課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
とりあえずSTS編開幕。かっちゃんなっちゃんのこと好き過ぎ問題
時空管理局に訪れる危機 ※ただし
ティアナ・ランスターが、管理局に入る過程であった面接の一幕。
「これで面接はあらかた終了した。
……ここからは、少し私的な質問になるのだが。
ティアナ・ランスター。管理局に入った後、君は君にしかできない何かがあると思うかい?」
面接官は、ティアナに好感を抱いていた。
座る姿勢や話し方、経歴や成績からも伺える、誠実で真面目な人柄と優秀な能力。
こういう人間は就職後も勤勉に自らの能力を高め続け、上司の言うことをよく聞き先輩から様々なことを吸収し、自分で考えて最適な判断も出来る。面接官は経験上それを知っていた。
最初から格別に優秀な人間、オンリーワンなスキルを持っている人間、就職時点で既に突き抜けた能力のある人間より、こういう人間の方を面接官は好ましく思っている。
人の下に居ても有能、人の上に立っても有能、そんな人間になれるからだ。
そんな面接官がティアナに問いかけたのは、単なる気まぐれであった。
「私は、例のアルハザード製巨大兵器の一件で有名になったかの青年の知人です」
「……ああ、彼か。彼とは一緒に仕事したこともあるよ」
面接官は何年か前、一緒に仕事をしたKのことを思い出し、苦々しい顔をした。
今でも覚えている。自分の分の仕事をさっさと終わらせて、まだ仕事が終わっていない同僚の前でソシャゲを始め、周りを苛立たせていた彼のことを。
ソシャゲのロード時間を上手く使って同僚に仕事を教え、同僚が分からないところを分かりやすく解説し、無自覚に"気遣い"という形で周囲を煽っていた彼のことを。
真面目な人間を好むこの面接官は、かの課金厨に好感を抱いていなかった。
「あの人を反面教師に育った私は、多少なりともまともに育った自信があります」
「お、おう」
そして、ティアナが真面目な顔でのたまう内容に、面接官は面食らってしまう。
だが『あれ』を反面教師に育ったという言霊は、万の言葉より雄弁にティアナの性格を物語っていた。
「提出書類に書いた自己PRを除けば、私にはこの生真面目さしかありません。
ですが、私は絶対にあの人のようにはなりません。
そして自制心が無いせいでそうなりそうな人が居れば、私は止めることができます」
「……ふむ」
「有能で自制心がない人を支えることにかけては、人並み以上であると自負しています」
一見馬鹿らしく聞こえる台詞だが、近年管理局ではソシャゲ厨の管理局員の増加が問題になっており、ティアナにも"この面接官相手なら好感を持たれるだろう"という打算があった。
実際、管理局員に真面目であって欲しいこの面接官に対しては効果覿面。
ティアナ・ランスターは管理局の清浄化要素、言うなればソシャゲという汚れを落とす台所用洗剤としての役目を期待され、笑む面接官から最大級の評価を受けることとなる。
「面白い子だ。この職に就いて私も長いが、君のような人間は初めて見た気がする」
フェイト・テスタロッサが、ダメ男をダメ男のまま養ってしまうタイプの執務官になれる女性であるとするならば、ティアナはダメ男を更生させるタイプの執務官になれる女性であった。そもそもまともな人はダメ男に関わらないのだが、それは脇に置いておく。
「以後も、精進を続けるように。ティアナ・ランスター君」
「はい!」
それが、ティアナ・ランスターが管理局に入った日にあったことだった。
エリオ・モンディアルは、この世界における科学技術の高さが生み出してしまった、地球には存在しない悲劇の中から生まれて来た子であった。
「あなたは私達の愛する子なのよ、エリオ」
「お母さん!」
"最初のエリオ"は親に愛された子であった。
しかし、親が子に向ける愛を死神が嘲笑ったかのように、"最初のエリオ"は病死してしまう。
両親は愛する息子の死を回避しようと八方手を尽くし、訪れた息子の死を受け止めきれずに、悪魔のささやきに耳を貸してしまった。
『エリオ君を、生き返らせたくはないですか?』
それは、かつてテスタロッサ家が関わっていた『プロジェクトF』の技術を携えた、非人道的な違法研究者の誘惑であった。
違法研究者は口が固く、金を持っていて、自分の研究の役に立つ家を探していた。そしてモンディアル家に目をつけたのである。
エリオの両親は違法研究者の目論見に気付いていたが、それでも『もう一度エリオに会う』ためにはこの違法研究者に手を貸す以外に無いとも分かっていたため、悪魔の誘惑に乗ってしまう。
かくして、"二人目のエリオ"が製造される。
エリオは復活ではなく、製造という形で、両親の元に戻って来た。
「……あなたは、私達の愛する子なのよ」
「母さん?」
"二人目のエリオ"を迎え、表面上はこれまで通りの、しかし中身が異常に歪な親子三人の家庭が蘇る。
だが"二人目のエリオ"の存在は、誰もが想像もしていなかった効果をこの家庭にもたらした。
最初のエリオと二人目のエリオは、せいぜい外見程度しか似ていなかった。
記憶継承を行っても、所詮は他人。
遺伝子はコピーできても、心や魂まではコピーできない。
両親は二人目のエリオを見るたび、最初のエリオとの違いを痛感し、最初のエリオの死を突きつけられるという日々を送っていった。
「あなたは……私達の愛する子なの……?」
「かあ、さん……?」
皮肉にも、それがエリオの両親に"最初のエリオの死"を受け止めさせるきっかけとなったのだ。
