課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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課金ライダーW コンプガチャAtoZ 運営のガイアメモリ


なのは「ジュエルシードに課金欲を無くしてって祈ったら……」ユーノ「やめなよ」

 あらすじ!

 困惑するフェイト&なにやらハイテンションなアリシアと一緒に、アルフに拉致気味に連れ去られた主人公!

 連れ去られた先でフェイトとアリシアのママ・プレシアさんと会ったぞ!

 病気っぽかったので課金回復を行いプレシアママンの体と心の病気(状態異常)を治したぞ!

 主人公は課金クズの自分を棚に上げて説教をかましたぞ!

 根がいい人で親バカなプレシアママンは娘の嘆願もあって、すぐに改心したぞ!

 

 でも心の状態異常も含めて全快したプレシアママンが9歳の金臭い説教を聞いて感じたことは、「9歳なのにもう手遅れだわこの子」という哀れみだったぞ!

 

 

 

 

 

 課金石砕き。

 それは魔法戦闘において、課金戦士が持つ圧倒的アドバンテージである。

 石を砕くだけで、体力・状態異常・保有魔力・行動力などなど多様な対象を回復させることができ、特に行動力の回復は『間断無き連続行動』を可能とさせる彼の切り札である。

 ユーノを守る最初の戦いで、彼が異様に金を消費していた理由がここにあった。

 

 一部の傷病のみにしか効かないとはいえ、病気さえも課金の敵ではないのだ。

 RPGの毒状態・病気状態と大差ないものでしかない。

 こういった金の絶対性こそが代金ベルカ式の真骨頂と言えよう。

 肉体的・精神的に全ての問題を取り除かれたテスタロッサ家は、互いに距離感を測りかねているようだが、それでも"家族としてあるべき形"に向かおうとする意志だけは見えた。

 

「母さん!」

 

「……フェイト。そんなに強く抱き締められたら、苦しいわ」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

「いいのよ。次から気を付ければ」

 

「私もママとフェイトだっこするー!」

 

 プレシアはフェイトに対し、フェイトはプレシアに対し、少し引け目のようなものを感じているようだ。

 だが、他人との距離感なんて無いに等しい陽気なアリシアが居るならば、いずれは仲良くできるだろうと、そう思える程度のものだった。

 テスタロッサ家の団欒を眺めていると「課金したい」という欲がふつふつと湧いて来て、もうたまらんとばかりにスマホを取り出した少年だったが、そこでプレシアが少年に話しかけた。

 

「で、あなたは何が目的なのかしら?」

 

「何がとは?」

 

「見返りに何を求めるの、と聞いているのよ」

 

「ちょっとママ、助けてくれた人にそれは失礼……」

 

「少し静かにしていてちょうだい、アリシア」

 

 会話が始まったことで、課金欲が少し萎える。

 冷徹な表情を浮かべて少年を問い詰め始めた母を見て、フェイトは無言でうろたえ、アリシアは止めに走ったが、それで止まるプレシアでもない。

 少年は分かりやすい対価として、彼女に近い机の上にいくつかある通帳を一つ指差した。

 

「そこに魔法のカードがあるじゃろ?」

 

「……あら。こんなものでいいの?」

 

 プレシアは通帳とカードを投げ、少年はそれをキャッチし、デバイスにセットして預金額を確認し始める。

 

「確かに」

 

「正直な話、こんな口座は一つ残して全部あげてもいいくらいなのだけれども」

 

「これだけでも9歳には過ぎた額ですよ……うへへ、課金課金、こら十分回せるで……」

 

「まあ、好きになさい」

 

 金で動く人間は信頼できなくとも信用はできる。

 人生の酸いも甘いも知るプレシア・テスタロッサは、それをよく分かっていた。

 ……が、齢10に満たない子供にそんな打算的な信用をすることになる日が来ようとは、夢にも思わなかった。この子の将来が心配だ、という純然たる心配が芽生えていく。

 ちなみにこの少年の将来に関しては、生まれた時点で手遅れである。

 

 バカは死ねば治るが、課金癖は死んでも治らなかったのだから。

 

「正直アーちゃんの件でお金とか要らないんですけどね。

 金儲けのためにガチャやったこととか一度もないですし。

 でもお金のやり取りとかで貸し借りの精算はしておいた方がいいでしょう?

 "あいつには恩があるから"みたいな負い目抱えて、気兼ねなく付き合えないとか嫌ですよオレ」

 

「……あなた本当に9歳?」

 

「え、というかアーちゃんってもしかして私の事? アリシアだからアーちゃん?」

 

 "あの少年は命の恩人だから"と恩に着た人が気遣って接してくるというのが、この少年にはどうにも肌に合わない。

 "あいつに助けられた回数もあいつを助けた回数も覚えてないな"くらいの関係の方が、この少年の好みの関係だ。

 「金が欲しい」という考えも彼の本音だが、「これで恩や貸し借りを全部チャラにして、対等な関係で仲良くやっていこう」という考えもまた彼の本音だ。

 

 9歳らしからぬ人付き合いの仕方を見せる一面も彼の一部であり、今貰った金を一気に課金しようと危ない顔を見せる一面もまた彼の一部である。

 

「ひゃっふぅ、流石魔法の世界のカードだ!

