そして感想ありがとうございます。
「一日目あっという間だったねえ」
「今日は殆ど授業もありませんでしたしね」
波乱に満ち溢れた入学式も無事に終わり、俺達は帰路についていた。
「あっ、ぼたんちゃん。手は大丈夫だったの?」
「ええ……このくらい、いつものことですから」
「いつも骨折してたら、身がもたないだろ……てか、早退するって言ってなかったか?」
「保健室で自分で処置しましたから、帰るほどのことでは……」
「すごいね!!」
……すごい、のか? まあ、自分で治してしまえるという点はすごいのかもしれないけど……。
「医者の娘ですからこのくらい……むしろ自分のケガしか手当て出来ない役立たず女ですよ。一人救命病棟とお呼び下さい……ウフフ」
「やめろっての。一人救命病棟だったら、24時間ずっと自分の手当てしてることになっちまうぞ」
「あら、いつも無様にくたばっている私にピッタリな名前です」
「……おい」
「ヒバリちゃんとも一緒に帰りたかったなあ」
「ご用事があると仰ってましたね……」
そう、元々は4人で帰ろうとしていたのだが、ヒバリさんは用事があると言って、途中で別れたのだ。
「このたまごのこととか話したかっ……?」
「この鳴き声……猫か?」
「そちらの方向から聞こえてきたように思います」
「言ってみよう!」
「お、おい杏! 待てって!」
こういう時、こいつ一人で行かせるとロクなことにならないというのは、長年の付き合いで分かっているのだ。
「ま、待って下さいいいぃぃ……」
「ぼ、ぼたんさーん!」
そして後ろでは、今にもこの世とおさらばしてしまいそうになっているぼたんさんが倒れこんでいた。……あ、たまご割れてる。
「とりあえず背負って行こう。ぼたんさん、ちょっと揺れるけど我慢してくれよ」
「重ね重ねすみません……色々な意味で重荷になってしまいました」
「自虐は後だ!」
早いとこ杏を追いかけないと、取り返しの付かないことになる。
辺りは喧騒に包まれている。何故なら私は今、工事現場にいるからだ。理由は……
「……はあ……もうこんな時間。帰らなきゃ……」
今日一日ヘンなことばかりで、
学校が遠くなったせいで、その時間も少ないなんて……。
……それにしても、幸福になるため“負”の克服? 課題……?
「……ばかばかしい。こんなもので不幸を返上出来るっていうの?」
今日渡されたこのたまご。明日まで割らないようにするというのが宿題って言ってたけど、全くもって意図が見えない。
「大体――」
「ヒバリちゃん!」
「!?」
あれこれ考えていると、急に声をかけられ、私は危うくたまごを落っことしてしまうところだった。
「い、今の声……!?」
声がした方を見ると、手がゆらゆら揺れていた。
「な、なななにっ!? まさか……ゆうれ――」
その揺れている手に気を取られていた私は、足下に忍び寄るもう一つの手に気が付かなかった。
そっと、でも確実に私の右足首を掴んでいた。
「きゃあぁあああっ!!」
「ヒバリ……さ……ん……」
「ひえっ、え!? ぼたんなのっ!?」
この消え行く、風前の灯のようなトーンでもよく分かる。何たって、今日聞いたところなんだから。そして同時にもう一つの謎が解ける。
「じゃああれは――」
「!! やっぱりヒバリちゃんだ!!」
「は……はなこ!!」
見事に全身泥まみれになっているはなこの姿があった。
ぼたんさんを背負いながら、慌てて杏の後を追う。
「杏! どこいった!」
「ゆーくーん。ここだよー」
思いの外近くにいたのか、俺の呼びかけにすぐ答えてくれた。
「こっちか!」
並木道の外れ、木々の間を通っていった先に杏はいた。……ただ、やっぱり嫌な予感は当たっていた。杏が泥濘に入っていたのだ。
聞こえてきた鳴き声は、間違いなく猫の声だった。そしてその猫も、泥濘に入っていたのだ。厳密に言えば、泥濘に浮いている枝切れに捕まっていたというのが正しい。
そして杏はその猫を助けるために、土手を降り、靴と靴下まで脱いで、泥濘に入ったのである。お人好しなのは結構だが、泥濘から抜けなくなったらどうするつもりだったというのか。
「ぼたんさん、一旦降ろすよ」
「……はい」
……すげーぐったりしてるけど大丈夫なのか? こっちの心配もしておかないとな……。まあ、多分貧血だと思うけど。
「ゆー君、あそこに猫ちゃんがいるの。今から助けに行くんだ」
「それは分かったけど……お前そこからどうやって動くんだ?」
「大丈夫! こうやってゆっくり足を動かして……」
「……動かして?」
「……動かない」
「マジかよ……」
ほらもう言わんこっちゃない……。どうしてこいつはいつもいつも後先考えずに行動しちゃうかなあ。
「ど、どうしようゆー君! 私このまま抜けなくなっちゃうの!?」
「とりあえず落ち着け。まずはそこにいる猫を助けるところから始めよう。泥濘から脱出するのはその後だ」
