課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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一部のソシャゲをやるたびにスマホが落ちるので、思い切って買い換えました
ソシャゲのためにスマホを買い換える人はそんなに少なくないと思いますが、これもまた亜種課金といえば亜種課金ですね


『アクエリアス』!『ポカリスエット』! ポカリの力お借りします! フュージョンアップ! アポカリプス!

 トーマは初撃のシルバー・スターズ・ハンドレッドミリオンに、自身の全魔力の半分近くを持って行かれてしまっていた。

 だが、それが不利に働くことはない。

 自然回復する魔力量と残存魔力量をリリィが計算し、彼女と融合しているトーマの戦闘を逐次導き、消耗を管理していたからだ。

 

(ああ)

 

 この時点で、闇の書を携えたウーンズが真っ当に勝利する可能性はなくなった。

 トーマとリリィ、そこに銀十字の書とディバイダーを加えた布陣に隙はない。

 そして今、ガジェットの最後の一機が叩き落とされた。

 

(どいつもこいつも)

 

 トーマが剣を振り上げて、怒りと恐怖で正気を失いかけているウーンズに迫る。

 悪ければ一刀の下に、そうでなくとも数回の剣閃でウーンズは無力化されるだろう。

 無課金(ゼロドライバー)の強さはもう見た。アレに真正面から挑んで勝てると思うほど、ウーンズは頭の悪い人間ではない。

 

(頭の中が沸騰してしまいそうだ)

 

 迫る銀色。迫る敗北。迫る屈辱。

 課金(おう)の前に跪かせられる未来予想図が、ウーンズの脳裏に浮かぶ。

 トーマの行動はウーンズの思考から余裕を削り、冷静さを奪い、彼の中にある原始的で愚かな感情を剥き出しにさせた。

 

(もう、どうでもいい―――!)

 

 ウーンズの指示で闇の書が触手を伸ばし、主を捕まえ、飲み込む。

 飲み込まれたウーンズの短い断末魔が響き、闇の書は胎動と暴走を始めた。

 書が闇に変わる。

 闇から触手が伸びる。

 創造主を喰らった書は、人でも書でもないものへと暴走じみた変化をしていった。

 

 やがて直系10mほどの、闇から無数の触手が生えただけの化け物になったそれを見て、トーマは飛行を停止した。

 

「……!?」

 

『何、これ……!?』

 

 触手が地を舐め、怪物が走り出す。

 怪物化した闇の書はトーマも喰らおうとする意志を見せる。

 トーマは冷静に、下がりながら射撃魔法の準備を終え、距離を保ったままぶち込んだ。

 

「怪物相手なら、怪物退治の銀弾だ!」

 

《 Silver Barrett 》

 

 分断の射撃。

 不死の怪物の心臓に撃ち込めば、不死すら断って死に至らしめる銀の魔力の一撃だ。

 それが一直線に飛び、触手を何本か吹っ飛ばすが、分断したそばから再生してしまう。

 

『ちゃんと断ち切れてる……でも、すぐに再生してる!

 これはもう、一から作ってるのと変わらない再生能力だよ! トーマ!』

 

「……半端じゃないな」

 

 生半可な『分断』では傷も残せないだろう。

 エクリプスドライバーの再生能力でさえ真似できない、超高速極大規模の再生能力。

 これをトーマ達が倒そうとするならば、極大火力を叩きつけての短期決戦が最良なのだろうが、生憎それが出来るだけの魔力はトーマに残っていない。

 

「これが、話に聞いてた闇の書の闇……!」

 

 "24年前にこんなものを倒した人が居たのか"と、未来人の視点でトーマは驚愕する。

 彼の中で新暦65年に闇の書の闇を倒した人物のイメージは、とんだモンスターになっていた。

 触手の内何本かが束ねられ、触手の肉がメリメリと融合を始め、融合した肉が醜悪に人の形を取っていく。

 人の正気度を削るような、醜悪な変形が行われていく。

 

 やがて触手が融け合った肉体は、先程取り込まれたウーンズの体を模倣していく。

 触手が肉塊になり、肉塊が人体を模し、人体に似て非なるおぞましい形状を構築していった。

 

『うっ……』

 

「リリィ、あまり凝視しない方がいい」

 

 トーマと融合しているリリィが気分を悪くして、トーマが優しく自身の内へと声をかける。

 二人は波乱万丈な人生を生きてきたせいか、グロテスクなものには耐性があった。だが、そんなリリィが気分を悪くしてしまうほどに、今の闇の書は醜悪だった。

 トーマは肉塊のまま蠢くウーンズを睨み、嫌悪感を隠さず顔に出す。

 

 人を模そうとする肉塊に"人らしさ"は何も無い。

 なのにその肉塊が人の形になろうとしているから、見ているだけで吐き気を催してしまう。

 

(ここまで……ここまで、するか?)

 

 もうウーンズの体も心も魂も、ほとんど残ってはいまい。

 今は闇の書が残った体と心の残滓を表出させているが、いずれはそれも消えるだろう。

 ウーンズはもう、実質的に死んでいる。

 闇の書の中に残っているのは、ウーンズの消えない妄執だけだ。

 

『しね……しぬがいい……』

 

 ウーンズは自殺に近い選択を選んだ。

 自分の嫌いなものを壊すために。

 ウーンズは呻く。

 こんな姿になってまで、自分が嫌った何かへの怨嗟を口にして。

 

『……きえろ……きえろ……きえろ……きえろ……きえろ……きえろ……きえろ……』

 

「なんでだ!」

 

 妄執以外の全てが消えて行っているウーンズを見て、トーマは叫ぶ。

 

「許せばよかったじゃないか!

 嫌いな人がそこに生きることくらい、許してやればよかったじゃないか!

 難しいことじゃないだろ!?

 嫌いな人を否定するために時間使って、労力使って、苛々して、幸せになる権利捨てて!」

 

 何故許せないのかと、トーマは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「それの何が楽しいんだよ! ウーンズ・エーベルヴァインッ!」

 

 ウーンズの残滓は、その言葉にまるで理解を示さない。

 

『おまえたちが、たのしそうにいきていると、きぶんがわるい』

 

「―――!」

 

 大人になるということは、自分の嫌いなものが隣にある事に耐えられるようになるということ。

 大人になるということは、自分のしたくないことを進んでできるようになるということ。

 大人になるということは、自分より上等な人間が沢山居るという現実を認められるようになるということ。

 大人になるということは、寛容になるということ。

 

 大人になるということは、敗北を認めた向こう側にある。

 大人になるということは、苦労の向こう側にある。

 大人になるということは、家族を愛し、家族に愛され、自分の家族を作る過程の中にある。

 

 ウーンズは、大人になれなかった。

 体は大人でも、本当の意味では大人になれていなかった人間だった。

 嫌いな人間の幸福を認められない人間だった。

 

『トーマ!』

 

「!? くっ!」

 

 そうして、闇の書はまた暴走を始める。

 ウーンズの形をした肉塊を残し、それ以外の肉塊と触手が弾けた。

 弾けた肉は弾丸のように四方八方に飛び散って、トーマに防御行動を取らせる。

 トーマが防御行動を取ったその隙に、闇の書は高速で飛翔を始めた。

 

「逃がすか! ……って」

 

 闇の書は転送ポートに入り、中層、そして上層に移動していく。

 トーマもすぐにその後を追おうとするが、闇の書が撒き散らした肉片の一つ一つが、2mほどの黒色の怪物へと変化していた。

 怪物はトーマと転送ポート、正確には自分達以外に下層で動いているもの全てを敵と見定め、それに襲いかかって来た。

 

「何だ、これ!?」

 

『これもマテリアルだよ! 全部倒して行かないと、転送機が!』

 

「しまった、時間稼ぎかっ……」

 

 トーマは通信を送ろうとするが、襲いかかって来た無数の怪物に邪魔されてしまう。

 一秒ちょっとで闇の書が上層に辿り着けるであろうこの状況、一秒ちょっとの時間を怪物に稼がれてしまうということは、トーマ視点致命的なことだった。

 

(早く……早く、上に行かないと!)

