ達が軍備を揃えていた。
戦闘に使われるMSをモデルにしたロボットが格納庫に立ち並び、作戦部長と技術班班長が見守る中で役職を持たない作業員のコピーと作業用ロボットがそれぞれロボットの調整を行っていた。
「白兵戦用人間サイズMS”モビルソルジャー”の近接タイプに銃撃タイプ。 それに原寸大無人機MS”モビルドール”の近接タイプ機動タイプ重火力タイプの各種戦闘タイプは取りそろえた。
指揮官機のAIを備えた機体も現在最終調整で、事件までには十分間に合うだろう」
「いろいろ悩んで結局戦う事にしたが、やはり気が重いな。
僕達が地球の命運をかけて外宇宙からの侵略に対して本気の戦争を行うなんてな」
「あまり深く考えるなって、この前種を撒く者にアドバイスされたばかりだろ、部長。
結果がどうなろうが、最悪の場合はどうとでもなるんだ。
地球の命運がどうだとか愚痴らないで、ゲーム感覚で鉄人兵団を攻略するつもりでやろう」
班長は命運をかけた戦いに既に吹っ切れているので、気楽に部長に話している。
対する部長は作戦を考案する関係上、リアルに事態が想像出来てまだ吹っ切れてない様子だった。
「わかってはいるがいろいろ考えていると頭が痛くってな。
負けるとは全く思ってないが、その後の事態の収拾にいろいろ頭を悩まされてるんだよ。
戦争で戦うのは簡単でも、戦後の処理が非常に難しいのは本当だな。
流石にメカトピアの文明を丸々ぶっ飛ばす気にもなれないし」
「なるほど、政治面のことも視野に入れているわけか。
まあ、僕は管轄外だから頑張ってくれとしか言えないな」
「投げっぱなしにすんな、僕も投げ出したいんだ。
それに統合すれば巡り巡って結局自分の問題になるんだぞ」
「そうなんだよな。
コピーとはいえオリジナルは人使い、いや自分使いが荒いんだよ」
「それって自分に厳しいってことになるんじゃないか?
僕は自分に厳しいつもりはないと思ってたが、コピーから見れば厳しかったりしたんだな」
「だからもうちょっと投げっぱなしにしちゃえばいいんじゃないか。
あまり深く考えず行き当たりばったりなっても、ひみつ道具を使えば解決出来ないことないんだしさ。
本来の解決法も最終手段として作戦に残しているんだし」
「…そうだな。 あまり使いたくはないが僕等の手に負える限度次第だな」
鉄人兵団。
映画において宇宙に存在するロボットだけが暮らす星メカトピアから、ロボット達が地球を侵略にやってくるという、明らかに悪い敵が明確になっているストーリーだ。
その先兵として地球に潜入してきた少女の姿をしたロボットリルルとドラえもん達は接触し、互いに心ある存在だと認識して侵略を止めようと奮起する。
しかしドラえもん達の武器ではロボットの大群に対抗出来ず、最終的にタイムマシンでメカトピア誕生の歴史を変えるという掟破りの方法で解決したのが、ある意味非常に印象的だった。
その結果仲良くなったリルルも歴史の改編により消えてしまうことになるが、地球侵攻が無くなったから地球から姿を消しただけで、改変されたメカトピアで新たに生まれていたような描写がエンディングにあった。
以上が鉄人兵団における大まかな内容だが、ハジメ達はドラえもん達が取った解決手段である歴史の改編を出来る限り行わないつもりだった。
地球の未来が掛かっていたとはいえ、やったことは時間犯罪者と同じ都合のいいように思い通りの未来に書き換える行為だ。
原作の話である以上間違っているとは断じきれないが、歴史の改編は良い悪いに関わらず行なってはいけないのが、時間移動を題材にしている話によく挙げられるルールだ。
ハジメも可能な限り行いたくないと考え、歴史改変による事件の消去ではなく戦争による力ずくでの解決に乗り出した。
その為の軍備が眼前に広がるMSの模造品だ。
メカトピアから攻めてくる鉄人兵団もロボットだが、戦闘力では自作MSで対抗出来ると○×占いに出ていた。
量産もひみつ道具を使えばほぼ無限に用意出来るし物量でも決して負ける事はないので戦いによる勝利を疑っていないが、作戦部長のハジメは勝った後の処理について考えていた。
