課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
呪いを解くには、目当てのものを引くしかない。
だけど引けずに挫折した人間は、ずっと呪われたままなんだよ」
少年が血の海に倒れたその瞬間、高町なのはは砲撃を放っていた。
「―――」
声優は1秒間に10文字の言葉を発せると言われている。言葉には時間が要る、ということだ。
なのはは怒っていた。喋ることに1秒も使ってられない。0.1秒もくっちゃべっているつもりなんてどこにもない。0.001秒でも早く撃つ、という絶対の決意のもと放たれた砲撃は、直撃する。
闇の書はそれをバリアで受け止める。
(……重い!)
だがなのはが放った砲撃は、今日一番と言っていいほどの力が込められていた。
闇の書はバリアで砲撃を受け止めたものの、砲撃の勢いにそのまま押し流されていく。
そしてそのまま、水平線の向こうに消えて行った。
「やった、のか?」
誰かがそう呟いて、けれどその祈りは届かない。
水平線の向こうから、ほぼ一呼吸の間に闇の書が飛来する。
地球は丸い。横一直線に砲撃を撃てば、いずれは地球の外に飛び出して行ってしまう。闇の書はその辺りを加味して考え、バリアを斜めに構えて砲撃を上に受け流したのだ。
図形にすれば『→/』といった形か。
結果、なのはの砲撃は宇宙の外に飛んで行き、闇の書は地球上に残る。
闇の書はなのはの得意なレンジを封じるべく距離を詰めるが、なのはと闇の書の間に割って入ったフェイトが、速度だけを武器に闇の書へと斬りかかっていた。
「バルディッシュ!」
《 Sonic Form 》
フェイトのバリアジャケットがパージされ、彼女の全能力が『機動力』へ注がれる。
更にそこから全カートリッジをロード、飛行魔法と加速魔法に魔力を注ぐことで、フェイトの機動力はなのはのそれを上回り、闇の書にもついて行けるほどの速さへと至っていた。
雷刃が跳ねる。
拳が砕く。
速さこそ追従できているが、今のフェイトの攻撃力では、魔力が込められた闇の書の拳を砕くことはできない。
「くぅ……!」
「彼方より来たれ、ヤドリギの枝。
銀月の槍となりて、撃ち貫け。石化の槍ミストルティン」
闇の書はなのはの飛び道具を適切に対処しながら、フェイトの斬撃を幾度となく捌きつつ、二人に続こうとする他の魔導師達に魔法を放つ。
それは、触れれば即死しかねない石化の槍。
百や千では収まらない、空を埋め尽くし空に壁を作ってしまうほどの数の、確殺魔法だった。
(星空が、消え―――)
上を見上げても、もう星の光は一つも見えない。
"人の目から見て"ではあるが、その瞬間、石の槍の数は星の光の数を超えていた。
「回避ッ!」
クロノとユーノとアルフが非魔導師のアースラスタッフを守る障壁を作り、クロノは他の魔導師全員に回避を命じる。
もはや、闇の書以外の誰もがまともに戦えていない。
「……も、もう、あたしも、無理だ……」
アルフが防御魔法の最中に倒れたのを皮切りに、一人、また一人と魔導師が倒れていく。
石化の槍を切り捨てながら、歴戦の勇士たるシグナムは、悔しげに歯を食いしばった。
そのさなかにも、フェイトは絶え間なく闇の書を切りつけ続ける。
「うああああああああッ!!」
闇の書は、フェイトの目に浮かぶ涙を見た。
痛ましげなその姿に、闇の書たる銀髪の女性の胸が痛む。
それでも女性は止まらなかった。
「吸収」
《 Absorption 》
「!」
闇の書の魔法が、フェイトを丸ごと吸収していく。
広大な闇の書の内部空間に魔導師を捕らえ、その人間が深層意識で望んでいる夢を見せ、夢の世界から出てこれなくするというえげつない魔法だ。
フェイトは闇の書の中に囚われ、抜け出し難い夢の投影が始まっていく。
「眠れ。もう泣かなくてもいい夢の世界に、お前を誘おう」
だが。
一秒と経たずに、闇の書の中から、フェイト・テスタロッサが飛び出してきた。
「―――!?」
「はぁっ!!」
行き掛けの駄賃とばかりに、フェイトが振るった切り札の刃・ザンバーフォームの雷刃が、闇の書の胸を切り裂いていく。
普通の人間であれば致命傷になってもおかしくない斬撃であったが、闇の書は少し苦悶の表情を浮かべただけで、石砕きによる体力全回復を行ってしまう。
無傷の闇の書は当惑しながら、強い目をしたフェイトと対峙し、少女に問いかける。
「何故だ、何故幸せな夢に溺れようとしない……」
「私に……今の、私に!