 

 怪物を切り裂くトーマの脳裏には、先程見た闇の書の力と、そこに宿った恐るべき妄執のおぞましさが幾度となくチラついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転送ポートから現れた"それ"は、敵の親玉を倒して勝利の実感に浸かっていた、言い換えるならば『思いっきり油断していた』皆の前に現れた。

 

「え?」

 

 双式覇王断空拳がジェイルを倒してから、一分も経っていない。

 このタイミングで油断するなというのが酷だろう。

 問題なのは、このタイミングで最も気を抜いていたのが、気を抜かずに長時間戦っていた四人……クラウス、エレミア、オリヴィエ、アインハルトの四人であったこと。

 

 当然のことだが、コア・ジェイル戦に参加していなかった人間と、コア・ジェイル戦にてずっと集中していた人間では精神的な余裕にかなりの差がある。

 コア・ジェイル戦で主にダメージを受けたのがこの四人だったというのもそれに拍車をかけた。

 ベルカはコア・ジェイルとの会話のため転送ポートから離れていて、アインハルトはヴィータと一緒に物陰からジェイルとベルカの会話を見張っていたため、転送ポートから現れた闇の書の攻撃範囲に居たのはクラウス、エレミア、オリヴィエのみ。

 

「―――あ―――」

 

 転送終了と同時にノータイムで攻撃して来た闇の書に、抗う(すべ)はなかった。

 闇の書の魔力爆撃が上層を適当に爆撃し、それとは対照的に針の穴を通すような精密さで放たれた触手が、クラウスとエレミアとオリヴィエに迫る。

 

「―――ッ!!」

 

 闇の書の目的は強者の吸収。

 リンカーコア蒐集に見られるように、強いものの吸収こそが闇の書の本懐。

 だからこそ、クラウス達を狙うなんてことは決まりきっていた。

 

「な」

 

 狙われたのはクラウス達。

 だからこそ、ザフィーラ達が彼らを庇おうとすることは決まりきっていた。

 ザフィーラがクラウスを突き飛ばし、拳を構える。

 シグナムがオリヴィエを突き飛ばし、剣を構える。

 シャマルがエレミアを突き飛ばし、魔力盾を張る。

 

 だがそれらの抵抗も虚しく砕かれ、拳は貫かれ、剣は折れ、盾は割かれ、触手が彼らの心臓を貫いて行く。

 

「……か、はッ」

 

 ザフィーラは忠誠。王家への変わらぬ感情。

 シグナムは憧憬。聖王というものへの敬意。

 シャマルは親愛。幸せになって欲しいという平凡な願い。

 それぞれがそれぞれの想いを抱え、近くに居たその人を庇い、その上で生き残ろうとし……生き残れなかった。ウーンズの妄執が他者の命運を捻じ曲げていく。

 

「ザフィーラ! シャマル、シグナム!」

 

 クラウスが叫ぶが、触手に貫かれた三人は口から返答を帰すこともできず、代わりに口から血反吐を吐き出す。

 闇の書の吸収速度は加速度的に早くなっており、三人は程なく書に取り込まれてしまうだろう。

 

「くっ、させない!」

 

 クラウス達は当然、彼らを助けようと動く。

 だがそこで闇の書はまたしても、膨大な魔力にあかせて戦いの駒を生成し始めた。

 闇が吹き出す。闇が固まり、怪物になる。

 触手から粘液が垂れる。垂れた粘液が変性し、怪物になる。

 ぼとりぼとりと触手が落ちる。落ちた触手が蠢いて、怪物になる。

 『暴走』以外に表現しようのない、怪物の大量生産だった。

 

 具現化する怪物はウーンズが事前に実験として闇の書に蒐集させたもの、あるいは吸収させたものであり、一体一体が戦闘力を持っていた。

 襲いかかってくる怪物を見て、クラウスは目を見開く。

 

「これは、ベルカと初めて会ったあの日、僕を襲って来た怪物!?」

 

 闇の書が生産した怪物の姿が、見覚えのあるものだったからだ。

 

(あれも、ウーンズの差し金だったのか……!)

 

 ベルカとクラウスの物語は、奇しくもその最初と最後をウーンズに飾られていた。

 なんとも奇妙な巡り合わせにあったものだ。

 

「エレミア、無理はしないように」

「ヴィヴィ様こそ!」

 

 まだ戦える者達が応戦を始める。

 だが闇の書は、ザフィーラ達の吸収を続けるかたわら、上層に転がっている気絶していたジェイル、及び死んでいたジェイルの体を片っ端から貪っていく。

 オーバーSランク魔導師に相当するジェイル一万体を、だ。

 骨が噛み砕かれる音、肉が噛み潰される音が上層に響き渡り、こぼれた内臓が床にべちゃりと落ちた音までもが、やけに皆の耳に残っていた。

 

「お、おえっ……」

「なんだ、何だこの化け物……!?」

「し、死体まで食って……死体のリンカーコアまで蒐集して……成長してるのか……!?」

 

 シュトゥラの新米三騎士が口元を抑える。

 闇の書は加速度的に強大になっていく。

 疲弊しすぎた今のクラウス達に、闇の書が生み出している怪物群は倒せない。

 

「ヴィータさん、ここはお任せします!」

 

 アインハルトもベルカとジェイルから離れて参戦するが、怪物の一体一体が強く、アインハルトやクラウス達に闇の書が触手を伸ばしてくるものだから、この状況を打開するどころか徐々に押し込まれていってしまう。

 

「くっ……!」

 

 今の闇の書は、限界突破した高町なのはでなければ倒せなかったあの日の強さに、徐々に確実に近付いている。おそらくは、時間をかければかけるほど強くなっていく。

 そしてクラウス達は、連戦に次ぐ連戦で疲弊の極みにある。時間をかければかけるほどに弱くなっていってしまうだろう。

 

(あのクソ野郎、モンスター化してまで人様に迷惑かけやがって……!)

 

 戦場から少し離れた場所に居たからか、ヴィータには"どうするのが最善だ?"と考えるだけの余裕があった。

 だが彼女が有効策を思いつく前に、ジェイルとの会話を終えたベルカが奥から出て来てしまう。

 

「ヴィータ、何があった!?」

 

 その声が、トリガーになった。

 闇の書を最も強く突き動かすものとは何か? ウーンズの妄執だ。

 ウーンズが最も憎む者とは誰か? ベルカに決まっている。

 当然の帰結として、闇の書の殺意は一人の青年に向いた。

 

『課金王ぉぉぉぉぉッ!!』

 

「バカ来るな、避けろ!」

 

「なっ」

 

 ヴィータは状況を把握していないベルカを突き飛ばし、飛んで来た触手を鉄槌で弾く。

 

「づ!?」

 

 だが触手に粘りついていた強酸性の粘液が顔にかかり、彼女は思わず目を閉じてしまった。

 顔が焼ける感覚に少し遅れて、彼女の胸に激痛が走る。

 無慈悲に放たれた二本目の触手が、ヴィータの胸に突き刺さっていた。

 

「が、ふっ」

 

 ヴィータの脳裏に未練が浮かぶ。後悔が浮かぶ。悲嘆が浮かぶ。無念。諦観。激怒。屈辱。あらゆる感情が浮かんでいく。こんなことしなければよかった、とすら彼女は思った。

 けれど彼女が振り返り、その視界にベルカを捉えると、その感情の全ては霧散してしまった。

 "よかった、無事だ"という安堵だけが、彼女の胸の中に広がっていく。

 

「あたしも、ヤキが回ったな……いい人ヅラするなんて、ガラじゃないってのに……」

 

「ヴィータっ!」

 

「……へへっ」

 

 状況をまだ把握できていないベルカの前で、新しい餌を触手で貫いた闇の書が、他の餌と同じように新しい餌(ヴィータ)を吊り上げていく。

 

「あたしが死んで、悲しんでくれそうな奴なんて、居ないと思ってたのになぁ……」

 

 ヴィータが微笑む理由も理解できないまま、ベルカは状況を理解していく。

 ウーンズを模した肉塊と、それが操る闇の書。

 溢れる怪物と、それに押し込まれる仲間達。

 そして、闇の書の触手に貫かれたままの四人。

 全ての記憶を取り戻したベルカだからこそ、この光景が意味するところを理解し、この後に待つ結末を予想できていた。

 

「皆ッ!」

 