メカトピアのロボット達は人間と同じような文化を持っており、一つの生きている民族とハジメは認識していた。
なので戦争を仕掛けてきたからといって鉄人兵団を返り討ちにした後に、メカトピアに攻め入りロボット達を全滅させようなどと思えなかった。
映画でのリルルのように対話で解決出来る知能を持っている以上、全てのロボットを殲滅で解決する事になるくらいなら、原作のような歴史改変で解決したほうが結果的にはいろいろとマシだろう。
だから最終的には対話で解決を狙ってはいるが、力はあっても地球人の代表でもない政治的な力のないハジメでは、不可侵条約を結ぶなどの政治的な解決方法が取れない。
結局力ずくでメカトピアの戦力を徹底的に潰して相手の心を折り、二度と地球に攻めてこないように約束させなければ事件解決にならないのだ。
力ずくにしたって問題だらけでメカトピアの心が折れるのはどれくらいか、どうやって地球を攻めないように約束をさせるか、約束を守らせるのにどのような手段が必要か、などと終わらせる手段とその後の平和の維持に部長は頭を悩ませる。
戦争に勝利はしても殲滅しないのであればメカトピア自体は残り、戦力が回復すれば再び地球に向かってくる可能性もあり、中途半端な結末では禍根を残す事になる。
報復に来ないように逆に侵略し統治するなどの手段もあるが、ハジメ達はそんな面倒臭いことはしたくないので、相手が約束を守るように仕向けつつ放っておいても問題無い様にしないといけないのだ。
部長が頭を悩ませるのも頷ける。
どうしても殲滅することになったり、放っておけば再び地球を攻めてくるというなら、原作通りの歴史改変もやむ負えないとハジメ達は妥協することにした。
つまり最終手段で歴史改変をして事件を無かった事に出来るが、手に負えなくなるまでは出来る限り真っ当に解決するように努めなければならなくなったので、作戦部長のハジメは戦後の調停案を考えねばならず頭を悩ませていた。
「昔の戦争をしてた人達もこんな風に頭を悩ませていたのかねー」
「一般の軍人さんは戦うだけでよかっただろうけど、偉い人は戦争の落とし所とかいろいろ考えていたんだろうね」
「やっぱり政治家なんてなるもんじゃないな。
相手の国のことまで考えて行動しなきゃいけないし、考えすぎて髪の毛が禿げてしまいそうだ」
「パピ君の大統領就任依頼、受けてたらと思うとゾッとするよ」
「違いない」
部長と班長は軽口を叩きながら憂鬱とした雰囲気を晴らそうとしつつ、確認作業を続けた。
そこで格納庫に一人のコピーが慌てた様子で飛び込んできた。
「大変だ! 部長! 班長!」
「どうした! ………えっと誰だっけ」
「何の役職だったかな?」
飛び込んできたコピーの服装から役職を割り出そうとするが、印象が少ないからか度忘れしたようにパッと頭に浮かんでこない部長と班長。
ここでは同じ顔のハジメのコピー達がお互いを見分けるために服装でそれぞれの役職を識別している。
例えば作戦部なら軍服、技術班なら白衣といった風に分かりやすい服装を着ている。
そして作戦部の部長なら腕に【部長】と書かれた腕章をつけて、部署の重要な役職についている者と識別されている。
駆け込んできたコピーはスーツを着て腕章をつけているので情報課の役職を持つ者となるのだ。
「係長だよ! 情報課課長の補佐!
会議の時も報告は課長がやるからめったに参加せず、課の仕事に専念してるから見かけないんだよ。
僕も一度統合して再度コピーで役職分配の時に思い出したくらい目立たないんだよ」
「なるほど、係長だったか」
「名前からして目立たないからな、係長」
別に情報課の係長が役にたっていない訳ではないが、裏方で目立たないために印象が薄い役職だった。
情報課のリーダーの課長は会議に出るから覚えはあるが、係長はその間も仕事を続けるので平役員と変わらないくらい目立たなかった。
「僕の役職が目立たないのはどうでもいい!
