課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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 エロ系ソシャゲの闇もまた、深い……
 ところでいつかガンダムのクロス二次作品でオルガ・ズム・ダイクン・イツカみたいなの出ると思っていたのですが中々出ませんね


課金GO! 課金GO! カキンガーZ!

 ロッテとアリアはバインドで雁字搦めにされて、グレアムの前に転がされていた。

 クロノのバインドは乱数設定が巧みで解除しにくく、ユーノのバインドは頑丈で、二つが組み合わさることでこの二人でも解除できない捕縛の縄となる。

 クロノが傷だらけになり、ユーノが命をかけ、少年が口座の金を惜しみなく溶かすことで得られた勝利を、ここに来て無為にするようなバカはここには居ない。

 

「やるじゃないか、フェレットもどき」

 

「褒めるならもっと素直に褒めろよ、執務官どの」

 

「お前ら仲良いな。事件終わったら三人でラーメン食べに行こうぜ」

 

「は? 仲良いかは別として、ラーメンの話は受けておく」

「は? 仲良いかは別として、ラーメンは楽しみにしてるよ」

 

 ロッテとアリアはもがきにもがく。

 

「三人とも、思い直して!」

「くっそ、離せよ、離せっての!」

 

 主であるグレアムが敗北を受け入れた表情をしていることに、彼女らは気づいていない。

 

「諦めろ、リーゼ」

 

 クロノは努めて、ロッテとアリアを説得するために言葉を尽くした。

 闇の書の主は、皆闇の書に喰われて正気を失い、死んで行った。

 闇の書の騎士達は、書に蝕まれる主に逆らうことができず、罪を重ねて行った。

 八神はやてに至っては、何も悪いことをしていないという始末。

 これまで自分の意志で人に危害を加えてこなかったヴォルケンリッターが、今代にてようやく自らの意志で人を襲った理由が、主のささやかな生のためだということが尚更に救えない。

 

 ヴォルケンリッターは、記憶すらプログラムデータだ。

 転生のたび記憶は弄られ、プログラムゆえその命に連続性があったかすらも怪しい。

 過去の罪を理由に責めることも、どこか筋違いですらある。

 

 ここにこそ、闇の書の面倒な点があると、課金少年は考える。

 "誰も悪くない"と主張することもできるし、"あいつが悪い"と暴論を主張することもできるからだ。グレアムやリーゼ達を一から十まで否定することなど、誰にもできまい。

 なにせ、過去に夜天の書を闇の書へと変えた諸悪の根源も、ヴォルケンリッターを無理矢理悪行に走らせた歴代の主達も、もうこの世には居ないのだから。

 

 闇の書の主達の末路。使われるだけだった騎士達の事情。闇の書のあまりにも救いようのない悪質さ。その辺りを引き合いに出し、クロノはリーゼ達を説き伏せようとする。

 

「騎士達に償いの機会を与えるのはいい。

 けれど、記憶も定かでない騎士達に過去の罪を問うて糾弾することに、何の意味がある?」

 

「忘れてたら、許されていいのか!?

 忘れたら無かったことになるのか!?

 自分の意志でやったことじゃないならいいってのか!?

 壊されて奪われた大切なものは、無かったことになるのか!?

 違うだろ! 過去は無かったことになんかならない! 人が死んでるなら、なおさらだ!」

 

 クロノの静かな言葉を、ロッテは激しい叫びで否定する。

 思い返すは、クロノの父であり、ロッテの友だった一人の男の記憶。

 もう二度と見ることができないクライドの笑顔が、その想い出が、ロッテを歪ませる。

 クライドの一人息子であるクロノに否定されたとしても、ロッテはクライドが闇の書に殺されたことにクロノ以上に激昂し、クロノ以上に騎士達と書を憎んでいた。

 

「過去が無かったことにならないのと、やり直す機会を得られないのは別の問題でしょう」

 

 その叫びに、Kが反論する。

 誰も責めないまま自殺し全てを忘れたことで前の世界の"普通の人"の罪を無かったことにした少年が、"忘れたって過去はなかったことにはならない"という『許さない言葉』を否定する。

 神の視点でしか分からない形で、最悪に皮肉が効いていた。

 

「オレは、未来を選ぶなら、泣いてる奴の数と笑ってる奴の数で選びたいです」

 

 課金少年は強く確かな語調で言葉を紡いでいく。

 泣く人の数をより少なく。笑う人の数をより多く。

 はやてと騎士達を笑顔にすれば、彼女らはきっともっと多くの人達を笑顔にしていけると、この課金少年は何の根拠もなく信じている。

 リンカーコアと課金アカウントを抉られた胸の痛みも、シグナムにぶん殴られた腹の痛みも、まだ消えてなくなってはいないのだが、少年は都合の悪いことには目を瞑っておく。

 

「過去の人を想って、今生きている人の幸せを蔑ろにするのはダメらしいので」

 

 少年がクロノに向かってそう言うと、クロノが鉄面皮を少し崩して笑みを浮かべる。

 ああ、あの時にそんなことを言ったっけ、とクロノは懐かしい気持ちに浸っていた。

 クライドとクロノを再会させるため、借金までして課金しようとしたかの日に、少年は『本当に大切なこと』をクロノから教わっている。

 

「ああ、そうだな」

 

 少年の言葉に頷き、クロノは表情を引き締める。

 彼の脳裏にもまた、闇の書に殺された父の想い出が蘇っていた。

 

「思えば、父の死は悲しかった……」

 

「だったら! "皆"がそう望むように、闇の書なんて―――」

 

「だけど、ロッテ」

 

 リーゼロッテとリーゼアリアの認識。

 少年と、クロノと、ユーノと、グレアムの認識。

 そこには絶対的な違いがある。

 

「僕も、そしてここに居るKも、形は違えど闇の書の被害者だ。

 だからロッテもアリアも、『闇の書の被害者全員の代弁者』を気取るのはやめてくれ」

 

「―――」

 

 ひやり、と彼女らの背に冷たいものが走り、ロッテとアリアの思考が止まる。

 

