課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回のあらすじ】

 とある世界にて忍者にあこがれる主人公・花菱烈火は、炎を生みだす不思議な力を持っていた。烈火はある日、治癒の力を持つ少女・佐古下柳と出会い、お互いの力を打ち明けたことで友人となる。烈火は柳を守ることを誓う。
 Kはロストロギアがまた暴発したことで、この世界にぼっちで送られ、それを眺めていた。

「炎術師とは運営を炎上させる者のことなのでは……?」

 Kブは訝しんだ。
 そしてトーナメント編で予想通りに運営を吹っ飛ばし、基本的に世界を運営するサイドの人間をぶっ飛ばしていく烈火を見て、Kは確信を強めていく。

「やはり炎上のプロですね、間違いない」

「バカなこと言ってないで帰りますよ」

 特に何をするでもなくKはシュテルに回収され、元の世界に帰るのであった。


課金すべき黄金の剣 2

 ティアナ・ランスターは、機動六課を構成するメンバーの中でも少々変わった過程を経て管理局入りした少女だ。

 それは、彼女の家族や知人が今どこに所属しているかを考えれば想像に難くない。

 彼女は時空管理局とソーシャルゲーム管理局を天秤にかけ、どちらにも入れたにも関わらず、時空管理局に入った者なのだ。

 

「いや、あたしは実質ゲーム会社なそっちの管理局に入るのはちょっと……」

 

「だろうなあ」

 

 もう何年も前のことだ。

 まだソーシャルゲーム管理局の存在が公になっていなかった頃の話。

 ティアナにソーシャルゲーム管理局のことを話したKは、彼女に拒否されることを予想していたようで、特に驚くことなく手の中でスマホを回す。

 

 真面目なティアナが時空管理局の方を選ぶのは分かりきっていたことだ。

 ダメ元で誘ったものの、期待はしていなかったのだろう。

 ティアナと対面しているKとティーダが揃って「分かってる分かってる」「真面目ないい子に育ったな」みたいな顔をしているのを見て、ティアナは無性にイラッと来た。

 

「今日聞いたことは聞かなかったことにしておくわ。

 そっちに都合の悪いことを時空管理局にリークする気はないから安心しなさい」

 

「ランスター家のティアナちゃんツンデレすぎない?」

「我が家の妹は可愛いからな。妹といえばツンデレですよ、リーダー」

 

「真面目に聞け男衆!」

 

 ばん、と机を叩いて声を荒げるティアナ。

 悪友の影響で生真面目な性格から時々はっちゃける性格になった兄も、兄の影響で自分を妹のように見るようになったKも、彼女を無性にイラッとさせるのだ。

 

「ともかく!

 私は管理局辞めてこんなとこに転職した兄さんみたいにはならないからね!

 昔兄さんが執務官になりたいって語ってた夢は、私の方で勝手に実現させてみせるから!」

 

 生真面目だった頃は執務官になるという目標を掲げていた兄のことを口にして、半ギレのティアナはビシっと指を突き付ける。

 分かりづらいが、彼女の言葉は"今でも兄を尊敬している"ということ、"何か理由があって管理局を辞めたのだということは分かってる"というメッセージ、そして"兄が捨てた夢は自分が代わりに叶えるから安心して欲しい"という宣言が言葉の裏に秘められている。

 ツンデレの台詞(デレ)を理解するには、古代語翻訳に匹敵する労力が必要であった。

 

 時空管理局に入る意志を固めた妹を見て、ティーダは苦笑する。

 

「ならいつか、どこかでぶつかるかもしれない」

 

「……?」

 

 その言葉の意味を、この時の会話から数ヶ月後の戦場で、ティアナは思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 過去の記憶を思い出しながら、ティアナは彼方より飛来する狙撃の魔力弾を撃ち落とす。

 十、二十と正確に撃ち落としていくが、威力と連射力に差がありすぎた。

 次第に捌ききれず、ティアナはティーダの姿を視認すらできないままに、兄の弾幕に押し込まれていってしまう。

 

(兄さんは、なんで時空管理局を辞めてあっちに付いたのか)

 

 ティアナが処理しきれなかった弾丸は仲間にも向かう。

 ゆえに、負けられない。

 ティアナは兄の考えに思いを馳せつつ、仲間だけには兄の弾丸を当てないよう、仲間に当たりそうな弾丸を優先して撃ち落としていく。

 

(決まってる。夢より大切な友達が出来たんだ)

 

 ティアナによる、一瞬ごとに行われる正確な判断と精緻な迎撃。

 だがそれでも、対処しきれない。

 ティーダ・ランスターは、射撃戦においてティアナの遥か上を行く優秀な射撃手だった。

 

 曲がる射撃が、近接戦に集中していたエリオの足を横から叩いて転ばせる。

 極超音速の軽量魔力弾が、スバルの鉄拳を横から叩いて妨害する。

 炸裂する魔力弾が強化魔法を飛ばそうとしたキャロの足元を吹っ飛ばし、援護を途切れさせる。

 ティーダの参戦により、戦いの流れは一気に傾きつつあった。

 

(兄さんは元から、夢より友達を優先する人だったけど……それでも、軽い決意じゃないはず)

 

 妹に銃口を向けてもなお、躊躇いも手加減も見せないティーダ。

 そこに、ティアナは兄の覚悟を見る。

 

 兄の思考をトレースしようと、ティアナは過去の記憶の中から、兄の記憶を想起する。

 ティーダは、信念を持って地上部隊に留まり続けた男だった。

 妹が安心して暮らせるように、妹が生きる町を自分の手で守ろうとした男だった。

 ソシャゲに汚染された町を見て、兄が悲しい顔をしていた記憶があった。

 ながらスマホによる死亡事故のニュースを見て、歯を食いしばる兄の記憶があった。

 

(兄さんには、変えたい何かも、あったのかもしれない)

 

 ティアナは必死に食らいつき続ける。心も体も、とっくの昔に限界を超えていた。

 撃ち落とし、撃ち落とし、撃ち落とし……彼女は成長に成長を重ね、戦いの中で成長していく。

 それでも、個人技の分野ではティーダに遠く及ばない。

 

「く、ぐっ……!」

 

 そしてこれは、集団戦だ。

 ティアナが指揮に集中できなくなれば、フォワード陣はチームとして格段に弱くなってしまう。

 瞬間的な判断に弱いキャロの指揮では、その穴を埋めることはできない。

 

 ティーダがティアナの動きを封じた上で他の仲間を撃てば、もうどうしようもない。

 今またエリオが撃たれ、前衛が三人の仮面女性VSスバルの構図となる。

 こうやって前衛にまで手を出されてしまえば、戦局は優劣定かなまま揺らがなくなってしまう。

 

 絶体絶命のピンチ。

 "ティアナがティーダに勝てないという"事実を基点にして発生した窮地。

 だがスバル・ナカジマは、親友(ティアナ)の危機に120%の力を発揮する人間だった。

 

「皆! 気合いで踏ん張ろう!」

 

 鋼の豪腕が唸りを上げる。

 ティアナはティーダに完封され、エリオとキャロも奇襲気味に撃たれてしまったこの状況。

 スバルは咆哮し、戦場の誰よりも大きな声を上げながら、信じられない奮闘を見せる。

 

「こっ、の……!」

「っ、とぅら!」

「……この人、手強いよ!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ほんの一分ほどであったが、スバルはなんと、碧銀仮面・漆黒仮面・虹色仮面三人を一人で押し留めてみせた。

 これはもはや、技量でどうにかなるものではない。

 心の強さで限界を超えねば、到底無理な芸当だ。

 

(スバル、あんた……!)