それより緊急事態が起こったから二人とも会議室に集合。 緊急会議だ」
「こんな事初めてだが、急いだほうがよさそうだな」
「なにが起こったか簡潔に説明してくれ」
普段は事件に備えて予定通りに会議が行われるが、突然の事態というものはこれまでなく緊急会議など初めてのことだった。
初めての事態に深刻さを感じ取った二人はすぐ向かおうとすると同時に、呼び出しに来た係長に情報を求める。
「詳しくはうちの課長が説明するだろうが、コピーの一人が攫われたらしい」
会議室に各部署のリーダーたちが集結すると、即座に緊急の会議は始まった。
「事件が発覚したのは情報課に念の為に備え付けていた【虫の知らせアラーム】が鳴った事だ。
もしもこれが鳴った時の対応は決めていたので、僕等情報課はすぐに原因究明に調査を始めた。
幸い僕等の拠点である鏡面世界に何者かが侵入したわけでも、地球に予想外の危機が迫っているわけでもなかった。
そして様々な調査の結果、コピーの一人が誘拐されたことが分かった」
「それは聞いたが、今は鏡面世界の外で活動をしているコピーはいなかったんじゃないか?
全てのコピーがこっちの拠点にいて、侵入者がいる訳じゃないのなら誘拐されるはずがない。
それに誘拐されたのだとしたら、今の僕達を容易に攫うのはただの人間には難しいはずだ」
部長が言うように全てのコピーが鏡面世界にいるなら、他に誰も入り込めない以上誘拐すること自体不可能だ。
さらにいえば僕はひみつ道具を持っていて、コピー達も四次元ポーチを持って護身の為の武器を備えている。
四次元ポーチも持ってない役職を持たない人員のコピーも、ESP訓練ボックスで習得した超能力を各自備えているので普通の人間に負ける筈がない。
それゆえに鏡面世界に侵入せずに超能力を持つ僕のコピーを攫ったとなると、どれほどの脅威になるのか想像もしたくない。
「確かにそうだが、攫われたのは鏡面世界の外での事だ。
全てのコピーがこの鏡面世界にいるというのは正確には誤りになる。
いるじゃないか、この鏡面世界にいない僕達と同じコピーが」
「あ、もしかしてコーヤコーヤ星に残ったのコピーの事か?
あっちで何か事件に巻き込まれたか?」
隊長がコーヤコーヤ星に結婚して残ったコピーの事を思い出して口にする。
宇宙の果てよりもある意味遠い異世界だが、外の世界にいる事には居るんだった。
「アー、そっちもいたな。 僕も忘れていたがそいつの事じゃない。
表の世界の実家で子供やってるコピーがいるじゃないか」
「「あー」」
全員が思い出したかのように声を揃える。
そういえば僕の代わりに実家で子供をしているコピーがいるんだった。
映画の事件の対処に時間的余裕を作る為、過去に出発した頃の時間を表世界では既に過ぎており、コピーが代役を行なっている頃の時間軸まで戻ってきている。
もし事件に気づかずにコピーと入れ替わってなければ、オリジナルである僕が攫われていたことになる。
四次元ポケットがあっても何の準備もなければ危ないことに変わりはないので恐ろしい。
「そういえばいたんだったな、実家で僕の代役をするコピー」
「すっかり忘れていたよ」
「会長は覚えていたか?」
「オリジナルもコピーも内面あまり変わりないんだから、覚えてなかったことくらい分かるだろ。
連絡手段は実家のコピーに持たせてるけど、最初の時から一度も統合してなかったから超能力も使えないし、大したひみつ道具も渡してない。
それなら営利誘拐でも5歳の体なら対処出来ない」
「ところが営利目的でもなく、相手は普通の人間でも無かった」
課長が浮ついた空気を占める様に重苦しい雰囲気で話を続けた。
ふざけられる様な雰囲気ではなく、皆は改めて気を引き締める。
「僕も虫の知らせアラームが示した危険が実家のコピーだと知って一瞬気が緩んだが、タイムテレビで調査をしてみればとんでもない奴が誘拐犯だった。
見てくれ」
課長がモニターを操作してタイムテレビで調べた誘拐当時の出来事が映し出される。
「おいおい、これって」
「何の冗談だよ」
「なんでこいつらがいるんだ?」
皆はモニターに映し出された映像に愕然として食い入る様に見ている。
映し出されたのは、5歳の僕のコピーが巨大なカマキリの触覚から放たれた光線に撃たれ、気絶したところをそのまま連れていかれる光景だった。
連れていかれた人気のない場所には巨大な芋虫型の乗り物があり、それにコピーを連れた巨大カマキリが乗り込むと時空間が開いて乗り物が消えていった。
皆が心当たりがあるようにオリジナルの僕にも当然心当たりがあった。
「創世日記の昆虫人類じゃないか!」
「創世セットは使ってないだろ!?」
「いや、こいつ等の乗っているのはタイムマシンだ。
未来から来たのであれば、僕等が創世セットを使えば未来に存在していたとしても可笑しくない」
「だけど昆虫人類をあえて作る理由は?
