課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

 またしてもロストロギアの爆発に巻き込まれ、別世界に飛ばされてしまったK。
 彼はコンビニで購入したGoogle Playカード40枚でデッキを組み、元の世界に帰るため、デュエルトーナメントで優勝を目指し駆け上がる。

「ドロー!」

 彼のカードは全てが20000円。
 生け贄なしでATK20000、DEF20000というモンスターデッキだ。
 フルモンデッキならぬフル万デッキである。

「オレはGoogle Playカード5枚でオーバーレイネットワークを構築!」

 彼は財力とテクを用いて、カードで全てが決まる世界を勝ち抜いていく。

「エクシーズ召喚! 現れろ、No.103 金葬零嬢マネー・ゼロ!
 更にRUM-質に入れる剣を発動!
 カオスエクシーズチェンジ! 現れろ、CNO.103! 金葬零嬢カキン・インフィニティ」

 そう、ここは課金次元。四つの次元の影に隠された、第五の遊戯王世界―――!


いちばんうしろの課金王2

 リインフォースとシュテルの戦いが始まる、その前の日の晩のこと。

 

「シュテル」

 

 心配そうなマスターの声に、シュテルは意識を現実に戻した。

 

「あ……申し訳ありません。夕飯、今作りますね」

 

「代わろうか?」

 

「ご冗談を」

 

 ソシャゲ管理局本部食堂のキッチンに立ったシュテルは、高町なのはと自分とマスターのことで堂々巡りしていた思考を切り捨て、今がどういう状況なのかを思い出す。

 今は夜の22時。当然、食堂は閉まっている。

 だが今丁度仕事が終わった二人は、これから夕飯の時間なのだ。

 なので、シュテルが従者として料理の腕を振るうという流れになったのである。

 

 義手に車椅子のマスターに"代わろうか"なんて言われたら、シュテルもぼーっとしては居られない。気を引き締め、気合を入れる。

 シュテルが纏ったエプロンは、彼女の気合を表しているかのようだ。

 かといって、気合入れすぎ手が込み過ぎでは料理に時間がかかりすぎてしまう。

 本来反比例する料理の味とかかる時間を計算し、シュテルは理想的な時間と味のバランスでマスターに料理を出して見せた。

 ……肉と野菜に切れ込みが入っていたりと、細やかな気遣いができるシュテルの性格が、地味にチラホラと見える料理ではあったが。

 

「どうぞ、召し上がれ」

 

「いただきます」

 

 Kがそう言い両手を合わせると、エレミアが改造したオリヴィエの義手が唸りを上げる。

 古代ベルカ基準でもやしレベルの打たれ弱さであったKを気遣い、エレミアが実装した薬品放出機能が起動して、Kが事前に義手に注いでいた醤油が放たれた。

 エレミアが友を気遣った想いと、どうにか友が実装してくれた機能を日常生活で使えないかと試行錯誤したKの想いが、交差する。そして派手にすれ違って行った。

 

「うむ、美味い」

 

「光栄です。では、私も」

 

 シュテルも調理場を片付け、エプロンを脱いでKの隣の席に座る。

 彼女が作った料理はKの舌に合わせた日本食であったが、日本に行ったこともないはずのシュテルの方が箸使いは上手いようだ。

 箸使いの綺麗さと微妙な汚さに、二人の性格の違いが見えるような気すらする。

 

 食事を取りながら、シュテルは隣のKの顔を見る。じっと見る。

 特に意味もなく、彼女はその横顔を眺めていた。

 だが、ずっと見ていればKも流石に気付いたようで、シュテルの顔を見つめ返す。

 

「どうした?」

 

「いえ、なんでもありません。お気になさらず」

 

 マスターに見つめ返された途端、シュテルは目を逸らした。

 

 シュテルは好ましく思う人間をじっと見るのが好きなタイプだ。

 親しい相手、仲の良い相手、好きな相手、どれであれ相手の顔をじっと見ているだけで、彼女は小さな満足を得られる。

 無感情な顔でじっと見つめられることを不快に思う者も居るが、彼女のそれは赤ん坊が親の顔をじっと見るのと似たような、分かりづらい好意の表し方なのである。

 だが同時にシュテルは、好ましく思う人間にじっと見られるのが苦手なタイプでもあった。

 

 好ましく思う相手の顔をじっと見るのは好きだ。

 だが、好ましく思う相手に顔をじっと見られるのは恥ずかしい。

 恥ずかしいのは苦手だから、やめてほしい……というのが、シュテルの思考である。

 

 そして、恥ずかしいから「見ないで」と口にすることもできない。口にできなければ見るのをやめてもらえるわけもない。

 シュテルはなのはと違い、そのあたりの感情を相手に伝えるのが上手くなかった。

 彼女の頬に赤みが差してはいるものの、それだけでこの内心を推し量るなど、エスパーでもなければ到底不可能だろう。

 

「ああ、そうだ」

 

「どうかしましたか?」

 

「戦闘ログ、見せてもらった」

 

「……そうですか」

 

 ここ最近毎日が忙しかった――ソシャゲ六割、仕事四割と彼の人生最低のソシャゲ割合を記録――Kは、ようやくシュテルがなのはに明かした本音を見たようだ。

 普段Kには冷静で有能な自分を見せようとするシュテルは、あの時なのはと相対し、初めて自分の中にあった鬱屈とした気持ちを全て吐き出した。

 はず、なのだが。

 シュテルはマスターの反応を見て、少し疑問に思う。

 これまでマスターに自分の負の内面を見せた覚えはないのだが、なのに何故か、マスターの反応が少し薄いように見えたからだ。

 

「あの、マスター……もしや、気付かれていたのですか?」

 

「さて、どうだかな」

 

 嘘をつけばボロが出る。嘘をつかずにはぐらかすKだが、シュテルは理のマテリアルだ。

 その頭脳は極めて優秀であり、思考系統全般において極めて高い能力を持っている。

 

「そう考えれば、合点がいきます。

 マスターがナノハと昔よく喧嘩をしていた話。

 喧嘩の後は高町桃子氏に諭されたという話。

 ぶつかり合い、本音をぶつけ合い、少しづつ何か影響を受けたという話。

 そんな話を、三年前に一度だけ聞いた覚えがあります」

 

 まして、彼女はこの青年のことをずっと見ていた。

 この青年と話した記憶を全て、宝物のように胸の奥にしまっていた。

 ならば、マスターの反応と過去の会話の記憶から、シュテルは最適な答えを導き出せる。

 

「マスターが、そんな流れを期待していたのであれば……

 マスターが、私の中にあった私情を理解していたのであれば……

 もしや、マスターが期待していたのは、私がナノハに負けて、良い方向に変わることを……」

 

「シュテル」

 

 彼女の思考がよくない方向に向かっているのを察知し、課金青年は言葉を遮る。

 

「オレがお前の敗北を期待したことは一度もない。お前の考え過ぎだって」

 

「……そうですか」

 

 確かに、今のシュテルは考え過ぎだ。

 Kがシュテルの敗北を期待したことはない。

 だが、シュテルの考察は七割がた合っていた。

 Kはなのはを信じ、なのはに期待し、シュテルとなのはがぶつかり合う流れを狙っていたのだ。

 彼は高町なのはなら、紆余曲折あれど最後には、シュテルを変えてくれるだろうと考えていた。

 

 彼はずっと、生まれた時から、生まれる前から、高町なのはを信じていた。

 

 シュテルは先程まで、自分の内心を主に知られたということに羞恥心と後悔を感じていた。

 彼に綺麗な自分を見せようという思いがあればあるほど、自分が吐露した内心を汚いと感じ、恥ずかしく思ってしまう。

 彼に自分を冷静沈着だと評価して欲しいという思いがあればあるほど、自分が熱い思いをなのはに吐露したことを後悔してしまう。

 されど今、それらに加え、シュテルの中で大きく膨らんだものがある。

 

 それは、高町なのはに対する劣等感だった。

 

「マスター、申し訳ありません。

 私は、組織の一員としてでなく、私情を最たる理由として彼女に挑んでいました」

 

 燃え滾る炎のような気持ちを押さえ込み、シュテルは感情を出さないように取り繕った無表情のまま、主に頭を下げる。

 

「いや、オレも悪かった。

 仕事とイベントが忙しかったからって、シュテルと話す時間を減らすべきじゃなかった。

 そこはオレも反省すべき失敗だな。

 まあその反省を活かしてソシャゲの時間を減らすのかと言われれば、答えはノーなんだが」

 

(ならばその反省に何の意味が……)

 

 社会というものの性質上、生きることは仕事をするということだ。だが彼は同時に、生きることはソシャゲと課金をすることであるという業を背負っている。

 そのブレなさは、ソーシャルゲーム管理局の局員の誰もが知っていることだ。

 まごうことなき破綻者の思考。けれどそんな、いつも通りな彼の姿が、シュテルを安堵させる。安らぎと苛立ちを同時にプレゼントしてくる。

 本来ならばシュテル・スタークスと話す義務など無いはずなのに、彼の自分と話す時間を割いてくれそうなのも、シュテルの胸の内をほんわかと暖かくしてくれていた。

 

「一つ、話でもするか?」

 

「え?」

 

「オレが古代ベルカに飛ばされた時の話は覚えてるよな」

 

「はい。覚えています」

 

「その時の最終決戦でオレは、ガチャを引いた。

 ガチャで引いて使った二枚のカードの片方は、一番強い仲間を呼び寄せるものだった」

 

「なるほど」

 

 それで高町なのはが召喚され、逆転したという話か、とシュテルは思う。

 思いつつ、落ち込む。

 

「なっちゃんが来ると思ったんだ。でも来たのは、なっちゃんじゃなくてシュテルだった」

 

「……え?」

 

 だがそこで、シュテルは呆けた表情で、驚きを浮かべて顔を上げた。

 

「予想が外れてびっくりして、だけど同時に思ったんだ。

 オレは自分で思ってる以上に、シュテルのことを信頼してたんじゃないかって」

 

「……!」

 

「少なくとも、オレにとっての個人の強さカテゴリ内での一番は、シュテルだったんだぜ」

 

 ガチャは嘘をつかない。

 ガチャの景品は嘘をつかない。

 いつだってそこには現実がある。

 Kはそれをきっかけに、自分の中でシュテルという女の子の存在が大きくなっていたことに気付いたようだ。

 

 無論、シュテルが戦いの中で気付いたように、高町なのはの本質は強さにない。

 彼女の本質は不屈であること、諦めないことだ。

 負けられない戦いに必ず勝つこと、自分より強い相手にも最後には打ち勝つことが、高町なのはをエースオブエースたらしめている。

 絶対に負けられない戦いに一人選んで向かわせるなら、Kは迷わずなのはを選ぶだろうし、シュテルもそれを理解していた。

 

 だが。

 その事実があったとしても、Kの中で、シュテルが既に『一番』強い存在であったという事実に変わりはない。

 

(そんなこと)

 

 そして、それは。

 

 なのはに勝つことを目標としていたシュテルの行動を、揺らがせる言葉であった。

 

(そんなことを、今言われたって、私は……!)

