課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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「SSRを出すためには3000万必要だ。あなたに払えますかね?」
「払います! 払ってみせます!」
「その言葉が聞きたかった」


「そう言って、ブラックジャックは無課金という病気を治していってくれたんです……」


「金がなければ課金できねえとでも?」「課金とは心の所作」「心が正しく形を成せば想いとなり」「想いこそが実を結ぶのだ」

 現状、高町なのはが唯一戦力に数えられる人間であることには意味がある。

 

 回復魔法は不死の兵士を作る魔法ではない。

 回復できない傷もあれば、魔法発動から回復完了までの時間が必要なこともあり、回復魔法でも癒せないダメージや疲労というものは存在するのだ。

 仮に肉体を完璧に治せたとしても、精神や魂に消耗は残る。

 それは課金回復においても同じだ。一般的な回復魔法とは隔絶した特性を持つ課金回復ではあるが、石を砕いてもイベントで疲れたプレイヤー自身は癒せないように、癒せないものはある。

 

 今現在、高町なのは以外の全員がグロッキー状態なのは、この辺りに原因がある。

 回復魔法で肉体を治しても、すぐには戦闘続行ができない状態なのだ。

 精神や記憶に干渉する闇の書の魔法で、精神的に戦闘続行不可能な者まで居る。

 なればこそ、闇の書事件の最後を飾るこの戦いは、闇の書と高町なのはの一騎打ちとなる。

 

「レイジングハート!」

 

 なのはの視界には今、空も海も映っていない。

 何故ならば、360°全てから、万単位の石化の槍・ミストルティンが飛んで来ているからだ。

 ご丁寧に石化・誘導・バリア貫通などの機能を付加された石化の光が、高町なのはの逃げ場をなくすように彼女を包み込んでいる。

 なのはは相棒の名を呼んで、右手に持った杖と左の掌を左右に向けた。

 

《 Rolling Divine Buster 》

 

 そして、砲撃を発射した。

 右は杖から、左は掌に広げた桜色の魔法陣から。二条の砲撃が、石化の槍を飲み込んでいく。

 なのはは更にそこから、砲撃の密度と魔力の流入速度を次元違いの域にまで引き上げ、空中にてぐるんぐるんと大回転。360°全ての石化の槍を、砲撃で消滅させてみせた。

 彼女は暗い部屋で懐中電灯を四方八方に向けて振り回すイメージでやってのけたが、360°全ての方向を薙ぎ払う恐るべき全包囲攻撃である。

 

「せー、のっ!」

 

 更に杖と手、二つの砲撃を重ね合わせ、重ねた砲撃を剣のように闇の書の闇へと叩きつけた。

 遠目に見れば、日本列島を切り裂けるかもしれないと思えるサイズの光の剣にも見えただろう。

 それが闇の書を切り裂き、その内に内包されていた『石』をちょうど一万個、破壊した。

 

 闇の書の闇が、苦痛の咆哮を上げる。

 

 ソーシャルゲームには、対人戦で勝利した際に相手から何かを奪う形式のものがある。

 そうするとプレイヤー同士が本気で殺し合うという、運営の煽りに近い対戦の仕様である。

 ならば、代金ベルカ式にも存在して然るべきだ。

 相手が代金ベルカ式を使う時にのみ使える、攻撃時に相手から特定の何かを奪う術式が。

 かっちゃんが使用を躊躇うような、かっちゃんが使っても大して効果が無い術式であっても、なっちゃんならば使用を躊躇わないし、効果も絶大だ。

 

 高町なのはは、ソシャゲの闇から生まれた怪物の石を全て粉砕し、コンテニューできないようにしてから叩き潰す算段であった。

 

「―――!」

 

 たまらず、闇の書の闇は転移魔法で距離を取り、直径1kmの高密度圧縮魔力弾を連射した。

 闇の書の闇が放った魔力球はまるで数珠のように一直線に並び、なのはに向かう。

 サイズも規格外であったが、弾速と威力もまた規格外の魔力弾の十三連射。

 避ける?

 受ける?

 否。

 どこまでも真っ直ぐな高町なのはは、それを正面から突き抜けることを選択した。

 

「エクセリオンバスターA.C.S! ドライブ!」

 

 レイジングハートの先端にストライクフレームを形成、加速するための魔力の翼を構築し、なのはは目にも留まらない速度で飛翔、突撃する。

 直径1kmの魔力弾十三個を、全て真正面からぶち抜きながら。

 なのはは体表に防御魔法を張っているためダメージはないものの、目を疑う突撃であった。

 団子に串を刺す時のように、桜色の光の直線が、魔力弾達を貫いていく。

 

「ブレイクッ……シューットッ!!」

 

 そして闇の書の闇との距離がゼロになった瞬間、レイジングハートの先端から砲撃を発射。

 闇の書の闇を海に叩き落としながら、その内部の石を千単位、万単位で砕いていく。

 

「終わりにしてくれって、『あなた』の望む声が聞こえるから、だから!」

 

 それでもなお止まらない、金髪と赤いオーラのアインスとでも言うべきその女性。

 海の下から飛び出してきた闇の書の闇を見て、なのはは再度杖を構えた。

 その悲しみを、終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 限界突破術式は、少年の予想以上に負担が大きいものだった。

 加え、21の力を同調させ、安定させるということは、その負担を指数関数的に上昇させる。

 今の彼は21本の線を同時に平行して引いているようなものだ。

 線が一本でもズレればズレた分だけ同調は乱れ、なのはの戦闘力は下がってしまう。

 集中力が切れて過半数がズレれば、その時点で限界突破は解除されてしまう。

 "異なるものを重ね続ける"ということは、彼にとっても膨大な負担となっているようだ。

 