この世界で生きることを捨ててまで、浸りたい夢なんかない!」
今のフェイトは、幸せだ。
母が居て、姉が居て、アルフが居て、友達が居て。
これ以上望むものなんて、何もない。
フェイト・テスタロッサは、ソシャゲ廃人の目が眩むくらいにリア充だった。
闇の書の吸収と夢の魔法は、本物のリア充には絶対に通じない。
現実に嫌なことがあったからソシャゲに逃避するタイプにこそ、その本領を発揮する。
だからこそ、少女は友達がああされたことに怒り、夢に惑わず、愚直に刃を振るっていた。
「エターナルコフィン!」
「エクセリオンバスター!」
そんなフェイトを援護するように、なのはとクロノから援護が飛んで来る。
闇の書はフェイトの斬撃と二人から飛んで来る援護の魔法を、一緒くたにして回避する。課金行為によって強化された闇の書の機動力もまた、尋常ではなかった。
フェイトに吸収と夢の魔法を使った闇の書だが、なのはとクロノにはその魔法を使わない。
この二人に至っては、幸せな夢に呑まれる未来が全く見えないからだ。
目を見れば分かる。この二人は地に足つけて生きている上、揺らがない信念と、楽な方に流れない鋼鉄の意志を持っている。
精神面を攻めるだけ無駄だ。
そんなことを考えながら、水平線の端から逆の端までほんの一瞬で辿り着けるほどのスピードで飛ぶ闇の書であったが、空中に現れたバインドを避けた先で、騎士達の待ち伏せの一撃を受ける。
「紫電一閃!」
「フランメ・シュラーク!」
闇の書がいくら速くとも、飛行機動を誘導された上で待ち伏せされれば、速度差を無視して攻撃を当てられてしまう。
スペックに差があろうとも手を打ってくるその秀逸さは、流石ベルカの騎士といったところか。
燃える斬撃と燃える打撃の二重奏は、闇の書も足を止めて両の手で受け止めざるを得ない。
「ッ!?」
が、闇の書は受け止めた手を握り、シグナムの剣とヴィータの鉄槌を握り砕く。
魔力で強化されているとはいえ、なんという握力か。
二人の騎士は跳ぶように後退するが、闇の書は騎士の手の中で瞬時に再生した武器を見て、"破損状態になった武器をノーリスクで修復する"課金術式の発動を確認した。
「……はぁっ……ぁ……あ、あのくらいで、オレを倒せると思ったら、大間違いだぜ」
「かっちゃん!」
フェイトが涙を拭いながら、嬉しそうな声を上げる。
少年は青い顔で立っており、石砕きで体の傷を塞いだものの、流石に内蔵掴み取りと背骨ぶっこ抜きはこたえたようだ。
騎士達を魔法で援護、今またフェイトとなのはとクロノに補助魔法を放ち、気絶していたシャマルを抱き起こしながら、少年は再度戦況を建て直さんとする。
「皆、声出てねえぞ! 声出せ声!
声出してないと勝てないらしいぞ、野球部が言ってた!」
「やかましいぞ、黙って課金してろ!」
少年が叫び、クロノが吠えて、皆の声が出始める。
心萎えかけていた皆の心が、声が出るにつれて多少はマシになってきた。
闇の書はとうとう、淡々とした口調を投げ捨て、この状況を作った少年を苛立たしげに睨んで怒る。いくらなんでも、この課金厨は鬱陶しすぎる。
「お前も……いい加減にしろ!」
《 Absorption 》
闇の書の魔法起動と同時、少年の腹の辺りに魔力反応が現れる。
本来ならば近距離でなければ正確に発動できない魔法を、離れた場所で精密に発生させるマーカーを、内臓を抜かれたあの時、念の為にと仕込まれていた……そう気付いたが、もう遅い。
「こいつ、あの時にマーキン―――」
フェイトと同様に、少年は闇の書の中に吸収されていった。
吸収と夢の魔法の特性を思えば、この少年はすぐに出てきてもおかしくなかったが、何故か出て来ない。魔法の特性が調整されたのか、あるいは何か理由があるのか。
なのはは少年がいつまで経っても出て来ないのを見て、課金によるダメージ回復までは読んでいても、こうなることまでは読んでいなかったため、少し怖いくらいに穏やかな口調で口を開く。
「返して」
「断る」
「返してっ!」
そして叫んで、更に砲撃。
また砲撃が重くなったと思いながら、闇の書は目を細める。
心の叫びを強さにできる人間は、だから厄介なのだと、こっそり心中で舌打ちしていた。
ユーノとアルフは、海面にフェイトやクロノ、シグナムやヴィータが次々と叩き落とされるのを見ながらも、闇の書となのはの戦いに目を向ける。
ユーノの方は何故か、課金少年を吸収した闇の書を見て、少し笑っていた。
「やったね、アルフ……」
「……あ、何が……?」
「悪いもの食べたら、誰だってお腹壊すよね、って話……」
何故あの少年は出て来ないのか。
冷静さを保てる程度にはあの少年と親しすぎず、かつあの少年を理解している程度にはあの少年と親しい、そんなユーノだからこそ、気付いた事実があった。
夢のような世界だった。
何をやっても上手くいく。
仕事とソシャゲの両立も余裕。
金にも困らず、いい友人にも恵まれる、そんな世界。
「邪魔だ」
そんな夢の世界を、少年は一蹴。興味すら示さない。
夢の世界が映し出す現実は変わり、少年はいつの間にかガチャを回している自分に気付く。
引くたび引くたび大当たり、大当たりの画像をネットに貼るたびに書き込まれる嫉妬や阿鼻叫喚が、少年の自尊心を満たそうとする。
「いや、そういうのいいから」
普段ちょくちょくこのネタでヴィータを煽ってるくせに、少年は夢の世界に見向きもしない。
夢の世界を蹴り飛ばし、少年はあちらこちらに視線をやりながら闇の書の中を歩いて回るが、またしても新たな夢が現れる。
知ってる顔も知らない顔もあり、全ての人間が少年を好いてくれて、全ての人間が少年を信じてくれて、全ての人間が少年を愛してくれた。
恋愛や友情、人が当たり前に求めるそれらを、夢は満たそうとする。
「よその需要があるところに行ってくれ」
だが少年は、ガチャで引いた要らないカードを処分する時のような表情で、夢を蹴り飛ばして別の場所に行こうとする。
止まりそうにもない少年の前に、闇の書として現実で戦っていた銀髪の女性が現れ、感情の見えない口調で語りかけてきた。
「……何故お前は、この夢のような幸せを受け入れない?」
最高の幸せは、夢の中にある。
何のケチも付いていない最上位の幸せは、現実にはない。
