新道、平坦にあらず 作:hawkman
次回から一人称視点になるかも。
もしも、特別な力を持たない普通の人間が、特別な力を使えるようになったらどうするだろうか?
いわゆる普通であった人間がどんな経緯であれ、多くの者が持っていない力を手にしてしまったら――――手にしたものは何を思うのだろう?
特別な力に歓喜するだろうか?
容易く他者を害せる力を恐れるだろうか?
精神の拠り所とするだろうか?
異質となり孤立しかねず、要らぬ力だと嘆くだろうか?
しかし、ただ一つだけ、言えることがある。
力を持つ前とは、決して同じではいられない――――。
◇ ◇
海鳴市立海鳴小学校。
普賢の通う小学校であり、地域の子供の多くがこの小学校に通っている。
一部のお受験をした子供たちは、私立の聖祥小学校に通っているが児童養護施設住みの普賢には縁の無い話であった。
そして今の時刻は午前10時を回った辺りで、当然のことながら授業中である。
どうやら算数の時間のようで、子供向けの問題文と掛け算や割り算の式が黒板に書かれている。
勿論、普賢には簡単すぎる問題であり、授業時間の大半は彼にとって退屈極まりない時間であった。
…………問題を脳内で即座に解き、わかりきった解説を聞かせられるのは誰だって苦痛に感じるだろう。
しかし、普賢は姿勢を正し、前を向いて解説を聞いているようであった。
居眠りや、落書きに走らず真面目な顔でただ前を向いているのである。
――――が、そんなものは見かけだけだった。
子守りをしたくないからという理由で同年代との交流を深めようとするのを諦め、子供の振る舞いをするのは羞恥心が許さずに外見不相応な振る舞いを改めない普賢がそんな生真面目極まりない訳がないのである。
普賢の真面目な態度はただのポーズに過ぎず、実際に普賢が行っていることはまるで別のことだった。
(くっ、う、むむ……難しい!!)
彼の意識は黒板ではなく、机の上に置いている軽く握られた自身の手の中に向けられていた。
握られた手の中の様子を外から窺うことは出来ないが、その手の中では極小の光球が普賢の手の平の皺をなぞっているのだ。
その光球は普賢が“力”と呼ぶものを球状にしたものであった。
――――普賢には生まれついて不思議な力が宿っていた。
彼が生まれ落ちて意識が確かになった時、自身の胸の奥に力が秘められていることに気づいた。
それは、魔力なのか、気功なのか、はたまた全くの別物なのかは普賢には区別がつかなかったが、そういった不思議な力が彼には宿っていた。
それは普賢の前世の記憶には無かった代物で、普賢はすぐその力に夢中になった。
自身の胸の内から引き出したその力は、様々な性質に変えることが出来、纏わせたりすることで物体を強化することや、物理法則を無視したかのような作用を引き起こすことすら可能だった。
その力で出来ることを探すこと、そして操作能力の向上が普賢にとって今生の趣味となった。
特別な力が持つ魅力に、普賢は取り憑かれたのだ。
そして、普賢が今行っているのは操作能力の向上を一応の目的とした、手慰みの暇つぶしである。つい暇な時間が出来ると、まるでペン回しを行うように、ソーシャルゲームを開くように普賢は光球の操作をしてしまうのだ。
その暇つぶしは普賢の気分次第で内容が変わり、手の中に太陽系のミニチュアを作って実物と同じように航行させたこともあった。
今回は握った手の内側に出来る皺を極小光球でなぞるというものだが、操っている光球の数が15にも及んでいるせいで、その難易度は一つの光球を操ることに比べて極めて難しく、普賢曰く、空を飛びながら炎と氷と雷を出すのに等しい難易度であるらしい…………が、本人以外に比較出来ないので事実かは定かではない。
「ん? 天瀬ー、何か分からないところあるかー?」
担任が普賢に声をかけた。暇潰しの難易度に四苦八苦しているのを問題で分からないところがあるのかと勘違いしたようだった。
「え? いえ、問題ないです」
「そうかー……分からなかったらちゃんと聞くんだぞー、恥ずかしくないからなー」
「……ええ、その時はお願いします」
この4月からの新しい担任は、普賢を問題が分からないけれど恥ずかしくて言えない子供だと思ったのか安心させるように言い含めたが、実情を知っていると可笑しく感じるものだ。
流石に迂闊だと思ったのか普賢は難易度を落として手慰みを続けた。
ここでやめない辺り、普賢は図太い奴である。
◇ ◇
「あら、普賢。今日はどこに行くんですか?」
学校から海風の家に帰り、荷物を置いて外に向かおうと玄関をくぐると普賢に珍しく声をかけた人がいた。
「少し遊びに、ですよ。院長先生」
ここ、海風の家の院長である
最早四十を越え、子供達の世話をし続けてきた彼女は年齢以上に見られることも多いが、落ち着いた雰囲気と優しさを持ち合わせた人格者で、施設内どころか近隣でも慕われている女性だ。