「……ぐッ……うッ……!」

 

 負担は、彼からあらゆるものを削る。

 魔力、ひいては魔力の源である彼の預金が削られていく。

 体力、ひいては体力の源である体に小さな傷が付いて行く。

 気力、ひいては気力の源である精神力がゴリゴリと削られていく。

 戦いが始まってから三分ほどしか経っていないのに、少年はもう立ってもいられない。

 

 彼はふらりと左に倒れて行ったが、そんな彼を左から支える少女の姿があった。

 

「一人で倒れるなんて水臭いなぁ。私ら、助け合う友達(フレンド)なんやろ?」

 

「はやて……」

 

『今そちらに、私と主の魔力を送る。魔力と金の消耗を抑えろ』

 

《 Erholung 》

 

 はやてに支えられ、少年ははやてとリインの魔力を受け取る。

 注がれた魔力が、彼の口座の消耗を一時的に止めてくれていた。

 本来ならば、八神はやては単独で災害を起こし災害を消せるほどの魔力を持ち、リインフォースも主に見劣りしない魔力を持っている。

 なのにほんの少ししか流れて来ない魔力が、ユニゾン中なのにしっかりと立てていないはやての震える足が、彼女らの消耗を物語っていた。

 

 はやて一人では倒れそうな少年一人の体重を支えられない。

 ゆえに、少年を右側から支える少女も居た。

 

「頑張ろう、一緒に。かっちゃんにも、なのはにも、私達が付いてる」

 

「フェイト……」

 

《 Divide Energy 》

 

 ヒビだらけのバルディッシュから、アンチメンテに魔力が送られる。

 自分の体の限界より、自分がやろうと思うことを優先しがちなフェイトは、本当にギリギリな状態で限界を超え魔力を絞り出し、それを少年に注ぎつつ、少年を支えていた。

 友達への献身でうっかり死んでしまいそうな危なっかしさが垣間見える。

 

 左右から支えていた少女二人だが、なのは達の戦闘で生まれた余波の風に煽られ、三人まとめて後ろに倒れそうになる。

 そんな三人を、後ろから二人の少年が体ごとぶつかるようにして支えた。

 

「悲しい出来事は笑える範囲に収まってくれなきゃ困る、って……

 不可能だろうけど皆で一緒に楽しめるような世界ならそれが一番だ、って……

 人が居なくなることも、楽しくやっていけなくなることも、悲しいから無い方がいいって……

 ソシャゲは一人でやるんじゃなくて皆でやるものだから、皆で一緒に楽しく生きたいって……

 君が、そう言ったから! 僕は君が目指すものを、ちょっとはいいなって、そう思ったんだ!」

 

「ユーノ……」

 

「手伝えるなら手伝ってやりたいって、そう思ったんだ!」

 

 ユーノ・スクライアの回復魔法が流れる。

 回復魔法の発動だけで意識が飛んだが、ユーノは自分の意識が飛んだと認識するやいなや、舌を噛んでその痛みで気合いを入れ、歯を食いしばって魔法を維持した。

 友情が、少年の体に刻まれた痛みと傷を癒していく。

 

「今日ここで、悲しみを終わらせるんだろう?」

 

「クロノ……」

 

「笑え、親友。

 ここで闇の書の悪夢の全てを終わらせるんだ。

 ならいい加減、弱々しく本名を呼ぶんじゃなく、いつもみたいにおちゃらけたあだ名で呼べ」

 

「……クオン」

 

《 Divide Energy 》

 

 クロノの最後の魔力もまた、少年に託される。

 彼の言葉で、無自覚に友達を愛称で呼ぶことをしていなかった衰弱少年が、今立ち直った。

 

 もはや一人では立てない五人がなけなしの力を合わせ、互いに寄りかかり、立っている。

 奇跡のようなバランスであり、支え合う心と姿勢がなければ絶対に成立しないバランスだ。

 誰か一人が欠けてもダメ。

 そして五人の残り少ない力の全ては、一人の少年に集約されている。

 

 だがそこで、なのはと闇の書の闇の戦いで放たれた魔力弾の流れ弾が飛んで来た。

 

「―――っ!」

 

 なのはは流れ弾が仲間の下に行かないように気遣っていたが、それでも限界はある。

 闇の書の闇が低威力で数だけはある散弾を放ったのなら、尚更だ。

 飛んで来た流れ弾は一発だけで、その威力も平時の彼らならば鼻歌混じりに防げる威力……なのだが、今の彼らには防げない。

 四人には元より防御魔法を構築出来るだけの魔力がなく、課金少年はなのはの限界突破維持をしていて他に何もできないからだ。

 

 何もできない。

 どうにもできない。

 この、五人には。

 

「くあぅっ!!」

 

「アルフ!?」

 

 だが、横合いから飛び込んで来たアルフには、仲間を守ることが出来た。

 彼女はかなり早くに脱落し、ずっと回復に務めていたため、幾分か他の仲間より余裕があり、少年達の前に滑り込むようにしてバリアを展開することが出来たのだ。

 しかし、彼女に余裕が有るとはいえど、それは毛が生えた程度のものでしかない。

 流れ弾を受け止めたアルフの額には嫌な汗が浮かび、口の端からは苦悶が漏れる。

 

「しっかりしろ、課金野郎!」

 

「ワン子……」

 

「あっ、テメ陰であたしにそんなあだ名……ああもう! それはそれでいい!