ならば闇の書が見せる夢は、抗いがたい誘惑であるはずだ。
それこそ、依存性が極めて高い麻薬のように。
「逆に聞くけどさ。
『ガチャ引いて全部SSRだった世界』って、何が楽しいんだ?」
「……」
「失敗だけの人生と、成功だけの人生って、同じくらいつまんないんじゃないか」
成功だけの人生に、楽しさはない。
恵まれているだけの人生が、幸せであるとは限らない。
良くも悪くも、単調な人生というものはよろしくないのだ。
「だがそれでも、人は不幸より幸福を、今より不幸が少なく幸福の多い世界を求めるはずだ」
「いや、オレの人生が不幸だと思ったこと一度もないし」
「……」
「失敗もあったし、落ち込むこともあったし、爆死もあったけど……まあ、不幸ではなかった」
クラスメイトからバカにされていたり、街を歩くと遠巻きに笑われていたり、すずかやアルフと仲良くしたいのに距離取られていたり、しょっちゅう爆死していたり、親友の父親を助けられなかったり、敵にリンカーコアやアカウントや内臓を引っこ抜かれもした。
が、特に不幸だと思ったことはないらしい。
もしかしたら不幸だと思ったことも何回かあるかもしれないが、そうだったとしても、絶対に忘れていることだろう。
どこか、何かがおかしい。
しょうがない。頭がおかしいからこその廃課金。課金厨だと笑われようと、稼いだ金が溶けていこうと、己が人生を誰よりも楽しんでいるのがこの手合いなのだ。
「たぶんあんたは、オレにいい夢を見せようとしたんだと思う」
「ああ」
「だけど、誰よりも夢見て、誰よりも夢破れているのが
何万という金を溶かして、それでも当たる確証のないものに手を伸ばし、当たったら当たったで性能の低さにちょっとがっかりし、金をかけて手に入れたものを倉庫で死蔵させていく課金兵。
最高レアを夢見て回し、全ての石を溶かして絶望、石の購入に希望を見た課金兵。
ランキング上位を夢見て走り、それでも届かず、社会人では金を持っているニートに勝てないという現実に打ちのめされ、仕事を辞める決意をした課金兵。
そんな者達を"正気ではない"と軽蔑する、普通の人達。
この地球にはありふれた光景だ。
手に入る幸福よりも、容易には手に入らない幸福を求める人種こそが、一流の課金兵になることができる。それは資質であり、才能であるのかもしれない。
ソーシャルゲームは、レアを夢見てガチャを回した人々の想いの墓場。
夢を見て、夢破れ、夢の屍の上を踏破することは、課金兵達にとって日常だった。
日常に溺れそうなほどの魅力を感じる者など、居るものか。
「本物の課金戦士なら、誰だってこんな夢には溺れない」
「……そう、か」
銀髪の女性は、迷わず断言する課金少年を見て、修学旅行で奈良に大仏を見に行った学生が、寺に並ぶ108体の自由の女神像を見た時のような顔をしていた。
もにょっている。
すごくもにょっている。
どう対処していいのか分からなくなっている。
「お前はここから主はやてを連れ出すために来たのだろう。
だが、会わせるわけにはいかない。
お前は主の教育に悪すぎるというのもあるが、それ以上に、だ。
私がこの世界全て、次元世界の全てを破壊するまでは、誰にもそれを邪魔させない」
「あ、待」
銀髪の女性は少し考え、何もしないことを選択した。
藪蛇はごめんだとばかりに、闇の書の空間の中に少年を放置し、その場から消え失せる。
「……まいったな」
どこに行けばいいのか、手がかりになる女性が消えてしまった。
この空間を出るのであれば、結界破壊系の大規模魔法を使えばいい。
だがそれでは、闇の書から出てしまう。その辺も銀髪の女性は織り込み済みだろう。
少年はここではやてを見つけ出したいのであり、ここから出て行きたいわけではないのだ。
「どこに行けばいいんだ」
「なら、こちらに来い」
そこで、自分だけがこの空間に居るという少年の認識を覆し、かかる声。
少年が振り向けば、そこには堂々と腕を組む男が立っていた。
「あなたは……」
「盾の守護獣ザフィーラ。お前を導きに来た」
漢・ザフィーラ。彼らしい、いぶし銀な活躍であった。
海に揺られ、クロノは目を覚ました。
気絶して海に浮かべられていたのだと、気付くまでに数秒。
空でなのはと闇の書が一対一で戦っていると気付くのにも数秒。
そして今、体が動かないクロノを抱えて、アースラの残骸の上に乗せてくれた者が誰であるか、それに気付くのにも数秒かかった。
「……あ……」
「よく頑張った。少し休むといい。生き残るため、戦うために」
クロノの目に、三人の背中が見える。
ギル・グレアムの背中が。
リーゼアリアの背中が。
リーゼロッテの背中が。
闇の書を倒すため、そして子供達を守るため、駆けつけてくれた大人達の背中があった。
「……っ」
海に揺られ、フェイトは目を覚ました。
自分が水を飲んでいたことに気づき、溺れそうな自分を認識するが、動かない体ではどうしようもなく、塞がる気道がフェイトに強く死を意識させる。
だがそこで、フェイトは誰かに海から引き上げられ、魔法で水を吐かせられる。
戦いのダメージと水を飲んでしまったことで動けないフェイトの前髪を、優しい手付きで、フェイトを救った女性が綺麗に整えていた。
「けほっ、けほっ……かあ、さ……」
「よく頑張ったわ、フェイト。頑張り屋のあなたは……私の自慢の娘よ」
「―――」
フェイトの目に、二人の背中が見える。
リンディ・ハラオウンの背中が。
プレシア・テスタロッサの背中が。
闇の書を倒すため、そして子供達を守るため、駆けつけてくれた大人達の背中があった。
「夜空の星が輝く陰で、ワルの笑いがこだまする」
なのは達への加勢は止まらない。
アースラの上で息を整え、傷を癒やしていた騎士達が、戦場に突如現れた女性の名乗りにぎょっとする。その女性の名乗りを、容姿を、騎士達はよく覚えていた。
「星から星に泣く人の、涙背負って宇宙の始末」
青い髪がなびいて、綺麗な顔がニッと笑い、皆の視線が名乗りを上げる女性に集まる。
「管理局員クイント・ナカジマ、お呼びとあらば即参上!」
中島推参。
名乗りを上げ終わるやいなや、中島はなのはと戦っている闇の書に横合いから殴りかかった。
闇の書は特に動じることもなく、鎖のバインドで中島を縛り、四角錐のケージ型バインドで中島を囲い、念のためにと片方の腕にバリアを展開する。
