宜しくお願いします。
「さて、そろそろ行くか」
今日は入学式。ついこの前まで受験真っ只中だったのに、時間というのは過ぎるのが早い。まあ、めちゃくちゃ勉強していた訳ではないから、周りと比べると結構ダラダラしてたんだけど。
俺が入学する学校「天之御船学園」は、勉強もスポーツもまさに「名門」の名に相応しい生徒が集まる学校であり、正直凄い場違いな気がして仕方が無いっていうのが本音だ。別にバカって訳でもないし、運動音痴って訳でもないが、「名門」レベルの人に比べれば、俺なんてそこら辺の素人同然だろう。
とりあえずうだうだ考えていても仕方ない。どうせ今日は入学式だけだし、式が終われば遊ぶ時間もあるだろうし。もしかしたら何かあるかもしれないが、それは大体俺のせいじゃないし。……今のこの考え方、完全にフラグにしか聞こえないな。
いやー、良い天気ですこと。絶好の入学式日和ってか? どんな日和か分からんけど、どしゃぶりの大雨よりかはずっとマシだよな。
……ん? 何かあっちの方から大声が聞こえる。声の感じからして女子の声だろう、後は鳴き声か? 今一つピンときてないが、もしかしたらヤバいことに巻き込まれてるのかもしれないな。ここはいっちょ、男としていいところを見せてやりますか!
後から思い返してみれば、この春の日和に気分が高まっていたんだろうと思う。つくづくバカなことをしようとしてるなと、自分でも呆れるほどに。
ヤバいことに巻き込まれてるのは、他でもない俺自身だと。
「いい!? そのまま動かないでじっとしてるのよ!!」
ああもう……入学初日からなんてついてないの。高いところなんか、得意な訳じゃないのに。
私、雲雀丘瑠璃は、入学初日に人助けをしようとしている。橋の鉄骨に引っ掛かっている女の子と子犬を。正しくは、女の子だけが鉄骨に引っ掛かっており、子犬は女の子の腕に抱かれている状態だ。……腕に噛み付いてるみたいだけど。
それにしても、どうしてこんなときに誰も通りかからないのよ……! しかも気のせいかさっきより風が強くなってきてるし……って、この子が引っ掛かってるところ、何か色が……。
「あの!」
「!?」
あれこれ考えていると、女の子から声をかけられた。こんな状況下で一体どうしたのよ!
「もしかして、天之御船学園の一年生?」
「そ、そうよ……って、喋っちゃダメ! 振動が……!」
「わあ! 私もなんだ! 名前何ていうの?」
この子は自分の状況に気付いていないのかしら……!? このタイミングで自己紹介って……。いやでも、自己紹介には自己紹介で返さないと……!
「瑠璃……雲雀丘瑠璃……!!」
「ヒバリちゃん!」
「!!」
自分でも酷い自己紹介だと思う。それよりヒバリちゃんって、私のこと……?
「しっかり、受け止めてね!」
「えっ……」
目の前には子犬。そして何かが折れる嫌な音。川に落ちていく女の子。
「きゃああああああぁぁあっ!!」
鉄骨のあの色……やっぱり腐ってたんだわ!!
「何やってんだバカアアアアアアアァァアッ!!!」
私の悲鳴を掻き消すほどの大声を上げながら、今度は男の子が川に飛び込んでいった。
駆け足で声のする方へ行ってみると、そこには橋の柵の外に立っている女子がいた。ただ橋の上にいるだけなら、何ら変わったことはないんだけど、柵の外に立っていたというのが気になるところだ。何だってあんな危ないところに……?
疑問が湧いたと同時に、その疑問は一瞬で解決した。
橋の鉄骨に女子がぶら下がっていた。つまり、柵の外に立っていたのは、助けようとしていたからだったのだ。
見るからに、犬を助けようとして、何だかんだあって鉄骨に引っ掛かる形になってしまったって感じか。何だかんだ、というのはとにかく運が悪かったとか、他にはそういう表現しか出来ない……やれやれ、いいところを見せようと意気込んでやってきたけど、こりゃそういう下心とかは捨てた方が良さそうだな。
とか考えていたら、鉄骨が折れた。……え、マジで?