 ロッテとアリアは、無自覚の内に自分達が"多数派"であると信じ込んでいた。

 自分達の敬愛する主・グレアムの考え方は正しく、八神はやてを犠牲にして忌まわしき闇の書を葬ることは過半数の賛同を得られることで、クロノ達のような反発者も誤解しているだけでちゃんと話せば自分達の味方になるはずだと、信じ込んでいた。

 

 十年以上の歳月は彼女らに、いつの間にかに、無自覚に……『自分達は闇の書の被害者達の代弁者で代行者なんだ』という驕りを生み出していた。

 

 少年と、クロノと、ユーノと、グレアムは、自分達が多数派だの代弁者だのという意志を持つことはなく。少年達は自分達が正しいと思う道を迷いなく突き進み、グレアムは自分が間違っているかもしれないという考えから、迷いを捨て切れていなかった。

 それが男と女の性差だと言う者も居るかもしれないが、これは個人の性情の違いの問題だろう。

 

「僕は……僕達は、言われた。

 『悲しみを終わらせてくれ』と。憎しみと復讐だけが、闇の書の被害者達の全てじゃない」

 

「それ、は……!」

 

 クロノは闇の書の被害者達に会った時に言われた言葉を思い出す。

 終わらせなければならない。

 悲しみの連鎖を、悲劇で断ち切ってはいけない。

 望まれたことは、悲しみを終わらせること。

 

 闇の書が終わらせない悲しみの連鎖を、悲劇ではない結末で終わらせなければならない。

 

 誰かの代弁ではなく、誰かの願いを聞き届けた彼らが胸の奥より絞り出したそれは、彼らの強く折れない意志である。

 

「書の主も騎士も、最大限に不幸になって死ぬべき……そう思っている者は居るだろう。

 だけど僕達は行く。救いに行く。

 未来は泣いている人の数と笑っている人の数で決めるべき、らしいからな」

 

 クロノが先程のお返しとばかりに、横目で少年を見つつそんなことを言う。

 それを聞いたユーノが肘で少年の脇をつつき、少年は一瞬きょとんとした顔を見せるが、ほどなくいつも通りに笑い始めた。

 

「……」

 

「ロッテ……」

 

「分かってる、分かってるよ……でも、納得なんて、できるわけないだろ……」

 

 アリアとロッテはクロノの言葉に動揺こそしたが、自分達の考えが間違っていたとまでは思わない。けれど、バインドされた状態でもがくのはやめたようだ。

 彼女らはようやく、クロノ達の主張にも一理はあると、そう思ってくれた様子。

 

「泣いている人の数に、笑っている人の数、か」

 

 姉妹が大人しくなったのを見て、沈黙を守り続けていたグレアムはようやく口を開いた。

 

「私にも、そんな言葉を大真面目に口にしていた頃があったことを、思い出したよ」

 

 グレアムはユーノを、クロノを、少年を見る。

 思うことは多々あるが、それをそのまま口にするほどグレアムは無粋な人間でもない。

 悪くない、とグレアムは思った。

 ならば、とグレアムは思った。

 彼らなら、とグレアムは思った。

 グレアムは課金少年の前にカード型のデバイスを差し出し、少年は受け取ったそれを怪訝な目で見て調べ始める。

 

「これは?」

 

「デュランダル。君が昔開発していた凍結魔法の術式を組み込み、完成に至ったデバイスだ」

 

「! 凍結魔法、って……!」

 

「そうだ。君が脳が煮えてるような発想で基礎理論を作り上げた、"アカウント強制凍結魔法"だ」

 

 『アカウント強制凍結魔法』。

 それは、課金少年が世界平和を最終目標として適当に考えた凍結魔法の一種だ。

 温度の低下などの効果を一切発生させず、どこが凍結魔法なんだと言いたくなるような術式であったが、その本質は"アカウント"という概念への干渉にある。

 

 この魔法を受けた者は、自身の所有するアカウントを強制的に凍結される。

 はやてに当たれば闇の書の主で在り続けることができなくなり、なのはに当たればレイジングハートのマスター登録が凍結されて、ソシャゲ廃人に当たれば運営にも解除できないアカウント凍結が発生する。

 犯罪者のデバイスを使用不能にできるなら、これ以上無い抑止力になるだろうと考え、この魔法は開発を始められた。

 

 だが理論的に魔法を開発するのが苦手で、そもそも魔法を使うのがヘタクソなこの少年には、この魔法を完成させることもできず、完成させた後使いこなせる見込みもなかった。

 アカウントだけ凍結させ、人間を凍結させない選択性もついぞ付加できず。

 そして"この魔法完成させて敵に奪われて敵に使われたらどうすんの?"という結論に至った時点で、少年はこの魔法を永久封印した。

 この魔法が存在することで、一番困るのは少年自身であったというオチ。

 

 グレアムは闇の書と八神はやてを"魔力運動すら停止させる"ほどの凍結魔法で封印しようとしていたが、それだけでは不十分と考え、少年の魔法理論を組み込んだ形を完成形としていた。

 

「グレアム提督……」

 

「もしも君達が、君達の望む未来を掴めたならば、それは私よりもずっと……いや、何でもない」

 

 グレアムは何かを言いかけるが、開きかけた口を閉じる。

 子供達を後押しする言葉を言おうとしたグレアムだが、彼は今自分の本当の気持ちを一つでも口にしてしまえば、そのまま自分の感情の全てを吐き出してしまいそうだった。

 昏い気持ちも、恨みの言葉も、悲嘆の叫びも、怨嗟の咆哮も、口にしてしまいそうだった。

 だから口を閉じる。

 "そんなものを聞かせる必要はない"。

 "そんなものを背負わせる必要はない"。

 グレアムはそう思考して、あえて何も伝えない道を選択する。

 

 かくして氷の魔法を発動させることに特化した『氷結の杖デュランダル』が少年の手に渡り、それは右から左へと流れ、クロノの手の中に収まった。

 

「クオン」

 

「いいのか? 僕に渡しても」

 

「強い装備手に入れたのに、雑魚に装備したってどうにもならんだろ」

 

