新道、平坦にあらず   作:hawkman

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短めです。あと、導入だから特に話の動きは無いです。


転生者の日常。前編

 人生というのはままならないものだ。

 

 安楽に苦労無く日々を過ごすことだけを望んでいたとしても、それが得られるとは限らない。

多くの人はただ生きるだけでも次々と課題を投げつけられてその解決を余儀なくされる。

しかも課題は一様に同じというわけではなく、一人一人違うものを突き付けられることになる。

 

 思い通りにならないことに憤る幼子、友人との関係に悩む少年、勉学に苦労する青少年、進路に惑う青年、そして、大人となり中年を越え初老となり、老いさらばえようとも、人は何時だって苦難と試練を与えられるのだ。

 

――――それは、例え転生をしたところで変わらない人間の常である。

 

(…………この問題どうやって解くんだっけ?)

 

 机に向かい問題集とノートを前にして頭を悩ませる少年――天瀬普賢(あませ ふげん)の姿がそれを証明していた。

 

 此処は図書館。海鳴市営の公共施設である。静かで、教材にも困らないこの環境は勉強をするのに実に適した施設だ。

当然普賢もそれが目的で図書館に来ていた。かれこれ通って三年目であり、常連とも言える彼は職員にも完全に覚えられていた。それほどに勉強をしに来る小学生(・・・)は珍しいどころか彼一人であったためだ。

 

 転生者である彼は前世の記憶を持ち、彼自身は初等教育などとうの昔に習得していた。

故に開いている参考書は高等数学のそれであった。齢僅か九歳の少年が高等数学を解いていく姿は異常であるが、本人からすればこのレベルでなければ勉強にならないのだから周りの目を気にしないようにして参考書のページを進めていた。

 

 最も職員やよく利用しに来る人達は既に見慣れてしまっているため、わざわざ注目する人は極めて少ない――のだがその少数派が今日はいるようだ。

 

(……また、あの子か)

 

 やや青みがかった黒髪の、御淑やかそうな少女が数冊の本を抱えて普賢の様子を時折見ているのだ。

 普賢と同年代であろう少女は、かなりの頻度で遭遇するが、これまで一度も言葉を交わすことはなかった。

しかし、少女は普賢がどうしても気になるようで、本を読む振りをしてチラリと視線を送ったり、本を探す合間にもチラチラと普賢を時折見ているのだ。

たまに目があった時などには見るからに慌てて目を逸らし、気不味そうにしている。

 

 普賢とて少女が何を望んでいるのかは何となく分かっている。だが、普賢は彼女に話しかける気は更々無かった。再度言うが、普賢は転生者である。彼が転生してから同年代の少年少女と交流を重ねた結果、彼はひとつの結論に至っていた。

 

(致命的に合わないんだよねぇ…………)

 

小学校低学年では論理的な会話や互いに対する気遣いなどは期待するだけ無駄である、ということだった。

幼い彼等はそういった機微やコミュニケーション能力を培っている途中なのだから当然と言えば当然であるが、普賢には保父さんや教師のようにそれに合わせた話し方をする気は欠片もなかった。

彼は友人との語らいを楽しむつもりはあっても、子供に構ってやるつもりは無いのである。

友人とは対等だから成り立つのだ。一方が気を使ってやる関係を友人とは言わないだろう。

 

そのお陰で、普賢は今世に生まれてこのかた友人が一人もいないのだが本人は気にしていなかった。

友人とは作るものではなく出来るもの。という思想を普賢は持っていたからだ。

 

――――時計が鳴る。

 

図書館の目立つ場所にかけられている時計が夕方の5時を差していた。

窓から西日が射し込み、館内を朱く染め上げる。

 

(時間だ。中途半端だけど帰らなきゃな)

 

普賢は解きかけの式も特に気にせずにノートを閉じた。そして勉強道具を鞄にしまって席を立つ。そろそろ帰らなければ門限に間に合わないのだ。いくら転生者でも家のルールをむやみに破るわけにはいかなかった。なにせ、誰も普賢が前世の記憶を持っていることなど知らないのだから。

 

そして、少年と少女はまたしても言葉を交わすことなく少年はその場を後にした。

 

 

 ◇ ◇

 

 海風の家。

 

 海の家のような名称であるが、此処はそんな場所では無い。

確かに海は近く、時折潮の香りが漂う日もあるがこの施設にはラーメンも焼きそばも、かき氷なんかもありはしない。

 

……あるのは甘口のカレー位だ。

 

 夕食らしく、食堂で多くの子供たちがテーブルを囲んでいた。

 

 此処は児童養護施設。わかりやすく言うならば、孤児院である。

そして、テーブルを囲む子供たちの中に黙々とカレーを口に運ぶ普賢の姿があった。

彼の周囲との関係性を示すように、彼の周りにはぽっかりとスペースが空いており彼の孤立を一目で見てとれる。

 

 そして、それが日常としてこの施設では受け入れられていた。子供達は普賢のことを視界に入っていないかのように振舞い、職員の大人たちも普賢のことを気味悪がって関わろうとしなかった。

 

――――児童養護施設には一時的に親元を離れているだけの子も多く、全員が天涯孤独の孤児であるということはまず無い。

此処にいる子供たちも、一番多いのは親からの虐待によって引き離すべきと判断された者で、次点で親の経済的事情や怪我等によって一時的に預かっている子供が多かった。

もちろん事故等によって天涯孤独となってしまった不幸な境遇の者もいるが……、普賢はどれとも違った。

 

 普賢は生後数カ月程の頃にこの海風の家の前に捨てられていたのだ。”普賢”と書かれた紙きれ一枚と共に。

 

 だからこそ、赤ん坊から居る筈の普賢が全く子供らしい所を見せない事が、職員や子供達からしてみれば酷く不気味で仕方なく思えたのだろう。

 

――――あの子は何かが違う、と。

 

 誰も口には出さないが、捨てられていたという事実に納得する者も多かった。

 

「ご馳走様でした」

 

 ぽつりと言った言葉は誰の耳に入る事も無く、空気を震わせるだけに終わる。

そして、普賢は児童施設のルール通りに食器を片づけ、入浴をし、消灯時間に床に着く。

 

 そしてその日常を、普賢は良しとして過ごしていた。

周囲と仲良くはないが、迫害されているわけでもなく。ルールはあるが、自由が無いわけではなく。

衣食住は保証された生活、衣食住だけを得る生活。

 

 日々を勉学と体質を活かす趣味に費やす。ある種満たされていると言ってもいい日常を、普賢は憎からず思っていた。

 

 

 

――――ただ、一抹の寂しさを感じてもいた。

 

 布団の中で、微睡みながらふと人肌が恋しくなることがあった。

 

(そういえば、他人と最後に触れ合ったのは何時だったけ?)

 

 普賢には、言葉を話し始めた後の時期をぼんやりと考えた。

 

 無駄であることを、なんとなく知っていても――――。

 

 

 




 もしも期待していただけたら望外の喜びです。
さらに物好きな方は感想やら評価やらお願いします。
まあ、主人公紹介の途中みたいなもので何言ってんだコイツッてなものですが。
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