「提督、紅茶を淹れましたわ。ご一緒にいかがかしら?」
「ありがとう、熊野。いただくよ」
ティーカップを受け取り、一口飲んでみる。
うん、やっぱり熊野の淹れてくれる紅茶はおいしいなぁ。
やっぱりコーヒーも良いけど、紅茶もいいよなぁ……最近飲んでいなかったせいか、余計にそう感じる。
深夜まで仕事が残ってしまった時とかは、よくコーヒーのお世話になってしまうのだ。
今度、また金剛型のお茶会に参加させてもらおうかな。
……以前参加した時は、しきりにお菓子を勧めてもらったり、みんなやたらと近くて(いろんな意味で)、寧ろ困惑したっけ。
まぁ、嫌ではなかったけど。
……でも、何故かみんなちょっと怖くて―――
そんな僕の様子を見てか、熊野が。
「……提督?今は私たちだけしか居ないのですから―――」
言いかけて、彼女は間合いを詰めてくる。
そして。
「―――他の女の事を考えるのは、いささか無粋、というものですわよ?」
耳元で、そう囁いた。
「ごめん。この間、熊野に教わったばかりなのに……」
艦娘―――というか女性との接し方に自信がなかった僕。
どうにかしようと悩んだ挙句、「割と好意的に接してくれて、他の艦娘ともつながりの多い子」を探す事にした。
―――できる限りハードルの低そうな子と接点を作り、あわよくば女性について教えてもらいながら、輪を広げてゆく―――
我ながら酷い話だ。
勿論、自分でも、そんな都合のいい子がいる訳ないと思っていたのだが……
何はともあれ。それが、今の熊野との繋がりの始まりだ。
今でも、暇を見つけては色々教わっているのだった。
「まったく…ほんっとうに乙女心の分からない方、ですわね」
ぐさっ。
「しかも、一度ならず二度までも……いえ、それ以上にお話しましたわよね?」
ぐさぐさっ。
「…まあ、提督はそういう機微に疎い方だ、というのは私もよく承知しているけれど―――」
「…もう、この辺で許してください…」
「…ふふっ、あははははっ」
何が面白かったというのか、いきなり笑い出す熊野。思わず惚けてしまった。
箸が転げてもおかしい年頃、とはよく言うが―――
彼女たちの事は、まだまだ分からない事だらけだ。
「…ふふ、失礼致しました、私としたことが……」
「……いや、面白かったならいいさ」
熊野さんが楽しそうで何よりです。
「……けれど。こうして、頼って下さる事。私は嬉しいんですのよ?……」
「……?熊野、何か言った?」
何か聞こえたような気がしたので、尋ねてみたものの。
「ひゃあっ!?提督っ、驚かさないでくださいましっ!」
理不尽だ。
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すると、そこに。
「ちょちょちょーい!何二人で楽しそうに遊んでんのっ!」
突然大きな横槍が入った。ん―――
「あら鈴谷、いらしたのね」
…しまった、彼女の存在をすっかり失念していた。
見れば、少し書類も片付けてくれていたようで。…後で、何かお礼を考えるべきだろうか。
「むかっ!知ってたでしょ!」
「勿論。私、貴女の事を忘れるはずなどありませんもの」
本当にごめんなさい。
「っ……まーたそうやって!……さっきだって、まるで二人っきりみたいに―――」
「あら、
「む、むぅ……」
「ふふ。……お戯れが過ぎましたわね。貴女の分のお茶も淹れましたから、こちらへいらっしゃいな」
「わーい!休憩だー!」
「貴女をいじるのが楽しくて……失礼しましたわ」
「あはっ!熊野も素直じゃないねぇ?」
二人の間だからこその軽口なのだろう、とても楽しげだ。
仲が良さそうで何より。
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……そんなこんなで、流れで休憩することにした、のだが……
「んっ……うーん!やっぱり熊野の淹れる紅茶は美味しいねぇ、提督?」
鈴谷がいきなり、お茶請けを片手に、僕に擦り寄って来て―――
「うわっ……鈴谷、抱きつくのは…」
僕の左腕に絡みつくように抱きついてきた。
「鈴谷!そのようなはしたない事は止めなさいといつも言っているでしょう!」
「ふっふーん!まあいいじゃーん?減るもんじゃないんだしー」
あまつさえ頬擦りまで始めた。僕の匂いも嗅いでいるようだ。…臭く、ないだろうか。
恥ずかしさで、変な事を気にしてしまう。
「だからと言ってやって良い訳ないでしょう!……それに、羨ましいですわっ……」
熊野の叱責をも華麗にスルーする鈴谷。ギャグではない。
しかし、このままでは僕にもいろいろ問題が…
というのも―――
ふよん。
「その、ね?……当たってる、からさ…」
「ほほぅ…提督、照れてますなー?」
ニヤニヤ、と意地悪く笑う鈴谷。
先程よりも、より近く。
ぽよぽよ。
「うっ、ち、違っ……」
「あっはっはー、当ててんのよー?」
ぽよんぽよん。ふよふよ。
「鈴谷、いい加減に提督から離れなさいな!」
話を聞いてあげて鈴谷!