映画で生まれたのだってのび太の我儘が原因の失敗だったじゃないか。
やろうと思えば出来るが作る理由がまるで思いつかない」
「そういえば創世日記の話は事件調査した時に○×占いで存在すると出ていたんだった。
創世セットを使わなければ発生しないと思ってたが、タイムマシンでやってくるとは…」
「理由はどうでもいい。 問題はこれから僕等はどうするべきかだ。
会長、指示を頼む」
課長が僕に指示を求めると他の皆もこちらに視線が向く。
コピーそれぞれに自主性はあるが方針を決めるのはオリジナルである僕の役目だ。
少し考えてから指示を決める。
「…いろいろ分からないことが多いが、映画の事件である以上解決に乗り出すつもりだ。
ひみつ道具を持っていないただの子供と変わらないコピーとはいえ、僕が攫われたことに何らかの因果関係があると思う。
課長、奴らの消えた先は?」
「現在情報課を総動員して追跡中だ。
超空間の中なのでタイムテレビが使用出来ないから、時空間を調査出来るひみつ道具も併用して手探りに探している。
時空迷宮の運行データが無ければ時空間の特性があまり理解出来なくて更に手間取ることになっただろうが、今の僕等ならそう遠くない内に時空間の乱れの足取りから居場所を発見出来る筈だ」
「わかった、発見し次第報告してくれ。
発見したらコピーの奪還を含めて、奴らの意図を探りに昆虫人類を追いかける。
場合によっては全戦力を投入するつもりで準備に取り掛かれ!」
「「了解!」」
全員の返礼を合図に各々が準備に動き出した。
芋虫型のタイムマシンの自室で一息つき、僕は故郷に思いを馳せていた。
少々強引な手段ではあったが、目的を果たすための重要な手がかりを手に入れられた事に安堵していた。
今はカルロスやマンティが船の操縦をしてくれているし、エモドランは連れてきた人間の子供を見てくれている。
あの子から何か有力な情報が聞き出せるといいのだが…
僕の名前はビタノ、地球の地底世界に住む昆虫人の一人だ。
大統領の息子という特色はあるが一大学生として勉学に励み、卒業論文のテーマを考えていた頃に未来からタイムマシンに乗ってエモドランがやってきた。
彼の目的は当時は語られなかったが、未来の人が僕の力になるようにと命じて僕等の時代に送り出したらしい。
当然その理由が気になったのだがエモドラン自身も知らされていない様で、父さんはそれでも未来から来た存在に不安を感じていろいろ問質していた。
大統領である父さんはエモドランが未来を何か悪い方向へ変える存在ではないかと危惧して二人で話し合ったようだが、最終的にエモドランの言ったように僕の力になるという事で落ち着いたらしい。
エモドランがどのような説得をしたのか気になって父さんに訊ねたが、父さんは悩ましげな顔で時が来れば分かると言ってエモドランと乗ってきたタイムマシンを自由にしていいと言ってくれた。
エモドランとタイムマシンの事はあまり広めないように秘密にされ、護衛と補佐としてカルロスとマンティを父さんがつけてくれることになった。
エモドランを自由にしていいと言われて僕はどうするか考えると、卒業論文の題材にタイムマシンを使って神の悪戯について調べようと思い付いた。
神の悪戯は五億年の昔に何かが起こり海の生物に劇的な進化を与え、地上に進出し更に進化を遂げて現代の哺乳類の楽園に変えてしまった昆虫人の伝説だ。
僕ら昆虫人はそれによって地底世界へ追いやられ地上を捨てねばならなかったと考えているが、僕は僕等昆虫人にも神の悪戯が進化という影響を与えたのではないかと考えていた。
神の悪戯が本当に神と呼べる存在の仕業なら、その恩恵が当時の海の生物だけでなく僕等の祖先の昆虫にもなかったのだろうかと考えた。
もしそうなら現在信じられている常識を覆す事になり、最高の卒業論文になると思った。