「なんだそれは、まったく……」

「言いたいことは分かるんだけど、言い方がめっちゃかっちゃんだよ」

 

 クロノはデュランダルを手にし、ユーノが会話の途中で組み立てていた転移魔法を起動する。

 三人の少年は、地球に向かおうとしていた。

 "ここでリーゼ達を説得し戦力を増やす"という目的でここに留まって居た彼らだが、一分一秒を争うこの状況で、これ以上この場に留まるという選択肢はない。

 説得を諦め、課金少年はグレアムに別れの言葉を投げかけた。

 

「急いでるのでもう行きます。また後で、ちゃんと話しましょう」

 

 闇の書に勝利し帰って来ることを確信している言葉。よい未来が来ることを何一つとして疑っていない言葉。ちょっと腹立つくらいに自信満々な口調から出て来る言葉。

 根拠の無いその言葉に、根拠を与えてやろうとグレアムは微笑む。

 グレアムが投げた通帳とカードが、課金少年の手の中に収まった。

 

「持って行くといい。私の全財産が入っている」

 

「―――」

 

「それを使い切ってでも、何がなんでも生き残れ。命より重い金など、無いのだから」

 

 少年はグレアムに何かを言おうとしたが、転移魔法がその瞬間に完成してしまい、グレアムに何も言えないままその場から消え去ってしまう。

 ロッテと共に少しづつバインドを解除しながら、アリアがグレアムに声をかけた。

 

「父様……」

 

 けれど、グレアムは、アリアに何も言うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書と戦う高町なのはの戦況も絶望的であったが、フェイト・テスタロッサの方の戦況もまた絶望的だった。

 

「ふっ、くっ、うっ……!」

 

 正気を失い、目から光を無くしたヴィータの鉄球がフェイトに迫る。

 遠くには風の魔法を準備しているシャマル、近くには剣を振り上げるシグナムが見えている。

 鉄球を防御魔法で防げばシグナムとシャマルの同時攻撃で叩き落とされ、バルディッシュでの近接攻撃で鉄球とシグナムを同時に相手しようとすれば、シャマルが確実に当ててくるであろうこの状況。フェイトが生き残るには、迎撃も防御も選ばず回避しきるしかない。

 

(右上左下その斜め下真正面に鉄球、着弾まで秒数換算でそれぞれ0.1、0.2、0.1、0.4。

 シグナムがクロスレンジに入るのが0.3、二歩分後退すれば0.5。

 シャマルは隙を見せたらそこで放ってきて、発射から着弾まで0.4。なら―――)

 

 フェイトは凄まじい移動速度・反応速度・思考速度でぬるぬると攻撃の合間を抜けていく。

 ニアS級高ランク魔導師三人による攻撃は、フェイトの腕をもってしても完璧には乗り越えがたい攻撃の檻だ。

 フェイトは攻撃全てを防御も迎撃もせず回避するという賭けに出た上で、放つ雷のほとんどを牽制と敵立ち位置調整に使うことで、奇跡的に数分間、ヴォルケンリッターをたった一人で食い止めていた。

 

(前に戦った時みたいな怖さはない。

 それはきっと、今のヴォルケンリッターが"誰のために戦っているか"を忘れているから)

 

 今の騎士達の剣と魔法に、以前のような"覚悟から生まれる"強さはない。

 今の彼女らにそれがあったなら、フェイトはもうとっくの昔に落とされていただろう。

 

(でも……怖さと一緒に、容赦も無駄も無くなってる!)

 

 されど、今の騎士達の剣と魔法には、"無慈悲から生まれる"強さがある。

 今の彼女らにそれがあるから、フェイトは一方的に追い詰められていた。

 闇の書の管理者権限にて洗脳され、全ての自我を失った走狗と化した騎士達は、ロボットのように淡々と隙なくフェイトを追い込んでいく。

 だが決定的な状況が出来上がろうとしたその瞬間、遠くから桜色の魔力光による砲撃が飛んで来て、フェイトを騎士達の凶刃から救う。

 

「……なのは!」

 

 何度目かも分からない、なのはの援護射撃。

 なのはは闇の書の管制人格たる銀髪の女性のデアボリック・エミッション四連発をくらい、一度は海に叩き落とされたが、不屈の精神で這い上がり今も戦い続けていた。

 そして今のように、時折無理ゲーに臨むフェイトの援護もしていたのである。

 おかげでフェイトは助かったが、あまり喜ばしいことではない。

 

 フェイト視点、今のなのはには余裕がなく、フェイトの援護を一度するたび、少しづつ追い詰められているのが遠目にも見て取れたからだ。

 

(さっきのデアボリック・エミッションっていう魔法、普通じゃなかった。

 撃つたびに威力が上がって、それが四連発……

 よく見なくても、なのはの動きにいつものキレと力強さがない。私が加勢しないと)

 

 ヴォルケンリッター三人を一人で相手取っているフェイトは、並々ならぬ健闘を見せていると言っていい。

 だが、健闘では意味が無いのだ。

 勝たなければ意味が無い。

 勝って仲間を助けに行けなければ、その頑張りに意義が無い。

 

(だけど、この状況は……!)