 

 その奮闘が、ティアナを初めとする仲間達の心にも火をつける。

 

「あうっ!?」

 

 流れを持っていかれることを恐れ、ティーダは姿を見せないままそこでスバルを狙撃。

 スバルの奮闘は途切れたが、スバルが一人で三人を押し留めた時間は無駄ではなく、崩壊寸前だったフォーメーションは完璧に修復されていた。

 

「スバルさん、呼吸を整えてください! その間、僕が前に出ます!」

 

「ありがとエリオ!」

 

「我が乞うは、疾風の翼。仲間達に駆け抜ける力を! ブーストアップ・アクセラレイション!」

 

 ティアナが撃ち漏らしたティーダの射撃を各々対処しながら、キャロは仲間の速度を強化。エリオがスバルと入れ替わるように前に出る。スバルは下がりながら射撃魔法で援護を始めた。

 そして、スバルは少し下がった視点から敵を見る。

 

(やっぱり、思った通りだ)

 

 仮面を付けた三人の女性をじっと見る。

 本来ならば考えるのはティアナの役目だが、今彼女は狙撃の迎撃で手一杯だ。

 ならばティアナの仲間が、その分考えなければならない。仲間とは支え合うものだ。

 

(この人達、一見私達よりも修練を積んだ大人の拳士に見える。

 でも何か、どこかが違う。そんな違和感が、ずっと拭えなかった)

 

 息を整え、スバルもまた前に出る。

 碧銀仮面と虹色仮面を同時に相手にして、二人同時に投げ飛ばしながら、スバルは思う。

 

(ちぐはぐなんだ、この人達は。

 五年や十年の鍛錬じゃ身に付けられない技を持ってる。

 でも幾つかの技がそうであるだけで、全ての技が高レベルなわけじゃない。

 駆け引きも弱くて、実戦経験豊富であるようにも見えない。

 変な話だけどこの人達、"自分の体をそこまで使い慣れてない"ようにも見える。

 そう、例えるなら……

 達人の技と経験を、戦闘経験の無い素人の大人の体に入れて、子供に使わせてるみたいな……)

 

 スバルはティアナのように、回転の早い頭は持ち合わせていない。

 だがその代わりに、直感的・感性的に物事を捉える能力に関してはティアナよりも高い。

 それゆえに、彼女の推察はほぼ正解と言っていいものであった。

 

 今スバル達と戦っている女性は、ヴィヴィオ・アインハルト・ジークリンデが、変身魔法で大人の姿になったものなのだ。

 大人なのは体だけで、中身は三人とも小学生女子である。

 

 彼女らは遺伝で手に入れた能力、あるいは技、あるいは経験を使い、ここまでスバル達と戦ってきた。

 が、それだけで勝てるほど戦いは甘くない。

 ここに居たのがクラウス・オリヴィエ・エレミアであったなら、ティーダの援護がなくとも30秒とかからずスバル達は全滅していただろう。

 アインハルト達は、まだ先祖やオリジナルが持つ技を自分のものにできていないのだ。

 

(もしかしたら。ティアが頑張ってくれてる間に、ここを崩せれば―――)

 

 そこに、か細い勝機があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なのははシュテルの攻撃を、高い火力と硬い防御を組み合わせ、最小限の動きでかわしていた。

 

「ルベライト」

 

「!? 炎の、拘束魔法……!」

 

 だがここに来て、迎撃と防御を捨てアクセルフィンでの高速飛行にシフトする。

 シュテルが数百のバインドをリング状にして展開し、それと同時に遠隔発生のバインドを連射してきたからだ。

 リング状のバインドは、大きな輪から小さな輪になり、なのはを捕らえようとする。

 捕まれば10分はまず解けないだろう。

 遠隔発生のバインドは手の平サイズの球状で、なのはの居る座標に突如出現し、なのはの体に当たれば動きを一瞬止めてしまうだろう。

 

 当たれば10分は動けなくなるバインドと、連射できて突如空間に湧いて来るバインド。

 二つの拘束魔法を織り交ぜる、えげつない魔法連携であった。

 

「とっ、とっ、とっ!」

 

 なのははそれを巧みに回避していく。

 その気になればソニックフォームのフェイトと高速戦闘で渡り合えるのが高町なのはだ。

 なのはは高速飛行を継続しつつ、バインドに捕まった瞬間に魔力を固形化してバインドをそこで止め、魔力分身にバインドが絡まっている隙に体を抜いて脱出する。

 

「やりますね……そういえば、マスターが言っていました。

 昔思いつきで変わり身の術を貴女に見せたことがあると。流石は幼馴染というべきか」

 

「こっちは必死だよ、シュテルほど余裕ないからね!」

 

 なのはは本当に粘り強い。

 十年以上もの間、幾多の悪や悲しみがなのはに戦いを挑んだが、誰一人として彼女には勝てなかった。その理由が分かるというものだ。

 

「シュテルと私は、戦い以外の決着を付けられるって、信じてるから!