 こんなカード一枚から大金引き出せるなんて、まさに魔法のカードだぜ!」

 

「か、かっちゃん、お金使うならもう少し冷静になろう?」

 

「あらフェイト。かっちゃん呼びなんて、親しい友達だったのかしら」

 

「オレとフェイフェイは今日会ったばかりだけど」

「えっと、友達じゃない、かな……?」

 

「んんん……?」

 

「とにかく頭を冷やさないと。なんというか、かっちゃん今凄い冷静じゃないよ」

 

「どいつもこいつもなっちゃんみたいなこと言いやがってクラァ! 金あるなら使わせろ!」

 

 これで少年の課金癖さえ収まってくれれば、めでたしめでたしと言っていい光景だ。

 しかし、この光景にちょっと戸惑っている者も居る。

 フェイトとプレシアが親子として上手く行くことを望み、そのために頑張り、もうどうにもならないととっくの昔に諦めていた、フェイトの使い魔・アルフであった。

 

「なんだこれ……なんか急に何もかも上手く行き過ぎててあたしゃ頭が付いて行かないよ……」

 

 そんなアルフの肩に手を乗せ、穏やかな口調で少年は課金の力を語り出す。

 

「当然だろ。お前らは頑張ってたけど、無課金だったんだから」

 

「あんだって?」

 

「無課金に難しい、あるいは不可能なことでも、課金すれば可能なことになる。

 『できること』の数は課金してる奴の方が多いのは当然、世界の摂理だ。

 オレが優秀とかそういうのじゃなくて、オレはお前達より少しばかり多く課金してただけさ」

 

「悪い、あたしが分かる言語で話してくれ」

 

 課金でSSRが当たった余熱、プラス大量の金を手に入れた熱の合わせ技で熱に浮かされている少年は、調子に乗ってアルフにドヤ顔煽りを披露する。

 

「マネー、パワー……!」

 

「あんたの理屈は正しいのかもしれないがあんたのその顔が気に入らないッ!」

 

「ぬわーっ!?」

 

 煽り煽られは課金ソシャゲの華の色。

 そして当然因果応報、イラッと来たアルフが少年をキャメルクラッチに極める。

 彼女が放つその技の鮮やかさは、伝説の闘士・ラーメンマンを彷彿とさせる見事なものだった。

 課金少年はその技のキレの良さに心底感服しながら、フェイトとアリシアの心配する声を聞きつつ、失神していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三日後。

 あれやこれやとしている内に、テスタロッサ家との話し合いから三日も経っていた。

 なのはやユーノの説得、フェイトとの打ち合わせ、少年に重荷を背負わせすぎることに乗り気でないプレシアの説得、管理局の動きの把握、ジュエルシードの確保。

 やることがとにかく多く、一流のソシャゲ廃人である少年ですら、一時は行動力が時間回復で溢れそうになっていたほどだった。

 とりわけ、なのはとの話し合いは苦労したという。

 

「ずーるーいー! あの子とは私の方が先に友達になりたいと思ってたのにー!」

 

「すまん悪かったというか止めてくれオレこのままだと吐きそううえっ」

 

「なのはスタァーップ!」

 

 襟を掴まれた少年がなのはにぐわんぐわん揺らされ、顔色が変わってきたあたりでユーノが止めに入った。

 ここで止めなければ、それこそ彼の口から放たれたゲロが空にかかる虹(L'Arc-en-Ciel)を描いてしまう。

 なんとか脱出した少年が、ぜえぜえ息を切らしてなのはに弁明を始めた。

 

「モーマンタイモーマンタイ、オレたぶんまだフェイフェイの中で友達判定じゃないから……」

 

「そうなの? それはそれで複雑……」

 

「もう友達の友達は友達理論でいいじゃん、って僕は思うよ」

 

 なのはは同世代女子の中でも指折りにひ弱な体躯の少女だが、付き合いが長いせいかこの課金少年に対してだけは特攻を発揮する。

 イベント特攻ではない常時特攻だ。

 ポケモンで言えばなのはが飛行タイプ、少年が地面タイプといったところか。文字通りに天と地ほどの差があるのだ、この二人には。彼は飛ぶだけでも金が要るのだから。

 

「まあほら、最終的に皆友達だーって感じの終わり方がいいんだろ? なっちゃんは」

 

「うん。それが一番だよね」

 

「話し合いで解決するなら、僕もそれが一番だと思うなあ」

 

 テスタロッサ家問題はサクサク解決した。

 後は各々が望む形の結末に持っていくだけだ。

 

「と、いうわけで。実はなっちゃんとフェイフェイの話し合いの場を用意しました」

 

「! 本当!?」

 

「今日配達終わったら、公園で好きなだけ話してていいぞ」

 

「やったっ、ありがとうかっちゃん!」

 

「ぐああああ! 待て待て待て、なっちゃん抱きつくのはいいけどオレの背中が机の角に!」

 

「いだだだだっ、なんか三人絡まってる絡まってる、僕フェレットだから潰れる!」

 

「いたたたた、ユーノ君分かったから足に頭突きするのやめて!」

 

 しかしサクサク解決した問題とは対照的に、高町家での話し合いは非常にグダグダしていた。

 

「うんうん、これでかっちゃんが勝手に食べた柿のこと許してあげる」

 

「見てくれゆっちー、これが二年前勝手に食った柿のこと覚えてる幼馴染の厄介さだ」

 

「僕は何も言えないや。君に汚染されて柿が課金って聞こえた自分に凄い自己嫌悪してるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翠屋は遠方への配達は基本的に業者を使い、近場への配達は人手に余裕がある時のみ身内に配達を任せるスタイルを取っていた。