「では、エリオ君はお預かりします。抵抗すれば、分かっていますね?」
エリオ・モンディアルの死と、エリオ・モンディアルの生存が同時に確認されたことで、それを嗅ぎつけた研究機関も動く。
尊大な物言いでエリオを連れ去ろうとする研究機関の人間、それに抵抗するエリオ、研究者に少し何かを言われただけで諦観と無関心を顔に浮かべた両親の姿。
そのどれもが、モンディアル家にあった歪みを可視化させていた、
「母さん! 助け……」
「行きなさい、エリオ」
「……母さん?」
「もうここに、あなたが居ていい場所はないのよ」
「―――」
親に本当に必要とされていたなら、まだ救いはあった。
親が愛か憎しみか、この場面でどちらかをエリオに向けていれば、この事態もまだ好転する可能性はあった。
しかし、エリオにそんなものはなく。
別れ際に両親がエリオに対し見せたものは、『要らなくなったものに向ける無関心』のみ。
愛もなく、憎悪もなく、執着もなく。
それは……大人が子供の頃に自分が夢中になっていた玩具を見つめ、いつ捨てるか考えている時の、どこか透明な気持ちに似た感情。
『エリオ』が失われることをあっさり受け入れた両親の姿は、幼いエリオの心を深く傷付ける。
(誰も信じない)
親はエリオの無垢な信頼を裏切った。
そして人格者のような顔と尊大な物言いでエリオを連れて行った研究機関の人間も、すぐに馬脚を現しエリオを裏切っていく。
研究者は暴れるエリオに「酷い目にはあわせない」と嘘をつき、暴れなくなったところで連れて行き、裏切り……非人道的な人体実験を行った。
(もう誰も信じない)
『成功例のクローン』、『失敗作のエリオ・モンディアル』として、少年は過酷な実験を繰り返された。
(この世界に、僕の味方なんて居ないんだ)
それから数年。
ある日突然、エリオの地獄は終わりを告げる。
違法な研究を行っていた研究機関が管理局に摘発され、エリオもそれに伴い保護されたのだ。
研究所を潰し、エリオを助けた管理局の部隊を率いていたのは二人の女性。
片方はクイント・ナカジマと名乗り、もう片方はフェイト・テスタロッサと名乗った。
「寄るな」
しかし、人間不信に陥っていたエリオが、管理局の保護をすんなり受け入れられるはずがない。
エリオを保護しようとした管理局員達は、エリオが放つ電撃に打たれ、倒されはしなかったもののエリオに近づけなくなっていた。
フェイトと同じ、プロジェクトFが与えた雷の力。
小さな子供が持つその力を見た者達の反応は三者三様。クイントはそれを哀れに思い、一般局員はそれに恐怖を感じ、フェイトはそれに同族意識を持った。
「誰も僕に、近寄るなあっ!」
フェイトはエリオを放っておけない。
同じ過程で生まれたフェイトとエリオは、歳の離れた姉弟のようなものだ。
かといって、彼女には彼をどうすればいいのかという答えが出せない。
フェイトがクイントに目で助けを求めると、クイントはフェイトの耳元に小声で囁いた。
「抱きしめればいいのよ、フェイトさん」
「でも……」
「抱きしめて、何があっても離さないで、あなたの気持ちと体温を伝えなさい」
クイント・ナカジマは、こういう『作られた子供』への対応においては、フェイトよりちょっとばかり多く経験を積んでいた。
人それぞれ諸事情ある、というやつである。
「泣いている子供に必要なのは、子供の味方になってくれる大人の暖かさなのよ」
「……はい」
フェイトはクイントに頷きを見せ、エリオに歩み寄り、その手を取った。
「なんだ、お前」
エリオはフェイトを睨み、その身から電撃を迸らせる。
脅し程度の電撃であったが、フェイトはそれを避けなかった。
彼女はエリオから逃げない。
電撃が当たったフェイトの腕にミミズ腫れのような跡が残り、フェイトが逃げなかったことにエリオが驚いた隙に、フェイトは彼を抱きしめる。
「大丈夫。私はあなたの敵じゃない」
「信じ、られるか……!」
「信じて」
「信じられるか!」
「私も、信じてもらえるよう頑張るから」
エリオが表情を歪め、電気を迸らせる。
今の彼はまるで、警戒心から吠える臆病な子犬のようだ。
フェイトに細い電撃が当たり、そのたびに彼女の肌に小さな跡が残り、それを見るたびエリオが電撃を細く小さく――彼女を傷付けない威力に調整――していく。
「誰も信じないで生きていけば、誰からも裏切られないかもしれないけど……
その生き方は辛くて、苦しくて、悲しいよ。だって誰にも心を許せないんだから」
「……っ」
「私はあなたの味方だから、あなたを絶対に裏切らない」
彼女の言葉は、どこまでもエリオのためにあった。
エリオが幸せになるためには、エリオは誰かを信じなければならない。
エリオが幸せになるためには、誰かがエリオの味方になってやらなければならない。
そんなシンプルな理屈で、彼女は彼の味方になろうとしている。
人はそれを、優しさと呼ぶのだろう。
フェイトの優しさはあまりにもまっすぐで、飾り気がなくて、暖かかった。
「だからもう一度、周りの人に寄りかかってみない?」
ただ、味方が欲しかった。
それだけだった。
エリオが欲しかったのはそれだけで、それが得られたというだけで彼の心が氷解するくらいに、彼の心は『味方』を求めていた。
エリオはきっと―――味方になってくれる大人の優しさに、飢えていた。
「う、あ、あああぁ……!」
それが、エリオ・モンディアルが、本当の意味で『人生を始めた』日にあったことだった。
キャロ・ル・ルシエという少女は、天才だ。
