課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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【前回までのあらすじ】

本拠地、ミッドチルダで迎えたスカリエッティ戦
先発レジアスが大量失策、六課は壊されるわ惨敗だった
ゆりかごの観客席に響くファンのため息、どこからか聞こえる「今年はViVidStrikeだな」の声
無言で帰り始める管理局員達の中、主人公打者かっちゃんは泣いていた
ガチャで手にした栄冠、喜び、感動、そして何より信頼できる厳選パーティ……
それを今のミッドチルダで得ることは殆ど不可能と言ってよかった
「どうすりゃいいんだ……」かっちゃんは悔し涙を流し続けた
どれくらい経ったろうか、かっちゃんははっと目覚めた
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たいエターナルコフィンの感覚が現実に引き戻した
「やれやれ、帰ってガチャをしなくちゃな」かっちゃんは苦笑しながら呟いた
立ち上がって伸びをした時、かっちゃんはふと気付いた

「あれ……? 車椅子じゃない……?」
歩き出したかっちゃんが目にしたのは、叩きのめされたスカさんと勝利宣言するなのは達だった
千切れそうなほどに旗が振られ、地鳴りのようにカープリーグ優勝のコールが響いていた
どういうことか分からずに呆然とするかっちゃんの背中に、聞き覚えのある声が聞こえてきた
「かっちゃんは、守備練習だ、早く行くぞ」声の方に振り返ったかっちゃんは目を疑った
「さ……サモンナイトのソシャゲ?」 「なんだかっちゃん、居眠りでもしてたのか?」
「FGOで忘れられたFate/Zeroのソシャゲ?」
「なんだかっちゃん、かってに俺達を引退させやがって」
「初代ミリオンアーサー……」 かっちゃんは半分パニックになりながら手元のスマホを見た
そこにはサービス終了と思われたソシャゲがずらりと並んでいたのだ
暫時、唖然としていたかっちゃんだったが、全てを理解した時、もはや彼の心には雲ひとつ無かった
「勝てる……勝てるんだ!」
ロストグリモワールから課金チケットを受け取り、グラウンドへ全力疾走するかっちゃん、その目に光る涙は悔しさとは無縁のものだった……

翌日、ベンチで冷たくなっている内川が発見され、吉村と村田は病院内で静かに息を引き取った


中居○広の課金スマイルたちへ、略して金スマ

 ソーシャルゲーム管理局は、未曾有の危機に陥っていた。

 かつてないほどにギチギチのスケジュールを組まなければならないかもしれない、そんな状態。

 その危機は、スカリエッティによって招き寄せられていた。

 ここはソーシャルゲーム管理局の本局にして本部、その第一会議室。

 シュテルが壇上に上がると、並ぶ椅子に座っているソーシャルゲーム管理局職員達に、名状しがたい緊張が走る。

 

「皆様、御機嫌如何でしょうか。

 体調が悪い方は遠慮なくおっしゃってください。

 時期が時期ですので、早めに体調を万全にしておく必要があります」

 

 時期。

 その言葉を聞き、会議室の何人かが目を細めた。

 

「では、さっそく本題に入りましょう。

 先日の会議でスカリエッティの背後に付いている存在のことはお伝えしたと思います。

 敵のバックは、時空管理局最高評議会とその部下達です。

 ジェイル・スカリエッティは命令系統としては、最高評議会の直下にあたります。

 そのためか、中々情報が掴めずにいたのですが……今回、大きな情報を掴むことができました」

 

 シュテルが指で空間をなぞると、空間投影されたパネルが彼女の指に追随して動き、パワーポイントじみた大きな映像が空間に浮き上がってくる。

 その映像の片隅には、何故か人間の脳内からストローで何かを吸い取っている猟犬のコミカルな絵が描かれていた。コミカルだが、めっちゃグロい。

 

「……ヴィヴィオ」

 

「ごめんなさい! うっかり落書きしました! うっかり消し忘れました!」

 

「廊下に立ってなさい」

 

「ごめんなさーい!」

 

 謝りながらヴィヴィオが部屋の外に飛び出して行く。

 部屋の中に小さな笑いが生まれ、雰囲気が少し和らいだ。

 

「まったく。ええと、この落書きは気にしないように。

 それと、今回の情報は教会から紹介された人物の協力で得ています。

 その人物の詳細を隠すことを条件に協力を得ました。

 教会と誓約していますので、この協力者のことを探ろうだなどと思わないでください」

 

 シュテルは笑い声の切れ目を狙って話を戻し、よく通る声で部屋の中の雰囲気を引き締める。

 

「大きな情報とは、すなわち決戦の日。

 物資の流れ、金の流れ、施設の稼働状況……

 そこから、スカリエッティが『何か』をやらかす日時が正確に特定できました」

 

 おお、とそこかしこで声が漏れる。

 

「かのマッドサイエンティストが何を企んでいるのか、正確には分かりません。

 ですがアップグレードを繰り返すガジェット。

 盗難され実用レベルに仕上げられたラプター。

 AMF下ではニアSクラスの強さを持つ戦闘機竜。

 そして、できることの多さでも強さでも高ランク魔導師に匹敵する戦闘機人。

 他にも隠し玉があるかもしれませんが、それは分かりません。

 これだけの戦力を集めたスカリエッティは、二つの管理局に大打撃を与えようとするはずです」

 

 シュテルのたおやかな指がさっと動き、皆が見ている資料映像が地図に切り替わる。

 時空管理局地上部隊、大病院、発電所、ダム、機動六課、etc……

 その地図には、ミッドチルダの重要な拠点がいくつも強調された上で記されていた。

 

「この日、我々はミッドチルダの主要施設近くの拠点に分散して待機します。

 クラナガンの配備人数が最も多くなると思われますが、そこは問題ありません。

 敵の出現位置によって、転移魔法で戦力を流動的に動かすプランニングがされています。

 状況によって指揮系統の段階が切り替わりますので、手元の資料は全て頭に入れておくように」

 