タイムマシンなら五億年前にいって神の悪戯の真実を見ることが出来ると思い、必要な機材を準備してタイムマシンで過去に向かった。
ついた五億年前の神の悪戯が起こったとされる異常進化発祥の地で、僕等は奇妙な痕跡を目にした。
本来海の中にいる魚が陸地を跳ね回った水跡と、そこに落ちていた当時の時代の生物には存在しない毛髪を見つけたのだ。
これは神の存在を確かめる重要な手がかりだと喜び、DNAを調査しようと元の時代に帰ってきた。
そこで目にしたのは先ほど手にした功績を一瞬で忘れてしまうような光景だった。
元の時代では目に見える全ての光景が赤黒い色に染まり、いたる所から光の粒子が立ち上っては消えていく、ある意味幻想的な光景が広がっていたのだから。
言葉にすればキレイと思える光景だが、光る粒子が立ち昇った後には全ての物が少しずつ形を崩してうっすらと透けた状態へと変化している。
これを見ればだんだんと全ての物が消え始めているのが誰の目にもわかった。
それに気づいた人々は悲鳴を上げてパニックに陥り、町中が阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
全ての物とは無機物に限らず生きている人々すら粒子となって消え始めていたのだから。
僕も慌てて父さんの元に向かい何が起こったのか説明を求めた。
大統領として忙しく事態の混乱に対処していたが、父さんはすぐに戻ってきた僕等と会ってくれた。
「父さん、いったい何があったんだ!
この光景はいったい?」
「この地底世界だけでなく地上世界も含め、全世界が消えようとしているようだ。
私にも何が起こっているのかまるで見当もつかない。
だがこの現象の解決はビタノ、お前がやらねばならない事のようだ」
「どうして僕が!?」
この時焦っていた僕等は自分たちの状態にすら気づいていなかった。
「自分の姿を見てみろ、我々とは違い光の粒子となって消え始めていない。
この現象はお前たちがタイムマシンに乗って過去に向かった後に起こり始めた」
「そんな、じゃあまさか僕のせいで…」
過去に行った事で何か歴史が狂い現在に影響を及ぼしたのではないかと危惧した。
「いや、歴史とはそう簡単に狂うものではないと私は思っている。お前が解決のカギになると考えたのは別の理由だ。
エモドランと二人で話した時に、お前は近いうちに歴史的に重要なファクターになると言われた。
その為にエモドランは未来から来たと言ったが、私は未来人がタイムマシンを送り出してでもビタノに成し遂げてもらわねばならない事があると解釈した。
お前が神の悪戯を卒業論文の題材として決め、タイムマシンで調査することにした事で私は確信した。
神の悪戯の真実を追え、その先にこの現象の解決方法がある筈だ」
「そんな、僕はただの大学生だよ。
他に世界を救える適任者がいるんじゃないか?」
「未来人がお前にエモドランを送ってきたという事がその答えだ。
このままこの世界が消滅するなら未来は存在しないし、未来が存在しないのならエモドランが来ること自体がない。
未来人はこの事態の解決をするためにエモドランを送ってきたのだ。
行きなさい、神の真実をお前が最初に解き明かすのだ」
父さんの鼓舞に僕等は再びタイムマシンに乗り込み、手掛かりの毛髪のDNAからその持ち主を探すべく旅立った。
DNA情報から時間を超えてその持ち主を探すが、コンピューターの導きの途中には別世界に通じる時空間の横穴のような物があり、さらにその先を示していた。
エモドランが言うには時空間の中は過去から未来に繋がる一本道で、その壁を超えるという事は世界の壁を超える事であり、その先には別世界があるらしい。
あの毛髪が神の正体とは限らないが、別世界の存在が五億年前に来ていたことに驚きだ。
だけどだんだん神の正体に近づいてきている。