何をやってもそつなくこなすタイプの天才ではなく、人類史に名前が残るような発明をするタイプの天才でもなく、"天から一つの才能を与えられた"と評されるタイプの天才であった。
彼女は『竜使役』の天才だ。
竜を召喚し、竜と話し、竜を使役する。
他世界で信仰対象となるような――神や天災に比するものとして語られている――強大な竜ですら、この少女は従える可能性をその身に秘めていた。
「竜召喚」
「神に選ばれた者の力……いや、竜に選ばれた者の力」
「恐ろしや、恐ろしや、我らとは違う」
「きゃつの心の動きに合わせ、恐るべき力を持つ竜が動き出す」
その力は周囲から崇められ、恐れられた。
そこに親しみはない。信頼はない。友情もない。愛情もない。
ただひたすらに遠い距離感と、恐ろしいものを見るような目だけがあった。
「あの子の機嫌を損なうな、竜に踏み潰されるぞ」
「おだてろ。持ち上げろ。あの力は利用できる」
「触れるべきではない。竜の加護を受けた者は隔離すべきだ」
「然り。あれは既に人ではない、人の形をした爆弾だ」
「キャロ・ル・ルシエが怒れば、竜は彼女への好意から、怒りの対象を壊すだろう」
「子供の癇癪に我らの命の行く末が託されるとは、なんと嘆かわしい……」
キャロには才能があった。が、その才能を制御できていなかった。
それこそ、彼女が癇癪を起こしてしまえば、彼女の才能が召喚した竜が破壊と虐殺を行ってもなんらおかしくはないくらいに。
幼い子供が銃を握っていれば、まともな思考力を持つ者ならその近くに寄ろうとはしない。
それと同じだ。周囲の人間が彼女から距離を取る、あるいは彼女を遠くにやろうとすることは、ごく自然な判断と言えよう。
けれども、自然なだけで、優しくもなんともない。
ゆえに大人達が下したその判断は、キャロの心を傷付けていた。
(……ああ)
キャロの家族も、相互に家族同然の繋がりを持っているはずだった部族も、厄介払いのように彼女を外に出そうとした。
稀有な才能を持つキャロを、いくつかの組織が引き取ろうとするのは当然のこと。
けれどもキャロには、自分を引き取ろうとする大人達が、どれもこれも同じ顔に見えていた。
(私、嫌だな……)
キャロを引き取ろうとしていた大人達も、彼女を制御することの困難さから、次第にキャロから離れていった。
最後に残ったのは二人だけ。
根気強くキャロを誘い続ける、管理局の金髪の姉妹だけだった。
(こんな力、欲しいと思って得たわけじゃないのに)
姉妹は姉がアリシア、妹がフェイトと名乗っていた。
姉は明るく積極的に、妹は優しく穏やかにキャロを誘う。
特にアリシアの子供のような明るさは、キャロの心に親近感を湧かせていた。
「ね、キャロちゃんうちの方に来ない? ここよりちょっとは楽しいと思うよ」
「……その」
されど、キャロは自分の才能をよく理解していた。
その才能が全く制御されていないことも理解していた。
フェイトとアリシアに好感を持つほどに、キャロは彼女らの誘いを受けづらくなる。好ましく思う人間に迷惑を掛けたくないと思うのは、当然のことだ。
「やめておいた方が、いいです。きっと、迷惑がかかりますから……」
キャロが心優しく臆病な少女であるから、尚更だ。
その"他人を傷付けることに躊躇いを覚える"優しさと臆病さは、エリオのそれと似ている。
うつむきながら、時々どもりながらそう言うキャロを見て、アリシアは目を瞑り――
「はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
――人間かどうか疑うレベルに大きな溜め息を吐いた。
「!?」
溜め息を吐かれるとは思っていなかったキャロ、そしてフェイトまでもが驚きを顔に浮かべる。
「やーな目」
「え?」
「地面しか見てなくて、今日の天気も見てないような目だ」
アリシアは他の何よりも、キャロが暗い顔で俯いていることが気になってしまったようだ。
「ちなみに今日は、滅多に見れないくらい素敵な天気だよ」
「え? え?」
「空を見上げる余裕がないってことは、人生を楽しんでないってことだからね」
そうしてキャロは空を見て、"今日はこんなにいい天気だったんだ"と少し驚いた。
空を見上げる内、キャロは気付く。
"最後に空を見たのはいつだろう"と。
彼女は俯いて地面を見るか、人の顔色を伺うか、もうずっとそのどちらかしか見ていなかった。
アリシアの言った『地面しか見てない』という言葉の意味を、キャロはここでようやく理解したようだ。
「ちょっと、アリシア」
「大丈夫大丈夫。面倒そうなことは全部フェイトに任せるから」
「全然大丈夫じゃない!」
幼少期から大人になるにつれてちゃらんぽらんになっていくアリシアを見て、フェイトはそこに『友人』の悪い影響を見つつ、溜め息を吐いた。
「キャロ・ル・ルシエちゃん。
私はアリシア・テスタロッサ。
この子はフェイト・テスタロッサ。名前、覚えた?」
「え? あ、はい。覚えました」
「よしよし、それじゃ、一緒に行こうか」
アリシアは笑って手を差し伸べる。
フェイトも苦笑して手を差し伸べる。
キャロはおずおずと、二つの手を使って、二人の手を取った。
……なんとなく。
その手を取れば、今より楽しく生きられそうな場所に、行ける気がしたから。
「私の敬愛するリーダーなら、こう言うでしょう。
『お前は人生を楽しんでない。だから俺が楽しみ方を教えてやる』ってね!」
それが、キャロ・ル・ルシエが世界の輝きを知り始めた日にあったことだった。
スバル・ナカジマは走っていた。
(急げ、急げ! 別に遅刻しそうとかそういうのはないけど、気持ち的に!)