 極端に頭のいいメンバーは"後で頭に入れておけばいい"と考え、手元の資料に目をやらない。

 極端に頭の悪いメンバーは"覚えられるかハゲ"と考え、手元の資料に目をやらない。

 それ以外の大多数が手元の資料をめくり、指揮系統の段階的切替のページに目を通していく。

 

「では、二つ目の本題に入りましょうか」

 

 そして、話は二つ目の段階へ。

 シュテルは全員の視線が自分に集まっていることを確認し、話しづらいけれど話さないといけない内容を、断腸の思いで口にした。顔だけは、いつも通りの表情であったが。

 

「うちの組織は最大の長所と短所が一人の人物に集約されます。

 すなわち、我がマスターがこの組織の心臓であると同時に、心臓サイズの癌であることです」

 

 会議室内の全員が、シゲキックスを一袋丸ごと口に放り込んだような顔をする。

 この組織はKの人脈で成立した組織だ。構成員も七割がKのスカウトによるものである。

 運営においても課金の王たるKの卓越したソシャゲ知識が根幹を成しており、彼が心臓という表現は何も間違ってはいない。

 が、同時にこのリーダーの精神性が組織にとって最大の地雷でもあった。

 

 彼は心臓サイズの癌細胞。しかも周りの人間に転移し、自分と同じ癌細胞にしていく癌細胞の鑑のような男であった。

 

「スカリエッティの襲撃予想日時。

 この日が、多くのソシャゲイベント日程と重なっています。

 最悪、我がマスターはこの日、真夏のコタツ以下の役立たずと化すでしょう」

 

「知ってた」

「知ってた」

「知ってた」

 

「スカリエッティが事件を起こせば、解決後にも人命救助などの仕事も待っています。

 数日潰れることはまず間違いありません。その間に終わるイベントもあるでしょう」

 

 しかもこの組織の癌細胞、自分の命よりソシャゲのイベントを大事にするくせに、居なければ居ないで問題になるくらいには能力があった。

 そして、"まああの人なら仕方ないか"と部下が諦めの顔になるくらいには理解もあった。

 

「と、いうわけで。マスターは今回特別休暇の申請を許可するようです。

 スカリエッティが大きな事件を起こす前に、あらかたイベントを終わらせるために」

 

「特別休暇?」

 

「マスターと同じギルドやチーム、コミュニティや団に入っている人限定ですけどね。

 つまり事件の前に休暇を使って、マスターの所属チームの数字を稼いでおけということです。

 その代わり、休暇を丸一日ソシャゲで使った代償として、後日特別休暇を支給します。

 『休みやるから事件の前にイベントのボーダー越えておけよ』ってことですね」

 

「マジですか」

 

 数日分のイベント実績をたった一日で片付けるのであれば、最低でも十数時間のプレイとそれ相応の課金が必要となるだろう。

 課金は経費で落ちるかもしれないが、重度の課金厨やソシャゲ厨でもない人間が、丸一日ソシャゲイベントのルーチンワークを繰り返すのは地獄と言っていい。

 『欲しい物』がそこになく、仕事でやるのなら尚更だ。

 ある意味で、スカリエッティの戦いと同じくらいに厳しいかもしれない戦いであった。

 

「マスターはこの案件を片付けるために休暇を取ることを推奨しています。

 この期間にイベント攻略のために休暇を取る人は、休暇理由欄にその旨明記してください。

 そしてスカリエッティが起こすであろう事件の解決後、報告書を提出してください。

 ソシャゲの中での戦果と、取った休暇の長さが相応かチェックさせていただきます。

 そして申請が通れば、有給休暇扱いの特別休暇が支給されるという流れです。

 イベント攻略に使った休暇1に対し、特別休暇は1.5支給されると考えていただきます」

 

 Kは趣味人だが、経営はホワイトな身内経営だ。

 シュテルが彼という心臓を制御する脳の役目を果たしていなければ破綻しているのかもしれないが、それはそれ、これはこれ。

 Kは部下と一緒にソシャゲをやることで絆を深めているため、この案件を果たさなければならない職員も多い。代休の特別休暇がしっかり出るのであれば、やらない理由はなかった。

 

「なので、特別休暇が欲しければ死ぬ気でスカリエッティを倒してください。以上です」

 

「あっ」

「あっ」

「そういうことか……!」

 

 それはリーダーから通達された、『絶対勝てよ』という叱咤でもあった。

 有給扱いの特別休暇を貰うためには、スカリエッティを倒さなければならない。

 スカリエッティが勝者となれば、敵対勢力のソーシャルゲーム管理局を残すわけがないからだ。

 もしも大敗北なんてことになってしまったら、世界平和の喪失はもちろんのこと、せっかくの休暇をソシャゲに食い潰された上に無職化プラス代休も出ないというハメになりかねない。

 それは、大多数の職員にとって泣きたくなるような未来予想であった。

 

「やるしかねえか」

「やるしかないですよ」

「これソシャゲのイベントが問題多発で中止になったらどうなるんだろう……」

 

 大半の職員は気付いていない。

 ソーシャルゲーム管理局のトップが、スカリエッティの起こすであろう大事件を一つのイベントとして処理し、ソーシャルゲームのイベントと同時に処理するという、最大最高のファックサインをスカリエッティにかましていることに気付かない。

 ミッドチルダの命運がかかった戦いも、ソシャゲのイベント報酬がかかった戦いも、彼にとっては等しく全力で挑むべき戦いだった。

 戦いが始まる。

 前哨戦が始まる。

 ソシャゲの世界で、スカリエッティに対して攻撃するのと同じくらいの気持ちで、イベントエネミーが攻撃される戦いが始まる。

 

 シュテルが退室した後の会議室で、メガーヌ・アルビーノは資料をめくりながら呟く。

 

「この趣味人が生み出した職場が黒字だって事実、世界崩壊より信じ難いわね」

 

 そんなメガーヌの肩に、横合いから手を置くクイント・ナカジマ。

 