 しっかりしろ! あんたかなのはか、どっちかが倒れたらその時点で、未来はないんだ!」

 

 フェイトを守る。アルフにとって、彼女が大切だから。

 課金少年を守る。彼が倒れれば、勝利がないから。

 ゆえに、アルフは命がけで少年達を守る。

 

「あたしはアンタが嫌いだが! 今はアンタを心の底から応援してるっ! 勝てッ!」

 

 受け止めきれない、とアルフは悟る。

 彼女は死を覚悟して、自分を巻き込む形でバリアと残りの全魔力を爆発させる。

 流れ弾と爆発は弾けて混ざり、少年達に届く前に、その場で盛大に爆発した。

 

「アルフっ……きゃっ!?」

 

「うわあっ!」

 

 アルフは吹き飛ばされ、海に落ちていく。

 気絶寸前だったはやて、フェイト、ユーノ、クロノもまた爆発の衝撃で気を失い、アースラの上を転がるように吹っ飛ばされていった。

 リインフォースがユニゾンを解除してはやてを受け止めていたが、それでも五人脱落したことに変わりはない。

 

 課金少年もまた、爆風に吹っ飛ばされそうになっていたが……なんとか踏み留まる。

 先程までの彼なら倒れていたはずだ。なのに、何故今は踏み留まれている?

 考えるまでもない。

 『立つ力』を、仲間に分けてもらったからだ。

 

「倒れてなんて、いられるかッ……!」

 

 まだ立てる。

 もう一人で立てる。

 力も、魔力も、想いも貰った。

 

 だから、立てる。

 

「勝てっ、なっちゃん!」

 

 だから、叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年の声はよく響き、半壊状態のアースラ内部にもよく響いていた。

 船体に入ったヒビの向こうから聞こえてきたその声に、プレシア・テスタロッサは僅かに笑む。

 

「あと一回。あと一回動けば、それでいいわ」

 

「はい!」

 

 プレシアは、アースラの停止した魔力炉の修理に動いていた。

 彼女だけではない。アースラスタッフの大半は、今ここで動いている。先の戦闘でアースラの残骸は闇の書の闇から一撃貰ってしまい、炉もその動きを止めていた。

 だがそれを再度動かすべく、皆が手を尽くしていたのである。

 

 戦闘続行は不可能だが、"魔力炉の知識"は人並み以上にあったプレシア。戦う力が残っていなくても、総指揮を取れるリンディ。重ねた歳は無駄ではないとでも言いたげに、真っ赤に染まる包帯をそのままにして、炉の修理に走るグレアム。

 アースラスタッフのエンジニアの一人であるマリエル・アテンザ、ハード面を他人に任せてソフト面を恐るべきスピードで修復していくエイミィ・リミエッタ。

 できることのないオペレータ達は船体の穴を塞いで沈没までの時間を稼ぎ、医療班は倒れた人間を片っ端から治療していき、一人たりとも休んでいないというとんでもない光景だった。

 

「ちょっと! こんな状態でスロットル上げたら弁が全部吹っ飛ぶよ!?

 機材の状態をデジタルにモニタリングできる状態じゃないんだから、もっと丁寧に!」

 

「は、はい!」

 

「A班、そこまで急がなくてもいいわ! B班が遅れ気味よ、手の空いている者はそちらに!」

 

 エイミィの怒号が飛び、どこからか謝罪の声が飛ぶ。

 リンディの指示の声が飛び、数十人の人間が一つの生き物のように流動的に動いていく。

 ここもまた、戦場だった。

 

「行程全完了! 最終チェックお願いします、艦長!」

 

「お疲れ様、マリー!」

 

 ようやく終わった、と認識した瞬間、何人かが糸の切れた人形のようにぱたりと倒れた。

 そんな彼らの肩を軽く叩いて、グレアムはこの場で唯一魔力が残っている人間として、アースラの魔力炉に魔力を注ぎ込もうとする。

 

「さて、動いてくれるといいが……いや、違うな。動け、アースラ。動かなければ許さん」

 

 そしてそんな無茶を言いながら、なけなしの魔力を注ぎ込んだ。

 マッチの火に等しい魔力が魔力炉の中に放り込まれ、火を灯す。

 必然の帰結として、油の詰まったプールに等しい魔力炉は、燃え上がるように一気に魔力を吐き出した。

 

「来ました! 魔力炉再起動を確認!」

 

「魔力送信!」

 

「サーイエッサー!」

 

 プレシアの指示でスタッフが動き、アースラの魔力炉最後の魔力が課金少年へと送られる。

 これが彼女らが送れる最後の贈り物。

 今行われている無茶な魔力送信終了と同時に、アースラの魔力炉は焼け付いてもう動かなくなるだろう。雑巾の最後のひと絞りのような、そんな魔力送信だった。

 

「こんなに頑張ったんだから、当然のように勝って来ないと承知しないんだからね!」

 

 そう言って、エイミィは天井に向かって拳を突き出した。

 彼女は天井の向こうの課金少年となのはへ向かって、聞こえるはずもないエールを送る。

 そんなエイミィの横でリンディが、通信しつつ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「ええ、ええ、分かったわ……やはり、そうなったのね」

 

 拮抗していた戦いに、僅かな暗雲が立ち込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の書の闇が赤黒い魔力弾を、星浮かぶ空にずらりと並べる。

 

「行くよ!」

 

 なのはが桜色の魔力弾を、夜の海面にずらりと並べる。

 魔力弾の威力は同等。

 魔力弾の数は闇の書の闇が1万1000、なのはが1万。

 結果、闇の書の闇の魔力弾がなのはの魔力弾の全てを叩き落とし、なのはを襲った。

 

「くぅ……!」

 

 雲まで届くほどの水柱が何百本と立ち上がり、魔力弾の内いくつかはなのはをしたたかに打ち据える。だがなのはが傷付くたび、その体は課金回復にて瞬時に癒やされていた。

 なのはの体に傷一つ残さないという、どこかの誰かの鋼鉄の意志が滲み出ている。

 

「レイジングハート、頑張って!」

 

《 All right, My master! 》

 

 なのはは急上昇、急旋回を幾度となく繰り返す。

 闇の書の闇と激しい攻防を繰り広げながら、なのはは位置取りを調整し、闇の書の闇と同じ高度の立ち位置を確保していた。

 そこで闇の書の闇が西から、高町なのはが東から、同時に複数砲撃を放つ。

 放たれた砲撃の本数は驚くべきことに、闇の書の闇の砲撃が100、なのはの砲撃が108。

 砲撃の威力が同等であったがために、なのはの八本の砲撃が闇の書の闇に突き刺さっていた。

 

(……ダメ! 今のじゃ、たぶん石を十万個も削れてない……!)