彼女は、Kの知人であるゲンヤとクイントの娘だ。
だが、正確にはクイントの娘であってもゲンヤの娘ではない。
スバルとその姉ギンガの二人は、クイントの遺伝子情報から作られ、機械と人体の融合を実現させた『戦闘機人』という人種であった。
つまりゲンヤとは血の繋がりがないのだが、親子というものは必ずしも血の繋がりを必要としない。教育と家庭が親子を作ることもある。
ナカジマ姉妹もまた、父ゲンヤの影響を多大に受けていた。
なのでナカジマ家のことをよく知る者は、姉のギンガをゲンヤの聡明さが加わったクイントと言う。妹のスバルには、若い頃のゲンヤの面影と男気を追加したクイントであると言う。
そんなスバルも、訓練校を出て管理局の部隊に配属される日がやって来た。
配属先の名は『古代遺物管理部機動六課』。
親友のティアナや、諸事情あって憧れているなのは等が居る職場。そこに向かうスバルの足取りが軽いのもむべなるかな。
「ちょっとそこのお嬢さん。占いをして行ったらどうだい」
「? って」
その途中、スバルは路地裏から声をかけられた。
路地裏をちょっと覗いてみると、怪しいローブの男が占い師セットテーブルの向こうに座っている姿が視界に入る。
"正体を隠すならローブだな"とお約束を捨てきれない男の性格と、"ローブだけで顔を隠しきれるわけ無いやん"という現実がぶつかり合った結果、スバルには男の顔がよく見えていた。
見覚えのある顔だった。
「Kさん、今度は占い師になったんですか?」
「ちょっとした社会貢献ってやつだ」
その男は、スバルの両親の知人であった。
ナカジマ家に何度か来たこともあり、スバルも顔を覚えている。
男とスバルに深い親交なかったが、ゲンヤとクイントとは十年以上深い付き合いがあるらしい。……と、スバルは聞いていた。
スバルの記憶では、この男は最近までミッドチルダの上に浮かぶ二つの月の調査に同行していたはずだ。
『月面でソシャゲをする男』と報道されていたのは、まだ記憶に新しい。
そこでこの男が大当たりを出してしまったものだから、ミッドではいまだに『月面でガチャを回すと出る』というオカルトがまことしやかに語られている真っ最中だった。
月に行けるかどうかは別として。
「何が社会貢献ですか、マスター」
「占い師の何が社会貢献なんですかKさ……あれ?」
と、そこでツッコミを入れたスバルの声に、別の誰かのツッコミが混ざる。
スバルが声が聞こえて来た方を向くと、そこから一人の女性が歩いて来ていた。
女性はKの背後で立ち止まり、スバルはその女性を見るやいなや目を見開く。
その女性は、高町なのはと瓜二つの容姿をしていた。
「なのはさん? どうしてここに?」
ゆえに、スバルはその女性をなのはであると思い込んでしまう。
しかし"なのは"と呼ばれた瞬間、その女性は反射的に鋭い視線をスバルに向けて来た。
(え?)
その視線から感じられた感情は、"熱"。
怒りと表現していいのかも分からない、複数の感情が入り混じった熱い激情。
それでいて、波一つ立たない湖面を思わせる静かさもあった。
スバルは思わず姿勢を正し、その視線を真っ向から受け止めてしまう。
(……あ、わかった。これ、『静かな炎』なんだ……)
その女性は、とても静かだ。印象も、話し方も、雰囲気もそう。
静かなままに熱い。
そういう視点を得たスバルがじっくりと見てみれば、その女性は高町なのはと双子のように似ているものの、どこか何かが違って見えてきた。
スバルの中で"その女性"となのはが別人扱いになってきたのを察したのか、その女性は静かな微笑みを見せる。
「よく言われます。ですが私は、高町なのはではありませんよ」
「す、すみません。今のはちょっと失礼でした」
「いえいえ、お気になさらず。私の身内でさえそっくりと太鼓判を押すほどですから」
「……あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
女性はKに寄り添ったまま、微笑み名乗る。
「シュテル。シュテル・スタークスと申します」
スバルはシュテルと名乗った女性をじっくりと見て、高町なのはとの違いを探す。
(胸は、なのはさんより無いな……)
「言いたいことがあるのなら、面と向かってどうぞ」
「い、いえいえいえ! 言いたいことなんてとても!」
シュテルはなのはと比べると、少々控えめな体型をしていた。
その分スタイルが綺麗に見えて、美人な印象を受ける。
年齢はおそらく同年代で、身長もなのはより低そうだ。
全体的になのはより細身で小柄なため、容姿だけなら一見するとシュテルの方が可愛らしい。
ただ、愛想と愛嬌は間違いなくなのはの方があるために、全体としての可愛らしさならなのはの方に軍配が上がりそうだ。
「シュテル」
「……はい。申し訳ありませんでした、マスター」
スバルをちょっとビクビクさせていたシュテルを、Kが一言でたしなめた。
言葉少なでも通じ合っている男女を見ていると、スバルの恋愛に縁のない処女特有の妄想力――ちょっと親しい男女を脳内ですぐくっつける――が爆発してしまう。
(この二人……もしや……いや、よそう。私の勝手な推測で皆を混乱させたくない……)
シュテルとKの距離の近さは、年頃の女の子であるスバルに"もしやこの二人ただならぬ仲では"と、年齢相応の邪推をさせる。
だがそこで、スバルはふと思った。
占い師テーブルの向こうで"車椅子に座るK"と、その背後にピッタリと付いているシュテル。
(あれ、この人いつから車椅子に乗ってたんだっけ?)
