課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 ある世界で総プレイヤー数1200万人を誇る最大のMMORPG『The World』。
 部下に誘われネトゲにまで手を出したKはそこで碑文に選ばれ、第一相『爆死の恐怖』スケィスの力を手に入れる。
 増殖バグを起こしプレイヤーを強制的にBAN対象にする『増殖』メイガス、女キャラで釣り更なる課金を誘発する『誘惑の恋人』マハを撃破したK。
 だがその先に待っていたのは、爆死の未来を預言し実現させるという恐るべき能力を持つ第四相『運命の預言者』フィドヘルであった……


いちばんうしろの課金王

 時空管理局とソーシャルゲーム管理局の表面上の友好、水面下での抗争は、インターネット上で語られる陰謀論と都市伝説に彩られる噂話となっていた。

 封時結界とは便利なものだ。

 管理局側がこれの使用を徹底すれば、戦闘が覗かれることはまずないのだから。

 この結界の効果により、都合の悪い情報が世間に流れることはなかった。

 

 が、二つの管理局の奇妙な関係は、一般人も知るところである。

 戦闘を見ていなくても、対立しているところを偶然ちらりと見た人くらいならば居る。

 そういうわけで、ネットで陰謀論と都市伝説として語られているというわけだ。

 

 今日も今日とて、ミッドチルダ地下の結界の中で、六課新人VSうっかり捜査網に引っかかったKの部下が戦う光景が繰り広げられていた。

 

「フォーメーションシフトB!」

 

 ティアナの指示で、スバルとエリオが立ち位置を変える。

 速く鋭いエリオと硬く重いスバルが仲間を守る壁を作り、ティアナの銃弾、キャロの支援魔法が戦場を飛び交う。

 新人達の今日の相手は、元スカリエッティ配下のナンバーズ……チンク達だった。

 

「怯むな、姉に続け!」

 

 こちらは前衛にノーヴェとウェンディ、中衛にチンク、後衛にディエチという布陣。

 ミッドの地下区画で発見された元ナンバーズ達は、やむなくフォワードメンバーとの戦闘に入ってしまう。

 なのはやフェイトではなく新人相手なら、なんとかできる自信があったのだろう。

 自分達が戦闘機人であるという自負もあったのかもしれない。

 

(……こいつら。本当に、新人か?)

 

 しかし、妹達を指揮するチンクは目を細める。

 戦いから五分が経過しても、決着の気配はない。

 彼女の予想に反し、戦いの天秤はどちらの方にも傾かずに拮抗していた。

 

「やあっ!」

「オラぁ!」

 

 スバルとノーヴェ。

 同じ遺伝子から作られ、共に格闘技を得意とする二人の激突は、完全に互角であった。

 拳が縦横無尽に振るわれる。

 脚が多角的に襲いかかる。

 どちらの一撃も重く、クリーンヒット一発で形勢が決まりかねない攻防が繰り返されていた。

 数秒目を離している間に勝敗が決まってしまいそうで、チンクは安心して見ていられない。

 

「っとと、アブねっスね!」

「くっ」

 

 エリオとウェンディ。

 前者は高速機動近接タイプ、後者は高速機動射撃タイプ。奇しくも、近接と射撃の違いはあれどこの二人の戦闘スタイルは似通っていた。

 そのため、両者共に防御が比較的薄く、回避に専念しているようだ。

 槍が点と線で少女を攻め立てる。

 射撃が直線と曲線で少年を攻め立てる。

 こちらは攻撃力の高さ故にではなく、両者共に回避タイプであるがために、クリーンヒット一発でノックダウンしかねない攻防が繰り広げられていた。

 チンクからすれば、こっちの方がもっと安心して見ていられない。

 

「ふ、フリード!」

「キュイっ!」

 

「……うわ、これも避ける?」

 

 ディエチが面倒なキャロを仕留めようと砲撃するが、キャロを乗せていた飛竜(フリード)が回避行動を取ったために当たらない。

 キャロの意識の隙を突いても、召喚獣がそれをカバーする。

 ディエチはそこに、感じたことのない面倒臭さを感じた。

 続いてスバルやエリオに砲撃をぶちかまそうとするディエチであったが、そこでティアナの射撃がディエチの狙撃砲に命中、砲撃は妨害されてしまう。

 

「む」

 

 チンクはディエチに砲撃を撃たせるべく、ティアナの射撃を迎撃に動いた。

 

「クロスファイア! シュートッ!」

 

「……いい腕だ。才能に頼りきりなだけのただの天才では、こうはなれないだろう」

 

 ぶわっと広がる魔力弾を妨害するように、チンクの投げたナイフが空中で爆発する。

 彼女の固有技能により、ナイフは魔力弾を吹き飛ばす爆弾となるのだ。

 なのだが、ティアナは曲射と時間差射撃を高度に組み合わせ、爆風の合間を縫うように魔力弾を通してくる。

 妹達に当たるティアナの魔力弾を見て、チンクは音を立てて舌打ちしていた。

 

 『どこを狙うか』。『どう狙うか』。『どういう弾丸を選ぶか』。『どこに意識を引くか』。

 兄の射撃を死ぬ気で撃ち落としていく内に、ティアナはより高度な"射撃の組み立て方"を学んだようだ。

 今のティアナには、敵に回したくない怜悧さがある。

 ディエチは今にも崩れそうな膠着状態を嫌がり、目に手を当てるが、そんなディエチをチンクが手で制した。

 