知ったことかと、中島は笑った。
「アーン!」
ぶちっ、と鎖のバインドがちぎれる。
「チェイーン!」
バキン、とケージのバインドが粉砕される。
「ナックルゥッ!!」
そしてドゴン、と闇の書が片手に張っていたバリアが消滅させられ、中島の拳が届いた。
クイント・ナカジマの得意技であり、条理を外れた格闘技術のみを駆使することで、全てのバインドと防御魔法を無力化するスーパーパンチである。
パンチ一発で二種のバインドと一種のバリアを無いも同然に扱ったことからも、その凄まじさは伺えた。
「それは、私も使える」
「……マッジかー」
だが、中島のリンカーコアが蒐集されたということは、その技もまた、僅かなりとも闇の書に吸収されたということでもある。
闇の書は
格闘技術においても達人級の闇の書相手に、一人で戦わせるバカは居ない。
「アリア、ロッテ」
「「 はい、父様! 」」
中島の動きに、グレアム達が呼応する。
「ブレイズキャノン!」
まずはロッテの砲撃魔法。
この程度では闇の書のバリアは破れない……が。
「らぁっ!」
「!」
闇の書の視界・意識・認識の隙間を縫うように、ロッテが跳んで来た。
ロッテの手足が闇の書に届くほどの距離になってようやく闇の書が気付いたほどの、完璧な歩法とステップワーク。
それにてロッテは闇の書がバリアを出していた腕を至近距離から蹴り上げ、腕を上に向けさせ、バリアも一緒に上に向けさせる。
結果、アリアの砲撃魔法はバリアに邪魔されることなく、闇の書の顔面に直撃した。
「―――」
闇の書は何も見えなくなるが、瞬時に魔力強化を施したことで、砲撃は脆い眼球にすら傷を付けることができない。
リーゼの見事な連携を、闇の書はスペック差と後出しの反応で乗り越えてみせた。
だが、グレアム達は闇の書に次の行動の余裕を与えない。
ピッ、と首に痛みが走り、銀髪の女性は、コンテニュー魔法が発動した感覚を覚える。
はっとなり、短距離転移魔法で逃げる闇の書。
首元を指でなぞれば、そこには刃物で切られた痛みが残っていた。
闇の書は少し離れた空中に立つ、自身の全魔力の半分を注いだ魔力刃を構えた、歴戦の勇士ギル・グレアムを睨んだ。
「老いるというのも悪くない。こうして、敵が油断してくれることもあるのだからな」
「……貴様」
アリアの砲撃で闇の書の視線を引きつけ、ロッテを闇の書の至近に送り込み、ロッテの格闘でアリアの砲撃を当てるところまでが布石。
布石で生んだ闇の書の隙を突き、グレアムが魔力刃で闇の書の首を両断するところまでが、彼らの作戦だったというわけだ。
十年も生きていないなのは達、二十年も生きていないクロノ達と、最低でも四十年以上の戦闘経験を積んできたグレアム達の戦いは、やはりどこかが何かが違う。
「戒めの雨よ、彼方の空より降り注げ」
闇の書は増えた敵に対応するため、魔法のチョイスを少しズラす。
かつて蒐集された魔法の一つが、星空に展開された魔法陣より放たれる。
なのだが、魔法陣から降って来たものがただの雨だったため、ロッテは首を傾げてしまった。
「?」
は? と思うロッテの頬に、雨粒が一つポツリと当たる。
当たった雨粒はなんとバインドとなり、ロッテの体を拘束する光の輪になった。
「うっそ、まさかこれ、雨粒全部がバインド!?」
ロッテの声が、この魔法の危険性を一瞬で周知する。
この魔法は雨粒一つ一つが強力なバインドで、それを土砂降りのように降らせる魔法なのだ。
当然、防御魔法で処理できないタイプのバインドも入り混じっている。回避も困難だ。
バインドは動きを止めるものだが、これだけの数に締め上げられれば、良くて窒息死、悪ければバインドの圧力で体が引きちぎれてしまう。
「アリア!」
「いや、これは流石に無理です父様!」
グレアムの言葉に応えるべく、アリアもバインドの雨に抗おうとするが、どうにもならない。
はぁ、とそこでプレシアが溜め息を吐く。
それはどこか偽悪的で、"自分は周囲の弱さに呆れて初めて動く人間なのだ"と言いたげな様子であり、自分がいい人に見られたくないという、彼女のスタンスが出させた溜め息だった。
「フォトンバースト」
《 Photon Burst 》
プレシアの爆発魔法が、全ての雨粒と、雨粒を降らせる魔法陣を一緒くたに吹き飛ばす。
空を覆う巨大魔法陣に、土砂降りの日の雨粒の数に等しいバインドを、力まかせに吹っ飛ばす爆発。どれだけの技量と魔力が必要とされるのか、想像もつかないほどだ。
それはもう、この素晴らしい世界に祝福をもたらしそうな規模の爆発魔法であった。
「うおお、すっげ……すっげーな、アリア」
「……ロッテ、小学生並みの感想になってるわよ」
「この程度で驚いてもらっても困るわね」
素直に賞賛を受け取らないプレシアの横で、リンディが仲間達と認識をすり合わせる。
「プレシアには、アースラの魔導炉を使ってもらってるわ。
アースラは落ちたけど、炉だけはスタッフがなんとか今も稼働させてくれている」
「ガッツのあるスタッフを集めたものね、リンディ」
「ええ。自慢の息子に劣らない、自慢の部下よ、プレシア」
クロノ達が戦えないアースラスタッフを守ってきたことが、ここに来て効いてきたようだ。
誰もが戦っている。
誰もが頑張っている。
まだ何も終わっていないという課金少年の言葉に感化され、足掻きに足掻き続けている。
魔導の炉のバックアップを受けたプレシアは、かつて管理局基準の魔導師ランク認定にて、SSランク魔導師の認定を受けたこともある。
敵が闇の書でなければ、確実に無双していたはずの強さであった。
しかしながら、今日この場ではこれ以上なく頼りになる仲間である。
「散れ」
闇の書はミッド式がベルカ式と比較して近接に優れていないことを知っていた。
この場で近接が得意そうなのはクイント、次いでロッテ。後は全員後衛寄りだ。
遠くから定期的に誘導弾を放ってくる高町なのはの存在を前提に考えても、接近戦を仕掛ければ五分と経たず全滅させられる。
そう考え、闇の書は踏み込んだが――
(小器用な)
――そんな闇の書を、リンディによる渾身のリングバインドが捕まえていた。
これまでバインドを紙のように引きちぎっていた闇の書が、何故止まったのか?
