課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 富、名声、力、この世の全てを手に入れた男、課金王ゴールド・ガチャー。
 彼の死に際に放った一言は人々を海へ駆り立てた。
 「オレのアカウントの中身か?
  欲しけりゃくれてやる、探せ! オレの世界の全てをそこにおいてきた!」
 男達はグランドカキンを目指し、夢を追い続ける。世は正に大課金時代!

嘘です
今回古代ベルカの国々が仲悪い理由を語る部分がありますが、長いので流し読みしてもいいと思います


先祖カキングヴァルト、子孫カキンハルト。一番悪いのはこの家系で最初に課金した人

 少年は頭を打って全ての記憶を喪失した。

 何もかもが不明な怪しい少年を怪しむ者も居たが、少年を勇気ある命の恩人だと思ったクラウスが少年を連れ帰って手当てを始めたため、怪しむ声を上げられた者は誰も居なかった。

 ここは、北の王国シュトゥラ。

 クラウス・G・S・イングヴァルトはシュトゥラの王子である。彼が命の恩人だと主張し、少年に救われたことを声高に叫んでいる限り、少年を叩き出すことはできないだろう。

 

 医師に診てもらっても、魔法をかけても、少年の記憶は戻らない。

 クラウスは少年を客人として丁重に扱い、記憶が戻るまで生活の面倒を見ることを約束した。

 少年もまた、記憶を失った身でクラウスに恩義を感じ、彼に何かを返せないかと模索を始める。

 

 それから、一ヶ月の時が流れた。

 

「ぜぇー……ぜぇー……」

 

 記憶を失った少年はシュトゥラ王城の中庭にて、早朝の訓練を行っていた。

 息も絶え絶えに膝をついている少年を、クラウス配下の黒髪の騎士がじっと見下ろしている。

 シュトゥラは武力も売りにしている王国だ。

 近隣諸国の平定や仲裁に軍を出すことも珍しくなく、記憶を失った身で何かできることを探していた少年が、『武力』という形で貢献しようと考えたのは、自然な流れであった。

 

―――記憶を失う前の君の心根が、少し分かってきた気がする

 

 クラウスはそんな少年の決意を聞いて、嬉しさを隠そうともせずに笑む。

 そして王家直属の騎士の一人を少年につけ、記憶と一緒にあらゆる技の記憶を無くした少年を戦場で死なないレベルまで鍛えるよう、命じてくれた。

 黒髪の騎士は、クラウスの部下であり少年の指導教官であるというわけだ。

 

「今日はここまでにしておこう。

 お前は全ての記憶を失っていると聞いた。

 だが、その体は優秀な指導者にしっかりと指導された跡が見える。

 体で思い出せ。頭が何も思い出せないなら、せめて体は思い出しておくべきだ」

 

「……はぁ、は、い……ありがとうございましたっ……」

 

 黒髪の騎士は初日で少年がリーゼロッテによって鍛えられた過去を見抜いていたようだ。

 リーゼロッテによって少年に叩き込まれた基礎の動き、肉体に刻まれた下地作りは極めて優秀なもので、黒髪の騎士は無理に技術を叩き込むのではなく、体に刻まれた技術を無意識下で使えるようにする訓練をさせていた。

 

 "呼吸の仕方"を誰もが無意識に行えるのと同じように、頭の記憶に無くても体の記憶に残っているものというものはある。

 少年は十年以上の鍛錬を重ねてなお管理局の平均レベルだったが、それでも体術を使えるのと使えないのでは大違いだ。

 一ヶ月という期間は非常に短かったが、戦場に出しても問題ないレベルには仕上がった様子。

 

 ぜえぜえと死にそうな顔で倒れた少年を、黒髪の騎士は感情の見えない顔で見下ろしながら、独り言のような言葉をこぼし始めた。

 

「クラウス様はあれで、同性かつ同年代の友人には恵まれていなくてな」

 

「……?」

 

「親しい者は居る。騎士に、従者に、貴族に、街の民……

 だがどうしても、自国の王子として、未来の王として、皆心のどこかで一歩引いてしまう」

 

 クラウス・G・S・イングヴァルトはシュトゥラの王子である。

 課金少年が全てを忘れた身で、見知らぬ時代の見知らぬ土地で今でも生きていられているのは、クラウスが少年を保護したからである。

 その恩を返すため、少年はクラウスに対し"恩ある友人"として接した。

 少年はこの国の民でなく、王や王子といった知識がないため、自然体で彼に接っせたのだ。

 

 王とは、その国の民から自然と敬われ、自然と見上げられる存在である。

 "王の孤独"とまでは行かないだろうが、クラウスは無意識下で同性同年代の友人を求めており、黒髪の騎士はそれを察していたようだ。

 そのため、記憶喪失ゆえに自然体で接することができる少年に期待していた。

 

「クラウス様に遠慮無く接する同年代はオリヴィエ様、エレミア、森の魔女くらいのものだろう」

 

 記憶が戻るまでの束の間の間でも、クラウスの対等な友になってくれるかもしれない、と。

 

「無理をして強くなろうとするな。

 無茶をして役に立とうとするな。

 お前がただここに居るだけで、心救われる者も居る……言いたかったことは、それだけだ」

 

 そう言って、黒髪の騎士は去って行った。

 

「……クラウスは、本当に皆に慕われてるな……」

 

