――彼と彼女達の新しい関係が、挑戦が始まっていく――
ジリリリリと、喧しく鳴り響く金属音によってぼうっと意識が浮き上がる。
心当たりがある方向へ右手を伸ばすと、金属でできたナニカに手が触れる。
音の方向は間違いなくここ、確信した俺は目を開けないままそれを掴み、ベッドの自身の胸あたりまで引き寄せる。
喧しい音が胸のあたりから聞こえてくることになぜか安堵を覚え、ゆっくりと目を開ける。
まだはっきりしない視界だが、持っている物が時計であることだけはよくわかっている。
おぼつかない手で時計のどこかにあるスイッチに触れ、力を込めてオフに切り替える。
時計の喧しい音が収まったことに、ふと二度寝を決め込みたくなる感情が沸きあがるが、あいにくとこれが鳴る時間的にベッドで悠長に寝転んでいる暇はなさそうだ。
一度目を閉じ、首を後ろにそらし、ヘッドハンティングの要領で前へ振り、身体をその勢いのまま起こす。
「――ぁあ、おはよう……」
誰もいない自室でボソリと、癖になった挨拶をつぶやきながら俺は、短針が五時を指している時計を元の場所に戻し、ベッドから降りる。
一体いつから自室でおはようと言うようになったのか、別に俺の両親は健在だし、出張で家を空けてるなんてこともない。
ただ、いつからか言うようになってた、これでは俺がまるで変な奴ではないか。
タンスから着替え取り出し、服を変えつつこんなことを考えてたからか、視界もだいぶはっきりしてきたし、意識もしっかりしてきた。
今一度自身の身だしなみが変かどうかを鏡で見直し、大丈夫だなと思ったので部屋を出て、家族がいるであろうリビングまで降りる。
「おや、おはよう
「うん、母さんとこ手伝いに行ってくる」
「そっか。車には気を付けるんだよ」
「わかってる。それとおはよう、父さん。父さんも気を付けてね」
「ああ。あ、それとご飯はもう母さんが用意してくれたからね」
父さんに返事を返し、ご飯を用意。
今日の朝食は味噌汁と納豆か、海苔があるし海苔もつけよう。
父さんと向かいに座り、自分の前に食器を並べ、手を合わせる。
「――いただきます」
***
俺、
いわゆる港町で、漁業組合の施設があったり、大学や研究所と提携を結んだ水族館があったりと、海にとても縁が深い地域だ。
そんな町の漁業組合にて、俺の母である浜野
俺はその母の手伝い――専ら売り子のようなものだが――をするために母の居場所であるそこへ向かっている。
余談ではあるけども、父である浜野
今日は非番なんだけれども、いつもの癖で早起きしてしまったらしい。
漁業組合の施設につくと、既に競の準備が行われていた。
沖から続々と船が戻ってきていて、遠目から見ても其れなりに大量ではあったらしい。
漁師さんたちの喜ぶ声が聞こえてくる。
そんな喧騒の中を掻い潜って、俺は母の下へと着いた。
「母さん、来たよ」
「あら海翔、結構早かったのね。でもちょうどいいわ、私に付いてきて」
「早速かよ。ちょっと待って荷物置くから」
荷物を置いている間に母は周りの漁師さんや同僚たちと何やら話していて、戻ってきたときには母の周りは人でいっぱいになっていた。
「母さん、母さん?」
「ごめんね海翔、私少し遅れそうだから先に
「
母は漁師さんたちの間で【オカン】とか呼ばれているとか聞いたことがあるが、あの人の集まりようはもはやテレビで見る類のアイドルじゃないかとも思わなくはない。
いや、事実いつぞやだかテレビの取材で母が『地元の人気者』みたいな特集に組み込まれていたし、一種のアイドルなのは否定ができない。
そうそう、【渡辺曜】というのは俺の幼馴染の一人だ。
その親父さんが今、競に来ているらしい。
あの人はここへ特に来る理由がないんじゃないかとも思わなくはないんだが、なんだかんだこの内浦では一般の家庭の人も直接魚を買いに来ているので今更でもある。
「……ん? おお、海翔君か。おはよう」
