不良漫画なら最強クラスだった男、シノザキ!   作:五月ビー

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扣歩(こうほ)と擺歩(はいほ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また挑戦に来た」

と。

 気負いや、覚悟の言葉ではない。その辺りのものごとは、ジョーは長続きしない。岬越寺の話も何もかも、半日ぐらいちょっとへこんだりしたからまだましな方。そういった機微をジョーは見向きしない。やりたいようにやる。結局はそれだけだった。

 

 だからか、言葉の質は随分と軽かっただろう。言っている本人がまるきりそういう態度だったからには、受け取った相手には尚更のはずだ。

 弄言の如き響きを感じられたとしても、何ら間違いはないから質(たち)が悪い。

 

 ましてや、短い間のやり取りでも察せられるぐらいに真面目で素直な少女は、どう思うだろうか。

 まず現れたのは困惑。

「どういう、つもりなんですか」

「また手合わせお願いしたいなーって、そんな感じ」

「……いえ、やっぱりわかりません。そうする意味がありませんから」

 

 なんら裏の意図もなくそう確信している響きの言葉。ジョーはそのままの態度で軽く告げる。

 

「いやいや、俺、本気だけど」

「……篠崎さん。申し訳ないですけど私(わたくし)、その手の、武術に関する冗談はあまり好きではありません。岬越寺先生と将棋を指しに来たというならば、私から何か言うような真似はしませんわ」

 

「―――いいや、違うな光鳥(みとり)」

 

 岬越寺は首を振った。その表情は相も変わらず落ち着きを払っているが、どうしてか、口元には少し楽し気な微笑みが浮かんでいる。

「彼は、どうも本気のようだ」

 光鳥はわずかに表情を硬くした。

 

「………本当ですか?」

 

「うん」

 彼女の両の眉毛がぎゅっと眉間に寄る。

「私には、篠崎さんが本気でそう言っているとは考えられません。この前手合わせをして、それで十分に分かって頂けたはずです」

 だから、と言葉を区切る。

「だから意味のないことです」

「いやガチだけど」

「それでは、貴方はあの手合わせをした上でそのようなことを仰っていると、そういうことなんですか」

 

 ジョーは少し間をあけて答えた。

 

「そうだけど」

「……………そうですか」

 光鳥はまるで意味が分からないといわんばかりの表情だったが、それ以上は追及はなかった。納得したというより、理解を諦めてしまったと表現するほうが正しそうだったが。

 

 じっとジョーを観察するような視線。ジョーも視線を返す。見つめあうというには片方が些かばかり淡々としすぎる視線の交差。

 時間は僅かにも満たない短い間。光鳥はするりと視線を外す。小さくため息が聞こえた。

 

「岬越寺先生、申し訳ありません。また立ち合いをお願いしてもよろしいでしょうか」

 

「かまわんよ。どのみちしばらくは暇だ」

「ありがとうございます」

 くるりと振り返ってジョーを見る。

「私は、武道家として挑まれた以上は相手をします」

「ありがとう光鳥ちゃん」

「ですが。やっぱり意味があるとは思えません」

 ぴしゃりと跳ね除けるような声音。

「これで最後にして下さい」

「大丈夫、大丈夫、意味なくなんてないから」

 ジョーは明確な拒絶にも特に何か感じ入るようなそぶりすら、しない。

 

 短い間にジョーの性格を把握したか、特に何らかの感慨を見せることなく光鳥は「そうですか」と呟くに留まった。

 

 光鳥はすぐ近くにあった沓脱石の上から紺のローファーを脱いで縁側にひょいと上がる。そのまま振り返りしゃがみ込んで靴を拾う。つい、揺れるスカートの端に視線を向ける。

 光鳥が立ち上がる。その一瞬前に全く自然な動作で視線を上に戻す。もちろん、すぐにさわやかに微笑む。少し怪訝な表情で首を傾げる光鳥。

 一連の流れを見ていたであろう岬越寺がフッと声を上げて笑う。

 

「………着替えてきますわ」

 切り替えるように光鳥は言って、靴を片手に屋敷の奥に消えていった。

 後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、ジョーは少し息を吐いた。

 いつも通りなはずだが、どうにもそれだけというわけでもない。

「さ、行こうか。足は払ってから上がるように」

「うす」

 どくん、と何故か心臓が一瞬跳ねる。上がったら、もうすぐにでも始まるだろう。

 空は痛いほど晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かい合う。こうして二度目、廃工場の時の一軒を含めると三度目となる。光鳥は今日は初めから構えを取らないようだった。完全に舐められている。それは是正しなければならないことだ。

 

 ただし、ジョーに苛立ちはない。

 

 光鳥の判断が何一つ間違っていないからだ。二度目で痛感した。人生に置いてこんなに強い人間に出会ったことはない。そう断言できる異次元的な段階の強者。見た目に相反していても、それはジョーの中ですでに揺るぎない事実だ。

 

 見たことのない世界。

 

 それが、少し楽しかった。

 息が上がる。まだ何も始まっていないのに、やや動悸が激しくなっていく。

 反して、向かいの少女は静かな表情。ただ佇むのみ。

 光鳥の方が強い。それは確定している。

 ジョーは負けるつもりはなかった。

 

 ――勝機は、一瞬だけ。それを捉える。 

 

「では、始めっ」

 

 声が響く。反響が聞こえるほどの静寂。ジョーも、光鳥も、動かない。ジョーはじっと少女を観察し、光鳥は特に何かを見るでもなく立っている。

 わずかに時間が空く。

 

「………こないのなら」

 

 光鳥は少し焦れたように動き出す。めんどくさくなったのかもしれない。ゆっくりとした歩法。まだ間合いの外。

 ジョーは体を半身にして、手を軽く開いたまま左手を前に。

 瞬間、一息に光鳥が間合いを潰した。虚をついた動き。ただの緩急のはずがジョーは出遅れる。

 

 掌底をかわす。

 

 しかし出遅れが致命的に一手を遅らせる。光鳥が素早く次の行動、――よりも速く、ほとんど間隙なくジョーは手を突き出していた。かわすと同時の動き。光鳥の冷めた目が、見開かれるのを見ながらも喜んでいる余裕はない。ジョーの腕は、光鳥の胴着の襟を掴んでいた。

 

 そのまま体格さをもって抑え込もうと、引き寄せながら、一瞬、体を開いた。

 

 それに合わせるように、光鳥の体が回った。狙いが分かった瞬間には、腕は弾かれ、そのまま回転する足が側頭部へ飛んできた。とっさに腕でガードする。

 

 衝撃は思ったよりも軽かった。信じられないことが起こった。ガードしたジョーの腕を蹴って光鳥が飛び上がったのだ。その勢いのまま、胴が回転し、踵が降ってくる。

 速すぎる。避けれない。

 また意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 途切れる前に、目を丸くした少女の姿を、確かに見た。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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