 

 ヴィータとシャマルが足を止めに来て、シグナムがバッサリ斬り捨てに来る。

 そんな中、集中力が限界に近くなってきたフェイトの背後から迫る鉄球を、戦場に新たに乱入してきた女性が殴って弾き飛ばした。

 

「アルフ!」

 

「ごめん、待たせた!」

 

 なのはとフェイトと別行動していたアルフが、合流する。

 いまだ三対二と不利ではあるが、少し前ほどにギリギリの状態ではなくなったようだ。

 近接戦闘と援護魔法を得意とするアルフの参戦は、フェイトの重荷をかなり軽くしてくれる。

 一方的に傾いていた戦いの天秤が、戻り始めた。

 

「お待たせ!」

 

 更にそこで三人が参戦し、戦いの天秤の傾きは無くなった。

 

「! クロノ、かっちゃん、ユーノ!」

 

 グレアムの方に行っていた少年達が戦線復帰し、騎士達を少しだけ足止めすることを求めた少年の代金ベルカ式援護魔法が、アルフに向けられる。

 

「アルフ、バインドを! 課金強化(エンチャント)起動(プラス)、『効果重複』!」

 

「指図すんな課金ジャンキー! チェーンバインド!」

 

 課金強化により数を増した鎖のバインド、総数108。それが騎士達の動きを縛る。

 クロノ達はそこで足を止めることも減速することもせず、そのままなのはと闇の書が戦っている戦場に向かって飛んで行った。

 闇の書はなのはの全力攻勢を楽々と捌きながら、クロノ達の接近を感知し、なのはからの攻撃を片手間に捌きつつ、少年達に魔力弾を放って来た。

 

「行け、フェレットもどき!」

 

「言われなくたって!」

 

 クロノはデュランダルを起動し、体を弓のようにしならせ、足の甲の上にフェレット形態のユーノを乗せる。

 そして、ユーノを蹴って飛ばした。

 ユーノは人間に戻りながら一点集中の強固な防御魔法にて闇の書の魔力弾をいくらか弾き、前に出ながら魔力弾を弾くことで、後続の二人が逃げ込めるだけのスペースを作る。

 

準全開課金式(セミフルアクト)百万円課金(ミリオンズ・プラス)弾幕形成(バレットアクト)!」

 

 更に課金少年の百万課金魔力弾の大量展開。

 魔力弾一発につき一万円、魔力弾百発で百万円だ。

 クイズミリオネアで15問中10問正解し、無理なくリタイアすることで初めて得られるだけの金が一瞬で溶け、それ相応の威力が闇の書に殺到する。

 

「この程度か」

 

 だが、闇の書ほどの敵に対しては、決定打にもならない。

 闇の書そのものである銀髪の女性は手足に魔力を纏わせ、四方八方に手足を振るうだけで魔力弾を粉砕し、次々と魔力の屑へと変えていく。

 少年はこの課金に結構興奮していたが、そんな少年の方を見ないようにして、足の止まった闇の書へとクロノが切り札をぶちかました。

 

「悠久なる凍土。凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ。凍てつけ!」

 

《 Eternal Coffin 》

 

 デュランダルによる凍結魔法、エターナルコフィン。

 凍結魔法用に調整された杖により、グレアムが長年開発していた最上級凍結魔法、課金少年のアカウント凍結魔法が、通常デバイスではありえないほどの規模と精度で放たれた。

 

「!? これ、は……!」

 

 闇の書の右腕に凍結魔法が着弾し、氷が腕から侵食して全身を包―――みは、しなかった。

 "これは危険だ"と銀髪の女性は瞬時に判断し、エターナルコフィンが命中した右腕を反射的に切り落とす。

 切り落とされた右腕は氷に呑み込まれたが、闇の書本体にまでエターナルコフィンの影響は届かず、石砕きでのHP全回復だろう、無くした腕はほぼ一瞬でまた生えていた。

 

「くっ、失敗か!?」

 

「いや」

 

 悔しげに叫ぶクロノだが、課金少年は横目に遠い空を見て、今の凍結魔法が無駄でなかったことを確認する。

 

「不幸中の幸いだ。

 ヴォルケンリッター制御アカウントの凍結に、成功したみたいだぜ」

 

 闇の書と戦うなのはと少年達の下に、フェイトとアルフ、そして正気を取り戻した三人のヴォルケンリッター達が、飛来していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年達が状況説明をする必要はない。

 情報のすり合わせを短時間で行うこと、移動中に行うことは、戦士として当然のことだろう。

 だからか、八神はやてを助けようとするヴォルケンリッター達は、管理局サイドに露骨な敵意を向けることはしなかった。

 ヴィータは戦場に辿り着くなり、ポケットから何かを取り出す。

 

「おい」

 

「ん?」

 

「忘れもんだ」

 

 取り出したるは少年のスマートフォン。

 ヴィータは少年が約束を果たした証明として、それを返した。

 少年は幾つかのソシャゲアプリがスマホに「行動力溢れてるで?」という通知を送って来ているのを見て、血を吐きそうな想いと今すぐ行動力を消費したいという衝動に包まれるが、なんとか耐えて戦いに意識を向け直す。

 

 ヴィータは自分の周囲の、この前まで戦っていた少年少女達の姿を見回した。

 ヴォルケンリッター達もまた、クロノ達から敵意を向けられていない。

 事前に少年が騎士達の事情を仲間に通達していた上、ヴォルケンリッター達と協力して闇の書事件を解決するというスタンスを、仲間と相談して決めていたからだろう。

 そういうものは、雰囲気でだいたい伝わる。

 ヴィータは有言実行した少年を見つつ、頭を掻きながら、ぶっきらぼうに話しかけて来た。

 

「なんだ、その……今は、仲間だと、そう思っていいのか?」

 

「これからは仲間だと思ってくれていいぞ」

 

 少年がいつも通りに、愉快そうに笑う。

 こいついつも笑ってんな、とヴィータは思った。

 少年とヴィータが話している内容を聞きつけてきたのか、ヴィータの隣に飛んで来たなのはが降りて来る。

 

「私達が今目指してるものは、同じだと思うの」

 

「……」

 

「だから、一緒に……」

 

「……貸してくれるってんなら、猫の手でも借りるさ」

 

「!」

 

 一緒に戦おう、となのはは言おうとする。

 なのはがそう言う前に、せっかちなヴィータがそれを了承する。

 敵だった少女と手を取り合い、一緒に戦うことができるようになったこの状況に、なのはは不思議な嬉しさを感じていた。

 

「うん! 一緒に、頑張ろっ!」

 

 本気の敵意をぶつけて来た少女が自分に背中を預けてくれることが、とても嬉しかった。

 そう想い、それを噛み締め、なのははレイジングハートのスペックをフルに発揮しつつ、単騎で闇の書へと突撃する。

 

《 Divine Shooter,Excellion Buster,Flash Impact,Parallel drive 》

 