熊野の顔がすごい事になってるから!
心の中で叫ぶも、当然聞こえるはずもなく。自らに度胸がないのが恨めしい。
しかし、このままでは色々と大変な事になってしまうので、熊野の援護を行う。
「けど、こういう事をする相手は見極めなきゃダメだぞ、鈴谷?」
一度、男の怖さを教える必要がある。例え、彼女に嫌われようとも―――
「だいじょぶだよー提督、鈴谷、その辺はちゃんと―――」
「じゃないと―――」
「ふぇっ!?ちょ、提督!?」
鈴谷の話を遮り、無理矢理彼女を抱え上げ―――所謂、お姫様だっこというやつだ―――仮眠用のベッドへ向かう。
「こうやって―――」
「あっ……♡」
少々乱雑ではあるが、ベッドの上に彼女を横たわらせ、身動き出来ないようにその上に跨る。
そして、顔を寄せて―――
「襲われちゃうかもしれないんだから―――」
そっと、耳打ちした。
「……えへっ、いーよぉ?提督…♡……鈴谷とぉ、ナニ、するぅ……?」
「気を付けないと―――って鈴谷っ!?」
―――のは逆効果だったようだ。
……どうやら、何かスイッチを入れてしまったようだ。
口はだらしなく緩み、目も心なしか垂れている。
「ご、ごめん、すぐ離れるね―――」
やりすぎてしまった。そう思って、すぐに離れて彼女に謝罪しようと―――
むにゅ。
「きゃっ!?」
慌てていたのが災いしたか、彼女の胸を思い切り掴んでしまった。
その事に気づき、益々パニックに陥る僕。
ぎゅむっぎゅむっ。
「あんっ…♡」
何故かそのまま胸を揉みしだく大失態。なにやってんだ僕!?