三年くらい前だったかな、とスバルは思う。
そもそもこの青年はナカジマ家に顔を出すことが稀で、たまに家に来たと思えば、義腕を人型ロボに変形させたりしてスバル達を驚かせてばかり。車椅子よりインパクトのある想い出で殴りつけてくるタイプだ。
スバルの入学祝いに空飛ぶケーキを贈ってくるようなこの青年がいつから車椅子だったか、スバルはてんで記憶に無い、
「ではオレが、スバル・ナカジマの未来を占ってしんぜよう」
「あ、そのキャラ続けるんですね」
Kの手元で、宝石が光る。
"水晶球が見つからなかったから宝石で代用しよう"というものぐさな彼の性格がよく分かる。
"あ、この占いに使ってる宝石、噂に聞くレリックってやつだ"、とスバルは思った。
「お前は部隊配属後、ティアナ・ランスターという子が何かやらかさないか見守るだろう」
「Kさんの願望じゃないですか」
「俺の知り合いとか、出会った同僚とかとお前は仲良くなり、職場に馴染むだろう」
「Kさんの願望じゃないですか」
「そして機動六課にソシャゲ文化を持ち込み、大流行させるだろう」
「Kさんの願望じゃないですか!」
「そして、立派になったお前は、高町なのはの助けとなるだろう」
「……Kさんの願望じゃないですか、もう」
何しに来たんだこいつ、とスバルは最初思ったが、なんてことはない。ちょっと知り合いのことが心配だったのだろう。スバルはKの真意が分かると、苦笑して呆れの溜め息を吐いた。
そして意を決し、シュテルを見てから、シュテルではなくKに問いかける。
「で、ここだけの話、その人はなのはさんの何なんですか?」
気になったから聞く、そこはスバルらしい。
ただ、女性ではなくKの方に聞くという思慮は、ちょっとスバルらしくなかった。
Kが答えようとするが、シュテルがそれを手で制し、彼女が答える。
「その内分かりますよ。あなたは機動六課に所属するのでしょう」
「はい、そうですけど……どういうことですか?」
「いずれ分かります。そういう風になっているのです」
意味深で遠回しな言い回し。スバルは何も納得できなかったが、シュテル本人が語る気がないというのなら、ここは引き下がるしかないだろう。
「風の中のスバル」
「はい、なんでしょう? というか毎回思うんですが、そのあだ名もなんなんでしょう……」
「お前の上司、誰でもいいから伝えておいてくれ。
とりあえず状況にあわせて、それっぽく臨機応変に対応頼むな、って」
「? ええと、分かりました」
そう言うと、車椅子のKとシュテルが消える。
何を使って移動したのかも分からない。魔法を使ったのかも分からない。
スバルは不思議そうな顔をして、町を歩き始めた。
「なんなんだろう……うーん……」
そうして、彼女は。
十年以上前のミッドと比べると、空気も雰囲気も悪化した町を、人の合間を歩いて行く。
右を見ても、左を見ても、携帯端末で歩きながらソシャゲをしている者達ばかりだった。
地球であればありふれた光景。
それでもどこかうっすらと、"何かが終わっている感覚"を心に浮かばせる光景だった。
人の心から何かが失われた結果生まれる、そういう光景だった。
「そんなにいいものかなあ、ソーシャルゲームって」
現在のミッドチルダで一つ、問題になっていることがある。
それがソーシャルゲームを中心とした、スマホゲームの蔓延だった。
ここでは便宜上"スマホゲーム"と呼称するが、デバイスという多機能万能端末が普及したミッドチルダにおいては、スマートフォンの機能すら内包するデバイスでソシャゲをしている者もかなり多い。
地球よりも遥かに優れた技術のある世界を媒介に広がったソシャゲは、地球よりも遥かに深刻なソーシャルゲーム中毒者を量産していた。
例えば、VRMMO型ソーシャルゲーム。
例えば、魔法で現実の認識を変えて現実を舞台に繰り広げられるARRPG。
例えば、地球のレトロRPGなども参考にした、複数世界のゲームのいいところの寄せ集め系ソーシャルゲーム。
課金で金を集め、永遠にアップデート・要素追加・新規シナリオ実装を繰り返す、永久機関じみたソシャゲ型オンラインTRPGなども生み出された。
ミッドが地球より優れているのは、プレイ環境だけではない。
開発環境も文字通りに"次元違い"であった。
マルチタスクを使い複数人の開発者に相当する開発のエース、魔法技術を用いる開発室、幾多の次元世界でプレイできるという量子通信ソシャゲ、別世界のソシャゲとのコラボ……ミッドチルダのソーシャルゲームは、まさしく空前絶後のヒットを生み出していた。
(でもここまで夢中になってる人が多いのは、やっぱり教会の影響もあるのかな)
手元の空間投影ウィンドウに夢中になっている人達を眺めながら、スバルは道すがら見かけた『聖王教会』の前を通り過ぎる。
聖王教会とは、古代ベルカの時代に"世界を救った"と言われる偉大なる王・聖王オリヴィエを崇める宗教だ。
聖王と共に戦った王は他にも居たが、聖王は当時の臣民からの評価が最も高く、他の王よりも慕われており、特に戦後の慈悲深い政策が高く評価されていた。
そのため、世界を救った英雄という評価と合わさり『聖王オリヴィエ』という名前だけが独り歩きし、彼女だけが信仰対象となった、というわけだ。
厳密には聖王ではないオリヴィエが聖王と呼ばれているのも、時間の流れがどこかで情報を捻じ曲げてしまったせいだろう。
(聖王教会の教義だと、世界を救ったのは聖王、覇王、雷帝、そして……)
そして世界を救ったベルカの王の中には、教会の教義を知らない人間であっても知っているような、存在そのものがはっちゃけている王も居る。
(課金王)
古代ベルカ最大の反面教師にして、この世全ての課金厨が崇める王、課金王。
この時代において課金王は、実在が確認されている人物の中では、歴史上最も古い――つまり世界最古の課金王――課金厨であったと言われている。
多くの親御さんが我が子に"こういう人間になっちゃダメだよ"と教えるのに使われているだけでなく、課金ガチャを回す前に王に祈る者も少なくない。
腹を壊した時に神に祈る人と同数程度には、課金王に祈る者も居るということだ。