 多種多様な魔法が同時に平行して発動され、そこで止まらず更に魔法が追加されていく。

 なのはの周囲に魔力スフィアが浮かび、それぞれが闇の書を攻め立てていた。

 あるスフィアはそのまま突撃し、あるスフィアは軽めの魔力弾を連射し、あるスフィアは重い魔力弾で狙撃を行い、あるスフィアは砲撃を発射した。

 闇の書はそれら全てを殴って壊し、なのはに接近。

 なのはは苦手な近接格闘戦を仕掛けられつつも、冷静に対処。

 後退しつつ杖で格闘攻撃を捌き、闇の書たる銀髪の女性を囲むようにスフィアを配置、360°全方向から闇の書を攻め続けた。

 

 だが、闇の書は二本の腕と二本の足だけでそれらの攻撃の全てを処理し、なのはを近接格闘で追い詰めていく。

 目が百個あり腕が百本ある生物でも真似できないほどに、今の銀髪の女性には隙も無ければ死角もなく、手数も多かった。課金行動力回復による連続行動が、あまりにも厄介すぎる。

 

「愚かな。足掻けば足掻くだけ、苦しみの時間が伸びるだけだというのに……」

 

「……っ!」

 

 だが、なのはが闇の書相手に食らいついてくれたことには意味がある。

 闇の書の頭上をヴィータが、闇の書の下方をシグナムが、それぞれ取っていた。

 二人は自身が今放てる最大最強の一撃を構え、なのはの連撃と同時に叩き込まんとする。

 

(コイツ相手に生半可な手も、中途半端な攻め手も意味はねえ!)

 

(やるのなら、初手から惜しみなく全力で行くしかない!)

 

 ヴィータが手にした鉄槌が、トラックよりも大きそうな超弩級に巨大な鉄槌に。

 シグナムが手にした鉄剣が、天下無双の長弓に。

 それぞれ変形し、八神はやてを助けるべく、闇の書へと大技を解き放つ。

 

「轟天爆砕! ギガントシュラーク!」

 

()けよ、(はやぶさ)!」

 

《 Sturmfalken 》

 

 上から巨大鉄槌、下からは音速以上の速度の弓矢。

 

「軽い」

 

 だが、銀髪の女性はなのはの攻撃を捌きながら、なのはを攻めながら、もののついでとばかりに右の拳を頭上に向けて突き上げる。

 ただそれだけで、ヴィータの巨大鉄槌は粉々に粉砕された。

 シグナムの放った音速超えの矢は、的確に銀髪の女性の顔面を狙っていたが、銀髪の女性は飛んで来た矢を歯で噛んで止める。

 噛み砕いた矢を吐き捨てて、闇の書は砕いた鉄槌の破片を二つ、手首のスナップだけで上下に弾く。弾かれた破片は超音速の速度に至り、上下に居たヴィータとシグナムの体に突き刺さった。

 

「ガッ……!?」

 

「バカな!? ッ!」

 

 闇の書の強さを目にしたアルフの頭に、恐怖が満ちた。

 勝てるわけがないという確信に遅れて、"こいつはなんなんだ"という、わけのわからないものに対する恐怖がアルフを蝕んでいく。

 

「なんだこいつ……なんだこいつッ!?」

 

「アルフ、まずは足を止めるんだ!」

 

 ユーノとアルフは闇の書の強さに戦慄しつつ、後方からバインドを展開。

 なんとか他の皆が勝機を作れるようにと、サポートに動いた。

 だが闇の書はバインドを無いもののように引きちぎり、攻撃も防御も回避も止めるどころか減速させることもなく、戦闘を続行する。

 

「脆い」

 

 バインドを引きちぎり自分の下に向かって来る闇の書を見て、クロノは自分が幼い頃に見た、小さな子供が蜘蛛の巣を手で払っていた光景を思い出した。

 高度なバインドがあの時の蜘蛛の巣のようだと、彼は歯を食いしばる。

 エターナルコフィンを闇の書が警戒していること、そのため自分を仕留めに来ていることを認識し、クロノはデュランダルを構えた。

 

「エターナルコ―――」

 

 だが、闇の書は速かった。

 それは"このメンツを相手にしてもまだ本気の速度を出す必要がなかった"ということでもあり、同時に"課金で速度上限を取っ払った"ということでもある。

 クロノはその急激な加速に反応できない。

 振るわれる手刀。

 首筋に突き刺さる闇の書の右手。

 クロノの穴の空いた首から、鮮やかな色合いの血飛沫が吹き出した。

 

「……かっ、ふ……」

 

 だが、その傷は瞬時に塞がり再生する。

 クロノの親友がクロノを助けるべく放った、課金全回復魔法のおかげだ。

 デュランダルを手に、文字通り"首の皮一枚繋がった"幸運に感謝しつつ、クロノは後退する。

 

(少し遅れてたら死んでたぞ……!)

 

 闇の書の一方的な虐殺になりかねないほどの戦力差。

 まだ死人が出ていないのは、少年少女が全力で攻め、闇の書がそれに一応対応しているからだ。

 だから、攻める。

 攻めなければ、負ける。

 

課金強化(エンチャント)起動(プラス)! 『大技即時発動』!」

 

「ディバインバスター・オルタナティブ!」

 

《 Divine Buster Alternative 》

 

「フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 

《 Photon Lancer Phalanx Shift 》

 

 詠唱や魔力チャージが必要なはずの大技を、なのはとフェイトがごく短時間で発射する。

 魔砲は空中で幾何学的な軌道を描いて何度も曲がり、闇の書の背中を狙う。対しフェイトは、雷の魔力弾を7秒間に合計1064発連射するという大技をもって、真正面から闇の書を攻め立てた。

 

「弱い」

 

 だが闇の書を倒したいのなら、秒間152発の連射ですら遅すぎる。

 闇の書はフェイトの魔力弾を両手で捌きつつ、魔砲を蹴り落とそうとしたが、魔砲は曲がってそれを回避。鬱陶しげに目を細め、闇の書は全身の強度を魔力で強化して、ノーガードでフェイトの魔力弾の嵐の中を突っ切り、なのはの魔砲を片手で掴んで握り潰した。

