不良漫画なら最強クラスだった男、シノザキ!   作:五月ビー

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運命の日

その日、俺は、恋をした。

 

 

 

 

 

 

 

 高窓から光が降り注いでいた。管理するものがいなくなったコンクリートの床には細かな瓦礫やガラスの破片が散乱している。本来、もはや人の痕跡があるような場所ではないが、空き缶、タバコの吸殻などがあちこちにそれらと混ざって混雑し、廃工場の景観に一役買っていた。

 光源と呼べるものは、天井付近に備え付けられた、ガラスのほどんどが割れてしまっているいくつかの高窓があるのみだったが、太陽の熱に建物全体がローストされ、風通しも良くないので工場の内部は茹だるような暑さに達していた。

 

 とはいえ、それを気にしている余裕はあまりないだろう。

 工場の熱気は、太陽の他にもう一つだけ別の原因があった。それは、そのさほど広いとも言えない空間に詰め込まれた二十人程の人間たちが発する熱。まだ若い、高校、大学生くらいの年頃の男たちだ。

 どれも真っ当な生活を送っているような人間には見受けられなかった。格好、体格、目つき、それらに統一性はないものの、彼らには全員が共通する部分がある。それは暴力への躊躇いの無さを感じさせる、危険な雰囲気。髪を金髪に染めている者、鍛えられた体を持つ者、タトゥを体に彫る者、いわゆる、不良、と呼ばれる人間たちであった。

 ニタニタと底意地の悪い嘲笑をその顔に一様に貼り付けている。

 

「ノコノコ来やがって馬鹿が」

「今日こそてめえをぶち殺してやるからよ」

「てめえがデカイツラしてられんのも今日までだ」

 

 気炎を上げる男達の声には、怒りや興奮と混じってほんの少し、恐れの響きを含む震えが微かにあった。歪ませた口も、わずかに痙攣している。

 二十人の男達の威嚇を一身に浴びせられているのは一人。短い髪を金髪に染めている荒涼高校の学生服姿の男。背は高く、筋肉質な体、黙っていても威圧感を与える風貌に、唇の端を釣り上げ、周囲に対抗するように威嚇している。

 篠崎丈。通称ジョー。

 この界隈では知らぬ者は少ない、立派なゴミクズであった。生まれながら喧嘩の腕が立ち、今までタイマンでは負けたことがないという密かな誇りを持つ。好き勝手に生き、誰彼構わずムカつけば殴り、悪びれず、結果、当たり前に無数の憎悪を買い、相手にこのようなリンチを計画させるに至った。

 とにかく、野生の獣のような男であった。

「こそこそと遠回りな嫌がらせしてた癖に元気だな、数集まるとよ」

「んだあ? 卑怯だとでも言いてえのか?」

「見世物じゃねえんだぞ。てめえをボコるのはよ」

 無数の男達が一斉にがなり立てる。

「おい、雑魚ども、うるせえぞ」

 丈の声はよく通った。あるいは全員がその男の一挙一動に注目していたからかもしれないが。

 男たちの怒りは一気に膨れ上がった。だが、それは微かに張っていた虚勢が消えたわけでもない。一種即発の空気は張り詰めたまま、動かない。

 対して、丈は不敵に笑っている。相手は二十人。流石にまともにやって勝てる人数ではない。それでもこのリンチから逃げなかったのは、もう飽き飽きしていたから。丈は強い。一体一なら、不意をつかれでもしなければ負けることはない。数を揃えても、十人ぐらいならばうまく立ち回って一人一人倒していける。

 そうやって丈に勝てないと悟った不良達は遠回しに嫌がらせを始めた。自業自得だが、もううんざりしていた。これを期にこいつら全員二度とそんなまねするような気力がなくなるぐらいにしばき倒してやろうと考えていた。

 これより良い方法など考えない。丈は思慮に浅い所が多い。

 膠着する。

 不良達にしてみれば、一斉に飛び掛れば勝てる。しかし、最初に飛びかかった者が少なくない代償を払う。丈もこの数の差では、無闇に近づけない。武器を持った者達が、覚悟と違う、雰囲気に押されるようにじりじりと落ち着きを失くし、もはや思考を停止し、飛びかかる瞬間が、開戦の合図となる筈であった。

 

 しかし、その均衡は不意に破れた。

 

「あのーすいません、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 鈴を転がすような、とはまさしくこのような声であろう。一瞬、この廃工場に響いた幼いながらよい響きの声に、しばし全員が呆気に取られた。全員が、唯一の出入り口である大型トラックでも出入り出来る大扉の横にある小さな従業員用の扉を見つめる。逃がさない為に既に鍵は閉じている。そのはずだったが、何故か扉は当たり前のように開いている。

 そこに立っていたのはまさしくその声の通りの美しい少女であった。遠目からではっきりと見えた者は少なかったが、染めていたらありえない、絹のような美しい長い金髪に、透き通るような青い瞳、すっと通った鼻筋、背はさほどでもないが均衡の取れた体型に、すらっと伸びた美しい足。まるで日本人離れした容姿の少女。

 

「申し訳ありません。ノックをしても返事がありませんでしたので、勝手に開けさせてもらいました」

 