 あなたの寂しさも悲しみも、戦い以外の方法でなくしてみせるって、決めてるから!」

 

「……!」

 

 悲しんでいる人間と戦う限り、なのはは負けない。なのはは折れない。なのはは諦めない。

 その涙を止め、涙を拭うために、彼女は食らいつき続ける。

 "私が悲しいのは高町なのはが原因だ"とシュテルに言われようと、"あなたを倒さなければ私は救われない"とシュテルに言われようと、なのはは自分の在り方を変えない。

 勝利がシュテルの心を満たしてはくれないことを、なのはは直感的に理解していた。

 

 対しシュテルは、なのはを超えてマスターの一番になることしか考えていない。

 オリジナルを超え、自己を証明することしか考えていない。

 

(私は)

 

 そんな思考が、シュテルにある日の記憶を想起させていた。

 

 

 

 

 

 この世界に誕生してから少し経った頃のシュテルは、今以上に淡々としていて、今とは比べ物にならないほどに無気力だった。

 言い換えるならば、人間らしさが薄かった。

 シュテルはマスターであるKに問う。

 

「私には存在意義がありません。ならば、生きている意味も無いのでは?」

 

 まだ少年だったKは困ったような顔をして、言葉を選ぶ。

 

「生きてる意味が無い奴なんて居るか、バカタレ。

 "死んだ方がマシ"並みにオレが口にしたくないフレーズだぞ、それ。

 かといって『生きてりゃいいことあるさ』とか言っても、お前は受け入れないだろうしなぁ」

 

「ならば、どうしますか? 私に見切りをつけ、私のオリジナルの下に帰りますか?」

 

「オレがお前に幸せを教えてやる、ってのはどうだ?」

 

「……え?」

 

 何故かその言葉に、シュテルは気恥ずかしさを覚えた。

 Kは幼い子供のように笑う。特に何か考えるでもなく、胸の内の言葉をそのまま口にしていく。

 

「この世界のことを何も知らないお前に、オレが教えてやる。

 世界は予想以上に楽しくて、想像以上に輝いていて、どんな空想以上に素敵なものなんだって」

 

「……ああ、そういうことですか」

 

 何故かシュテルは、Kの言葉の真意を知ってホッとする。

 そして、次第に暖かな気持ちになっていった。

 ソシャゲの中の世界も好きで、ソシャゲというものが存在するこの現実も好きな少年は、世間知らずな人間に"人生の楽しさ"を教えることが得意だった。

 彼はこの世で最も人生を楽しんでいる人間だったから、なおさらに。

 

「お前もその内、たくさん大切な人が出来る。

 好きなゲームもたくさん出来る。

 人生を楽しむコツだって自然に掴んでいくさ。

 仕事と娯楽を交互にやって、人付き合いして、ダラダラ生きて、歳を重ねて……

 その内思春期特有の"自分は何か"みたいな悩みは無くなってく。人間ってそういうもんだ」

 

「私は、正確には人間ではありません」

 

「お前が人間じゃなかったら、人間失格と言われる課金厨の立つ瀬がないぞ、はっはっは」

 

 Kは責任持って、シュテルに世界の楽しさを教えようとしていた。

 ソシャゲに勧誘しようともするが、まあその方が彼らしいだろう。

 シュテルは彼を通して世界の良さを知り、彼を通して楽しく生きる方法を知り、彼を通して友人や仲間と出会っていくことになる。

 

「そうですね、なら」

 

 シュテルは微笑む。

 普通の男が相手なら、その微笑みだけで心を奪えるような、そんな素敵な笑みで。

 

「私を幸せにしてみてください。

 貴方が私に幸せな人生をくれると、私は貴方を信じてみることにします」

 

 その言葉を口にすることが、妙に照れくさかったことを、シュテルは覚えていた。

 

 

 

 

 

 シュテルの意識が、現実に帰還する。

 彼女はほんの一瞬過去に想いを馳せていただけだ。だがその一瞬、過去に思いを馳せた分だけ、シュテルの攻勢から容赦の無さが目減りした。

 なのははそこで踏ん張り、頑張り、敗北濃厚だった状態を劣勢にまで押し返してみせる。

 拘束魔法の連打を抜けたなのはの砲撃が、シュテルの眼前まで迫って来ていた。

 

(私は)

 

 Kの目論見は成功した。

 シュテルは生きる意味を見つけ出し、生きることを楽しいと思えるようになった。

 だが、成功であると同時に失敗でもあった。

 彼とシュテルが共に過ごした十年の歳月は、彼と高町なのはの関係を基点として、シュテルの中に無視できない歪みを発生させてしまったのだ。

 

 なのはの砲撃を炎の障壁で焼き尽くし、シュテルは前に出る。

 なのはも示し合わせたように前に出た。

 両者の距離が、一瞬でゼロになる。

 

(そうだ、私は)

 

 魔力を込められ、ぶつかり合う二人の杖。

 杖と杖、魔力と魔力、想いと想いがぶつかり合ってせめぎ合う。

 なのはの目はどこまでもまっすぐで、シュテルの目には拭い去れない不安があった。

 二人の瞳が、同時に相手の瞳を覗き込む。

 

(だからこの人にだけは、高町なのはにだけは、私は、負けられない……負けたくない……!)

 

 両者共に一歩も譲らず、二人の魔力が混ざり合って、二人を巻き込む大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィヴィオ達に「撤退しろ」と指示を出し、ティーダはビルの上からティアナ達を見下ろす。

 彼はティアナと同じ、幻術を得意とするガンナーだ。

 だが妹とは各技能の完成度が違う。射撃一つで新人達を圧倒したことからも、幻術を併用し結局一度も自分の姿を発見させなかったことからも、その技量は伺える。

 

 姿を見せず、会話も攻防も行わず、敵を一方的に攻め立てる。

 そういう意味でティーダはガンナーの完成形の一つと言って差し支えなかった。

 そして彼は能力が高いだけでなく、引き際も弁えている男である。

 

「我が妹ながら天晴。新人なのに、最後まで保たせてみせるとは」

 

 彼が見下ろす先では、ティーダの放った弾丸の九割以上を撃ち落としたティアナが、肩を大きく上下させながら銃を構えている。

 ティアナが居なければ、狙撃地点を変えながらティーダが狙撃していくだけで、新人はあっさりと全滅していたかもしれない。

 兄をよく理解している妹が迎撃したからこそ、この戦闘はこういう結果に終わったのだ。

 

「……いい友達を持ったみたいだね、ティアナ。

 君の危機に踏ん張った彼女の奮闘だけが、予想外だった」

 

 加え、スバルの奮闘が予想以上だった。

 ティーダがいくら崩そうと策を弄しても、気合で三対一もどうにかしてくるようなスバルが厄介過ぎて、どうにも崩しきれなかったようだ。

 ティアナとスバル。このコンビはティーダの予想以上に、相乗効果を生んでいたらしい。

 

「そう、その通りだ。

 途中から君達は気付いてたようだけど、そこが弱点だ。

 幼いあの子達は、肉体的にも精神的にも十分なスタミナが身に付いていない」

 

 そうやって粘られている内に、年少組の肉体的・精神的限界が来てしまった。

 ジークリンデ12歳、アインハルト9歳、ヴィヴィオの年齢それ以下という事実を鑑みれば、それも当然の結末だろう。

 毎日なのはにしごかれていたスバル達のスタミナが少女らを上回り、勝利に繋がったようだ。

 お守役のティーダが大事になる前に撤退を選んだのも、むべなるかな。

 