 彼女の瞳は、果てしない同意に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Kとなのはが小学生だった頃、御園生(みそのう)さんという同級生が居た。

 それと何も関係ないが、レジアス・ゲイズは職務の傍ら、通信機越しにプカプカ浮かぶ三つの脳味噌と会話していた。

 御園生さんと脳味噌さんに特に因果関係はない。

 

『我らがあのオークションに据えた目的は三つ。

 一つは、スカリエッティから要請があった生産プラントの譲渡。

 それを"犯罪者の強奪"に見せかけて行うこと。

 一つは、あの男……ソーシャルゲーム管理局の首魁を誘き出すこと。

 上手く行けばという前提だが、やつを犯罪者(スカリエッティ)の手で抹殺すること。

 そして最後に、上記の二つが失敗しても何らかの形でメリットを得ることだ』

 

『今回の件は失敗してもいいものだったのだ、レジアス。

 現に我らはゼストらを始めとする、あの男の保有戦力を推し量ることが出来た』

 

『あの男は確実にスカリエッティ、そしてその向こうの我らを見据えている。

 スカリエッティに我らの手勢を用意させているが、これでも足りんだろうな』

 

 先日の戦いは、最高評議会秘蔵の品を"オークション中の強奪"という形でスカリエッティに譲渡する……という建前で行われた、戦力の試金石であったらしい。

 六課戦力、ソシャゲ管理局戦力、及びスカリエッティの作った機械兵器の強さはある程度見定めることができたようだ。

 

 それが『絶対に渡したいもの』であるのなら、最高評議会はスカリエッティに渡すルートをいくつも持っていただろう。

 なのにああいった不確実で、かつ戦闘に発展する可能性があった手段を選んだのは、本当にどう転がってもよかったということだ。

 

「私としては少々、スカリエッティに権限を与えすぎであるように思えますが」

 

『今のスカリエッティに、我らの管理局を脅かす戦力を用意する余裕は存在せんよ。

 それは奴を見張る監査役の報告、奴の報告書類からも明らかだ。

 金と物資がゼロから生まれてくることはない。

 だからこそ奴は無から有を生むロストロギア、かの生産プラントを求めたのだ』

 

『今反乱すれば、スカリエッティは時空管理局からの援助も失う。

 戦力を保有する二つの管理局を同時に相手にするなど、自殺行為だ。

 スカリエッティもそれほどバカな人間ではあるまい。動くとしても、まだ先だ』

 

『ああ、そうだろうな。

 早くても我らの目論見が実現し、ソーシャルゲーム管理局が潰れた後だろう』

 

 三者の推察は極めて妥当だ。

 スカリエッティが合理的に、理性的に動いているという前提で語っているものの、きちんとした理屈の上に成り立つ推察である。

 "ジェイルは半ば狂人だった"という記憶がすっぽりと抜け落ちているが、そこに目を瞑れば欠点が見当たらない推察だった。

 

『任せるぞ、レジアス。

 お前が地上部隊の意志を統一し、従わせるのだ。

 我々は手の者を使い、海と空の意志統一を図る。海は特に反発が強いのでな』

 

「分かりました」

 

 最高評議会は時空管理局の意思統一に動いている。

 ハラオウン等の派閥がそれに強固に反発しているものの、時間の問題だろうと最高評議会は考えていた。

 時空管理局は民主的だ。七割の同意を得られれば決着は付く。

 そんな最高評議会の思考を理解しているレジアスは、通信が切れた後顔に手を当てたままたっぷり数分俯き、自分の内側に埋没する。

 

「くだらん」

 

 その言葉は最高評議会に向けたものか、あるいは自分自身に向けたものなのか。

 レジアスは体の疲れ、心の疲れを実感しやすくなってきた己を自覚し、若い頃ほどの熱量を持っていない自分を自嘲する。

 

「儂ももう、若くはないか」

 

 今自分が倒れたら、誰が自分の代わりをやるのか。

 いや、誰にも自分の代わりはできない。できる人物が居ない。

 後継者はずっと探してきたが、ついぞ見つからなかった。

 だからせめて今だけは、自分がやるしかない。

 

 そう思考し、そう自分に言い聞かせ、レジアスは鋭い眼光を取り戻す。

 

「後を託せる若い者が今居たならば、何か違ったか?

 ……いや、これは、弱音か。これは愚痴るように口にするべきことではない」

 

 レジアスは望んで孤独な戦いに挑み、挑むべき難関に臨む。

 

 レジアスが座るための椅子しかない部屋が、レジアスしか居ない部屋が、この年齢に多い無為な独り言を静かに聞き取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして、戦いは始まる。無限の欲望の心赴くままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始まりは突然だった。

 

「うむ、今日もいい天気だ」

 

 機動六課の一員、ヴァイス・グランセニックは、ヘリポートから見渡せるミッドの青い空を一望した。いい空だと、彼は素直にそう思う。

 すると、空の端に灰色が見えた。

 ヴァイスは今朝見た天気予報の"今日は雲一つない快晴が続くでしょう"というセリフを思い出して、"魔法で天気予報してるのにミスんなよ"と心の中でからかってしまう。

 

(いい青空だが、遠くに雲が見えるな。こりゃあ昼過ぎには曇り空に……ん?)

