課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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ミッドのソシャゲ運営、有料ガチャ価格設定のあまりのふっかけ具合にフッカケバインの異名を頂戴した模様


課金―――それは世界を殺す猛毒

 時間は多少なりと遡る。

 

 アルハザード製巨大ロボの装置を使い、彼が古代ベルカの時代に向けて飛んだ後。

 アインハルトとトーマは、彼が消えた後も残り続ける空間の歪みを見て、顔を見合わせ相互に頷いた。まだ彼と彼女にできることはあるようだ。

 

「……これは」

 

「なあアインハルト、これを使えば……」

 

「はい。あの人を追えるかもしれませんね」

 

 それは、時空に空いた穴。

 今ベルカと呼ばれている彼が、この時代と古代ベルカの時代を繋げた名残だ。

 ここに上手い具合に飛び込めば、真正ベルカの継承者であるアインハルト、真正ベルカの流れを汲むECディバイダーの担い手であるトーマならば、先に行った彼を追えるかもしれない。

 過去の時代に隠された巨大ロボの一部を見つける手伝いに、行けるかもしれない。

 

 とはいえ、オリジナルの代金ベルカ式魔導師でもない二人には厳しい事柄だ。

 十中八九、時間の流れから弾き出されてこの時代に戻って来るに違いない。

 万分の一の確率で言えば、時間流に飲み込まれて戻って来れなくなることだってありえる。

 総司令と呼ぶ彼と同じ時間の漂着点に辿り着ける保証も、役に立つという保障もない。

 

 例えるならば、それは先に行った彼が鉛筆で引き、消しゴムで消した(みち)を、再度鉛筆でなぞり直す過程に近い。

 上手い具合に引き直せれば追いつける。

 少しでもはみ出してしまえば弾かれる。

 必要とされるのは理想的な後追いだ。

 

 だがアインハルトとトーマは、かの課金青年の強さも承知してたが、その弱さも熟知していた。

 あれは、一人で居ると極めて呆気無くやられてしまうタイプであるということも。

 

「先の話は不確定。だけど……」

 

「未来なんていう目的地が書かれた地図なんてありません。

 分かっていることはただ一つ。

 座したまま待っていても、目的地には辿り着けないということです」

 

「だな。迷うくらいなら行こう」

 

 二人はゲンヤに一言言ってから向かおうとする。

 

「若者の無茶にとやかく言いたくもねえが、こんな危険な話に首縦に振るってのもな……」

 

 渋るゲンヤであったが、ここであの課金厨を一人で行かせるよりかはマシな選択だと思ったのだろう。ほどなく、二人の援護と補助に回っていた。

 ゲンヤは巨大ロボの時空干渉装置のコンソールを操作し、細かな調整を繰り返していく。

 

「こっちは任せろ。俺がここからナビすれば、多少は成功率が上がるはずだ」

 

「「お願いします!」」

 

 かくして、アインハルトとトーマは時間の流れの中に飛び込んだ。

 目印はKの辿った道筋。

 目標地点はKの辿り着いた場所。

 彼と彼女は時間に揺られながら、大昔の古代ベルカの地を目指す。

 

 どちらか片方でも辿り着ければ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのせいだろうか、現在のトーマの調子は最悪と言っていい状態だった。

 

(き……気持ち悪い……!)

 

 最強の鎧と最強の剣がぶつかり合う中、気分の悪さが剣筋を鈍らせる。

 

「ほう、コンディションが良くなさそうだな。

 だが、戦場でそれを理由に待ってくれる者など居ないと知れ!」

 

「くっ!」

 

 時間移動も多少トーマの不調の原因となっているが、彼の今の不調の原因は、狙い通りに時間を移動できなったことが原因の『自分と世界の時間の不協和音』にある。

 "ベルカがこの世界に来てから一年後"の時に辿り着こうとして、時間の誤差なく辿り着いたなら何も問題はない。

 だが"ベルカがこの世界に来た瞬間"に辿り着こうとして、"ベルカがこの世界に来てから二ヶ月後"の時に辿り着いてしまったことが、トーマの存在をこの時間に留めることを困難にする。

 

 トーマの体は時折、壊れたビデオテープの映像のようにブレていて、強い衝撃を受ければすぐさま元の時間に叩き返されてしまうことは明白だった。

 