 ヴォルケンリッターが生まれる。それはあの四人の死を意味する。

 ゆえにベルカは叫び、その叫びが彼と親交のあった四人の意識を引き戻す。

 

「……ッ……!」

 

 意識を取り戻した四人は、この状況を瞬時に把握し、その一瞬で覚悟を決めた。

 

「うむ、悪くない……

 "見上げていたい"と思える誰かのために体を張るというのは、存外悪くない……」

 

「シグナムさん!」

 

 シグナムがオリヴィエの叫びを耳にする。

 王と騎士。ほんの一時の上下関係ではあったが、王と共に戦い王を守るという行為に、シグナムは不思議な充実感を感じていた。

 痛みに耐えつつも、シグナムは"もしも自分に正式な主が居たなら"ばと思い、"そんな未来があったなら、きっとそれはそれでいいものだったのだろうな"と思う。

 そして、そんなことを考える自分を自嘲するように笑った。

 

「お逃げください、殿下。世界は既に救われました。殿(しんがり)とこの化物は我らにお任せを」

 

「ザフィーラ!」

 

 ザフィーラがクラウスの叫びを耳にする。

 王と護衛。ザフィーラも最初は、クラウスを恩人の子としてしか見ていなかった。赤ん坊だったクラウスを抱き上げ、「なんと脆い命か」と眉を顰めたこともあった。

 けれども今は、一人の個人としてクラウスを好いていて、命がけで守りたいと思っていた。

 守るという義務を果たせたのなら、それでいい。彼は心からそう思っている。

 

「人の、命を、助ける技を……学んできたんだから、このぐら、ゲホッ」

 

「シャマルさん!」

 

 シャマルがエレミアの叫びを耳にする。

 恋する少女と応援する大人。シャマルはエレミアのために死ねと言っても死なないが、自分が死んだ理由がエレミアを庇った結果であったなら少しは納得できる程度には、この少女のことを気に入っていた。

 シャマルは医師の家系の人間で、人を癒やすために騎士になった女性である。

 他人の命を救うために騎士になった彼女が、他人の命のために死んでいくのは、悲しいくらいに当然の結末だった。

 

「あばよ、あたしの生涯初めての友達。……悪くない、人生だった」

 

 そして最後に、ヴィータがベルカに語りかける。

 まるで、遺言のように。

 友から友へと向けた言葉。

 

「ヴィ―――」

 

 ベルカの言葉を遮るように、まずはシャマルとザフィーラが動いた。

 

「戒めの風よ!」

「鋼の軛!」

 

 二人の風と刃の拘束が、闇の書の動きをほんの数秒止める。

 

「轟天爆砕!」

()けよ隼!」

 

 そこにヴィータとシグナムが、渾身の一撃を叩き込む構えを見せた。

 ヴィータの両の手が鉄槌を、シグナムの片腕と口が弓矢を構える。

 二人が大技発動のため排出したカートリッジが床に落ちるより早く、ザフィーラとシャマルの拘束魔法が解けるより早く、二人は大技をぶち当てる。

 

「ギガントシュラーク!」

「シュトゥルムファルケン!」

 

 闇の書の堅固な障壁が、今ここで死んでもいいという覚悟の下に放たれた二人の一撃により、一枚、二枚と破壊されていく。だが三枚目で、二人の大技は受け止められてしまった。

 闇の書の四層の障壁は、シグナムとヴィータだけでは破壊しきれない。すぐに復活してしまう。

 これを壊すには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 せめてシグナムとヴィータそれぞれの横に誰かが居れば、何か違っただろうに。

 

「バカじゃねえの……なんで、こんなに、硬いんだよ……!」

 

「……万策、尽きた、か……!」

 

 折れても気合で動いていたレヴァンテインがショートし、シグナムの手の中で砕ける。

 ヴィータが握っていたグラーフアイゼンも、握力の喪失と共に落ちていった。

 やがてベルカを守る者も、怪物の群れを突破して闇の書本体まで攻撃を届かせられる者も居なくなり、闇の書は怪物の一団をベルカの下に向かわせる。

 ベルカはその怪物の姿に見覚えがあった。

 

「こいつら、オレとクラウスが初めて会った日にクラウスを襲ってた怪物……

 というか、闇の書事件の最終決戦で、アースラの上でオレ達を襲ってきた断片の怪物!?

 ああそうか、闇の書がバラ撒くような怪物なら、オリジナルもどこかに居るよなあ……!」

 

 クラウスと初めて会った時に見た怪物。

 そして、闇の書事件の時、撃墜されたアースラの上でズタボロだった彼らに襲いかかって来た、闇の欠片の怪物。

 この二体の姿はほぼ同一で、色と細かな部分に差が見られる程度の違いしかなかった。

 ベルカはあの日、自分に襲いかかって来た怪物のルーツをここに見た。

 そしてその怪物を筆頭に、多種多様な形の怪物が接近してくる現実に意識を戻した。

 

 彼も諦めてはいないのだが、何種類もの怪物が襲いかかって来ているこの状況、シュトゥラの国庫も財布も空なこのピンチ、加えて触手に突き刺されたままの仲間達。

 どうすればいいのか、名案は一つも浮かんでこなかった。

 勝機は一つだけ思いついてはいたが、その勝機に繋げる道が思いつかない。八方塞がりだ。

 

「あーくそ、隕石でも落ちて来てこの闇の書が運良く潰れてくれねえかな……どうすっか」

 

「諦めないのはいいがそういう思考はどうかと思うぞベルカ!」

 

 クラウスの声は聞こえども、姿は見えない。

 怪物の数があまりにも多くて、怪物の壁が出来てしまっているのだ。

 誰も助けには来れやしない。

 だがそこで、怪物に囲まれてどこにも逃げられなくなったベルカの前に降りて来たのは、闇の書本体……それも、ユーリの形を取った闇の書であった。

 

「……ユーリ」

 

 闇の書本体は、吸収することで力を増せる個体を求める。

 ウーンズの妄執は、ベルカの殺害を求める。

 書とウーンズの目的が同じであったために、闇の書本体はヴィータ達を串刺しにしたまま、ベルカを狙っていた。それも"ベルカが苦しんで死にそうな殺し方"を選んで。

 それ以上の理由などないのだが……ベルカには、ユーリが自分を助けてくれなかった情けない青年に復讐しに来たようにも見えた。見えてしまった。事実がそうであるかどうかは別として。

 

 ベルカがユーリに笑いかける。

 ユーリはニコリともしない。

 代わりに返って来たのは、闇の書が殺意を込めた魔力刃の手刀。

 避けなければ彼が死ぬというその状況で、エレミアは少女らしい声色で悲痛な叫びを上げた。

 

「逃げてぇ!」

 

 逃げられるわけがない。

 避けられるわけがない。

 けれどせめて、心だけは最後まで立ち向かおうと思い、ベルカは迫る手刀を睨みつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手刀が、止まった。

 手刀を見ていたベルカが視線をズラして、ユーリの顔を見る。

 表情さえも奪われた哀れな少女の顔が、今にも泣き顔になりそうな無表情がそこにあった。

 少女の頬を伝う涙があった。

 ウーンズの妄執も、書の強制力も押しのけるだけの想いが、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あり、が、とう、て、ごめ、んな、さい、って、あなたに、いいたく、て……あ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 口の動きが止まる。

 言いかけの言葉が遮られる。

 言葉を発する自由すら、ユーリからは奪われていて。

 彼女が振り絞った心の力は闇の書の支配をほんの僅かに跳ね除けるという奇跡を起こすが、やがて彼女の心は書の奥深くへと押し込められ、彼女が伝えたかった言葉は伝わらない。

 

「……う」

 

 けれど、本気の想いは伝わるものだ。

 伝える者と伝えられた者が、その一瞬を本気で生きている限り。

 言葉無くとも想いは伝わる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 ベルカが吠える。

 彼はユーリが口にしなかった彼女の心の悲しみ、そして『助けて』という声を汲み取った。

 悲しみは終わらせなければならない。

 クロノとそう誓い、仲間達とそれを約束し、なのはと共に叶えたのだ。

 どんなに苦しく悲しいことがあったとしても、悲しみが終わるまで、膝は折れない。

 ここで膝を折った先にあるのは、絶望だけだ。

 

「遅れました! すみません!」

 

 そしてここに来てようやく、下層の敵を全滅させ退路を確保してきたトーマがやって来る。

 トーマは登場と同時にベルカの周辺の敵を吹っ飛ばし、その光景を見たベルカは『勝機』に繋がる道を作るピースが揃ったことを確信した。

 

「トーマ、オレを転送機の場所まで連れて行ってくれ!