 

 シュテルがなのはに勝とうとしていた理由は二つ。

 自身のオリジナルに勝利することで、自分が自分であるという証を打ち立てること。

 そして、『彼』の中で一番になることだ。

 

 力の強さにおいて、彼の中でシュテルが既に一番であるのなら、シュテルがなのはに勝利したところで何も変わらない。

 シュテルがなのはに勝とうとする理由は半減してしまう。

 理由が二つ残ってるなら、シュテルは戦い続けるだろう。

 理由が何も残らなければ、シュテルは当然戦いをやめただろう。

 だが、消えた理由は一つだけだった。

 

 理由が半減に留まったことで、シュテルは分かれ道に立たされた気分になっていた。

 

「大いに悩め、シュテル。『悩むな』なんてお前に言う奴は居ない」

 

「……あ」

 

 マスターの声に、シュテルは顔を上げる。

 食堂の時計を見る限り、シュテルはKを放っておいたまま、十数分考えこんでしまっていたようだ。その間、Kはシュテルの言葉をじっと待っていたらしい。

 Kはシュテルの目の前に、いつの間にか用意していた茶筒を差し出す。

 

(暖かい)

 

 小さな手で茶筒を持てば、手に暖かさが伝わる。

 艶やかな唇に茶筒を近付ければ、唇と頬に熱が伝う。

 一口飲めば胸が暖かくなり、彼の心の暖かさが伝わってくるような気までしてきた。

 

「悩んだ末に出した結論には価値が宿る。

 財布を見ながら悩みに悩んで、『これを回そう』と選んだガチャみたいにな」

 

「……マスター」

 

「お前は好きな結論を出せばいい。

 大丈夫だ、安心して悩め。

 お前がどんな結論を出してもオレはお前の味方で、お前を嫌いになったりしない」

 

 いつも通り過ぎる課金王。

 だが彼の"味方"という言葉に、"嫌いになったりしない"と言う言葉に、シュテルは救われた気持ちになっていく。

 それは"自由にやれ、自由に生きろ"という肯定でもあったから。

 

(ああ)

 

 Kはシュテルの行く末に責任を感じているが、それと同時に、彼女がこの世界に生きる理由は自分で見つけなければならないとも思っている。

 シュテル・スタークスが生きる理由は、何かに依存したものではいけないと考えている。

 彼が彼女に望むことは一つ。

 彼女が自分の人生を、ちゃんと楽しんで生きていけるようになることだ。

 

(全く、厳しい人です)

 

 古代ベルカにおいて、Kとクラウスの関係はKとなのはの関係にどこか近かったが、Kとオリヴィエの関係もまた、Kとシュテルの関係にどこか近かった。

 

「だから、口座返してくれ」

 

「ダメです」

 

「100kだけ、100kだけだから」

 

「ソシャゲ管理局を管理してるリーダーなんですから、自分くらいちゃんと管理してください」

 

 そして、Kとなのはの関係と、Kとシュテルの関係も、どこか近かった。

 

 

 

 

 

 考えることが多すぎる。

 なのに、考えるのをやめてはいけない。

 そんなジレンマに悩まされながら、シュテルは悩み、答えを探し、なおも戦場に赴いていた。

 以前のように迷いなく戦える精神を失ってなお、高町なのはと戦うために。

 その機会を得るため、世界を渡ってジェイル・スカリエッティの兵器群を蹴散らすために。

 

(私は、何のために生きるのか)

 

 今のシュテルでは、先日のように戦うことはできないだろう。

 それでもシュテルは、なのはとの戦いの中に何かを見い出そうとしていた。

 自分が出せない答えを、オリジナルとの戦いの中に見つけられそうな気がしていた。

 高町なのはとシュテル・スタークスがぶつかることで、最終的にシュテルが変われると考えたマスターの判断を、信じていた。

 

(生きる理由すら、かつてはなかった。

 生きる理由さえあれば、それだけでよかった。それだけで生きていけるはずだった。

 なのに今では、生きる理由があるのに不満を持ち、生きる理由以外のものを欲しがっている)

 

 シュテルはガジェットを蹴散らしに蹴散らす。ガジェットを潰す。ガジェットを砕く。

 ついでにクアットロを殴り病院送りにする。ガジェットを切り裂き、焼滅させる。

 焔の刃でガジェットを切り裂いて、AMFごと炎の砲撃でまとめて吹っ飛ばす。

 ガジェットの残骸の山を築き上げ、シュテルはなおも止まらない。

 彼女が求めているものが、ここには無かったからだ。

 ゆえに、勝利を得ても彼女が止まることはない。

 

 彼女が欲しいものはある青年であり、その青年からの想いなのだから。

 それは、単なる勝利では得られない。

 

(なんと、欲深な……まるで、ごく普通に生きる人間のよう……私は、そうでないというのに)

 

 シュテルは自嘲しながら飛び回る。

 やがて彼女は、戦闘機竜と呼ばれていた竜型兵器と接敵する。

 

「これは……戦闘機人にも増して酷い」

 

 戦闘力という一点を見て、生命体としてより優れた素材をチョイスし、ジェイル・スカリエッティによって作られた戦闘兵器。

 死体の心臓にロストロギアレリックを埋め込み、人工的に作られた命だ。

 その戦闘能力は、リミッターがかかった六課隊長陣でも勝てるかは分からないほどだ。

 シュテルは機械と生体が融合した巨大な竜を見て、同情と憐憫と共感を瞳に浮かべる。

 

「―――――――――ッッッ!!!」

 

「作られた命。

 自然に発生するわけもない命。

 生まれた意味を見つけられなければ、生きていこうと思うことすらできない命」

 

 シュテルは軽やかな飛行で竜の一撃を避け、砲撃連射(ディザスターヒート)を頭上から叩き込む。

 苦しませないよう命を刈り取る意志。

 苦しみに満ちた生から解放しようとする意思。

 それが、シュテルに大威力での一撃必殺を選ばせた。

 

「あなたはまるで、私のようです」

 

 竜は小さな悲鳴をこぼしながら、ほぼ一瞬で絶命する。

 最後の悲鳴が感謝の言葉のように聞こえて、シュテルは悲しげに眉をひそめる。

 

(私はどのように死んでいくのだろう。

 あの竜のように、無様に死ぬのか……それとも、誰かの腕の中で……?)

 

 乙女すぎる自分の思考に、シュテルは苦笑する。その思考回路が高町なのは(オリジナル)から受け継いだものなのか、自分の内から生まれたものなのかすら、シュテルには分からなかった。

 

(願わくば、いつか私が死ぬ時は、大切に思う誰かのために……)

 

 誰かのために死に、その誰かの腕の中で惜しまれながら死ぬのなら、自分の死に誰かが涙を流してくれるなら、それ以上の結末はないだろうと、シュテルは考える。

 だがシュテルはすぐに、その思考を自分自身で否定した。

 

(……ああ、本当に迷走していますね、私は。

 無意識の内に、あの人のために死んで、あの人の心に残ろうとしている。

 それは卑怯だ。大切な人の心を傷付ける自己満足でしかない。

 そんな迷走の果ての本末転倒、誰のためにもならない。絶対にやるべきではない)

 

 そんなことを考えているから、シュテルは野生生物に見つかってしまい、リインフォースに見つかり、交戦状態に陥ってしまったのである。

 

(近くにマスターが来ている、こんな時に……!)

 

 様々な理由から"すぐにでもマスターと合流したい"と考えていたシュテルは、そうして、迷いと考え事を抱えたまま戦闘に突入してしまった。

 

 

 

 

 

 戦いが始まり、はや数分が経過しようとしていた。

 

 考え事をしている今のシュテルは、なのはと初めて戦った時と比べれば一段落ちるほどに弱い。

 対しリインフォースは、かつて蒐集した技能をフルに活用し、真正ベルカの王達と同種の力すら手に入れている。

 ……それでも。

 それでもなお、シュテルの方が上を行っていた。

 

「……化け物じみた力だな」

 

「元を辿れば貴女と同じ、闇の書を由来とする力です」

 

 フェイトが形成する魔力刃よりも密度と高度の高い魔力が、なのはの砲撃以上の速度と威力で、はやての魔法並みの攻撃範囲で迫り来る。

 祝福の風は迫り来る七本の炎柱を見やり、肌を焼く熱に眉をひそめた。

 彼女は夜天の書由来の背中に生やした魔法の黒翼で、常識外れの立体機動を敢行。炎の柱と柱の間をすり抜け、服を焦がしながらもなんとか回避する。

 

「デアボリック―――」

 

「……ブラスト」

 

 リインは砲撃の合間を決死の覚悟でかいくぐり、距離を詰める。

 そして広域攻撃魔法を接近しながら撃つという、凡庸な魔導師では真似することも出来ないような、捨身の高等技術攻撃を撃ち放った。

 

「―――エミッション!」

 

「ファイアー」

 

