課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
ベルカにとって、初めて見た人間はクラウスであり、初めて出来た友人もクラウスだ。
記憶を失っている今の彼にはそういう認識がある。
ならば、二人目の友人は誰になるのだろうか?
ある日ベルカは、クラウスに連れられてある人物と引き合わされた。
「彼には僕もオリヴィエに紹介されて出会ったんだ」「あの時のことを思い出すなあ」とベルカに語りかけながら、クラウスはベルカを中庭に連れて行く。
そこでベルカは、二人目の友を得た。
「はじめまして。僕はヴィルフリッド・エレミア。ここで学問を修めています」
「はじめまして、今の名前はベルカだ。よろしく」
肩甲骨辺りまで伸びた髪を一本に束ね、エレミアはベルカに微笑んだ。
柔らかな黒髪、透き通る黒目に、黒い服と黒いマントという黒づくしの出で立ち。
中性的で整った容姿に、高い知性を感じる話し方。
それらの黒色と、黒色が映えさせる白い肌、二つの色が特に印象に残る。そんな人物だった。
"クラウスは男って言ってたけどこの子女やで"と、少年の脳内に"囁き"が生まれる。
少年の体に刻まれた技能の一つ、『シコリティ・センサー』が発動したのだ。
完璧な状態で稼働しているわけではないようだが、シコリティ・センサーはベルカの性的嗜好とは関係なく、客観的に見た場合のエレミアの魅力を基準としたレアリティを感知する。
黒髪の騎士の指導は、正しくベルカを導いていたようだ。
ベルカは呼吸のやり方を思い出すように、体に染み付いた技能を思い出している様子。
「親しい人はリッド、エレミアと呼ぶけど、"黒のエレミア"と呼ばれたりもするね」
「―――」
だがそこでエレミアが行った名乗りが、ただでさえ完璧な状態ではないシコリティ・センサーの声をどうでもいいものにしてしまう。
"黒のエレミア"という名乗りは、少年の失われた記憶の琴線に触れていた。
「黒のエレミア……くろの……くろの……?」
「? どうかした?」
「ッ、頭が、痛い……」
「! もしかして、記憶が!?」
「……いや、思い出せそうで、思い出せない……」
「そう、か。僕の名前と似た名前の人が、知り合いにいたのかな?」
「分からない……だけど、オレはいい名前だと思う」
「そ、そう? そういう風に言われたのは始めてだよ」
クラウスはベルカと同性同年代であること、ベルカと気が合うこと、ベルカとの出会いが出会いだったことから、急速に仲良くなっていった。
だが、エレミアは違う。
彼女はやることなすことがどこか少年の琴線に触れ、どこか気になる気持ちにさせる少女であった。ベルカの失われた記憶の中で、エレミアと似ている誰かが居たのかもしれない。
「クラウス殿下が、僕とベルカが仲良くなるためにはあだ名が要ると言うんだよ」
「ええっ、十分仲良いと思うんだが……ちなみに何か案はあるか? オレはない」
「ベルカ……ベルカっちゃん……長い……カっちゃんとか?」
「―――」
彼女はやたらと、無自覚に彼の記憶を刺激する。
「痛い痛い痛い! なんか頭痛い!
頭蓋骨の下の神経の上でセミが鳴きながら暴れてる感じ! でもなんか思い出せてきた!」
「まさか君の記憶が!? がんばれ、がんばれ、がんばれ!」
「あああなんか変な記憶が出て来る!
消えた記憶の中から、昔河原に捨てられてたエロ本の記憶が蘇ってくる!」
「わ、忘れたままにしておきなよ、もう!」
エレミアの黒髪黒目といった『日本人』を思わせる要素も、ベルカの琴線に触れる。
ベルカはクラウスに友情を、オリヴィエに尊敬を、エレミアに信頼の感情を抱いていた。
それらの感情それぞれに、それ相応の理由がある。
ベルカが王の認可を受け、クラウス・オリヴィエ・エレミアと共に『黒幕』の手がかりを探し始めてからはや一ヶ月。
その間、大陸の戦乱はその激しさと凄惨さを加速度的に増して行く。
シュトゥラもその例外ではなく、隣国から戦争を仕掛けられていた。
記憶を失った少年・ベルカは今、人と人が争う戦場に立っている。
たん、とクラウスが踏み込んだ。
軽やかなステップに不相応に重厚な力が足先から拳足へと移り、魔力と混ぜられ放たれる。
一騎当万、シュトゥラの王族たる彼の拳の一撃は、戦場を100m単位の範囲で吹き飛ばした。
雑兵達がまとめて戦闘不能に追い込まれるが、舞い上がる土煙の中から飛び出して来る一人の騎士を見て、クラウスは目を細める。
(一人、残ったか)
「シュトゥラの王子、お命頂戴致す!」
ミッドで言えばSランク魔導師に相当する騎士が、5mはあろうかという魔力の刃を巧みに、かつ豪快に振るう。その剣速は瞬間的に音よりも速かった。
だがクラウスはこともなさ気にそれを回避し、ほんの一瞬で距離を詰める。
「な」
敵に言葉を紡ぐ時間など与えない。クラウスはそのまま敵の左足の甲を右足で踏み、両の足から力を練り上げ、アッパー気味の"断空拳"を放つ。