 オリヴィエ様! エレミア! アインハルト! クラウス!

 そこの一番大きな破壊痕が残ってる箇所の横! そこのボタンを押してくれ!」

 

 ベルカは動きが止まった闇の書(ユーリ)を抱きしめ、走り、叫ぶ。

 こういう場面では誰より頼りになるベルカの指示の声に、皆が目の色を変えた。

 

『了解っ!』

 

 咆哮の返答と共に、皆が後のことを考えるのをやめる。

 頭を使ってペースを考えた戦いをするのはもうおしまい。

 この数秒に己の全てを注ぎ込んで、そのまま倒れて、後は仲間に託せばいい。

 そう考えて、四人は海のようにすら見える怪物の群れ、ボタンが見えないほどの数の怪物に立ち向かっていった。

 

「僕らが頑張れば、きっと応えてくれるって信じてるから! 託すよ、ベルカ!」

 

 先陣を切るはヴィルフリッド・エレミア。

 仲間に頼られた嬉しさに、友に頼られる嬉しさを加え、彼女だけの嬉しさをそこに加える。

 気合の入った彼女の殲撃は、邪魔な怪物達の数を一気に減らしていた。

 攻撃の後には立ち上がる力さえ残らなかったようで、エレミアはその場に膝をつく。

 

「ヴィヴィ様!」

 

「はい! セイクリッドぉ、ブレイザーッ!」

 

 続いて、虹の砲撃が放たれる。

 虹の砲撃はエレミアが減らした怪物の海を深く抉り、ボタンまで一直線に道を作る。

 砲撃が一直線に道を作った。されど怪物達の邪魔しようという執念……いや妄執はあまりにも強く、オリヴィエが作った道をすぐに埋めようと動いていた。

 力なくオリヴィエは倒れ、可愛らしさのある姿勢で横たわり、友に『次』を託す。

 

「彼まで繋いで……いいえ、いい未来に繋がるところまで、繋げて下さい! クラウス!」

 

 その言葉に、クラウスとアインハルトが同時に頷いた。

 振り上げた二人の覇王の拳が唸りを上げて、初速で音の壁を突破し、更に加速していく。

 

「双式!」

「双式!」

 

『空破断ッ!』

 

 同時に振るわれた拳の衝撃波は魔力を伴い、相乗効果を発生させる。

 怪物を倒すのに必要な力が10ならば、二人は100の力を拳から放ち、10000の威力の衝撃波と化したのだ。コア・ジェイルを倒した時と同じように。

 それが怪物を一気に薙ぎ払い、進めるだけのスペースを作る。

 しかもエレミア達と違って自分一人の力を振り絞って攻撃したわけではないこの二人は、ほんの少しばかり余裕があった。

 

「行け!」

「はい!」

 

 クラウスが組んだ手の上に、アインハルトが片足で乗る。

 クラウスが全力で跳ね飛ばす。アインハルトが全力で跳ね上がる。

 二人の力を合わせた力で、アインハルトは目にも留まらぬ速度で跳んで行った。

 飛行魔法では絶対に追いつけない速度での跳躍を、周囲の怪物が撃ち落とせるわけもなく。

 壁に柔かく着地してボタンを押したアインハルトを、怪物達は苦々しい様子で睨んでいた。

 

「押しました!」

 

 ユーリを抱きしめて走るベルカの耳に、役目を果たしてくれたアインハルトの声が届く。

 

「ありがとう!」

 

 ベルカはユーリを抱きしめたまま、言い換えるならば抱きかかえたまま、転送ポートに向かって一直線に走っていた。

 彼が進む道はトーマとリリィが作ってくれている。

 ひたむきに、まっすぐに、他に何も考えずにベルカは走っていたが、その首筋に何かが落ちた。

 

 指で触らなくても、それが水滴であることくらいはベルカにも分かる。

 それがユーリの涙であることくらいは分かる。

 彼の首筋に落ちた涙は、冷たかった。

 体温のある人間が流したならばありえないほどに、温度がなかった。

 生身の肉体を闇の書の不覚に囚われ、魔力で再現した肉体を与えられただけの今の彼女には、体温すら無いのだ。

 

 ベルカは歯を食いしばり、進む。

 

「っづがぁッ!?」

 

 怪物の数は多すぎた。敵を薙ぎ払い道を作る役目も果たしているトーマでは、ベルカに飛んで来る攻撃の全ては受け切れない。

 ゆえに、一つの攻撃は彼の義手が受け止めた。

 エレミアの"彼を守る"という想いが攻撃を受け止め、義手に大きなヒビが入る。

 更にもう一つ一つの攻撃が飛んで来て、それがベルカの右足に突き刺さった。

 ベルカは歯を食いしばり、ユーリと共に転送機の中に入って行く。

 

 すると一秒か二秒の後、転送機から半透明のベルカだけが飛び出して来た。

 

「これは!?」

 

 それと同時に、怪物達も全て半透明になっていく。

 半透明になった怪物は周囲の人間に攻撃を続けるがすり抜けて、シュトゥラの新米騎士やダールグリュンが怪物に攻撃を仕掛けてもすり抜けてしまう。

 それは先日のカリギュラ戦で、この世界に存在しながらも時間流に引っ張られていたトーマの姿に、どこか似ていた。

 

「時間流の中に放り込む。これしかないだろ、現状……」

 

「なんてゴリ押しなっ……!」

 

 過去と未来の間に流れる時間の中に放り込めば、遠い過去か遠い未来か、あるいはここではない別の世界か。いずれにせよ、闇の書は遠くに行くことだろう。

 そしてウーンズの妄執が、いつの日かこの書を課金王の下へと辿り着かせるはずだ。

 ここではないどこか、今ではないいつかに、この戦いの決着は果たされる。

 

『わわっ、トーマ!?』

「って俺達も!?」

 

「召喚者であるあの人が時間移動したなら、私達も共に……ということでしょうか」

 

 そして既に闇の書の一部とされていたヴィータ達、ベルカの手で召喚されたアインハルトやトーマ達も、半透明になっていく。

 時間流に飲み込まれていくザフィーラ達を見て、クラウスは慌てる。

 仲間を助けなければ、助けられなくてもせめて亡骸は、と考えていたからだ。

 

「ザフィーラ! 皆!」

 

 ぎりっ、と歯軋りをするクラウス。

 そんな彼に歩み寄り、ベルカはちょっと反則気味な『いつかの未来』の話をした。

 

「あの四人は未来で幸せになれる。全てを忘れても、幸せはちゃんと掴める」

 

「ベルカ……君はまさか、彼らと未来で会ったことが?」

 

「そういうことだ。だからお前らが気に病むことなんて、何も無い」

 

 ベルカはほんの少し嘘を混ぜていた。

 ヴィータ達は死んだ。ここで間違いなく死んだのだ。闇の書に最後の一撃を加えた反動で。

 ただその後、闇の書の一部として生き返ったに過ぎない。

 死んだから不幸だと断言するべきなのか。生き返ってその後ちゃんと幸せになっているからいいじゃないか、と考えるべきなのか。

 データ化された彼女らは本人なのか、そうでないのか。そこまで行けば、もう哲学の問題だろう。

 

 死そのものにその人生を不幸であると定義する力はない、というのがベルカの持論ではあるが、彼はここで持論の展開ではなく、友を傷付けない優しい嘘を口にすることを選んでいた。

 

 彼らは死んだんだ、と酷な言い方をしてクラウスを傷付けることもせず。

 彼らは闇の書に殺されず何事もなかったみたいに未来で幸せになるぞ、なんて大嘘もつかず。

 友を傷付けることも友に大嘘をつくこともなく、ちょっと中途半端な対応を取ったあたりに、少しばかりベルカの性格が垣間見える。

 

「よかった……」

 