 

 闇の書の闇に注がれた石の総数は、とてつもないものだった。

 何せトッププレイヤーは数十万個の石を返石されたと言われるソシャゲであり、数百万人が返石されたとも言われるソシャゲなのだ。

 所持石総数は、億に届いていてもおかしくはない。

 それでも弱ければやりようはいくらでもあるのだが、闇の書の闇は恐るべきことに、コンテニュー魔法抜きでもなのはと互角クラスに強かった。

 

 魔力弾勝負なら闇の書の闇が勝り、砲撃勝負ならなのはが勝る。

 速さなら闇の書の闇が勝り、硬さならなのはが勝る。

 魔法の多彩さなら闇の書の闇が勝り、魔法の重さならなのはが勝る。

 この一対一が始まった時点では、闇の書の闇はコンテニュー魔法抜きでもなのはと互角クラスに強かった。

 

 だが今は、なのはの方が、少しだけ強い。

 

(なんだろう)

 

 今のなのはは、幼馴染の制御下にある。

 幼馴染が心乱れれば乱れるほどに弱くなり、心定まれば定まるほどに強くなる。

 そして、この術式は極端に言えば擬似的に"21人の高町なのは"の心を一つにする作業であるとも言えるため、少年がなのはの心を動かす想いを注げば注ぐだけ、なのはは強くなっていく。

 

(胸の奥が)

 

 必要なのは、仮にここに21人の高町なのはが居ると仮定して、その全てに同じ方向を向かせることができるほどの、少年の熱い思い。

 

(すっごく、あったかい)

 

 仲間が頑張れば、少年の心が熱くなる。

 少年の心が熱くなれば、なのはの力が強くなる。

 全ての人の諦めない気持ちが力に繋がる良循環。

 

「フラッシュムーブ!」

 

《 Flash Move 》

 

 なのはは流れ込んで来る気持ちに応えようと、加速魔法で闇の書の闇の背後を取り、そして――

 

「!」

 

 ――闇の書の闇が手に突如現れた赤黒い大剣に、誘い込まれたという事実を突きつけられた。

 

「受けるな、高町なのは!」

 

 アースラ上ではやてとユニゾン解除したリインが、なのはに警告の声を上げる。

 

「避けろ! 古代ベルカ秘奥の一撃(エンシェント・マトリクス)だ!」

 

 振り上げられた大剣は、発動と同時に射程範囲内のターゲットを捕捉、全ての盾を貫く術式と、絶対に当たる術式を同時に起動する。

 回避不可能。

 防御不可能。

 レンジに入って発動されたその瞬間に、敗北が確定する。そういう無茶苦茶な技。

 

 闇の書の闇の切り札たる大剣が抜かれ、それがなのはの腹に向かって突き出され、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

『ええ、ええ、分かったわ……やはり、そうなったのね』

 

 通信機越しにリンディの声を聞きながら、地上に居た管理局員は乾いた笑みを浮かべていた。

 闇の書の復活直後、なのはとフェイトだけが現場に居て、何故アルフがそこに居なかったのか?

 答えは簡単。

 クロノの指示で、魔法で戦える管理局員はある程度散りつつ、相互に助け合える位置で海鳴にて待機していたのだ。

 その後の次元違いの戦いにこそついて行けなかったが、彼らはリンディからの指示で待機を続けて、なのはと闇の書の闇が戦っている今、海鳴の沿岸に立っていた。

 

 海辺に感じた魔力反応を確かめに来た彼らが見た物は、海鳴の沿岸部に現れた怪物だった。

 数十体の怪物は、なのはの攻撃で散った闇の書の闇の肉片が集まったものであり、管理局員達と同等の強さがあるように見える。

 管理局員達の総数は20。

 怪物の総数はどう見ても60をゆうに超えている。

 

 管理局員は死を覚悟して、杖を構えた。

 一体でも通してしまえば、海鳴の地にて虐殺が起こることは必至。

 なのははこちらに来れず、課金少年は動けず、ここに居る局員以外に戦える魔導師は居ない。

 

「やっべえ……」

 

 誰かがそう呟いて、それに反応したかのように、怪物が咆哮した。

 

 

 

 

 

 この怪物は、アースラの上にも現れていた。

 黒色の、闇そのものが獣の形を成したかのような怪物。

 怪物の体表から海の水が(したた)るたびに、怪物の体を構成する闇が溶けた水が、アースラの甲板をじゅうっと侵食していた。

 

『書の断章(マテリアル)……いや、闇の欠片止まりか』

 

「知っているのかリイン!」

 

『敵だ、倒せ、でなければ死ぬぞ!』

 

「緊急事態にささっと説明ありがとう!」

 

 解説してくれたリインだが、助けてはくれないらしい。

 足を殴りながら立ち上がろうとしているリインがあまりにもボロボロすぎて、献身的すぎて、健気だったため、少年は責める気にもなれなかった。

 

 少年は周りを見渡すが、まともに動けている人間がほとんど居ない。

 這いずって駆けつけようとしている者、足を引きずって歩き少年を助けようとする者、指を動かすことくらいしかできていない者。そんな者達しか居ないくらいだ。

 怪物は一直線に少年に向かい、口を開き……そこで、足を掴まれ、止まった。

 

「私を忘れては困るわね……!