 少年は倒れたまま息を整え、やがて空を見上げて呟いた。

 

「まぁ、いいやつだもんなあ」

 

 シュトゥラの王子クラウスは、単純に"いいやつ"であった。

 まっすぐで、情熱的で、誠実で、優しくて、努力家で、ちょっとやんちゃで、寛容で、純朴。

 宗教戦争の時などに神が集める「神のためなら死ねる」といった狂信とはまた違う、「まあ王様になったあの人の命令の結果なら、死んでも文句はねえな」といった忠誠を兵士から抱かれる、そういうタイプの王子であった。

 能力と人格を信頼されるタイプ、と言い換えても良いだろう。

 

(かく言うオレも結構好きだから、他の人のことをどうこうは言えないんだけれども……)

 

 クラウス・G・S・イングヴァルトが、記憶喪失の少年を見捨てない優しい人物である限り、城の者や国の民に慕われる人間である限り、この国の未来は安泰だろう。

 少なくとも、少年はそれを確信していた。

 少しばかりの時間が経ち、少年が立ち上がるだけの体力を回復させた頃、上半身を起こした少年の顔の横に、飲み物とタオルが現れる。

 

「や、朝早くから精が出るね」

 

「……クラウス? いつから見てたんだ?」

 

「今来たところさ。何か問題があったのかい?」

 

「いんや、特には。サンキュ」

 

 少年が顔を横に向けると、そこには飲み物とタオルを笑顔で差し出すクラウスが居た。

 王子らしくない甲斐甲斐しさだが、これがクラウスの性格なのだから仕方ない。

 少年も笑みを返し、感謝を述べて飲み物とタオルを受け取った。

 

「お疲れ様。それとおはよう、『ベルカ』」

 

 記憶と共に名前を忘れた少年は、名前がないと不便だろうというクラウスの配慮により、ノリの良いシュトゥラ王じきじきに『ベルカ』という名前を与えられていた。

 この国だからこそ軽く流されてるが、結構えらいこっちゃなことである。

 王が名前を与えることには色々意味があるが、この名前自体が彼の身分証明になるほどだ。

 

「ん、おはようクラウス」

 

 ベルカとは、この星を含むいくつかの世界を纏めて呼ぶ場合の呼称であり、"世界"という言葉と似て非なる意味合いを持つ言葉である。

 複数の次元世界をまとめた総称としても使われるが、言葉そのものの意味としては国・世界・コミュニティなどを指す言葉で、"ここにあるそれがある場所"というニュアンスが最も近いだろう。

 日本的に言えば、子供の名前に『世界』と付けるようなものだろうか。

 

「クラウスも朝の鍛錬を終えたところか?」

 

「ああ。とはいえ、まだちょっとやり足りない感じはあるけどね」

 

「クラウスはちょっと鍛錬の量抑えめにしないと体壊すと思うんだがなぁ」

 

「大丈夫さ、僕は丈夫だから風邪を引いたことも無いんだ」

 

「……うっ、なんだ、オレの失われた記憶が、なんとかは風邪引かないって言ってる……」

 

 頭を抱える少年を見て、クラウスは表情を引き締めた。

 

「やはり、まだ記憶は戻らないのかい?」

 

「ああ……断片的に、小さなことを思い出すことはあるんだけど……」

 

 少年はたびたび記憶を取り戻しているようだが、自分に関することはほぼ思い出せていない。

 苦しそうな表情で、呻くように言葉を吐いていく。

 

「何か、何か、大切なことがあったはずなんだ……

 忘れちゃいけない何かがあったはずなんだ……

 だからオレの胸に、ぽっかり穴が空いたような感覚があるんだ……

 オレには、オレの命より大切な何かが、胸の中心に据えられてたはずなんだ……」

 

「ベルカ……」

 

 そんな少年を見るクラウスの胸には、良心の痛みが走っていた。

 

(恋人か、家族か、仲間か、友か、責任か、職務か……

 彼が僕を守ろうとした行動の果てに失った記憶、忘れてしまったものは、何だったんだろう)

 

 二人ともシリアスな顔をしているが、少年の胸に空いた穴はロクなもんではない。

 課金少年は、そのアイデンティティである"課金行為"に関する全ての記憶も、失っていた。

 つまり彼が忘れた大切なこととは『ソシャゲとガチャに課金すること』である。

 悲壮な顔をしているクラウスに謝って欲しい。

 

「……と、すまん、今のは言っても仕方ない弱音だった」

 

 少年はちょっと苦しそうな顔をしていたが、すぐに屈託のない笑顔を浮かべる。

 無理してそうしているのではなく、"なんか空気が辛気臭いな"と思ったらすぐさま気持ちを切り替えて笑いに行けるのが、この少年のいいところだ。

 

「弱音はいくら吐いたって構わない。

 いや、むしろ聞かせてくれる方が嬉しいな。

 君には弱音を吐く権利があり、君の友である僕にはそれを聞く義務があると思う」

 

「クラウスは本当にまっすぐだよな……でも、本当に大丈夫だ。

 前にクラウスが言ってくれただろ?