(使うな、ディエチ)

 

(だけど……)

 

(ドクター謹製の戦闘機人は全て目からビームが出るようになっている。

 だが、それで非殺傷は少し難しい。人死や重傷は決定的なラインを超えてしまうぞ)

 

(……つくづく思う。相手を怪我させず勝つことに関しては、戦闘機人は魔導師に敵わないって)

 

 法と社会の範囲から逸脱しないように抗争するならば、あらゆる攻撃に非殺傷の特性を付与できる魔導師は、極めて有能な戦闘者となる。

 一言に纏めてしまえば、人を殺傷しない魔法は、究極のゴム弾なのだ。

 今はまだ、戦闘機人はそれを真似できない。

 

 かつてKがチンクにあげた友情の力、眼からビームを出す力は、スカリエッティの手によってナンバーズ全てに簡易実装されていた。

 この戦いが殺し合いだったなら、眼からビームを出す少女の群れというシュールな光景が見られたことだろう。凄惨な殺し合いなのにシュールという矛盾が発生するところだった。

 攻めあぐねるチンク達だが、ここでこっそり援軍に来ていた少女が動く。

 

(……そーっと、そーっと、みんなのピンチにセインさん参上)

 

 元ナンバーズNo.6、セインだ。

 彼女の能力・ディープダイバーは、無機物に潜行する能力である。

 先日アリシアとプレシアを逃がしたのもこの少女の能力だ。

 セインは魔導スタンガンを手に、ティアナを一発で気絶させようと地中から忍び寄っていた。

 

(へっへっへ)

 

 地面に潜るスキルなど、普通は想定しない。

 セインはその辺りのことを、つまり自分の優位性をよく分かっていた。

 地面に潜ったまま、カメラをそっと地面の上に出して地上の状況を確認し、セインは腕とスタンガンだけを地面の上に出す。そして地面の下、かつ背後からティアナに押し付けようとする。

 

(そーら、真下がガラ空きだ!)

 

 そして―――そんなセインの腕が、ティアナに踏みつけられた。

 

「!?」

 

「前回の戦いで、フェイトさんが頑張ってくれたから! その種はもう割れてんのよ!」

 

「んなっ」

 

「ファントムブレイザー!」

 

 すかさずティアナは、事前に準備していた簡易砲撃を抜き打ち気味に発射した。

 抜き打ちかつ背面打ち。虚をつかれたセインにかわせる道理はない。

 砲撃の光が消えた頃には、気絶したセインがコンクリの地面の上に転がっていた。

 

「セイン!」

 

 そこからのチンク達の動きは早かった。

 チンクが前に出て前衛に加わり、広域にナイフを投げて爆破する。

 爆撃を避けたスバルとエリオ二人相手に、ノーヴェが一人で立ち向かう。

 そしてディエチがティアナとキャロに限界まで火力を投射し、その隙にウェンディが死ぬ気で飛んでセインを回収して帰還した。

 

 だが、短時間とはいえ戦闘機人三人で六課の四人を抑えようとした代価は大きい。

 ディエチの持っていた砲塔は、キャロの竜が吐いた炎を喰らい爆散する。

 チンクは爆炎の中を飛んで来たティアナの魔力弾を肩に喰らう。

 二対一であったノーヴェに至っては、エリオに防御をかち上げられ、ガードが無くなった腹にスバルの拳を喰らい、ほんの一瞬の攻防で意識が飛びかけるほどの一撃を貰ってしまっていた。

 

「チンク姉! ノーヴェ!」

 

「げほっ、げほっ……大丈夫だ、あたしがこんぐらいでやられるか……!」

「さっさと撤退するぞ。

 あの母親達と違い、私達にこいつらを熱心に鍛えてやる義理はない。

 無用なリスクは回避するべきだ。ウェンディはセインとディエチを、ノーヴェは私を運べ」

 

「りょ、了解!」

「……りょう、かいっ!」

 

 退却に動く元ナンバーズ達。

 スバル達は追うこともできたが、六課司令部(ロングアーチ)からの指示で深追いはやめる。

 ティアナは戦闘の終わりを実感し、チンクの爆撃で少し焼けた袖で汗を拭った。

 

「流石に戦闘機人五人相手は、捕縛まで持って行けなかったわね……」

 

「くーっ、悔しい! あそこで一手間違えてなければ、どうにかなったかもしれないのに!」

 

 煤けた頬も気にせずに、スバルは地団駄を踏む。

 戦闘機人五人を相手にして勝利した喜びに身を委ねることなく、早くも戦闘の反省点と改善点を見つけようとしているメンタルは、なのはの教導の影響が見て取れた。

 エリオは魔力弾がかすって破れたジャケットの裾を(ひるがえ)し、自分のことよりも優先してキャロを気遣う。

 

「キャロ、疲れてない?」

 

「うん、大丈夫だよ、エリオ君」

 

 キャロも爆風で吹き飛んで来たゴミが服に付いているものの、ほぼ無傷だ。

 召喚士の服は大して汚れていないが、泥と擦過痕だらけの靴は、キャロが後方で守られているだけのお姫様でないことを証明していた。

 なのだが、キャロは一瞬だけ不満そうな顔をして、すぐまた元の表情に戻す。

 