「そ、そうだね! よし!」
見たところ、土手から猫のいるところまで、そんなに距離はない。あの猫がケガとかしていなければ、普通にジャンプすれば届きそうだ。
「もう大丈夫だよ猫ちゃ……」
杏が呼びかけると、猫は何かを察知したのか杏に向かってジャンプした。
「ナイスだ杏!」
これには思わずガッツポーズが出た。予想通りに事が進むのはいいもんだ、と五秒前の俺はそう思っていた。そう、五秒前まで。
猫は杏に向かってジャンプし、更に杏を踏み台にしてもう一度ジャンプしたのだ。結果的に、猫は無事に泥濘を脱出することが出来た訳だが、こっちとしてはそれどころではない。
「わ、わ、わわわっ」
猫がジャンプした反動で、杏がバランスを崩してしまったのだ。
「ちょっ! もう少し踏ん張れ杏!」
「わああっ、た、倒れそうだよ!」
クソが! 今朝面倒ごとに巻き込まれたばっかりだぞ! 大慌てで靴と靴下を脱ぎ捨て、ズボンをたくし上げて泥濘に入る。ここまで約一秒。我ながら物凄い行動力だと思う。
「だあああ!! 間に合えええええぇぇぇええっ!!」
間に合った。確かに俺は間に合った。
「ゆ、ゆー君! 大丈夫!?」
「……すげーくらくらする」
タイミングはバッチリだった。いや、逆にバッチリ過ぎたのがダメだったのかもしれない。
泥濘に入り、大股で杏の下まで向かった俺は、転びそうになっている杏を支えようとした。しかし、辿り着いた瞬間、杏も限界がきたのかまさに泥濘へダイブする瞬間だったのだ。
その結果、支えようと身を屈めていた俺は、顔面で杏の後頭部を受け止めることになってしまい、二人仲良く泥濘にダイブする羽目になってしまった。
気絶こそしなかったが、漫画みたいに目の前がチカチカして、意識が少し朦朧としている。……めちゃくちゃ頭痛い。
「ごめんねゆー君。もう少し転ぶのが遅ければ……」
「いや、杏のせいじゃねーよ。俺が鈍臭かっただけだ」
今はどっちが悪いとか、そんなことは些細な問題だ。それよりもっと重要な問題が待ち構えている。
どうやってこの泥濘から脱出するか、だ。
「杏」
「なあに?」
「ちょっとの間、力抜いといてくれ」
「? 分かった!」
「……せーのっ!」
下半身に目一杯力を入れて、杏をお姫様抱っこする。普段よりも何倍も力を要した気がするが、泥濘から抜け出すためだから仕方ないということにしておこう。
「わー! お姫様抱っこだ!」
「はしゃぐのは後だ後。ここからあそこの土手までジャンプ出来るか?」
「じゃんぷ?」
「さっきの猫がお前にやったみたいに、今度はお前が俺を踏み台にして土手まで跳び移るんだ」
「えっ、でもそんなことしたらゆー君が」
「さっきの衝突事故で、結構泥だらけになってるし、もう今更だろ」
杏が立っていた場所より、今俺が立っている場所の方が、少しばかり土手に近い。猫ほどの跳躍力は無いけど、杏が目一杯ジャンプして、俺も目一杯杏を放り投げれば、きっと土手に届くはず。
「それじゃ、ちょっと体勢を変えよう」
「どう変えるの?」
「ひとまず肩車で」
杏を肩車し、簡単に足を支えられるようにする。
「よし、チャンスは一回。いっ、せー、の、せっ! でお前が出来る最高のジャンプをするんだ」
「おおー! 何か楽しそう!」
「いっ」
「せー」
「の」
「「せっ!!」」
「で、私は何とか土手に届いたんだけど、ゆー君の顎を思いっきり蹴っちゃって……」
「再び綺麗に泥濘にダイブしたところで、ヒバリさんが現れたって訳だ」
はなこの下へ着くと、泥濘に埋まっている清瀬君を見つけた。はなこと一緒に何とか土手まで引っ張り出し、はなこから事情を説明された。
それを聞いた私はとても居た堪れない気持ちになった。清瀬君の努力がこうも実を結ばないとは……。しかも二回も泥まみれになってしまって……。
「――はなこ。あなたはもっと、後先考えて行動した方がいいと思うわ……」
「同じこと言われてんじゃん……」
「うん! でもみんな助かったし、終わり良ければ全てハッピーってやつだよ! やっぱり私ってついてるなあ」
「……」
「ヒバリさん、溜め息つきたくなるのは分かるけど、我慢我慢」
でもその気持ちは分かるよ。俺もかなり疲れたし。
「ヒバリちゃんが通りかかってくれてよかった! 本当にありがとう!」
「べ、別にあんな風に助けを求められたら、あたしじゃなくたって……」
ストレートな杏のお礼に、顔を赤くして照れるヒバリさん。思わず顔がニヤけてしまう。
「それに、あなたが本当にお礼を言うべき相手は、他にいるでしょ?」
「あ、うん! そうだね!」
杏はそう言うと、くるりと俺の方を向き直り。
「ありがとうゆー君!」
ストレートにお礼を言ってきた。
……あー、ヤバい。これは照れる。
オリジナル展開ましましで書きました。
お気に召さないかもしれませんが、よろしくお願いします!