「ヴィヴィオちゃん達に傷一つでも付けたら、リーダーに怒られそうだしね……

 ここは撤退させてもらおう。リーダーはティアナの成長を喜んでくれるかもしれないけど」

 

 ティーダは撤退して来たヴィヴィオ達を確認し、ティアナ達が追撃して来ないことを再三確認してから、戦場離脱の準備を始める。

 

「……ティアナの成長より、クイントさんと戦ったスバルちゃんの成長が著しいんだがなあ」

 

 今回ティーダに特に評価されたのは、戦いの中で成長していったティアナ。

 そして前回のクイント戦を糧に、最も大きな成長を見せたスバルであった。

 

 

 

 

 

 敵が撤退したのを確認し、ティアナ達も一旦狙撃が通らない森の中に隠れてから一息つく。

 前回のクイント戦のような、疲れ果てる前にやられてしまった敗戦ではない。

 四人全員が死力を尽くして抗い、掴み取った辛勝であった。

 

 これでソーシャルゲーム管理局の人間を捕縛できていたら完璧だったのだが、新人にそこまで求めるのは酷というものだろう。

 

「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー……」

 

 息を切らしたエリオが倒れ、転がるように仰向けになる。

 後衛のキャロとティアナ、足にローラーが付いているスバルと違い、四人の中で最も走るポジションであったエリオの疲労は途方も無いものであった。

 このまま死んでしまいそうなくらいに疲れきっている。

 

「な、なんとか乗り切った……」

 

「で、ですね……」

 

 同じく前衛だったスバル、前には出ていなかったが死ぬ気で動いていたキャロも、尻餅をつくように座り込んでいた。

 

「げほっ、げほっ、げほっ、げほっ」

 

 ティアナに至っては、格別負担が大きかったせいかむせて呼吸もできていない。

 安心した途端に交感神経と副交感神経のバランスが崩れ、それに加え急激に呼吸しようとしたことで気管支に少し悪い影響が出てしまったのだろう。

 キャロの回復魔法も使い、四人はとにかく休息に努める。

 数分後、多少なりと回復したティアナは立ち上がり、皆に声をかける。

 

「……ぐ、よ、よし。ちょっとはマシになったわよね、皆?

 疲れてるのは分かるけど、急いでフェイトさんの応援に行くわよ!」

 

「大丈夫、ティア?」

 

「今の私達の疲弊度合いじゃ足手まといになる可能性もある。

 そこはちゃんと分かってるわ。状況を見て、適宜動きましょう」

 

「分かった。よしっ! 行こう!」

 

 スバルがキャロを背負い、ローラーを走らせる。

 エリオとティアナもそれに続いた。

 彼女らはどこぞへと飛んだ支部を追うフェイトを更に追い、同時に心のどこかで"もう一戦ありそうだ"という予感を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェイトの戦意は、完全に萎えていた。

 母に杖を向けてまで達成したい目的など、フェイトにはない。

 戦えるわけがないのだ。

 フェイト・テスタロッサが愛の深い女性であるからこそ、なおさらに。

 

「大人しく寝ていなさい」

 

「……母さん」

 

 プレシアの放った雷撃が、フェイトに迫る。

 雷に高い耐性を持つフェイトのバリアジャケットでも耐えられないであろう一撃。

 殺傷ではなく、気絶を目的とした攻撃。

 それを迎撃も防御もしないことからも、フェイトの精神状態は伺える。

 

(私に、母さんは傷付けられない)

 

 抗う気など無い。

 戦う気など無い。

 争う気など無い。

 

(なのに)

 

 ―――ならば何故、フェイトは母が与えようとしている敗北を拒絶し、プレシアの攻撃を避けようと動いたのだろうか。

 

(……私……どうして……?)

 

 空中で身を翻したフェイトが、プレシアの雷撃をかわす。

 意志に反してフェイトの体は自然と動き、プレシアの雷撃は一発も当たらない。

 母の雷撃を自分が回避していることに、フェイト自身が一番驚いていた。

 戦意はないのに、回避を続けるフェイト。

 プレシアは娘の矛盾を見ても何ら驚かず、数分に渡って娘に攻撃を仕掛け続ける。

 

「あら、このまま落ちるのは嫌? 私と戦ってでも? その判断は正しいわ、フェイト」

 

「違、私は……」

 

「違わないわ」

 

 雷光にも迫る速度のフェイトが飛翔し、その髪にプレシアの雷光がかする。

 ジグザグに飛び回るフェイトと直線の雷撃を連射するプレシアは、自然と戦いながら語り合う形になっていた。

 

「前のあなたなら、戦意がなければ私の折檻だろうと攻撃だろうと受け入れていた。

 私が間違っていて、そこに正しさが無かったとしても。

 あなたは自分の体が傷付くことより、好きな人の気分を害することを恐れる子だった。

 だとしたら、あなたが攻撃を避ける理由は想像に難くない。フェイト、あなたは」

 

 フェイトには自分が攻撃を避けている理由が分からない。

 母の意に沿わない邪魔をしてまで、攻撃を回避している自分のことが分からない。

 そんな娘のことを、母はよく理解していた。

 

「ここで容易に負けてしまうことで、誰かの信頼を裏切りたくないのでしょう」

 

「―――」

 

 ゆえに、"その理由"を、一言で娘に教えることができる。

 

(そうだ)

 

 母に依存し、母だけを見ていた娘が母に逆らう姿勢を見せ始めた理由。

 それは、母以外に大切なものが出来たということに他ならない。

 ここで母に落とされてしまうことで、裏切ってしまうものがフェイトにはある。

 

(私には、裏切れない……裏切りたくない信頼がある)

 

 はやては信じてフェイト達を送り出した。

 なのはは信じてシュテルの足止めに回った。

 新人達は信じてフェイトを先に行かせた。

 "フェイト・テスタロッサなら"という信頼が、そこにあった。

 

 子供の頃、母が世界のほとんど全部だった頃とは違う、

 今のフェイトの世界には、もっとたくさんの人が居る。

 

 子供の頃、母が何より誰より大切だった頃とは違う。

 今のフェイトには、優劣がつけられないくらい大切な人達が、両手の指で数えられないくらいにたくさん居る。

 

 子供の頃は寂しかった。

 今のフェイトは、寂しいだなんて滅多に思わない。

 

 子供の頃、フェイトを信じていたのはアルフ一人だけだった。

 けれども今のフェイトを信じるものなら、両手両足の指を使っても数えきれないくらいに居る。

 

 昔は昔で、今は今。

 十年前のフェイトと、今のフェイトは違う。

 十年前の彼女ならば、プレシアに杖を向けようだなんて絶対に思うことはなかっただろう。

 