 『君の記憶は取り戻してみせるから、安心してここに居ていい』って。だから、心配してない」

 

「……そう、だったな。僕は君に、そう言ったんだった」

 

「気楽に行こうぜ王子様。大丈夫大丈夫、記憶なんてその内戻るって。とりま風呂行こうぜ」

 

 この城でクラウスに一緒に風呂入ろうと誘う人間は、彼くらいのものだろう。

 課金のことを忘れても、彼は不敬罪で死ぬか死なないかの境界を走るチキンレースのような生涯を送り続けていた。

 

 

 

 

 

 訓練を終えた二人は、無駄に広大な風呂場に向かう。

 湯船に浸かる二人が漏らす声にはありがちなおっさん臭さが全く無く、二人がまだまだ若い少年青年であることを伺わせる。

 記憶喪失の少年は青年と呼んでも問題ない年頃の少年、若草色の髪の青年は少年と呼んでも問題ない年頃の青年であったのだから、むべなるかな。

 

「はぁー、生き返るわぁー。風呂上がったらクッキーとコーヒー牛乳やろうぜ、奢るから」

 

「それはありがたい。僕の手書きの国民栄誉賞を与えよう」

 

「ありがたきしあわせー……」

 

 入り始めは二人揃ってぐでーっとしていたが、やがてクラウスは風呂に入る前にしていた会話を思い出し、真剣な表情になっていく。

 ベルカは相変わらず笑っていたが、クラウスの表情の変化を目ざとく見て取っていた。

 

「君にも、家族は居たんだろうか」

 

「居たんじゃないか? オレがその辺のガシャポンから生まれてきたとかじゃなければ」

 

「血縁は大切なものだ。……きっと、君のことも心配している」

 

「王族のクラウスが言うと、重みが違うな」

 

 『血』は、古来から現代まで特に重要視されているものだ。

 王権の継承には王の血統が必要で、犯罪者の子供は将来犯罪者になるというレッテルを貼られ、古代ベルカのこの時代には血を介して伝えられる王家特有の力というものもある。

 王族のクラウスは個人を尊重すると同時に、親より受け継ぐ血を重んじる人間であり、少年の家族が心配しているのではと気を揉んでいた。

 

「血は多くのものを伝える。

 技、遺伝子、血が伝える力、王権、家族の絆……

 親が子に技を伝えることもある。

 祖父が孫に夢を継がせることもあるだろう。

 先祖の恩義と友情を理由に、どこかの誰かを助けに行くというのも歴史じゃ珍しくない」

 

「だな」

 

「僕が君の記憶を取り戻すため動き始めてから一ヶ月。

 もう一ヶ月だ。家族が居たなら、心穏やかでは居られないだろう。

 僕は……無責任なことを言っていたのかもしれない。すまない、ベルカ」

 

「え、あ、いや」

 

 クラウスは生きていくのがヘタクソそうな人間だ。

 世渡りはそこまで下手ではないが、背負わなくてもいいものを背負いがちで、普通の人よりも後悔を長く深く濃く引きずるタイプである。

 ここでクラウスが謝る必要など無い。

 ベルカはこの王子様に助けられた人間であり、礼を言う筋合いはあっても、"なんで記憶を早く取り戻してくれないんだ"と恨み言を言う筋合いなどどこにも無いからだ。

 

 だが、クラウスは自分の過去の発言を多少なりと悔いているようだ。

 立派な王子に育てるため責任感を植えつけた教育、王族としての自覚と高い意識、純粋に少年を心配する優しさ、少年に家族が居たならばという焦燥、一ヶ月という時間経過。

 それらが王子クラウスの頭を下げさせていた。

 

「オレはクラウスが無責任なこと言っただなんて思ってないぞ」

 

「それでも……軽い気持ちで言っていいことじゃなかったんだ。

 王族は自分の発言に責任を持たなければならないと教えられてきたはずだったのに。

 ……ああ、くそっ、こんなだから指導係に王族の自覚が足りないって言われるんだ」

 

 クラウスは濡れた髪をかき上げるように、表情を歪ませる。

 髪をかき上げた腕の肘が水面に当たり、風呂にばしゃんと水飛沫と波紋を生んだ。

 

 一方ベルカ、「フルチンで何言ってんだこいつ」程度の感想しか抱いていない模様。

 クラウスが懊悩しているのはベルカも分かっているのだろうが、彼にとってクラウスの悩みは笑い飛ばしていい程度のものでしかなく、風呂場で股間の覇王を見せながら話すことでもない。

 まして、クラウスが言った『君の記憶は取り戻してみせる』という言葉を今でも嬉しく思っているベルカに、言うべきことではなかった。

 

「オレは王族様に『君の記憶は取り戻してみせる』なんて言われた覚えはないぞ。

 その時唯一の友達にそう言われて、ちょっとばかり嬉しく思って頷いた記憶はあるけどさ」

 

「―――」

 

「つーか、風呂で小難しい話をするんじゃない」

 

 王族は民に語る言葉に責任を持たなければならない。

 が、『クラウス』が『ベルカ』に語る言葉に過剰な責任感を感じる必要はない。

 裸一貫で語り合う男達の間に、"王族"の責任なんて持ち込むだけ野暮というものだろう。

 ベルカはクラウスの悩みがどうでもよくなるような語り口で暗にそれを伝え、水面で両手を合わせて手の間からお湯を発射する。風呂式ディバインバスターだ。

 

「うわ、わ、ちょ、ベルカ!」

 

「わははははは、今思い出した水発射術での攻撃を食らうがいい!」

 