「おはようございますおじさん。母から手伝ってあげてと言われたんですが、何を手伝えばいいんでしょうか」
「ああ、そうだね、魚をたくさん買ったはいいんだが、ちょっと僕一人では持っていけない量でね……」
そう苦笑いする彼の手元には三つくらいの大きく膨らんだ袋と、一つの発泡スチロールの箱があった。
聞けば、もともと見に来るだけのつもりだったのだが思った以上に今日は魚の質がよく、大量に買い込み過ぎたらしい。
その後、困っていたところに母が現れ、俺を使わすという話になったのだとか。
「突然で申し訳ないけれど、頼めるかい?」
「ええ、いいですよ。じゃあ、俺が袋もちますね」
「あ、結構重いよ?」
「平気です平気です。よい――うぉっ!?」
「あーあー、だから言わんこっちゃない。大丈夫かい?」
三つある袋は何とかもてるだろうと高をくくった結果、腕が一切上がらないという致命的なミス。
思ったよりもまだまだ俺の身体は出来上がっていないと思い知らされた気がする。
おかしい、もう歳は16だというのに、色々と肉体仕事はしているはずなのに。
「あっはっは、持ち方が悪いんだよ持ち方がね」
「アッ、楽になった」
「だろう? 海翔君は筋力はあるけどまだまだ応用が足りないね。そんなんじゃあうちの曜は任せられないよ」
「精進するしかないっすね。でも、幼馴染守れる男になるにはもっとやることたくさんあるんですね」
「うーん、僕はそういうつもりでいったわけじゃあないんだけどなぁ……」
じゃあどういうことなんだろう。
曜のお父さんに限らず、【カナ姉】、【チカ】、【ハナ】と言った幼馴染の家族には時折同じことを言われたんだけれど、俺の思っていることとは何か違うらしいが、未だによくわからない……
***
おじさんを手伝い、渡辺家まで荷物を運んだところ、丁度起き出したらしい曜にリビングで鉢合わせた。
もう四月だが、授業はまだなのかと聞いたところ、どうやらまだ春休み中らしく、今日は入学式なのだという。
なるほど、まだそんな時期ならば、きっとチカなんて昼過ぎまで寝ているかもしれない。
「まぁ千歌ちゃんのことだから宿題終わってなくて今必死にやってそうだけどね!」
「そういう曜はどうなんだよ。ちゃんと終わってるのか? 去年みたいに二人分纏めてやらせるのはやめてくれよ?」
「だっだいじょうぶだよ! お父さんにもお母さんにも『海翔ばっかりに任せたらダメな女になるぞ』って言われたから! ……よくわからないけど」
よくわかって無いんかい。
まぁただ、今回の件を以って彼女がこれから宿題を自分でやってくれるようになればいいなとは思っている。
曜はやってくれる子だから安心である――ああ、チカのほうはきっとダメ、間違いない。
「まぁ、怒られちゃったし、海翔に頼るのもほどほどにしようかなって」
「そりゃあな、長期休暇のたびに宿題を任されたらたまったもんじゃないぞ。先生にばれないのか?」
「ウグッ――実は一回バレちゃってて……」
「言わんこっちゃない。どれがバレたんだ?」
「読書感想文……海翔のくれた質疑応答メモもばれちゃってさ……」
「うっわ、一番こっぴどく叱られる奴だそれ」
「うん……次やったら卒業させないって言われちゃった」
シュン。と落ち込む曜を見ていると、少しばかりかわいそうにも感じる。
自分でやっていないのは確かだが、本を選んだのも彼女だし、彼女自身の感想を元に書いたわけではあるし……
――気付けば、俺は曜の頭を撫でていた。
「かっ海翔!? やめてよ恥ずかしい!」
「何言ってんだ。昔っからお前もチカにも、カナ姉にだってこうしてただろ?」
「そっそうだけど……」
「まぁ、ほとんど俺がやったからああなのであって、今度からは曜がやってるところを俺が手伝うようにすればいいだろ? そんな落ち込むな」
「うっ……うん」
だんだんと曜の顔が上がり、落ち込んでいた雰囲気も晴れていく。
やっぱり彼女も笑顔でいてほしい。大事な幼馴染には笑っていてほしいのだ。