 ユーノをカゴに入れ、自転車の荷台になのはを座らせ、少年が自転車をこぐという配達スタイルは、先日既にユーノも体験済みである。

 今はユーノも少年も定位置でスタンバっており、服を選んでいるなのはを待っているようだ。

 

「なのは、遅いね」

 

「女は微妙に着替えに時間かかるよな。外行きだと特に」

 

「ああ、歳が上に行くほど長くなるんだよね……」

 

「そのくせオレが昔プレゼントした『海が好き』Tシャツは絶対着ないんだよなー」

 

「それは男の僕でも滅多に着ないと思う」

 

 子供はそれだけで大人受けがいいものだ。海鳴のシド・ヴィシャス以外は、だが。

 特になのはは可愛らしい容姿で、老若男女問わずどの層からも受けがいい。

 翠屋に電話で注文をして、なのはが笑顔と一緒に家まで品物を届けたならば、それだけでリピーターが誕生してしまうほどである。

 そしてなのはに足りない移動手段と体力を少年が補い、最近はマスコット枠の可愛さもユーノが補うことで、リピーター獲得に特化したチーム・翠屋が完成したのであった。

 

「ゆっちーは本当、同い年と思えないくらい落ち着いてるよな。話しててなんか楽だ」

 

「君も課金してない時はそれなりに落ち着いてるよ。

 それにしても落ち着き、落ち着きかあ……

 年齢一桁の僕が言うのもなんだけど、子供にはブレーキ付いてないからね」

 

「スクライア一族の小さい子供もゆっちーが面倒見てるんだっけか?」

 

「うん。だから同い年より落ち着きがあるとしたら、その分ちょっとだけの差なんだよ」

 

 人は大人になる過程で、教習所で車を運転して失敗していく過程で、ガチャで爆死する過程で、ブレーキの使い方を覚えていく。

 逆に言えば、ブレーキは最初から使えるものではない。

 

 なのはには親愛を示す時、好意を表す時、分かり合おうとする時、守る時、ブレーキがない。

 この課金少年には課金行為全てにブレーキが付いていない。

 かくいうユーノも、かなり無謀で無茶な一面があったりする。

 皆、まだ9歳の子供なのだ。

 天才だったり、秀才だったり、課金狂いだったりであるだけで。

 大人のように保身と打算では動けない彼ら彼女らだからこそ救えるものも、起こせる奇跡も、この世界のどこかにあるのかもしれない。

 

「う、ぐ……か、課金したい……」

 

「ダメだよ、抑えなよ、かっちゃん」

 

「見ろよ、この震えた手で配達なんてできると思うか……? 少しだけ、少しだけだから……」

 

「課金はアルコールか何かなの? ……なのはにバレないよう、500円だけにしなよ」

 

「ありがたいッ!」

 

 けれどもう少しブレーキを利かせてもいいんじゃないだろうか。

 

「ふぅー……Fooー……んんっ、んっ、ダブったけどこいつは重ねて損は無いな」

 

(ガチャが彼の何をそこまで惹きつけるというのか)

 

 震える少年の手が課金と同時にピタリと止まったのを見て、ユーノは将来課金ガチャ規制希望署名を集めている人が居たら、積極的にサインしようと心に決めた。

 

「おまたせ!」

 

「よし、出撃! ゆっちー、前方確認!」

 

「車とか通行人とか特に無し。いつでも大丈夫!」

 

「よし、丸太も持った! 行くぞォ!」

 

 イベント時のランキングマラソンのように、少年は今の自分に出せる最高のスピードで、かつ目標到達までに息切れしないようペースを考えて、体の限界に挑むようにペダルを回す。

 "選べ。イベ完走して景品獲得か、ランカーを追いかけて人生リタイアか。お前の道を"

 "まだだ、まだガチャを回す回転数(ケイデンス)が足りない"

 "もう30回転ケイデンスを上げろ!"

 いつもガチャを回している時に少年の脳内から湧き出る魂の声が、自転車をこぐ最中にも少年のスピードを引き上げてくれていた。

 

「ところでかっちゃんもなのはも何も持ってないように見えるけど、ケーキは?」

 

「かっちゃんが持ってるよ」

「オレが持ってる」

 

「? どこに?」

 

 配達するケーキなんてどこにもないじゃないか、と言いかけたユーノの声を遮るように少年が腕を振り、三人乗り状態の自転車の横にズシンと丸太が落ちた。

 丸太は道路に面した工事現場で転がり、建築作業中の男性の足元で止まる。

 男性は丸太の大きさを確かめ、自転車を止めもしない少年に丸めた複数枚の一万円札を投げつける。少年は自転車をこぎながら丸められた札束をキャッチし、ポケットに入れた。

 

「おう、サンキュー少年! 急にメールで頼んで悪かったな、釣りは要らんぞ!」

 

「いえいえ、またいつでも言ってください!」

 

「お使いご苦労! 配達頑張れよ!」

 

 どうやら建設作業中の男性が、特殊な木材が切れたことに気付いて知り合いの少年にメールし、木材を作るための丸太を買ってきて貰った、ということであるようだが……まばたきもしていないはずなのに、ユーノはその丸太がどこから出て来たのかまるで理解できなかった。

 

「な?」

 

「な? じゃなくて。説明しよう、ね? ね?」

 

 説明を面倒臭がらないでよ、とユーノは目で訴える。

 少年はその求めに応じ、非常に分かりやすく分かりにくい説明をし始めた。

 

