息を整えながらゆっくりと矢安宮邸の玄関を開く。視線を周囲に巡らすが、電気が消されカーテンも締め切られているので中の様子が全くわからない。
覚悟を決め一歩踏み出す。その時廊下の奥で電灯がついた。スポットライトのように降り注ぐ光はこの家の主、矢安宮重清を照らしていた。その傍らには嫌らしい笑みを浮かべたスタンド使いの男が立っていた。
「あ~あ、あんたがさ学校で俺に素直に殺られていたら、このちんちくりんのおっさんは怪我をしないで住んだのにな~。お前のせいなんだよ、お前がいるから周りの人間が不幸になる……。わかっているのか?あぁ?」
「一つ聞くぜ、お前名前は?」
「俺?俺は音無響だ。よろしく頼むぜ。つってもよ~、すぐにさよならすることになっちまうがな」
奴の得意気に事項紹介を終えると同時に、アンダーカバーで体を多いながら突進する。奴までの距離は10mほど、一息で奴の射程圏内まで行ける距離だ。
「無駄なんだよ!お前がいくら策を練ろうと俺のサイレントの前ではアリンコと同じだ!素直に俺に踏み潰されな雑魚が!」
奴がスタンドを出す、するとまた世界から音という音が姿を消した。奴のスタンド能力は音に関することだろう。奴の半径5m以内の音を吸収し、相手にぶつける。そんなところだろう。だから、油断していた。奴の攻撃が音だと思っていたから。
奴の攻撃が当たった瞬間、波のようなものが体中を駆け抜けた。コンサートホールでオーケストラの演奏を聴いていると表現するのが一番近いだろうか、そんな重低音が体中を駆けぬたのだ。
「確かに着眼点は良かったぜ、その点は褒めてやる。けどよ、致命的な間違いを犯していたみたいだな。俺のサイレントは音を吸収し『衝撃』として打ち出す能力だ。この衝撃は、物質に当たるまで決してその効果を発揮しない。だから、スタンドで防御しても無意味ということだ」
ご高説をたれながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。奴の顔はすでに勝利を確信している顔だ。
「確かにお前は強いよ、けどな勝利を確信した奴は『隙』ができる、その隙が負けにつながるってこと知らないのか?」
「何をぴーちくぱーちく垂れてんだこのボケェッ!サイレント!こいつをぶっ殺せ!」
奴は激昂してスタンドでラッシュを繰り出してくる。パワーはなさそうだがまともに喰らえば『再起不能』は免れないだろう。まともに喰らえばの話だが。
「なにッ!何だこいつの感触ッ!まるでゼリーを殴ってるかのようにぶよぶよ担っていやがるッ!」
「僕のスタンドは変化する、たとえコンクリート片でもスポンジのように柔らかく、たとえ糸でもワイヤーのように強靭にできる。そして、僕は予めスタンドを血液の中に流し、タイミングを合わせて能力を発動したってわけだ」
「だからどうした!サイレントの能力を忘れたわけではなかろうッ!その体、風船のようにはじけさせて殺してくれるッ!」
世界は再び静寂に包まれた。だが、音が戻っても衝撃は一切訪れない。奴の表情が困惑に歪む。
「なぜだ、なぜ俺のサイレントの能力は発動しない!確かに音を集めたはずだ!なのになぜ!」
「それは僕のエコーズACT2の能力の影響下にあるからだよ」
ゆっくりと暗い階段を降りてくる小さな人影。彼の名は広瀬康一。ここに来るまでの間にスケットとして呼んでおいたのだ。
「君の背中にはACT2の『シーンッ』という文字を貼り付けさせてもらった。いくら音を集めようが、静かになっちゃ意味が無いよね?」
「こいつ俺が背を向けていた間にッ!だが、そうやすやすと……」
僕は奴の方を血が出るほど強くつかむ。何かうめき声を上げているが気のせいだろう。そう、別に痛くないはずだ。
「なあ、あんた。海深くまで潜ったことがあるか?大体10mぐらいまで潜ると浮力がなくなるらしい。それでだ、生身の人間がそれ以上潜ったら?水圧はどうなると思う。それはお前の体で確かめろ!」
ヤツのスタンドがこちらを殴るまでにアンダーカバーを奴に覆いかぶせる。何かこもるような声が聞こえてきたが、乾いた木が折れるような音がしたかと思うと聞こえなくなった。
「君もずいぶんエグいことするよね」
若干引きつった表情をしながら広瀬さんが廊下の奥から歩いてくる。奴はすでに気絶しており、体の何箇所かは複雑骨折をしている。
「とりあえず仗助くんを呼ぶよ。君はここでこいつを見ていてくれ」
広瀬さんが携帯電話で仗助さんを呼び出す。この街で何かが起こり始めている。因縁が新たな騒動を巻き起こしている。その渦中にいるのは間違えなく自分だろう。ふと廊下の奥に目を向ける。すでに、矢安宮は2階の安全なところに移されているらしく姿はなかった。廊下の奥には引きこまれそうな漆黒の闇がただそこに佇んでいるだけだった。