 球状に広がる闇の広域攻撃。シュテルはそれに、シンプルな砲撃で対抗した。

 ただひたすらに熱く、太く、強烈な砲撃は、広がる闇の球体を真っ向から押し込んでいく。

 そして砲撃はそのまま、闇の球体の中心に居るリインに向かって行った。

 

「なっ」

 

 目だけでそれを見るならば、柔らかく黒いボールを燃える棒が押し込み、凹ませているようにも見える光景。

 だが魔導師であるならば、両者のでたらめな魔力量に目眩すら覚えるだろう。

 リインは膨大な魔力で組み上げた広域攻撃を、類稀なる魔力制御にてキャンセルし、残留魔力を力任せに散らしながら回避行動を取る。

 そうして、シュテルの豪快な砲撃を回避した。

 

「よい判断です」

 

 シュテルはそこで攻め手を緩めず、尋常でない速度で尋常でない魔力を集中し、杖先から砲撃の連射として解き放った。

 

「ディザスター、ヒート」

 

「……!」

 

 最高位の魔力防御と最高位の炎熱防御を両立しなければ防げない砲撃。

 それを連射されては、さしものリインフォースといえど厳しいものがある。

 だが幸運にも、今のシュテルは冷静さを僅かに削られている状態だ。

 それが上手く戦いの中で噛み合い、回避しながら防御魔法を使うリインフォースに、一手新たな手を撃つ時間が与えられる。

 

「パンツァーシルト! 続き、響け終焉の笛!」

 

 リインフォースは非常時に備え、遅延魔法の応用で体内に蓄積していた魔力をカートリッジの要領で使い、切り札級の直射砲撃を放つ。

 

「ラグナロクっ!」

 

 ぶつかり合う、複数の炎の砲撃と一本の大きな白銀の砲撃。

 規格外な両者の攻撃は大爆発を引き起こし、閃光と爆音を産み、相殺という結果に終わった。

 ディザスターヒートを相殺したリインが凄いのか、ラグナロクを相殺したディザスターヒートが凄いのか、それを語る意味を見つけられないほどに、凄まじい光景であった。

 

(くっ……少しなら、食い下がれると思っていた。

 ある程度時間をかけて戦えれば、情報を引き出せると思っていた。

 だがまさか、これほどまでに厄介な手合だったとは……!)

 

 リインは唇を噛み、空に浮かぶシュテルを凝視する。

 ラグナロク用に普段からチャージしていた蓄積魔力も、今の一撃で使い切ってしまった。

 シュテルは頭がよく策を練る強さを持っているが、それは策を練らなければ弱いということを意味しない。頭がいいということは、正攻法を巧みに組み立てるだけでも強いということだ。

 そして力が強いということは、力押しだけでもだいたい勝てるということを意味する。

 

「パイロシューター」

 

「刃以て、血に染めよ! 穿て、ブラッディダガー!」

 

 敵の十倍の戦力があれば包囲し、五倍あれば攻撃し、二倍あれば敵戦力を分断し、同等であれば戦い、敵に戦力で劣っているならば逃げか隠れろ、という必勝法を語った言葉がある。

 シュテルが現状発揮している頭の良さとは、これに近い。

 つまり彼女は、明確な力の差があるのであれば、魔法攻撃で囲んで仕留めるのが一番確実であると、知っているのだ。

 

(力で勝つだけでは、手に入らないものがある)

 

 戦いを揺るぎなく優勢に進めながらも、シュテルは悩む。

 

(分かってる。そんなことは、分かっている。だけど)

 

 自分で答えを出さなければならない問答を、頭の中で繰り返す。

 

(なら、どうすれば、欲しいものに手が届くのだろう……?)

 

 彼女の思考は、前にも後ろにも進んで行ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シグナム、ヴィータ、キャロの時空管理局勢。

 K、恭也、士郎、ゼストのソーシャルゲーム管理局勢。

 Kが"なんか、オレの方が横山三国志であっちは恋姫三国志感あるよな。何故恋姫無双のソシャゲはああいうバランスに走るのか……"とかなんとかおっさん率と美少女率に思いを馳せている内に、両勢力は膠着状態になっていた。

 その膠着を切り裂いたのは、シグナムの言葉だった。

 

「K。私は、そちらの誰かと一手所望する。

 私が勝てば、お前は一つ質問に答えろ。

 そちらが勝てば、私は一度だけお前の言うことを何でも聞いてやる」

 

「し、シグナム副隊長?」

「はっ? おいシグナム?」

 

 キャロとヴィータが狼狽えるが、シグナムは二人に目もくれず、Kと相対する。

 巨大兵器スルトの中に飛び込んで行ってから、自分に対して妙に態度や口調がうやうやしくなったKを、シグナムはまっすぐに見据えていた。

 

「オレ達がそれを受ける意味が無いでしょう」

 

「そうかな? あくまで、私の勘だが……

 私がお前の言う通りに動く駒となるならば、どこかの盤上に打てる一手になるのではないか?」

 

「……」

 

「だからこそお前は、六課の新人が成長することを望んでいるのではないか?

 何かがあった時、自分の良心に従い戦うことができる強者を、一人でも増やすために」

 

 シグナムの指摘に、Kは肯定も否定も返さない。

 「質問したければ勝てということか」と、シグナムは彼女らしい表情で笑う。

 そして剣の柄を撫でつつ、Kの次の言葉を待った。

 

「オレがはやてを傷付けろと言ったら、その命令も聞くんですか?」

 

「それはない。

 何故ならお前は、主はやてを妹のように見ているからだ。

 お前はどう足掻こうが、どう変わろうが、大切に思う人間を手に掛けることはできない」

 

「……」

 

「ましてやお前は、十年前より随分と真っ当な人間になったように見える。

 自分の欲求のためだけに何もかもを切り捨てることなど、もうできまい」

 

 シグナムはKが特に反対をして来ないのを見て、何故か猛禽を連想させる笑みを浮かべながら、Kの車椅子を押している高町士郎に呼びかけた。

 

「あの日の決着を。如何か、地球の剣士殿」

 

「俺としてはやぶさかでもないが」

 

 士郎はKに目配せし、Kは頷く。

 それを了承と受け取り、士郎は小太刀二刀を取り出した。

 元より商談のために来ていた彼は、護身用にこの二刀しか持ち合わせていない。

 されど、二刀あらば十分。士郎はKの車椅子を恭也に任せ、どこか楽しそうな様子で、彼はシグナムと対峙する。

 

 十年前にあった前回の戦いにおいては、士郎達の魔力強化が十分ではなかったせいで、御神の剣士三人がかりでもシグナムを倒しきることができなかった。

 だが技巧勝負だけを見れば、士郎とシグナムは互角であったと言える。

 あの日、御神の剣士の強化に専念してくれる人間は居なかった。

 

 だが、今日は居る。

 あの日、士郎達は幼いKを助けるために戦おうとした。

 そのKが、大人に育ったKが、大人に育てられたKが、今日は彼らに力を注ぐ立ち位置に居た。

 

十万円課金(ベーシック・プラス)『武装魔力付与』。

 十万円課金(ベーシック・プラス)『肉体全項目強化』。

 こちらだけが援護するのは不公平だからな、そっちもお好きなようにどうぞ」

 

「……分かりました。我が乞うは、城砦の守り。烈火の騎士に、清銀の盾を」

 

 代金ベルカ式の強化魔法が士郎に注がれ、士郎の二刀に光が灯る。

 ミッドチルダ式の強化魔法がシグナムに注がれ、レヴァンティンが力強く握られる。

 

「さあ」

「さあ」

 

 戦いの始まりは一瞬。

 あまりにも自然な"入り"は、武の心得がない者には認識できない戦いの始まりを生む。

 

「競おうか」

「鬩ぎ合おう」

 

 キャロ視点、二人がいつ構えたのかも、いつ踏み込んだのかも、いつ武器を振り上げたのかも分からないかった。

 気付けば構えていて、気付けば踏み込んでいて、気付けば武器を振り上げていたのだ。

 ゆえに、キャロが明確に認識できたのは、両者の武器がぶつかり金属音が鳴り響いたその瞬間。

 両者が、既に初撃を撃ち放った直後だけであった。

 

「しっ」

 

 二刀と一振りの剣が、幾度となくぶつかり合い、受け流され、あるいは空振る。

 体重を乗せた重撃、速さを重視した連撃、高度なフェイント。

 ここにはその全てがあった。

 十年という歳月が磨き上げた高町士郎の技の冴えに、シグナムは自然と口角を上げる。

 

「はぁっ!」

 

 避けてから切るのでは間に合わない。

 防いでから突くのでは間に合わない。

 攻めることで敵の攻め手を鈍らせなければ、一瞬後には切り捨てられている。

 ゆえに、かわしながら切り、防ぎながらかわし、切りながら防ぐ。

 両者共にそうするしかない、そんな戦い。

 

「虎乱」

 

 士郎は手数で攻めに行く。

 シグナムは髪を切り飛ばされながらも、頬を切られながらも、バリアジャケットを切られながらも、下がらない。

 剣と鞘、時に肘や膝を使ってまで、奥義を織り交ぜる士郎の剣を受け流していく。

 

「紫電一閃」

 

 対しシグナムは、ここで重い一閃を放った。

 士郎は二刀を重ね合わせてハサミのようにし、シグナムの剣を受けて捻るように受け流す。

 シグナムの後方でそれを見ていたキャロは、人知れず歯噛みする。

 

(最悪だ)

 

 シグナムは優れた魔導師に強化魔法が付与された状態。

 士郎は非魔導師とデバイスでもないただの剣に一から強化が付与された状態。

 ならば、前者の方が強くなるはずなのだ。普通なら。

 後者は普通の人間を、魔力での攻防を行うステージに、まず上げなくてはならないのだから。

 

(私が、シグナム副隊長の足を引っ張ってる……!)

 

 なのに今は士郎が優勢。

 それはつまり、強化魔法を飛ばしている人間の腕に差があるということだ。

 課金者(K)無課金(キャロ)の間には、金を消費した分の差という、埋めがたい大きな差が広がっていた。

 

(あっちの人が、ソーシャルゲーム管理局のリーダーって人が、上手いんだ。私より……!)