 時間移動と世界移動による体調不良。

 言うなれば、古いスマホから新しいスマホへとソシャゲデータを移行して、新しいスマホと移行したソシャゲの相性が悪かったような状態だろうか。

 「この時間に行こう」として「この時間に行けた」となる時のタイミングを見つけなければならないのだろうが、それこそベルカ視点で何ヶ月先になるか分からない。

 

 トーマは偶然にも辿り着けたこのタイミングで、幸運にも辿り着けたこの世界で、自分が消える前にある程度の結果を出す必要があった。

 

「押し潰れろ」

 

 カリギュラが左手を空に掲げる。

 掲げられた手より放出された虹色の魔力が、空に一辺30mほどの立方体を造り上げた。

 サイズに相応の強度と重量を持たせたそれを、カリギュラはトーマに向けて落下させる。

 

「ディバイドゼロッ!!」

 

 トーマはそれを、白銀の砲撃にて真っ向から粉砕した。

 本来ならば、空に舞い散る水の欠片で出来るのが虹というものだ。

 だが今この戦場にある虹は、虹の欠片となって降り注ぐステンドグラスのようなそれ。

 非現実的かつ幻想的な光景に見惚れることなく、カリギュラは一人舌打ちした。

 

 トーマが持つは、『魔力結合分断能力』。魔導殺しと呼ばれる力である。

 

 絶対の強度を持つはずの虹色が砕かれたことに、カリギュラは苛立ちを感じているようだ。

 人は自分が無条件に信頼していた力が通じなかった時、その力が強ければ強いほど大きなショックを受ける。

 地元で一番頭が良かった子供が、進学と同時に都会に出て名門校に進み、名門校では自分も底辺にしかなれないという現実を突き付けられてショックを受け、グレて不良の世界に入りソーシャルゲームを始めるのと同じことだ。

 カリギュラにとって、魔力分断持ちのトーマという存在が叩きつけてきたショックは、姉の死に次いで大きなものだった。

 

 されど、ショックを受けているのはカリギュラだけではなく。

 

「はぁッ!」

 

 トーマの大剣が紅蓮を纏い、魔導殺しの力を帯びて突き出される。

 カリギュラは聖王の鎧の四割ほどを手の平に集中し、剣先に掌底を叩きつけて防御した。

 広がる衝撃、弾ける大気。

 されど、剣先はカリギュラの手に傷一つ付けられない。

 

(ぐ、やっぱりダメだ、切断……いや、『分断』しきれない……!)

 

 純粋な魔力運用による防壁ならば、トーマは防御力を無視して切断できる。

 この時点で、トーマの攻撃は回避以外の対抗手段がないという反則中の反則だ。

 ソーシャルゲームで言えば、絶対に発動する即死効果+攻撃直前に発動する全バフ無効効果+リレイズ無効効果を付与された攻撃を、敵ボスが撃ってくるようなものだろうか。

 加え、トーマは先のディバイドゼロ・エクリプスを見れば分かるように、十年近い力の制御訓練により破壊力のみならず、広範囲攻撃で選んだものだけを壊すような精密性も手に入れていた。

 

 最強の剣たる分断の力と、それを敵にだけ当てる精密な制御力。

 この二つの融合が、トーマ・アヴェニールの根幹的な力を支えてくれている。

 

 だが、聖王の鎧は無敵と言っても過言でないほどの『絶対性』を持っていた。

 現在のトーマがありったけの力を込めても、鎧は四割の力でそれを相殺してしまう。

 "無敵でなければ聖王の鎧ではない"と言わんばかりに。

 

「ッ!」

 

 そこで、トーマの突入で少しばかり(けん)に徹していたクラウス達が動く。

 ヴィルフリッドは魔法でベルカの腕の切断面を止血していたが、"医者に見せないとまずい"と判断し走り出した。

 オリヴィエはカリギュラの視界に入ってカリギュラの気を引き、カリギュラの足元の地面を魔法で破壊して、足場が崩れるのを嫌がったカリギュラを空に移動させる。

 そこで空に跳んでいたクラウスが、魔法陣を足場にして天から地に向けて踏み込み、カリギュラの頚椎に向かって"断空"の拳を叩きつけた。

 

「私達を忘れてもらっては困る!」

 

「忘れたわけじゃあない……後回しにしていただけだ!」

 

 首後ろに僅かな圧力を(とお)して来たクラウスを見て、カリギュラは嗜虐的に笑った。

 クラウスはカリギュラの反撃の拳を避け、下がったクラウスと入れ替わりに入って来たトーマがカリギュラに空中戦を挑み、クラウスとオリヴィエは、ベルカを抱いて走るエレミアに合流する。

 気絶しているベルカを除いた三人に向かって、トーマが叫んだ。

 

「その人を連れて撤退してくれ! ……たぶん、長くは保たない!」

 

「あなたを置いていくわけには――」

 

「俺には逃げる手段もある!