拳は敵の顎に命中し、足を踏まれているがために、衝撃は逃げることなく頭に通った。
「覇王断空拳――」
「がッ!?」
「――二連」
「―――ッ―――!?」
だが、クラウスは一撃で止まらない。Sランク魔導師相当の騎士も、一撃程度では止まらない。
だからこそ、クラウスが放ったのは二連撃であった。
顎に断空を喰らい意識が一瞬朦朧とした敵騎士を、クラウスは一本背負いで地面に叩きつける。
投げ飛ばすのではなく、脳天を地面に叩きつける投げだ。
更に敵の脳天が地面にぶつかる瞬間、敵の顎に拳を突き付け、二発目の断空拳を放っていた。
脳天を地面にぶつけられた衝撃、脳天を地面に押さえられた状態で顎に断空拳を食らった衝撃。
流石にここまでやられれば、Sランク魔導師相当の魔力障壁でも耐えられまい。
断空二連。クラウスは現代で言うところのストライカーであり、ハードパンチャーであった。
(殿下は……うん、大丈夫そうだ)
エレミアはそんな
大将をやられてシュトゥラが負けるという可能性は無いようだ。
クラウスの方に向けていた意識を、眼前の敵に戻すエレミア。
敵はニアSランク魔導師相当の騎士二人。それも、コンビネーションに長けた二人であった。
どうやら両者とも格闘戦を得意とする騎士らしく、エレミアを前後から挟み込むように動き、魔力を込めた拳を振り上げていた。
エレミアはそこで前に出る。
必然的に、前の敵は僅かに早くエレミアとぶつかり、後ろの敵はエレミアと衝突するタイミングが僅かに遅れる。
「さて」
エレミアは前の敵が突き出して来た左腕を、魔力を纏わせた左掌で受ける。
そして彼女は左掌で敵の左腕を掴んだまま、右の拳を敵の左肘に叩きつけた。
敵の左肘が内側に折れ、骨の折れる鈍い音がする。
「づっ!?」
前の敵を痛みで怯ませ、その隙にエレミアは後方の敵の処理に移る。
後方の敵は既に右拳を突き出していたが、彼女は敵の右拳の"親指だけ"を拳撃にて正確に打ち抜き、親指が折れた痛みで動きを止めた敵の右目を、魔力を込めた人差し指で刺し貫く。
人差し指に防御魔法貫通効果を付与しているのが、この上なくえげつなかった。
「ぐあッ!」
「僕も早めに片付けて、ベルカの護衛に回らないと」
「く、クソがッ!」
二人の騎士は悪態をつきながら、今度は前後からの挟撃ではなく、二人揃ってエレミアを真正面から攻める選択肢を選ぶ。
エレミアは二人の同時攻撃を真正面から技量で圧倒することも選べたが、二人が固まってくれたのを見て、この小競り合いをさっさと終わらせる選択肢を選んだ。
「『鉄腕』解放―――
「ッ……!?」
エレミアの両手に"金属の手袋"と称すべき防護武装が展開され、その左手が緩やかに動き出す。
初速こそ緩やかであったが、腕が振るわれる過程で左手は加速し、やがて騎士の目をもってしても追えない速度に到達した。
左手の内に圧縮された魔力が、極大威力の近接攻撃を放つ。
触れなければ威力を発揮しないはずの近接攻撃が、余波と漏れた魔力だけで空間を抉り取る。
エレミアの左手が生んだ空間破砕効果は、敵対する二人の騎士を飲み込んで、悲鳴を上げる間も与えず騎士達の意識を刈り取っていく。
「……流石一線級の騎士。形が残るとは思わなかった」
エレミアは容赦なく殺しの一撃を放ったのだが、彼女の予想に反し騎士達二人はまだ息があったようだ。気絶して全身ボロ雑巾な状態だが、まだ浅く呼吸を繰り返している。
トドメを刺すべく、エレミアは展開した鉄腕を引き絞ったが、そこで横合いから回復魔法が飛んで来て、二人の騎士達を回復させてしまう。
エレミアが回復魔法を放った方を見れば、そこでは殺意の萎える笑顔を浮かべたベルカが居た。
分かったよ、とエレミアはベルカを見て頷き、彼に意志を伝える。
そして彼女は次なる敵を探すべく、駆け出した。
ベルカはエレミアに視線をやるのをやめ、隣に跳んで来たオリヴィエと向き合う。
「ベルカ、もう私達に補助を送る必要はありません。シュトゥラの騎士達に回復を」
「了解です、オリヴィエ様」
そこで、周囲に回復魔法をかけ始めたベルカに向かって大規模魔力弾が放たれる。
直径15mの鉄塊に等しい強度を持つそれを、オリヴィエは一呼吸の間に殴って壊した。
オリヴィエはベルカの肩を優しく叩いて、鋭い踏み込みで敵兵集団の中に突っ込んで行く。
敵兵の一人がオリヴィエに槍を向けて襲いかかる。
オリヴィエは、コンピュータが人間の操作に対して返すレスポンスと大差ない速度でそれに反応し、槍と骨を一緒くたに折り敵兵を一人無力化する。
彼女は次に相対した敵の防御の隙間を見切り、生身の人間の腕の動作限界を超えたラッシュを、的確に柔軟に叩き込む。雑兵では、それに一秒も持ち堪えられなかった。
最後に、敵軍のど真ん中で地面をぶん殴る。
魔力を込めたオリヴィエの一撃はただそれだけで地面を陥没させ、衝撃波にて周囲の敵兵全てを吹き飛ばし、殺さぬままに気絶させていた。