 

 Kは肉体全項目強化という融通の利く強化を使い、後から追加で士郎に飛ばした強化も合わせ、戦闘中に流動的に士郎を強化していた。

 士郎が押されそうになれば、防御力を強化。

 押している時は、攻撃力を強化。

 士郎が切っている時は刀の切れ味を上げ、攻撃を受けている時は刀の強度を上げる。

 隙を突けそうなチャンスには思考速度と行動速度を上げて間に合わせ、時折二刀にシグナムの炎を吹き散らす暴風を付加していく。

 

 剣士の感情を慮ったのか再行動こそ使っていないが、それでも十二分な補助を行っていた。

 

(足りない、技が足りない……!)

 

 徐々に押し込まれるシグナム。

 焦るキャロ。

 だが焦る気持ちとは裏腹に、キャロの理性は静かに思考を走らせていく。

 焦りながらも冷静さを保つよう徹底してヴォルケンリッターが叩き込んだ今日の教えが、今、キャロの中でカチッと噛み合っていた。

 

(いや、そうだ。足りないなら吸収すればいいんだ。

 スバルさんがお母さんからそうしたように、ティアナさんがお兄さんからそうしたように!)

 

 キャロは気付いた。

 目の前に、最高の教材が居るということに。

 車椅子の青年が、自分に教えを示してくれているということに。

 

「―――っ!」

 

 ゆえに、必死で食らいついた。

 もはや飛竜に指示を出す余裕もない。飛行指示を出す余裕もない。

 地に足つけて、必死に目の前の先人の軌跡を追っていく。

 どこを強化するか、どういう流れで強化するか、何を強化するか、その状況ならどういう援護を送るのが正解か、仲間は何をしてもらいたいのかをどう察するか。

 キャロは目の前の教材を真似し、その意味を考え、加速度的に成長していく。

 

(後を追い、もっと早くもっと速く、オリジナルより的確に、追い越すくらいの気持ちで……!)

 

 ゲームの話ではあるが、仲間に強化(バフ)をかける人間は、戦場にある全てを見て総合的な判断を下しながら行動しなくてはならない。

 最低限の指揮ができない人間に、最高効率で仲間の強化などできるわけがないのだ。

 キャロは今、補助系魔導師の理想形に一歩づつ近付いている。

 

 いつしかキャロは、流れるようにシグナムを強化していけるようになっていた。

 いつしかキャロは、目の前の車椅子の魔導師に尊敬の念を抱いていた。

 いつしか士郎優勢だったシグナムと士郎の戦いは、完全に拮抗するようになっていた。

 

「はぁあっ!」

「くぅらッ!」

 

 Kとキャロの間にあった大きな差はもう無い。

 もはや両者が送る強化の度合いの差には、魔導師と非魔導師の差程度の差しかない。

 ゆえにそこの場面において、シグナムと士郎の間にあった魔導師と非魔導師の差だけが埋まる。

 ゆえに互角。

 ゆえに拮抗。

 ならば、後は互いの技を競うのみ。

 御神の剣士と烈火の騎士、互いの人生をぶつけ合う時だ。

 

「負けん!」

 

「それは私の台詞だ!」

 

 剣士と騎士。その決着は、おそらく近い。

 

 

 

 

 

 剣士と騎士の戦いが終わりの気配を見せ始めたことで、ゼストが動こうとする。

 その動きを、ゼストを見張ることに注力していたヴィータが制する。

 

「動くな」

 

 アイゼンを構えたヴィータを見て、ゼストは表情をピクリとも動かさないまま、アームドデバイスの槍を構えた。

 悠然としたその姿。自然さしか感じない動き。全く動かない巌のような表情。

 優れた中国拳法の使い手は世界と、自然と一体化するというが、ヴィータが相対しているゼストもまた、自然と一体化しているかのような雰囲気を醸し出していた。

 

「さっき、お前の顔写真をこっそり撮ってロングアーチに送って照合させてた」

 

「……抜け目がないな」

 

「あっさりヒットした、っつーか……驚いたよ。

 ゼスト・グランガイツ。あんたの名前は、あたしでも聞いたことがある」

 

「名高きヴォルケンリッターに名を覚えてもらえているとは、光栄だな」

 

 ゼストは軽口を叩くが、愛想笑いの一つも寄越さないために、違和感が酷い。

 ヴィータはアイゼンで己の肩を叩きながら、ゼストに語りかけ続ける。

 

「データだとてめー、違法研究所に踏み込んだ後行方不明になってるな。

 ……どういうことだ?

 その研究所、後日調査によればスカリエッティの研究所だったらしいが」

 

「答える義理はない」

 

「そっちになくても、こっちにはあんだよ」

 

 ゼスト・グランガイツ。

 凡庸な魔導師が所属することが多い陸の人間でありながらも、レアスキル扱いの古代ベルカ式を扱う魔導師であり、魔導師ランクS+という飛び抜けた力を持つ男だ。

 その強さから、時空管理局の一部ではよく話題に上がる男でもある。

 そんな男が、よく分からない事件の中行方不明になり、怪しい犯罪者の名前がちらほら見える中で、よく分からない経緯でKの配下に居る。

 それゆえにヴィータは訝しげな視線を彼に向け、ゼストは幼い容姿の彼女を微笑ましいものを見るような目で見ていた。

 

「可愛らしいものだな」

 

「あん?」

 

「怪しい人物が、親しい友の傍に居ることが気になるか。

 その友が誰でも簡単に信じる人間で、時空管理局の上層部が腐っていると知っているがゆえに」

 

「……っ! うっせぇ!」

 

 ヴィータは内心、"こいつ今裏で噂になってる汚職に関わってた管理局上層部の送ったスパイなんじゃないか"と思っていた。

 だがそれをゼストにドンピシャで言い当てられてしまえば、ちょっと不快に感じてしまう。

 ゼストの指摘に煽られたヴィータは、鉄槌をもってゼストに攻撃を仕掛けていた。

 

(……こいつ)

 

 だが一撃二撃と攻防を繰り返す内、ヴィータの思考は冷えてくる。

 戦いながら冷静に戦力を分析していくと、次第にヴィータの内に危機感が芽生え始める。

 

(こいつ、やべえ。ここで戦ったのは、正解だったのか、間違いだったのか……)

 

 侮っていたわけではない。

 だが、ゼストの実力はヴィータの予想を遥かに超えていた。

 油断すれば即落とされるという確信と、ゼストはまだ全力を出していないという確信と、ゼストの実力の底の見えなさがヴィータを戦慄させる。

 シグナムでも負けかねないと、他の誰でもないヴィータが心中にて断言していた。

 

 ゼストの体調は見るからに万全、コンディションにも隙が無いように見える。

 無論技巧に隙もなく、付け入る隙が見当たらない。

 

(やべえ)

 

 ゼストの動きから隠し玉がありそうだと判断したその頃には、ヴィータはこの男に尋常な手段では勝てないという事実を把握する。

 

(こいつ、目立とうとしてないだけで……

 リミッター無しのフェイトやシグナムと並ぶ、あるいはそれ以上の強さだ……!)

 

 捕縛して話を聞くということもまずできない。

 

 ヴィータにできることは、戦いを通しこの男がどういう人間であるか――『彼』に危害を加える人間であるか――を、把握することだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 スバルとエリオは滝に打たれていた。

 

「うわあああああああああっ!」

「うおおおおおおおおおおっ!」

 

 せっかくの休暇も修行修行アンド修行。

 しかも滝行というのが凄まじい。凄まじいアホだ。

 プラシーボ効果でちょっと魔力が上がっているというのが更に凄まじかった。

 

「スバルー、エリオー、その辺にして上がって来なー」

 

「はい、ロッテさーん!」

「はーい!」

 

 スバルに滝行を教えた人物の紹介で、彼女らはこの場所に来た。

 ここはミッドでも田舎に位置する土地であり、ギル・グレアム元提督や、その使い魔であるリーゼロッテやリーゼアリアが居住している。

 これも縁ということで、スバルとエリオはロッテの指導も受けていたようだ。

 

「ほら、そこのリンゴ好きに取って食べていいよ、二人共」

 

「ありがとうございます!」

「ます!」

 

 一日の滝行と一日の指導では大した成長も無いかもしれないが、それでも近接タイプの二人にはいい勉強になったらしい。

 リーゼロッテはグレアムが隠居後に始めたらしい果樹園を指さし、二人を喜ばせていた。

 人の成長は、植物と同じだ。

 多種多様な肥料を与えなければ偏って育つし、継続して水を与えなければ細くなっていつかは枯れる。今日もまた、スバルとエリオは新たな肥料を獲得していた。

 

「でも、いいんですか? このリンゴ、もらっちゃって」

 

「いーよいーよ、どうせあの不出来な弟子……Kのソシャゲ管理局に全部やるんだし」

 

「「 んんっ!? 」」

 

 なのだが、ここで予想外の単語が出て来たことに、二人揃って激しくむせる。

 

「ここだけじゃなくてさ、よその世界にもうちの果樹園広げてるのよ。

 それを翠屋とかいう店でお菓子にするんだってさー。

 ま、すぐに大規模農家や大規模工場と正式に提携するらしいんだけど」

 

(どうしましょうスバルさん、ここ敵地です)

(え、でも表向きは敵対してないし、正直最近は敵に思えないしあっちの管理局……)

 

「いいって、そんな気にしなくて。

 あたし達も元時空管理局員で、今は隠居してるだけの人間だしね。

 若い子に何かを教えるのは、昔の弟子達のこと思い出せて、まあ……楽しかったから」

 

 ロッテは手の中でリンゴを転がす。

 自分で組織を作った途端、昔世話になった大人と一緒に仕事がしたいと考えるKの思考に、ロッテは微笑ましい気持ちになる。

 グレアムの果樹園と翠屋のお菓子という組み合わせは、つまりそういうことなのであった。

 ロッテ達が作ったリンゴは、一部の人間の食卓の上に既に並ぶようになっている。

 