きっと怒られるだろう。
ビンタの一発はもらう事を覚悟したのだが……
「……もぉ…♡どこ触ってんのよぅ……提督のえっち…♡」
囁くような声で、そう言った。その顔は、恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうだ。
どうしてこうなった。
「あ、あはっ、あはははは…」
予想外の反応に、戸惑いと違和感を覚えた僕は、鈴谷と距離を取ろうとした。
しかし。
「えーっと、鈴谷?……鈴谷さーん…?」
一歩後ろに下がる度、彼女は四つん這いでにじり寄ってくる。こわい。
「なんで鈴谷から離れようとすんのよぅ……やっと提督から襲ってくれたのにー」
不本意だ。そんなつもりは全くなかったというのに。……それに―――
「なんでちょっと嬉しそうなのっ!?…ちょ、誰か―――」
助けを求めよう。しかし、そうは思っても、ここは執務室。
都合良く、近くに人は居ない―――
「そうだ、熊野は―――」
何故忘れていたのか。僕には最後の希望、救世主熊野がいるではないか。
この状況を見れば、きっと彼女は止めてくれるはずっ……
期待をこめて、熊野の方を振り向いた。
「あわわわわわわていとくとすずやがががががぶがぶくぶくぶく」
しかし、現実は非情であった。
「熊野ーっ!?」
あっ、泡吹いて倒れた。
ずっと同じ空間にいたのだ、もっと早くから動くに決まっている。……しかしそれは、動けるならば、の話だ。
それに、割と最初から話に入ってこなくなっていた事を考えれば、何かあったと考えるのは当然……
冷静に考えるのが遅すぎた。後悔しても意味などないが。
そこに。
「ひっ!?」
しまった、悠長に考えている暇などなかった。不意に足を引っ張られる感覚が。
そのまま尻を打つ。
「ふふっ、てーとく、つーかまえたぁ…♡」
どうやら、鈴谷が僕を引きずり倒したようだ。
気付かなかったが、いつの間にか壁際に追いやられていた。
鈴谷の顔が近づいて来る。
「す、鈴谷!からかった事は謝るから―――」
「怯えた顔も可愛いなぁ……♡
「ぜぇーたいっ、逃がさないんだからねぇ?」
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「危なかったですわね、提督……」
「ああ……助かったよ、熊野……」
「えーんっ、いったーいっ!」
結局、鈴谷のなすがままになり、最後の一線を超えよう―――
としたところで、タイミング良く復活した熊野が割って入った。
……おかげで無事に収まった。
「ですが、提督も提督ですのよ?」
あれこれ思案していると、件の彼女に咎められた。
「うっ、反省してます……」
言い訳が許されるならば、あんな事になるとは思わなかった。
軽率な行動は慎むべきだと。
「……ここに居る艦娘に、あんな事なさったらどなただって―――」
…何故かこのまま熊野の話を聞くのはまずいと思ったので、鈴谷に話しかける。
「……鈴谷も、ごめんな?」
その後はどうであれ、きっかけは僕だった訳だし…
「……気にしなくていいよー、提督……こっちこそ、ごめんなさい」
いつになく、しおらしくしている鈴谷。
らしくないが、余程熊野のお説教がこたえたのだろうか。
「…まあ、今度から控えめにしてくれればいいよ」
…好かれているというのは伝わってきたから、止めはしない。
どういう形であれ、嬉しいものだから。
「……ありがと」
「さっ、もういい時間だし、気分転換に食事にでも行こう?」
「……ええ!」
「……うんっ」
「まったく、提督は優しすぎますわ!……そこが、好かれるところなのでしょうけれど……」
「……別に、相手を選んでない訳じゃ、ないんだよ…?提督……」
「どうしたの、二人ともー!早く行こうよー!」
「焦らせないでくださいな!今参りますわっ!」
「あっ、提督!熊野!待ってよー!」
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「えいっ!えっへへー、提督の左は鈴谷がいただいたっ!」
「ちょ、鈴谷っ!?さっき言ったばっかでしょ―――」
「では、わ、私も……とおおおおうっ!」
「えっ、熊野もっ!?…二人とも待って!あっ歩きづら」
「だ、誰か!誰か助けてぇぇぇっ!?」
どうも皆様、初めまして。または、お久しぶりです。
私のことは見覚えのない方が大多数だと思いますが、実は以前から書いていました。
こんな感じで軽い雰囲気なアレなので(?)、どうぞ頭を空っぽにして読んでください。
以下、個人的な彼女たちのイメージ。
くまのんとすずやんは、お互いに皮肉の効いた軽口を言い合っていそうな感があります。
この作品でそれが伝わっているかは甚だ疑問ではありますが。
あとすずやんは男に対して普段挑発的な態度なのに、ほんとは耐性皆無なイメージも。
顔真っ赤にして照れてくれると最高です(
くまのんは態度と中身が一致していそうです。心を許すととたんにデレデレしてくれたらいいなあ(という願望)。
そんな煩悩まみれの通常運行です。
これからも生暖かい目で読んで下さると嬉しいです。