 声の響きだけは受け取ったものの、あまりに異常な事態に全員が思考を停止し、何を言っているかまでは理解していない。今、まさに大乱闘が始まるという時に訪れた間隙に見事に混沌とした空気が流れてしまっていた。

 

「わたくし、荒涼中学校の白浜光鳥(みとり)、と申します。お取り込みの所、たいへん申し分けないのですが少しお尋ねしたいことがありますの」

「……たずねたいことだぁ?」

 少女に一番近い、最後尾に居た不良の一人が呻くように言った。

「ええ、至極簡単な用事ですの。それが済めばわたくしは直ぐに帰りますわ、ですから、少しだけお時間を頂けません?」 

 ここに来て、丈はようやく事態を理解した。正しく出来たとは言い難いが、世間知らずの外国の少女が道に迷ったかなにかしてやってきたのだろうと大凡、決めつけた。

 そして殺気立った集団にそんな無力な存在が現れるのは大変危険だ。水を差された気持ちもあった。とりあえず大声で何か言って追い払おうと、口を開いた時、少女はまたしてもよく響く声で告げた。

 

「ええ、どうも貴方たちの誰かにわたくしのクラスのお友達がカツ、アゲ? をされ、お金を巻き上げられたと聴きましたの。どなたか心当たりありませんこと?」

 

事態はもう少し違ったようで、少女は明確な意思を持ってここに訪れたようだった。

 

「お金を返してもらいたいの。そうして頂ければ、わたくしは帰ります」

「…………は、はっはっ」

 

 呆気に取られていた不良達は、ようやく我を取り戻した。

 少女の瞳に込められた正義感とそれ以上に醸し出される『滑稽さ』にようやく不良達の理解出来る世界が戻ってきた。

 

「くっくく」

「わたくし、何かおかしなことを言いましたか?」

「ぶっ」

 むっとした表情を浮かべる少女に、不良達はついに耐え切れなくなり、火が付いたように笑いだした。一人が笑うと後は雪崩るように二十人の男の嘲笑を廃工場を木霊した。

「ぶはははははは、マジかよっ!」

「イマドキ、こんな奴がいんのかよっ!」

 異様な空気は霧散し、後に残るのは滑稽な少女だけだ。頬を赤くし、周囲を困惑したように見ている。

 笑われる理由が理解出来ていないのだろう。その様子がさらに、笑いを誘っている。 

 ただ一人、丈は頭をかいた。面白い見世物だったが、一緒になって笑うのは仲良しになったようで気色悪さがあった。わずかに同情もしていた。それに何か違和感を覚えてもいた。それは野生の勘ともいえる感覚だった。

 少女は説得を諦めたのか、赤らんでいた頬が急速に落ち着き、表情が冷たくなっていた。

「では、お金を返す気はないと、そう言うことですのね」

 不良の一人が笑いながら近づく。軽く肩を押すと、こう告げた。

「――失せろ、犯すぞ」

「わかりましたわ」

 それが全ての合図だった。

 少女の姿が掻き消える。同時に、近づいていた男が仰向けに倒れた。鋭い打撃音。

「なっ!?」

「なんだあ!?」

 不良達がうめき声を上げる。その瞬く間に三人、同じように倒れ、快音が響く。不良達が混乱する中、丈だけが理解していた。そして見惚れていた。少女はまるで、風のようだった。快音の正体は正確に頭を撃ち抜く蹴りの一撃。急所を目にも止まらない速さで打ち抜いていく少女の動きはまるで流れるが如く。無駄がないのだ。丈は悟った。

「こいつなにしやがる!」

「気をつけろ、多分スタンガンか何か持ってやがるぞ!」

 あっという間に半数まで減らされた不良達が慌てふためく。仲間がやられ、切れたか恐れたか、躊躇なく鉄パイプや金属バットを少女に向けて振り下ろす。理に叶った攻撃。同士打ちの危険も少ない振り下ろしは、理屈ではなく、不良達の経験による手練れた動きだ。丈は反射的に声を上げたが、少女に当たることはない。軽やかにかわすとバットの上にさっと蹴って高く飛び上がり、そのまま二人を蹴り飛ばしてしまった。

 

 風のよう、は間違っていた。風を切って飛ぶ鋭い羽だ。

 

 丈は少女が不良達が倒されていくのをただ眺めていた。胸が高鳴って体が硬直して動けなかった。美しい。ただただ美しい。喧嘩を美しいなどと丈は思ったことはない。それはただの示威行為に過ぎなかった。

 少女の肩に翼が生えている幻視さえあった。その感動のあまり、ただ言葉も無くして見惚れていた。

「あげえっ」

 最後の一人が汚らしい声を上げて倒れ伏す声も、丈の耳には届かない。呆然と、その光景を眺めていた。

 背を向けていた少女がくるりとこちらを振り返った。キリッとした眉、意志の強そうな瞳、そしてしなやかな肢体、ふわりと浮き上がったスカート。

 少女がふっと飛び上がり、

 止める暇もなく。

「あ、ちが……」

 目にも止まらない速さで繰り出された蹴りは、一瞬で丈の意識を刈り取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 仰向けになったまま、倒れていたようだ。顔面を足裏で蹴っ飛ばされたようで、鼻血が出ている。少女の姿はもうどこにもなかった。

「白だった……」

 最後に見えた光景を反芻しながら、夢見心地に呟く。

 

 

「………惚れた………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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