 ベルカはまた一つ記憶を取り戻したようだ。くだらない記憶じゃねえかと言ってはいけない。

 風呂式ディバインバスターが次々とクラウスの顔に命中し、彼の真剣な表情を変えていく。

 クラウス王子は強い同年代と見ればウキウキと手合わせを申し込み、城の騎士がついて行けない密度で模擬戦をする部類の人間だ。

 当然、こういう風にちょっかいをかけられれば全力で応えるのが礼儀、と考える。

 

「断空ッ!」

 

「うおわうおっ!?」

 

 クラウスがちょっと力を入れた拳が、風呂のお湯を爆散させる。

 "失敗した水斬り遊び"とミッドチルダで言われる、力が炸裂した水柱がそそり立った。

 水柱は少年を飲み込み、大量の湯気を生み出しながら少年を転がしていく。

 

 いつしかクラウスは笑っていた。

 同性同年代の少年とじゃれている内に、なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまったようだ。中学生高校生くらいの年頃の若人達と考えれば、歳相応のノリなのかもしれない。

 記憶を失っても、少年の周囲の笑顔を引っ張り出して来る性質だけは変わらないようだ。

 

「もう一発!」

 

「負けるかクラウスこの野郎!」

 

 クラウスが手の平に水を乗せ、腰だめに構える。

 王家に伝わる格闘術を独自に発展させた"空破断"の練習中に編み出した、水投げである。

 シュトゥラの王族が腰だめに構えた時は用心せい。それは必殺の構えである。

 

 少年がシャワーを手に取り、その噴出口に手を添える。

 シャワーの噴出口に当てた手で水流を収束し、無数の水流を一つに束ねる、風呂式スターライトブレイカーだ。

 おそらくは風呂場において、これほどまでに強力な技はあるまい。

 

 二人は構え、動くべき時を今か今かと待ち構えていたが……状況はやがて、二人の予想していなかった形で動く。

 

「う」

 

「?」

 

「……ぅ」

 

「ベルカ!?」

 

 ばしゃん、と水飛沫を上げて風呂場の床に倒れるベルカ。駆け寄るクラウス。

 クラウスはベルカを助け起こすが、ベルカは外傷もないというのに気絶したままで、浅い呼吸を繰り返したまま、目を覚ます気配も見せない。

 

「誰か! 誰かいないか!」

 

 クラウスは風呂の外に呼びかけ、服を着る間も惜しんで、少年を抱えて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラウスは少年の体にタオルを巻いて、駆けつけてきた黒髪の騎士に渡して運ばせる。

 そして魔力爆発でサイヤ人のごとく体表の水を弾き、複雑な構造の服をさっさと着て、少年の服を抱えて医務室に向かう。

 そして医務室の主、最近若くしてシュトゥラの医療騎士団の団長に就任した金髪の騎士と向かい合い、突然倒れたベルカの体調について問うていた。

 

「クラウス様。彼は、長くないかもしれません」

 

「……っ!」

 

 金髪の医療騎士は、沈痛な面持ちでそう言った。

 

「以前から懸念されていたことが現実となっています。あと一年、いや半年保てば……」

 

「な、なんとかならないのか!? 原因は!?」

 

「不明です。我々の医療技術では、彼の命を蝕んでいるものが分からないんです」

 

「……」

 

「我々の力不足を……お許し下さい。可能性があるとすれば……」

 

「……オリジナルの、代金ベルカ式か?」

 

「はい」

 

 『オリジナルの代金ベルカ式』。

 ベルカという少年が、体の記憶の一部として思い出し使用している魔法術式は、この時代においてはそう呼ばれているようだ。

 オリジナルがあるのなら、オリジナルでないものもあるのだろうが……彼らの語調からは、オリジナルの方の代金ベルカ式の方が希少であるという印象を受ける。

 それも当然だ。

 この時代は、"オリジナルでない代金ベルカ式"が氾濫している時代なのだから。

 

「僕もそれは気になっていたんだ。

 彼の体調は時間経過で加速度的に悪くなっていく。

 だけど戦闘でオリジナルの代金ベルカ式を使うと、決まって体調がよくなっていたからな」

 

「オリジナルの代金ベルカ式が彼の命を蝕んでいるのか。

 オリジナルの代金ベルカ式の中に、彼の命を延命するものが含まれているのか。

 それは分かりません。

 分かっていることは、彼の命と代金ベルカ式は不可分のものであるということだけです」

 

「オリジナルの代金ベルカの使用が、延命の絶対条件というわけか……」

 

 戦わなければ生き残れない。

 まるでそんな運命を課せられているかのようで、クラウスは友を想い歯噛みする。

 代金ベルカ式を使って戦闘を行うこと以外に、今のところベルカの命を延命する方法は存在しないのだ。

 

 が。眠り続けるベルカの前で金髪の騎士とクラウスはシリアスな顔をしているが、ベルカが倒れている理由を聞けば卒倒するだろう。

 

「ベルカ……このまま眠り続けるなんてことには、ならないでくれ……」

 

 課金を求める魂。

 課金を前提とした精神。

 課金漬けになった肉体。

 それでいて、課金を忘れ課金を摂取しようとしない意思。

 これらの噛み合わせは最悪で、現在進行形で少年の命を蝕んでいる。

 代金ベルカ式を使用すると体調が良くなるのは、単純に術式の過程で課金するからだ。

 ソシャゲをやっていないのも、スマホに触っていないのも、不調の理由である。

 