理由は二つある。
一つは込められた魔力量。リングバインド一つにつき、魔導師ランク総合AA+のリンディが現在の全魔力の1/10を込めていた。
その上リングが極めて小さく、その強度は信じられない域に達している。
そしてもう一つが、バインドのかけられた場所だった。
リンディのリングバインドはかなり小さく、その上とてつもない精密性にて、闇の書の指を指輪のように、闇の書の耳たぶをイヤリングのように捉えていたのだ。
これでは、闇の書は動きを止めざるを得ない。
リングバインドは空間に固定されるため、これでは闇の書が自分の力で自分の指を折り、耳を引きちぎる形になってしまう。
その程度のダメージは課金で治せるだろうが、こんなことをされて一瞬も躊躇わず指と耳を犠牲にすることなど、専門の訓練を積んだものでもなければ不可能だろう。
そうして、闇の書の足が止まり、近接魔導師が距離を詰めて来る。
「どうにも、ここにはリンカーコア抜かれて倒れてた私を助けてくれた高町夫妻の!
愛するお子さんが、居るらしくてねっ!
そりゃ恩返しとしても、二児の母としても、ほっとけないでしょ!
管理局員として、一人の母として、クイント・ナカジマとして! 倒させてもらうわ!」
「そうか」
中島の格闘攻撃と、闇の書の魔法格闘織り交ぜた攻撃が衝突し、呆気無く中島が落ちていく。闇の書は動きを止めに来たロッテを蹴り飛ばし、リングバインドを魔力の奔流で消し飛ばして、現状一番前に出ているグレアムに襲いかかった。
魔力の拳と魔力の刃が衝突し、拮抗する。
「命を捨て、勝てないと分かっている勝負に挑み、何を求める。老兵よ」
そうして、今ここでこうして戦っていることにすら迷いと葛藤を抱えているグレアムを見て、闇の書が問いかける。
「あの子らが、善き大人に育つこと。
健やかに未来を生きてくれること。今は、それだけでいい」
中島とロッテが戦線に復帰し、殴りかかる。
プレシア達が攻撃の魔法を放つ。
闇の書はそれに動じることもなく、淡々と、圧倒的に、蹂躙していた。
プレシア・テスタロッサ、リンディ・ハラオウン、ギル・グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリア、クイント・ナカジマ。
本来ならば並び立つはずのなかった者達が、肩を並べて明日を守る。
『大人』が。『親』が。命をかけて、子供達の未来を守る。
"それ"は、誰もが一度は果たそうとする、誰もが蔑ろにできない、大人達の責務であった。
彼らは戦う。
たとえ、彼らがどれだけ頑張ろうと、彼らが勝利する方法が無いのだとしても。
ザフィーラに導かれ、少年は闇の書のシステムの中を突き進む。
システムサイドのヴォルケンリッターの誘導があったおかげで、少年はすいすいとシステム中枢に食い込んでいく。
「ありがとうございます、ザフィーラさん」
「構わん。こうして誰かを導いたことも、初めてではない」
「そうなんですか」
そして、彼らは闇の書の中で眠る八神はやての下に辿り着いた。
はやては目を開けたまま、闇の中に漂っている。
周囲には闇の書が彼女から奪った"価値あるもの"がぷかぷかと浮かんでいた。
はやての手足の機能。
ヴォルケンリッターとの記憶。
八神の家。
家族の思い出が刻まれた家具。
はやての医者の中にあった、医者とはやての会話の記憶。
図書館の利用カードを始めとした、"はやてがこの世界に存在していたという証明"全て。
その他諸々、全部合わせてどれだけの数になるのか想像もつかない。
どれもこれもが、闇の書に喰われたせいで、この世界から消え失せていたものだった。
なんとまあ、えげつないことか。
これらを放置してはやてが現実に帰還しても、ヴォルケンリッター以外は誰もはやてのことを覚えていなくて、戸籍もどこにも存在せず、家も金も物も何も残っていないというわけだ。
闇の書は本当に、喰えるだけはやてから喰っていた模様。
「頼んだぞ」
「頼まれました」
ザフィーラに背中を押され、少年はアンチメンテで術式を起動。
闇の書の代金ベルカ式部分に、自分の代金ベルカ式でアクセスし、内部から干渉し始めた。
が。
少年が干渉を始めた途端、プラモデルを組み立てている時にベキッと行った時のような、そんな魔法的感覚が返って来る。
(? なんだこれ……)
触ってはいけないものを触り、壊してはいけないものを壊してしまった気がするが、少年は特に気にせず干渉を続ける。
闇の書の暴走部分の何かをへし折った感じであったため、好都合であるとすら思っていた。
なんというか、少年だけは触れてはいけなかった部分に内側から少年が触れるというイレギュラーが起きたため、想定外の破損が生まれたというか、そういうアトモスフィア。
「アンチメンテ、精査開始。内側に居る今なら、全部引っこ抜けるはずだ」
デバイス側からのアクセスと並行し、少年は自分のスマホを、はやてのスマホに近づける。
二つのスマホ、二つのアカウントを共鳴させ、少年は二人を繋ぐラインを形成。