 ほっとした様子のクラウスやエレミア等の仲間達を見て、ベルカはこれが正解だったのだと判断する。そして半透明になった己の手を見て、もう自分に残り時間がないことも悟った。

 

 そう。

 別れの時だ。

 

「エレミア」

 

「何? ……あ」

 

 ベルカに話しかけられただけで、エレミアは嬉しそうな顔をする。

 だが彼の顔を見て、今が別れの時だと悟ったのだろう。

 嬉しそうな顔は、すぐに泣きそうな顔へと変わってしまった。

 

「お前は誰よりもいい女になる。だからきっと、ちゃんと幸せになれるさ」

 

「ベルカ……」

 

「まああれだ、男を見る目だけは致命的になかったからそこは気を付けろ」

 

 エレミアならば、シャマルよりも、シグナムよりも、ヴィータよりも、ナハトよりも、ユーリよりも、オリヴィエよりも、いい女になれる。

 それはベルカの偽らざる本音であった。

 けれども、その本音に賞賛と尊敬はあれど、恋愛感情はない。

 だから彼のその言葉はエレミアにとって嬉しくて、辛い言葉だった。

 

 エレミアは自分の気持ちをひた隠し、微笑んで、彼がふざけ混じりに言った"男を見る目が無い"の部分に反論する。

 

「そんなこと、ないよ」

 

「いやいや、お前……」

 

「大丈夫。ベルカが心配してるようなことは、何も無いから」

 

 ここは譲れない。

 男を見る目がなかったから彼に惚れたのだ、なんて主張は通さない。

 彼を好きになったことが間違いだったなんて言わせない。

 この胸の中にある気持ちを、この想いを、否定なんてさせない。

 それが、恋した彼の言葉であったとしても。

 

 エレミアの想いが痛いほどに伝わってきて、頭を掻くベルカは自分の言葉を押し通そうとするのをやめる。

 課金厨でも、恋する乙女には敵わない。

 

「一つアドバイスをしてやろう。

 お前がスカートを履けば、だいたいの男は落とせるぞ! 勘だけどな!」

 

 ベルカはからからと笑い、アドバイスなのか褒めてるのか分からない言葉を吐く。

 エレミアは柔らかく――けれど涙を堪えるように――微笑んで、ベルカに見えないよう組んだ後ろ手を、ぎゅっと握った。

 

「でも、ベルカは落とせないんでしょ?」

 

「ああ、そうだな。次はもっと価値のある奴を狙っておけよ?」

 

「考えとく。ま、僕は僕の方で勝手に幸せになるから、心配しなくていいよ」

 

 エレミアは笑う。

 頑張って笑う。

 努力して笑う。

 涙をこらえて笑う。

 悲しいけど、辛いけど、笑う。

 

 彼女は少しだけ震えた手を振って、彼に別れの言葉を告げた。

 

「じゃあね」

 

「ああ、さよならだ」

 

 ベルカはエレミアに背を向けて、オリヴィエに向き合う。

 

「オリヴィエ様」

 

「はい」

 

 正直な話、ベルカはこの少女が一番心配だった。

 

「オレの時代では隙の無い女性はモテない、っていうのが常識になってまして」

 

「そうなのですか?」

 

「私見を述べさせてもらうなら、オリヴィエ様はちょっと頑張りすぎですね。

 もっと周りに隙を見せていいと思いますよ。弱音とかバンバン吐いた方がいいです」

 

「……最後の最後まで、あなたはちょっとキツめの言葉で私を心配するのですね」

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは勝手に火薬を溜め込んで勝手に自爆する、自走爆弾のような少女だ。いつも笑顔なので溜め込んでいるのが分かりづらいのもタチが悪い。

 彼女の長所と短所は大体同じ所にあった。

 優しいから人に好かれる。優しすぎて思い詰めてしまい、気持ちを溜め込んでしまう。

 そして自己犠牲に走って、結果的に世界を救ってしまったりする。

 彼女の自爆は、彼女に近い者達を盛大に傷付けてしまうというのに。

 

「あなたはもっと周りに弱さを見せていいんです。

 あなたが弱さを打ち明ければ、それを喜ぶ人が居ます。

 あなたが弱みを見せれば、それを進んで支えようと思う人が居ます。

 弱さを見せることを、周囲を頼ることを、"迷惑になる"と思って思い留まらないでください」

 

「……私は……」

 

「あなたはまず、墓まで持って行こうとしてる叔父への想いを言葉にしましょう。

 頑張り屋なあなたは好ましく思ってますが、頑張り過ぎな時のあなたは正直面倒臭いです」

 

「そ、そこまで言いますか!?」

 

 適当な顔をするベルカ。ちょっと顔を赤くするオリヴィエ。

 なんとなく、"彼女も大丈夫そうだ"とベルカは思い始めていた。

 

「クラウスのやつは、頼りになりますよ」

 

「知っています。よーく知っています。

 ……ですが何故そこで、クラウスの名前だけを挙げたのですか?」

 

「言わせないでください恥ずかしい」

 

「……まったく、もう」

 

 オリヴィエは呆れた顔をして、けれどもすぐに優しい微笑みを浮かべる。

 

「ええ、そうですね。彼はとても頼りになります」

 

「でしょう? 何せオレも頼りにしてますからね」

 

「それも知っています。エレミアが時々嫉妬してましたから」

 

 その笑顔を見るだけで、ちょっと幸せな気持ちになれる。

 オリヴィエの笑顔には、不思議な力があった。

 

「でもきっと、私は、クラウスと同じくらい、あなたを頼りにしていました。

 あなたに救われた心がここにあります。

 あなたがくれた言葉は今も、そしてこれからも、ずっとここに刻まれています」

 

 胸に手を当て、ゆっくりと言葉を紡いでいくオリヴィエ。

 彼女の別れの言葉は穏やかで、ゆっくりとしていて、それでいてハッキリとしている、一言一句忘れられないような語り方で口にされた言葉であった。

 

「ありがとう。私の大切なお友達。さようなら」

 

「はい。さようなら、お元気で」

 

 ベルカはオリヴィエに背を向けて、クラウスの前に歩いて行く。

 

「クラウス。お前が一番忘れそうだから、あえて言っとく」

 

「何をだい?」

 

 ベルカはクラウスに対し、ほとんど何も心配していなかった。

 

「笑え。辛い時でも頑張って笑え。笑い飛ばして、前を向け」

 

 笑っていられる限りは、この王子様は変なことにはならないだろうと、信じていた。

 エレミアより、オリヴィエより、クラウスのことを信じていた。

 それは男と男の間にしか生まれない繋がりであり、この時代で出来た最も親しい友へと向ける感情であり、"この時代の行く末を任せられる友"への揺らがぬ信頼でもあった。

 ベルカはクラウスに全てを託し、未来に帰る。

 

「人生は楽しんだ者勝ちだ。笑った奴の勝ちなんだ。お前は笑って生きて、笑って死んで行け」

 

「ああ」

 

 ベルカが拳を突き出した。

 クラウスも何も言わず、同じように拳を突き出す。

 半透明ゆえに二人の拳は触れることなく、けれど確かに打ち合わされる。

 

「ベルカ。約束だ」

 

 クラウスはここで、ベルカと最後の約束を交わした。

 

「今日のような危機が起きたら、『僕らが』絶対に、君を助ける」

 

 『彼ら』とベルカの間で交わされる約束を。

 

「僕らの友情を証明してくれ。そうすれば、約束の証は必ず君の前に現れる」

 

 ベルカはクラウスが言った言葉の意味をよく理解できていなかったが、クラウスならば来たるべき戦いの時に分かるようにそれを示してくれるだろう、と判断する。

 

「分かった」

 

 そして、約束を交わした。

 

「いい王様になれよ?」

 

「僕と君の友情に誓って……

 ……いや、私と君の友情に誓う。いい王様になって、いい国にしてみせるよ」

 

 ベルカはクラウスに背を向け、転送ポートに足を向ける。

 クラウスはベルカに背を向け、仲間達に足を向ける。

 二人は一度も振り返らない。

 二人は背中を向けたまま別れる。

 

「もう会うこともないが、元気でな」

「もう会うことも無いだろうけど、息災で」

 