それが解れば僕の世界を救えると信じて、僕はコンピューターが示す先に思いを馳せていた。
ついた世界は僕等と同じ世界の地球だった。
地形もほとんど同じで太陽も月もあり、地上は哺乳類の繁栄を築いていた。
いわゆる平行世界だろうと僕達は結論付け、あの横穴は歴史の分かれる支流となる繋がる入り口なのだろう。
このままDNAの持ち主の追跡を続けてもよかったが、この世界の僕等が気になって確認をしたくなった。
僕等の国は近年地上侵攻を訴える人が増えて、近いうちに地上奪還に乗り出すのではないかという世論が広まっていた。
この世界のこの時代は僕等より少し先の時代のようだが、いまだに哺乳類主体に繁栄していることからこの世界では僕等はまだ地底世界で暮らしているのだろう。
それで地底世界の様子をこっそり見に行こうと寄り道をすることになった。
寄り道して確認した地底世界は存在したが、この世界で暮らしていたのは僕等とは別の種族だった。
地底世界には太古に絶滅したと言われる恐竜が無数に生息しており、恐竜から進化したと思われる人種が繁栄を築いていた。
遠くから確認をするだけに留めたので見つかることはなかったが、僕等は内心穏やかではいられなかった。
別世界とはいえ自分たちの暮らしていた場所に全く別の種が同じように知的生命体として進化していたことに複雑な思いを感じた。
別の地底の活動領域もいくつか調べたが恐竜人達が暮らしており、僕等昆虫人の痕跡はまるで見当たらなかった。
この世界に僕等の人種はいないのだと実感した。
「カルロス、マンティ、エモドラン、本来の調査に戻ろう」
「ビタノさん…」
「我々は…」
「この世界は僕等の世界じゃないんだ。 気にすることはないよ。
それよりも僕等の世界の事を考えなきゃ」
エモドランは特に動揺していなかったが、カルロスとマンティは地底世界に恐竜が繁栄していたことに呆然自失としていた。
僕達の世界に似たこの世界は平行世界というもしもの世界なんだ。
もしかしたら僕等の世界も昆虫人ではなく恐竜人が繁栄していた可能性があるんだ。
その事実に恐ろしくなるが、神の悪戯の真実がもしかしたらこれと同じような受け入れがたい真実かもしれないと頭に過ぎった。
だが、そうだとしても僕等の世界の消滅を受け入れる事だけは出来ないと今は忘れる事にする。
全てをはっきりさせなければ世界は救えないんだと、目の前のことに集中することにした。
DNA追跡機が最後に指し示したのはこの時代の一人の子供だった。
周囲の子供と見比べても大差なく普通の人間の子供にしか見えなかったが、コンピューターはあの子供が毛髪の持ち主だと指し示していた。
周囲を怪しまれない程度に調べてみたがいたって普通の子供らしく、世界を超えて僕等の世界で地上の生き物の進化を加速させた神の悪戯の正体とは思えなかった。
僕はもう少し様子を見るべきかと思ったが、カルロスとマンティが直接正体を探るために強引に攫ってきてしまった。
僕等の世界ががじわじわと消えようとしていて、この世界では僕等の種族は存在すらしていないという事実に煽られた焦燥感からこんな強引な行動に出てしまったのだろう。
僕自身も冷静とは言えない心境だったから二人の気持ちはよくわかった。
だがこのまま焦りに任せて行動しては、よくない結果に繋がるのは目に見えている。
連れ去ってきた少年、ハジメという子に焦りから危害を加える可能性を考えて、二人は彼から引き離してタイムマシンの運転に専念してもらう事にした。
話を聞くのは彼が自然に目を覚ますのを待ってから行い、それまではエモドランに彼の事を見張っててもらう事にした。
とはいえ話を聞くにしてもあの少年は幼いというくらいの年齢だ。
人種が違うから見極められているとは言えないが、あの年代の子供ではちゃんとした受け答えが出来るかどうかは不安になる。
やはりもう少し様子を見て周囲を探っていた方がよかったのではないかと考えた所に、船内放送でカルロスに呼ばれた。