――普賢を避けずに接しようとする数少ない大人の一人でもある。
「私はどこに行くのかを聞いているのですよ? それとも私には言えないような場所に行くつもりかしら」
優しげな微笑みを浮かべながら普賢を追求する彼女は上品ながら抜け目なかった。
「……公園に遊びに行こうかと」
「嘘おっしゃい。あなたは公園に行って友達と遊ぶなんてしないでしょう」
「……はぁ」
相変わらず言動に容赦がない。と思いながら普賢はため息をつく。
蓮美は優しい人物ではあるが、けして大人しく儚げな女性ではない。むしろ図々しさや図太さで言うならば普賢を上回りかねない人物である。
しかしそれでも、“あなたは公園に行っても遊ぶ友達なんていないでしょう?”とは流石に言わないようだが……。
「散歩だよ、散歩。適当にその辺を散策しようかな、と」
「あら、そう。散歩、ね…………適当に危ない所に近づかないようにね?」
「……わかってますよ、院長先生」
なんとも含みのある会話を適当に流して普賢は出かけた。
院長は普賢が見えなくなるまで扉の前で見送っていたが、普賢が見えなくなると、困った顔で一つため息をつき、くるりと踵を返し海風の家の中に入って行った。
一方、普賢は散歩などと院長には言っていたが、当然のように嘘である。
彼は散歩ならば無いはずの明確な目的地へと向かっていた。何故普賢がそんな嘘をついたのかというと目的地が普通では無かったからだ。
目的地だけでなくやろうとしていることも、移動手段すらまともでは無かったが……。
普賢は適当な路地に入ると人目が無いのを確認し、胸の奥から“力”を引き出し自身の周囲に力を巡らせる。
すると、小汚い路地から普賢の姿がすぅ、と消えてしまった。普賢はまだその場にいるが他者からは姿が見えなくなっている。“力”の作用で光学迷彩染みた効果を作りだしたのだ。
普賢はきちんと自分が透明になっていることを確認すると、ごく自然にふわりと重力の鎖を無視して浮かび上がった。
普賢は路地に面していた高層ビルの高さも越えて上昇し空へ舞い上がる。
「ふはっ、やっぱり空を飛ぶのはいいな。気分が良いっ!!」
転生してから手に入れたフィクション御用達のような力を行使して得られた体験群は普賢を魅了してやまなかった。この飛行等はその中でもトップクラスのお気に入りだ。
身一つで風を切り、空を翔ける感覚は他に無い爽快感を齎す。身体能力の強化は超人的なスピードとパワーを身体に与え、常識では到底不可能な跳躍や疾走、破壊を可能とし、魔法や超能力のような現象を引き起こすのは自身のイメージや創造性を大いに刺激される最高の娯楽であった。
――――それでも、不意に頭に浮き上がるモノもあるが――――
そんな娯楽を存分に行うには広く、誰もいない、誰にも知られることの無い場所が必要であった。
だから普賢は今、人が踏み入ることが無いほど山奥に密かに作り上げた実験場(とは名ばかりの広場でしかないが)に向かっているのだ。
普賢の空を往く速度は速い。その速さは彼がこの趣味に如何にのめり込んでいるかの証左だろうか。
そして、彼は実験場へと姿を消していった。
――――彼の日常は大まかにこれの繰り返しだ。
齢五つに至らぬうちから彼はやや形は違えども似たような生活を送っていた。
人の輪に馴染まずに、表面上は異質であって無害なものであり続け、裏では自身の好奇心を満たすために自重することは無かった。
だが、概ね平穏に暮らしていた。
例え友がいなくとも、親がいなくとも、彼はそれを当たり前に受け止めて碌に傷つくことも無く生を謳歌していた。
それを可能としたのは一重に彼が転生者であるからだ。ある程度確立された自我は、年相応の無垢さが無い代わりに、脆く、繊細な――言ってしまえば歪みやすく壊れやすい脆弱性もまた無いのだ。
このままいけば、前世の生きていた年齢までは大きな問題無く過ごせるだろう、いや“力”のことも考えればもしかしたら一生を安楽に過ごすことも可能かもしれない。
――――しかし、人生というのはままならぬ。
『誰かっ!! この声が聞こえる力のある人!! お願いします――――力を貸して下さいっ!!!!』
「――!? これは、念話?」
ある日の夜を境に普賢の運命は大きく動き出す。
――――転生少年たる彼は知るだろう。
今まで身を置いていた場所が狭き井戸にしか過ぎず、これから飛び込まねばならない世界が大波荒れる大海であることを。
そして、それを制さねば、またしても自身の命が零れ落ちてしまうことを。
転生少年よ、投げつけられる苦難を捌き、立ちはだかる壁を乗り越えよ。遍く人々が、それぞれの課題をこなさねばならぬように、お前もまた、自身で運命を切り拓くのだ。
自分の
こっからがようやく本編ですかね。
またしばらくお待たせすることになると思うので、申し訳ないですが気長にお待ちください。