「人間には手が二つしかない。どうやったって持てる数と量には限界があるんだ。

 文明の発達の中には、必ず『物を運ぶために』っていう流れでの技術発展の系譜があるしな」

 

「うん、そうだね」

 

「配達は沢山物を持たないといけない。

 オレ達は小学生だから使えるのはせいぜい自転車だけ。

 ならどうすればいい? 簡単だ。課金して、自分の所持限界数を拡張すればいい」

 

「うん……うん?」

 

「オレも最初は右手1左手1の最大所持数2の身の上だった。

 だが石を割り課金拡張を繰り返した今、オレの最大所持数は500という上限値に―――」

 

「ユーノ君、かっちゃんが熱くなってきたら適当に聞き流した方が良いよ。汚染されちゃうよ」

 

「……君たち二人は互いの扱いが本当に……なんかもう本当に……」

 

 所持限界数が増えると便利、便利。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の事件の事実はこうだ。

 昔々、色々な不幸が重なって娘・アリシアを死なせてしまった母・プレシア。

 プレシアは遺伝子をあれこれする技術+人造人間を生み出す技術+記憶を継承させる技術の組み合わせにて、小隊ボーナスじみたシナジーを生み出し、娘を蘇らせようと画策した。

 が、失敗。

 フェイトという"人間及び魔導師としての成功作"は生まれたものの、"アリシアとしての成功作"は一人も生まれずに時は流れていった。

 

 重病に侵されたプレシアは徐々に心も病んでいき、正気を失い、アリシアと中途半端に似ているフェイトを失敗作と心中で蔑み、とうとう暴挙に出てしまう。

 ジュエルシードを運搬していた船にトラブルが出るよう遠回しに画策し、ジュエルシードが落下した時点でそれを回収するためフェイトを派遣。

 多くの犠牲が出る形で悪用して、アリシア蘇生に繋がる道を切り開こうとしてたのであった。

 

 スマホ中毒の操舵手が居る船を墜落させたいのなら、船の出港直前に操舵手のスマホを盗んで、「行動力が溢れるうううううううッ!!」と発狂させれば、それだけでいいのだ。

 盗んだスマホは、操舵手の自宅に置いて"家に忘れたのだろう"と偽装すればいい。

 

 そして少年が組み立てたカバーストーリーはこうなる。

 プレシア・テスタロッサは、娘の蘇生のため密かに違法な研究をしていたが、その過程で生まれた子供(フェイト)を息抜きにと、地球に遊びに行かせていた。

 ジュエルシードが落ちた時点で回収に動き出した少年に、フェイトがプレシアの指示で協力し、ジュエルシードによる災害を未然に防ぐための協力関係が完成。

 嘱託魔導師の少年、友人の高町なのは、責任感と勇気を持つ協力者のユーノ、そしてフェイトとで力を合わせてジュエルシードの災害を未然に防いでいました……という作り話である。

 

 プレシアにはこう語らせる。

 アリシアの蘇生には偶然成功していたが、再現性が全く無い上、死者の蘇生に成功したとなれば世間が混乱するという判断から、公表しなかった。

 そして自分の世界を守りたいという少年の真摯な想いに応え、娘を少年に協力させ、罪なき人々が犠牲にならないように手を尽くそうとした……という白々しい嘘話を、語らせる。

 

 少年となのはとユーノとフェイト、そしてプレシアとアリシアが口裏を合わせれば、この虚構まみれの供述は唯一絶対の真実となる。

 彼のやろうとしていることに正義はない。

 もし捏造が明らかになってしまえば彼が犯罪者になりかねないものであり、得られるものなどせいぜいが美しい光景か笑顔くらいのもの。

 つまりは、いつもの課金ガチャと同じことだった。

 

 プレシアとフェイトの犯罪の一部を"無かったことにして"、そして違法研究の罪を帳消しにする司法取引のための下積みを"管理局が来る前に積み立てておく"。

 事件を起こしかけた違法研究者を、管理外世界を救った良心的な魔導師に仕立て上げる。

 少年の企みは、掻い摘んで言えばそういうことだった。

 

 この企みが成功するかどうかは、駆けつけて来てくれた管理局員が有能か無能か、有能であったならば少年に御せる存在であるか、という点に全てがかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて一通りの配達が終わり、なのはは公園のベンチに一人座っていた。

 ベンチに座る彼女の前には、転移魔法の準備をしているユーノと、魔法陣の上に立つ少年。

 なのははこの公園で待ち、少年はユーノの手を借りてフェイトを迎えに行く。そうして少女二人が話し合える場所を用意する……それが、約束だった。

 

「じゃ、ちょっと待っててくれ」

 

「ん」

 

「準備はいいね? それじゃ、転移!」

 

 なのはの目の前で、ユーノが起動した転移魔法陣が二人の少年を転送する。

 転送終了後、フェレットに変身したままでは流石に失礼だろうと、ユーノは人間の姿に戻る。

 そして、周囲を見渡した。

 ここはテスタロッサ家の居住地、『時の庭園』。庭園という名は名ばかりな、子供が健やかに育てる場所の理想とは程遠い、荒れ果てた光景が広がっていた。

 

「ここが、時の庭園?」

 

「そうだな。プレシアさんの拠点だ」

 

「これ軽く手が入ってるけど遺跡級の年代物だ……調べたいなあ……」

 

「また今度な、また今度」

 

 だがユーノは庭園の荒れ具合を少し気にしつつも、それ以上に時の庭園そのものに興味を引かれているようだ。

 遺跡発掘を生業とする、スクライア一族の血が騒ぐのだろうか?