 負けて失うものがないなら、ここで勝てない戦いを続けるべきじゃない!」

 

「――っ、死なないでください!」

 

 トーマに後押しされて、オリヴィエ達が逃げて行く。

 眼前に迫る虹色の飛刃全てを切って"分断"し、トーマは一気に距離を詰めてきたカリギュラの手刀を大剣で受け止めた。

 ミシリ、と剣と体が音が鳴らす。

 バチリ、と弾ける魔力が音を立てる。

 

「逃がすものか。お前も、オリヴィエも」

 

「!」

 

 カリギュラが両の拳を振るい、トーマが大剣を縦横無尽に操り拳を弾いていく。

 何も持っておらず二つ同時に動く拳の手数と、重そうな大剣の手数が互角という異常な光景。

 スピード、パワー、手数、小器用さ、広範囲攻撃のレベル、その他諸々あらゆる面でトーマはカリギュラを上回っていたが……『防御力の差』という一つの要素だけで、全てが覆されている。

 

(腕が、重い……魔力がドロドロして、すっと出て来ない……!)

 

 トーマの不調もそれに輪をかけていた。

 彼を未来のミッドの巨大ロボの中にまで戻そうとする時間の作用が、壊れたビデオテープが映し出すような揺らぎを、トーマの体に発生させる。

 

(このままじゃ、負ける!)

 

 地面から生える虹色の棘1080本の猛攻を四方八方に跳ねて避け回るトーマの脳裏に、だんだんと敗北の予感が湧いて出て来る。

 

(……いや、違う。ネガティブになるな。

 "これじゃ勝てない"って思ってる内は勝てないって、総司令も言ってたじゃないか。

 笑え。余裕を持て。辛い時こそ笑え。

 "最後に勝者が笑うなら、勝つ前にもう笑っとくくらいでいい"って、教わっただろ―――!)

 

 だがここで、その意識もカチッと切り替わった。

 

「俺の時代じゃその鎧、使えるかはともかく使ってる奴めったに居なくてさ」

 

「……?」

 

「総司令から聞いてただけだったから、リリィに言っちゃってたんだよな。

 『聖王の鎧を使う奴が敵になっても、君を守る』って。いいカッコしいだったなあ……」

 

「リリィ……?」

 

 カリギュラは、トーマの口から出て来た『リリィ』という名に怪訝な顔をする。

 だが言葉のニュアンスから、"女の名前"であるということは理解したようだ。

 トーマは女の記憶を思い出し、女の前で"聖王の鎧相手にも勝つ"と宣言したことを思い出し、剣を構える。

 

「今はリリィを守る戦いじゃないけれど……

 それでも……いつかの未来のもしものために……勝っておきたいよなあ……!」

 

「くだらん。想いで力の差が覆るものか!」

 

 かつて恋した、今でも好きな人を守るために、いつかの未来で聖王の鎧を纏う敵と戦った時、必ず勝つために。トーマ・アヴェニールはそんな理由で、カリギュラに勝とうとしていた。

 振り上げられ、袈裟に振り下ろされる大剣。

 虹色の魔力(カイゼル・ファルベ)を足に収束し、回し蹴りを放つカリギュラ。

 銀剣と虹の魔力が衝突し、何km離れようとも見えるような爆炎と魔力の柱を打ち立てる。

 

 戦場から数km離れた彼方で、クラウスはその爆炎と魔力の柱を目にしていた。

 走る。

 走る。

 走る。

 飛ぶより速く、魔法の効果で音や土煙などの目立つ要素を消しながら、目立つ空ではなく隠れる場所の多い地の上を走って行く。

 

「っ、ヴィヴィ様、クラウス殿下、追手です!」

 

「くっ、やはりそう簡単にはいかないか」

 

 だが腕がもげた怪我人を一人連れて、スーパーカー以上の速度を出せるわけもない。

 速度を落とし気味のクラウス達と、遠慮無く速度が出せる追跡者との間には、工夫では埋められない速度の差があった。

 彼らを勝手に追いかけてきたウーンズ・エーベルヴァインが、隣にリインフォースそっくりな彼女を従え、彼らに追いついて来る。

 

