上の空で授業を受けた後、途中で早退し、荒涼中に向かう。
荒涼中学校は、校舎の形が荒涼高校によく似ていて出入り口は正門が一つあるだけだ。つまり正門で張っていれば、いずれお目当ての相手に会えると、ジョーは目論んだ。
意味もなく下校する生徒を視線で威圧したりしながらしばらく待つ。
部活とかやっていたら、遅くなるんだろうか。学校に長く居るという発想がなかったジョーは今更ながらそんなことを考える。
どうするか。
思案したが、ほどなく目当ての生徒を見つけた。件の生徒はよく目立った。長いブロンドヘアが、黒髪の群れの中で一人だけ浮いている。他人をかぼちゃか何かにしか認識していないジョーの視界でなくても、彼女を発見するのは容易だ。
どくん。鼓動が勝手に早まる。
視界がキラキラと勝手にライトアップを始める。誰かと連れ添って歩いているらしいが、彼女以外のその他大勢はジョーの視界には入らない。談笑している笑顔の少女に視線が釘付けになったまま、息を呑むのも忘れて呆然と見つめる。
そしてそのまま通り過ぎていく少女達。
それを思考を停止したまま見送る。
我に帰った。
――見送ってどうすんだよ。
動悸を整える。
「よお」
若干、胸の動悸を残したまま、さっと少女を追い抜いて回り込んだ。
きょとんとした顔の少女を見つめ、わずかに驚く。近くで見れば、思った以上に目を見張る美少女だと分かる。女性にしてはキリッとした眉が少しきつい印象を与えるぐらいか。
何を言うべきか、頭が真っ白に染まり、かろうじてこう絞り出した。
「き、昨日は世話になったな」
自分でも言っている内容は理解していない。むしろ少女の方が察したようだった。怯えた様子もなく、表情も変えていない。
「………あなたは確か……」
と小さく誰に問うでもなく呟いた。
「ねえ、あんた誰よ」
すっと視界に『かぼちゃ』が遮った。少女と一緒に歩いていたもう一人がいたのを思い出す。視界を遮られ、そこでようやく黒髪の短髪の少女だ、と認識するジョー。その前の声についてはもちろん意識の外だ。
「あ?」
「お友達って感じでもなさそうね、光鳥の知り合いはこういう人多いけど」
ミトリっていうのか。
「この人、多分、昨日の不良の方ですわ」
「――ああ、なるほど。さっそく復讐に来たってわけね」
「……俺は別にあいつ等の仲間じゃない。呼び出されてあそこに居合わせただけで無関係の人間だ」
「なにそれ、なんの言い訳なのよ」
「お前に弁解するつもりはない」
ジョーは手早く動いた。黒髪の少女の両脇に手を差し込んで持ち上げると、
「わっ、ちょ、触んないでよっ」
「ごめんごめん、ちょっと邪魔」
―――すいっと道端にどけた。
黒髪の少女が強引な行動に驚いている隙をつき、ようやく目の前まで近づける。こうして向かい合うとやはり少女は小柄だった。頭がジョーの胸にも届かない。だが、とりあえずもう躊躇する気持ちはない。
ジョーはまずは、言いたいことを言うことにした。
「――君に会いたかった」
「……さっきの話、本当ですの?」
困った、といった表情で、彼女は尋ねた。
「嘘つく意味あるか?」
「あるでしょ、同情を買うとか何か要求する気とか色々と」
横から、わめきたてる声がするが無視する。
「もし本当だったなら、わたくし、謝罪をしなければなりません」
「いらねえ。そういうつもりで言ったんじゃない」
「…………そういうわけには参りません。それが事実であるならば、ですが」
さっぱりした口調に、ジョーはむしろ好感を抱いた。
「誤解を解いてくれればいい。それよりも、もう一度俺と、ケンカ……じゃなかった。―――そう、手合わせ願いたい」
「――へ?」
「言い訳するつもりはないが、あの時、俺は油断してた。本気じゃなかったんだ。それを証明する機会をくれ」
「はあ」
「あのさ、それを証明する意義を一応教えてくれない? 意味が分かんないから」
となりで少女が口を挟んだ。情熱のままにジョーはその質問に答えた。ただし、もう一人の方に、だが。
「君に惚れた」
ポカン、とした表情で少女はジョーを見つめた。横から黒髪の少女が悲鳴を上げた。下校時間途中の、通学路近くである。今は幸運にも人は少ないが、当然、周囲には帰宅途中の学生達が大勢居る環境だ。しかし、ジョーは構わず続けた。内心はともかく、表面上は酷く落ち着いて見える
「君が、いや君を昨日見てから俺はどうにかなってしまったんだ。あの時の君はまるで空を飛ぶ鳥のように見えた。どうしてか分かんないんだが、それからずっと俺は君のことを考えてる。どうしようもなく胸が高鳴る」
「え、えぇ……、ロリコンだ……」
「はあ……」
驚愕する友人を隣に、ぼんやりとジョーを見つめていた少女は、それが冗談の類でないことを理解したのか、まだおぼつかない様子で、ため息をついた。
「す、すいません。少し理解が追いつきませんでした。あの、それは一体、どういう……?」
「―――俺と結婚を前提に付き合ってくれ」
「うわあ」隣からなんとも言えない声が聞こえる。
「はあ、結婚………」
もはや理解の範疇を超えたといった様子で、反芻するように呟く。すがるような視線で隣を見て、友人の方もあんまり頼りにならないと悟ったか、時間をかけて、なんとか口を開いた様子。
「その、軽々しくそのようなことは言われない方がよろしいかと」
「理由を聞かれたので答えた」
「あ、ええっと」
「男として、君を守れる強さを示したいんだ」
「わたくしを守る……?」
「ああ」
戸惑いを隠せなかった少女の表情から、何かがすっと引いていった。
「………あなた、面白い人ですね」
珍獣を見るような視線で少女は答えた。ジョーの、普通ならドン引くような発言だったが、どうやら少女の方も普通ではなかったようだ。
わずかに間を開けて、微笑みを浮かべる。
ジョーは目を見開いて見惚れた。
「あなたのお気持ちは、嘘ではなさそうです。ですが、わたし、じゃくてわたくし、確かめてさせてもらいたいことがあります。その後で、お返事をしてもよろしいでしょうか」
「なんでも来てくれ」
ジョーは即答した。
「では、そのように」
「……こんなに明らかな金髪不良なのに、その上ロリコンとか救いようがなさすぎるんですけど。光鳥、止めて置いた方がいいって」
「悪い人ではなさそうですので」
「ああ、悪い人に騙されそうな人のセリフだわ……」
黒髪の少女は天を仰いで嘆いた。
「大丈夫ですよ。すぐに、終わります」
「………光鳥、なんか怒ってない?」
「いいえ、別に。……でも、ごめんなさい、友菜ちゃん。用事ができてしまいました」
「……や、でも喋り方が怒ってる時の……、それはまあ、よくはないけど、しょうがないから。あんた手合わせって言われたら断れないし」
「話終わった?」
ジョーはどうでもよさそうに訊いた。
「丁度ね。あんた空気読めないってよく言われない?」
「ついでに馬鹿とかもな」
「でしょうね、忠告しようかと思ったけど聞きそうにないから、いいや」
「そういえば貴方の名前、聞いていませんでした」
「俺は篠崎丈、君は?」
「名前も知らずに告白したのかよコイツ」
黒髪の少女は心底呆れた表情で言った。
「――白浜光鳥、と言います。篠崎さん、少しわたくしに付いてきて下さいませんか」
「? いいけど、どこに?」
「わたくしのお家です」
「へっ?」