「まさかあれが……聖王女オリヴィエ……!?」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは、生誕の際に母の命を犠牲にして生まれ落ち、幼少期に両の腕と生殖機能を失った、喪失の過去を持つ少女だ。
ゆえにその両腕は、義手である。
ヴィルフリッド・エレミアによって作られた、超高度技術の塊と言える義手である。
義手は魔力で駆動し、生身の腕では真似できないほどの反応速度を見せていた。
そのため彼女の拳の一撃は重く、速く、作り物の強さと天然物の強さが織り交ぜられている。
オリヴィエが拳を一度振るうたび、騎士達の防壁が崩壊し、騎士達の軍勢が崩壊し、騎士達の戦意が崩壊していった。
「あ、あれを止めろぉっ!」
「投降しなさい! 命までは取りません!」
オリヴィエは敵軍の中を縦一直線に突っ切りながら、10分と少しで1万2000人という馬鹿げた数の敵兵を殺さずに無力化し、単騎で敵軍を無力化してみせる。
敵の騎士達の中でも特に強い者を狙い、引き受けていたクラウスとエレミアが居たとはいえ、雑兵一万をあっという間に片付けるオリヴィエもまた凄まじい。
(強い……シュトゥラの王子、黒のエレミア、聖王女……確かに強い……だが……)
シュトゥラに攻め込んで来た軍の指揮官は、前線で暴れる三人の強さを正しく評価しつつも、その三人の後方で回復魔法を使っている人物を見る。
金が溶ける音と共に、戦場の仲間の傷を癒していく代金ベルカ式の魔法陣。
シュトゥラの騎士達を全員無傷の状態に戻してから、再度仲間を強化する補助魔法に切り替えているベルカを見て、敵軍指揮官は歯噛みした。
(それでも、あの三人だけならどうにかなった。
あの三人だけなら、こちらの軍をこんなにも短時間に片付けることなどできなかったはずだ!
あいつさえ、あの謎の男さえ、この戦場に居なければ……! どうにかできたはずなのにッ!)
シュトゥラに攻め込んで来た一国の大軍勢は、四人の騎士と辺境警備の一部隊とぶつかり、あっという間に戦力の六割を無力化されていた。
「こ、これが……噂になってた、聖王女とそれに付き従う三人の青年騎士……」
青年と呼んで差し支えない彼らの年齢に、親しくない人間からは時折美男子と間違われるエレミアの容姿が加わって、彼らは少々の勘違い込みでそう呼ばれていた。
"聖王女とそれに付き従う三人の青年騎士"。
戦乱を終結させてくれると大陸の人々から信仰される聖王家、その王女オリヴィエ。
才気煥発で平和を愛するシュトゥラの王子、クラウス。
聖王女の親友であり、聖王女に義手と戦闘技術を教えた黒のエレミア。
そして、オリジナルの代金ベルカ式を使う、前線に出て殴ってばかりの王族達の能力的な穴を埋める後衛担当かつ戦術担当のベルカ。
彼らが戦乱の平定のため動いていることは有名であり、自国他国問わず民衆の一部が彼らに期待しているほどだ。
その知名度相応に、彼らは強かった。
こんな時代だ。強さこそが世界に名を知らしめる最良の手段であり、彼らの強さが人々に知れ渡った後に、彼らが平和を求めているということが伝わっていく。
ゆえにか、残った敵兵の一部もまた、彼らの強さに心折れて武器を取り落としていた。
「駄目だ、勝てるわけねえよっ……」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの強さは、能動と受動の融合によるものだ。
機械的な
敵の攻撃に対する防御の展開速度、敵の防御に隙が出来た時そこで攻めに転じる速度、状況の変化に早くかつ的確に対応する速度、そのどれもが反則の域に達していた。
ヴィルフリッド・エレミアの強さは、豪快さと緻密さの融合によるものだ。
彼女は先祖の戦闘経験を受け継ぐ特殊な記憶継承者であり、ゆうに200年を超える期間の戦闘経験値がその身に蓄積されている。
先祖から受け継いだ技と経験に、自分が磨いた技と経験を乗せられる彼女は、四人の中で最も隙の無い強さを持っていると言っていいだろう。
クラウス・G・S・イングヴァルトの強さは、才能と努力の融合によるものだ。
彼はいわば"飢えの無いアスリートタイプ"であり、大切なものの喪失、競争相手の獲得、倒すべき邪悪の認知などによって『飢え』を得て、爆発的に強くなる。
この二ヶ月で、彼は爆発的な成長を遂げていた。
ここにオリジナルの代金ベルカによるステータスアップが合わされば、もう手がつけられない。
古代ベルカの王であっても、この四人に勝てはしないはずだ。
「投降してください」
「……」
そんな強さを見せつけて、勝敗をはっきりさせてから目に見える強さを突きつけて、オリヴィエは敵軍の指揮官に投降を呼びかける。
「……分かった。投降する」
軍人の仕事は、全員死ぬまで戦うことではない。この時代には珍しく、それを分かっている敵軍指揮官は、シュトゥラへの投降を決意した。