「母さん」

 

 だが、十年の月日は、フェイトに『母と同じくらい大切なもの』をいくつも与えていた。

 かけがえのない親友。

 支え合う仲間。

 導くべき子どもたち、

 居心地の良い居場所。

 

 "一人の大切な人"だけを見ていると、愛ゆえにこじらせてしまうのがテスタロッサの血筋だ。

 それに囚われなくなって初めて、彼女らの美点は見えてくる。

 

 母よりも大切な人など、一人も居ない。

 けれど同じくらいに大切な人なら、何人も居た。

 フェイトの心の天秤が傾く。

 たくさんの"大切なもの"がプレシアの反対側に乗り、天秤を傾ける。

 

――――

 

「信頼には価値がある。

 その価値は他人に信じられてから、それを裏切らなかった日々の長さで決まるんだ。

 約束を破る人は信頼されないし、よく負ける人は勝利を信じてもらえないだろう?」

 

「フェイト、信頼を安売りするな。

 人を信じることはそれだけで価値のあることだ。だけど、信頼の安売りに価値はない」

 

――――

 

 今なら分かる。あの時『彼』に言われた言葉の、本当の意味が。

 

 仲間と友から信頼され、その信頼を理由に心奮い立たせている今のフェイトには、よく分かる。

 

(……まったく)

 

 俯いていた顔が上がる。

 ようやく母と目を合わせたフェイトは、母に強い意志が秘められた己の瞳を見せつけた。

 

(アリシアと違って、手のかかる子ね)

 

「あなたの娘としてではなく!

 管理局執務官、フェイト・テスタロッサとして! お話を聞かせてもらいます!」

 

 親離れできていなかった子が親離れしていく光景を見て、プレシアは少しだけ嬉しく、少しだけ寂しく思う。

 

「いいわ、来なさい。これが私があなたに贈る、最後の教育よ」

 

「行きます!」

 

 フェイトは今、本当の意味で『母』を卒業し、独り立ちしたのだ。

 

「ハーケンセイバーッ!」

 

《 Haken Saber 》

 

 フェイトは母に杖を向け、振るう。

 杖を鎌として成り立たせていた雷の刃が飛び、プレシアに迫る。

 プレシアは挑発的な笑みを浮かべながら、雷の砲撃でそれを真正面から叩き潰した。

 

《 Plasma Smasher 》

 

 プレシアの手元のデバイスが淡々と喋り、プレシアは異常な速さで二射目の砲撃を放った。

 

(なのはとの模擬戦で学んだ、砲撃への対処法)

 

 フェイトはそれを、的確な動きで回避する。

 受けるのではなく回避し、砲撃という大技が生む隙を突く。

 そう考えて射撃スフィアを展開したフェイトだが、プレシアはフェイトの飛行機動を読み切っていたようだ。フェイトの周囲に、事前に設置されたバインドが姿を表した。

 

(クロノとの模擬戦で学んだ、バインドへの対処法)

 

 隙間の無い理想的なバインド包囲網。

 フェイトは展開した射撃スフィアをバインドの破壊に回し、バルディッシュから生やした光刃でバインドを斬り、空いた隙間に体を滑り込ませる。

 そうしてバインドの包囲網を抜け、フェイトはお返しとばかりに砲撃魔法を母に放った。

 

《 Plasma Smasher 》

 

 フェイトの砲撃は、ニアSランクの魔導師さえも直撃すれば落とせる威力があった。

 プレシアはそれを余裕綽々に防ぎ、次の一手を打とうとする。

 だが。

 瞬間的な判断速度なら、研究が本職のプレシアより、日々訓練と戦闘を繰り返しているフェイトの方が、少しばかり早い。

 

(ユーノとの模擬戦で学んだ、硬い防御の崩し方)

 

「あら、これは……」

 

「ハーケンスラッシュ!」

 

《 Haken Slash 》

 

 フェイトは砲撃を囮にし、一気にトップスピードに移行しプレシアの背後に回り込んでいた。

 回避行動も取れず、事前に決めていたルートでしか飛べないような超高速であったが、フェイトはリスクと引き換えにプレシアの死角を取る。

 そして、バリア貫通効果のある斬撃で斬りつけた。

 

(シグナムとの模擬戦で学んだ、対人に特化した近接戦闘)

 

「……む」

 

 プレシアも最初はフェイトの斬撃を杖でさばいていたが、次第に押され始める。

 寄る年波には勝てないのか、近接戦闘技能に至っては明確にフェイトの方が上だった。

 プレシアはロードするだけでプログラムを走らせるプログラムカートリッジを使用、短距離転移でフェイトから距離を取る。

 その後退は、近接戦が続けばフェイトが勝利していたということを、如実に証明していた。

 

(そして、かっちゃんが教えてくれた、後悔しないように生きていく生き方!)

 

 フェイトは己の全部を母に見せる。

 己の全てで母にぶつかっていく。

 それはまるで、母にありのままの『自分』を認めてもらいたいかのようだった。

 

(母さんに、見せるんだ! 今の私の全てを―――私が過ごした、この十年を!)

 

 母に"もう自分は一人でも大丈夫だ"と、伝える言葉のようだった。

 

 そんなフェイトを見て、プレシアもまた己の全てでぶつかっていく。

 娘を見る母の瞳には、隠し切れない慈しみの光があった。

 

「やるわね。私も……本気を出しましょうか」

 

「!」

 

 その慈しみの光が、研究者らしからぬ闘志に塗り潰される。

 プレシアはここに来て、容赦と手加減を投げ捨てた。

 フェイトはプレシアの攻勢を避けながら、先程までのように戦えなくなったことを感じ取る。

 ここから一切、母は娘を近付けさせなかった。

 反射速度勝負に持ち込ませず、思考速度の勝負に持ち込む。

 近接戦に持ち込ませず、遠距離戦に持ち込む。

 プレシアはフェイトの速度に惑わされることなく、自分に有利な距離を徹底して維持していた。

 

「フェイト! 未熟な身で思い上がっているのなら、私がそれを打ち砕いてあげるわ!」

 

「くっ!」

 

 プレシアの魔法一つとっても、学ぶことは多い。

 戦い方も、思考の仕方も、魔法の組み立て方も、全てがフェイトの教材だった。

 見よう見まねで真似するだけでも、フェイトの技量はじわりじわりと上がっていく。

 フェイトの魔法は基本的にプレシアと同じ魔法を使っているがために、プレシアのいいところを真似するだけで、フェイトは自己を改善できるのだ。

 

 戦いを通し、教え、育てる。

 それはまごうことなく教育だった。

 なのはが新人に対し行っている教導と、どこかが似ていた。

 教え、導くという点で、どこか何かが似ているものだった。

 

