不良漫画なら最強クラスだった男、シノザキ!   作:五月ビー

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梁山泊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い築地塀がまっすぐと道路に沿って延びている。やや時代の流れを感じさせる色合いで、骨組みの木々は黒ずみ、塀の壁のあちらこちらが少々欠けてしまっていた。それに沿って歩いていけば、わずかに間を開けて、巨大な棟門が見えてくる。閑静な住宅街に置いて異様な雰囲気を放つその門は、同時にやはり長い年月を思わせる造形をしていた。梁や柱は鈍い色であるし、漆喰には大きなヒビが一つ走っている。

 古い日本家屋の家、らしい。あるいは寺院だろうか。

 梁の下には大きな看板がある。そしてそこにはこう書かれてあった。いつの時代に書いたのか、どうやら右から左に読むようだ。

 

 

 梁山泊、と。 

 

 

 重そうな扉が、軋んだ音を立てて内側に開いていく。

 ここが、光鳥の住む家なのか。

 促されて、光鳥に続いて足を踏み入れようとする。ふと、ジョーは足を止めた。自分でも理由も分からない。無意識の行動。 

 光鳥が振り返った。静かな視線。どうぞ、と気負わない呼びかけ。

 

 ――何故かドキリと心臓が跳ねた。

 

 ジョーは首を振って、自分で自分を訝しみつつ、足を前に持っていく。踏み入れる。後ろで扉が閉まる音が聞こえた。

 静謐な雰囲気の日本家屋。外壁の漆喰同様年代を感じさせる古屋敷だったが、障子や戸板などは新しいもので人の生活の匂いが感じられる。

 光鳥の家は、道場を経営していて、住宅兼道場なのだと、と黒髪の少女に教えられた。 

 あの強さは、鍛えられた技術によるものだった。ジョーは驚かず、ただ得心がいった。なんの格闘技をしているかジョーが尋ねると、光鳥は首を振った。

 

 ―――格闘技でなく、『武術』。

 

 彼女はそう言った。 

 

 

「おや、光鳥、早かったね」

 庭に誰かが居た。白髪交じりの初老の男だ。穏やかな風貌で、細い輪郭で合気道着姿。

「岬越寺先生、ちょっと予定が変わりましたの」

「おや、君は友菜ちゃんに、こちらはボーイフレンドかな」

 ジョーが何かを答える前に横の少女が口を開いた。

「いやこいつはただの変態」

「この人は、篠崎丈さん。手合わせを挑まれましたの」

「ほう!」

 岬越寺と呼ばれた男は感心したかのように声を上げた。

「そうか、光鳥もそんな歳になったか」

「……年齢は関係ありませんわ」

「私も老いるわけだ。なるほど、いい『骨格』をしている。空手家向きだね。私は岬越寺秋雨。ここに住まわせてもらっている」

 岬越寺と名乗る男は気さくに微笑みを浮かべた。穏やかな人格を表すような表情だ。

「どうも」

 ジョーは軽く頭を下げた。彼の出来うる礼儀正しい態度だ。人に好かれる容貌はしていないのを自覚している。友好的な態度は物珍しかった。

 差し出された手を取る。

「懐かしいな。光鳥の父親も学生時代、良く手合わせを挑まれていたよ。もっとも彼は高校生からだったが」

 それが当たり前で、極々普通の出来事のように、男は言った。

「あなたは光鳥ちゃんの師匠なんですか?」

「彼女の父親の師匠だった。今はしがない骨接ぎだ。少しは武術もやるがね」

 ニコリと男はまた笑った。ほねつぎってなんだ、それにあんまり強そうじゃないな、とジョーは思った。

 

 

 しばらくここで待つように言われたのは、何十畳か、ぱっとみるだけではわからない畳張りの広い部屋。庭に面していて、玄関を通さす直接入れる場所にある。

 靴を脱ぎ、靴下も脱いだ状態で、首を回しつつ、視線をぐるりと動かす。

 

 

 なるほど、そういうわけね。

 少女は律儀にも手合わせの場を整えてくれるようだ。

 女の子の家に呼ばれた男心がちょっとガッカリしているのを自覚しつつ、ジョーは納得することにした。

 ジョーの思考回路だと家に行く=ヤルだったが、そんな気にはならないのも事実。

 

 

「そういや、なんでお前まで付いてきてんの?」

「暇になったからよ」

 黒髪の少女は、部屋を一望できる縁側に腰かけている。相変わらず刺すような視線でジョーを見ている。

「誰かいると思ったけど、今日はあんまり人がいないみたいね」

「光鳥の両親は今、所用があってね。しばらく留守にしている」

「へえ、そうなんですか」

 外野の声を聴き流しながら、ジョーは軽く柔軟をする。喧嘩前に準備体操など普段はしないのだが、念を入れておく気分だった。

 

 特に緊張はしていない。

 

 ジョーは自分が負けるとは思っていなかった。ただ、勝てるとも確信はなかった。あまり経験にないことだった。勝つか負けるか、一対一でそう考えることはなかった。多対一でようやく負ける可能性を感じる程度。

 あの時、ジョーは油断していた。しかし仮に本気で向かっていったとしても勝てたかどうか判断がつかない。

 

 別に喧嘩の強さにさほど興味はない。生まれた時から強かった。だからそれを使ってきた。ただの示威行為として。ジョーにとってはそれだけの意味しかない。

 今でもそうだ。惚れた少女に自分をアピールする為の道具。

 道場の娘なら、強いということは少なくとも、マイナス要素にはならないだろう。

 

 だがそれだけ、でもなかった。

 

 風を切る鳥のように、完成された美しさ。喧嘩に美しさが存在することをジョーは昨日、初めて知った。

 

 まるで翼の生えているかのような姿。思い出すだけで胸が高鳴る。

 多分、初恋なんだろう。好いた腫れたなどという感情とは自分は無縁だと思っていた。とんだ勘違いだった。

 

 彼女をもっと知りたい。ジョーは光鳥という少女に、未知を感じていた。

 それが、少し楽しいと感じていた。中学生の女の子相手だと自覚して、少し自分に引いてもいるが。

「お待たせいたしましたわ」

 声がして前を向けば、少女が立っている。道着に着替え、髪を後ろで結っている。空手の白い道着だが、ややサイズが合っていないのか、足の方の裾を折りたたんでいる。

 ――ちみっこくて可愛いなあ。

 ジョーは和んだ視線で光鳥を見る。道着を着るというより、着られているように見える。同世代の中学生と比較してもやはり小さい方だろう。

 ジョー自身隠すつもりなどないせいもあって、光鳥はむっとした様子。

「……何か?」

「道着姿も可愛いなあって思った」

「そうですか」

 明らかに納得いっていない表情。

 

 

 

 

「では始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

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