 

 そして、雲の動きを見て……ピタリと、その体の動きを止める。

 

「違う」

 

 ヴァイスは元狙撃手だ。

 今でもその技能は衰えておらず、視力の高さや遠くを見る魔法の習熟度であれば、エリート揃いの機動六課でもぶっちぎりのトップであった。

 高い視力が、空の端の灰色に違和感を覚える。

 反射的に発動した遠見の魔法が、その灰色の正体をヴァイスに伝えた。

 

「あれは、雲じゃない」

 

 そう呟いたその時には、既に空の半分を灰色が覆っていた。

 ほんの一瞬で広がって来た灰色に悪寒と恐怖を感じながら、ヴァイスは六課の司令部(ロングアーチ)に叫ぶような通信を送る。

 

「ロングアーチ! シャーリー! 緊急事態だ、部隊長呼んで警報鳴らせ!」

 

 だが、時既に遅し。

 

「ガジェットだ! それも、バカみたいな数の―――」

 

 ヴァイスが言い切る前に、地平線の向こうからやってきたガジェットは空を覆い尽くし、数秒前までヴァイスが眺めていた青空を、一瞬にて灰色一緒に染め上げた。

 

 そして、暗黒がやってくる。

 

 

 

 

 

 ガジェットは瞬く間に、ミッドチルダという星の表面を覆い尽くす。

 成層圏すらも飲み込むそれは、宇宙から見れば不定形のスライムが、星を丸ごと捕食しているかのようだった。

 隙間なく星を覆ったガジェットは、自然と太陽光を遮断する。

 そして月を始めとした他の星の光すらも遮断する。

 地上の人々から見れば、その過程は、まるでガジェットが空の全てを食らっているかのように見えていた。

 

「空が……食われてる……?」

 

 悪夢のような光景。

 光が失われていく地上。

 徐々に侵食されていく青空、次第に薄暗くなっていく世界、陽が差さなくなったことで間接的に冷えていく気温の僅かな変動が、人々の心に不安を煽る。

 

「太陽が、飲み込まれる」

 

 昼には太陽、夜には月と星。

 人が空を見上げれば、いつだってそこに光はあった。

 雲が空を隠す日であっても、雲が太陽の光を完全に遮断してしまうことなどなかった。

 

 だが、今は違う。

 ガジェットが作る天蓋は、人から星の光を根こそぎ奪う。

 少し前まで明るく照らされていた地上はほんの一瞬で、小さな星の光すら届かない、暗黒の世界へと転じてしまっていた。

 

「夜に……夜になった!」

 

「嘘だろ!? まだ昼過ぎだぞ!?」

 

 人々が機械を使って人工の明かりを灯すが、それも焼け石に水。

 店や街灯が灯していた電気の光、魔力の光が消えていき、やがて携帯電話などの個人が灯す小さな光が、ポツポツと残るだけとなる。

 

「おいどうなってんだ!?」

「発電所が止まってるらしい! 電気が来ないぞ!」

「トレインも全部止まってるわ! 魔力機器が動いてないのよ!」

 

 街はパニックに陥っていた。

 あとひと押し何かがあれば、街の人々は狂乱して二次災害を引き起こすだろう。

 空を覆う機械の悪魔に、光が失われた暗闇の世界。

 そんな中、誰かがポツリと呟いた。

 

「世界の」

 

 それは、ミッドチルダの大多数の心情を、その不安を、たった一言で的確に表した呟き。

 

「世界の、終わりだ」

 

 異常な現実に思考は追いつかず、けれど無形の不安だけは心に満ちていて。

 

 人々の理性ではなく感性が、"世界が終わりそうだ"と、その心に囁いていた。

 

 

 

 

 

 時空管理局、地上本部。

 次元世界の治安を守る管理局の、その土台を守る大部隊の根拠地。

 だが、市民を守るべきこの状況で、彼らは基地を出てすぐに右往左往するという醜態を晒してしまっていた。

 

「魔法が、使えない!?」

 

「AMFだ! あの空に見えるガジェットが徒党を組んで、極大規模のAMFを発生させてるんだ!」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 ミッドチルダが存在する星を、地球と同じ大きさであると仮定する。

 ガジェットが空を埋められる面積を、一体ごとに平均1平方メートルであると仮定する。

 この場合、ガジェットは成層圏周囲に展開しているため、空を覆い尽くすには約500兆体のガジェットが必要となる。

 

 数体のガジェットで高ランク魔導師を戦闘不能にまで追い込めるAMFを張れることを考えれば、今ミッドチルダに展開されているAMFの強さは……想像を絶するものであると、推測できる。

 

「あのガジェットたちは、この星を丸ごと、超高濃度のAMFで包み込んだっていうのか!?」

 

 これこそが、スカリエッティの計画。

 二つの管理局を同時に相手にして、勝利するために用意した一手。

 "ミッドチルダでは魔力が使用できない"という法則性を持ち込み、その前提で戦いを始めるという極悪な策であった。

 

「だとしたら……この星のどこに行ったって魔法は使えない!

 転送装置も動かない以上、星の外にも出られない!

 魔力を使わない機械じゃ、星を囲むガジェットの包囲を突破できない!

 魔法を使えないのに魔法じゃないと打開できないって、八方塞がりじゃないか!」

 

 叫ぶ男の声に、誰もが現状の最悪さを理解していく。

 うんともすんとも言わないデバイスを握り、使おうと思っても使えない魔法に苛立ち、暗闇の中でその管理局員は叫んでいた。

 そして、悪意は連続する。

 

「! 伏せ……いや、建物の影に隠れろ!」

 

 かずかな物音を聞き、その場に居た地上部隊のリーダー格が直感的に叫ぶ。

 部下達はよく訓練された思考で判断し、突発的な指示にも反射的に応じ、考えるより早く建物の影に隠れていた。

 その瞬間、発射される無数の銃弾。

 質量兵器規制なんて気にもしていない仕様の銃弾が、暴風のように街路の上を蹂躙する。

 電柱、街路樹、路上駐車の車が紙切れのように吹き飛んでいく光景にゾッとしながら、地上部隊の面々は銃弾を放った襲撃者の姿を目で捉えていた。

 

「人型ロボット!?」

「退避、退避っー! 下がって、撃たれますよ!」

「AMF下でもロボットなら関係ないってのか!?」

 

 暗闇の世界では、魔法も使えずただの人間となった魔導師の視界は限りなくゼロに近い。

 敵が人形機械兵器……つまり『ラプター』であることくらいしか、彼らの視点では分からない。

 だが赤外線センサーの目を持つ機械兵器からすれば、こんな暗闇は無いも同然だった。

 

「一旦退却しよう、基地に戻って、籠城戦の準備を―――」

 