隣国がほぼ全兵力を投じた戦力を、シュトゥラが事実上四人だけで殲滅してみせたという事実は大きい。
流れ次第では、このまま停戦条約の締結まで行くだろう。
医療騎士団長である金髪の騎士が、次元違いの強さを見せつけたクラウス達の労をねぎらう。
「お疲れ様でした殿下。
それにオリヴィエ様も、お二人も。
事後処理はこちらでやっておきますので、今日はゆっくりとお休みください」
「ああ、頼む」
金髪の騎士は敵軍の武装解除を完了させ、敵軍の治療も開始する。
実に万単位の捕虜という、数十分の戦果としては規模がおかしい光景が広がっていた。
そんな光景を作った青年達は、疲労なんて全く感じさせない様子で、気軽にお喋りしながらゆったりと歩いて帰路につく。
今の話題は、ベルカが熱中している
「最近闘技場に凄い強い剣士が見られるようになったんだよ」
「へぇ」
「在野にもそんな人物が……僕も手合わせを願いたいところだが……
闘技場での戦いを生業としているのなら、体は資本だろうから難しいか」
「クラウス、闘技場の剣士さんに思いを馳せるのは構いませんが、頬に泥がついていますよ」
「と、申し訳ありませんオリヴィエ、見苦しい物を……」
「ふふ、取ってあげます」
「あっ、すみません……」
ごく自然に、異性関係に縁がない人間を憤死させそうな行為を行う二人。
唾液がガムシロップになってくるかのような甘い感触と、背中に僅かなむず痒さと、それらがどうでもよくなる微笑ましさを感じさせる二人。
ベルカとエレミアは顔を見合わせ、呆れた顔で二人から少し距離を取った。
「……オレらは周囲の警戒してようか」
「そうだね」
クラウスとオリヴィエを二人きりにして、ベルカとエレミアは近場にあった大きな岩の上に飛び乗り、周囲を見渡す。
視覚的に魔力的にも、潜伏した敵の存在は感じられない。
念には念を押して安全確認をしていた二人が、その時視界に入れたものは、遠目に見える大きな『腐った山』。
「腐る山、か」
「アルハザードの遺産の仕業だろうね。腐食という形で星を喰らう、星喰の毒……」
「『黒幕』はアルハザードの関係者なんだろうか?」
「さて、その可能性は高いと思うけど……」
戦争が刻んだ大きな爪痕を見て、二人は決意を新たにする。
「終わらせないとな、戦乱の時代」
「うん」
未だ戦乱に終わる気配はなく、彼の記憶が完全に戻る気配もない。
ベルカがこの時代にやって来てから、二ヶ月という時間が経過しようとしていた。
その日、エレミアは自室にて資料をまとめていた。
紙束を揃えて、机の上でトントンと更に綺麗に揃えていく。
背伸びをし、気の抜けた息を吐き、エレミアは気分転換に友人に会うため部屋を出た。
(『黒幕』の情報は集まってきた。だけど、やっぱり現地での調査は必要だ)
部屋を出て、彼女は迷うことなく中庭に向かう。
(敵が弱小なら手分けをするのもいい……
でもやっぱり、敵の全体像が見えるまでは僕達四人で行動するべきかな)
中庭に続く最後のドアを開けようとしたその時、彼女の耳に楽しげな話し声が聞こえて来た。
片方はベルカの声、もう片方は年端もいかぬ少女の声。
「なんか面白いことないのか?」
「闘技場に観戦に行こうぜ!」
「お前本当にそればっかだなベルカこの野郎!」
「最近は炎の魔法でいい勝負が見られる感じでさ―――」
「何が悲しくて没落騎士や一般人が争ってるだけのレベル低い闘技場に―――」
「でもこの前観戦した時クラウスが―――」
「おいおい殿下が認めるって相当―――」
その幼い少女の声に、エレミアは聞き覚えがあった。
途切れ途切れの会話を聞きつつ、エレミアは近くにあった窓からこっそり中庭を覗いた。
中庭には二人の人物が居て、訓練の直後だったらしく汗と泥で汚れたまま地面に座り込んだベルカと、その前のベンチに座る少女の姿が見えた。
(ケルトイのお姫様だ)
ウサギを思わせる服装、年齢一桁でしっかりとした受け答え、ちょっと乱暴な素の話し方。
少女はこの一ヶ月で滅ぼされた国、ケルトイのお姫様だった。
ケルトイはシュトゥラの隣国で、豊かな土地とそこで育った強兵が売りの国であったが、余裕がある分クリーンな戦争をしていたことが災いしていた。
"七日七晩絶対に消えない代わり七日七晩経てば綺麗に消える致死性の毒ガス"がケルトイに撒かれるという、実行した人間の正気が疑われる大虐殺が行われ、ケルトイは戦争に負けてしまった。
軍の八割、国民の三割が殺され、ケルトイの国土は占領、唯一生き残った王族であるお姫様はシュトゥラに救援を求めてここに来た、というわけだ。
ケルトイの国民は弾圧され、今でも苦しんでいるという。
お姫様はこの国の王族や貴族にたった一人で訴えかけ続け、時折こうしてケルトイの命運に全く関わらない"気楽に話せる友人"の下を訪れ、話す日々を送っていた。
「つか、なんでお前はあたしと話す時オリヴィエ様と同じように話さないんだ?