 『ソシャゲ中毒』『課金欠乏症』『携帯依存症』―――それが、少年を死に導く病名であった。

 

「クラウス様。あなたの責任ではありません。全ては私達の力不足の……」

 

「君の責任でもないだろう? 病を治せないことが、罪であるはずがない」

 

 古代ベルカ時代の医療技術では、この病気の正体を見抜くことはできない。

 ベルカの命を救えないのは、金髪の騎士の力不足が理由ではないということだ。

 二人はベルカの現状に責任を感じているようだが、このままこの少年が死んだとしてもその全責任はこの少年にあるだろう。自業自得だ。けれど周りからはそう見えない。現実は非情である。

 

「……間が良かったのか、悪かったのか。今帰ったよ、殿下」

 

「! エレミア!」

 

 そこで、シュトゥラ王城に帰参したばかりの少女が医務室に入って来る。

 少女の名は、ヴィルフリッド・エレミア。

 シュトゥラに客人の一人として席を用意され、"黒のエレミア"の異名で呼ばれる戦士である。

 この王城を一日ほど離れ、とある国の戦争の様子を見に行っていた少女は、良いタイミングなのか悪いタイミングなのか判別のつかないこの時に、シュトゥラに戻って来ていた。

 

「ベルカに"君の悪い方の予想が当たっていたよ"と伝えに来たんだけど……これは、また」

 

 エレミアはベッドで寝ているベルカを見て、表情を歪める。

 今クラウスの顔に浮かぶ感情が思いやりと後悔であるのなら、エレミアの顔に浮かぶ感情は心配と悲しみ。クラウスより少しばかり女性的な感情が、表情の中に見えている。

 

「西方はそんなに悪かったのか? エレミア」

 

「冥王国ガレアの圧勝……と、僕は思ってたけど……

 まさか潜入した王都で、攻め込んで来たガレアの軍に使われる魔導細菌兵器を見るなんてね」

 

「! それじゃ自国民まで……!」

 

「ああ。信じられないだろうけど、事実だよ。王族は逃げたみたいだけど……

 国のどこかに潜伏した王族率いるレジスタンスが、いずれ戦争を泥沼にすると思う。

 ガレアに追い詰められればまた魔導細菌兵器も使うだろう。あの国はもう終わりですよ」

 

「……っ」

 

 冥王国ガレアと、ガレアに攻め込まれた国の戦争。

 その結末は、勝者の居ないものになりそうだ。

 王族がレジスタンスとなり、国の機能が麻痺した状態で細菌兵器に侵された国は、もはや滅びるしかないだろう。

 ガレアが助ければどうにかなるかもしれないが、ガレアもこの細菌兵器から自国の民を守るために必死になり、敵国の民の救済にまで手が回らないだろう。

 

 細菌兵器の対抗薬が開発されるまで、死人は続出し、感染は広がり続けるはずだ。

 何万人死ぬのか見当もつかない。

 いずれは、敵国に攻め込んで行ったガレアの兵が感染のために帰国も許されず、細菌兵器に蝕まれるまま敵地にて果てる……なんて悲劇も、珍しくはなくなるだろう。

 

 孤独のままに病死していく兵士達の絶望は、いかほどか。

 信じていた自国の王と軍が撒いた細菌に殺される罪なき国民達の絶望は、いかほどか。

 だから細菌兵器は人道に反する、と幾多の世界で言われているのだ。

 ベルカが元居た時代では管理局が厳しくこれらの兵器を禁止してくれていたが、この時代に時空管理局なんてものは存在していない。

 

「本格的に末期だな……エレミア、君の意見は?」

 

「バランスが一気に崩れれば、最後に残る国の数はいくつになるかも分からない、かな」

 

 この時代において、魔導によって生み出された細菌兵器など珍しくもない。

 人の醜さを形にしたかのようなそれらの兵器は、使用すること自体があまりに愚かなものであったことから、禁忌兵器(フェアレーター)と呼ばれていた。

 地球人にも分かりやすい例えをするならば、"自国内でしか起爆できない核爆弾"が近いか。

 国境付近で爆発させて痛み分けにするか、自国に攻め込んで来た敵兵を自国の民もろとも皆殺しにする……そういった使い方しかできない、滅びの兵器達。結果として自国も滅ぼす兵器群。

 そして、自国の未来を投げ捨ててまで敵国を倒そうとする理由が、各国にはあった。

 

 植民地にした過去とされた過去、人種差別から生まれた消えない怨恨、多くの死を生んだ独立戦争という建国の経緯、人の心があるだなんてとても思えない大量虐殺、過去に軍事力を背景に行われていた不平等貿易による搾取、国民を奴隷として連行され続けた歴史……

 それらの歴史が、指先ひとつで何万という人間を死なせる兵器の引き金を軽くする。

 この世界、この星、この大陸における戦乱は、もはや地球の常識では測れない領域へと到達していた。

 

「……ならなおさら、寝てる時間はないな」

 

「!」

「ベルカ! 大丈夫なのか!?」

 

「胸にぽっかり穴が空いたような……

 具体的に言うと心臓を抉られたような痛みがあるが、これは死の原因にならないと思う」

 

「なら、まだ寝て……」

 

「ヴィルフリッドが帰って来たんだ。

なら予定通り早急にシュトゥラ王に謁見するべきだろう、クラウス」

 