「わっはっはっは! このわたしから逃げられると思うな!」

 

 カリギュラ戦での疲弊も大きいクラウス達では、勝てるかどうか。

 それでも戦わないわけにはいかない。

 エレミアがベルカを抱えて走るのを継続し、クラウスとオリヴィエが振り返って構え……そこでようやく、交戦開始と同時にベルカが送っていた通信を受け、来てくれた援軍が合流してくれた。

 

「うるせえぞキチガイ。黙って座って大人しくしてろ」

 

 荒々しい口調に赤い髪をなびかせて、援軍は魔法を放つ。

 鈍色の何かが飛行中のウーンズとナハトの近くに飛び、足を止めた敵二人の周囲にて、派手に炸裂し濃い煙を散布した。

 攻勢魔力と見せかけた逃走補助の魔法、中々に優秀な魔力運用だ。

 

「なんだと!? 救援か!?」

 

「その通りですわよ!」

 

 荒々しい口調が一転、自分の声が周囲に聞こえていると認識したのか、お嬢様風な猫かぶり口調に変わる援軍の声。

 援軍の一人は、ケルトイのお姫様だった。

 お姫様は赤い髪を翻し、地上のクラウス達に合流。ウーンズ達も煙幕を避けつつクラウス達を見失わないよう、落ちるように高度を下げた。

 それが、お姫様の狙いだったとも気付かずに。

 

「縛れ、(はがね)(くびき)!」

 

 そうして高度を下げたウーンズとナハトを、地面から生えた刃状の拘束魔法が捕縛する。

 見れば、いつの間にかクラウスの隣に降りて来ていた黒髪の騎士――毎朝ベルカを鍛えてくれている教官――が、ウーンズ達に向けて魔法を放っていた。

 この時代においてポピュラーな拘束魔法である(はがね)(くびき)は、ほんの一分か二分が限界だろうが、ウーンズとナハトの行動を阻害する。

 

 その隙に、ちょっとばかり余裕が無くなって来たケルトイのお姫様が、腕がもげたベルカの頭をはたきつつ叩き起こそうとし始めた。

 

「起きろ! 器用な後衛はお前だけなんだぞ!」

 

「ちょっ」

 

 エレミアがそれを止めようとするが、ケルトイのお姫様は容赦なくもう一発後頭部をはたく。

 ケルトイのお姫様も「ベルカは魔法のチェーンソーで腕をゴリゴリ削られながら切り飛ばされてその痛みで気絶したんだよ」と言われれば、ベルカにこんなことはできまい。

 先の痛々しい右腕喪失を見ていたエレミア達だからこそベルカを粗雑に扱うことができなくて、何も知らないケルトイのお姫様だからこそ彼の頭を叩くことができたのだ。

 

 結果、頭をはたかれて叩き起こされたベルカは目を覚ます。

 この状況にケリを付けられる唯一の人間が目を覚ます。

 ウーンズにとって予想外だったのは、腕をもがれた痛みがショックになって、彼の記憶の奥底から一つの魔法術式が思い出されたことだろう。

 

「……知ってるか。悪党ども」

 

 かくしてベルカは、エレミアの魔法発動媒体(デバイス)を一時的に借り、思い出した超長距離"移行"魔法を発動させる。

 

「笑顔ってのは、やせ我慢の最高の味方なんだぜ?」

 

 激痛に冷や汗をダラダラと流し、真っ青な顔で笑いながら、ベルカは味方全員を連れてシュトゥラ王城にまで逃げて行った。

 

「くぅっ……逃がしたか……!」

 

「戻りましょう、ウーンズ様。ジェイル様とカリギュラ様と共に居た方が安全です」

 

「分かってる! 一々指図をするな! ……社会不適合者と、その末裔めが……!」

 

 ウーンズは舌打ちし、忌々しげに先程までベルカ達が居た地点を見やる。

 エーベルヴァインの名を持つ彼の瞳には、特に理由の無い嫌悪が浮かんでいた。

 理由はないのに、その嫌悪はとてつもなく大きかった。

 

 

 

 

 

 完成した技量を持つトーマが、シルバー・スターズ・ハンドレッドミリオンと呼ばれる射撃魔法を放つ。何の補助もなく放てるその射撃魔法は、トーマが健全な状態であればその名の通り一億の弾丸で敵を圧殺する魔法だ。