ソーシャルゲームを媒介として、闇の書のあれこれを破壊する共鳴効果を発動させた。
「アカウント接続。サーバー経由、干渉……リフォメイション開始」
代金ベルカの魔法陣が広がり、少年の口座から大量の金を吸い上げていく。
それは「石返せ」「金返せ」という叫びに似た何か。
返還と返却、本来の持ち主に"価値"を返すための術式。
『なんで……そこまでして、助けてくれるん?』
目の前のはやてではなく、闇の書に喰われたはやての心の一部、周囲に浮かんでいたはやての一部が、少年に問いかけてくる。
「水臭いこと言うなよ。オレ達
『―――』
現実で付き合いも無かったくせに。
水臭くはないがちょっと臭い台詞を笑って言いながら、少年は術式を完成させた。
術式ははやてが奪われた全てを取り返し、はやてに返還し、この世界にあったはやてにとって価値あるもの全てを、はやての手に返す。
そのついでに少年のアカウントと口座の金を含めた、闇の書が課金収集したもの全ても持ち主の下へと帰って行った。
健全な体と心を取り戻したはやては、やがて可愛らしい声を漏らしつつ、体を起こす。
「んあ……」
「おはよう、寝坊助」
「おっはー……」
視界の端で、ザフィーラが声も上げずに拳を強く握ったのが見えた。
ヴォルケンリッターの忠誠心を少年は再確認し、はやてをさっさと覚醒させるべく会話する。
「ん……あかんな、夢の中で外の状況は把握してたんやが、頭回らん……」
「はやはやは頭がおかしいのか」
「その言い回し、間違ってるようで間違ってないんで腹立つなぁもう!」
人と話しているだけでノリッノリに覚醒していくはやては、いつも通りのはやてであった。
後遺症も見られないため、少年は人知れずちょっとホッとする。
並んでホッとしている少年とザフィーラの前、はやての目の前に、割って入るように突然現れた銀髪の女性が、少年を睨んで呟いた。
「……目覚めてしまいましたか。八神はやて。我が主よ」
その言葉は、少年を見ながら言われた言葉でありながら、文面だけを見ればはやてに向けられた言葉であるようにも見える。
だが実際は、はやてを目覚めさせた少年に対する敵意の言葉であった。
少年に今にも襲いかからんとする銀髪の女性だったが、はやてに背後から抱き止められる。
「君は、私の味方? 敵?」
「味方です。ですが、主……」
「味方なら私の意志を尊重して欲しいんやけど、ダメなんかな?」
「……」
「私が生きてきた世界は、悪い夢のようやった。そう言える。
せやけど、いい夢でもあった。そうも言えるんや。
夢なら覚めてと思ったこともある。夢なら覚めないでと思ったこともある」
八神はやてが世界の破壊を望まないことなど、分かっていたはずだった。
「でも今は、夢から醒めた後の明日が、とっても楽しみなんや」
「―――」
それでも、闇の書の管制人格は暴走を止めることなんてできないから、せめてはやてを悲しませるものを全て壊して、破壊の光景をはやてが見ないよう、眠らせておくことしかできなかった。
銀髪の女性は、ずっと一人で泣いていた。
「みんなで一緒に明日を迎えたい。
みんなで一緒に、明日を見たい。
その"みんな"の中には、君も入っとるんやで?」
「私、が?」
されど、銀髪の女性が選んだ悲嘆の道が、はやての心根を曲げることはない。
正道を真っ直ぐに進むはやては、銀髪の女性やヴォルケンリッターと共にあるというだけで、彼女らが曲げてしまった生きる道を、強引に正道へと戻していく。
「名前をあげる。
闇の書なんていう、皆が忌まわしく思いながら呼ぶ名やない。
皆が親しみを込めて呼ぶ、あなたの未来を祝福する名前や」
命は、生まれた瞬間に名を貰う。
名を貰った瞬間に生まれ直し、生き直し、そこから新たな生を始める。
名をあげるとは、そういうこと。
「夜天の主の名において、汝に新たな名を贈る。
強く支える者……幸運の追い風……祝福のエール……『リインフォース』」
「リイン……フォース……」
かくして、永く続いた悲しみを終わらせる、最後の夜天の主が動き出す。
「私に、力を貸してくれへんかな」
「……喜んで」
リインフォースがはやての前に傅く。
「主よ」
「頼りにしてるで、ザフィーラ」
「はっ」
ザフィーラもまた、はやてに傅く。
「やってやろうぜ、ギルドマスター」
「ほな、不甲斐ないマスターな私を助けてくれると、嬉しいな」
そして少年が友として、はやてに声をかけた。
「まずは、私が助けるから」
「うわっ」
対しはやては、ちょっと恥ずかしそうに少年を抱え、飛び立つ。
金がなければ飛べもしない少年への気遣い兼、恩返しだ。流石に異性にやるのは恥ずかしそうだが、これが一番なのもまた事実。
リインとザフィーラも後に続くが、はやてと少年は至近距離で何かをぼそぼそと話し、闇の書内部で何かのプログラムを走らせる。
すると、ものの数秒で闇の書内部のプログラムが爆発と崩壊を始めていた。
「これは……課金厨を殺すための闇の書のシステムが、暴走している!?