「エリオ君が守ってくれたから、私はぜんぜん大丈夫だよ!」

 

「大丈夫なら、いいけど」

 

 スバルも、ティアナも、エリオも、短期間でメキメキと力を付けていた。

 キャロもこの三人に次ぐ成長率を見せていたが、『個人戦闘力の成長』という点を見て、キャロは言葉にし難い焦燥と不安を抱いていた。

 無論、召喚士であるキャロが個人での戦闘能力を求める意味は薄い。

 そんなことはキャロにだって分かっている。

 

 だがそれでも、"個人戦闘力がないから"という理由で後ろに下げられた自分の無傷なバリアジャケットを見ると、前に出て傷付いた仲間のバリアジャケットを見るたび、キャロは申し訳ない気持ちになってしまうのだ。

 

(せめて私が、ティアナさんみたいな役割を果たせたら……)

 

 キャロは一番後ろから戦場を見渡している。

 普通に考えれば、一番指揮をしやすいポジションだ。

 それでもこのチームの指揮をティアナが執っているのは、ひとえに思考の瞬発力……咄嗟の判断力において、キャロがティアナに劣っているという弱点が原因である。

 先日のティーダ達との戦いでも、地味にその弱点は露呈してしまっていた。

 その辺りも、キャロは最近気にしていたらしい。

 

 キャロの焦燥は、"大切な仲間のためにもっと頑張らないと"という焦り。

 キャロの不安は、"自分はあまり役に立てていないのでは"という自信の無さだ。

 

 人と深い付き合いをしたことがほとんどないという、人生経験の薄さがマイナスに働く。

 両手の指で数えられるほどしか居ない、親しく大切な人への想いもマイナスに働く。

 敵を自分の手で倒し、達成感を得られるポジションでないこともマイナスに働く。

 キャロが自分をドン臭いと認識していることもマイナスに働いていた。

 

 とはいえ、キャロはティアナのように思い詰め過ぎないタイプであったため、うんうん悩む程度で済んでいたのだが。

 

「ちょっと皆、こっち来て!」

 

 キャロが皆の視界に入らない位置にて、一休さんがとんちを考える時のようなポーズを取っていると、スバルが大きな声を上げる。

 スバルに呼ばれた三人は、地下の一区画に転がる機械の残骸の山を発見していた。

 

「……何これ、機械の残骸?」

 

「機械の残骸、ですね。原型が何なのか分からないくらいに壊されてますけど」

 

 ティアナが機械の残骸をつまみ上げ、それを見たエリオが顎に手を当てる。

 周辺には磨いた直後の鉄に近い金属臭、気化したオイルの臭いが立ち込めていた。

 専門知識の無い彼女らには、残骸からその機械の完成形を想像することができない。

 

「ソシャゲ管理局の戦闘機人の人は、これを壊しに来て捜査網に引っかかったんでしょうか」

 

「あ、そっか。だからこんな地下に居たんだ」

 

 キャロがそういえば、スバルが納得したように手を打った。

 地下で戦いが始まったことに、納得の行く理由ができたようだ。

 

「とりあえずロングアーチに連絡して回収してもらいましょう。

 これが鑑識に渡るまで、私達はここで待機。一般人が入って来ないように封鎖するわよ」

 

 その残骸が『ガジェットドローン』と呼ばれる物の残骸であると、専門知識の無い新人達には、気付けるわけもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前とは見違えるほどに強くなった新人達。

 

 新人達が機動六課に配属されてから四ヶ月弱の時間が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チンク達との戦いから一週間後。

 キャロはPCルームの端末でこれまでの戦いを自主的に復習しながら、頭を悩ませていた。

 

(私が皆の役に立つには、いったいどうすればいいんだろう)

 

 はぁ、と溜め息一つ。

 いつも一緒に居る新人仲間達も、今日はキャロの近くには居ない。

 ティアナは八神はやて部隊長と一緒に聖王教会に行く準備をしていて、スバルとエリオはミッド郊外の滝のある山に修行に行っている。

 "虹の魔力"についてティアナが問うたがために一日自由時間が生まれたわけだが、各々の時間の使い方がどこかおかしい。

 特に滝に打たれれば魔導師として強くなれると思っているスバルは、どこから情報を仕入れたのだろうか。もしかしたらどこぞの課金厨かもしれない。

 

「お、キャロやん」

 

「あ……八神部隊長」

 

「なんか知らんけど、お悩みみたいやな。

 何を隠そう私こと八神はやては、相談を受ける達人やで!

 小中学校とクラスメイトに色々相談され、あのKさんもゲームの攻略を相談して来るほどや」

 

「頼れそうで頼れなさそうな名乗りをありがとうございます」

 

 はやてが胸に手を当て、はんなり笑う。

 キャロはなんとなく悩みを話してしまいそうになるが、"そんなつまらない悩み?"と言われるのが怖くて、話せず口を噤んでしまう。

 

「ほなほな、大船に乗ったつもりで、どーんと私に相談してええんやで?」

 

「……でも」

 

 なのだが、はやてとあれこれ話している内、キャロは自然と自分の悩みを話していた。

 

「現状、自分が全く役に立ててないなんて思ってません。

 それでも何か、まだできることがあるんじゃないかって思ってしまって……」

 

「分かる、分かるでキャロ。私もキャロと同じフルバックやからなあ」

 

「部隊長……」

 

 ふと、キャロは洗いざらい語っている自分に気付く。

 

(あれ?)