スバルは大昔の頭ロックンローラーな課金厨に思いを馳せ、Kという現代の頭ロックンローラー野郎に思いを馳せ、それの同類な人間が町に溢れている現状に頭を痛める。
(いつの時代も、Kさんみたいな人は生まれるんだなあ。人間ってすごい)
スバルには、仮想世界に熱中しすぎて現実を疎かにしてしまう……言い換えるなら、現実を一生懸命生きようとしていない人達の気持ちが、よく分からなかった。
『今日は専門家の○○さんにお越しいただいてます』
『どうも、○○です』
「ん?」
スバルが歩いて行く先のゴミ捨て場で、ラジオが動いている。
まだ動くようで、実際に持ち主が居ないまま番組を垂れ流しているが、古い型番のために捨てられてしまったのだろう。
六課に向かうスバルは足を止めずに、ラジオの前を通り過ぎて行った。
「なんだー、ラジオか。よし、気を取り直して、急いで行こう!」
『近年は人生の息抜きにソシャゲ……という人が多いそうですね、○○さん。
息抜きに本気になれるというのが、どうにも若い頃を思い出してしまいます。
私ときたら、最近は中々本気になれる息抜きというものもなくて……ははは』
『その息抜きのソシャゲとやらのために生活サイクルを変更する人間も居るそうですがね』
『そうなんですか? 本末転倒ですなあ』
スバルが去った後も、ラジオは人の声を流し続ける。
『そんなに面白いのでしょうか、ソーシャルゲームというのは』
『面白いのは確かでしょう。
面白いものは自然と支持され、金が回り、長続きします。
つまらないゲームは高評価でも終わります。
面白いゲームはどんなに叩かれようとも続くものです』
『成程』
『あのですね、根本的に普通のゲームの方が面白いんですよ。
でもそれがシェアで勝てないというのは、面白さ以外に問題があるということです』
『面白さ以外の問題?』
こういった内容は、テレビやラジオで頻繁に語られている。
『ソーシャルゲームが広がりにくい世界、広がりにくい社会というものがあるんですよ』
『それは初耳です、○○さん』
『まあつまり、ソシャゲが広がっているということは、その社会の構造に問題があるか……
あるいはソシャゲを規制する側に何か問題があるんでしょうな。私はそう確信しています』
『規制する側……ミッドなら、管理局ですね』
『管理局のソーシャルゲームに対する取り締まりの緩さは本当に酷いですよ。
あくまで民営であるソーシャルゲームに、国でもなんでもない管理局は手を入れにくい。
それは誰もが知っていることですが……ここまで取り締まりが緩いと、邪推もしたくなります』
『○○さん、邪推というのは、あの噂ですか?
ソシャゲ会社と管理局が癒着しているという、あの』
『陰謀論と笑い飛ばせたなら、良かったのですが』
だがこういった内容が頻繁に流れているという事実そのものが、今のミッドがどれだけ酷いことになっているのかを、雄弁に語っていた。
『とはいえ、管理局だけに全ての責を問うのは筋違いというものでしょう。
社会にも問題はあります。
先程、普通のゲームの方が基本的にソシャゲより面白いのだと言ったでしょう?
つまり、多くの人が腰を据えてテレビゲームを遊ぶ時間が取れない社会が悪いんですよ』
『なんと……』
『極論ですがね。"手軽なゲーム"に人気が流れるのは、そういうところにも原因があるかと』
専門家は、持論を語る。
常に正しいことを語るのが専門家ではない。
自分の考えていることを、何故そう考えたのか分かりやすく説明してこその専門家だ。
『私見ですが、ソシャゲの蔓延と少子化が同時に起こっている世界や国は危険かもしれません』
『と、言うと?』
『単純に家に帰れていない。
家でゆっくりできるだけの余裕がない。
疲れ果てた体で夜遅くに帰る。
どんな形であれ人と繋がる機会が減っている。
こういう人が増えているということですから』
『……言われてみれば、確かに』
『娯楽・休憩・息抜き。これらを携帯端末に依存する社会は、危険な方向に向かいますよ』
今この世界では、多くの人間が危機感を抱いていた。
このままではミッドはよくない方向に向かう、と、誰もが心の片隅で思っていた。
『課金までしている人は、ソーシャルゲームに何を求めているのでしょうか』
『人それぞれです。ですが私は、"達成感"を求めている人間が一番多いと思います』
『達成感?』
『戦いの果ての勝利、ガチャで得る仲間、他者の上に立つ栄光、ミッションの成功……』
人々は危機感を抱きながらも、せいぜい議論するのが限界で、何もできずに居た。
『達成感。つまり、"現実にないもの"ということですよ』
ミッドチルダはゆるやかに、アルハザードと同じ破滅の道を辿ろうとしていた。
そんな中、何も諦めていない者が居た。
「マスター、手を」
ミッドチルダのある場所、ある隠れ家の、ある撮影施設にて、シュテルがKに手を差し伸べる。
「いや、いい。ありがとう」
だがKはその手を丁重に断り、少ない魔力を全て身体強化に回して、車椅子から自分一人の力で立ち上がっていた。
シュテルは彼の無駄な意地と頑張りを見て、口の端を少し動かし、すぐに表情を戻す。そしてクールな顔を保ち、彼を見守り続けた。
「さて、始めるか」
撮影機材が動き、シュテルが関係各所に一報を入れる。
そしてシュテルの連絡に応じ、幾多の世界でKに付き従う人々が動き始めた。
撮影されたKの姿が、ミッド全域の特定のチャンネルで放映される。
彼が世界を変えるための第一手は、そうして放たれた。
フェイトは機動六課食堂にてうどんを食べていた。
Kがかつてフェイトにオススメし、今ではフェイトの好物でもある日本の美食だ。
彼女の注文で食堂メニューに追加されたそれを食べつつ、フェイトは昼過ぎに来る新人達に思いを馳せながら、バルディッシュが表示してくれるテレビ番組のチャンネルを切り替えていた。
そうしていると、フェイトは親友がテレビに映っているのを見つけた。
と、いうか、親友しか映っていない。
ここ十年くらい高町なのはと会おうともしていない課金厨の親友が、テレビ画面のど真ん中で何かを大仰に語っていた。
「あ、かっちゃんだ」
『―――時空管理局は、一部が腐っている!