「……それは、そうだが」

 

 普段通りに笑っている少年を見て、クラウスは止めるに止められない。

 軽快にベッドから降りた少年に、エレミアが遠回しに止める意図を込めて呼びかける。

 

「寝てた方がいいんじゃないかい、カっちゃん?」

 

「そのあだ名はやめてくれ、ヴィルフリッド。なんかむずむずするんだ」

 

「うーん、この呼び方は記憶を取り戻せそうで中々記憶を取り戻せないね……」

 

 ベルカはエレミアの意図を察したのか、会話を続けずに打ち切って医務室を出て行く。

 金髪の騎士が呼び止める声も聞こえたが、ベルカは足を止めない。

 早足に駆け寄ってくるクラウスとエレミアの足音も聞こえて来たが、歩む速度は落とさない。

 彼が向かうは、この王城の中心、王御座(おわ)す玉座。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎士とは、古代ベルカ式を使う魔導師の、古代ベルカにおける呼称である。

 ゆえに、剣も戦いも得意でないという騎士も少なくない。

 この騎士達が集まり、王の下に集い、民と国土を守る構図が完成して初めて国は完成する。

 絶対的な力を持つ王と、魔法を使う騎士。これこそが古代ベルカの時代の国の骨なのだ。

 

 そも古代ベルカとは、"遠い昔"に成立した一つの世界とその後継を指す。

 何故"遠い昔"などという曖昧な表現をされているのか? それは、古代ベルカが成立した年代があまりに古く、古代ベルカは現代までに滅びてしまったため、成立した年代を推測できる資料が何も残っていないからである。

 

 そんなベルカに転換期が訪れたのは、現代から見て約1000年前のこと。

 古代ベルカの戦乱と狂気は、極めて優れた人造生命体技術と結びつき、国を統べる王族の先天的・後天的強化という手段を生み出した。……生み出してしまった。

 改造人間、人体実験、強化改竄……王族がそれらを率先して行い、力で王権を証明するため、自国を守るため、王の子孫にも半ば義務としてそれらが行われていく。

 すなわち、『古代ベルカの王』という、絶対的な力を持った存在が生まれた時代であった。

 

 王が万の兵を単騎で屠る時代。

 そんな王に対抗すべく、魔法技術と兵器開発が進化していく時代。

 時代が生んだ過剰火力の戦乱は当然のように、古代ベルカの始まりの世界を滅ぼした。

 

 世界は滅んだ。

 なのに、人は滅びない。

 

 古代ベルカの王達と民達は周辺世界に散り、かつて侵略した世界や植民地世界、あるいは全くの新天地に移動し根付いていく。

 だが、"いい世界"というものは案外無い。

 資源がない世界、命が生き難い世界の方が多く、人が住みやすい世界は数少なかった。

 ゆえに当然、人が生きやすい世界に幾つもの王と国が移住し密集することになる。

 一つの世界に、多くの王と国が雪崩れ込む。

 因縁のある王や国々が隣接した状態で、世界にたった一つだけ存在する大陸の中に押し込められたという状況は、必然の帰結として終わらぬ戦乱を生み出してしまっていた。

 

 それが今、元課金少年の居る世界であり、シュトゥラの存在する大陸である。

 

 

 

 

 

 現在、この大陸は大陸国家とちょっと干渉してくる他世界国家による大乱世となっている。

 慣れていないと、これに視覚的な四次元イメージ像を持つのは難しいだろう。

 よってここでは、戦乱に関わる国家群を十に分け、それぞれを一つの国として扱い、円形の大陸に十の国家が詰まっている二次元イメージ像を持てばいい。

 そのイメージを前提として、現在の骨格部分を理解してみよう。

 

 まず、王の権力が絶対である国が西に五つ。王の下に議会などがあり、国のあれこれを基本的に民が決める国が東に五つあった。政治形態というものは、いつだって見下し合いになる。

 この大陸には信仰者の多い宗教が二つあり、宗教Aの信仰者が比較的多い国が北に五つ、宗教Bの信仰者が比較的多い国が南に五つある。ちなみにこの二つの宗教はかなり仲が悪い。

 

 この大陸には二つの人種が存在し、それぞれ顔つきなどが微妙に違う。北東六国は人種Aが多く、南西四国は人種Bが多い。当然、その国における少数民族は差別対象だ。

 北東四国は新進気鋭の商人や組合が独自の経済圏を作っており、南西六国は由緒正しい歴史ある商人や組合が利権を握り経済圏を作っている。ここも醜い金の奪い合いだ。

 よってここは、北東四国・中央二国・南西四国の対立構造となる。

 

 北西三国は亜流ベルカ式という、マイナー寄りの魔法体系の国。東南七国は主流ベルカ式というメジャーな魔法体系の国。魔法派閥はそのまま国家紛争の火種になる。

 北西七国はかつて古代ベルカの始まりの世界にて大勝した連合を構成していた国々であり、南東三国はその戦争で負けた側の国々だ。もちろんここにも勝者敗者の恨みが残っている。

 よってここは、北西三国・中央北西二国・中央南東二国・南東三国の対立構造となる。

 

 また、海運国と内陸国の対立も存在する。

 星の海や宇宙の海を貿易に使える国と、使えない国の間にも対立があり、円形の大陸の外周の国々とその内側の国々もまた対立していた。

 