 ベルカは未来(現代)、自分の時代に生きるために。

 クラウスは過去(現代)、自分の時代に生きるために。

 背中を向けたまま、二人は各々の時代を生きる道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルカは時間の波に乗り、元の時代へと帰る流れに乗っていた。

 カリギュラに負けたトーマが一旦元の時代に戻った時と同じだ。

 時間の流れに身を任せていれば、彼も元の時代のミッドに帰ることができるだろう。

 

「……って」

 

 だが時間の流れの中で、現代に帰ろうとするベルカとは逆に、力任せに古代ベルカの時代に戻ろうとしていた者もいた。否、物か。

 

「闇の書!?」

 

 ウーンズの妄執恐るべし。

 闇の書は世界から世界へと渡る転生機能を無理矢理に応用し、時間の流れに逆らってかの時代に戻ろうとしていたのだ。

 その最中にベルカを見つけ、これ幸いと戦闘態勢を取り始める。

 ベルカを殺し、残る力のほとんどを使いきってでも、あの時代に戻って虐殺を始めようとしているのだろう。

 

「まだ暴れるつもりなのか!? しつこいなんてレベルじゃねえぞ!」

 

 闇の書は己が肉塊に包まれ、肉塊はウーンズの姿へと変わっていく。

 

『―――お前だけは―――この世に―――存在することも―――許さん―――!』

 

 心も失い、体も失い、魂を失ってなお、その妄執は消えていない。

 "嫌いな奴に消えて欲しい"という人間が持つ原初の欲求が、闇の書を暴走させていた。

 

(ここで決めるしかない!)

 

 ベルカの勝機はここにしかない。

 闇の書が戦闘態勢を整えてしまえば、タイマンでベルカに勝ち目があるわけがないのだ。

 単発で最高レアを引こうとする方がまだ希望があるだろう。

 なればこそ、戦闘態勢が整う前、この瞬間にしか勝機はない。

 

(金はない。魔力は最後に課金したやつの残りだけ。体もフラフラ、義腕は壊れかけ。

 あれにダメージを当たるなら、オレの腕では一撃に全ての魔力を込める以外に方法はない!

 打てる魔法は一発だけ、オレが最も信じる魔法に、オレの全ての魔力を込める―――!)

 

 思考は一瞬、判断も一瞬。

 ベルカは時間の流れの中を飛翔し、闇の書との距離を一気に詰める。

 そして義腕の掌を、肉塊のウーンズの胸に突きつけた。

 

「全力全開ッ!」

 

 彼が放つは、彼がこの土壇場で、最も信ずるに値すると判断した魔法。

 

 

 

「ディバイン―――バスターッ!!」

 

 

 

 彼が信じた砲撃が、闇の書の肉塊を、それが模していたウーンズの人形を打ち砕く。

 義腕が砲撃の威力を増大させると同時に、砲撃の負荷に耐えられず粉々に砕け散っていく。

 それが闇の書に綻びを生じさせたのか、吹き飛ばされた闇の書の中から小さなものがぽろぽろとこぼれ落ち、次々と時間流の中に飲み込まれていった。

 闇の書の力はこれで減り、残った力が混ぜ合わされ、闇の書事件の時の闇の書になるのだろう。

 目を細めてそれを見ていたベルカだが、闇の書がユーリの姿になると、反射的に彼女に手を伸ばしていた。

 

「! ユーリ!」

 

 けれども、手は届かず。

 ベルカは未来(げんだい)へ、ユーリは過去の過去へと流れて行ってしまう。

 無表情なままのユーリに、ベルカは叫んだ。

 

「必ず、助ける! だから待ってろ!」

 

 彼は強欲だ。

 "欲しがったものが手に入っていない状態"に耐えられず、"欲しいものを手に入れる"ことに異常に執着し、最後まで決して諦めない。

 "ユーリが笑顔で居られる未来"も、もうとっくの昔に彼の欲しがるものの中に入っていた。

 

「オレを……オレの強欲さを信じろ! お前を諦めたりしない!

 オレを……お前の友達を、信じろ! お前がどこに居たって、いつか必ず見つけ出すから!」

 

 ユーリが振り向く。

 感情のない顔で、必死に絞り出すように、小さな声で何かを口にする。

 けれどその声はベルカの耳には届かぬまま、時間の流れに呑まれていってしまう。

 時間の中に消えていくユーリを見ながら、ベルカは叫んだ。

 

「助け出したら、オレがオススメのソシャゲ教えてやるからな! 約束だ!」

 

 彼らしく。どこまでも彼らしく。イチオシソシャゲを一緒にやる仲間を増やそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、課金青年・アインハルト・トーマは帰還した。

 

「うお!? 早かったな、おい」

 

 古代ベルカの末裔だのなんだのという、面倒臭い時空を超えるバックボーンを持たないゲンヤ・ナカジマが、その三人を出迎える。

 この時代に生まれ、この時代に生き、この時代で死んでいくであろうゲンヤだからこそ、課金青年に『ここが現代だ』という認識を一瞬でかつ強烈に叩き込んでくれたようだ。

 課金青年は連鎖的に、この状況の詳細を思い出していく。

 

 スルトがミッドに接近中。

 管理局の艦艇がスルトに攻撃していたが倒せる見込みはまるでなし。

 ここはスルト内部、時空操作機構の近く。

 ゲンヤは地上の遺跡から、ここまで一緒に来た人だ。

 課金王が過去でスルトの一部を破壊したため、この時代のスルトは既に破壊可能。

 

 そこまで考えたところで、課金青年はゲンヤの言葉に引っかかるものを感じた。

 

「早かった? って……ゲンヤさん、オレ達が消えてから、どのくらい時間が経ちました?」

 

「あん? 一分か二分ってとこじゃねえか?」

 

 どうやらあの時代での戦いは、この時代での時間の流れに反映されていないようだ。

 それを聞いた課金王の心が震える。

 体も震える。

 魂も震える。

 自然と課金王の顔に笑みが浮かび、ゲンヤが不思議そうな顔をして、アインハルトとトーマが呆れた顔で苦笑していた。

 

(よかった)

 

 あの時代で三ヶ月を過ごしたために、三ヶ月分の行動力が溢れる覚悟はしていた。

 それが耐え難い苦痛でも、課金王は耐える覚悟を決めていたのだ。

 悲痛な覚悟である。

 だが彼は、覚悟と共に小さな希望も持っていた。

 過去とこの時代の時間は同時に流れていない、という可能性が生み出す希望を。

 

(じゃあこの時代で、オレのソシャゲの行動力は全く溢れてない……!)

 

 心に力が湧いてくる。

 心に勇気が湧いてくる。

 課金青年は、今ならなんだってできる気がしていた。

 

(じゃあ、あの巨大ロボ……スルトの攻撃開始まで、あと20分と少しだな)

 

 なんだってできる気がしている課金青年が、少しばかり考え始める。

 そもこの巨大ロボ、外側から破壊する方法なんてあるかどうかも怪しいのだ。

 古代ベルカの充実した戦力でも外側からは壊せなかった。

 あの聖王のゆりかごでも壊せなかった以上、アルカンシェル連打でも倒せるかは微妙なところ。

 

「大丈夫です、あなたの考えていることは分かっています」

 

「アインハルト?」

 

「クラウスが居なくなった今、私があなたを導きましょう。それが私の役目です」

 

 アインハルトは胸に手を添え、課金王の目をまっすぐに見て、『過去の覇王』の代わりに役目を果たす『未来の覇王』としての言葉を口にする。

 

「まずはここを出ましょう。

 そして、あなた達が救った夜天の書を。

 闇の書の最後を看取った主を。

 この戦いを終わらせるために、呼び出して下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 課金青年は仲間達と共に脱出し、ミッドの開けた広場に辿り着いていた。

 厳戒令に近い状態になっている現在のミッドでは、普通の管理局員は許可無しに自由に動き回ることすら出来ない。

 課金王一人ならここでまず躓いていただろう。が、ここにはゲンヤが居た。

 