敬語使え敬語。敬意示せ敬意。あたしだって一国の姫なんだって分かってんのかおめー」
「オリヴィエ様が高原に咲く可憐な高嶺の花なら、お前はゴリラだから……」
「せめて花に例えろォ!」
仲良いなぁ、からかわれてるなぁ、とエレミアは思う。
ベルカに対しても、ケルトイのお姫様に対しても、エレミアは"羨ましい"と思った。
そして会話に加わるべく、ドアを開けて中庭に歩いて行く。
「や、姫様、ベルカ。いい天気だね」
「ヴィルフリッド」
「! あ、あらエレミアさん、ご機嫌麗しゅう!」
エレミアが出て来た途端、これだ。
このケルトイのお姫様、年齢一桁ゆえの背伸びというのもあるのだろうが、このちゃらんぽらんで何のバックボーンも無いベルカ以外全ての人の前で、猫を被るのである。
この城の大半の人間は姫の猫被りに気付いているのだが、姫の方は気付かれていることに気付いておらず、涙ぐましい努力を続けている。
皆がこの姫を微笑ましく見守っており、エレミアのように"自分にも素の話し方を見せてくれないかな"と、この姫と友達になりたがっている者も居た。
「そ、そういえばベルカさんは、エレミアさんが突然出て来ても驚かないのですのね!」
露骨な話題逸らしだが、"まあ乗ってあげようか"と思う優しさがベルカとエレミアにはあった。
もっとも、そのせいでエレミアは窮地に陥ってしまうのだが。
「オレはほら、例のレアスキルがあるから」
「ああ、あの、異性の魅力を感知するとかいう意味の分からないあれでございますか……」
「いやオレも詳細は知らないって。ヴィルフリッドの推測なんだよこの能力の詳細」
シコリティ・センサー。
この能力は能動的に使わなければ発動しないものだが、今は彼の記憶喪失の影響もあって、彼の意志を無視して時折発動しているようだ。
それでエレミアが持つSSR級の魅力や価値を感知したのだろうが……ケルトイのお姫様の認識は『異性の魅力を感じ取る』程度のものであったためか、ここでニヤリと笑う。
「なるほど、つまりあなたはエレミアさんに異性的魅力を感じたというわけですね」
「記憶のせいでオレ異性的魅力とかよく分からないんだが、そうなるのか……?」
「いや、あの、そういう風に言われると僕も照れるんだけど……
それにこのレアスキルは、その辺りどうにも怪しい部分があって……」
「いえいえ、それはどうでもいいのです! まずはお二人の出会いから聞かせて下さいませ!」
こいつからかいの先をズラし始めたな、とベルカは察する。
ケルトイの姫は自分がからかわれないために、エレミアにからかいの矛先を向けようとしていたが、話している内にだんだん色恋というものに興味が出て来てヒートアップ。
エレミアは困ったように笑い、照れで頬を掻き、どうしたものかと考え始める。
そこで、中庭に面した廊下を黒髪の騎士が通った。
クラウスの部下で、毎朝ベルカを鍛えている例の彼である。
エレミアは彼にすがるような視線で助けを求め、それに気付いた黒髪の騎士が溜め息を吐く。
黒髪の騎士は三人の視界に入るように動きつつ、無言の礼にて中庭に入り、ケルトイのお姫様に話しかけた。
「姫様、王妃様がお呼びです。お茶の用意ができたと」
「あら、もうそんな時間かしら? では行きましょうか。
ではベルカさん、エレミアさん、またお会いしましょう」
「ああ、そうだな。また肩肘張らなくていい話をしよう」
「行ってらっしゃい、姫様」
両手の指で年齢を数えられるケルトイの姫の背中を、エレミアは哀れみの目で見ていた。
シュトゥラの王妃と何の意味もなくお茶をする者など居ない。
彼女が猫を被っているのは、シュトゥラや聖王国の関係者の機嫌を損なわないようにするため、言い方を変えれば"敬語で媚びるため"だ。
ケルトイの姫の素の話し方は、ベルカとしていたようなフランクな話し方。けれどもその話し方を普段から行えない理由が、あの姫にはある。
(あのお姫様も、苦労してるんだ)
ケルトイの姫は王族だ。
たとえ、姫が年齢一桁であったとしても、姫が守るべき国がもう滅びているとしても、ケルトイの民が今も弾圧されている以上、姫が自分勝手に生きることは許されない。
国と民を救うため、姫は王族として『自分』を捨て続けなければならなかった。
誰の機嫌も損ねるわけにはいかなかった。
ケルトイの姫は、年齢一桁にして既に自分の身を売ってまで国を救う覚悟をしていて、ケルトイの利権を他国に渡すための『望まぬ政略結婚』ですら覚悟し、シュトゥラの王城に居た。
(……きっと、僕には想像もできないような重荷を背負ってる)
ヴィルフリッド・エレミアには、その考え方が分からない。
彼女には、国と民のためになら自分を犠牲にできる考え方が理解できない。
けれど、オリヴィエとクラウスならば、国と民の平和と未来を守るため、自分の命を投げ出せるだろうということは理解していた。
そこに座ることで、多くの未来と幸福を守り、自らは死に至る玉座があるのなら。
クラウスとオリヴィエは、笑顔でそこに座ることができるだろう。
彼と彼女はまだ王ではないが、今の時点でも正しく王であったから。
「ヴィルフリッド」
「あ、うん、何かな?」
「用があったんじゃないのか?」
「あ」
そうだ、とエレミアは思い出す。
気分転換にベルカを食事に誘おうとしたこと。
そして現時点での推測を伝え、相談したかったことをようやく思い出したようだ。
「そうだ、一緒にご飯食べようって思って。