 この大陸の国家群の中心に位置し、戦乱の集結と平和の獲得を謳っているのが、聖王家。

 対立構造を乗り越え、聖王家の盟友となった国がシュトゥラとなる。

 

 まあ、これはあくまでイメージだ。

 基本的には"隣の国と相容れない理由、違う点が何か一つはある"と思っておけばいい。

 末期であることが理解できたなら、それで十分だろう。

 

 シュトゥラは北南に伸びた国であり、北部は雪に包まれた雪原豹の名産地で、南部には正統派魔女(トゥルーウィッチ)なども居住している針葉樹林と広葉樹林が広がっている。

 友好的な聖王国とも隣接しているが、シュトゥラも勿論敵国と隣接していた。

 記憶を失った少年が、いつかシュトゥラを巻き込んで始まる戦争を憂い、そこに自分が貢献できる場所を見たのも当然といったところか。

 

 そして、これら全ての国には騎士・民、そして『王』が居る。

 

 王はその全てが、かつて少年が戦ったリインフォースと同格の真正ベルカの使い手である。

 その力は絶大で、万騎をもってしても倒すのは難しい。

 真正ベルカは三種のベルカ式を組み込み初めて成立する。

 主流ベルカ式、亜流ベルカ式……ならば、あと一つは?

 各国の王が真正ベルカの獲得に使った最後の一つの術式とは何か?

 

 "オリジナルの代金ベルカ式"の使い手がシュトゥラ王に名を与えられたことに、意味はあった。

 

 少年は記憶を喪失し、アンチメンテは喋れない。

 ゆえにオリジナルの代金ベルカ式の出所は誰も語れず、誰も知り得ていなかった。

 シュトゥラの王族がオリジナルの代金ベルカ式を特別視することには、相応の理由がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都の謁見の間には、王ともう一人……『聖王女』と呼ばれる人物が居た。

 

「今日はお時間を頂いて、感謝します。シュトゥラ王」

 

「構わん。オリヴィエ王女の頼みとあらば、無下にもできんしな」

 

「大丈夫ですか? ベルカ。あなたは先程倒れたと聞きましたが……」

 

「おそらく誤報だったのでしょう、オリヴィエ様。今のオレが病人に見えますか?」

 

「いえ、いつも通りの元気なあなたですよ」

 

 微笑む聖王女の笑みには、見る者を笑顔にする不思議な力があった。

 彼女の名は、オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。

 大陸列強・聖王国の王女であり、王位継承など望めない末席の身で、シュトゥラとの繋がりを深める道具としてしか見られていない、その身に流れる血を政治の道具とされた者。

 金の髪を編み上げた、清楚と可憐を擬人化したような容姿をしている少女であった。

 汚れ一つない新雪を思わせる儚さと美しさは、彼女の容姿と精神の両方に感じる印象である。

 

 身も蓋もない言い方をすれば、童貞が『聖女』や『王女』に求めるような要素を集めて良い物を取捨選択し、グレードを上げればこんな少女になるだろう。

 『聖王女』の異名は伊達でなく、彼女には平民にはない"何か"が雰囲気に滲み出ていた。

 少なくとも、クラウスと比べれば段違いに王族らしい。

 多くの者に愛され、恋され、慕われ、好かれる。

 民から見れば高嶺の花で、親しい友人から見れば普通に可愛らしく芯が強いだけの少女。

 

 それが、聖王女オリヴィエという少女であった。

 

「さて……オリヴィエ王女から話は聞いた。

 王への直訴という時点で、軽い案件ではないと思っていたが……本当なのか?」

 

「はい、陛下。状況証拠ばかりで、物的証拠はまだ掴めていませんが」

 

「構わん。これが真実ならばすぐにでも動くべきだ。責任は私が取る」

 

「ありがとうございます、陛下」

 

 王は蓄えた髭をいじりながら、難しい顔でオリヴィエを見て、ベルカを見て、その後方かつ離れた場所で跪いているクラウスとエレミアを見る。

 彼らが王に告げた事実は、恐るべきものだった。

 

「だがまさか、『古代ベルカの戦乱全ての裏で暗躍していた黒幕』が居たとは……」

 

「お伽噺のような話ですが、事実です」

 

 古代ベルカに、千年以上前から干渉している"誰か"が居る。

 アルハザードの技術を流出させた"誰か"が居る。

 約千年前、古代ベルカに『王』を生み出す技術をもたらした"誰か"が居る。

 数百年前、古代ベルカの始まりの世界を滅亡に導いた"誰か"が居る。

 そして今、この世界を中心として古代ベルカの国々を戦乱と滅亡に誘導している"誰か"が居る。

 

 それが、ベルカという少年がやって来た小さな影響の波及の結果、判明した事実であった。

 

 そもそもの話、各国が過剰なまでに戦乱に向かっているこの現状こそがおかしいのだ。

 厭戦感情が湧いて来る気配がまるで無い。

 それどころか、戦乱の仲裁に入った聖王国まで牙を剥かれるという始末だ。

 戦乱を収めようと動いた聖王国――地球で言えばアメリカポジション――にまで、恨みもないのに公然と喧嘩を売る国など、もはや何がしたいのか分からない。

 "聖王のゆりかご"が無いもののように扱われているこの現状は、異常事態と言ってなんら差し支えない。

 