 リーダー格の男がそう言いかけた、その時。

 空から落ちて来た光の柱が、轟音と破片を撒き散らしながら、彼らが先程まで居た地上部隊の支部の一つに命中。原型も残さず粉砕していった。

 

「え?」

 

 空を覆うガジェット群の一部が、一斉にレーザーを発射したのだ。

 レーザーは大気で減衰するが、百万単位のガジェットが一斉にレーザーを発射したならば、成層圏からでも基地の一つは粉砕できる。

 基地が頑丈だったおかげか、基地の人間を殺す(即死させる)ことはできなかったようだが、基地の残骸から漏れる生存者のうめき声が被害の生々しさを倍増させている。

 

 空を見上げれば、ガジェット群は先程の収束レーザーをミッドチルダのいたるところに撃ち込んでいるようだ。

 ガジェットの総数を考えれば、地上部隊の基地を砕く程度のレーザーなら数十本同時に撃ったところで負担にはなるまい。

 スカリエッティはそうして、ミッドの地上に存在する『自分の邪魔になりそうなもの』を一つ残らず消し去るつもりなのだろう。

 

 暗闇の世界に落ちてくる光の柱は、耳に残るラプターの発砲音と相まって、地上部隊の強い心にヒビを入れていく。

 

「わ、私達の基地が……!」

 

「宇宙からの一方的な拠点攻撃? は?

 そんな、そんなの、どうすりゃいいってんだよっ!」

 

 魔導師が空を飛ぶ権利すら奪われたこの状況。

 それで一体、どうすればいいというのか。

 進んでも死、戻っても死なら、彼らは一体どちらの方に進めばいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 地上部隊の中でも、この事件に際して最も冷静に動いていたのが、地上本部に詰めていた部隊……つまり、陸のエリート部隊だった。

 

「ミッドチルダの小規模魔導炉の全停止を確認。

 大規模魔導炉も稼働率低下、完全停止は時間の問題であると思われます。

 どういたしましょうか、レジアス中将」

 

「どうするもこうするもない。今持っているカードで勝負するしかあるまい」

 

 ミッドチルダのメインエネルギーは魔力の電力転換……つまり、地球には存在しない『魔力発電』の概念が根幹にある。

 星を丸ごと超高濃度のAMFで包み込むという、前例のない規格外の事象は、ミッドのエネルギーの枯渇という最悪の事態を引き起こしていた。

 これは、地球で言えば"熱を使ってタービンを回す発電所が全部止まった"事態に匹敵、あるいはそれ以上のダメージをもたらしている。

 

 が、それで現実逃避に走らず、有効手を打ちに行くのがレジアスという男である、

 彼は部下に命じ、この状況下でも使える古臭い骨董品兵器を集めさせていた。

 魔導駆動の機械兵器は全て使わず、サブ動力で燃料駆動を行えるもの、電力で動く事を想定されたもの、etc。

 

「ですがレジアス中将。

 質量兵器は厳しく制限されているため、これら全てに搭載されておりません。

 搭載されているのが魔導兵器である以上、戦力としては……」

 

「ヘリは遠隔操作して体当たりさせろ。

 戦車も砲を使う必要など無い。あの人型兵器を狙って轢き潰せ。

 装甲車も戦う必要など無い。市民の盾兼救助車として使えばいい」

 

「……レジアス中将、非魔導師ですけどそういうとこクッソ武闘派ですよね」

 

「無駄口を叩く暇があるなら、給料分働け!」

 

「はいぃっ!」

 

 レジアスが部下の雰囲気を引き締め、よく通る怒り声で部下の能力を引き出していく。

 そして、同時刻。

 スカリエッティに襲撃された星の外側で、時空管理局本局に救援要請を送っている次元航行船があった。

 

「艦長! 本局に応援要請が届きました!

 信じられませんが、この事態に備えていたようです! すぐにでも来れるとのこと!」

 

「スカリエッティの情報を知ることができるツテが、海にもあったということか。

 まあいい、それは良い知らせだ。

 我らは先行して、ミッドチルダを囲むあの忌まわしいガジェットを蹴散らすぞ!」

 

「「「 了解! 」」」

 

 この船は、海に所属する船の一つだ。

 たまたま偶然、幸か不幸か、今回の事件が起こったタイミングでミッドチルダ近くの宇宙空間に居たらしい。そして組織の構成員として理想的な"まず報告ムーブ"を行っていた。

 漫画でよくあるような報告前に口封じされてデッドエンド、なんてこともなく。

 この船のお陰で、本局から援軍が来る可能性が生まれていた。

 

 それだけでなく、この船の乗員達はミッドを救うために単騎でも戦いを始めようとするほどの、名もなき勇者達であった。

 

「魔導砲、砲撃準備! まだ距離は遠いが、敵の動きを見る!」

 

「砲撃準備!」

 

 だが。

 勇気だけでは、スカリエッティの悪辣な策は破れない。

 

「っ!? 魔導炉、緊急停止! 再起動します!

 ……駄目です! 出力上がりません! このままではまた安全装置が働き、緊急停止します!」

 

「何事だ!? 後退、後退せよ!」

 

「AMFです! 星の外側にも展開されている模様!」

 

「な……この距離で艦内の魔導炉に作用するほどに強力なのか!?」

 

 時空管理局データベースに記されたガジェットのAMF効果範囲はm単位だったが、このAMFは数の力なのか明らかにkm単位で展開されている。

 それこそ、遠距離からの魔導砲なら何であっても減衰消滅させることが可能なほどに。

 その上、魔導コーティングが施された金属の塊である管理局の船でさえ、魔導砲に設定された有効射程まで近付こうとすれば、確実に魔導炉が停止してしまうほどであった。

 

「バカな、それでは……!

 管理局の艦載魔導砲の射程よりも、AMFの効果範囲が広く長いなら……!