そのついでにしたい話が……あ、これはクラウス殿下とヴィヴィ様が居た方がいいな」
「じゃあ呼んできてくれ。
……オレの予測だと、ぼちぼちあの二人はピクニック的デートに向かう時間だ」
「そ、そんな……! そんなことになったら、気が引けて呼び出せなくなってしまう……!」
異性的魅力というものがよく分かっていないベルカですら、"なんでこいつらの関係は進展していないんだろう"と思う二人。
理由はオリヴィエの身持ちが固いからか、クラウスが王者の童貞であるからか。
疑問は尽きない。
「四人集めて話すってことは、例の件か?」
こくり、とエレミアは頷く。
「この戦乱を煽っている黒幕が居るかもしれない場所があるんだ」
「ほほう、詳しく」
「それは二人が来てからね? じゃ、ちょっとだけ待ってて」
エレミアが跳躍し、城の中庭から城壁まで一息に移動する。
彼女はそこでクラウス達の魔力を探知し、目標に向けて更にもう一度跳躍した。
ベルカはそれを見送った後、中庭にうずくまり、右腕を抑えて苦悶の声を漏らす。
「く、ぐ、うッ……!」
本人にも何故痛むのか分からない痛み。
現代であれば「腕の中に封印した邪龍でも居るんですか?」と中二病扱いされるであろう、そんな行動。だが事実、彼の右腕の中にはソシャゲの闇から生まれた魔物が住んでいた。
命を奪うほどに重度な域に達した、"ソシャゲ中毒"と"携帯依存症"。
記憶を失う前は常時スマホに触ってソシャゲをしていた右腕が、記憶を失ってから全くソシャゲをしなくなったことにより、命を脅かすほどの異常な免疫反応を起こしてしまっているのだ。
それは麻薬中毒者が、急に麻薬を断った時の症状に近い。
かつ、重病患者が常服薬を断った時の症状にも近い。
いずれにせよ、ベルカが命の危機に追い込まれていることは明白で。
「……時間が無い。急がないと」
あと半年生きられるかどうかと、そう医師が判断した時から、既に一ヶ月が経っていた。
翌日。
クラウス、オリヴィエ、エレミア、ベルカの四人は、馬車に揺られて目的地に向かっていた。
「ベルカ、エレミア、本当によくやってくれた」
「いや、オレは大したことしてないぞ」
「いや、僕は大したことしてないから」
「では、二人の功績ということでいいですね?
それにしても器用なものです。金、人、物の流れを見る……でしたっけ?」
ベルカとエレミアがコツコツ調査し、エレミアがそこから推論をまとめたものは、理屈から言えば単純なものだ。
単にシュトゥラにおける金、人、物の流れを監視し吟味し、おかしなところがないかどうかを調査する。それだけだった。
その結果、幸運か、敵の誘いかは分からないが、引っ掛かりが一つ見つかったのだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
"その場所"に向かうか向かわないかの二択を前にして、クラウスはその場所に向かうという選択肢を選び取った。
部下は連れて行かない。
生存と安定性を何よりも優先した、四人だけの少数精鋭である。
「……なんかベルカ、汗臭くない?」
「? 前から思っていたけど、エレミアも男なんだから汗臭さとか気にせず―――」
「クラウス、あなたは今ちょっと黙っていましょう」
「あ、悪いヴィルフリッド。城を出る直前にまたあの人が稽古つけてくれたんだ」
「ああ、あの黒髪の……」
黒髪の騎士は、ベルカの出立ギリギリまで彼を鍛えてくれていたようだ。
それも疲労が残らない程度の、絶妙な加減で。
「頑張ってる感じがして、その匂いも嫌いじゃないけどね。
ただもうちょっと、その辺気にした方がいいんじゃないかなあ」
「ああ、分かった。指摘してくれてありがとう」
「感謝されるようなことじゃないよ」
運動後の女子が男子の前で自分の体臭を気にする、というのはよくある話だ。
が、エレミアのこれはそれと似ているようで違う。
彼女のこれは"ベルカがエレミアの前で体臭を気にしていない"ということに対するもので、転じて"ベルカがエレミアにどう思われてもいいと思っている"という認識から来たものだ。
つまりはもうちょっと意識しろ、というやつである。
好かれたいとまでは思っていないのだろうが、全く意識されていないというのも癪なのだろう。
「ベルカ」
「はい、なんでしょうオリヴィエ様」
「"お前は意識してない"と暗に伝えられたような気になると、女の子はムキになるんですよ」
「?」
「ちょ、ちょ、ヴィヴィ様!」
ベルカがエレミアを分かりづらくちょっとだけムキにさせた、というだけの話。
微笑むオリヴィエ、その微笑みを見ているだけで満足しているクラウス。
クラウスは満足し、馬車の窓から外を見て……街道沿いに生えている木の葉が、不自然に揺れたのを見た。
「……?」
クラウスは木の葉が揺れたのを見て、それが不自然な空気の揺れであることを理解し、ほんの一瞬で危機が迫っているということに思い至る。
「ベルカ! 跳ばせッ!」
「―――!」
そして次の瞬間、彼らが乗っていた馬車が、轟音と共に爆発四散した。
ふっ、と魔法陣が現れる。
それは転移の魔法陣。ベルカがとっさに展開したそれが、馬車から100mほど離れた場所に、四人全員を避難させていた。
「まさか、このタイミングで何の躊躇いもなく殺しに来るなんてっ……」
エレミアがそう呟くのも無理はない。
シュトゥラの王子、聖王国の王女。この二人が乗っていると分かっている馬車を狙うなど、どんな国の王ですらしないだろう。