「きゃああああああぁぁあっ!!」
女子の悲鳴が聞こえるけど、そんなもんに構ってる暇は無い!
「何やってんだバカアアアアアアアァァアッ!!!」
多分、ここ数ヶ月で一番大きな声で叫んだと思う。どんな手順で、とかは覚えていない。とにかくその場に鞄とブレザーを放り投げて、橋の柵を飛び越え、勢いそのままに川へ飛び込んだ。もちろん、落ちている女子をしっかりキャッチしながら。
ここの橋、結構高いなああああああぁぁ!!
目の前で起こった出来事に、私はただ見守るだけだった。まるで映画のワンシーンみたいな光景だったわね……。って、呆けてる場合じゃないわ! 二人とも大丈夫かしら!?
靴を履くのも忘れて、大慌てで橋を渡り、河川敷の方まで走る。
「どっ、どこに……まさか……死……っ」
動揺し過ぎて不謹慎なことを口走ってしまうが、今はそれどこじゃない。キョロキョロと辺りを見回すが、どちらの姿も見えない。どうしよう……きゅ、救急車呼んだほうが……。
「ぶっはぁっ!」
「!!」
心配で心が押し潰されそうになったところで、水面から人影が現れた。
「ゲホッゲホッ。あー、死ぬかと思った……」
「本当に大丈夫なの? 怪我は?」
「うん、平気だよ! ゆー君が助けてくれたし、わんこも助かって一件落着だね!」
水面に着く瞬間、結構マジで死を覚悟した。いやー……慣れないことはするもんじゃないな。一応無事だったみたいだし、俺のやったことは無駄にならなかったようだ。ホッとしつつ、二人の様子を見ていると。
犬に思いっきり噛み付かれていた。手に。痛そう。
「……一件落着じゃねーじゃん」
「あははー。機嫌悪かったのかなー、お達者でー……」
「何がお達者で、だよ」
ハァ……一気に疲れた。もう歳かねえ。
「……とりあえず聞きたいことがたくさんあるんだけど、まずは何であんなことになってたのよ?」
同じく疲れた様子で、橋の上で孤軍奮闘してた女子が聞いてくる。
「えと、登校してたらわんこが橋から落ちそうになってたから……つい」
「つい、じゃねーよ。危ない真似しやがって」
「てへへ。でもありがとう! ヒバリちゃんとゆー君とおかげで助かっちゃった」
「助かったのは犬だけでしょう!? 彼がいたからよかったものの……」
手際よく、怪我したところをハンカチで巻いていく。この子、結構世話焼きだな。
「後、そこの彼とはどんな関係なの? 正直これが一番聞きたいことなんだけど」
まあ、やっぱり聞いてくるわな。
「ゆー君のこと? んー、すっごく仲の良い人?」
「何で俺に聞くんだよ。こいつとは中学が一緒だったんだ」
「そういうことだったのね……そうでなきゃ、川にまで飛び込まないわよね……」
「ゆー君のこと? んー、すっごく仲の良い人?」
「何で俺に聞くんだよ。こいつとは中学が一緒だったんだ」
大体予想は付いていたけど、二人はやっぱり知り合いのようだった。
「そういうことだったのね……そうでなきゃ、川にまで飛び込まないわよね……」
「ははは……飛び込んだことについては触れないでくれ」
げっそりした様子で、ゆー君と呼ばれた彼が話す。この感じだと、中学時代から色々と苦労してるようだ。だって……。
「あなた達、本当に運が無いのね」
そう、入学初日から不運なんて、そうそう起こるもんじゃない。私は凶初めてこの子に会ったけど、彼は中学からこれを目の当たりにしているのだから、気苦労が絶えなかっただろう、そう思わざるをえない。
「ううん。私はすっごくついてるよ!」
そう思っていたのに。彼女は、とびっきりの笑顔でそう言った。
「……え? それってどういう……」