 本局から援軍が来たとしても、何の役にも立たないではないか!」

 

 今のミッドはその全てがAMF化にある。

 転移魔法であの星の上に行くことはできない。

 ならば、外側からガジェットの囲みを壊すしか無いのだが……それも、どうやら不可能であるようだ。

 これでは、アルカンシェルでさえ無力化されてしまうだろう。

 

 そして、内側の星の方を向いていたガジェット群の一部がぐるりと回転、恐怖すら感じる動きで次元航行船の方を向く。

 そして地上に対して行ったものと同種の攻撃、それも億単位の機体から放ったレーザーを束ねたものを、次元航行船に対して発射した。

 

「攻撃接近!」

 

「!?」

 

 船は後退していたため、既にAMFの影響下には無かった。

 にもかからずレーザーは船に届き、船の魔力防御を貫通し、船の右サイドを抉るように貫通していく。

 

「右舷被弾!」

 

「艦内の被害状況を至急まとめろ!」

 

「艦長! 敵影が一つ近付いてきます!」

 

「泣きっ面に蜂だな……モニターに出せ!」

 

 この時、宇宙と地上の戦場は奇しくもシンクロしていた。

 壊れかけの船の中から、皆がモニターに映った敵を見る。

 骨董品の戦車やヘリを出したレジアスとその部下が、モニターに写った敵を見る。

 

「ド……」

 

 そこには、羽撃(はばた)き雄叫びを上げる、戦闘機竜の姿があった。

 

「ドラゴン、だと……!?」

 

 二匹の半機械の竜が、スカリエッティに操られるままに、地上と宇宙で襲いかかる。

 船は噛みつかれるたびに装甲板を剥ぎ取られ、戦車は尾で弾き飛ばされ、ヘリは爪で叩き落される。まるで怪獣映画が現実になったかのような、夢のある、悪夢のような光景だった。

 

 

 

 

 

 ガラリ、と瓦礫が落ちる音がする。

 ソーシャルゲーム管理局の秘密拠点の一つ、既に瓦礫の山となったそこで、ナンバーズNo.8・オットーがつまらなそうな顔で佇んでいた。

 

 オットーはナンバーズの中でも随一の器用さを持つ者だ。

 オットーの先天固有技能・レイストームは、エネルギーの運用全般を行える多様性の有るものであり、エネルギー攻撃から結界の構築など様々なことを行うことができる。

 しかもこの戦闘機人、目からビームを発射できる。

 多芸な能力に高い火力を備え、隙の無い強さを構築していた。

 

「対応が早いね」

 

 だが、オットーによる拠点破壊は、誰も仕留められなかったようだ。

 怪我人も死人も見当たらない。オットーは本当に、瓦礫しかない場所に立っている。

 ソーシャルゲーム管理局の対応の早さに、オットーは無表情のまま舌を巻いていた。

 オットーはどこかへ歩き出そうとするが、ちょうどそこで空から新たな戦闘機人が現れる。

 

「オットー」

 

「ディード」

 

 ディードはナンバーズの中でも随一の空戦タイプである。

 ビル内部のような閉鎖空間では半分も力を発揮できないが、速度と柔軟性を両立した飛行技能や伸縮自在で曲げることもできる多目的双剣と、使い勝手のいいものが揃っている。

 融通が効く力のため大器晩成型だが、現状でも十分な強さがあった。

 しかもこの戦闘機人、目からビームを発射できる上、オットーと違い胸が大きい。

 近接と遠距離どちらも強いという死角の無さ、更に思春期の男性の集中力を削ぐおっぱいタイツと、隙の無い強さを構築していた。

 

「どうするの?」

 

「どうもしないさ。奇襲一回で終わるはずだった戦いが、殲滅戦に移行するだけの話だ」

 

 この大混乱の中、スカリエッティの戦闘機人(ナンバーズ)達は、闇に紛れて要人の暗殺、及び要所の破壊を的確に実行していた。

 何かがあれば復活してくるかもしれない強者を、何もできない今この時に殺すために。

 

「行こう。今の内に何もさせないまま。理想的に皆殺しにするよ」

 

 彼らに残されていた"万が一の逆転の可能性"すらも、摘み取るために。

 

 

 

 

 

 空のガジェットは、機動六課も狙っている。

 狙わない理由がない。だがそれでも、八神はやてとその部下は、ギリギリまで六課の中に残ってお高い機械を操作していた。

 無謀という言葉ですら不相応な程の無謀、されど、意味はある。

 五分もここに居れば消し飛ばされかねない、とはやては考えていた。

 だがたった五分でも、ここでやっておくべきことがある、とはやては考えていた。

 

「被害状況出ました!」

「空の状況を数値化完了! データに打ち出します!」

「都市部の敵性存在、分布図に表示します!」

 

 はやての部下達ははやての指示を受け、電力で動く機材だけを使い、この状況をできる限り把握し、その状況を電子的なやり方で地上部隊へと通達していた。

 この情報があるのとないのでは大違いだろう。

 最悪、この情報の有無で死人の桁が二つ三つ違ってくる可能性すらある。

 

 隊舎付きの予備電源の電力をほんの数分で使い尽くすくらいの勢いで、彼らは今自分にできることをこなしていた。

 六課の実働部隊は、まだ動かせない。

 はやては思考に思考を重ねる。凡人では真似出来ない速度で、一瞬の思考を重ねていく。

 

(太陽光の遮断による生態系と環境への絶大な影響。

 陽光遮断で急激に低下する気温、光合成の不可により低下する酸素濃度。

 魔導炉の停止によって、電力枯渇も時間の問題や。

 今ある電力が全部尽きたら、こっちは機械を使うこともできんようになる。

 信号機等が止まっとるなら、交通事故等も多発するはずや。

 事故にあった人が病院に駆け込んでも、そこは死地。

 最悪、電力の停止で重病患者が続々と死んどる可能性だってある。

 しかも事故の多発は、ほぼ確実に市民のパニックも誘発するはずや。

 すぐさま押し切られて負けるのは最悪や。でも、長期戦で粘ろうとするのもあかん)

 