 一人のママとして、子供達が無事家に帰るまでは、責任持たないといけないのよ!」

 

「中島さん!?」

 

 クイント・ナカジマは、両足にもう力が入らない状態で、それでも何一つ妥協することなく、アースラの上を腕力だけで這いずって、怪物の足元まで辿り着いていた。

 本来ならば少年を支えようと這いずっていたのだろうが、それにしたって凄まじい。

 彼女は遠足で近所のママさん達から子供を預けられるタイプの、責任感ある女性だった。

 

 怪物はそんな彼女の顔を、無情に蹴り上げる。

 

「づっ」

 

 まぶたが切れて、血が流れて、片目が見えなくなって、それでも彼女は怪物を離さない。

 自分の子供が居るから、他人の子供でも守りたいと思える。

 それが、彼女の心の骨子。

 いつの日か、彼女の血を継いだ子供達にも受け継がれるであろう、慈愛という名の心の強さ。

 

「女の魅力の八割は、根性と愛情で決まるのよ……!」

 

 怪物は踏む。

 自分の足に鬱陶しくすがりついてくる女性を、何度も踏む。

 やがて一人の母は踏まれた痛みで気を失い、掴んでいた足を離してしまった。

 

「がふっ」

 

「中島さん!」

 

 怪物は自由になり、少年の首を食い千切らんと走り出す。

 だが、クイント・ナカジマの稼いだ時間は無駄にはならない。

 その時間で、四人の人間が動くことができた。

 

「シャマル、まだか……!?」

 

「……今、出来た!」

 

 まず二人。

 少年から少し離れた場所で、シャマルが持っていた空のカートリッジに、シャマルとザフィーラが魔力を込めていた。

 二人は自分達の生命維持すら危うくなるほどに、自分達の体を構成する魔力をカートリッジに注ぎ、二人合わせてようやくひとつ分のカートリッジを作り上げる。

 作り上げたカートリッジを、ザフィーラが投げた。

 

「ごめんなさい、後は……」

「頼んだぞ、後は……」

 

 頼む、というところまで言えないまま、二人は倒れる。

 カートリッジを受け取ったフェイトが、二人の言葉にコクリと頷き返答としていた。

 ロードしたカートリッジ一発分、これがフェイトの使える最後の魔力。

 

(アルフが最後に残してくれた回復の魔法……無駄にはしない!)

 

 はやて達と違い彼女だけが動けているのは、爆発に呑み込まれる直前にアルフが焼け石に水程度の回復魔法を残していってくれたからだ。

 効果は、フェイトを少しばかり早く気絶から回復させる程度のもの。

 ゆえにフェイトもまた自身の限界を突破していたが、今戦えるのは自分のみ。

 なればこそ、弱音なんて吐いていられない。

 『友達を守りたい』と願ったのは、祈ったのは、志したのは、彼女自身なのだから。

 

「バルディッシュ!」

 

《 Sonic Form 》

 

 フェイトのバリアジャケットの装甲が減る。

 高機動を得るため? 否。バリアジャケットの大部分を魔力に戻し、再利用するためだ。

 立っているのもやっとなフェイトは、高機動のために防御を減らすのではなく、身体強化に回す魔力のために防御を減らすという選択を取っていた。

 

「やあっ!」

 

 フェイトはヒビだらけのバルディッシュを、戦斧状態のまま振るう。

 弱り切ったフェイトの一撃では、この怪物は倒せない。

 怪物は余裕をもって戦斧の一撃を掴んで止めて、もう片方の腕を、フェイトに叩きつけんと振り上げた。

 

「ザンバーッ!」

 

《 Zanber form 》

 

「―――!?」

 

 だが、力勝負で勝てなくとも、技勝負で勝ちに行くのが人間である。

 フェイトはバルディッシュが掴まれた状態で、バルディッシュをザンバーフォームへと切り替えた。

 バルディッシュの先端からフェイトの身長より大きな光刃が構築され―――怪物に突き刺さる。

 怪物は苦悶の声を上げ、バルディッシュを離して逃げるように飛び退る。

 

「シグナム相手に使う一回きりの小細工のつもりだったけど……上手く決まって、よかった」

 

 フェイトは振り返り、今自分が守った少年を見た。

 少年は現在進行形で魔力、財力、体力、気力、あらゆるものを加速度的に削られている。

 私より辛そうな顔してる、とフェイトは思った。

 

「大丈夫、私が守るから」

 

「フェイ―――」

 

 少年の声を振り切って、フェイトは怪物に向き直る。

 構えたバルディッシュがやけに重く、ザンバーの刃は脆く欠け始めていた。

 

(二度は通じない。でも、相打ちを狙えば……)

 

 相打ち狙いで、大剣を構えるフェイト。

 

「斧と鎌は使い慣れていても、剣はそうでもないか」

 

 そんなフェイトを横から支えるように、フェイトと共に大剣の柄を持ち、フェイトに声をかけてくれる者が居た。

 

「シグ、ナム……?」

 

「一手指南しよう。変に力を入れず、流れに沿って力を加えろ」

 

「! はい!」

 

 シグナムとフェイトは、共に大剣(ザンバー)を持ち振るう。

 二人の力が合わさり、フェイトの刃がシグナムの技で振るわれる。

 最初の出会いが敵であっても、今この瞬間は、隣の仲間を信じて振るえる。

 

「後のことは考えるな! 魔力も体力も、ここで倒れるつもりで振れ!」

 

「はいっ!」

 

 その一閃は、怪物の胸に突き刺さった。

 ザンバーの刃は半ばで折れながらも怪物の胸に突き刺さり、怪物が振るった腕が軽く当たってしまったフェイトとシグナムがアースラの上に転がっていく。

 二人の渾身の一撃は見事に決まった。

 だが、怪物は倒れない。

 

「それで死なねえのかよ……!