馬車を襲った先の攻撃は、馬車の中身を知っている前提で放たれた、馬車を粉々にする攻撃であった。物盗りにしては、いくらなんでも派手すぎる。
なればこそ、攻撃者の意図はいくらか予想できるというものだ。
「私達の歓迎は、喜んでもらえたかな?」
戦慄するエレミア達の前に、突如現れる人影が四つ。
その人物達を見て、クラウスは目を見開いた。
「あ、あいつらは……!」
「知っているのかクラウス!」
「次元指名手配犯、殺人科学者『ウーンズ・エーベルヴァイン』。
同じく次元指名手配犯、無差別殺人鬼『ガーフィールド・チャリオッツ』。そして……」
クラウスは金髪に白衣の狂人じみた目つきの男を、ウーンズ・エーベルヴァインと呼んだ。
そして赤髪の野生児のような男を、ガーフィールド・チャリオッツと呼んだ。
どちらも肩書きだけ聞いているだけで、危険人物なのだと分かる。
そしてクラウスは三人目の名を口にしようとし、躊躇い、躊躇うクラウスの代わりに、一歩前に出たオリヴィエがその名を口にした。
「私の母の弟で、私の叔父……『カリギュラ・ゼーゲブレヒト』……!」
「今は『カリギュラ・キングマクベス』を名乗っているぞ、忌まわしき我が姪よ」
「聖王家の名を捨て、
ベルカには、どの国の王族も語り継いでいる一つの故事がある。
調子に乗った王を殺して王座を簒奪した、マクベスという名の騎士の話だ。
ゆえにマクベスの名は王殺しを意味し、聖王家の血族がその名を名乗ることなど普通はありえないと言えるほどに、王族から忌み嫌われる名であった。
カリギュラは姪であるオリヴィエを、ドロリとした感情を浮かべた瞳で見つめている。
「オリヴィエ様、あの人は……?」
「……私が生まれる前まで、次の聖王となることが半ば決まっていた人物です」
「!」
「ベルカ、話は後にしましょう。
気をつけて、あの人は私とは比べ物にならないくらい強い"聖王の力"を持っています!」
このタイミングで出て来たことから考えて、どうやら彼らは『黒幕』の関係者のようだ。
緊張感が漂う。
だが、ベルカは緊張感に呑まれない。
「ウーンズ・エーベルヴァイン……ウンエイ。
ガーフィールド・チャリオッツ……ガチャ。
カリギュラ・キングマクベス……カキン。
よし、全員分のあだ名は決まったな。一安心だ」
「ベルカ! 君はどうやったらその余裕綽々な感じが無くなるんだ!?」
クラウスが叫び、緊張感に呑まれていたオリヴィエやエレミアにも余裕が戻って来る。
精神的コンディションの有利不利は、これでリセットされたようだ。
彼らは四対四で対峙していたが、そこで突如結界が展開された。
クラウス達四人がピクリと反応し、やがて結界を張った女性がウーンズの隣に飛んで来る。
「ウーンズ様、結界の展開を完了しました」
その女性を見て、ベルカの記憶に無い誰かの名前を、ベルカの口が呼んでいた。
「! リイン、フォース……? ぐっ、頭、がっ……!」
「……?」
記憶のない彼には分からない。
だが、ウーンズ・エーベルヴァインという金髪で白衣の男の隣に降りて来たのは、海鳴で彼が出会ったリインフォースという女性と、瓜二つの『人間』だった。
その女性はプログラムでも、魔導生命体でもない、正真正銘本物の『人間』だった。
「なんだ、お前は? 私のことを知っているのか?」
「……分からない。そんなこと、オレが一番知りたいっての……!」
「……気違いか何かか? ウーンズ様、どうしましょう」
「ふっふっふ、決まっている。一番槍はわたしがやるのだ!」
ベルカの反応に、銀髪の女性は嫌そうに目を細める。
それとは対照的に、ウーンズという男は上がりっぱなしのテンションのままに高笑い。
高笑いを止めないままに、手にした杖を強く握り、クラウス達に向かって襲いかかった。
「貴様らなんぞわたし一人で十分! 皆殺しにしてくれるわ!」
「―――やれるものなら、やってみろ」
どっか軽薄で、楽観的で、狂気が滲んでいるウーンズの突撃。
それに対応したのは、何も分からない敵に対し踏み込みで応える、クラウスの勇気ある一歩であった。勝てば勇気、負ければ無謀。彼の選択が正しいのか誰も分からぬまま、彼は踏み込む。
ウーンズは踏み込んで来たクラウスを見てニヤリと笑い、魔法の照準を彼に合わせる。
「極大式対代金ベルカまほ―――」
そして、ウーンズは魔法を放とうとし――
「覇王断空拳ッ!」
「ぐわあああああああああッ!!」
「「「 え、エーベルヴァイーン! 」」」
――クロコダイン級の噛ませムーブにて、一撃でやられていた。
覇王断空拳はウーンズの腹に直撃、その体を真っ二つにする。
ウーンズは単純に戦闘がヘタクソで、クラウスは最初から"敵の魔法の完成前"を狙った先の先の攻撃を放っていた。
ゆえに、この結末は必然である。
「……こ、ここまであっさり倒せるとは思っていなかった。予想外だった」
「すげーぞクラウス!」
ようやっと戦乱の黒幕たる四人が出て来たのに、四人全員が名乗りを上げる前に一人が死ぬというこの始末。しょうもない。
「う、こ、こんなこともあろうかと……」
だがそこで、ウーンズはポケットに入っていたロストロギアのスイッチを入れた。
「は?」
すると、なんということでしょう。
ウーンズ・エーベルヴァインの致命傷がなくなり、ガーフィールド・チャリオッツが真っ二つになっているではありませんか。
これは匠の技ですね。
「ふははははは! ロストロギア『ガードベント』!