 街の被害を抑えるには、この状況から短時間で大逆転を決めるしかない。

 現状不可能であるという点に目を瞑れば、それが最善の選択だった。

 ゆえに、下手には動けない。六課の戦力がこの状況ですり潰されることは、最悪の結果を招きかねないからだ。

 

(市民がパニックに陥れば、最悪市街地で避難誘導しかできなくなるかもしれへん。

 市街での戦闘行動が困難になれば、それで詰みや。

 今の状況じゃ、ラジオやテレビを使って安心するよう呼びかけることもできへん。

 役所のローカルなスピーカーを使えば呼びかけられるかもしれんけど……

 それも、電力が尽きるまで。しかも首都部にしか呼びかけられんときた)

 

 ガジェットドローンは、魔法文明の天敵である。

 分かっていたはずだった。はやてだってそれは分かっていたはずだったのだ。

 だが、こんな形でそれを実感させられるとは思っていなかった。

 

「ぶ、部隊長!」

 

「どうしたん? 落ち着いてえな、ゆっくりでええよ」

 

 ガジェットは魔法文明の天敵である。

 だが、ほとんどの人間がそう認識してはいないが、それ以上に。

 ジェイル・スカリエッティは、人間社会の天敵に近かった。

 

 

 

「月が! 二つの月が、落下してきます!」

 

 

 

 電子的にガジェットの隙間から観測された、宇宙のデータ。

 それを下にした宇宙の疑似観測映像。

 そこで、二つの月が公転軌道を外れてミッドチルダに落ちるルートに入っていた。

 何故、だなんて口にする者は居ない。

 このタイミングでこんなことが起きるなら、その犯人はあの男に決まっている。

 

「……甘く見とったんかもな。スカリエッティっちゅう男を」

 

 スカリエッティはここまでやった上で、ミッドチルダを滅ぼすために、二つの月を落とそうと画策していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダの片隅に、シェルターにもなる、星を脱出するロケットにもなる、そんな研究所が埋まっていた。

 ここはスカリエッティとその腹心しかその存在を知らない施設。

 最高のショーを特等席で見るという彼の趣味のため、この位置に作られた研究所だ。

 その中で、スカリエッティの高笑いが響き渡る。

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっっっっ!!!!!」

 

 桁外れのハイテンション、桁外れの肺活量、桁外れのカタルシスによって引き起こされた高笑いは、凡人どころか天才でも真似できない域に達していた。

 

「予想もしていなかっただろう?

 私がスルトプラントの一つを最初から持っていたなどと!

 最高評議会が持っていたプラントを欲しがったりと、偽装はずっと続けて来たのだからね!

 "スカリエッティはプラントを持っていない"という印象を、ずっと私は刻んできたのさ!」

 

 スカリエッティは最高評議会を嘲笑う。

 決して焦らず何年もかけ、最高評議会に疑惑を向けられないよう演技と工作を繰り返し、スカリエッティは今日に至る準備を終えていた。

 そう、この男は最初からスルトのプラントの一つを持っていたのだ。

 四年前、Kとゆりかごが破壊したスルトの残骸を、スカリエッティは誰よりも早く漁り、誰にも気付かれないよう破損した機械兵器製造プラントを回収していたのである。

 

「だからこんなにも、時間がかかってしまった。

 『彼』が私の敵として現れる可能性は、十年近く前から知っていたというのに」

 

 スカリエッティはKとチンクが会った時期から、いずれどこかで最悪の敵か最高の味方として出会うだろう、と予期していた。

 スカリエッティとKの間には、奇妙な因縁がある。

 遺伝子レベルで継承される、微かな記憶がある。

 ジェイルの遺伝子が、"奴を倒せ"と叫んでいるのだ。

 

 数百年の時を越えても、彼らの敵対関係は未だ途切れず、繋がっている。

 

「スルトの機械兵器製造プラントを修理するのに三年。

 一日も休まず稼働させ続け、この数のガジェットを確保するのに丸一年。

 いやはや、長い道のりだった。私の生涯で最も長く感じたよ」

 

 かつてエレミアがレリックウェポンという天才的発想で抗うも、散々に苦戦させられたスルト内部の機械兵器群。

 エクリプスドライバーとして完成したトーマが居て初めて殲滅できた、あの機械兵器群。

 成程、あれを使って丸一年かけたなら、一度壊れて修理してスペックが下がった製造プラントであっても、兆単位のガジェットを作っておくことは可能だろう。

 

 全長20万km以上だったスルトの一部であれば、この程度の質量を生み出すことはさして難しいことでもないはずだ。

 

「太陽を奪い、月を落とす!

 さあ、感謝するがいい!

 ミッドチルダの終焉を、これだけ華美に飾ってあげた、この私にね!」

 

 ナンバーズNo.1・秘書のウーノを従え、ジェイルは笑う。上機嫌に笑う。

 

 数十の通信モニターと、その向こうで歯噛みしている人物達に見えるように。

 

「と、いうわけで。協力ご苦労、二つの管理局の諸君」

 

 通信モニターにはミッドチルダの警備会社や役所に所属している一般人、地上部隊所属の非魔導師、六課に所属してる男性、ソーシャルゲーム管理局所属の女性など、様々な人物の姿が映し出されていた。

 

「ミッドに住んでいた君達の家族は、約束通り開放しよう。

 君達の家族を確保しているラプターも、さっさと戦いに投入したいのでね」

 

 二つの管理局の職員は、家族がミッドに住んでいる者が多い。

 スカリエッティはその中でも"家族を人質に取れば言う通りに動かせそう"な者を選び、今日の昼前から昼過ぎの時間帯にラプターで人質に取ることで、その者達を手駒としていたのだ。

 二つの管理局の情報は大量に流出し、いくつかの計画はスカリエッティの手によって完璧に裏をかかれていた。

 

 更にミッドの一般人の中でも使えそうな者をセレクトし、この混乱の中で市民がパニックを起こしやすいよう、街にいくつもの仕込みを施していた。

 事件が起こった後、パニックを起こした市民に管理局員の邪魔をしてもらうためである。

 