 例えば今教会で話し合っている、カリムとはやてとティアナの目の前のテーブルに置かれた、皿の上などに。

 

「私の預言は、これまでの預言と比べ段違いに強力な緘口令を敷いています」

 

「そりゃそうでしょうよ……ソシャゲ(こんなん)で滅びるとか悪夢ですよ……」

 

「教会上層部、管理局上層部、どちらもこの預言の内容を知らない者の方が多いでしょう」

 

 カリムとティアナは、両方とも今すぐに頭を抱えてしまいそうな表情で話し合っていた。

 

「そして、預言と『彼』の人柄を知っている者の間でも、判断は真っ二つです。

 ソーシャルゲーム管理局を潰すべきか、残すべきか。

 ハッキリ言いますが、時空管理局の混乱がこれだけで済んでいるのは奇跡です。

 リンディ・ハラオウン総務統括官、クロノ・ハラオウン提督が頭を抑えていますが……」

 

「これから先どうなるかは分からない、と」

 

「はい。組織の混乱は、緊急時の即応力を弱めます。

 混乱が強まれば、有事にすぐさま対応することが難しくなるかもしれません」

 

「厄介な問題ですね」

 

 ソファーに座るティアナの背後から、彼女の肩をはやての手が軽く叩く。

 

「そこで、や」

 

「?」

 

「私はKさんの体が悪くなった理由、聞いた方がええんと思うんや」

 

「それは……私も思いましたが」

 

「あれが預言と関係有るのか、まずはそれを確かめなあかんと思う」

 

 預言が書かれた時期に、ちょうど車椅子になっていたK。

 はやてはそれが兆候であるとは思わなかったが、偶然であるとも思わなかった。

 彼の体が悪くなった理由は、答えには直接的に繋がらないが、間接的にどこかに繋がる情報であると、はやては推察していたのである。

 

「戦闘力、関係性……

 その辺考えるんなら、Kさんから話を聞き出すのに最適な人材はなのはちゃんや」

 

「そこはまあ、あの男をよく知る人なら誰もが賛同すると思います」

 

「Kさんのジョーカーで、かつKさんに対するジョーカーみたいなもんやからな」

 

「では、あたしは何をすればいいんでしょうか?

 ここに呼ばれたのも、ただ預言を聞かせたかったというわけではないんでしょう?」

 

「ティアナは話が早いから好きやで」

 

 はやてはにっこり笑い、ティアナの頭の回転の早さを褒める。

 預言がトップシークレットなら、ティアナに意味もなく聞かせるわけがない。これは、はやてが裏の事情を知りながら動かせる駒を欲した、ということなのだ。

 口が固く、頭の回転が速い部下を、はやては欲していた様子。

 

「なのはちゃんはKさんに、あるいはKさんの護衛のシュテルって子にあてる。

 けどまあ、なのはちゃんはうちの主戦力。

 これが欠けたら部隊運用に欠けが出来てまう。なんで、ティアナには……」

 

「何かあった時に相応の役目を振るから覚悟しておけ、と」

 

「そやそや。なのはちゃんの代わりを、果たして欲しいってわけやな」

 

 はやてはにこやかに言うが、告げられた内容の難易度は尋常ではない。

 

新人(あたしたち)に求められるのは、大一番でのなのはさんの穴埋め。

 なのはさんが戦うべきであるような敵戦力を、あたし達四人で止めること……)

 

 少なくとも、今の新人四人で果たせる役目ではない。

 相当な無茶振りだった。はやてもそれは分かっているのだろうが、それでも無茶ぶりだった。

 そんな無茶をする下地を作って置かなければならないほどに、世界滅亡という預言は重い。

 

「さて」

 

 カリムは二人の視線を受けながら、金の髪を揺らして呟く。

 

「ソーシャルゲーム管理局は、世界を滅ぼす悪魔か、世界を救う救世主か、果たして……」

 

 この人ドラッグジャンキーみたいなことほざいてるな、とここでカリムに言えるような人間は、ここには一人も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単純に個人戦闘力で見れば、シグナムは士郎に勝る。

 単純に仲間を強化する能力で見れば、Kはキャロに勝る。

 結果、両者は拮抗する。

 

 刃に刃が重ねられ、幾度となく刃鳴り散らす。

 互いが純粋に剣技を競い、活人の技でない殺人の技を縦横無尽に振り回す。

 

 そして、戦いは終わりを迎え―――腹の傷を抑えながら膝をついたのは、士郎の方だった。

 

「老いたな、高町士郎」

 

 シグナムも傷だらけだが、深い傷は一つもない。

 士郎の傷は深いが、回復魔法で問題なく治るレベルだろう。

 勝者と敗者は決まった。

 だが、勝敗を決めたのは技の差でも力の差でもない。

 

 30手前の息子を持つ父親である士郎だからこそ、避けられなかった要因……加齢による衰えであった。

 

 魔法でスタミナは補えるが、それでも限界はある。

 十年前から肉体年齢が変わっていないシグナムが魔力で自分のスタミナを補ってしまえば、もうスタミナで並ぶことは不可能だろう。

 士郎はこの十年で技を磨いたが、同時にこの十年で年齢的な衰えを受けてしまっていたのだ。

 

「十年前のあなたとこの状況で戦っていたなら、負けていたのは私だったかもしれない」

 

 シグナムはそれを惜しく思い、時の流れの無常さを実感する。

 同時に、時の流れに置いて行かれている自分達の異物感も実感していた。

 だが、十年前の士郎を賞賛する言葉を吐いた直後に、キャロがシグナムの視界に入る。

 

 ちょうど十年前に生まれ、今日シグナムを助けてくれた、小さな勇者だ。

 

「いや」

 

 シグナムは自分の思い上がりを恥じ、首を振る。

 

「それは、私自身を過大評価しすぎだな。

 キャロが戦いの中で成長してくれなければ、今日負けていたのは私だっただろう」

 

「副隊長……!」

 

 キャロが感激したような声を上げ、シグナムは優しい顔でキャロに頷く。

 

「俺が……高町士郎が十年前の若さだったら、か」

 

 Kの回復魔法を受け、腹の傷が綺麗さっぱり消えた士郎が苦笑する。

 

「無茶を言ってくれる。人は老いるものだ。

 君のように、老いずいつまでも若いまま、技を磨けるわけじゃない」

 

「……そうだな。その点は、私もこの体に感謝しているよ」

 

 すると、今度はシグナムが苦笑する。

 ヴォルケンリッターは皆、心のどこかで"普通の人間"に憧れている。その願いが体に影響を及ぼし、プログラム体の長所である回復力の高さなども人並みになり始めていた。

 人は、プログラム生命体の長所に憧れる。

 プログラム生命体は、人の長所に憧れる。

 老いることすら、ヴォルケンリッターには時に長所に見えることだろう。

 不老。それは人の夢であり、人でないものが捨てたいと夢見るものだった。

 

 高町士郎は、不老の騎士に負けはしたものの、敗北で全てを否定されたわけではない。

 

「なら、君のその老いない体に、私は私なりの答えを返そう」

 

「貴方なりの答え、だと?」

 

「……もう一戦、付き合ってもらう」

 

 ゆえに彼は、"次"に繋げる。

 士郎は後方に下がり、恭也に己の二刀(おもい)を渡し、恭也と入れ替わりにKの車椅子を押すポジションにつく。

 恭也は父に向けて頷き、授かった二刀を握って、改めてシグナムと対峙した。

 

「息子殿か」

 

「ああ」

 

「親父殿が敵わなかった相手に、貴方が勝てるとお思いか?」

 

「さあな。ただ……」

 

 静かに。されど父より若々しさを感じる構えで、恭也は音もなく戦いの姿勢を取った。

 シグナムもまた、応じるように構える。

 

「相手が強いから戦いを挑むのはやめよう、だなんて考えたことは一度もない」

 

「よい答えだ」

 

 あの日あの時、三人がかりでもどうにもできなかったシグナムの強さが恭也の脳裏に蘇る。

 あの日の後、悔しさに身を任せて己を鍛えた日々の記憶が蘇る。

 背中にKの補助魔法を受け、恭也は吹き零れそうな沸騰する気持ちを制御した。

 戦意に高揚した心が、高揚を保ったまま明鏡止水の境地に至る。

 

(もう一戦)

 

 第二ラウンドの開始に、キャロも気合を入れているようだ。

 二連戦だが、キャロの補助魔法のキレは全く落ちていない。

 背後の仲間に頼もしさを感じながら、シグナムは恭也との戦いに赴いた。

 

(……何?)

 

 シグナムは十年前、士郎と恭也の力量を見切ったつもりだった。

 息子が父に及ばない腕前であると、理解していたつもりだった。

 高町士郎に勝てる力量があれば、息子にはまず苦戦しないだろうと思い込んでいた。

 

(バカな)

 

 だが、そんな幻想はすぐに打ち砕かれる。

 シグナムに多少疲労が溜まっていたのもあっただろう。

 十年前のシグナムの動き、今父と戦っていたシグナムの動きを恭也がしっかりと見て、それに最も効果的な戦い方を選んでいたというのもあるだろう。

 油断もあった。

 だが、それが無かったとしても、シグナムが押されているという事実に変わりはなかったに違いない。

 

(速いのはいい。重いのはいい。だが―――技の完成度が、予想以上に高い!)