バグで主を認識していなかったはずのシステムが……
更にバグを起こして、微課金である主はやてを、敵対者であると認識している!?」
「派手にぶっ壊したるで、リイン!」
「はい! ユニゾン・イン!」
「
崩壊を始めた闇の書の中で、少年を抱えて飛びながら、リインと融合したはやての大規模魔法が解き放たれた。
闇が晴れ、闇が割れ、闇が砕け、外へと繋がる道が開く。
そうして、彼らは脱出した。
外の戦いは、またしてもなのはと闇の書の一騎打ちとなっていた。
「さ、流石に、きっつい……」
大人勢は全滅。一部は命の危機に晒されている。だが闇の書などという規格外に、しばらく保たせただけでも大人達は勲章ものの活躍だったと言えるだろう。
稼いだ時間は無駄にはならない……が、それがすぐさま結実するというわけでもない。
むしろ、なのはが異常なのだ。
なのはは闇の書の暴走直後から今に至るまで、一度も脱落していない。
他のメンバーが参戦しては落ちていく中で一度も落ちず、ずっと継続して闇の書と戦い続け、闇の書に負荷をかけ続けていた。
不屈にして不倒。その姿に人は希望を見るが、流石に一人で頑張っても限界がある。
闇の書という格上が相手ならば、尚更だ。
「―――!」
だが、彼女が戦い続けたことに意味はあった。
落とされていった子供達、騎士達、大人達の稼いだ時間には、意味があった。
闇の書の内側から光が漏れ、人が飛び出して来る。
それが"皆の待っていた人物"であったために、皆の心に新たな希望がやって来た。
「かっちゃん!」
「はやて!」
「ザフィーラ!」
戦える人間の数が、一人から四人になっただけ。
そうも言えるかもしれないが、この状況を打破できるかもしれないという希望が湧いて来る。
主を失った闇の書は活動を止めるかと思われたが、予想に反して書の魔力は活性化。
最初は蠢く闇でしか無かったが、やがて赤い魔力光、金色の髪になったリインフォースとでも言うべき姿に変わり、理性の無い咆哮を世界の内に解き放った。
「主を失ってすぐ、"主が居ない"という状況に合わせた適応進化……!?」
「なんだこの進化速度は!?」
闇の書が姿を変えている内に、はやて達は海に浮かぶアースラの残骸の上に移動。
そこになのはも降りて来て、ボロボロな状態のフェイトも足を引きずってやってくる。
なのはは抱きかかえていた少年を下ろしたはやてを見て、恐る恐る声をかけた。
「かっちゃん! それと、はやてちゃん……だよね?」
「あ、うん、せやで」
リセマラのなのは。
無課金のフェイト。
微課金のはやて。
廃課金の少年。
四人が一同に介するのは、これが初めてか。
「えっと、私、高町なのは。よろしくね?」
「あ、フェイトです。フェイト・テスタロッサです……」
「これはどうもご丁寧に。八神はやて言いますー」
「いや自己紹介は後にしてくれよ……」
少年が理性的なツッコミサイドに回るという狂った状況。
流石に皆疲れているようだ。
そんなことをしている内に、はやてとリインから切り離された書の大部分……闇の書の闇は、地球の外側に、地球と同サイズの魔法陣を創り上げる。
『あれは……"星喰い"!?』
「知っているのかリインフォース!」
『あれはかつて存在した、アルハザードの負の遺産を模した一撃だ!』
フェイトという雷電を差し置いて、知識の塊であるリインフォースが解説を始める。
『あれは星よりも大きな口を作り、星を一口で喰らう魔法。
喰われた人間は、喰った者の内側の世界で価値や虚構の価値を生み出し続け……
生み出すたびにそれを喰われ、違和感を持つこともできないまま、餌になり続ける。
魔導師ならば魔力も喰われる。
そうして地球を生きた動力炉の一つとして飲み込み、書は次の世界に行くつもりなのだ』
「発動前に攻撃して邪魔すれば……」
『術式はバックグラウンドで走らせるプログラムに近い。
一度発動すれば攻撃しても止められない。止めるには、書そのものを破壊しなければ』
「……あれを、破壊か」
よく見れば、宇宙空間に形成されている魔法は、地球を一口で喰えそうな『口』であった。
あの魔法を放たせてはいけない。
闇の書は星や世界を砕くという文句でその脅威を語られていたが、実際にどういう風に破壊するのかをこうして目にすると、誰もが苦渋の表情を浮かべずにはいられなかった。
「さて、勝負や。
総資産ならともかく、瞬間火力なら、いい勝負になるんとちゃうかな?」
『勿論。主はやてに負けはありません』
「主。防御はお任せを」
「頼んだで、リイン、ザフィーラ!」
空に舞い上がるはやてとザフィーラ。
はやてと一体化したリインの助力で、蒐集の結果得た真正ベルカを放つはやては、暴走する闇の書の闇と同レベルの火力を手に入れていた。
空にて魔法と魔法がぶつかる。
島くらいなら砕ける魔法が、雨あられと放たれていく。
返石騒ぎで流れ込んだ石の全ては闇の書の闇の中にあり、その分だけはやては闇の書の闇に押し込まれていたが、その差は防御に特化したザフィーラが埋めていた。
「おい……僕の親友を名乗ってるバカ」
はやてに補助魔法を送ろうとする課金少年だったが、その背後からクロノが声をかける。
フェイトが立ち上がっているが戦えていない状態、ヴィータを始めとする騎士達が立ち上がることもできていない状態、大人達が意識不明の瀕死状態であるのを見る限り、クロノは戦闘不能状態だった魔導師達の中で、一番早くに戦線復帰した者であるようだ。
「まだ行けるな?」
「ああ、まだ行ける」
課金少年が、闇の書から取り返した愛用のキャッシュカードを構える。
クロノが、デュランダルの待機状態であるカードを構える。
二人はそうして、同時にデバイスを起動した。
「「 セット・アップッ! 」」
少年の手から補助魔法と回復魔法が四方八方に飛び、クロノの手に氷結の杖が握られる。
「言っておくが、リボンザムは使うなよ?」
「了解。リボンザ―――」