 ゲンヤは今、地上に部隊を展開し治安を維持している側の人間である。

 その上、八神はやてはかつてゲンヤの部隊で研修していたことがあった。

 ゲンヤが『知恵を借りたい』という名目で、かつての部下のはやてを呼び出すことはそれなりに自然なことであり、案の定申請はするりと通る。

 陸上警備隊第108部隊の部隊長の肩書きは伊達ではない。許可が降りたならこちらのものだ。

 

 戒厳令に近い状態の町を突っ切り、銀髪の少女に連れられて来たはやてとリインフォースは、課金青年・アインハルト・トーマ・ゲンヤというちぐはぐメンバーの揃う広場の土を踏んでいた。

 

「リーダー。ラウラ・ボーデヴィッヒ、任務完了しました」

 

「お疲れチンク」

 

「リーダーァ! あなたが考えた偽名ィ!」

 

 胸を張る銀髪。無情なり課金王。銀髪はキレて、もうやることがないので帰って行った。

 

「へー、あの子チンクちゃんって言うんやな」

 

「そうそう……って、話してる時間もないな」

 

 空を見上げれば、スルトがとても近くに見える。

 そしてスルトのせいで宇宙からの光が遮断されて、地上は曇の日の夜よりも暗い。

 ミッド地上が魔力と電力で発生させている光の中でも強力なものを、宇宙空間のスルトの金属装甲が反射して、そのせいでスルトの姿がうっすらと浮かび上がっているのだ。

 ミッドが砕かれるまで、あと五分といったところか。

 

「悪い、はやはや。今は細かいことを聞かないで、オレに力を貸してくれ」

 

 これが不誠実な頼みであることくらい、課金王にも分かっている。

 けれども今は時間がなく、そして彼は必要に迫られれば無礼気味に人を頼れる人間だった。

 そんな彼に、はやてがニカッと笑顔を見せる。

 車椅子に頼らずに、二本の足で地の上にしかと立ちながら。

 

「水臭いこと言わんといてーな。私達、友達やろ?」

 

「……サンキュ」

 

 いつかどこかで、どこかの誰かがはやてに言ったようなことを、そのままはやては口にする。

 こういうところがあるからこいつは話してるだけで好かれたりもするんだ、と心中で彼女に賞賛を送りながら、彼もはやてにニッと笑顔を返す。

 

「私も借りの一部を返そう。お前には恩がある」

 

「貸した覚えねえからここで全返済にしておこうぜ、うん」

 

 律儀なリインを見るたびに、課金王はあの時プレシアにしたように金をもらって恩をチャラにしておくべきだったと思い、でもこの人金持ってなかったじゃん、と八方塞がりだった状況を思い出す。リインとプレシアの課金青年に対する対応は、割と対照的だった。

 

「ってか今見たらKさん片腕なくなっとるやん!?

 え!? どしたん!? 借金のカタに持ってかれたんか!?

 言っとくれれば私も借金の返済にいくらでも付き合ったのに! 一人養うくらい余裕で―――」

 

「さあやるぞ! 腕の説明も後でな!」

 

 課金青年の掛け声に合わせ、はやてとリインが一つになる。

 

「ユニゾン!」「イン!」

 

 そして課金王、覇王の子孫、最後の夜天の王が三人で向かい合い、その右手を重ねた。

 

「必要なのは覇王の血、課金王、真正ベルカの三つです。

 ですがこの時代、真正ベルカの術式を継承した王の子孫は居ても、王そのものは居ません。

 必要なのは古代ベルカの王に匹敵する真正ベルカ。それが認証の鍵となるのです」

 

「なーる、それで私達に白羽の矢が立ったわけやな。ところで課金王って何や? こわない?」

 

「あとでオレが飯奢ってやるから説明はその時にな!」

 

 アインハルトが小さな魔法陣を展開し、それに課金王が魔法陣を重ね、はやてとリインフォースが魔法陣を重ねる。

 青年は、隣に居るはやてを見る。

 その中に居る、全てを忘れたナハト――リインフォース――を見る。

 彼が複雑な気持ちになったのは、言うまでもない。

 

 奇妙な巡り合わせであった。

 覇王クラウス・G・S・イングヴァルトの子孫が、課金王と巡り合ったこともそう。

 最後の夜天の主が課金王と奇妙な縁で繋がっていたこともそう。

 古代ベルカの時代では敵だったはずの闇の書が、今は課金王に力を貸していることもそうだ。

 かの書が世界を救うためにその力を使っているということが、少しばかり面白くて、課金青年は自然と笑みを浮かべてしまう。

 

 製作者はああだったのに、作られたものはこうなっている。皮肉な話だった。

 

「真正ベルカ。覇王。課金王。ここにパーツは揃いました」

 

「何が起きるんだ?」

 

「起きるのではありません。来るのです。皆があなたに残したものが」

 

 そして、空に希望が現れる。

 

「! あれは……!」

 

「『聖王のゆりかご改』」

 

 友が残してくれた希望は、光輝く船の形をしていた。

 

「オリヴィエ達はあの後、壊れたゆりかごを回収しました。

 そして去って行ったスルトを見て、来たるべき戦いを予期していたのです。

 ゆりかごの強化改造。

 及びリミッターの解除。

 エレミアの技に、後の技術開発で得られた技術も全て組み込まれました。

 今ミッドの空に浮かんでいるこのゆりかごは、あなたの仲間があなたに託したものです」

 

 アインハルトは手の平を空に向け、課金王を船の中へと導く。

 

「さあ、あの中に。友があなたに残したものが、あの中にあります」

 

 これで、"彼らが果たすべき役目"は終わった。

 『参戦』のカードの効力は消え、トーマとアインハルトの体が、光の粒子となって消えていく。

 

「おっ、こりゃお役御免かな……」

『総司令! 今回はお話する機会がありませんでしたが、また呼んで下さい!』

 

「どうやら、私達は全ての役割を終えたようです」

 

「トーマ、トーマと融合してる人、アインハルト、お前達……」

 

 課金王の仲間達は、課せられた全ての責任を果たし、最高の結果を導いてくれた。

 ならば、後は勝つだけだ。

 仲間の頑張りを無にしないために、課金王が勝たねばならない。

 

「あなたの勝利を信じています」

 

 アインハルトは、消える間際にそう言い残す。

 

「ですが私があなたを信じているのは、私がクラウスからこの想いを継いだからではありません。

 『アインハルト・ストラトス』が。

 『クラウス・G・S・イングヴァルト』と同じくらい、あなたを信じているからです」

 

 彼女は信じる気持ちが力になることを知っている。

 その力が体を押し固めてしまうことも、体を突き動かす力になることも知っている。

 彼女は彼が、信じられればそれだけ頑張ってくれる人間であることも知っていた。

 それが遠い未来の彼の姿であったとしても、構わない。彼女は信じるだけだ。

 

 

 

「いつかの未来で、また会いましょう。

 たとえ、あなたが次に会った私の中に、あなたとの想い出がどこにもなかったとしても」

 

 

 

 消えていくアインハルトと課金王が、力強く握手を交わす。

 再会を誓う握手だった。

 

「ああ。約束だ」

「はい。約束です」

 

 二人は笑い合い、課金青年は横を向いて、トーマ達とも再会を誓う握手をする。

 

「次の俺は初対面ですけど! できれば仲良くしてやって下さい!」

『私もお願いします!』

 

「分かってるって。じゃ、またな。次も頼りにしてる」

 

「『はい!』」

 

 二人との握手を終え、青年は消えていく二人を見送った。

 そしてはやてとゲンヤの方に視線を向け、頷き、空のゆりかごへと向かう。

 

 そこに、古代ベルカの友が残した、スルトを倒せる秘策があると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖王のゆりかご内部に入った彼は、一直線に玉座の間に向かっていた。

 というより、ゆりかごに入った彼がそこに誘導されていったと表現するのが正しいか。

 課金王は玉座の間の前にまで辿り着いていたが、課金王と聖王を同じ扱いにしてはくれないのか――残当――、扉が開かず困り果ててしまう。

 

「鍵がないと開かないのか? ……って、言ってるそばから」

 

 だがそこで、扉の赤外線に似た赤いレーザーセンサーが、彼の右腕を探り始める。

 青年は右の腕を見た。

 古代ベルカでの最終決戦の前、オリヴィエが結んでくれていたリボンがそこにある。

 そのリボンがいくつか設定されていた認証キーの一つであったようで、玉座の間の扉が開いた。

 オリヴィエらしい少し少女趣味の入った、洒落たキー設定である。

 