すぐには声が出なかった。ようやく声が出せたと思えば、少し遠くから聞こえてくるチャイムの音。
「あ! ヒバリちゃん、ゆー君この音! 予鈴ってやつじゃない? 急がなきゃ!」
「あっ、ちょっと……!」
グイッと腕を引かれる。されるがままに引っ張られるが、今の私は靴も履いていない状態だ。
「ま、待って……」
「ほらほら早くー!」
「急ぎたい気持ちは分かるけど、靴くらい履かせてやれ」
彼女を止めつつ、私の靴と鞄を持ってきてくれたのは、気苦労の絶えない彼だった。
「ほら、これで合ってるよな?」
「ええ。助かったわ、ありがとう」
彼のさり気ない気遣いにお礼を言いながら、私達は天之御船学園へと向かった。もちろん、朝からマラソンだった。
ギリギリだったけど、入学式には間に合った。そして驚くことに、俺ら三人全員クラスが一緒だった。一学年に7クラスもあるというのに、まさか一緒になれるとは……。
そして隣に座ってるこいつと二人、入学初日にしてジャージを着るという事態に。……周りからの視線が痛い。多分どちらか一人だけがジャージなら、ここまで視線を浴びることもなかったのだろうが、隣同士の二人、しかも男女ペアともなれば、好機の視線に晒されるのは当然のことかもしれない。
……ヤバい。すげー帰りたい。隣にいるこいつはこいつで、何故かずっとウキウキした様子で座ってるし……。そんなに一緒のクラスだったのが嬉しかったのかねえ。
「ん?」
体育館の隅を見ると、息も絶え絶えで、今にも死んでしまうんじゃないのかと思うくらい弱りきった子が倒れこんで、先生から介抱されていた。
おいおい、こんなのばっかりなのか? この学校……。
「ほい、制服」
「ありがとー」
「乾いてるか?」
「うん、これなら大丈夫。へっくち!」
「お前が大丈夫かよ……へっくし!」
「あなたもね……」
「そういえばあなた達の名前、まだ聞いてなかったわね」
「あ! そうだっ……そだね!!」
そーいや自己紹介してなかったな。こいつはともかく、この女子の名前は聞いておきたい。
「うんと、じゃあ改めて……こほん」
「こいつの名前は
「言われちゃった!? 酷いよゆー君! 自己紹介なんだから、私が言わなきゃダメじゃん!」
「そーかい。そりゃ悪いことしたな」
「絶対そんなこと思ってないでしょー!」
目の前で行われる漫才に、思わず吹き出してしまった。
「あー! ヒバリちゃんも酷い!」
「クスクス……ごめんなさい、ついおかしくなってしまって」
中学からの知り合いっていうだけあって、本当に仲がいいのだろう。少し羨ましいとも思った。
「ふぅ……じゃあ、改めて宜しく「
「ぶはっ!」
私がそう返すと、今度は彼が吹き出した。
「はなこ……?」
「私がヒバリなんだったら、あなたもそれでいいでしょ?」
「君の名前はヒバリっていうのか?」
吹き出していた彼が聞いてくる。そういえば、彼にはまだ自己紹介していなかったことを思い出す。
「正しくは
二人共に少し意地悪をしてみる。もし嫌がったら、すぐに呼び方を変えないといけないけど。
「はなこいずみ……はなこ……。!! 可愛いね、はなこ!! ありがとうヒバリちゃん!」
「呼び方は自由でいいよ。フルネームは
「え、ええ。宜しく。やっぱりゆー君は恥ずかしいから、普通に清瀬君でいいかしら?」
「いいよ。俺もヒバリさんって呼ぶから」
まさか好意的に受け止められるとは思っておらず、やや戸惑いながら二人に自己紹介をした。
「ほんと一緒のクラスでよかったなあ。ねっ♪」
「…………そうね」
「そーだな」
書いてみると難しい……。一ヶ月に一回くらいで更新していく予定です。