『ビタノさん、すぐにブリッジに戻ってください。
何かがこっちに向かってきています』
「なんだって? 時空間の中で一体何が向かってきてるんだ?」
『コンピューターはこの世界のタイムパトロールの可能性があるとのことです』
タイムパトロールとはエモドランが言っていた未来にいる時間移動による犯罪を防ぐ組織だったはずだ。
この世界の時間軸に昆虫人が存在しないのなら、僕等に対してこの世界のタイムパトロールがまともに取り合ってくれるか怪しい。
「僕等はこの世界では不法侵入者に近い。
捕まったら説明にいろいろ時間を取られて間に合わない事かもしれない。
僕もブリッジに行くから距離を取ってくれ」
『わかりました』
すぐさま自室を出て二人のいるブリッジに向かう。
二人は操縦席に座りタイムマシンを通常より加速させて高速で飛行していた。
「状況は?」
「どんどん近づいてきます。
こっちもかなり速度を出しているのですが、相手の方が出力が上みたいです」
「ここまでついてきてるという事は、やはり我々を追ってきてるという事ですね。
もしかしたらあの子供を連れてきてしまったのが原因かもしれません」
「同意も得ずに連れてきてしまうのは犯罪に違いないからね」
僕等昆虫人の法に照らし合わせても犯罪行為に違いない。
それを知れば人間の警察だって動くのは当然だ。
「すいません、我々が焦って強引な手段に出たばっかりに」
「まだそうだと決まったわけじゃないが、どっちにしろこの世界のタイムパトロールに捕まるのはまずい。
振り切れないか?」
「我々のタイムマシンの速度では難しいですね」
速度で負けている以上、追いつかれるのは時間の問題か。
「マンティ、僕達の世界に繋がる時空間の分かれ道はまだ先か?
そこに入れば相手を撒くことが出来るかもしれない」
「なるほど、あそこなら相手の目を晦ませることが出来るかもしれません。
急ぎましょう」
時空の分かれ道はあると解っていなければ確認するのが難しい。
僕等も追跡装置の導きが無ければ解らなかった時空の横穴だ。
追いつかれるまでに辿り着けるといいのだが。
「カルロス、相手はあとどれくらいで追いつく?」
「もう視認出来るほどの距離まで近づいています。
モニターに出します」
モニターに映ったのはこちらのタイムマシンよりもはるかに大きい戦艦のように重厚な船で、その周囲を取り巻くように無数の何かが浮かんでいるのが見えた。
「巨大な船のタイムマシンだが周囲に浮かんでいるのは何だ?」
「映像をズームしてみます」
カルロスが操作すると無数の何かが何なのかはっきり見えた。
「あれは人か?」
「いえ、生命反応がないのでおそらくロボットでしょう」
時空間を巨大な戦艦に張り付くように並走している無数の人型のロボットがいた。
殆どのロボットが武器らしきものを持っているのが見え、とても平和的な集団とは思えない。
「あの様子じゃ逃げるのに集中したほうがよさそうだ。
マンティ、まだ入り口は見えないか?」
「…ありました、あと三十秒ほどすれば横穴のある地点に差し掛かります」
「カルロス、いけそうか?」
「少々無茶をしますが飛ばしますよ」
カルロスは出力レバーをいっぱいにしてタイムマシンの出力を最大にする。
急な加速に体に荷重が掛かるが踏ん張ることで体勢を維持する。
無数のロボットを率いる巨大なタイムマシンはもうそこまで迫ってきている。
「合流地点に着きます!」
「飛び込め!」
追いつかれる間際に僕等のタイムマシンは通常の時空間から離脱し、僕等の世界に繋がる固有時空間に乗り移ることが出来た。
相手と接触するギリギリのところだったが、何とか逃げ延びたらしい。
「ふぅ、ギリギリでしたね」
「速度を落とします。
しかしあれは本当にあの世界のタイムパトロールだったんでしょうか?
