課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

42 / 69
【前回までのあらすじ】

「メガテンのソシャゲ作りたいから出資してくれって人が居たんだわ。
 悪魔召喚プログラムが入ったUSBメモリとベルトで変身するヒーロー。
 三つのマッカをベルトに差し込んで変身するロウヒーロー。
 ベルトに相棒のコウモリ悪魔をセットすることで悪魔人間となるカオスヒーロー。
 オレはこの三人を出して交流しながら、色んな世界を回るゲームを出してくれと要望した」

「マスター、まさかそれをミッドで流行らせる気だったんですか……?」

「携帯電話に悪魔召喚プログラム入れて、ベルトにセットして変身とか新しいわー」

「マスター、やめましょう」


誰も助けようとしないやつは、誰にも助けてもらえない

 脳裏に蘇るは、この戦いの前に聞かされた記憶の中のリーダーの言葉。

 それが、ゼストの心の中の天秤を傾けていく。

 

――――

 

「いいですか、ゼストさん」

「無理しない範囲で、極力犠牲が出ないように立ち回って下さい」

「そのためなら、間違ってもいいです。オレを裏切ってもいいです」

「だから、誰も見捨てないでください」

「信頼できる強さの人には、とりあえず全員これ言っておいてありますから」

「各々、連絡が取れない状態で重大な何かがあれば、自己判断で」

 

――――

 

 合理的に考えるなら、メガーヌの娘(ルーテシア)は見捨てるべきだ。

 だが人情的に考えるなら、スカリエッティの命令に従いながらチャンスを伺い、ルーテシアを助けるタイミングを図るべきだ。

 そしてゼストは、子供や仲間の命を人質に取られれば、理性を押し込んで悪に加担してしまう、そういうタイプの武人でもあった。

 上記の二つなら、ゼストは明らかに後者を選びたがっている。

 

 だが、それでも、この状況でスカリエッティの思い通りに動くという選択肢は、凄まじい拒絶感をゼストの心に浮かび上がらせる。

 "最悪の事態に繋がるのではないか"という理性的判断が、彼の選択を押し留めていた。

 そんな彼の背中を、メガーヌが押そうとする。

 

「隊長。私の娘のことは、諦めて下さい」

 

「……メガーヌ」

 

「この戦いは、ミッドチルダの住民全ての命がかかっている戦いです。

 そして、その住民を守ろうと奮闘している皆の命もかかっています。迷わないで下さい」

 

 母としての気持ちを押し込んで、メガーヌはそう言った。

 人質に取られているのが他人の子供だったなら、メガーヌは絶対に諦めなかっただろう。

 何が何でも助けようとし、そのためなら悪の手先になることだってできたはずだ。

 "自分の娘のためにそんなことはさせられない"という思考が、この場で最もルーテシアのことを愛しているはずのメガーヌに、残酷な発言を強いていた。

 

 クイントも頭をガシガシ掻いて頭を悩ませ、何も選べないでいる。

 ゼスト隊でもないティーダさえ、メガーヌの心情を慮って励ましたり、この状況を打開する方法を考えながら苦悩している。

 そんな仲間達の姿が、ゼストを苦渋の決断に走らせた。

 

「分かった。気に食わんが……貴様の要望を叶えてやる、スカリエッティ」

 

『おお、嬉しいねえ。期待しているよ』

 

「! 隊長! 私の娘のために、そんな―――」

 

「お前の娘だからではない。誰の娘であったとしても、俺はこうした。それだけの話だ」

 

「―――ッ!」

 

 メガーヌが歯を食いしばる。

 歯が砕けそうなくらいに力を込めて、申し訳無さそうな心情を示し、俯いていた。

 母親ゆえの悔しさが浮かんだその顔とは対照的に、スカリエッティはとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

『さて、君達には、適当に二つの管理局の戦力を削ってもらおう。

 拠点を潰すのもやって貰おうかな?

 ああ、手を抜くのは無しだ。

 仲間に事情を話して助けを求めるのも無しで。

 君達は全力で、仲間に何の事情も話さないまま、仲間を裏切って戦ってくれたまえ』

 

「……っ」

 

『君達の能力データは十分揃えている。手抜きをすればすぐに分かるし、小細工も同上だ』

 

 スカリエッティは自分の欲望のままに動いている。

 その欲望の成就が、他人の不幸や破滅に直結しているのだ。

 ゆえに、その要求は悪辣であり、ゼスト達にとっての苦痛であった。

 

(なんとかならないのか?)