ソーシャルゲームの腐敗を取り締まらず、腐敗するままにしている!
このままではいつの日か、ミッドのソーシャルゲーム界は滅びるだろう!
時空管理局にまで腐敗を残して! その未来だけは、絶対に避けなければならない!』
「ん?」
『時空管理局とソシャゲ界の癒着を明らかにし!
それを切り離し、両方の健全化を図る!
だがそれは、オレ達の組織が掲げる幾多の目標の内の一つでしかない!』
「……んんん?」
そしてフェイトの親友は、何年経っても変わらない男だった。
『今一度、繰り返そう!
オレ達はここに、"ソーシャルゲーム管理局"の設立を宣言する!
時空管理局に並び立つ存在、次元世界全てのソーシャルゲーム管理のための組織を!』
「ぶぁっふぉっ!?」
食べていたうどんを吹き出すフェイト。
吹き出されたうどんとその汁が、空中に白い五条大橋をかける。
「ソーシャルゲーム管理局って何!?」
『一定の年齢に達していない人間の課金制限と禁止、及び年齢詐称の禁止!
年齢制限以外にも特定の利用者への課金制限!
運営側による排出率の意図的操作の禁止!
絵合わせなど一部射幸心を煽りすぎるガチャ形態の禁止!
排出率を誤解させる画像や表記法の使用を禁止!
及びそれらが行われないよう、魔法技術による監視の実装!
現在行われていないリリース前のアプリ審査も行う!
回線トラブルサーバートラブルが起きないよう、事前審査と技術提供も行う!
その他、諸々!
各ソーシャルゲーム運営に課する制限・禁止・支援・補助の詳細は、HPの方を見て欲しい!』
「はやてーっ、はやてーッ!」
フェイトは吹き出したうどんを片付けてから、機動六課のヘッドこと、八神はやての部隊長室に向かう。
部隊長室のドアを開ければ、そこにはKの演説を見ているはやてとリインの姿があった。
『ソシャゲの未来を食い潰して金を稼いでいるこの現状を変える!
いくらなんでも無法地帯過ぎるこの現状を変える!
ソーシャルゲームは社会と共に末永く続き、人と共に歩んで行けるものでなければならない!』
「うーん、控え目に言ってもアホっぽいこと言っとるなあ……」
「はやて!」
『時空管理局が正しい対応をしないのであれば!
我々は外側から時空管理局を正すため、時空管理局にも立ち向かうだろう!』
「お、来たなーフェイトちゃん」
「よく来たな、フェイト。主はお前を待っていた」
「かっちゃんがまたバカなことやってる!」
『非人道的ガチャが氾濫するこの次元世界に、俺達が平和を取り戻す!』
「せやな。これちょっと笑ってもええ?」
「笑い話かもしれないけど! 私の方はちょっと笑えないかな!」
何せK、モロに管理局と敵対する意志を見せている。
流石にこれで犯罪者扱いということにはならないだろうが、それでも管理局所属の者達といつかぶつかるのは目に見えていた。
「そういえばここ最近、管理局で休職しとった人、辞職してた人、何人かおったなあ」
「え? はやて、まさか」
「……主。まさか、あちら側に居ると? それは流石に考え過ぎでは」
「せやろか? 私は、十二分にあると思うけどなあ。ティーダさんとか」
画面の中ではKがソーシャルゲーム管理局についての説明を続けている。
何を禁止し、何をサポートするのか、その辺りをきっちり説明するためのホームページまで作っていたようで、よく見ると画面片隅にURLが表記されていた。
全次元世界でアクセスできる、ソーシャルゲームアプリ配信用プラットフォームも既に完成しているようだ。
はやてが無駄に凝ったKのやり口に「ほー」と感心した声を上げたその瞬間、部隊長室に新しい人間が入って来る。
「……え?」
入って来たのは、高町なのは。
「え?」
なのはは部隊長室に入ると同時に、空間投影ディスプレイのテレビ画面を見る。
その時ちょうど、Kの補助のために動いたシュテルが画面に映った。
フェイトとはやてが反射的になのはの方を見て、なのはとシュテルの間で視線を往復させる。
そしてなのは当人は、Kとその側に居るシュテルの間で何度も視線を往復させていた。
なのはの内側に爆発的な感情が生まれる。
それは愛犬が別の人間に懐いているのを見てしまった時に抱く感情に近いものだった。
養っていたヒモが別の寄生先を見つけていたことを知ったダメンズの感情に近いものだった。
溺愛していた弟に彼女が出来た姉の感情に近いものだった。
「な、なのは?」
「あ……あうあう……」
「なのは!?」
「わ、私と同じ顔の子が……かっちゃん取っちゃった……きゅう……」
「なのはぁーっ!?」
そして、気絶。
十年近く会っていなかった大切な幼馴染が、自分とそっくりな人物を傍に置いてハッスルしているという現実は、なのはの純情ハートには強烈過ぎた。
倒れたなのはを抱えたフェイトまでオロオロし始め、右往左往し始める。
「あ、あわわ、そう、医務室! 医務室に運ばないと!」
「なーリイン。あれは偶然そういう顔の人なんかな?
それともなのはちゃんと同じ顔だからそばに置いとるんかな?