かなり物々しい様子でしたが…」
「わからないが捕まったら碌な事にならないのは予想できる。
僕等にはやらなければいけない事があるんだから」
世界を救うという重大な使命があるんだ。
こんなところで躓いてなんかいられない。
本来の目的を思い出し、そろそろ連れてきた少年も目を覚ますだろうと部屋で見てもらっているエモドランに通信を入れようとしたところで船体に衝撃が走った。
―――ドォン! ドォン! ドォン!―――
最初の衝撃に続いて幾度も衝撃音と共に船体を揺らして僕等は体勢を崩して床に手を着いて体を支える。
「何だ!」
「外部カメラで確認します! これは!」
カルロスが確認した船体を映すモニターには先ほどの人型ロボットが張り付き、ブースターで僕等のタイムマシンの動きを阻害しようとしていた。
「奴らもこの空間に入り込めたのか!?」
「ビタノさん、前を!」
マンティの叫びに操縦室正面の窓を見ると複数のロボットが銃口をこっちに構えて一つ目のカメラアイを光らせていた。
『投降シロ、拒否スル場合ハ船体ヲ破壊シ航行不能ニスルヨウニ命令サレテイル』
ロボットが感情の無い音声で投降を呼びかけてきた。
物々しい武装だが問答無用で攻撃してこないだけマシかもしれない。
「マンティ、外部スピーカーを」
「どうするんですビタノさん」
「投降するしかない。 既に取りつかれている状態じゃ通常空間にも逃げられないし下手に動けば攻撃される」
「それしかないですね」
僕は投降の意思を示すために外部スピーカに繋がるマイクを手に取った。
昆虫型タイムマシンの追跡は少々手間取ったが、予測の範囲内で捕縛することに成功した。
時間は無かったが専用の追跡装置をハツメーカーで用意し、時空間での活動が行えるように改造したモビルソルジャーで取り押さえた。
相手は時空間の中で動いており、以前のように過去に戻って余裕を作ることが出来なかったので、作業効率を上げる【ノーリツチャッチャカ錠】や【ハッスルねじ】で準備作業を即座に終わらせて、ロボット王国と宇宙開拓史の時の時空宇宙船で追跡に出た。
映画の時のようにタイムパトロールを撒くために時空間の支流に逃げ込んだが、すぐに捕捉して相手が気の緩んだタイミングで抑え込んだ。
「時空間の支流は確かに観測しづらいが、事前知識があれば大した問題じゃない」
「今回も時空迷宮のデータが役に立ったな。
時空迷宮の乱雑な流れに比べれば、支流なんてすぐに捕捉できる」
正直時空間というものは過去未来へ移動するひみつ道具のお陰で運用は容易だが、いろいろ解明されてない天候不順みたいな事象が数多く存在している。
映画ではよく登場し時空迷宮や時空乱流、時空嵐や今回の支流など時間移動以外の事態が起こる事象が数多くある。
時空迷宮のデータからチョコチョコと研究を進めているが、余裕が出来たら本格的に研究してみるのもいいかもしれない。
それより捕らえた虫型タイムマシンの中の昆虫人に会わねば。
表世界の代役のコピーも無事だと思うが、ちゃんと確認しないと。
「それじゃ、ちょっと昆虫人達に会いに向こうのタイムマシンに行くよ。
護衛にドラ丸とモビルソルジャー5体、それと隊長と課長も同行してくれ」
「会長が直接行くのか」
「危なくないか?」
僕が直接行くことに二人は危惧するが、最近は警戒で考えすぎるのをやめようと思っている。
慢心する気はないがひみつ道具なら大抵の事態に対処出来るので、オリジナルである僕ももっと自由に動きたいと思うのだ。
こう思うようになったのは種を撒く者に諭されたからだが、保険は強力なひみつ道具をいくつも使って備えているので心配ない。
「種を撒く者にも言われたが警戒しすぎたり慎重になり過ぎるのもやめようと思ってね。
コピーの皆が自由に行動出来るから統合すれば、実質自由に動き回っていることになるけどやっぱり自分でも動き回りたいからね」
「まあ、ドラ丸の戦闘能力もちょくちょく改造して上がってる。
たとえ昆虫人でも生身ならどうとでもなるだろう」
「確かに強くなっているでござるが、殿達の思い付きでちょくちょく改造されるこっちの身にもなるでござるよ。
必要なこととはいえ、体の中を弄られるのはいい気分ではないのでござるよ」
ドラ丸には見つけたひみつ道具の活用法を機能としてちょくちょく組み込んでいる。
そのお陰でドラ丸は刀が無くても恐ろしい戦闘能力を発揮できるようになっているが、今の所事前に危険を排除して護衛として活躍したことがないから見せ場がまったくない。
だが鉄人兵団の事件になれば活躍の機会は自然と訪れるだろう。
今回それが発揮されるようなら昆虫人達が大変なことになってしまうが。
昆虫人類の歴史消滅の風景は劇場版遊戯王をイメージしました。