「そんな魔法の使い方で執務官とは、笑わせるわね! その魔法はこう使うのよ!」

 

「っ、はい!」

 

 母から厳しい言葉を浴びせかけられ、人知れず泣いたあの頃のフェイトは、もう居ない。

 プレシアの厳しい言葉、厳しい魔法を受け、それでもフェイトは立ち向かい続ける。

 

 かつてあった、娘を傷付けるための母の厳しさはもうどこにもない。

 今は、娘を成長させるための母の厳しさだけがここにある。

 かつてあった、母の厳しさに耐えるだけだった娘の弱さはもうどこにもない。

 今は、母の厳しさを受け止め成長しようとする娘の強さだけがここにある。

 

(不思議な気分ね。二人の娘の、それぞれ違う成長を目にするというものは)

 

 プレシアは苛烈な表情と言葉を表に出しながら、心の中娘に微笑みかける。

 アリシアは天真爛漫、別の言い方をすれば図太い少女だった。

 フェイトは優しく、別の言い方をすれば繊細な少女だった。

 母は二人の娘が独り立ちできるよう導き、同時に娘達の成長を喜び、あの日課金少年が起こした奇跡の価値を噛み締める。

 

(それを嬉しく思うのは……

 きっと、あなたが私の娘だからではなく……私があなたの母だから、なのでしょうね)

 

 娘の成長は、母の心を確かに震わせていた。

 が、感情に飲まれるとやりすぎ・やりすぎじゃないの境界があやふやになってしまうのがテスタロッサの家系の特徴だ。

 プレシアは娘と全身全霊でぶつかり合い、自分の全てを教えることを重視するあまり、適度なところで加減して負けるということを軽視していた。する気がなかった、と言い換えてもいい。

 

 必然的に、フェイトはプレシアに追い込まれてしまう。

 フェイトは機動六課に所属するにあたってリミッターをかけられており、六課が地上の後押しを受けているのもあって多少は緩められてはいるものの、弱体化の憂き目にあっていた。

 その状態で、全身全霊でぶつかって来るプレシアに抗いきれるわけもなく。

 

(―――ダメ―――やっぱり―――押し切られ―――!)

 

 とうとう、フェイトはプレシアのバインドに捕まってしまう。

 バインドの命中に合わせて発射された母の砲撃が、娘に迫る。

 フェイトは敗北の可能性をその身で感じながら、歯を食いしばって耐えようとし――

 

「蒼穹を走る白き閃光。我が翼となり、天を駆けよ。来よ、我が竜フリードリヒ。竜魂召喚!」

 

 ――その声を、耳にし――

 

「ストラーダッ!」

 

《 Sonic Move 》

 

 ――誰かの腕が体に触れる感覚に、自分が助けられたことを知った。

 

 キャロはフェイトの危機に覚醒した。

 「あの人を助けなければならない」と。

 エリオはフェイトの危機に奮起した。

 「あの人を助けなければならない」と。

 

 疲労の極みにあった幼い少年少女は、自分を助けてくれたフェイトのために限界を超えた。

 キャロはフリードを巨大化させ、エリオを乗せて飛翔。エリオは全魔力を移動魔法に注ぎ込み、フリードという加速器(射出機)の上から跳躍、フェイトを救出せしめたのだ。

 だがフェイトを捕らえていたバインドを斬り、それと同時にフェイトを抱きかかえて移動するという芸当は流石に難しかったようで、フェイトを助けたと同時に魔法がぷつりと切れてしまう。

 

「エリオ、どうしてこんな無茶を……!」

 

「……他人行儀なこと、言わないでください」

 

「そうです!」

 

 エリオを抱えて後方に下がったフェイトに、フリードに乗ったキャロが近寄って来る。

 プレシアにとっては絶好の攻撃チャンスだったが、その攻撃チャンスはスバルとティアナの射撃魔法が潰していた。フェイトは、自分が一人ではないことを実感していく。

 

「僕もキャロも、あなたに助けられた人間です!」

 

「助けられた分助けたいって思うのは、そんなに変なことですか!?」

 

「―――」

 

 エリオとキャロが叫び、フェイトが息を呑む。

 

「……ううん。何も、変なことじゃないよ」

 

 嬉しかった。とても嬉しかった。言葉に出来ないくらい、嬉しかった。

 フェイトの心が震える。

 フェイトはまだ19歳だが、エリオとキャロの行動は強烈に、彼女の中の母心を刺激していた。

 娘の心情を察したのか、プレシアは諭すような口調で語りかける。

 

「フェイト、これで身に沁みて分かったでしょう。

 あなたはもう、親に手を引かれなければ歩いていけない子供ではないわ」

 

 ミッドと地球の言語は違う。

 されど地球において、プレシアという単語はスペイン語で『かけがえのない大切なもの』という意味を持つ。

 プレシアにとってのかけがえのない大切なもの、それが―――『娘』以外に、あるものか。

 

「既にあなたは、子供の手を引き導く大人になったのよ」

 

「―――母、さん」

 

 その言葉に、フェイトがどれほどの感動を覚えたことか。

 フェイト自身でなければ、知ることはできないだろう。

 涙をこらえているフェイトだけが、その感動を噛み締める権利を持っている。

 

「……さて、私はそろそろ御暇しましょうか」

 

「逃しません。プレシア・テスタロッサ、私は、あなたを―――」

 

「いいや、逃させて貰うよ!」

 

「!?」

 

 プレシアが撤退の意志を見せ、気を取り直したフェイトが杖を母に向ける。

 だが、真面目な話もここまでだった。

 話をぶった切る存在が、戦場に現れる。

 

 それは、空飛ぶ雲に乗ったアリシア・テスタロッサであった。

 

「き、筋斗雲……!? またかっちゃん何か引いて、頓着なく友達にあげて―――!?」

 

 プレシアはアリシアに掴まり、アリシアは雲に乗って飛翔する。

 

 その瞬間のアリシアは、控えめに言って超楽しそうであった。

 

「アリシア!? あなたもまさか!?」

 

「颯爽登場! 母さん、支部の移動完了したよ!」

 

「念話でさっき伝えてきたでしょうに。二度手間じゃないの……」

 

「こーゆーのは直接口で伝えるから楽しいんだよ!」

 

 一見バカだが、やることはやっているというのが実に抜け目ない。

 シュテル、仮面の三人、ティーダ、プレシアが時空管理局の足止めをやっている間に、アリシアは海底に沈めておいた支部を補足不可能な位置にまで移動させていたようだ。

 海水に魔法をかけ、魔力探知を誤魔化すクッションにでもしたのだろう。

 プレシアが突然撤退の意志を見せたのも、アリシアからの念話を受け取ったからか。

 フェイトはその事実に気付き、臍を噛む。

 

(やられた、時間をかけすぎた……!)