 

 Kの強化により力を底上げした御神の剣士、そのポテンシャルの可能性を証明するかのように、恭也は鬼気迫るほどの攻勢を見せる。

 振り下ろしを受けさせれば、シグナムの膝が僅かに曲がる。

 薙ぎ払いを受けさせれば、シグナムの上体が僅かに揺れる。

 恭也は刀でシグナムの顔を横に動かし、視界に偏りができたその瞬間、シグナムの腹に痛烈な前蹴りを叩き込んだ。

 

「しっ」

 

「ぐっ!」

 

 しかし、そこは流石のシグナムだ。

 バリアジャケットの強度と身のこなしを併用し、ダメージを最低限に抑えてみせる。

 そうしてまた、シグナムと恭也の目にも留まらぬ剣閃応酬が再開される。

 

「最初に武器を持った人間は、がむしゃらに振ることしか出来なかっただろう。

 最初に剣を持った人間は、それを無理なく振るうことしか出来なかっただろう。

 大昔の人間は、剣士としての理想形ですら持っていなかったに違いないと、俺は思う」

 

 恭也は語る。

 語りながら剣を振るう。

 それは彼が思っている事柄であり、彼がここで証明しようとしている事柄だった。

 

「だが世代を重ね、継承を続け、途方も無い年月を、技の創出と研鑚に勤めれば――」

 

 シグナムは、闇の書が放浪した年月のほとんどを技の研鑚に使っていた騎士である。

 同時に、親から子へと技を継承してきた一族もまた、その一族が存在した年月のほとんどを技の研鑚に使っていた剣士だ。

 老いるまでの時間を研鑚に使い、研鑽した技を子に受け継がせてきた剣士達だ。

 個人で技を磨いて来た存在に、集団で技を磨いて来た剣士の系譜が追いつき、今、追い越そうとしている。

 

「――いつかは届く、境地もある!」

 

 人間一人の寿命では到底到達できない高みに、人間は世代を重ねることで数百年以上の時間をかけ、到達する。

 Kはいつか、ソーシャルゲームもそういうものになるべきだと思っていた。

 人から人へ継承され、人類史と共に成長していくものであると。

 彼が頑張り続ければ、それもいつかは現実になるはずだ。

 

 つまり、将来的に御神流=ソシャゲの図式が完成すると言っても過言ではないだろう。

 

(これは―――!)

 

 キャロも頑張るが、補助魔法の分野ではこれ以上差を詰められない。

 デフォルトで存在するフルバックとしての格差、課金で強化している者と無課金で強化している者の差が露骨に出てしまっているのだ。

 優れた無課金であっても、凡庸な腕を課金で補う人間には届かないのは当然のこと。

 フリードに指示を出す余裕なんてとっくになくて、フリードに指示を出そうとすれば、その瞬間その隙のせいでシグナムが敗北してしまうことは必然だった。

 

「……くっ!」

 

 やがて、終わりが近付き。

 

「終わりだ!」

 

 鳴り響く金属音と共に、決着がつく。

 

 シグナムの剣は彼女の手から離れて落ちて、恭也の刀は彼女の首に突きつけられる。

 

「ああ、そうか」

 

 勝利が、恭也の口から大きな息を吐かせる。

 敗北が、シグナムに感嘆の声を吐かせる。

 

「これが、定命の人間の強さ……いつの間にか、忘れていたのか」

 

 老い、年経て弱り、されど技は磨き続ける。

 命尽きる前に後継者を育て、磨いた技を後継者へと継承する。

 いつか老いて死ぬ命は、こうした命のサイクルを経て強くなる。

 ヴォルケンリッターが不老と死後の再生を可能としているがゆえの永遠の命であるならば、こうして受け継がれていく剣の技もまた、永遠の命だ。

 

 シグナムは感嘆し、周囲を見渡す。

 

「十年」

 

 Kは十年で、少年から青年になった。

 高町士郎は老いた。

 高町恭也は単純な剣士としては、もうシグナムの遥か上を行っている。

 十年前に生まれたキャロという少女が、今やシグナムと肩を並べて戦えるようになっている。

 

 そして何より、ここには居ないが、シグナムの主もこの十年で子供から大人になっていた。

 

「……短いようで、長いものだな」

 

 変わらない自分。

 変わる世界。

 変わる人間。

 世界にはいつも何かが生まれ続け、既にあったものが成長していくという現実。

 シグナムは目から鱗が落ちた気分だ。時空管理局に次ぐ管理局が現れたという事実ことすらも、今のシグナムには当然の世界の流れのように見えて仕方ない。

 

(私も、認識を入れ替えて鍛え直さなければならないか)

 

 今日を機に、挑戦者と勝者は入れ替わる。シグナムは今日からまた自分を鍛え直し、今度は彼女から高町家に挑むことになるだろう。彼女はまだ、強くなれる。

 なのだが、そんなシグナムの内心を全く理解できずに、キャロはシグナムに駆け寄って頭を下げていた。

 

「シグナム副隊長! ごめんなさい、ごめんなさい、私の力不足で……!」

 

「キャロ、もういい。よくやってくれた」

 

 そんな新人を、シグナムは先人として諭す。

 

「お前は最大限に力を尽くしてくれた。負けたのは私の力不足が原因だ」

 

「そんな……!」

 

「お前に非はない。それは、共に戦った私が一番よく知っている」

 

 シグナムに諭され、キャロは一つの実感と共に、受け入れがたい現実を受け入れていた。

 人はできることをやるしかなく、自分にできることを最大限にやり遂げたとしても、負けることがある。人事を尽くして天命を待つということは、そういうことなのだ。

 諦めないということは、勝利を約束してもらうことではないと、キャロは知る。

 最大限の努力は勝利を確約するものではないと、キャロは思い至る。

 

(……ああ、そうなんだ)

 

 そう認識すると、キャロは不思議と肩の荷が下りた気がした。

 "自分にはもっとできる何かがあるのでは"、というキャロが抱えていた焦りは、こうして氷解したのであった。

 けれど、負けは負け。悔しいことに、申し訳ないことには変わりない。

 次があれば必ず仲間を勝たせようと思いながら、キャロはもっともっと強くなることを心に決めるのだった。

 

 そして恭也は、車椅子の青年に礼を言う。

 かつて負けた相手と再戦する機会に巡り合わせてくれたことに。

 

「ありがとうな、機会をくれて」

 

「いえいえ」

 

 恭也がくしゃっと、Kの髪をかき回す。

 撫でるというには乱暴過ぎるが、男同士ならこんなものだ。

 

「ちょ、いつまでオレは子供扱いされるんです?」

 

「お前が俺と同じ既婚者になったら、だな」

 

 Kと恭也がわっはっはと話していると、キャロの回復魔法を受けたシグナムが、やや疲れた様子で話しかけてくる。

 

「K」

 

「ああ、シグナムさん。んじゃ約束通り、質問どうぞ」

 

「……ん?」

 

「シグナムさんが勝てば一つ質問。

 オレ達が勝てば一つ命令、でしょう?」

 

「……お前、まさか私が提案した時からそのつもりで、仲間の戦闘に許可を……」

 

「いやいや普通に偶然ですよ」

 

 シグナムは勝った。恭也も勝った。つまりはそういうことだ。

 Kは偶然と言っているが、何かを考えてるようで何も考えずに行動したり、何も考えてないようで深謀遠慮を元に会話を誘導していたりするのがこの青年だ。

 

「ならば、遠慮無く問わせてもらおう」

 

 あまりKの言うことは真に受けすぎないようにしつつ、シグナムは問う。

 

 一つ。ヴォルケンリッターにしか持てない、一つの疑問を。

 

「今のお前を見ていると、何年も前の主はやてを思い出す。

 車椅子だから、というだけではない。

 もっと根本的な何かを私の勘は感じている。

 答えろ。今のお前を見ていると、昔の主はやてを思い出すのは、偶然か?」

 

「……参ったな」

 

 その質問に、課金青年は本気で困った顔をした。

 シグナムからその質問が出て来る事自体が予想外という顔で、本気で言葉に窮している。

 だが約束は約束だと割り切ったのか、嘘偽りのない答えを口にしていた。

 

「いや、偶然じゃないですよ」

 

「! なら、お前は……!」

 

「……ま、ここまでか。そろそろ迎えが来る時間だな」

 

 シグナムが二度目の問いを投げかけようとするが、Kはひとつ目の問いにしか答える気が無いようで、答える素振りすら見せない。

 やがてその場にどこからか飛んで来た魔力の風が吹き荒れる。

 シグナムが再び目を開けた時、そこには誰も居なかった。

 

 Kも、高町士郎も、高町恭也も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少々遡る。

 

「パイロシューター」

 

 確固たる力の差が招いた、揺らがない結末。予定調和のような敗北。

 リインフォースは360°から迫り来る炎の魔力弾を見て、敗北を確信した。

 いや、敗北の確信だけはずっと前からあった。

 ただ、詰まされたのがこの瞬間であったというだけの話である。

 

(ダメか)

 

 目を閉じ、リインフォースは体を丸める。

 気絶することは避けられないだろうが、それでもせめてもの抵抗だった。

 

(すまない皆。後は任せた……)

 

 もうダメだ、そう思われた、その時―――桜色の砲撃が、魔力弾を吹き飛ばす。

 カートリッジマガジンを丸々使って強化された砲撃が焔の群れを吹き飛ばし、飛んで来た白色の魔導師が、リインフォースを途中で拾いながら飛翔していった。

 リインフォースは、突如現れた新手によって助けられたのだ。

 

「……なのは!?」

 

「はい、私です! 皆さんの救援要請を受けて、参上しました!」

 

 そう、高町なのはによって。

 ザフィーラ達が居る場所を除けば、この世界は魔導通信が行える。

 ほうれんそうの精神で六課ロングアーチに送られていた現状報告が、高町なのはをここに呼び寄せてくれた、というわけだ。

 そんな彼女に、シュテルは明暗入り混じった感情で尊敬の言葉を口にする。

 

「ああ、本当に貴女はヒーローですね。

 あの人も、貴女のそういうところを本当に尊敬していました」

 

「私はヒーローなんかじゃないよ。

 ただ、一生懸命頑張ってるだけ。

 もしも私がヒーローなら、頑張ってる皆も同じようにヒーローなんだと思う」

 

「……ああ、確かに。貴女の周りには、後からヒーローになったような人が多いですね」

 

 頑張っている人なら、誰でも誰かにとってのヒーローになれる。

 助けられた人にとって、助けてくれた人はいつとてヒーローなのだから。

 それを体現するなのはの姿は、シュテルにとってはどこまでも眩しい。

 