 ひと目で時の庭園の意匠や構造から製作年代・経年劣化の度合いを見抜き、建造物の壁面を興味津々に触るユーノの襟首ひっつかみ、少年はサクサクと居住区画へと進んで行く。

 

「こんにちわー!」

 

「あ、いらっしゃい」

 

 そして少年がドアを開けると、待ってましたと言わんばかりの表情で、穏やかに迎えてくれるフェイト・テスタロッサが居た。

 

「先日はどうも、プレシアさん。あ、こちらうちの近所の名店・翠屋のケーキです。

 美味しいと思ったならば、ちょくちょく買いに行って色々食べてみたらいかがでしょうか」

 

「あら、悪いわね」

 

「ケーキだー!」

 

 少年はまず最初にプレシアに翠屋のケーキを進呈。

 抜け目なく新規顧客獲得に動きつつ、"自分が一番美味しいと思う店の菓子"を渡した。

 ケーキを受け取ったのはプレシアだが、プレシアからケーキを受け取って喜々として走り出したアリシアの方が、ずっと喜ばしく思っている様子だ。

 

 そんなアリシアを見て、プレシアは幸せそうな様子を少し表情に滲ませる。

 プレシアを喜ばせたいのならプレシアが喜ぶものを渡すより、娘が喜ぶものを渡して、娘が喜んでいる様子をプレシアに見せた方がいい。

 少年は深く考えていたわけではないが、渡したものの選択はほぼ最適解だった。

 

「そこには小さめのケーキを多めに入れておきました。

 なので、もう一度食べたいと思うものがあればメモしておいてくださいな。

 そうしたら、オレがそれ持ったフェイフェイを翠屋まで連れてって買ってきますよ」

 

「え、私?」

 

 少年の突然の振りに、フェイトは少し驚いた様子を見せ、おずおずと母の方に目をやる。

 健全な母と娘の関係では滅多に見られない、恐る恐る母の意見と機嫌を伺う少女の目。

 それを見て、プレシアは罪悪感を覚えながら口を開いた。

 

「……そうね、その時は、お願いするわ。頼めるかしら、フェイト?」

 

「―――! はい、はいっ! 私、頑張る!」

 

 プレシアが、優しげな声色でフェイトを頼った。

 それが途方も無く嬉しくて、母の願いに応えたくて、フェイトの声が思わず上ずる。

 少年はそんなフェイトを見て満足気にうんうんと頷き、勝手にケーキを食べ始めようとするアリシアに「もうちょっと待ってろ」と釘を刺し、ユーノをプレシアに紹介した。

 

「こちら、先日話したユーノ・スクライア君です。

 遺跡発掘を生業とする一族の子で、時の庭園をひと目見るなり興味を持ったようですよ」

 

「あら、見ただけで分かるなんて、本当に優秀なのね……プレシア・テスタロッサよ」

 

「はじめまして、ユーノ・スクライアです」

 

 ユーノとプレシアは、今回の件で多少なりと話し合いたいことがあったらしい。

 口裏を合わせるというだけの話ではなく、プレシアはユーノに謝りたいことがあり、ユーノは課金少年が庇おうとしている者達と直接話したいと思っていた。

 二人が語りたいと思っていることは、一つや二つではない。

 けれども長話になるほどでもないだろう。

 

「フェイフェイ」

 

「母さんが、母さんが私を……えへへ……頑張らなくちゃ……」

 

「おいフェイト」

 

「! かっちゃん、今私のこと名前で呼んだ?」

 

「呼んだから、いい加減行こうぜ。なっちゃんを待たせてるんだ」

 

「……あ。あああ! ご、ごめんなさい!」

 

 話し中のユーノとプレシアに軽く会釈して手を振って、少年は部屋を出て行く。

 フェイトがその後に続き、ユーノとプレシアが会話を続けながら軽く手を振り二人を送り出し、アリシアは誰も見ていないことを確認してからケーキを食べ始めた。

 

「フェイフェイ、転移頼む」

 

「ああ、呼び方戻っちゃってる……バルディッシュ」

 

《 yes, sir. 》

 

「開け誘いの扉、時の庭園より、海鳴の地の片隅へ」

 

 フェイトが愛用のデバイス・バルディッシュに現在地の座標を入力させ、口で数字の羅列をすらすらと詠唱すれば、転移魔法の魔法陣が完成した。

 そうして、彼と彼女は一瞬にて海鳴の公園前に移動する。

 フェイトは多芸な上に魔法が全体的に無駄なく綺麗で、少年は心中で密かに感嘆していた。

 

「フェイフェイはイベントクリア報酬で仲間になる超頼りになる系の仲間だなあ……」

 

「え?」

 

「例えるならば無課金の星……皆に好かれて人気者になれるタイプだってことだよ」

 

「ええと、何言ってるのか全く分からないけど……

 褒められてるのはなんとなく分かるから、なんだか照れちゃうね」

 

「フェイフェイはそのいい子っぷりであいつとも仲良くしてくれると、オレが嬉しいな」

 

 そうして少年は、初めて会った時から何故かフェイトのことが気になっていたというなのはと、なのはの魔法技能に興味があったというフェイトを引き合わせる。

 わざわざ引き合わせなくとも、話す機会さえあればあの二人は仲良くなっただろうけどなあ、なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 会話は弾む。