 

 直球で聞きたいことを聞くのではなく、他に楽しい話題を振って、聞きたいことを聞ける話の流れに持って行くのは営業職の基本スキルだ。

 だが、はやてのそれはレベルが違う。

 彼女は話すのが上手かった。

 それこそ、キャロが少々話したくないと思っていた事柄を、気軽に話してしまうくらいに。

 

 自分の言葉に身振り手振りを加え、分かりやすく感情を乗せること。相手の言葉に対し表情の変化や細かな仕草で応えること。それらがとても上手く、話していて楽しくなる。

 はやては十年前には既に、その辺りを意識せず行っていた。

 彼女は魔導師としての能力だけでなく、こういった能力も持ち合わせていたために、同年代の中でも頭一つ抜けた出世頭であった。

 ごく自然に話し相手を楽しませられるというのは、得難い才能である。

 

 はやての笑顔は、綺麗とも言えるし、可愛いとも言えるが、それ以上に警戒心を相手に抱かせない、パーソナルスペースにするりと入って来る柔らかな笑顔だ。

 悪人である一流の詐欺師でも、この笑顔を作ることは不可能。

 はやての根が善人だからこそ、彼女の笑顔とトークはキャロの警戒心をすり抜ける。

 矛盾しているような話だが、騙し合いが出来る根っからの善人でなければ、こういう笑顔は浮かべられないのだろう。

 

 話し上手で聞き上手。19歳という若さで課長職に近いものに就いた優秀なはやてには、人を率いるために必要な能力が備わっていた。

 

「あ、一つええこと思いついたんやけど、聞く?」

 

「本当ですか!?」

 

 例えば、何かを必要としている人間に、可能であれば必要な言葉と必要な物を与え、その人間が望んでいた何かを達成させる能力、とか。

 

「いっぺん、今の仲間から離れてフルバックとしての自分を見つめ直したらどうや?」

 

「え?」

 

 キャロは悩んでいた。

 悩み自体は無為に時間を食う行動であったが、そんなキャロの行動において、はやてに相談したことは、間違いなく正解と言っていいものであった。

 

 

 

 

 

 はやての提案はシンプルなものだった。

 今日はやてはティアナと一緒に教会に行くため、キャロの相手はしてやれない。そのため、今日予定していたヴォルケンリッターの任務にキャロを同行させ、ヴォルケンリッターの指揮をキャロに執らせる……というものだった。

 

 指揮を執らせると言えば聞こえはいいが、実際は歴戦の勇士ヴォルケンリッターを使っての、亜種教導と言うべきものである。

 キャロがミスをすれば、すぐにヴォルケンがカバーするということだ。

 実戦でヴォルケンリッターほどの戦士に指示を出し、サポートする。

 それは必ずキャロにいい影響をもたらすとはやては確信しており、キャロも少なからずそう思っていた。

 

「おう、今日一日よろしくな、キャロ」

「今日は私達がお前の騎士だ。気負わず、自分らしくやれ」

「よろしくね、キャロちゃん」

「守りは任せろ」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ。

 高名なヴォルケンリッター勢揃いを前にして、キャロも流石に緊張を隠せないようだ。

 五人は定置観測隊からの報告を参考に、異様で怪しい魔力反応と物質反応と空間反応が観測された世界に転移し、その世界の調査を開始した。

 

 前を行くシグナムと、周辺を警戒するヴィータ、後ろを守るザフィーラ、キャロの隣でキャロの緊張をほぐすシャマルという陣形で、彼女らは突き進んでいく。

 道中には竜に匹敵する凶悪な野生生物が何体も出現したが、ヴォルケンリッターが揃っているこのチーム相手に勝てるわけがない。

 

「シュワルベフリーゲン!」

「飛竜一閃!」

「牙獣走破!」

「風の足枷!」

 

「し、支援します!」

 

 キャロが指揮を取ろうが取るまいが、関係なく騎士達は敵を蹂躙していく。

 しかも、ヴォルケンリッターは自分達の位置や状況を調整して、キャロに"その状況において正しい判断を下せるかどうか"という問題を、無言で提示し続けていた。

 正しい判断ができれば、褒められる。

 間違った判断をすれば、後で短めの反省会だ。

 キャロも最初はあたふたと間違った判断をしてばかりだったが、次第に落ち着いた指示、素早く的確な判断ができるようになってくる。

 

「キャロは戦闘の流れに応じて補助魔法を選ぶ癖が強くねえか?」

「ああ、それは私も思った。

 指揮で能動的に戦いの流れを作り、それに合わせて仲間を強化した方が効果的だろう」

「召喚と転移も発動がもう少し早いといいわね。

 私の旅の扉みたいなことができれば、直接触れる回復魔法の使い道も幅が広がるもの」

「基本は高町から教わったことを軸に改良点を探せばいいだろう」

 

「はいっ!」

 

 反省会での会話は、一つ一つの言葉が貴重な参考意見だ。

 ヴォルケンリッターは世界の調査を続けつつ、戦闘の合間合間に調査と平行してキャロとの会話を行い、自分なりの意見を述べる。

 キャロはそれらを一個人の意見とちゃんと認識しながら、しっかりと受け止めていた。

 正しい判断は肯定され、間違った考え方はヴィータあたりがしっかり打ち据える。

 