(けれど、仲間の危機に間に合う。

 事件が手遅れになる前に間に合う。

 そんな"間の良さ"は、中々に得難い才能であると思いますが……)

 

 シュテルは冷えた頭と熱い感情の赴くままに、砲撃と魔力弾の混合絨毯爆撃にてなのはとリインを纏めて焼き払おうとする。

 なのははそれに対し、今まで通りの戦い方を実践しようとした。

 

「こっちだなのは! まともに戦うな!」

 

「リインフォースさん!?」

 

 だが、リインフォースに手を引かれてそれを中断する。

 二人は高速飛行での回避を行い、シュテルの攻撃をしょっちゅうヒヤリとしながら回避し続け、その最中に言葉をいくつも交わしていった。

 

「どうしてですか!? 私達二人で連携すれば、もしかしたら……」

 

「無理だ。少し消耗しすぎた。今の私では、お前の全力戦闘について行けない」

 

「!」

 

「そしてお前が来た以上、シュテルは容赦なく私を先に落とすだろう。

 そうなればあいつとお前の一対一。これまでのように、お前はただ押されるだけだ」

 

「だったら、どうするんですか!? 逃げ回っても解決しませんよ!」

 

「逃げ回るだけではない。お前が来たことで、ここに私が居たことで、勝機が出来た」

 

「え?」

 

「私とお前で、ユニゾンをする」

 

「……えええっ!?」

 

 リインは勝機を語る。

 だがその勝機は、正気を疑うようなもの。

 事実、なのははその時リインが追い込まれすぎて正常な判断能力を失ったとすら思っていた。

 

「で、できるわけないですよ!」

 

「できるはずだ、なのは。

 私の術式は、今もあの日蒐集した(K)のリンカーコアの影響を受けている。

 主はやてのリンカーコアと私のリンカーコアを同調する時のようにやればいい。

 完全を目指さなくていい。融合が成功すればいい。後は気合いだ!

 奴のリンカーコアと、お前のリンカーコアを同調させ、合わせればきっと……!」

 

「……分かった。やってみよう、リインフォースさん!」

 

 だが、リインの瞳に確かな理性の光を見たことと、リインが成功する可能性を高く見積もっていることが言葉から伝わってきたことで、なのははその提案を受け入れた。

 

「ユニゾン!」

 

 リインの側から、なのはのリンカーコアへの同調が始まる。

 なのはもまたリインの方に合わせるが、タイミング悪くここでシュテルの砲撃が近い位置に着弾してしまい、ユニゾン作業中の二人は爆炎の中に突っ込んでしまう。

 二人の姿は爆炎と爆煙に飲まれ、見えなくなってしまった。

 

「インっ!」

 

 だが、融合の文言は唱えられた。

 

 爆煙が裂け、桜色の光と銀色の光が爆炎を切り払い、やがて二つの魔力光は混じり合う。

 

「何?」

 

 一瞬でシュテルの前に現れたなのはを見て、シュテルは目を見開いた。

 全体的に白に寄ったカラーリング。蒼く染まった眼。クリーム色の髪。

 なのはの姿の全てが、"リインフォースとユニゾンした者"の特徴を示していた。

 

「ユニゾン……!? バカな、そんなことが……!?」

 

『ありえるものだ』

「できちゃったから、仕方ないね」

 

 かつて闇の書事件にて、天地を揺らがすほどの力をもってぶつかり合った二人が、こうして一つとなっている。

 こうなれば、もはや天下無双と言ってもなんら差し支えないだろう。

 カレーライスにラーメンを組み合わせれば世界一美味い食べ物が出来るだろうというアホ全開の発想と大差ない発想であったが、それを現実にして世界一美味い食べ物を作り上げてしまうような無茶苦茶さが、このユニゾンにはあった。

 

「シュテル……私達、どうしても、話し合えないのかな?」

 

 なのはは再三、シュテルに呼びかける。

 シュテルはいつも苦しんでいるように見えた。

 そして今日は格別苦しそうに見えていて、なのははもう見ていられないような気持ちになってしまう。原因が自分(なのは)だったとしても、いや、原因が自分(なのは)だからこそ。

 苦しんでいるシュテルを魔法で叩きのめすために動くのは、何かが違う気がしたのだ。

 

 しかし、シュテルは激情を言葉に乗せて、和解を拒絶する。

 

「話しても、意味はありません。

 ……貴女が、素晴らしい人間である限り! 絶対に解決することはないのだから!」

 

『なのは、戦え! この手合いに話は通じない! 戦うしかないんだ!』

 

「……っ!」

 

 シュテルは先制し、魔力砲撃を放つ。

 なのはも少し遅れて、迎撃の魔力砲撃を放った。

 

「ブラストファイアー!」

 

「ディバインバスター!」

 

 魔力砲撃はチャージの時間がものを言う。

 よって先に撃ったシュテルの方が有利であるはずなのだが、後から撃ったなのはの砲撃と拮抗するに留まり、やがてなのはが魔力を込めていく内に砲撃は押し切られてしまう。

 シュテルはなんとかそれをかわしたが、なのはのパワーアップに内心舌を巻いていた。

 

(ユニゾンしただけで、ここまで……!)

 

 ユニゾンとは、融合機と使用者が融合することで飛躍的に戦闘能力を向上させるシステムだ。

 魔法演算能力、マルチタスク能力、総魔力、魔力放出量、etc……あらゆる能力がユニゾン前とは比べ物にならないほどに強化される。

 なのはの砲撃がシュテルの砲撃を押し切ったことからも、それは伺えるだろう。

 

「っ、パイロシューター!」

 

「アクセルシューター!」

 

 放たれるは無数の炎弾、そして無数の魔力弾。

 今度は両者同時の発射であり、考える頭が二つあるユニゾン側の方が圧倒的有利な、魔力弾の制御戦となった。

 先程の砲撃戦とは比べ物にならないほどに一方的な戦いが展開され、守りに回り始めたシュテルの四肢に、なのはの魔力弾が当たり始める。

 

「くっ、ぐっ、あぅっ……!」

 

 シュテルは苦悶の声を上げながら、なのはの魔力弾を杖で叩き落としていく。

 だがそこで、シュテルは遠方にて収束砲の発射準備を進めるなのはの姿を見た。

 片方が魔力弾制御、片方が収束砲準備といった風に、魔法使用すら役割分担できる。

 これがユニゾンデバイスの持つ強みだ。

 

(このままではジリ貧……ならば!)

 

 シュテルは魔力弾を全て叩き落とし、回避を選ばず、無謀にも後から準備を始めた収束砲で迎え撃とうとする。

 いくら規格外の魔導師三人が魔力を撒き散らした戦場であるとはいえ、先に収束砲の準備を始めた人間が居るならば、大気中の使用済魔力濃度は随分減っている。

 後出しで収束砲勝負を挑むなど、自殺行為だ。

 

 だが、もはやここ以外の場所にシュテルの勝機は残されていなかった。

 処理能力勝負になれば不可避の敗北が待っている。

 ならば、瞬間的な力勝負で勝利するという選択以外に道はない。

 少なくとも、この時のシュテルはそう考えていた。

 

「これが私の、私達の全力全開!」

 

「集え明星、全てを焼き消す焔となれ!」

 

 両者の収束砲が、最大最強の切り札が激突する。

 

「スターライト―――ブレイカーッッッ!!!」

 

「ルシフェリオン―――ブレイカーッッッ!!!」

 

 それは、もはやミサイルが可愛く見えるほどの大火力。

 結界内でなければ、この世界の基盤のどこかが歪んでいたであろう大火砲だった。

 二つの収束砲は激突地点に大きな魔力溜まりを作りながら鬩ぎ合い、やがてその魔力溜まりと収束砲の衝突地点が、シュテルの方に押し込まれていく。

 

(負けたくない)

 

 シュテルは迫り来る魔力、迫り来る敗北を前にして、燃え滾る焔のような感情を噛み締める。

 

(この人にだけは、負けたくない―――!)

 

 敗北だけは受け入れてたまるかと、シュテルは逃げるどころか一歩踏み出し、自分を飲み込む魔力の奔流に抗って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リインフォースの、大きな驚愕と小さな恐怖が混じった声が、なのはの内側から響く。

 

『……信じられん』

 

 ゆりかごに外側から大穴を空けられるかもしれない、それほどの魔力量だった。

 二つの収束砲、魔導師ランク基準で測定不能の域に届きかねない複数人の魔力、それらがたった一人の人間に叩き込まれたのだから、最低でも気絶しているはずだった。

 なのに、シュテルはいまだ空に立っている。

 杖を取り落としてすらいない。

 今すぐにでも戦えると言いたげに、強烈な戦意をその身から漂わせていた。

 

「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……」

 

『あの威力に、耐えられる者など居るはずがない』

 

「……シュテル」

 

 だがバリアジャケットはボロボロで、肌は煤け、髪は乱れ、魔力も大して残っていない。

 杖もひび割れ、肩で息をしているせいで、その杖もつられて上下している。

 顔色も悪く、何故立っていられるのかまるで分からない。

 

「ぜっ……ぜっ……ぜっ……」

 

『……意志か。鉄より硬く、灼熱よりも熱い意志。いったいどこからこれほどものが……』

 

 何故、シュテルは倒れていないのか。何故、シュテルはまだ負けていないのか。

 単純な話だ。

 シュテル・スタークスは、高町なのはに負けたくない……ただ、それだけなのだ。

 

「ナノ、ハ」

 

「……なに?」

 

「こうして、貴女に力で上回られて、初めて理解しました。

 貴女達の絆に一人で挑み、無様に負けて、初めて分かりました」

 

 シュテルは自分が単純な『個の力』を振るい、それでなのはを倒そうとし、なのはの『絆の力』に負けたという現状をよく理解していた。

 自分が一人で負けたことも。なのはが仲間と勝利したことも。

 対比となって、シュテルの心を蝕んでいく。

 

「私は……

 力の強さで貴女を上回りたかったのではなく……

 絆の強さで貴女を上回りたかったのだと……」

 

「……! うん、そうだよ。シュテルは最初から、ずっとそれを望んでたんだよ……」

 

 一番に想われる人間と、一番強い人間は違う。

 シュテルは、それをちゃんと分かっているつもりだった。

 なのに、いつの間にか混同してしまっていた。力で一番になったとしても、一番に想われる人間になれるとは限らないと分かっていながら、目を逸らしていたのだ。

 

「私は、力で一番になるのではなく、絆で、一番に……」

 

 シュテルは自分自身のことすら分かっていなかったこと、高町なのはがそんな自分を理解していたことに気付き、前髪をくしゃりと握る。

 シュテルの声には、いつの間にかとても濃い自嘲の色が混じるようになっていた。

 

「はは、こんな体たらくでは、あの人にいつ見限られてもおかしくないですね……」

 

 "こんな自分が"という思考が、気絶寸前の弱り切った体と心に染みていく。

 そんなシュテルを見ていられなくて、なのはは叫んだ。

 

「絶対に見捨てたりなんかしない!