「 使 う な 」
「……あいよ」
ただの魔力の塊に近い闇の書の闇に、エターナルコフィンは通じづらいだろう。
一千万溶かした砲撃魔法でも、おそらく決定打にはなるまい。
勝利に至る道筋は、減っていく一方。
だが、課金少年の顔を見るクロノの内には、いつしか一つの確信が生まれていた。
「まだあるんだろう? この状況を打破する手は」
「おいクオン、何の根拠もなくそういうこと言うのはオレの専売特許だぞ」
「君がそういう顔をしている。それが根拠だ」
「……」
そう言って、クロノははやての援護のために飛び立って行く。
クロノは頭がいい。
親しい仲であれば察しもいい。
なればこそ、クロノの推測は正解だった。
課金少年には、この状況を打破する方法の心当たりがあった。
だがこの状況になっても使っていないということは、この少年がその方法を使いたくないと、心の底から思っているということで。
その方法がまともなものでないことは、その時点で察せるというものだ。
だが、そんな少年の背を、ズタボロな姿の高町なのはが優しく押した。
「かっちゃん、『アレ』を使おうよ。持って来てるんでしょ?」
「……! 駄目だ! アレは、なっちゃんの体にどんな影響があるか分からない!」
「他に道はないと思うの」
少年がその手を選ばなかったのは、なのはの身を案じているからだというのに、だ。
「かっちゃんが私を心配してくれてるのは分かってる。でも、やろう?」
なのはは少年が躊躇っているその方法を知っていた。
その方法に危険が伴う可能性を知っていた。
にもかかわらず、彼女は彼の背中を押す。
「私があなたを信じてる。あなたも私を信じてる。
だから、きっと……それが星の光より遠くで輝く奇跡でも、きっと、手は届くよ」
「……なっちゃん」
信じる気持ちが、奇跡を掴んでくれるはずだと、信じてるから。
「かっちゃん。私の力を信じて」
なのははが胸に当てた手が、バリアジャケットの柔らかなリボンの形を変える。
「信じてるさ、生まれた時から……生まれる前からずっと。一度も疑ったことなんてない」
何故だろうか。
彼の口から、その言葉が自然と出たのは。
生まれた時のことなんて、まして生まれる前のことなんて、何一つとして覚えていないのに、何故かここでそう口にすることが、正しいことであるように彼には思えた。
どこにも何も残っていなくても、魂だけはそこにある。
海に大きな水柱が立ち、空に大きな爆炎が広がる。
それははやてとリイン、ザフィーラとクロノが、まとめて闇の書の闇に倒された証明だった。
もはや迷う時間もない。
少年は少女の覚悟に応えるように、自身も覚悟を決める
そして彼はどこからともなく、『SSR 高町なのは』と書かれたカードを20枚取り出していた。
それは、ソーシャルゲームの象徴たるシステムの一つ。
同じ種類のカードを"重ねる"ことで、一枚のカード及びキャラクターを強化するシステム。
ガチャから出たものが被ったことも無駄にしない、複数枚所有しているものを強化するものだ。
少年は何故か、昔から高町なのはと運命的に引き合っているところがあった。
SSRのなのはの排出率は高くないはずなのに、今日までの間に20枚も引いていたのである。
おかげで他のSSRの排出率が低下するというこの始末。
重なった20枚は何に使うこともできないため、机の中に厳重に保管されていた。
"これをなっちゃんに重ねてみれば"と思ったこともあったが、その先に"もしも"があったらと思うと、少年はどうしてもそれを行うことができなかった。
その20枚が、少年の手から離れ、光と共に空に浮かんでいく。
少年はリセマラで至ったなのはという
奇しくも、最終的に至った数は地球に落ちたジュエルシードと同じ、『21』であった。
空に浮かんだ20枚のカード達は光に変わる。
それはまるで、星空に書き加えられた世界で最も新しい星座のよう。
創られた星の光が、軌跡を刻む。
「これが、オレの……オレ達の!」
「私達の!」
「「 最後の切り札っ! 」」
星の光が、なのはのバリアジャケットに降り注いでいく。
「
光が、なのはを変えていく。レイジングハートが唄うように、なのはの進化を祝していた。
《 Re:Rise Up Evolution 》
光はなのはのジャケットに纏わり付き、金の布の装飾を加える。
レイジングハートに纏わり付き、金の金属の装飾を加える。
髪を束ねるリボンに纏わり付き、金の縁取りを加える。
それは黄金を思わせる金色ではなく、むしろ人が夜道でふと空を見上げた時に見える、星の光によく似た金色だった。
「星の、煌めき……」
呟いたのは、はてさて誰であったのか。
これが彼と彼女の力を合わせた、最後の希望だ。
「終わらせよう、全部の悲しみを、今日ここでっ!!」
なのはが叫び、皆の希望を背中に受けて、不屈の魔導師は空に飛び立つ。
数十万のコンテニューを控えた闇の書の闇が、それを夜空の下で迎え撃った。
『限界突破』
同種のカードを重ね、カードの性能を伸ばすシステム。
定番の機能ではあるが、ジャンプ漫画原作などの知名度の高いソシャゲでも、意外と実装していないことはある。
コンプガチャのような「○枚のカードを集めて目的のものを手に入れる」タイプとは違い、むしろ「ガチャで被っても引いた人をがっかりさせない」という保険に近い。
ガチャはどうしても、同じものを引いてがっかりしてしまうということを避けられない。
そのがっかりは、ガチャ欲求を削ってしまうのだ。
ゆえに限界突破が生む"何を引いても得になる"という認識が、人にガチャを回させる。
これもまた、商売の技術の一つというわけだ。
原作の高町なのはのリミットブレイク・ブラスターモードが、限界レベル100の身でレベル150相当の力を出させるものならば、彼の手による限界突破は限界レベルを200~300と引き上げた上で、レベル200相当で力を安定させるものである。