 

 アリシアに魔法の才能はない。魔力量もEクラス相当だ。

 課金抜きのKが最大限に鍛錬して魔導師ランクD程度で頭打ちになることを考えれば、真っ当な魔導師にはまずなれないと言っていい。

 だが、その分頭が良かった。

 プレシアの研究者としての頭脳を受け継いだアリシアにとって、支部の機能を使って小細工を弄することなど、余裕のよっちゃんである。

 

 アリシアと縁深いキャロとフェイトは、声を張り上げた。

 

「ど、どういうつもりなんですかアリシアさん!?」

「そうだよ、アリシア!」

 

 現在目に見えている問題は一点。アリシアが頭のいい馬鹿であるという一点に尽きる。

 

「決まってるでしょ、フェイト、キャロちゃん!」

 

 アリシアは悪い友人から、刹那的に享楽的に生きるスタイルを学んでしまったのだ。

 

「私は気分よく楽しめそうな方に付くんだよ!」

 

「アリシアぁ!?」

「アリシアさん!?」

 

 泣く人が減りそうな方につく。

 面倒くさい仕事が少なさそうな方につく。

 笑って生きていけそうな方につく。

 楽しんでやっていけそうな方につく。

 

 そういうスタイルのアリシアが、ソーシャルゲーム管理局の方につくのは当然で。

 

「あばよ、我が妹よ!」

「さようなら、フェイト。季節の変わり目にお腹を出して寝てはダメよ」

 

「待って! 二人共待って! 色々待って!」

 

 実はフェイトは、アリシアが時空管理局を辞めていたことは知っていたのだ。

 そして先日ソーシャルゲーム管理局が次元世界に名を知らしめた時、アリシアが時空管理局を辞めたことを思い出したフェイトは、ずっと嫌な予感を抱いていた。

 そしてその予感は、見事的中。

 非魔導師のアリシアが最後の決め手となる異様な展開、魔力じゃないミラクルパワーで飛ぶ雲に乗ってアリシアが飛んでいるという異様な光景。もはや笑えてくるレベルだ。

 

 そして、二人は雲に乗って飛んで行った。

 

「くっ、皆はここで待ってて!」

 

「あ、フェイトさん!?」

 

 フェイトがそれを追う。

 新人達は高速で空を飛び続けるすべを持たないため、置いて行かざるを得ない。

 必死に母と姉の後を追い、けれどもフェイトは、雲のスピードに驚愕していた。

 

(速い!)

 

 スタートダッシュで差をつけられたとはいえ、フェイトがリミッターの影響で鈍足化しているとはいえ、中々距離が縮まらない。

 プレシア(ハハロット)が雲に乗れていないものの、アリシアにしがみつくことでその問題点も解決されており、問題なく飛べているようだ。

 じりじり距離を詰めていくフェイトだが、彼女は母と姉が山間部に到達した数秒後、目を見開いてその場で静止する。

 

 山間部でアリシアとプレシアに"水色の何か"が触れたと思った次の瞬間に、アリシア達と不思議な雲が"地面の中に"消えて行ってしまったからだ。

 

「……!? 人が、『地面に沈んだ』!?」

 

 フェイトはすぐに近寄り、地面を手で触る。何もおかしなところはない。

 魔力探査も行う。何もおかしなところはない。

 導き出された結論は、『地面自体は何も変質していない』という、普通すぎるがために異常なものだった。

 地面に人が潜って行ったのに、地面に何もおかしなところがないわけがない。

 だが現実に、地面には何の異常も見られていない。

 

 フェイトはこれ以上の追跡が不可能であると判断し、眉間を揉んだ。

 

(……収穫は、ソーシャルゲーム管理局の構成員の情報だけか)

 

 ソーシャルゲーム管理局に手札を多く切らせた事実はあるが、それでも決定的なものは掴めなかった。

 「かっちゃんと話したい」と思っているフェイトからすれば、掴めそうだった手がかりがするりと手の中から抜けて行ってしまった気分だろう。

 徒労感を感じつつ、けれど先程の戦いで得た確かな充足感も感じつつ、フェイトはティアナ達と合流する。

 

「あ、フェイトさん」

 

「ティアナ、情報のすり合わせやっておこうか」

 

「そうですね」

 

 なのはの方から「こっちも終わったよ」と念話が来て、フェイトは戦いの終わりを認識する。

 そして、彼女らは情報の共有を始めた。

 客観的なものから主観的なものまで、まんべんなく。

 

「―――」

 

「―――」

 

 話している内に、フェイトはティアナの情報のまとめ方が執務官向きであると思ったが、今はそういうことを話す時ではないため、そっと胸の内にしまい込む。

 あれこれと話している内、ティアナはふと何かを思い出したという体で、戦いの中で気付いた事柄をフェイトに伝えた。

 

「そういえばフェイトさん、私気になったことがあるんです」

 

「何?」

 

「敵の内一人、虹色仮面と名乗っていた女性が、虹色の魔力を使っていたんですよ」

 

「? 虹色の魔力? それは確かに珍しいね、聞いたことないや」

 

 フェイトは『珍しい』という感想しか抱かない。

 だがティアナは過去に、兄が持っていた古代ベルカに関する書籍を読んだことがあった。

 兄が無限書庫から本を借りてくるということが珍しくて、好奇心でその本を読み、内容をぼんやりとだが覚えていたのだ。

 ゆえに、ティアナには『虹色の魔力』が意味する事実が理解できる。

 

「なので、聖王教会の、できればそれなりに偉い人に話を通したいんですが、ツテあります?」

 

 抜け目の無い人間は、ここにも一人居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュテルはマスターからの撤退命令を受け取る。

 どうやら支部は逃げ切れて、足止め要員も全員帰還したらしい。

 ボロボロのなのはを見下ろしながら、無傷のシュテルは溜め息を吐いた。

 

「……また勝負は、お預けですね」

 

「そうだね」

 

 だがなのははボロボロであっても、前回の戦いより幾分余裕があるようだ。

 息もそれほど切れていない。体力・気力、共にまだ尽きてはいない。

 前回の戦いより、戦いの時間が短かったからか。

 なのはがシュテルの戦い方を研究し、対策を立ててから今日の戦いに挑んだからか。

 あるいは、シュテルが前回ほど苛烈になのはを攻めなかったからか。

 理由は多々あるだろうが、前回と違い敗北寸前まで追い込まれなかったことに変わりはない。

 

 一方的な戦闘になるほどの実力差があることにも、変わりはないのだが。

 