「はぁ? お前がティアナの代わりぃ? できるわけねーだろ、やめとけやめとけ」

 

「うっ……」

 

「お前はティアナにできないことをするんだよ、キャロ」

 

「え?」

 

「召喚、竜、仲間の強化、回復。

 お前にはティアナにできないことがこんだけあるんだ。

 覚える指揮も、覚えるやり方も、ティアナとは全然違うもんになって当然だ。

 だけどそれでいい。それでいいんだ。お前とティアナは、補い合うチームなんだからよ」

 

「ヴィータ副隊長……」

 

 荒療治にも程があるが、キャロのメンタルは徐々に戦士のそれに寄っていった。

 心が別物になったのではない。

 心構えが変わったのだ。

 次第に彼女は最後衛の人間が果たすべき役割を取捨選択できるようになり、ティアナほどの判断精度・速度はないものの、ヴォルケンリッターを無難に動かせるようになっていく。

 調査開始から二時間ほどが経過すると、リインフォースまでもが合流してきた。

 

「すまない、遅れた」

 

「こんなの遅刻の内に入んねーよ、リインフォース」

 

「ふふっ、そうか。ヴィータは優しいな」

 

「ガキ扱いすんな! お前時々娘を見る母親みたいな顔になってんだよ!」

 

 高町なのは相手でも戦えるほどの戦力が来てしまうと、もう手がつけられない。

 キャロが危ない目に遭う確率が指数関数的に減衰していく。

 野生生物しか見当たらないこともあり、ヴォルケンリッターはここで効率重視に方針を変えた。

 

「手分けして捜索を行おう」

 

 リインのその提案に、反対する者は居ない。

 チームは三つに分けられた。

 まず、キャロを護衛するのに適したシグナムとヴィータに、キャロを付けたチーム。

 シャマルとザフィーラ、六課のロングアーチチーム。

 そして単独で動いても危険に陥るわけがない、隔絶した強さのリインフォース。

 

 三チームは三方向に分かれて調査を始める。

 リインフォースは莫大な魔力にあかせて広範囲を力尽くで調べ、シャマルとザフィーラはそれぞれ器用な魔法と獣の五感で調査する。

 キャロ達はとりあえず目についた場所を足で回り、その目で調べることにした。

 

(……こうして一緒に戦って、指揮して、改めて分かる。

 副隊長達、本当の本当に強い人達だ。

 リミッターで制限が掛けられても、これだけ強いってことは、それ自体が凄いんだ……)

 

 戦闘経験に裏打ちされたヴォルケンリッターの強さに、心中で感嘆の声を上げるキャロ。

 はやてに相談したことは間違いなく正解だった。

 それは、今日の一件を教導担当のなのはが認めたことからも明白だ。

 キャロは経験を積み、少しづつ"自分が果たすべき役割"というものをしっかりと取捨選択できるようになっていった。

 

「シグナム、これなんだと思う?」

 

「果樹園だな」

 

「だよなあ」

 

 彼女らが足を向けたのは、人の手が入っている果樹園。

 この世界は無人世界というわけでもないので別に変でもなんでもないが、なんとなく綺麗過ぎるような気がして、ヴィータとシグナムは訝しげに見つめてしまう。

 すると、彼女らの視線の先、果樹園の奥から、何かの気配が近付いて来ていた。

 

「! キャロ、備えろ。人の気配だ」

 

「!」

 

 シグナムがその気配に気付き、キャロを下がらせる。

 シグナムに少し遅れて気配に気付いたヴィータも、デバイスに指を添えていた。

 原住民か、ソシャゲ管理局の人間か、犯罪組織の構成員か、はたまたそれ以外の誰かか。

 ヴィータの脳裏にいくつも予測が浮かび上がり、されど現実はそれを余裕で飛び越える。

 

「はっ?」

「えっ」

「んんっ?」

 

 木々の向こうから現れたのは、なんと車椅子に乗った課金王。

 そしてその車椅子を押す顔をフードで隠した男と、高町恭也に高町士郎という、男性率100%の予想外過ぎるメンバーであった。

 

「おま……おま……何やってんだこんなところで! しかもなんだそのメンツ!」

 

 ヴィータが叫ぶのも無理はない。

 探してる時には見つからないくせに、探してない時に見つかるKは、なんというかレアモンスターのそれに近い。

 しかも従えているメンツが、どういうことなのかまるで想像できないものだったのも、彼女らの困惑に拍車をかける。

 

「なんてことだ……流石は機動六課だ、オレ達の企みをこんなに早く察知してくるなんて」

 

「ん?」

 

「流石に翠屋二号店をソシャゲ管理局主導でミッドに建てるのは、分かりやす過ぎたか!」

 

「……ん?」

 

 だが、基本的にKの思考は分かりやすい。

 ソシャゲ関連の事柄を基点に考えれば、答えは簡単だ。

 

「ここでミッド産の菓子の材料になる果物などを士郎さん達に紹介し!

 ゆりかご博物館で賑わってる土地に翠屋二号店を建て!

 その売上も使って三号店なども続々建て、セカンドブランド化!

 そして翠屋に利益を還元しつつ得た料理ノウハウで

 『人気キャラの○○の料理!』

 みたいな感じの、よくあるキャラの名を冠してるだけの高く小さく普通の味の料理を作り!

 重度のファンを狙ったソシャゲレストランで客に満足を提供、金をぼったくり!