 スカリエッティは、人の心をよく知っていた。

 家族を人質に取っても"人を殺せ"という要求にまで従う者はほとんどおらず、大事件を起こす手助けをしろと言っても、何割かの者は正義感から従わないということを。

 だからスカリエッティは、一人一人に小さなことしか命じなかった。

 "このくらいならやっても迷惑はかからないはず"と、脅迫された人物が自分を納得させられるような、そんな小さなことだけを命じた。

 

 例えば、一本道の廊下があるとする。そこに三つのシャッターが降りているとする。

 三人の人間がスカリエッティから脅されていて、自分だけが脅されているという認識を持っているとする。

 スカリエッティから

「君は一つ、シャッターを開けてくれるだけでいい」

「私はそのシャッターが開く仕組みとその反応が見たいんだ」

「君が一つ開けたとしても、外二つが開かなければ大丈夫だろう?」

 と言われ、三人が同時にシャッターを開けてしまった。

 例えるならば、今回スカリエッティが彼らにやらかしたのはそういうことなのだ。

 これを数十人規模で、かつ怪しまれないようにやるという時点で、そのやり口は尋常では無いのだが。

 

 『他の人間も沢山脅されている』という認識を持たない限り、こういったやり口の裏側を察することは難しい。

 経験がある人間なら見抜くこともできるだろうが、スカリエッティはそういう人間は積極的に脅迫候補から外していた。

 

「家族を人質に取られれば、正義を優先できなくなるその人情。

 "このくらいの協力ならどうなることもないだろう"という希望的観測。

 君達には本当に助けられたよ。私の心は感謝でいっぱいだ」

 

 モニターの向こうから罵倒が飛ぶ。

 彼らの中にあるのは、家族を人質に取られてしまったとはいえ、スカリエッティに騙された結果とはいえ、これだけの事件を引き起こす手伝いをしてしまったという罪悪感。

 そして、スカリエッティという悪に対する怒りだ。

 スカリエッティは罵倒を心地良さそうに受け止めながら、モニターの向こうの者達が全員ミッドチルダに居ることを笑い、小馬鹿にしたような口調で挑発の言葉を突きつける。

 

「これから私はミッドを壊滅させるが、君達が生き残れることを切に願っているよ」

 

 そして、皮肉を言うだけ言って通信を打ち切った。

 人質に取られていた家族、家族を人質に取られていた者。

 その二つが健闘と脅迫の果てに、共に死ぬ運命にある。

 それが面白くて、楽しくて、スカリエッティは笑いが止まらない。

 

「いやあ、楽しいねえ、ウーノ。これが面白いんだよ」

 

「そうですか」

 

 ガジェットに殺されるか。

 竜に殺されるか。

 ラプターに殺されるか。

 パニックに巻き込まれて死ぬか。

 戦闘機人にもののついでに殺されるか。

 それら全てを乗り越えた上で、月に潰されて死ぬか。

 あるいは、全てに絶望したことで自殺するか。

 

 どう死ぬかは分からないが必ず死ぬだろう、とスカリエッティは笑う。

 その死に様を見れないことを、彼は少しばかり残念に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュテルはデバイス・ルシフェリオンを起動させようとする。

 デバイス起動用の魔力がデバイス内部に送られ、けれど魔力が作用する前にAMFに無力化されてしまい、シュテルの魔力でもデバイス起動は不可能であると証明されてしまう。

 続いてデバイスに頼らず魔法陣を構築しようとするが、こちらはもっと酷い。

 シュテルが多大な集中力と魔力を注いでも、歪な円を作るのが精一杯で、魔法陣を構築することなんてできそうもない。

 

「シュテル、そっちはどうだ?」

 

 チンクが不安そうに呼びかけるが、シュテルは眉一つ動かさず、首を振って意思表示とする。

 

「……ダメですね。私でもデバイスの起動、及び魔法の発動は叶いません」

 

「お前でダメなら、他の誰でもダメだろう。……マズい、これはマズいぞ」

 

 デバイスの起動が不可能。

 同時に、魔法の発動も不可能。

 シュテルがダメならなのはもダメで、この二人が駄目なら他の誰もがダメだろう。

 ソーシャルゲーム管理局が今日ミッドの地上に戦力のほとんどを展開していたことが、完全に裏目に出ていた。いや、正確にはスカリエッティに裏をかかれたと言うべきか。

 

 星の外にまでAMFは及んでいる。

 別世界にあるソーシャルゲーム管理局本部からの助けも、まず期待できないだろう。

 あの空のガジェットをどうにかできなければ、まず何も始まらない。

 

「あの一つ一つが欲望の産物であるのなら。成程、無限の欲望の名に相応しい」

 

 チンクが空を見上げ、苦虫を噛み潰したような顔でそう口にする。

 味方にすると面倒臭くて、敵に回すと頭が痛くなるスカリエッティの特質を、今この瞬間に噛み締めているのかもしれない。

 髪をかき上げ何やら思案している友達(チンク)に、シュテルは動揺や不安の欠片も見えない口調で語りかける。

 

「まあ、大丈夫でしょう」

 

 振り返るシュテルとチンク。

 二人が見つめる先には、身支度を整え施設から出てくるKの姿があった。

 シュテルが見つめる彼の顔には、強い意志が込められた瞳が据えられている。

 

「全てのイベントのボーダーを超え。

 全てのイベントから心が開放され。

 目の前の事件に心置きなく挑むことができる今のマスターなら……きっと」

 

 そうだ、この目だ。

 

「シュテル、オレを連れて行ってくれ。なっちゃんの居るところまで」

 

 この諦めを知らない目が好きなのだと、シュテルはぼんやりと思う。

 

 まだ、何も終わっていない。

 

 いや、始まったばかりなのだと、シュテルは胸の奥で熱い想いを燃やしていた。

 

 悪がもたらした暗闇の世界で、闇を切り裂く正義の戦いが、始まる。

 

 

 




 巨人を四人集めて誓いの号令しても死にます

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