あるいはKさんの倒錯した性癖があの子を生み出したんか……こら面白くなってきたで……!」
「主……」
動じていないのははやてのみ。
リインですら多少は動揺しているこの現状で、はやては「そんな悪いことにはならないだろうしどう転んでも面白いものは見れる」くらいに軽く考えている。
そう考えるはやての思考の根底には、Kへの揺ぎない信頼があった。
かつて、シュトゥラの新人三騎士と呼ばれた者達。
今は、管理局最高評議会と呼ばれる者達。
次元世界を平定し、管理局というシステムを作り上げ、"脳髄だけになっても生き延びていた"三人は、Kの演説をテレビの画面越しに眺めていた。
「くだらん」
「クズを守る組織か」
彼らはKの顔を見ても、何も思わない。
もう何も思えない。
何も思い出せない。
擦り切れ、摩耗し、彼らは多くの想い出を失っている。
遠い昔、大切に思っていた人の顔すらも忘れてしまっている。
(ソーシャルゲーム関連は地上本部運営のためには貴重な収入だ。
とはいえ、時空管理局全体で見れば無くてもそこまで困るものでもない。
……が、癒着を認めることも、時空管理局が喧嘩を売られて何もしないというのも癪か)
"そんな事実はなかった"で押し切れれば、それが最善だ。
だがそのためには、ソーシャルゲーム管理局をまず潰さなければならない。
こんな新興の組織はいつでも潰せる……だなどと思う者も居るかもしれないが、そうは問屋が卸さない。Kの事前の根回しにより、ミッドの有力企業や多くの大規模次元世界が、ソーシャルゲーム管理局の理念に賛同するという反応を見せていた。
「この反応の速さと、異様な賛同率……」
「10年以上は準備していたのだろうな。気取られぬよう、慎重に、じっくりと」
「20にも満たぬ歳でよくやる。生涯の半分ではないか」
普通、これほどまでの賛同は来ない。
ソーシャルゲーム管理局なんて怪しげな組織にすぐさま賛同する企業・国家・世界など、存在するわけがないのだ。普通はまず様子見に動く。
つまり多くの世界が賛同しているこの現状は、Kの事前の根回し無しには成り立たないということだ。
19年の人生の内10年以上をソーシャルゲーム管理局の設立に使ったと考えると、Kのイカレ具合がよく見えてくる。
「潰せ、レジアス、管理局の名に傷を付けない程度にな」
「はっ」
「全く……クズから搾取し、普通に生きている者に還元する構図がようやく完成したというのに」
「この構図の素晴らしさを理解していないとすれば愚かなことだ。
構図を理解し、その上でこの構図を否定しているというのなら更に愚かだ」
「自制心の無い人間より、自らを律する善良な人間の方が価値があるというのにな」
三人、いや、今や三脳と呼ぶべき彼らは、ソーシャルゲームによる搾取に手を付けていた。
ソシャゲ運営が搾取し、管理局がそれを法的に認め、金を吸い上げる。
システムとしてはよく出来ているのだろうが、やり方としては外道の一言だ。
彼らは課金厨から金を吸い上げる。
吸い上げた金は、様々な形で善良に生きる市民に還元される。
彼らは守るべき一般市民に、勝手に格付けを済ませていた。
自制心のない人間と、真面目に生きている人間とに。
下等な人間は、上等な人間の贄となって当然とでも言いたげに。
善い人と悪い人を何百年も見続けた彼らの心は、次第に助けるべき人間と見捨てるべき人間を区別するようになり、人の価値を勝手に決めるようになってしまっていた。
かつての、ウーンズのように。
ウーンズのことなどもう覚えていない彼らは、それを自覚することもできない。
「ソーシャルゲームはもはや時空管理局の資金源の一つだ。
ならば、守らなければならない。そうだろう、レジアス?
地上の平和を守るため、地上の貴重な資金源を失いたくはないだろう……?」
「然り、然り」
「あの頃の金も人が足りなかった頃の地上には、戻したくないだろう?」
「……はい」
三脳は、自分達の手駒であるレジアス・ゲイズに対応を命じる。
レジアスに命じるだけでなく、別口からどこかの部隊にも対応を命じることだろう。
文字通りに"時空管理局の脳"である彼らは、ソーシャルゲーム管理局の存在を認める気などさらさらなかった。
「劣等な人間は、どう言い訳しようと、どう変わろうとしようと、底辺でしか無いと教えてやれ」
既に信念は過去の物。
彼らは夢を叶え、夢を現実の物とし、夢を穢しながら生き続けている夢の残骸。
夢を叶えてめでたしめでたし、で終われなかった……夢の終わりの向こう側に生きる屍だ。
「愚か者を否定し、その心胆まで踏み躙るのだ」
彼らの中にはもう、『優しさ』など残っていない。
かつて彼らの胸の中には確かにあったはずなのに、今はもうどこにもない。
「我らに逆らった者を、決して許すな。時空管理局の名に傷をつけないよう、上手く立ち回れ」
静かに頷くレジアスは、彼らの無慈悲さに何を思うのか。
彼の表情からは、それを読み取ることはできなかった。
Kは叫ぶ。
「人間の自由と平和のために戦うのが正義の味方であり!
法と世界のために戦うのが時空管理局なら!
俺達はソーシャルゲームの未来と自律のために戦おう! 時空管理局が相手であっても!」
世界は変わる。
それに伴い、人も変わっていくだろう。
歴史書に残る大動乱の時代は、こうして幕を開けた。
「俺達はソーシャルゲーム管理局! 文句がある奴はいつでも来い!」
そして、車椅子に座っていなければならない体で無理に立っているKを見守りながら、シュテル・スタークスはちょっとばかりハラハラしていた。
何かあったらすぐに支えよう、と常に身構えるシュテル。
だがその頭の片隅では常に、ミッドのどこかでこの放送を見ているであろう、高町なのはのことを考えていた。
時空管理局に訪れる危機 ※ただし危機をもたらすのは主人公
【地雷要素満載作品】
・原作にないオリジナル術式を使うオリ主
・オリ主が第二の管理局を作って時空管理局に喧嘩を売る
・世界規模の影響が発生しそうな革命をオリ主が起こす
・オリ主が原作の死亡キャラを助けて味方に付けている
・オリ主があまり深く考えて行動していない
これはとてつもない地雷作品ですね、間違いない……