 艦これのカレーみたいなものを次元世界に定着させ!

 翠屋の名を売ると同時にソシャゲを料理界にも侵食させる作戦!

 そんなオレとかシュテルとかチンクとかが立てたパーフェクトプランが白日の下に!」

 

「よーし説明ご苦労! いや違うな、あたしら通して店の宣伝したかったんだろお前!」

 

 声を張り上げるヴィータは、苦笑している士郎と恭也を見やる。

 業務提携かよこの野郎、という意を込めてガンをつけるが、男衆はどこ吹く風だ。

 そんなヴィータの横でシグナムは、Kの車椅子を押しているフードの男を凝視していた。

 

(あの男……)

 

 フードの男は、何も感じさせない。存在感や気配ですら、普通の範疇で薄い。

 達人の中の達人はこういう気配を纏うことがあるが、そういう知識を持っているシグナムでさえその男が達人なのかそうでないのか、判断できずに居た。

 自然と、シグナムは剣に手をかける。

 

(何だ? 何故私は……あの男を、こんなにも警戒している?)

 

 理性は何も感じない。感覚も何も感じない。

 けれども剣士の勘が、シグナムに警戒心を抱くよう警告し続けている。

 シグナムの警戒を知ってか知らずか、ヴィータは軽い口調でKに話しかけた。

 

「おい、課金カス」

 

「なんだPSP」

 

「ほらよ」

 

 そして、グラーフアイゼンを放り投げる。

 ヴィータが手放した武器は、ちょうどKの車椅子の前に落ち、そこで止まった。

 

「……どういうつもりだ?」

 

「和平の使者なら槍は持たない、だ。

 話し合いをするのに武器を持って来る奴がいるかって意味だよ、バーカ」

 

 Kは目をパチクリさせ、ヴィータが少年のように笑む。

 武器を持たない手をプラプラさせて、ヴィータは友人に語りかけ続ける。

 

「戦う気はないよ。あたしは、納得出来るだけの話をお前から聞ければ満足だ」

 

「ヴィータ副隊長……」

 

 あくまで話し合いを求めるその姿勢に、武器を自ら捨てる『強さ』を見せる背中に、その時キャロは感銘を覚えた。

 何か、とても大切なことを教わった気がした。

 

 しかし、Kがそれに何かリアクションを起こす前に、車椅子を押していた男がアイゼンを拾う。

 そして無言で投げ返した。

 投げ返されたアイゼンには絶妙な力が加わっており、ヴィータの目の前で何かに刺さったりしないまま、地面の上に直立する。

 

「そうも行かないだろう、鉄槌の騎士。

 お前が武器を捨てたからといって、我々が武器を捨てて歩み寄れるわけではない」

 

「……なんでだよ」

 

「お前達時空管理局上層部の一部に、次元犯罪者との癒着も躊躇わない者が居るからだ」

 

「……!」

 

「まだ早い。我々が武器を捨てて歩み寄るには、まだ早いのだ。まずは膿を出さねばならん」

 

 Kのスタンスがどうかはともかく、フードの男のスタンスは、時空管理局の清浄化の後からでも相互理解は遅くない、というもののようだ。

 彼はKと時空管理局の局員が接近することで、時空管理局の内憂がそれを利用し、Kが背後から刺される可能性を憂慮しているらしい。

 

 フードの男は、フードを取る。

 幾多の戦い、数十年という戦いの年月が刻み込まれた厳つい顔が、フードの下から現れる。

 Kはどこか自慢気に、その男を紹介した。

 

「見たかヴィータ、これがカッコよくてリリしいおっさん……

 略してカリおっさんことゼストおじさんだ。頼り甲斐メーターが振り切れそうだぞ」

 

「リーダー、その場の思いつきで付けたアダ名を定着させようとするのはやめろ」

 

「恭也、かっちゃんくんがくれたリンゴはどうする」

「アップルパイにするのはどうかな、父さん」

 

 何故この人達はこんなに緊張感がないんだろう、とキャロは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キャロ達がこの世界に来た目的は、謎の反応の調査だ。

 しからば目的の達成に一番正しく貢献したのは、間違いなくシャマルとザフィーラであると言えよう。

 二人は通信も探知の魔法もロクに使えない場所を発見し、高度に偽装されたその場所に侵入、そしてその場で以外なものを発見していた。

 

「これは……」

 

「ガジェットドローン、かしら」

 

 それは、ジェイル・スカリエッティ製の機械兵器・ガジェットドローンの残骸だった。

 物語の影で、密かに六課と交戦したこともある機械兵器である。

 その残骸がここにあるということは、何者かがここでガジェットと戦ったということだ。

 明確にスカリエッティと敵対している、時空管理局所属ではない、誰かが。

 

 ザフィーラが視線を動かすと、木陰にガジェットと同様破壊された人型機械兵器が見つかる。

 

「こっちはラプター、だな」

 

「盗難届が出ていた自立式人型戦闘機ね」

 

 『CW-ADX ラプター』。

 カレドヴルフ・テクニクス社製の自立式人型戦闘端末……ミッドチルダ基準で分かりやすく言うならば、人型で単独戦闘が可能なインテリジェントデバイスのようなものだ。

 現代においてカレドヴルフ・テクニクスはソーシャルゲーム会社としても名を売っているが、こういった魔導端末の開発でも群を抜いた技術力を持っている。

 なのだが、そのラプター。

 随分前から、時空管理局に盗難届が出されていた。

 社員曰く、"最近入社したツヴァイって超美人な女が行方不明になってて超怪しい"とのこと。

 