 ソシャゲイベントのHPだけバカみたいに上げた高難易度ボスみたいな仕様しやがって……!」

 

 怪物は少年、ひいては少年に力を制御されているなのはを倒すべく、少年に牙を剥く。

 それを見て、這いずるように動いていた一人……ヴィータが、近場に居たリインの服の裾を強く引っ張った。

 

「おい、銀髪!」

 

「!」

 

「あたしらの力を合わせれば、あと一発分くらいの力は絞り出せるだろ!」

 

「―――」

 

 諦めるものかと、ヴィータの心もまた叫ぶ。

 

「「 ユニゾン・インッ! 」」

 

 立ち上がり、走り、魔力も何もない一撃を振るうのに必要な力を1とする。

 ヴィータの中には0.6の力があり、リインフォースの中には0.4の力が残されていた。

 そして二人が一人になることで、二人は"仲間を助ける一撃"を放つことを許される。

 

「「あああああああああああああッ!!」」

 

 女性らしさも何もない、獣じみた、けれどどこまでも人らしい二人の叫び。

 その叫びと共に、リインとユニゾンしたヴィータが鉄槌を叩きつけた。

 狙うは、折れて怪物の胸に突き刺さったままのザンバーの刃。

 槌に撃たれた杭のように、吸血鬼の胸に刺さった白木の杭のように、鉄槌に打ちつけられた魔力刃が怪物の胸を突き穿つ。

 

 怪物は苦渋に満ちた断末魔と共に、闇の塵となって消えて行った。

 ユニゾンも解除され、限界を超えたリインがその場に倒れる。

 ヴィータも気を失いそうになったが、気を失うその前に、少年に気合いの入る言葉をぶつける。

 

「……しっかり勝てよ、男……だろ……!」

 

 力強く叩きつけてこそのヴィータだ。

 それは、仲間に送る言葉においてもそうである。

 倒れていくヴィータを見ながら、少年は自身の心が震えるのを感じていた。

 

「ああ!」

 

 熱い思いは、少年の胸の内より溢れて、空のなのはへ。

 

「負けて、たまるかッ!」

 

 空のなのはが、また一つ強くなる。

 

 

 

 

 

 怪物なんかに負けてたまるかと、誰もが叫ぶ。

 それは海鳴の沿岸で戦う、名も無き管理局員達もそうだ。

 弱っていたとはいえフェイト達を事実上の全滅に追い込んだ怪物数十体に、彼らは抗う。

 

「負けてたまるか!」

 

 勝てなくても、抗う。

 

「俺達は! お前達みたいなのから人を守るために、管理局員になったんだ!」

 

 負けられないから、抗う。

 

「うおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 守るために、抗う。

 

「気合入れろォ! てめえら、何のために今日までキツい訓練やって来たんだ!」

 

 諦めない先にだけ未来がある、と言ったのは誰だっただろうか。

 誰が言ったにせよ、それは世の真理の一つであると言えるだろう。

 諦めた瞬間に勝利の可能性が0になるのなら、諦めない限り、可能性はゼロにはならない。

 なればこそ、彼らに奇跡の祝福は訪れる。

 

「―――!?」

 

 戦っていた怪物の頭が突如弾けて、それが横から飛んで来た魔力弾によるものであると気付き、名も無き管理局員は反射的に横を向いた。

 

「こちらです」

 

「ありがとう、シロウ・タカマチさん」

 

 そこには二人の地球人と、その地球人と共に立つ、数十人の管理局員達。

 管理局員の中から、一人の女性が一歩前に出て、戦っていた管理局員達に向けて名乗る。

 

「時空管理局提督、レティ・ロウラン。とても遅刻しちゃったけど、許してもらえるかしら?」

 

 その名乗りが、押し込まれていた管理局員達に希望を与える。

 

「さあ、こっからだぞお前ら! 陣形立て直せ!」

 

「「「 了解! 」」」

 

 数の差は逆転し、一転して管理局員達が優勢となる。

 

 戦場を俯瞰し、事前に通してもらっていた話とは随分違うな、と恭也は思った。

 この最終決戦の始まりは、少年達によるグレアム詰問である。

 つまりこの戦いは、少年達が能動的に始めたものなのだ。

 ならば、事前に高町家の人達に少しばかり話を通しておいて、有事にあれこれしてもらおうと考えるのは、当然のことだろう。

 

 今回は管理局の援軍を現地人の道案内として助ける、という形で役立ってくれたようだ。

 恭也(あに)士郎(ちち)は、課金少年から護身用にと渡されていた大量の魔力入りのカードを使い、剣と体に魔力を通す。

 彼らは護身用にと渡されたそれで、戦う気満々だった。

 

「やるか、父さん」

 

「ああ」

 

 あの子らだけ戦わせてなんていられるか、とばかりに飛び出す二人。

 御神流の剣士の乱舞が、戦場にて二重奏を奏でる。

 遠距離魔法による集団戦を主とするミッド式と、前衛を務められる二人の相性は良く、そこから見ていて爽快なくらいの無双が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り上げられた大剣は、発動と同時に射程範囲内のターゲットを捕捉、全ての盾を貫く術式と、絶対に当たる術式を同時に起動する。

 回避不可能。

 防御不可能。

 レンジに入って発動されたその瞬間に、敗北が確定する。そういう無茶苦茶な技。

 