 完成されたシルバー・スターズ・ハンドレッドミリオン。

 当然ながら付与されるは最強の特性、魔力分断。

 されどそれでも、カリギュラ・キングマクベスには届かない。

 

「惜しかったな」

 

 聖王の鎧で一千万の魔力弾を真正面から粉砕しながら突っ込んで、虹を纏った腕を突き出し、カリギュラはトーマの腹を貫いた。

 

「かっ、は……!」

 

 致命の一撃。

 ここでトーマの反則特性の一つ、頭か心臓を一瞬で潰されなければいくらでも再生できるという再生能力が発動するが、与えられた衝撃のせいでトーマの体が元の時間に帰り始めてしまう。

 今のトーマに課せられたハンディキャップは、あまりにも多かった。

 

「お前、融合機使いだろう?」

 

「……っ!」

 

「分かるさ。お前の強さはユニゾン前提の強さで、今のお前は一人ぼっちだ。

 せめて一人でなく二人で俺に挑んで来ていたなら、まだいい勝負になったろうにな」

 

 特に、ガチャで召喚された時点で"リリィと銀十字"と切り離されたのが痛かった。

 トーマもまた、ベルカの方程式に漏れず、『融合してくれる少女』と『共に戦ってくれるデバイス』との三位一体でこそ本領を発揮する魔導師だ。

 今の彼は八神はやてで例えるならば、かろうじてユニゾン状態を維持できてはいるものの、シュベルトクロイツとリインを取り上げられた状態に近い。

 リインにあたるリリィという少女、シュベルトクロイツにあたる銀十字の書があれば、聖王の鎧の絶対防御が敵だったとしても、万に一つの勝機はあったはずだ。

 傷一つ付けられずに完敗するなんてことはなかったはずだ。

 

 だが、そんな仮定は全て"ありえたもしも"の可能性でしかない。

 

「あんな愚姪の味方についた自分の愚かさを恨むがいい」

 

「ち、く、しょ―――すみません、か―――さん―――」

 

 トーマは敗北し、時空の彼方に消えて行った。

 最強の剣に勝利した最強の鎧は、かくしてこの天地の狭間に敵がないことを証明する。

 矛盾はない。

 "盾と矛なら盾が強い"ということが証明された以上、矛盾が発生する余地が無い。

 聖王の鎧の上を行くものがこの時代に存在するのか、それすら怪しいものだ。

 

「勝者となった俺が保証しよう、トーマ・アヴェニール。

 お前の剣は最強だった。俺の鎧と矛盾を成立させられたかもしれない程度には、強かったぞ」

 

 これが完成された聖王の力。

 700年前、『ベルカの王』という概念が生まれた時代に、ジェイルに数十兆円相当の課金をした初代聖王が手に入れ、子孫に受け継がせた力。

 ゆりかごがなくとも、二十代半ばの完成したトーマ・アヴェニールを退ける力。

 単騎で国と同等の強さを持つ騎士達が束になっても敵わない、単騎で大陸と戦えるほどの無敵の力だ。今この時代に、これをまともな戦いでどうにかできる人間は居まい。

 

「やあ、お疲れカリギュラ」

 

「ジェイルか」

 

「これで数日はシュトゥラもてんてこ舞いだ。

 他国へ通達を始めれば二週間は国の動きも止まるだろう。

 それを抜きにしても、オリジナルの代金ベルカはすぐに戦線復帰できないだろうしね」

 

 高みの見物を決め込んでいたジェイルが、笑みを浮かべてカリギュラに話しかける。

 感情が読めない笑みだった。

 愉悦が滲んでいるのはいつものことだが、愉悦以外の感情が見えない笑みだ。

 だから、何を考えているのか全く読めない。

 

(相変わらず気味の悪い男だ)

 

 そういえばあのベルカという子供も笑っていたな、とカリギュラは思い出す。

 ジェイルとあの子は同じように常に笑っていて、何をしても笑ったまま死んで行きそうな雰囲気があるのに、どこが違うのだろうか、と彼の思考に疑問が湧いて来た。

 「笑おう」と周りに声をかけていたから違うように見えたのだろうか、とカリギュラは思考するが、ベルカにそう声をかけられていた少女がオリヴィエだったことを思い出すと、思考と理性が怒りで沸騰してしまう。

 

「そういえば、だ。

 ジェイル。オリジナルの代金ベルカ式使いはもうお前しか居ないんじゃなかったのか?」

 