「高町なのは。貴女の粘り強さには、本当に―――」

 

「なのは」

 

「?」

 

 そして、高町なのはの心の在り方にも変わりがない。

 

「名前で呼んで? 友達は皆、私のことを名前で呼んでくれるんだ」

 

「私がいつ貴女の友達になりましたか?」

 

「いつかは友達になれるって、私は信じてる」

 

 シュテルは無感情な顔で、目をパチクリさせる。

 そしてはぁ、と溜息一つ。

 名前を呼ばなければ、彼女はいつまでもはしつこく食い下がってきそうだと、シュテルは推測する。そして、"名前で呼ぶくらいならいいか"と自分を納得させた。

 

「ナノハ。これでいいですか?」

 

「うんうんっ」

 

 嬉しそうな笑顔、心からの笑顔を浮かべるなのはを見て、シュテルは心のどこかが萎えていくのを感じる。そしてなのはに背中を見せ、シンプルな転移魔法の魔法陣を起動した。

 

「次こそ、私は貴女を超えてみせます」

 

 煙のように、シュテルが消える。

 シュテルが消えた後の場所を眺めながら、なのはは疲れた体を休めるべく、その辺りに浮かんでいる岩の一つに腰掛ける。

 

「うーん……」

 

 そして、悩み始めた。

 『もしかして』と、なのはの思考の中に一つの仮定が浮かび上がって来る。

 

「かっちゃん、そういうことなの?」

 

 あの幼馴染は、高町なのはとシュテル・スタークスに、友達になって欲しいんじゃないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 支部から帰って来たリーダーの車椅子を押しながら、チンクはリーダーに話しかけた。

 

「で、戦場の流れを調整したと。プレシア女史に、娘と本音で語り合う場所を提供するために」

 

「プレシアさんとの約束だったからな」

 

「うちの組織、本当に綿密とか用意周到を徹底する気がありませんね……」

 

「いいんだよ。プレシアさんもナカジマ家の母娘指導の話を聞いて、思う所があったんだろう」

 

 リーダーはチンクと会話しつつ、ソシャゲをプレイしている。

 非常に失礼だ。会話してる時くらいやめればいいのに。だがそれでやめられないからこそ、彼はソシャゲ厨で課金厨なのかもしれない。

 彼に文句一つ言わないチンクには、妹を甘やかす姉の素質が見て取れた。

 

 先日、クイントは叩きのめすという形でスバルに指導を叩き込んだ。

 非常に分かりづらい指導であったが、その結果は今日の戦闘に現れている。

 スバルは明確な成長を見せていた。

 プレシアが今日フェイトと相対したことも、完全な偶然ではないということだろう。

 

「うぐぐ、いくら課金してもこのボス倒せん……」

 

「……」

 

 だがKはソシャゲのボスに夢中のようだ。

 今のこの瞬間、課金王は時空管理局よりイベントボスの方を脅威に感じている。

 時空管理局は後に倒すことができるかもしれないが、イベントボスは数日以内に倒さなければならない。そういう意味では、時空管理局を超える強敵であると言えるだろう。

 

 課金しても課金しても倒せない。

 焦るK。だがそれを背後から見ているチンクは知っていた。

 Kは単純にそのソシャゲが苦手であり、その分野のプレイヤースキルが低いから苦戦しているだけで、もう課金は十分であるという事実に。

 だが、そんなことを言えるわけがない。

 それは「プレイヤースキル低い課金厨とか救えないっすね」と言うに等しいことだからだ。

 

(言えるわけがない……!)

 

「あ、ちーっすリーダー」

 

「よう、給料泥棒のノーヴェ」

 

「悪ぃな雇用主。徹夜警備の後でうっかり居眠りしちまってた、減俸しといてくれ」

 

「いい。初犯だ、あんぐらいなら大目に見るさ」

 

「サンキューリーダー!」

 

 チンクが苦悩している内に、横合いからノーヴェが出て来る。

 この少女はスバル達と同じくクイントの遺伝子情報から作られた命であるため、スバルやギンガとは血縁上姉妹のような関係にあり、クイントの娘とでも言うべき存在だ。

 現在はクイントが保護者として教育をしている最中で、本部の警備を任されるほどの戦闘力と才気を秘めている。そんな彼女の視線が、Kの手元で止まった。

 

「ん? 苦戦してんのか、ちょっと貸せよ」

 

「あ」

「あ」

 

 ひょいっ、とノーヴェはKからスマホを取り上げる。

 そして戦闘機人特有の高スペックを活かし、サクっとボスを仕留める。

 テクの差ではなく、能力の差で、ノーヴェはKが苦戦していたボスを倒してしまった。

 そして得意気にスマホをKに投げ渡す。

 さあ褒めろ、とでも言いたげな顔で。

 

「ほれ、クリアだ」

 

「―――」

 

 その時のKの顔を、チンクは一生忘れることはないだろう。

 最後に食べようと取っておいたケーキのトッピングを勝手に食われたような顔。

 「決勝で会おう」とライバルに言い、ライバルに会う前に負けた男のような顔。

 ガチャで有り金全部溶かしたバカのような顔。

 課金に課金を重ね、どう倒せばいいのかを考え、丸一日挑み続けたボスがあっさり倒されてしまたKの気持ちは、いかばかりか。

 

 イベントボスを倒してエンディングに入ったソシャゲの画面が、今は痛々しい。

 

(ノーヴェ……! お前は何故、いつまで経っても頭ブレイクライナーなんだ……!)

 

 どこか得意げなノーヴェの顔が、無性にイラッと来る。

 チンクはノーヴェに「人が楽しんでるゲームを勝手にクリアするな」と怒ろうとするが、Kが怒ろうとするチンクを手で制する。

 

「チンク、いい」

 

「しかし、リーダー……」

 

「いいんだ。お前のその気持ちだけで、オレは十分だ」

 

「リーダー……!」

 

「?」

 

 苦労の割に達成感の無いエンディングを眺めるK、痛ましげに目を覆うチンク、よく分かってないノーヴェ。

 悲しみに満ちたその空間を、新たな乱入者の叫びが切り開く。

 

「皆、マリパやろうっス!」

「やろう」

「暇だからねー」

 

 ウェンディ、ディエチ、セイン。

 三人のナンバーズが仕事を終え、彼らの前に姿を表していた。

 カチッと気持ちを切り替えて、K、チンク、ノーヴェはその誘いに喜んで乗る。

 後に引きずらないのはKの長所だ。彼女らは新しい玩具を手に入れたかのように、代わる代わる彼の車椅子を押して行く。

 

「マリパか」

 

「うむ」

 

「ゆこう」

 

「ゆこう」

 

 そういうことになった。

 

 

 




そういうことになった

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