 闇の書の闇の切り札たる大剣が抜かれ、それがなのはの腹に向かって突き出され、そして―――

 

「私は、私達は!」

 

 ―――なのはの腹に、魔法陣が現れた。

 

「負けないっ!」

 

 なのはの腹に現れた魔法は、代金ベルカの術式を含む亜種転移魔法。

 課金少年がかつてクロノの前で披露した、転移魔法の雛形の応用発展完成形。

 魔法陣の一つはなのはの腹に、一つは闇の書の闇の背中に展開する。

 そうして、闇の書の闇が放った大剣は、闇の書の闇の背中に突き刺さった。

 

「―――!?」

 

 理屈はシンプルだ。

 なのはの腹と闇の書の闇の背中を転移魔法の応用で繋げ、そこを通して剣を当てた。それだけ。

 それだけの話だが……なのはの前にやった人間が存在しないほどに、トンデモな魔法であった。

 闇の書の闇が驚愕するのも、当然と言えよう。

 

 エンシェント・マトリクスは古代ベルカの遺産たる、防御不能で回避不能な一撃だ。

 だから、そのまま相手に返した。

 発想自体は素直で捻りもないものだったが、それを実現させることなど誰にでもできることではないだろう。

 

「エクセリオンバスター・オルタナティブ!」

 

《 Excellion Buster Alternative 》

 

 更にそこからノータイムで追撃を放つというのがえげつない。

 なのはの放った砲撃を、闇の書の闇はキレのある飛行で回避しようとするが、回避した砲撃が16分割されてそれぞれ闇の書の闇を追尾、全弾命中した。

 闇の書の闇が持つ石をかなり砕いた手応えがなのはの手の中に残り、なのはは爆煙の中から出て来た闇の書の闇の姿を見て、戦いの終わりを予感する。

 

 これまで倒れる様子を全く見せていなかった闇の書の闇に、ヒビが入っていた。

 崩壊の前兆だ。

 勝利が近い、ということでもある。

 だが、手負いの獣が最も怖いという言葉の通り、この手の敵は追い詰めてからが最も怖い。

 

 なのはも、それを分かっているつもりであったが……闇の書の闇が、なのはに背を向けなのはを無視して、なのはから何度か殺されることも覚悟で、課金少年を狙うなど、想定していなかった。

 

「!?」

 

 闇の書の闇の全力攻撃。

 千の種類の魔法が飛んで、課金少年を狙って襲う。

 遅れてなのはが魔法を撃ち落としに動く。

 千の砲撃が魔法を片っ端から撃ち落とすも、たった一発、されど一発、落としきれなかった魔法が課金少年に向かって行ってしまう。

 

「逃げて、かっちゃん!」

 

 逃げられるわけがない。

 逃げられるタイミングではないからだ。

 逃げるわけがない。

 今逃げればなのはがやられかねないというこの状況で、彼が逃げるわけがない。

 

 イベント完走をいつだって諦めない少年は、最後の最後まで、迫り来る攻撃を見据え―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

 けれど、すぐに理解した。

 少年を守るように飛び出したリーゼロッテが、飛んで来た魔力弾を素手で受け止めている。

 

「……へっ、こん、なの、屁でも……ないね……!」

 

 彼女は出血が多く、絶対安静の身の上だったはずだ。

 回復魔法をかけた上で、命の危険がある状態だったはずだ。

 

「先生!」

 

 少年の声に、死の予感から生まれる感情が混じる。

 リーゼロッテは少し笑って、魔力弾を受け止める腕の片方が折れたのを感じた。

 

「K、お前さ、クロスケと、悲しみを終わらせるって……そう言ってたよね……だったら!」

 

 それでも構わず、拳を叩きつける。

 

「―――この悲しみも、終わらせて」

 

 それでも構わず、血を吐くような想いを叩きつける。

 

「クライド君が殺された時から、ずっとある、この悲しみを―――」

 

 術式介入。

 魔力弾の魔力に干渉し、この場で全魔力を"爆発"という形で発散させる。

 ロッテの細工は見事にハマり、魔力弾はロッテを巻き込む大爆発を起こし、消滅した。

 その爆発に、ロッテが巻き込まれるという結果を代償として。

 

「先生ッ!」

 

 いまだに先生と呼んでくれるバカ弟子に、ロッテは微笑んだ。

 

―――先生と呼んでもいいですか?

 

 死が迫る彼女の脳裏に、走馬灯が走る。

 懐かしい記憶。

 楽しかった頃の記憶。

 クライド・ハラオウンが生きていた頃と同じ、あの頃に戻りたいと思っても、戻れない過去の美しい想い出。

 

―――地球では"先に生きている"と書いて先生なんです。先生が生きて学んできたこと

 

 課金厨だったのは死ぬほど嫌だったけど、それを差し引いても嫌いじゃなかった、とロッテはぼんやりと思った。

 

―――教えてくれたら嬉しいなーと

 

 ああ、そうだ。

 あの時間に、悲しみはなかった。

 少年と、クロノと、リーゼアリアと、そして、自分。

 クライド・ハラオウンの死の悲しみを、あの時間だけは忘れていられた。

 

 ロッテは今更に、今まで至れなかった"答え"に至る。

 

 あの時間は大切だった。

 それを思い出せたロッテには、あの時少年達が語っていた、過去を理由に今ある幸せと今生きている人を犠牲にすることの愚かさが実感できていた。

 

(なんだ……過去の悲しみを理由にしても、犠牲にしたくない時間って、あたしにも……)

 

 そんなことを考えているロッテは……ギリギリまだ人型と言える、というレベルの重傷を負って血だまりの中に沈んでいた。

 ロッテほどではないが瀕死に限りなく近いアリアが、ロッテの危機に駆けつけて回復魔法をかけていなければ、ほどなく死んでいただろう。

 少年は回復魔法をかけようと思うが、なのはの限界突破維持をしていることを思い出し、歯を食いしばって衝動を抑える。

 