「だが届出によれば、あれは完成まであと数年かかるレベルの未完成品だったはずだが」

 

「なら、盗まれた後に完成したのでしょう。

 カレドクス以上に、機械兵器の作成に長けた男の手によって」

 

「嫌な想像だ。おそらくそうだろう、というところまで含めて」

 

 ガジェットと一緒にラプターが破壊されているのを見るに、どうやら盗人の正体はスカリエッティであったようだ。

 スカリエッティは今や、人型機動兵器も手の内に収めているらしい。

 

「これは……大きいな。30mはあるか?」

 

 それだけでなく、その場所にはもっと大きな兵器もあった。

 次元世界に存在する巨大な竜を、そのまま機械にしたかのような異様な威容。

 機械と竜体の融合が、30mという巨体によってその印象を歪ませていた。

 

「機械と竜の融合体……戦闘機竜とでも言うべきか」

 

「キャロちゃんには見せられないわね。嫌な巡り合わせだわ」

 

 殺す以外に救う方法が見当たらない哀れな命、戦闘機竜。

 ザフィーラはそれを見つめ、厳かに呟いた。

 

「いや」

 

 ザフィーラは戦闘機竜に手で触れ、その気持ちを慮るような表情を浮かべる。

 

「あるいは、この竜がキャロを呼んだのかもしれん。

 命の断末魔は、運命を歪める。

 人の玩具にされた竜の叫びが、優れた竜召喚士を求めたとしても不思議ではない」

 

「……虫の知らせ。いいえ、この場合は竜の知らせかしら?」

 

 キャロと一緒に来た自分がこれを発見したのは偶然ではない、とザフィーラは語る。

 二人は玩具にされた命を悼みながら、調査を継続し証拠を集める。

 なのだが、そこに新たなガジェットが現れた。

 新手のガジェットはガジェットやラプターの残骸に薬品をかけ溶かしたり、ビームや炎熱で焼却処理を行うなどして、スカリエッティに関する情報を残さず消そうとしていた。

 その魔の手はやがて、竜の死骸にも伸びる。

 

「証拠隠滅か……死してなお、この竜を辱めようとするとは」

 

「……酷い話だわ」

 

 命の一つや二つが失われたところで、心揺らぐような甘さは彼らにはない。

 

「天と人が許しても、このザフィーラが許さん!」

 

 あるのは義憤。

 命を弄ぶスカリエッティへの怒りだ。

 二人は通信もロクに行えないこの状況で、二人だけで、果敢にガジェットに挑んで行った。

 

 

 

 

 

 一方その頃リインフォースは、自分の目を疑っていた。

 

(……どういうことだ?)

 

 探知の魔法に何かが引っかかった、そこまではいい。

 だが探知に引っかかった先で、野生生物を倒したシュテル・スタークスの姿を見ることになるなど、リインは想像もしていなかったのだ。

 

(シュテル・スタークスは、力と技量でなのはを上回っていると聞く。

 そんな人物であれば、あんな生物に見付からずに移動できたはずだ。何故……?)

 

 シュテルが発見されたのは、凶暴な野生生物に見つかり戦闘せざるを得なかったからだ。

 見つかってしまったのは、シュテルのうっかりか。

 あるいは……目の前の事柄に集中できないくらい、何かが気がかりだったのか。

 

(どちらにせよ、放ってはおけない。

 それに、なのはの推測が正しいのなら……Kもまた、この近くに居る可能性が高い)

 

 リインは野生生物を鎧袖一触で退けたシュテルの前に降り立つ。

 

「おや」

 

 シュテルは無感情な顔のまま、闇の書の闇の底から生まれたマテリアルとして、闇の書の頂点である管制人格であったリインを見つめた。その目に、複雑な感情が宿る。

 

「初めまして、と言うべきだろうか」

 

「いえ、こちらは貴女のことを存じております。

 祝福の風リインフォース、闇の書の管制人格……

 元といえば、我らマテリアルの上位者であり蓋でもあったもの」

 

「私もお前のことは聞いている。シュテル・スタークス、だな」

 

 リインはシュテルから迷いを感じる。

 どうにも、戦闘準備の動作の一つ一つに違和感を感じるのだ。

 だがそれは、戦おうか戦わないかという迷いではない。

 シュテルはリインと戦うこと自体には、迷いを感じていないようにも見える。

 

 戦闘は回避できない。

 シュテルはマスターに一秒でも早く会いたい気持ちで動いていて、リインは少しでも食い下がって情報を手に入れたいという気持ちで動いているからだ。

 押し通りたい者。引き止めたい者。

 二人の目的は相反していて、武を振るうことに躊躇いはない。

 

「高町がてこずる相手だ。他の者に任せる訳にはいかない」

 

「あの高町なのはに私以外で唯一土を付けかけた者。私も同じ言葉を返しましょう」

 

 リインはシュテルが吹き出させる膨大な魔力を感じ、思う。

 何かを考え込んでいる今のシュテルになら勝てるかもしれない、と。

 今このチャンスを逃せば二度と勝てないかもしれない、と。

 

「先に無礼を謝罪します。申し訳ありません」

 