 なのはが元気に話して、フェイトが静かに相槌を打つ繰り返しが続く。

 たまにフェイトが静かに話を振って、なのはが元気に返したりということもあった。

 なのはは話し上手だ。話し方に元気があって、話題のチョイスが明るいため話を聞いていて楽しいタイプ。

 フェイトは聞き上手だ。言葉数は多くないが、話の最中にちゃんと相槌ちや微笑みを返し、世間知らずゆえにつまらない話でも真剣に聞くタイプ。

 

「―――!」

 

「―――?」

 

 会話のタイプの相性で言えば、最高と言っていいだろう。

 幼馴染のなのはと課金少年の会話相性を、いともたやすく越えて行くレベルの相性の良さだ。

 

(仲良くなれそうだなあ、とは思ってたけれども……

 ここまで仲良さそうとはビックリだ。

 イベント中にイベ仕様の大幅変更と告知なし新規実装キャラが出た時と同じくらいビックリ)

 

 かつて悪い意味でビックリした記憶を思い出しつつ、少年は良い意味でびっくりさせてくれた二人を遠目に見つつ、公園の外のコンビニの前で手持ち無沙汰にしていた。

 彼はコンビニに背中を向けていたが、それは"コンビニに並んでいるGooglePlayカードを見たら買ってしまうから"という、至極単純な理屈からくる我慢の姿勢であった。

 そのまま十数分が経ち、耐え切れなくなった少年がコンビニ駆け込もうとしたその直前、少年の肩にフェレットが飛び降りた。

 

「や」

 

「よっ」

 

 軽い感じに挨拶してくるユーノの声を耳にして、課金欲が少し萎える。

 自慰の最中に友達が電話をかけて来た時と同様の理屈で、友人達は時折こうして彼のストッパーとして働いているようだ。

 ユーノは少年の肩の上からなのはとフェイトに視線をやり、フェレット状態のまま、暖かな気持ちを顔に浮かべた。

 

「プレシアさんと、それからアリシアと少し話してきたよ。

 あと僕と入れ違いにアルフっていう使い魔が帰って来てたかな」

 

「アルフはなあ……オレが生理的に無理だからって言って、オレを避けてるんだよな」

 

 "見ろよあいつ一人二役でフェレットと会話してるぜ、またキメてんな"とどこかからモブ市民の会話が聞こえてくるが、少年は全く気にせずスルーする。

 

「一つ聞いていいかな?」

 

「どうぞ、ユーノ・スクライア君」

 

「なんで、あの人達のために骨を折ろうと思ったの?」

 

 ユーノはプレシアや、アリシアと話した。

 まだフェイトとは話していないが、それはさしたる問題ではない。

 プレシアやアリシアと話し、それでもユーノは理解できなかった。

 この少年はプレシアの生命を使った違法実験や、船にした細工の事実など、一部の犯罪を隠し自分の"ジュエルシード回収の功績"で更に一部の犯罪を帳消しにしようとしている。

 ユーノには分からない。話してもなお分からない。この他人とは別の理屈で生きている少年が、何故テスタロッサ家をほんの少しだけ幸せにするためだけに、自分の進退を賭けているのか。

 

「言っちゃなんだけど、今の君は余計なお節介を焼いてる状態だ。

 僕みたいにジュエルシードに対して責任があるわけじゃない。

 テスタロッサ家の人間というわけでも、あの家と深い付き合いがあるわけでもない。

 その上、プレシアさんは自分の罪を全て受け入れる覚悟があるように見える。

 得られるものは何もないのに、発覚すれば全てを失いかねない。

 君がこの一件に賭けているものと、上手く行った時君が得られるものが釣り合ってない」

 

「賭けたものと得られたものが釣り合わない? なんだ、いつものガチャと同じじゃないか」

 

「真面目に話す気がないなら、この話はここで終わりにしよう」

 

 ユーノとて、他人の内側にずけずけと踏み込む権利が自分にあるとは思っていない。

 この会話は真実を求めるだとか、そういった堅苦しいものではない。

 もっとシンプルで、少年達の年齢相応なものだ。

 少年がユーノに内心を打ち明けなければ、二人は『記憶に残る知り合い』で終わるだろう。

 少年がユーノに内心を打ち明ければ、二人は互いをよく知る『友達』になれる。

 

 ただそれだけの、シンプルな話だった。

 

「悲しい出来事ってのは笑える範囲に収まってくれなきゃ困る、とは思わないか?」

 

「え?」

 

「例えばガチャに10k注いで爆死。

 これはいい。他人の事なら爆笑できるし、自分のことなら笑われて笑い話にできる。

 だがガチャに金かけすぎて自殺。

 これはダメだ。笑えないし、気の毒に思うし、楽しい課金に水さされた気になるからな」

 

 少年はそうして、友達(ユーノ)に自分の内心を語り出す。

 語らなくとも幼馴染(なのは)はちゃんと理解している、知り合い(フェイト)には既に語った内心を。

 

「ソシャゲは『みんな』のプレイと課金で成り立つもんだ。

 一人の金持ちがプレイして、金出して、それで成り立つもんじゃない。

 悲しいこともあって、楽しいこともあって、他の誰かを見たり自分と比べたりして……

 だから、楽しい。他人が居るから楽しい。協力するのも、競争するのも、話したりするのもだ」

 

 彼は語るはソシャゲ観。自分が思う漠然としたソシャゲの全体像。

 

「一人一人にドラマが有って、努力も幸運も結果に繋がって。

 他人が居るからこそ張り合いがあって、時に暴走したりして。

 自制できてる人はできてて、自制できてない人はできてなくて……

 だけどそれでも、プレイヤーの大半はこう思ってるだろ?