「ベルカ正統を名乗る王の全てに共通するものがあります」

 

「……オリジナルには、流石に分かるか。

 そうだ。ベルカ正統を名乗る王族の全てが、第三の術式として持っている術式。

 あれは我ら王族の祖が"どこかの誰か"より授かった、亜種の代金ベルカ式なのだ」

 

「やはり……そうでしたか」

 

「我ら王族の祖は、かつて国家予算規模の課金を"誰か"を通し行った。

 その代金を代価として支払った見返りとして、ベルカ王族は力を得たのだ」

 

 シュトゥラの王が語る真実。

 それは、古代ベルカの王達は皆過去に課金し、得た力を振るったのだということ。

 そして得た力を血統によって受け継がせ、課金アカウントを親から子に継がせるように、王権を証明する力を継いできたということであった。

 

 真正ベルカ式とは、古代ベルカの王のみが使う術式のカテゴリであると言われている。

 だが何故、王にしか使えないのか?

 古代ベルカの王はそれぞれ使う術式も、使う魔法のタイプも、国のある世界や場所も全く違うのに、何故古代ベルカの王の魔法というだけで一括りのカテゴリとして扱われるのか?

 古代ベルカ式のような技術体系の総称でもないのに、何故なのか?

 その答えが、ここにある。

 

 古代ベルカの王が使う術式は、全てが代金ベルカ式を前提としているのだ。

 

 オリジナルの代金ベルカ式とは似て非なる、金を一々支払わなくても力を発揮できる完全先払いの魔法術式、それも単一の力を発揮するための亜種代金ベルカ式だ。

 そういった共通点があるからこそ、古代ベルカの王の術式は、総称として真正ベルカと呼ばれているのである。

 言ってしまえば全ての国の全ての王族が課金厨の末裔。

 古代ベルカの国々は、課金者が王、無課金がその下に付くという構図を千年以上続けてきた。

 酷い話である。

 いや、一番酷いのは、王に与えられた亜種代金ベルカ式とでも言うべきこの力が、『黒幕』によって戦乱を煽るためだけに配られたものである可能性があるということだろう。

 

 まるでイベントで対人戦を強要し、対人戦に勝つためには戦闘中の課金が必須である仕様にし、課金者同士の戦いをマッチングして課金させる運営のようだ。

 「負けたくないなら分かるよな?」と王を誘う誘惑に、いっそ邪悪さすら感じる。

 課金者同士を争わせ、課金を煽り、人を煽り、戦いを煽る。

 この『黒幕』の凶悪さは、少しばかり洒落にならない。

 ソシャゲならば、運営のせいでそのソシャゲの寿命が尽きる――そのソシャゲの世界が終わる――だけで済むが、この『黒幕』の企みは、リアルの世界も終わらせかねないものであるからだ。

 

「シュトゥラ王。現聖王への連絡と、我々が自由に動く許可をください」

 

「ほう?」

 

「戦乱を終わらせましょう。まずは、黒幕(モグラ)を引っ張り出してきます」

 

「……いいだろう。何かあればクラウスを通して私に言え。バックアップを約束する」

 

「感謝を」

 

 時はジュエルシードが地球に落ちた、その約三百年前。

 遠い昔、国民の血税で課金し、国を守る力を得た古代ベルカの諸王達の末裔が居た。

 古代文明の課金厨の末裔が群雄割拠する、戦乱の時代があった。

 千年以上もの間、戦乱を煽る黒幕が居た。

 全てを終わらせるため、邪悪な課金を討つべく引き寄せられた、正道の課金少年が居た。

 

 王と邪悪がぶつかり合う、古代ベルカの最大の戦いが、今始まる。

 

 

 




『ベルカ諸王』

 この時代に群雄割拠する、力ある王達のこと。
 平和主義の国、侵略の意志を隠さない国、経済問題の解決のために戦争する国etc…
 聖王国と友好的な国、反聖王国勢力の一角を担う国、シュトゥラと敵対する国etc…
 などなど、王の固有能力がそれぞれ違うように、国の数だけ個性がある。
 厳密には後の時代に課金王と呼ばれる人物もここに含まれる。

 昔、植民地だったり、人種差別があったり、独立戦争があったり、虐殺があったり、不平等貿易による搾取があったり、他国に国民の多くを奴隷化されたりetc…
 それらが原因で、禁忌兵器(フェアレーター)の使用も躊躇わない状態になっている。
 "あの国を倒さず終わるという結果に耐えられない"という国全体に満ちる感情、及びその感情が生み出す国家内の同調圧力により、どの国ももはや自国の損害を考慮に入れていない。

 各国の王は、かつて国民の血税で課金行為を行った人物の子孫である。

『亜流ベルカ式と主流ベルカ式』

 少数派の亜流ベルカ式と多数派の主流ベルカ式。
 この時代でこそこの呼称が使われているものの、未来においては亜流ベルカはその存在がほぼ忘れられ、主流ベルカは"ベルカ式"あるいは"古代ベルカ式"という呼称で呼ばれることとなる。
 この世界線においては既に存在しない可能性だが、亜流ベルカが単体で現代にまで残った場合、その魔法術式はベルカ由来の名を付けられ『オギノ式』と呼称されることになる、らしい。
 オギノ式魔導師、古代オギノ式、近代オギノ式、オギノ式魔法陣……
 忘れられてよかった、亜流ベルカ式。

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