そんなことをつらつらと考えつつ、渡辺家で二度目の朝食を取ることに。
いや、俺が要望した訳じゃないんだけれども、おじさんとおばさんが『曜も喜ぶから』と気付いたらごはんが用意されてたのだ。
折角用意されたというのに食べないわけにもいかず、荷物運びで少しだけ空いた腹を埋めるように焼き魚をいただいてきた。
「海翔君、今日買ってきたアジ何だけれど、どうだい?」
「うぉ、やっぱりおいしいですね。おばさんの焼き方が上手だからでしょうか」
「口が上手いわねぇ! でも残念、まだまだ
「いや、それは比べる相手が悪いと言いますか……」
流石に一般家庭のような渡辺家では老舗旅館である高海家の調理技術に叶うとは到底思い難い。
でも、俺はこの空間で食べる食事が大好きだ。
***
――渡辺家を出た俺がいまどこにいるかと言うと、幼馴染の一人であるハナこと
今日は昼間までここで掃除をするという約束をしていたのだ。
当然ただ働きだと思うだろうが、実はそんなこともない。
しっかり時給の発生するバイトだから真面目にやらないといけないのだ。
「こんにちは海翔先輩。今日も掃除ありがとうございます、いつも助かっています」
「こんにちはハナ。今日は入学式だったんだって?」
「えっ、誰から聞いたずら……?」
「そんな不審者を見る目をしないでくれると嬉しいな。いや、曜から聞いたんだよ」
「ああ、曜先輩からですか。よかったぁ……海翔先輩が学校に侵入する変態さんじゃなくて」
当然、昼までやっているのだから始業式で早く帰ってくるハナと鉢合わせる。
ハナは俺のほうを見てとんでもないことを言ってくれたが、少しほほ笑んでいるあたりきっと彼女も冗談だという前提で話を進めているんだろう。
――いや、侵入した訳じゃあないけれども一度チカに連れられてあれやこれやと気付けば入校許可証を発行したことがあったっけ。
そういうことを考えたらあながち否定できるようなものではない……? うわぁ、俺もしかして変態さん……?
「どうして海翔先輩はうなだれ始めたずら……」
「いや……なんというか……客観的に見て否定できる要素が……」
「――フフッ、わかってます、チカ先輩ですよね」
幼馴染というのはこうもまでに以心伝心を可能にするのだろうか。
今のやり取りでチカがだいたいの元凶であるとわかってしまうあたり、俺の苦労を知ってくれているのだろう。
「でもまぁ、海翔先輩ってチカ先輩に頭が上がらないから……」
――グサッ
「もう二年目だけど……まだ見つからない……とか?」
――グシュッ
「だっ大丈夫! オラも皆も海翔先輩がそのままでも、海翔先輩のこと、す、好きだからっ!」
――ズボッ
「かっ海翔先輩ッ!!?」
「ハナ……俺、ちょっと海に行ってくるよ……いままで……ありがとう」
「そんな幽鬼のような顔をして行ったらダメずらぁ!? マルが無神経でごめんなさいぃ!」
――ハナが悪いんじゃない、俺が、俺が情けないのがダメなんだ……フフフフフ
・浜野海翔
今作主人公。幼馴染が四人もいる贅沢な人。
身長:173cm 体重:62kg
血液型:AB型 誕生日:6/19
好きな食べ物:深海魚の干物
嫌いな食べ物:鳥のササミ
あらすじに書いてあるように中卒で、ついでにアルバイターである。
・渡辺曜
幼馴染その1。海翔と同年代である。
父親が沼津港から大瀬崎の間を運行する定期船の船長をしている設定。
実はこの定期船、現実にも存在するが夏限定の運行である。
・国木田花丸
幼馴染その2。海翔の一つ下。
お寺の住職の孫娘であり、文学少女。
割と毒舌な面を持っている……という設定。
ちなみにだが家のお寺はまだ現在モデルが存在しない。
・チカ、カナ姉
幼馴染3、4。詳しくは次回にて。
・浦の星女学院
ラブライブサンシャインの学校と言えば。
ちなみにというより一番の重大事項だが、モデルはごくごく普通の公立中学校なので聖地巡礼をする場合には周りの生徒に気を付けて。