 かっちゃんはシュテルが一人で立てるまで、そばに居てくれるはず!」

 

「いいんです、そういう気休めは」

 

「気休めじゃない!」

 

 なのはは陰鬱なシュテルの声を遮り、咲き誇る花を思わせる大きな声を上げ続ける。

 

「かっちゃんだったら、シュテルみたいな子には絶対に言う!

 シュテルを大切に思ってるなら、絶対に言ってるはず! シュテルだって聞いてるはずだよ!」

 

 彼への理解を基にした叫びを、上げ続ける。

 

「『オレはお前の味方だ』って!」

 

「―――あ」

 

 その事実に気付けたことが、嬉しくて。

 なのはに指摘されて初めて気付いたことが、悔しくて。

 十年も彼に会っていないのに、まるで見ていたかのように彼とシュテルの関係を語るなのはに、シュテルは全てを焼き消す炎のような激情を覚えた。

 

 なのはその瞬間、シュテルと目が合い、驚きから目を見開いてしまった。

 尊敬のような、羨望のような、けれども綺麗さと醜さの混ざったごちゃ混ぜの情動が、シュテルの瞳の向こうに透けて見える。

 なのはより背が低いシュテルはいつだって、なのはを見上げるように見つめていた。

 

「ナノハ。貴女は何も悪く無い。けれど、もう私に話しかけないでください」

 

「シュテル!?」

 

 シュテルはなのはに背を向け、自分の今の表情を見せないようにする。

 

「貴女と話していると、時々とても楽しい気持ちになります。

 貴女の優しい言葉を聞いて、暖かな気持ちになったこともあります。

 ……認めましょう。私の中には、貴女と話していたいという気持ちもある」

 

「だったら!」

 

「それでも!」

 

 なのはの叫びを遮るように、打ち消すように、シュテルはもっと大きな叫びを上げた。

 

「……それでも……貴女と話していると、胸が痛くなるから……

 私は、貴女と話していたくないんです……苦しいんです……!」

 

「―――!」

 

「……私は結局、貴女に敵わない存在だと、教えられているようで……」

 

 シュテルは泣きそうで、けれど涙を見せたくないという一心で、涙をこらえている。

 

「もしも、もし……

 私の方がオリジナルで、貴女のほうがコピーであったら……

 こんな苦しみを私は感じることもなく、あの人も、私を……」

 

 服の胸元を握り、俯き、続く言葉を叫ぼうとして、シュテルはそれをぐっとこらえる。

 

「………―――っ!!」

 

 そして、シュテルの独白になのはが硬直している隙を意図せず突いて、シュテルは転移魔法でこの場を去って行った。

 

「……」

 

 なのはも、リインも、何も言えない。

 互いに何の言葉もかけられない。

 数秒の沈黙の後、なのははゆっくりと口を開いた。

 

「リインフォースさん」

 

『……なんだ』

 

「私……私じゃ、ダメなのかもしれない。シュテルを助けてあげるには、私じゃ……」

 

『……』

 

「私"だから"……ダメなのかもしれない……」

 

 たとえ、今、Kがなのはに「なっちゃんならどうにかできると信じてる」と言ったとしても。

 

 なのはには、自分がそんな風に自分を信じられるとは思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、離脱したシュテルはKを見つける。

 中距離転移魔法の使用も許さない強者が相手だったせいで、こんなにも合流に時間がかかってしまった。

 

「いや、偶然じゃねえよ」

 

「! なら、お前は……!」

 

「……ま、ここまでか。そろそろ迎えが来る時間だな」

 

 シュテルはK達を纏めて転送。次いで自分も転移。

 距離を取ったところで数秒の時間をかけ、無言のままに本局まで跳んで行った。

 なのだが、シグナム達視点ではただ単に逃げた以上の情報は得られない。

 

「……逃がしたか」

 

「ロングアーチに連絡します、シグナム副隊長」

 

「ああ、頼む。キャロ」

 

 近場で戦っていたヴィータは、ゼストが転送されて戦闘が中断されたからか、さっさと戻って来てシグナム達と合流する。

 

「あいつヤバいかもよ、シグナム」

 

「……お前がそういうほどか」

 

「完っ璧に遊ばれた。

 あっちは全力出して来ない上に、かなり揺さぶりかけられて手札切っちまった。

 少なくともゼストは、あたしらの手の内を見ることを目的としてたっぽい。

 リインとユニゾンすりゃ、勝ててたかもしれないけど……

 あたし一人じゃリミッター無しじゃないといい勝負できるかもわっかんねーなー」

 

「難敵だな。面倒なことだ」

 

 続いて、ガジェット群を片付けたザフィーラとシャマルが戻って来る。

 

「構図が見えてきたぞ。

 ソシャゲ管理局がここで戦っていたのは、ガジェットドローン。

 つまり、ジェイル・スカリエッティだ。かなり強い敵対関係にあると言っていい」

 

 太古の昔より、ガチャでハズレが出ることを『スカ』と言う。

 ガチャに大当たりを夢見るKがスカリエッティと対立することは、名前からしてもはや運命と言っていいだろう。

 

「ソーシャルゲーム管理局の主目的から類推するに、それは……」

 

「近年のミッドチルダにおけるソシャゲ業界の腐敗。

 あるいは時空管理局上層部の汚職に、スカリエッティが密接に関わっている可能性がある」

 

「難問だな。面倒なことだ」

 

「おいシグナム、万能フレーズで適当に片付けようとすんのやめろ」

 

「あ、リインとなのはちゃんが帰って来ましたよ!」

 

 シャマルの声に、皆が空を見上げる。

 どこか落ち込んでいるようにも見えるが、それでも五体満足で生きて帰って来てくれたことに、ヴォルケンリッターとキャロは喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の戦いから、数時間後。

 課金青年は本局の中を一人で、まったりと探し回っていた。

 探しものはシュテル。あの戦いの最後で、シュテルはマスターに表情も見せずに転移魔法を行使し、その後も本局のどこかに隠れたままだった。

 

「あいつ、本当にどこに行っ……あ、居た居た」

 

 Kは数十分探し回っていたようだが、やがて備品室のソファーの上で体を丸め、うなされながら眠るシュテルを発見した。

 彼はシュテルに近寄り、彼女の顔の周りのカバーと、彼女の目の周りに涙の跡があるのを目ざとく見つける。

 

(……涙の跡)

 

 ここで、一人で泣いていたのだ、シュテルは。

 誰にも自分の涙を見せてはいけない、と思い込みながら。

 誰かにすがりついて泣くこともできず。

 ここで、一人ぼっちで泣いていたのだ。

 

「力……王……マテリアル……皆……どこに……私を一人にしないで……」

 

 シュテルは悪夢を見ているのか、うなされながら手を伸ばす。

 

「……私だけ助かって……あの書の闇の底……皆……私はどこに行けば……どこに居れば……」

 

 Kはうなされる彼女の手を、生身の方の手で握る。

 この苦しみを乗り越えた先に、シュテルの幸せと、シュテルが自分自身で出した答えがあると信じて、優しく握る。

 

「大丈夫だ」

 

 彼の手から体温が伝わり、彼の口から言葉が伝わる。

 シュテルはそのたび、安らいだ表情になっていく。

 

「居場所も、一緒に居てくれる人も、人間は自分で作っていける。お前もそうだ」

 

 悪夢は終わったようで、シュテルは安らかな顔で寝息を立て始める。

 Kは少ない魔力を総動員し、手を握ったままシュテルを起こさないよう静かにそっと、魔法でシュテルの体を運んでいく。

 一人のプレイヤーでは成り立たないソシャゲの入ったスマホを手の中で回しながら、Kはシュテルにささやき続けた。

 

「結局、人は一人じゃ生きていけない。

 人はそれぞれの距離感を基準に、いつしか自然に誰かと一緒に生きていこうとする。

 だからお前も一人じゃない。今も、そしてこれからも。未来に、オレが死んだとしても」

 

 シュテルを彼女の部屋まで運び、ベッドに寝かせた。そこまではいい。

 だがここで問題になったのは、シュテルがKの手を強く握っているということだった。

 

「……」

 

 あんまりにも強く握られているせいで、手を強引に引き剥がすと起きてしまう恐れがあった。

 あれこれと手を尽くすKだったが、どれもダメだったせいで次第に面倒臭くなってくる。

 結局彼は、シュテルが目を覚ますまでソシャゲをするという蛮行に出た。

 

「ま、いい機会だ。今日は徹夜でイベント走るか」

 

 シュテルに毛布をかけ、汗と涙で張り付いた前髪を整えてやり、シュテルを起こしてしまいかねないスマホの光を遮断するタオルケットを手元にかけ、準備完了。

 彼は結局、朝までずっとシュテルの手を握ってやりながら、イベントを走り続けたのであった。

 

 




 土曜の朝六時からソシャゲのイベントランと執筆を平行して進めて、そのままこの時間まで食い込んでしまった自分が、最高に人生無駄にしてる感じがして楽しくなってきます

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