 沸騰した思考を静めるべく、カリギュラは気を紛らわせるため、適当な話題を選んでジェイルに話しかけた。

 

「居ないさ、居るわけがない。

 オリジナルはアルハザードの時代に絶えている。この時代に居るわけがない」

 

「じゃあなんだあありゃ。この時代には居ないんだろう?」

 

「……うん? この時代? ……いや、まさか……あの巨大機械人形の機構……」

 

「おいどうしたジェイル? 人と話してる最中に考えこむのはやめろ、殴るぞ」

 

「やめてくれたまえ、また死んでしまう。

 なんでもないことさ。根拠も証明もない、一つの仮説を思いついたというだけなんだ」

 

「ふぅん」

 

「さて、計画を早めよう。

 我々の存在が公のものとなり、口封じも失敗した。ここからは少々派手に動いてもいいはずだ」

 

「……いよいよ、か」

 

 火蓋は切られ、ゆえに、世界の終わりが加速する。

 

「安心したまえ、カリギュラ。

 君が愛した姉を殺した……世界も、世界の仕組みも、聖王国も、聖王女も。

 全ては君の前で滅びを迎えることだろう。君の復讐という欲望で、この世界は終わる」

 

 ウーンズ、ガーフィールド、カリギュラ。

 既に一人欠けているが、ジェイルはその欲望で世界を終わらせるに足る者達を集めた。

 だがジェイルがその欲望を分かったように語ると、カリギュラはその表情を憤怒の一色に染め上げて、虹色の魔力刃をジェイルの首筋に突きつける。

 

「黙れ」

 

 フォー・ヒシャ・センターは戦乱を煽り、世界を滅亡へと導く組織。

 だがこの組織の中には、友情も信頼も仲間意識もない。

 ともすれば、仲間割れで全員死ぬ結末を迎えてもおかしくはないほどに。

 

「お前に分かった風に語られるのは、虫酸が走る……!」

 

「おお、怖い怖い。口は災いの元だね」

 

 ジェイルは死を恐れていないかのように、首筋に剣を突きつけられてもどこ吹く風だ。

 カリギュラの怒りをよそにまた科学者的な思索を始めるジェイル。そんな気狂いそのものな彼の様子を見て、カリギュラは溜め息を吐いて刃を収める。

 ジェイルはその内、また何かに気付いたようだ。

 

「ん、ああ、そうか、あの銀髪の青年はそういう……」

 

「なんだ? あのトーマとかいう子供の正体も分かったのか?」

 

「いや、正体はさほど重要じゃない。

 重要なのはあの銀髪の青年をこの段階で盤面から排除できたという事実さ」

 

 カリギュラの勝利の後に、ジェイルはトーマの力の正体に気付く。

 

無課金効果(ゼロエフェクト)……ディバイドゼロ(課金格差)……

 つまりEC因子適合者(エクリプスドライバー)理論の完成形。

 彼は間違いなく無課金の騎士(ゼロドライバー)だ。ここで退場させて正解だよ」

 

 『無課金の星』が舞台から排除され、課金厨だけが戦乱に残されたという、この事実。

 

「運命の女神は私達に微笑んでくれているのかもしれないね」

 

 最強の鎧を貫ける剣の喪失と敗北。

 "流れ"は、確実にジェイル達の方へと来ていた。

 

 

 




【EC課金システム】

 日本にも実在する課金システム。
 古代ベルカにおいては、理論上にのみ存在するシステム。

 古代ベルカにおけるEC課金システムは、日本に存在するEC課金システムとは根本的に違うものだが、日本のEC課金システムの源流となるオリジナルのEC課金システムである。
 ベルカにおけるEC課金システムは、課金により力を得るシステムの対極にあたる。
 ECは無課金専用の力であり、課金の額が0である限り魔導の力を0にすることができた。

 そのためこの理論とシステムから生まれた兵器は、ECディバイダーと呼称される。
 EC兵器に対抗し、無課金を課金兵に転じさせるほどにガチャ欲を煽る強力なソシャゲの武装アイテムは、AEC武装と呼ばれる。

 すなわちトーマ・アヴェニールの力は、日本で生まれたEC課金システムの源流となる古代ベルカのEC課金システムを反転させた、"無課金が時に課金者を上回る現象"を転用した無課金力である。

 ディバイドとは格差を意味する英単語。
 ディバイダーという名には、課金厨と無課金の格差を埋めるという祈りが込められている。

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