これ一つしか無い希少品な上、使い捨ての微妙ロストロギア!
しかーし、その効果たるや十分!
自分が致命傷を受けた時、仲間の誰かに強制的に致命傷を移動できるのだ!」
「て、てめ、クソ野郎、あの世で待ってるからなっ……!」
「おうおうくたばれくたばれ、ガーフィールド君」
「……ゃ、ろぅ……」
ガーフィールド・チャリオッツ死亡。
だがその仲間であるはずの三人は、全く悲しそうな様子を見せない。
それどころか、いっそ狂気すら感じる朗らかな笑みを浮かべていた。
「クソ、モラルハザード四天王のゴールデンコンビ、その片方がやられちまった……
これじゃモラルハザード三天王のオンリーゴールデンだぜ……」
「おっまえもう少しネーミング捻れんのか……」
「クソ野郎のガーフィールドを殺したお前が言えたことじゃねえぜ、ウーンズさんよぉ!」
「はっはっはっは、違いない!」
そんな男達を見て、エレミアは背筋に流れる冷や汗を止められない。
仲間が死んだのにこれは何だ?
仲間が仲間を殺したのに、この反応の薄さは何だ?
この笑顔のおぞましさは一体何だ?
目の前の男たちがあまりにもわけが分からなくて、エレミアは固唾をごくりと飲み込む。
最後の一人、まだ名乗っていないリーダー格の男と相対したベルカが、リーダー格の男の嘲笑混じりの言葉を受け止める。
「驚いたかね? 私が集めた人材だ、このくらいの個性はなくては困る」
「……あんたは?」
「君達が探していた者さ。
アルハザードの滅びの後、残された者。
ベルカという世界をずっと実験場として使っていた者。
そして、君達が生きるこの世界に、滅びをもたらすものだ」
「!」
リーダー格の男は、紫の髪を揺らして笑う。
どうやらこの男が『黒幕』であり、その手駒として男達を集めた者であるようだ。
オリヴィエは、笑うだけで周囲を自然と笑顔にさせる。
ベルカは「笑おうぜ」と言いながら笑い、皆で笑おうとする。
だがこの『黒幕』の笑顔には、自分だけ笑っていればそれでいいという悪性が見える。
「人類は欲望の檻から飛び立たなければ、次のステージには至れない。
私はその命題から生み出された。
"人は欲望の檻から飛び立てる、次のステージに行ける"という確信ではなく。
"人は欲望の檻から逃げられない。これまでもこれからも"という証明のために生み出された。
私は人の世を欲望で導き、いつの日か来る人の自滅のために、世界を誘う笛を吹く」
これは『悪いものだ』と、黒幕を見る者全ての心に確信が湧いて来る。
「ゆえに、私はこう呼ばれていたよ―――欲望の『
"欲望のジェイル"。
それがこの時代における、王達が打倒すべき敵の名だった。
「ジェイル……」
「『フォー・ヒシャ・センター』。
アルハザードの神話において、世界の終末に現れるとされる四人の戦車騎士の名だ。
我々の組織を名前で呼ぶのなら、その名で呼んでいただけるとありがたいね」
アルハザードには、世界の終わりに戦車に乗った死神の騎士が四人現れ、世界の全てを死に導き何も残らない結末を作り上げる、という神話があった。
『フォー・ヒシャ・センター』とは、その神話にあやかった組織名であるようだ。
ベルカはその組織名を聞き、またしても強烈な頭痛に頭を抱える。
「うッ……!」
「ベルカ!? 君は、また記憶が!?」
「消費者センター……なんでだ、聞き覚えのない言葉のはずなのに……頭がッ……!」
ベルカの体調が良くないというのに、敵は待ってくれやしない。
ジェイルの指示でカリギュラが動き、三人の前で構える。
ベルカを抱きかかえているエレミアに先んじて、クラウスとオリヴィエも前に出た。
「エレミア! 君も!」
「あの方は……叔父様は、強敵です! エレミア!」
「分かってる!」
「さて、君らの力を見せてくれ。
私達の敵に相応しいのか、それともここで果てる程度の雑兵なのか!」
ジェイルが叫び、オリヴィエの叔父カリギュラが動き出す。
時代の影で暗躍していた『黒幕』と、時代の表を担う王達が、歴史上初めてとなる戦いを始めようとしていた。
【ガーフィールド・チャリオッツ】
モラルハザード四天王第三席にして、四天王最強の男。
曲者揃いの四天王の中でも頭一つ抜けた実力者であり、その強さは魔法抜きで天地を砕くほど。
かーっ、強さ描写したかったなー! このキャラの強さ描写したかったなー!
戦いにおいては自身の勝率を100%、敵の勝率を0%にすることに特化した『絶対に勝ち、絶対に負けないタイプの最強』。
この男が参戦していた場合、聖王サイドに勝利の可能性は存在しなかった。
奇跡だけではひっくり返せないほどに絶対的に隔絶した力を持つ、本物の最強。
間抜け。