 

「ざっけんなよ、この悪魔め……!」

 

「絶対に一人で前に出過ぎないで! 連携を!」

 

 シャマルの魔法が味方全員を包み込む。

 彼女の回復魔法は全員の体からダメージと疲労を抜き、補助魔法にて"短距離走のペースで長距離走を走り続けられる状態"に近い状態を作り上げ、全員にそれを維持していた。

 息切れの瞬間が、全滅の瞬間だ。

 なのははこの状況を打開するため、仲間に足止めを頼み、自分の魔砲で決めようとする。

 

「皆、少しだけでいいからその人の動きを止めて! かっちゃん!」

 

「ああ! シャマルさん、合わせてください!」

 

「はい!」

 

 シャマルと課金少年の補助魔法が飛び、全員のステータスが更に向上していく。

 

「クラールヴィント!」

 

課金強化(エンチャント)起動(プラス)

 『全体全項目強化』『再行動』『大技即時発動』」

 

 その上、少年の魔法で全員が隙の無い連続行動を可能にし、大技の準備時間をほぼ全てカットすることに成功していた。

 息もつかせぬ連続攻撃。

 フェイト、アルフ、ユーノ、クロノ、シグナム、ヴィータ、そして少年による間断なき連携攻撃は、ほんの一瞬ですらも途切れない無茶苦茶な攻勢だ。

 

 それを余裕綽々に越えて行く闇の書はそれに輪をかけて無茶苦茶であったが、高町なのはは、この状況からでも勝機を見つけてみせる。

 

準全開課金式(セミフルアクト)百万円課金(ミリオンズ・プラス)砲撃解放(バーストアウト)!」

 

 学生が時給1000円のコンビニに毎日五時間シフトを入れ、毎日休まず働き続け、200日という時間をかけてようやく稼げるだけの金――百万円――が、またしても一瞬で溶け、弾けた。

 課金の魔砲が闇の書に届いたが、右手のバリアによって阻まれる。

 

「プラズマスマッシャー!」

 

「ブレイズキャノン!」

 

 更にそこにフェイトとクロノの砲撃が放たれた。

 フェイトの砲撃は左手のバリアに、クロノの砲撃は左足のバリアに阻まれ、闇の書は平然と防御と攻撃を並行、砲撃を撃つ三者に数百の魔力弾を放つ。

 

「させねえ!」

「させない!」

「させるか!」

「させないよ!」

 

 その攻撃を、補助魔法で強化されたヴィータ・シグナム・ユーノ・アルフがカットする。

 三種の砲撃は闇の書の高速機動を僅かな間ではあるが封じ、砲撃の邪魔は仲間が封じ、なのはが大技を仕掛けるお膳立ては整った。

 

「スターライト――」

 

 石一つを引き換えに収束速度を上昇させた高町なのはの収束砲撃が、戦場に満ちる大量の魔力を巻き込んで、今、解き放たれる。

 

「――ブレイカーッ!!」

 

 本来ならば広範囲を飲み込み粉砕するはずの大火力攻撃。だがなのはは、このまま当てても落とせないということを理解していた。

 そのため、収束砲撃を更に収束、大火力攻撃を一点突破のピンポイント砲撃へと変える。

 スターライトブレイカーは鉛筆ほどの太さにまで収束圧縮され、それ相応の貫通力・破壊力・弾速を得て一直線に空を貫いていく。

 

「収束っ!」

 

「!」

 

 初見殺しの一撃は、闇の書に反応する間も与えず、その胸を貫いた。

 ぐらり、と銀髪の女性の体が揺らぐ。

 勝者と敗者を決定する、必殺の一撃だった。

 

「くぁ、はっ……」

 

「よしっ!」

 

 なのは達は、闇の書に勝利したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのは達は、闇の書に勝利したのだ。

 

     ジッ

 

 なのは達は、闇の書に■■■■■■。

 

     ジジッ

 

 なのは達は、闇の書に勝■■■■■。

 

     ジジジッ

 

 なのは達は、闇の書に勝てやしない。

 

     ジ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スターライトブレイカーは発射されたが、それは闇の書に完全に見切られて回避され、惜しくも届かないままに終わる。

 

「え?」

 

 "勝ったはずだ"と誰もが戸惑い、目の前の光景を受け入れられずにいた。

 倒したはずの闇の書が倒せていない。

 掴んだはずの勝利がない。

 闇の書は戸惑う彼ら彼女らに考える間も与えず、次の魔法を放った。

 

「眼下の敵を打ち砕く雷よ、降り注げ」

 

 戦場に雷が降り注ぎ、移動速度が遅い課金少年をなのはが、シャマルをシグナムが抱え、全員が雷を回避していく。

 なのはは幼馴染を抱え飛びながら、何が起こったのか分からず、困惑の声を上げた。

 

「なに、なにこれ!?」

 

「……『コンテニュー魔法』だ。オレが、開発してる途中だった魔法の一つ……」

 

「え?」

 

「敗北が確定した瞬間、オートで発動。

 自分が敗北したという結果を否定し、書き換え、敗北する前にまで事象を巻き戻し……

 全てのダメージをリセットして、自分だけが完璧に回復した状態で戦いを再開できる魔法」

 

「―――!?」

 

「まだオレも使えないような、代金ベルカ式の到達地点の一つだ……!」

 

 だが、"自分のリンカーコアから抜かれた魔法"であったため、少年だけはその魔法の正体を理解していた。

 そして、最悪の現状を口にする。

 クロノは雷を回避しつつなのはと少年の近くに寄り、"大手ソシャゲの数百万人のユーザーへ返されるはずだった石"を糧として発動する、コンテニュー魔法の詳細を少年に問うた。

 

「唯一の代金ベルカ式の使い手としては、アレはあと何回再生できると推測している?」

 

「……最低でもあと数十万回は、コンテニューできると見るべきだろうな」

 

「理不尽にもほどがあるぞ。……ああ、くそ、本当に、理不尽にもほどがある……!」

 