「ここは?」

 

 課金王は玉座の間に入り、聖王の玉座を目指す。

 やがて玉座の前まで来ると、青年は驚きで目を見開いてしまった。

 そこには、オリヴィエの義手の片方を改造した、新たなエレミアの義腕があった。

 玉座に刻まれた、三人の言葉があった。

 

『友情の証をここに』

『約束の証をここに』

『君に最後の贈り物』

 

 クラウスの字だった。

 オリヴィエの字だった。

 最後は、エレミアの字だった。

 

「……ああ」

 

 見れば分かる。

 この義腕は、クラウスがデザインし、オリヴィエの義腕を材料として改造し、エレミアが未来で戦う友のために全ての技術を注ぎ込んだ、『友情の証』だ。

 もう二度と会うことのない友に贈った、精一杯の想いの形なのだ。

 義腕を付けたその瞬間、彼の頭の中に聖王のゆりかご改を扱う方法が流れ込んでくる。

 

「本当に、オレにはもったいないくらいの友達だ」

 

 今の課金王なら、聖王のゆりかご改を動かせる。

 聖王がゆりかごを扱う権利を授けてくれた。

 覇王がゆりかごの改造を後押しする国を作ってくれた。

 黒のエレミアがゆりかごを課金王のための船へと改造してくれた。

 

 義腕から聖王のゆりかご改を扱う方法の全てが情報として流れ込み、必要な情報が全て流れ込んだ後、青年の脳内に言葉が響く。

 このゆりかごを扱う方法とは何も関係ない、たった一言のメッセージ。

 義腕の製作者が込めた、私情まみれのメッセージ。

 

『本当に、大好きだったよ。

 あなたにもそういう人が出来たなら、"これ"がその人を守る、あなたの力になったらいいな』

 

 彼の記憶の中の彼女より、ほんのちょっとだけ、女性らしくなった声で語られるメッセージ。

 

「……全面的に、オレが悪いな。いい女の初恋を無駄遣いさせちまった」

 

 罪悪感を顔に浮かべて、けれども彼はすぐに笑い、背中に友の熱を感じる。

 

「ああ、行こう。クラウス、オリヴィエ様、エレミア。また、四人で!」

 

 ミッドの空に浮かぶゆりかごは、宇宙空間から迫り来るスルトからこの星を守るように、勇敢なその姿を見せていた。

 敵には雄々しい正面の威容を。

 守るべき人々には安心感を抱かせる背面の威容を。

 そうして、聖王のゆりかご改は魔力を迸らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧暦462年、いくつかの次元世界が崩壊した。

 これは聖王のゆりかごによるものである、との説がある。

 複数の次元世界が崩壊するほどのこの大事件、これの原因が本当に聖王のゆりかごであるのならば、一つの推論が成り立つ。

 いや、聖王のゆりかごならばそれが可能であると語られている時点で、推論は成り立つだろう。

 

 すなわち、『ゆりかごは本当の力を発揮していないのでは?』という推論だ。

 

 船であるゆりかごは、スルトに負けた。

 管理局地上本部の総戦力に、ベルカの知人の高ランク魔導師達を加えれば、それだけの戦力でもゆりかごを地に叩き落として機能停止させるくらいはできるだろう。

 だがここで、上記の複数世界を崩壊させたという逸話と食い違いが発生してしまう。

 

 視点を変えてみよう。

 スルトはアルハザード製の巨大ロボだ。

 だが聖王のゆりかごもまた、古代ベルカの時代に既にロストロギアとされていた代物……すなわちアルハザードの時代に作られた、艦船型軍事兵器である。

 ここで更なる疑問が生まれる。

 『世界』を壊せる船が、『星』よりも大きい程度の人型兵器に劣るものなのだろうか?

 

 ならば今のゆりかごは、本当の力を発揮できない状態にあると見るべきだ。

 そんな状態で最高の王(カリギュラ)を乗せても、勝てるわけがない。

 しからば真実を明らかにするために、『ゆりかごは本当の力を発揮していないのでは?』という推論に、更なる推論を重ねよう。

 

 『今のゆりかごは、本当の力を発揮するための姿ではないのでは?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 念じるだけでいいのだが、気持ちそうした方が気合が入る気がするので、課金王は叫ぶ。

 

「聖王の!」

 

 玉座に座らず玉座の上に立つ課金王の命じるままに、ゆりかごはかつての姿を取り戻す。

 

「ゆりかご改!」

 

 そう、複数の世界を同時に崩壊させるほどの力を発揮する形態―――『ファイターモード』を。

 

「ファイタァーッ! モードォッッッ!!!」

 

 『聖王のゆりかご・人機形態』。

 かつてあまりの強さと格好良さに目眩を覚えた時の聖王が、"後の時代の誰もこれを使ってはならない"という戒めとともに封印した、聖王のゆりかごの真の姿である。

 船とはゆりかご。

 赤子を抱く人の腕の中もまた、ゆりかごだ。

 本来ならば聖王のゆりかごとは、赤子を抱く人の姿から着想を得た人型兵器。

 

 なればこそ、今この瞬間、聖王のゆりかごは過去最高の力を発していた。

 

「撃ち抜け! 惑星ビームッ!」

 

 惑星ビーム。相手は死ぬ。スルトは頑丈なため惑星一つ分の穴が足に空くに留まった。

 

「うおおおおおおおっ!! 聖王ナックルッ!」

 

 スルトが殴って来たのを見て、課金王もまた拳で応戦する。

 惑星を握り潰せるサイズの左拳と、全長数km程度のゆりかごの右拳が衝突。

 そしてゆりかごが、スルトの拳を粉々に粉砕していた。

 否、拳の粉砕では止まらない。ゆりかごは課金王の意志のままにそのまま突っ込み、破壊を続けながら愚直に直進。スルトの左腕を粉々に粉砕していった。

 

「そろそろ決めるぞ! 覇王キィックッ!」

 

 いい加減課金王のネーミングの適当さが露見してきた頃、ゆりかごは無重力宇宙飛び蹴りにてスルトを吹っ飛ばす。

 地上にスルトの破片が落ちないよう、破片にアルカンシェルをぶち込んでいる管理局の戦艦を尻目に、課金王はスルトを隣の次元世界にまで蹴り飛ばしていた。

 

「ひっさぁつッ―――」

 

 隣の世界に移動して、なおも抵抗してくるスルトに向けて、課金王は最後の技を解き放つ。

 

 

 

「―――マネシウム光線ッ!!!」

 

 

 

 十字に腕を組んだ聖王のゆりかごの手元より放たれた、必殺光線。

 始祖の課金厨であるアルハザードの民が作ったゆりかごの力、王としての力を金で買った課金厨である古代ベルカの聖王の力、そして現代における課金厨・課金王の力。

 それら三つの力が、ゆりかごの十字に組んだ手の中で交差する。

 金の力(マネシウム)がスルトの内部に叩き込まれ、やがてそのエネルギーは臨界に達し―――スルトは、大爆発を起こした。

 

 宇宙空間に広がる爆発。眩い光。消滅していくスルトの残骸。

 

 誰にも文句のつけようがない、完璧な勝利であった。

 

「皆の力で、世界は救われた。オレ一人の力じゃ、到底不可能だった」

 

 課金王は玉座によりかかり、勝利の余韻に浸る。十秒くらい。

 そしてすぐさまミッドの近くに戻り、聖王のゆりかご改を電波中継機として使って、聖王の玉座でソシャゲをプレイし始めた。

 

「……どうせ誰かが連絡してくるだろうし。

 この後忙しくなりそうだし。

 さて、念の為行動力を消費しておきますかね」

 

 まあ、それもいいだろう。

 世界の危機は何とか去った。

 好き勝手にソシャゲができる平和なこの時間こそが、本当に価値のあるものなのかもしれない。

 

 ソシャゲをやる余裕があるくらい平和な世界の方が、戦乱の続く世界より、ずっといいに決まっているのだから。

 

 

 




 あと1話で古代ベルカ編は終わりです
 そうしたら幕間投下して、STS編に入ります
 STSでだいたい折り返しです

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