 『不可能だろうけど、皆で一緒に楽しめるような世界なら、まあそれが一番かな』ってさ」

 

 彼は人生や世界を語るように、ソシャゲを語る。

 社会(ソーシャル)の名の通り、ソーシャルという字を掲げるゲームの中には、圧縮された社会そのものが詰まっていて……愚かさも優しさも、クズも絆も、醜さも楽しさも、そこには全てがある。

 ただ、見え難いだけで。

 

「世の中もソシャゲも競争がある。

 対人戦やランキングでは恨みも残る。

 勝者が敗者からアイテム奪えるソシャゲはもう地獄としか言いようがない。

 ……だけど、プレイヤー同士が和気藹々としてるソシャゲだって、あるにはあるんだ」

 

「かっちゃんは、そういうのが好きなの?」

 

「ああ、好きだ。争いや口喧嘩は疲れるからな。それなら仲良く楽しい方がいい。

 だけど競争も嫌いじゃないぞ? 単に好きの程度の問題だ。仲良い方が好きってだけさ。

 人が居なくなることも、楽しくやっていけなくなることも、悲しいことだ。無い方がいい」

 

 好きじゃないものに、無駄に金をかける者など居るものか。

 

「ソシャゲは一人でやるんじゃなくて皆でやるもんだからな。皆で一緒に楽しく生きようぜ」

 

 彼の内心を理解し、かくしてユーノは確信に至る。

 

 この少年の価値観の中心は、どこまでも課金とソーシャルゲームであるのだと。

 

「正直さ、僕は君の課金癖が好きじゃない。ちょっと嫌いかもしれない」

 

 そしてユーノもまた、内心を打ち明ける。

 

「でも、君のことは嫌いじゃない」

 

「そうか。へへっ、嬉しいねぇ」

 

 はてさて、互いの心を知るこの少年二人の関係を、友人と言うべきか、親友と呼ぶべきか。

 

 

 

 

 

 少年はユーノを肩に乗せたまま、公園に背を向ける。

 会話が弾みに弾んでいるなのはとフェイトは、もうしばらくは話に夢中だろう。

 夕方まで二人に時間をやろう、と少年は考え、先にやるべきことを済ませてしまおうとする。

 つまり、"現在地球に向かって来ている管理局の艦への移動と説明"だ。

 

「さて、オレ達は予定通り管理局の援軍の艦に移動だな。

 あの二人が話してる内に、ぱぱっと面倒な初期説明を終わらせてこよう」

 

「いいけど、どう行くか決めてる? 普通の転移魔法では行けないと思うけど」

 

 ユーノがこの地球で二人の協力者に事情を話した直後、管理局嘱託魔導師の少年の手で管理局次元航行部隊、及び『海』所属の広域救助隊への連絡が行われた。

 そのため、戦闘と法務が本職の魔導師とそれを乗せた時空管理局の艦がこの地球に向かっている……はずなのだが、細かいところがどうにも分かっていなかった。

 

 少年が窓口に色々と問い合わせても、所詮嘱託な少年に返って来る返事は「到着まで待て」「到着する日時がはっきりしたら連絡する」という定型文の返事のみ。

 宇宙の海や次元の海を移動するという特性上、役所ははっきりとした返答ができないのだ。

 すると、今向かって来ている管理局の艦の現在位置すら分からないわけで。

 

 管理局の艦には艦内部に対転移魔法ジャミングを発生させられるものもあることを考えれば、今から管理局の艦に向かう方法は、何一つ無いように思えた。

 にもかかわらず少年は自信満々で、なのは達が居た公園とは別の公園にまで歩いて辿り着く。

 

「オレがゆっちーを連れて行くんじゃない。ゆっちーがオレを連れて行くのさ」

 

「え?」

 

 この問題に対し、少年にはちょっとした策があった。

 少年のデバイス"アンチメンテ"が光り、光速度で宇宙空間に信号を送る。

 すると少女達が居る公園から肉眼で確認することすら出来ないほど隠密性が高い、そんな円柱状の結界が少年達の居る公園を包み込んだ。

 結界はこの世界の人間ほぼ全ての目を欺き、公園の中心に次元航行船を無事着陸させる。

 

「待たせたな。俺達の命の恩人よう」

 

 そして船から下りて来たのは、見間違えるはずもない、ユーノがジュエルシードを運ぶ時に頼った船の船長だった。

 

「せ……船長!」

 

「よう坊主! いや、ユーノよう! お前さんのおかげで助かったぞ!