 代金ベルカ式が、古代ベルカの遺産たる闇の書と相性が良すぎるという問題。

 課金少年が蒐集され魔法やアカウントを奪われていたという問題。

 その二つの問題が重なり、未完成だったはずの魔法が完成形として発現するなどのイレギュラーが生まれ、絶望がその深さを増していく。

 

 そこからは、勝機の見えない、地獄のような戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がしゃん、と機械が落ちる音がする。

 それはクロノの手からデュランダルが落ちる音。

 クロノが倒れたことで、今や戦場には膝をつく課金少年と、傷だらけの高町なのはしか立っては居なかった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「っ……まだ、やれるか、なっちゃん」

 

「……う、うんっ」

 

 少年のデバイスから回復の魔法が放たれ、倒れている皆のダメージが抜けていくが、致命傷と回復魔法を短時間に何度も繰り返されるのは皆への負担が大きく、全員がすぐには立ち上がれない。

 立ち上がったとしても足は震えていて、まともに戦うことも難しそうだ。

 このまま継戦を選ぶのは、いくらなんでも無謀すぎる。

 どうすればいいのか悩む少年のデバイスに、アースラからリンディの声が届いた。

 

『総員、アースラに退避! 早くしなさい!

 そこで倒せなければ終わりというわけではないのよ!』

 

「!」

 

 その通信を聞き、痛め付けられていた魔導師達が気合いで立ち上がる。

 更に気合いで転移魔法を起動して、ヴォルケンリッター含む全員をアースラへと運んだ。

 クロノは目眩がする体を押して、艦長たる母に方針を聞きに行く。

 

「母さん、何か手が?」

 

「宇宙空間のアースラを餌として、闇の書をおびき寄せてアルカンシェルを撃つわ」

 

「―――!?」

 

 とんでもないことをあっさりと言うリンディに対し、前線に出ていた全員が絶句する。

 真っ先に意識が現実に戻って来たヴィータは、リンディに怒り心頭な様子で詰め寄った。

 

「おい待てよ、はやては!? はやてごと巻き込むつもりか!?」

 

「今の闇の書なら、表に出ている魔力の躯体を削るだけで済むはずよ。

 むしろ今の闇の書相手では、アルカンシェルでも一撃では倒せない……と言うべきかしら」

 

 空間反応消滅魔導砲、アルカンシェル。

 それは複数の艦から同時に放つことで、過去に暴走した闇の書を消滅させたこともある、管理局の魔導兵器である。

 リンディはこのタイミングで、この切り札(ジョーカー)を切ろうとしていた。

 

「それでも、ダメージは通るはずよ。

 こちらでも観測していたあのやり直しの魔法、あれをダメージで無力化できれば……」

 

 通常の魔法では倒せなくとも、通常の魔法ではないアルカンシェルならば、あるいはデュランダルのエターナルコフィンならば、倒すか弱らせるかはできるかもしれない。

 そう考えての、アルカンシェル投入であった。

 

「だが、闇の書がここに来るという保証はどこにも……」

 

「クオン、今闇の書の脅威はオレ達だけだ。

 デュランダルの凍結魔法だってそうだろ?

 だったら、闇の書がオレ達の魔力を追って来る可能性はかなり―――」

 

『闇の書、接近します! 地上から衛星軌道のアースラまで、十秒ほどで到達する模様!』

 

「……はええよ」

 

 闇の書はこれでも全速力は出していないのだろう。それでも速過ぎる。

 リンディが事前にちゃんと準備しておかなければ、アルカンシェルでの迎撃が間に合わなかったほどのスピードだ。

 慌てず騒がず、リンディは部下に指示を出す。

 

「十分引きつけて……カウントダウン開始」

 

 ごくり、と誰かが息を呑んだ。

 アースラの魔力炉がフルに稼働し、アルカンシェルの砲塔に魔力の光が灯る。

 引きつけて、引きつけて、引きつけて……闇の書が射程内にしっかりと入ったその瞬間、アルカンシェルは発射された。

 

「3、2、1……アルカンシェル、発射!」

 

 そして、絶望は更に重なっていく。

 闇の書が三角形の魔法陣を展開し、魔法名を口にしたが、誰にもその魔法名は聞こえない。

 だがその魔法は、アースラの誰の目にも見えるものだった。

 闇の書の右手に灯る、白銀の魔力光。

 それが拳の一撃と共に炸裂し、空間歪曲と反応消滅を始めたアルカンシェルの弾頭を、真正面から殴り飛ばした。

 

 そんな無茶苦茶な方法で、闇の書は、アルカンシェルの一撃を粉砕した。

 

「―――んな、バカな」

 

 その呟きは、誰のものだっただろうか。

 

「お前達も、もう眠れ」

 

 闇の書はアルカンシェルを殴り飛ばし、一呼吸ほどの間も置かずにアースラに踵落としを叩き込む。アースラのメインシステムは踵落としで叩き込まれた魔力でダウン、船体は墜落し始める。

 

「うわあああああああああああああ!?」

 

 蹴りの一撃、たった一撃で、闇の書はアースラを轟沈にまで追い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラスタッフは優秀だ。

 極めて優秀だ。

 でなければ、闇の書の踵落としでアースラのメインシステムが全てダウンした状態で、地球に落ちていくアースラの機動を制御し、大規模結界を展開して地球人に戦いの事実を知らせないようにしつつ、海に不時着し、死人ゼロで轟沈を乗り越えることなど不可能だっただろう。

 

 だが、それと引き換えにアースラスタッフで戦いに参加できる人間はゼロになる。

 ほぼ全員がグロッキー状態になってしまっていた。

 残るは先程まで闇の書と戦っていたなのは達のみ。

 リンディですら、大規模結界の展開の負荷のせいで、少し休む必要があった。

 

「……これが、絶望ってやつなのかな」

 

 ユーノは海に浮かぶアースラの上に立ち、ぼそっと呟く。

 周囲には何もない。海と、ほぼ全て沈んだ夕日と、水平線しか見えていない。

 けれど空を見上げれば、そこには星空と闇の書たる銀髪の女性が見えていた。

 勝てない。

 勝ち目がない。

 勝てるわけがない。

 ユーノの短い呟きに、皆が言葉なく心の中で同意していく。

 

 だが一人だけ、全く同意せず、ユーノの呟きを真っ向否定する者が居た。

 

「いや、こっからだ。

 ガチャは爆死してからが本番だろ?