 シュテルはうやうやしく礼をして、リインフォースに頭を下げる。

 

「今日の私は、朝に少し色々とありまして……目の前の貴女に、集中できないかもしれません」

 

 そして、明星の杖を高らかに掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、聖王教会。

 はやてに連れられたティアナは、カリム・グラシアなる人物に引き合わされていた。

 カリムは聖王教会でもかなり高い立場におり、時空管理局が名目上籍を置く場所として、少将という階級と理事官という役職を用意して差し上げるほどだ。

 

 ティアナは適度な前置きを終えた後、カリムに虹色仮面の魔力のことを訊いてみた。

 

「ええ、そうです。虹の魔力は聖王の血統の証ですね」

 

「……驚きもしないその反応、知っていたと考えていいんですか?」

 

「はい。私達は聖王のクローンという大スキャンダルの隠蔽にできる限り助力する。

 その代わり、聖王の血に連なる彼女を聖王教会系列の学校に入れる、などの―――」

 

「取引ですか」

 

 紅茶のカップを置いて、カリムが微笑む。

 表情と感情を隠すための微笑みだと、ティアナの洞察力が見抜いていた。

 

「聖王教会は、ソーシャルゲーム管理局の味方なんですか?」

 

「お答えできません。それが答えですよ」

 

「……」

 

 味方だ、と暗に言っているようなものだ。

 だが何故か、ティアナは何かが腑に落ちなかった。

 何かが違うような、何かが噛み合わないような、何かに気付けていないような、そんな気がして止まらない。

 ティアナの頭の中でカリムの言い草、世間の流れ、Kの性格への理解、二つの管理局の奇妙過ぎる関係が積み木のように組み合わされては崩される。

 

 そんなティアナを見ていたはやてが、別の話題を振って来た。

 

「実はカリムな、予言のレアスキル持っとるんよ。

 預言のレアスキルやって扱いなんやけど、実際は予言やと思うんやけどなあ」

 

「こら、はやて」

 

「あ、こらごめんなあ」

 

「……預言?」

 

 預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)

 カリム・グラシアの持つ、類を見ないほどの希少性があるレアスキルだ。

 その力は、未来を見通す。

 

「預言で予言、ですか」

 

「預言とはいいますが、そこまで使い勝手のいいものではありません。

 示す未来が現実になるのは半年先から数年先の未来と幅広い。

 ページの作成は一年に一回しかできない。

 解読しにくい古代ベルカ語で書かれる上、難解な文章のため解釈が何通りも生まれます。

 示す未来もどの世界のどの場所で起こるかは分からない……

 最終的には、よく当たる占いくらいのものに落ち着きます。ね、大した物ではないでしょう?」

 

「いえ、そんな……

 ああ、そういえば、あの課金バカは素で古代ベルカ語が使えましたね。

 本人は古代ベルカの時代で直接習ったって言ってましたけど。それで、もしかして」

 

「はい。彼に解読を手伝って貰ったこともあります」

 

 カリムの預言は"他に解釈する余地が無い出来事"……つまり、大事件や大規模災害に対しては的中率が跳ね上がるため、管理局や教会の上層部は皆カリムの預言をチェックしている。

 カリムが若くして偉い立場にいるのも、その辺りと関係があるのだろう。

 また新たにKと教会の関係を見つけたティアナだが、続くカリムの言葉に表情を変えた。

 

「ところがある日、このレアスキルにより、かつてないほど恐ろしい預言がもたらされたのです」

 

「……かつてないほど、恐ろしい預言」

 

 ごくり、とティアナは固唾を飲み込む。

 聖王教会でかなり高い立場に居るカリムであれば、洒落にならないようなむごい預言の成就も、常人では一生目にしないような凄惨な事件も目にしたことがあるはずだ。

 そんなカリムが"かつてないほど"と表現したことにティアナは驚き、緊張し、いつしか自然と姿勢を正していた。

 

「解読は容易でした。あまりにも短く、シンプルで、他の解釈ができなかったためです」

 

「つまり……解読が間違っている可能性はない、と」

 

 こくり、とカリムが頷く。

 

「教会と時空管理局の上層部の一部は、この預言を知っています。

 そのせいで下手に動けなくなった者も、大きく動いた者も居るでしょう。

 ソーシャルゲーム管理局に対しては、皆が自分の思う正しい対応をするしかなかった。

 何故ならば……彼が打ち立てた組織は、この世界を滅ぼすか守るかのどちらかだったから」

 

「世界……」

 

 世界とは、スケールがデカい。

 どうやらその預言は世界の行く末を暗示するものであったらしい。

 カリムとはやての表情からは、その預言を成就させたくないという意志がありありと見える。

 

「これが、その預言です」

 

 そしてカリムは、管理局上層部にも一部にしか見せておらず、はやてに対してさえギリギリまで伏せていた預言を、六課という新設部隊を作った理由を、ティアナに見せる。

 カリムから預言が書かれた紙を見せられ、ティアナの顔が驚愕に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソシャゲのせいで世界が消滅します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一行ォ!」

 

「そやで、一行なんや……!」

「しかも私とはやてには、その原因に物凄く心当たりがあるのです……!」

 

「あたしにだってありますよチクショウ!」

 

 そう。

 

 世界はいつだって―――残酷なのだ。

 

 

 




今STSで言うとだいたい14話くらいです

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