 お前がお前にできる最高の速さで、救助隊に一報届けてくれたおかげだ!」

 

 船長は豪快に笑い、ユーノの頭に手を乗せて、髪がくしゃくしゃになるまで撫でる。

 あの日、船から一人だけ逃げ出した時から、ずっと心配だった。

 助けを呼んでも、それでも心配だった。

 船の中でよくしてくれた人達に何かあったらと、そう思わずには居られなかった。

 ユーノがそんな風に背負い続けていた肩の荷が、船長の手により一気に落ちていく。

 

「よかった……よかったです! 本当に、無事で……!」

 

「おうおう、相変わらずよく出来た少年だ」

 

 自分の頭を撫でる船長の手を両手で取り、力いっぱい握るユーノ。

 成人男性な船長からすれば痛くもなんともないだろうが、その手を握る力の強さが、ユーノが船の皆をどれだけ心配していたのかを何よりも如実に語る。

 自然と、船長は親が子を慈しむような笑みを浮かべていた。

 

 よっぽど嬉しかったのか、それとも安心したのか。ユーノはここでふと気付くまで、船長が乗って来た船が先日の物とは違うのだと、気付いていなかった。

 

「って、この船は?」

 

「なんか知らんが、身に覚えのない保険金名義の金が口座に来ててな!

 だが精査しても違法性は無いと来た!

 なら四の五の言われる前に使っちまおうと思って、中古のいいやつを買ってきたってわけよ!

 前の船よりか新しくて使い込まれてない船だからな、不幸中の幸いに事故様様ってやつだ!」

 

 身に覚えの無い振り込みと聞いて、ユーノは口を閉じている少年の方を見る。

 少年は指でP、T、と金を振り込んだ人間の名をアルファベットで伝えた。

 ユーノはそれを見て親指を立て、満面の笑顔を浮かべる。

 

「さあ、今回の仕事に報酬はいらんぞ!

 なんせ俺らの不手際で起きちまった事件の後始末だからな!

 管理局の船とのランデブーポイントまで、俺達の新しい船が送ってやるぜ!」

 

 管理局の艦への移動方法は、いくつかあった。

 けれども課金少年はこの方法を選んだ。

 理由なんて、語るまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレシアとフェイトの犯罪の一部を"無かったことにして"、そして違法研究の罪を帳消しにする司法取引のための下積みを"管理局が来る前に積み立てておく"。

 事件を起こしかけた違法研究者を、管理外世界を救った良心的な魔導師に仕立て上げる。

 少年の企みは、掻い摘んで言えばそういうことだった。

 この企みが成功するかどうかは、駆けつけて来てくれた管理局員が有能か無能か、有能であったならば少年に御せる存在であるか、という点に全てがかかっていた。

 

「ここが管理局の次元空間航行艦船……僕、初めて乗ったよ」

 

「そうか。オレは頻繁に乗ってる……と、いうか。

 この船……時空管理局巡航L級8番艦『アースラ』は第三のマイホームみたいな……」

 

「え?」

 

 幸か不幸か。

 現状がプラスなのかマイナスなのかすら判断できていないこの状況で、少年とユーノの前に黒髪の少年が現れる。

 黒髪の少年は課金少年の顔を見るなり、息を肺の限界まで吸って、肺の中の全ての空気を吐き出す超弩級の溜め息を吐いた。

 

「ようこそ、アースラへ。いや、二人の内の片方には『おかえり』と言うべきかな」

 

「おう、クオンじゃねーの」

 

「クロノ・ハラオウンだ。いい加減、その略しただけの愛称はやめろ」

 

 黒髪の少年は無能か有能かで言えば、間違いなく有能である。

 それは、嘱託魔導師としてこのアースラに幾度となく乗り込み、クロノと数えきれないほどの数の共闘をこなした少年だからこそ、身に沁みている事実である。

 そしてクロノは、法の番人が違法な何かに手を染めることを嫌う少年でもあった。

 

「だが、よくやってくれた。未曾有の大災害の防止、君達の尽力に感謝する」

 

 もっと無能な奴が来てくれよ、と、少年は心中にて独り言ちていた。

 

 

 




久遠「訴訟も辞さない」

『代金ベルカ式』

 ベルカ式の流れを汲む近代ベルカ式の1バリエーション……と使用者が言い張っている、管理局にレアスキル登録されているオンリースキル。
 彼以外は誰も使わず、誰も使おうとは思わない、うなぎゼリーのような魔法体系。

 最大の特性は、"本人のリンカーコアを最低限にしか使わない"という点にある。
 代金ベルカ式は魔力量や攻撃力など、術式に関わる全てが消費した金額に比例する。1の魔力を生み出すために1の課金、攻撃魔法の構築に1の課金、魔法の誘導に1の課金……
 当然だが飛行魔法なんてものを使用すれば、ただ浮いているだけで、栓を抜いた風呂の湯のごとく預金残高が減っていく。
 使用者の少年は基本的にその辺りを他人に語らないが、勘の良い人であれば魔法陣を見ただけで何かを察することもある。

 神話における魔剣、創作物語でも人気な"寿命を削る切り札"などと同様に、『使えば使うだけ破滅に近づく』というありきたりに危険な術式。
 代金ベルカ式を使用しない場合、このお話の主人公は魔導師ランクD程度で頭打ちになる。
 ユーノの危機をなんとなくで察知して駆けつけた課金少年は、飛行魔法+加速魔法で急行、その後ジュエルシード暴走体と全力で戦うも、魔法の使い方が下手で無駄な消耗を強いられた。
 そのため最終的に一戦闘だけで¥5000GooglePlayカードカートリッジ四枚、現在の口座の預金1/4を使いきっている。なお、勝利報酬はユーノの笑顔のみ。

 過去に大規模課金戦闘をした時、クロノが経費申請をして課金した金が戻って来たことがある。
 その際少年は
「マジ助かった」
「ありがとう親友」
「経費でチャラになった額の半分お礼として払ウオン」
 という激うまギャグを披露し、クロノにぶん殴られた。

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