 無償石を使い切って、絶望して、そこで有償石(きぼう)を新たに買ってからが本番だ」

 

「かっちゃん……」

 

 その背中を見て、フェイトは胸元に手を添えて、呟きの中に感情を漏らした。

 

 それは幾多の爆死(ぜつぼう)を乗り越えて来た者。

 どんな低い確率を前にしても心折れることなく、諦めず、最高の結末(レア)を求めて来た者。

 彼は好きなように生きる。彼は思うままに笑う。友人に裏切られ、全てを失いながらも好きなように生き、死ぬまでずっと笑いに笑って死んで行った魂は、今この世界に輝いている。

 

「爆死だけの人生もない!

 大当たりだけの人生もない!

 爆死したら悲しくて、大当たりならば嬉しくて、結果がどうだろうと必ず笑って乗り越える!」

 

 乗り越えられなければ悲劇。

 乗り越えられたならただの試練だ。

 笑い話にできたなら、それはもう悲劇ではない。

 この事件を悲劇にするつもりなど、この少年にはさらさらない。

 

「それが課金だ! それが人生だ!

 人生ちょっと爆死が続いたからってなんだ! オレ達にはまだ次があるだろう!」

 

 次があるだろう、と言われ、諦めかけていた者達の目に、少しばかりの光が宿る。

 そうだ。

 状況は絶望的であっても―――まだ、何も、終わってはいない。

 

「爆死だけじゃなく、大当たりだって、あっただろう?」

 

 ある者は、暖かな過去の記憶を思い出し、奮い立った。

 ある者は、昔辛いことがあった後にいいことがあったことを思い出し、立ち上がった。

 ある者は、この事件を乗り越えれば素晴らしい明日が見れるはずだと信じ、唸りを上げた。

 少年の課金回復が皆に行き渡り、金と石が溶けていく。

 

「さあ、もう一度立ち上がれ!

 敵が課金コンテニューなら、こっちは気合いも使ってコンテニューだ!」

 

 こんな状況でも、彼は一人だけ笑っている。

 いっそやけくそに笑っているようにも見えるが、心折れていないだけ上等だ。

 心が折れない者が一人居るだけで、その"不屈"は周囲に感染拡大していく。

 

「まだ勝負はここからだ! 巻き返すぞ、皆!」

 

 この課金厨を見ていると、真面目に絶望している自分が馬鹿らしくなって、皆、自然と笑みを浮かべている自分に気付くのだ。

 

「私の一番強い魔法なら……」

 

「僕のエターナルコフィンなら」

 

 あるいは、と考え、なのはとクロノが課金少年の左右に並び立つ。

 フェイトが真剣な顔で頷き、小走りに移動して少年に駆け寄る。

 ユーノは課金少年の体調がよろしくないことに気づき、こっそりと回復魔法をかけた。

 バカに付き合うのは疲れるとでも言いたげな笑みを浮かべ、ヴィータが立った。

 シグナムとシャマルの顔にも、いつの間にか余裕の笑みが浮かんでいる。

 

「なるほど」

 

 それを見て、闇の書たる銀髪の女性は気づく。

 

「お前が、この者達の心の支柱か」

 

 まずは心折らねばならない、と。

 そのためには、絶望の底でも笑うこの少年を真っ先に殺さなければならない、と。

 

「やっべ」

 

 闇の書は自身の全能力をかけて少年を殺さんと動き、それを阻むためなのはが前に出る。

 

「させない!」

 

 だが闇の書は、なのはのスターライトブレイカーと似た性質を持つ収束砲撃、闇の書の魔法の切り札の一つを、至近距離からなのはに容赦なくぶちかます。

 

「響け、終焉の笛……ラグナロク」

 

「!?」

 

 収束砲撃はなのはを飲み込み、背後のアースラスタッフを含む全員に襲いかかるが、フェイト達魔導師陣の防御により、非魔導師が巻き込まれて死ぬという事態は発生しない。

 だが、広範囲を飲み込む収束砲撃は、皆の視界を白一色に塗り潰す。

 そうして闇の書は、少年に手で触れられる位置にまで一瞬で潜り込んでいた。

 

 突き出された闇の書の腕が、少年の下腹部に突き刺さる。

 内蔵を掴むその掌が、物理的に悲鳴を上げさせない。

 

(―――こいつを、こいつを、止めるには―――)

 

 そして、腕は引き抜かれた。

 闇の書の右手には引き抜かれた内臓と背骨が握られており、少年の腹からは血飛沫と内蔵と肉の破片が飛び散っていく。

 背骨を引き抜かれたことで、少年は体を真っ二つに折るような不自然な姿勢で倒れ、自分の血で出来た血だまりの中に倒れて行った。

 闇の書は右手に力を込めて、引き抜いた内臓と背骨を握り潰す。

 

「―――!」

 

 誰かが呼んでいる、と少年は思った。

 応えなければ、そう思うも、彼の口は動かない。

 

「―――!?」

 

 誰かが泣いている、と少年は思った。

 ハンカチぐらいはやろう、そう思うも、指先は1mmも動かない。

 

「―――ッ!」

 

 誰かが叫んでいる、と少年は思った。

 けれど何を叫んでいるか分からなくて、機能不全の耳と頭が、ただひたすら不便に思えた。

 

 

 




『大好評連載中 課金淫夢シリーズ 前回のあらすじ』

 鍛錬を終えて家路へ向かう八神家道場の生徒達。
 疲れからか、不幸にもソシャゲイラスト痛車に追突してしまう。後輩を庇い全ての責任を負ったミウラ・リナルディに対し、金に困窮する車の主、課金少年Kに言い渡された示談の条件とは……

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