「……っ」

 

 代わりに、ありったけの熱い想いを、空で戦うなのはに送る。

 

「なっちゃん! 勝て! 何があっても……何が起こっても、オレは信じてる!」

 

 少年はとうとう、ガチャ景品を欲しいという感情を制御し物欲センサーを無効化する技術を応用し、激昂しながら精神の平静さを保つ域へと至る、心の進化を遂げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう二度と、課金少年に攻撃は飛んで行くまい。

 一度の攻撃で仕留めきれなかった時点で、闇の書の闇の負けは決まった。

 なのはは今日この場所で、自分の戦場を見つけそこで戦っている人々を杖で指し示し、そこで輝いている人の心の光を賞賛した。

 

「これが光。(あなた)に無くて、夜天(よぞら)にあるもの」

 

 宇宙から地球の夜の面を見れば、夜を照らす人の営みの光が数え切れないほどに見えるという。

 人の光は、星の表面を覆う光。

 この星を包み込む光。

 人の光は、星の光なのだ。

 

 この戦場では、『みんな』が輝いている。

 星々(みんな)が輝いている。人が作る星空がある。

 星の輝きの大きさに差はあれど、全ての星が輝いている。

 なればこそ、この戦いは、闇を夜天(よぞら)と星空が倒さんとする戦いである。

 

「レイジングハート、サーチ、アクセス!」

 

《 Search Access Connect 》

 

 なのはの超強化されたサーチ魔法が、闇の書の闇をサーチする。

 そしてなのはは、闇の書の中枢に近い部分に僅かに残されていた、課金少年の魔力を感知した。

 感知した魔力を頼りに、なのははエンシェント・マトリクスを無効化した特殊転移魔法を発動、闇の書の闇の中に通ずる道を作る。

 

 そして闇の書の内部に砲撃を転移させ、風船に思いっきり息を吹き込むように、内部から闇の書の闇を破裂させた。

 

「ブレイクアウトっ!」

 

 コンテニュー魔法が発動され、闇の書の闇は何事もなかったかのように復活してくるが、石は相当数削れたことだろう。

 それになにより、これは布石だ。

 スターライトブレイカーを発射する前にディバインバスターを撃つような、本命の魔法の前の布石にすぎない。

 

「星の光よ、人の光よ、幾多の世界に広がる眩い輝きよ」

 

 もはや天元を突破するほどに強化されたなのはでも、詠唱が必要となるほどの大魔法。

 それが戦域に、幾つもの魔法陣を形成する。

 代金ベルカの特殊転移魔法の応用、世界と世界を繋ぐ魔法陣だ。

 

 この魔方陣は近隣の次元世界の中から収束砲撃に使える魔力に満ちた場所を検索し、そことこの世界を繋ぎ、別世界から収束砲撃に使う魔力を調達するもの。

 一つの戦場から魔力を集めるのではない。

 一つの世界から魔力を集めるのではない。

 複数の世界から魔力を集める、文字通りに"次元の違う"収束砲撃だ。

 

 ソシャゲで複数世界がコラボで繋がった結果生まれた強キャラのごとく―――その力は、絶大。

 

「今、私の手の中に……心照らす光の流星となれ!」

 

 バインドにバインド、更にバインドを重ねて闇の書の闇を捕らえるなのは。

 収束は数秒。

 逃さないという鉄の意志に、想いを魔法で届かせるという熱い想いが、闇の書の闇へと向かって解き放たれた。

 

 

 

「スターライトブレイカーッ―――ミーティアストリームッ!」

 

 

 

 桜色の光、星の光を思わせる輝きが、闇の書の闇を飲み込んでいく。

 石が砕け、コンテニューが発動し、それでも止まらず、なのはの魔法は絶えず闇の書の闇を打倒し続ける。

 トドメとばかりに、なのはは完成されたその魔法に、ダメ押しの一発を更に加えた。

 

「フルドライブ! バーストッ!!」

 

 炸裂する閃光。

 消滅する暗闇。

 響き渡る轟音。

 拡散する爆炎。

 終わる悲しみ。

 

 そうして、闇の書の闇は、悲しみと共に砕け散って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砕けた闇の書の闇は、女性の姿を保つことも出来ず、壊れたマネキンのような姿で呻く。

 何かを求めているかのように。

 何かを訴えているかのように。

 そんな闇の書の闇を、はやてが優しく抱きしめた。

 

「ごめんな……おやすみな……」

 

 抱きしめられた闇の書の闇の眼球の部分から、そこに溜まっていた海水が流れ落ちる。

 それがまるで、涙のようだった。

 砕けていく。

 闇の書の闇の体が、闇の書の忌まわしき歴史と共に砕けていく。

 女性に近かった姿が、灰になるまで砕けて散っていく。

 

 灰になった闇の書の闇の残骸を、はやては優しげな手つきで掬う。

 

 彼女の手の中で風に散り、海に流れていく灰は、どことなく、死者の遺灰を海に流す葬送を思わせるものがあった。

 

 

 

 




【次回予告】

 やめて!ガチャの翼神竜の集金能力で、リボるフォード・ザ・ライトニングを焼き払われたら、闇の深いゲームでガチャと繋がってるかっちゃんの精神まで燃え尽きちゃう!
 お願い、爆死しないでかっちゃん!
 あなたが今ここで爆死したら、リインフォースを助ける約束はどうなっちゃうの?
 口座の預金はまだ残ってる。もっと回せば、リインフォースを救えるんだから!

 次回「課金少年死す」。デュエルスタンバイ!

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