 

 ティーダはなんとならないかと、思考を走らせる。

 だが周囲を見渡せばチラチラとスカリエッティのガジェットが見えて――明らかに警告のために姿を見せている機体と、完全にステルスしている機体が居る――、どうにも動けない。

 通信に使えるものもほぼ全てが封じられ、使える"かもしれない"ものですら、盗聴されているようなフシがあった。

 

 おそらくは本当に、あらゆる手を封じているのだろう。

 しかもそれが"下手なことはできない"という心理的効果をティーダ達に対し発生させ、余計なことをしようとする気を削いでいた。

 

『無駄だよ。

 君達はどうやっても仲間に連絡はできないようになっている。

 君達の能力、この状況、戦場全体の状態……その全てを私は理解している。

 奇跡が一つ二つ起こったところで、私が君達の叛意を見逃すとは思わないでくれたまえ』

 

 ガジェットという観測端末がある以上、スカリエッティは現在この戦場において最も大きな情報アドバンテージを持っている。

 最初に脅迫で抜いた情報を合わせることで、その情報アドバンテージは更に強固なものとなっていた。

 

「行くぞ」

 

「……ゼスト隊長」

 

「今は何も言うな」

 

 『隙を見てルーテシアを助ける』。

 ゼスト、クイント、メガーヌ、ティーダの心は一つであったが、スカリエッティの現在位置も分からない現状では絶望しかない。

 だが、彼らはスカリエッティの言う通りに移動した先で、戦いを強要された最初の敵を目にした瞬間、あのよく分からないリーダーが考えていたことを理解した。

 

 

 

 

 

 機動六課の面々は、ミッドチルダの各地に散らばり、重要な戦場や拠点で戦っている。

 創設の時期からずっとAMF対策を考えて来た上、小競り合いでのガジェット戦闘経験もかなり多い六課の魔導師は、どこの戦場でも活躍していた。

 それは、新人達も然りである。

 彼らはガジェットを押し返す防衛ラインを構築していたが、今はガジェットに集中的に狙われていた魔導炉の防衛に回っていた。

 

 昔々、プレシアがアリシアを死なせた魔導炉の三倍の規模の魔導炉を攻撃し、暴走を起こそうとするガジェット。普通に怖い目的での進撃であった。

 

「ティアナさん、私、本当に戦闘に参加しなくていいんですか?」

 

 そんなガジェットの進撃を、ちぎっては投げちぎっては投げ、切っては突いて切っては突いて、スバルとエリオが蹴散らして行く。

 一方キャロは、魔導炉の隣でひたすら術式を組み上げていた。

 キャロはスバル達とキャロのちょうど中間地点に居るティアナに向かって、自分が戦いに参加しなくていいのかと、ティアナに問いかける。

 

「いいのよキャロ。こっちは私達に任せて」

 

「……分かりました」

 

「とにかく、備えられるだけの備えをお願い。

 私達にはできなくて、キャロにだけできることだから」

 

 ティアナはスバルとエリオを射撃で援護しながら、キャロにひたすら強化魔法を撃たせていた。

 それも、効果時間が長いやつをだ。

 プレシアやリンディが得意とする魔法に、魔導炉から魔力を引っ張ってくるというものがある。

 離れた魔導炉から魔力を引っ張ってくるのならそこそこ高位の魔法だが、触れた魔導炉から引っ張って来るだけならば難易度は下がり、カートリッジと感覚は変わらない。

 キャロはここの職員から「使って下さい」「ミッドの未来を頼みます!」と言われ、魔導炉の魔力を借りて四人を一気に強化していた。

 

 普段のような魔力効率が高いor強化効率がいい強化魔法を使わず、効果時間が長い強化魔法をひたすらに四人にかけていく。

 それだけでなく、時間をかけてじっくりと遅延魔法のセットも行っていた。

 既にAAAランク魔導師の魔力総量より多い魔力を使用したという事実に、キャロは"ここまでやる必要はあるのかな"という疑問を持ったようだ。

 

「こんなに備える必要あるんですか?」

 

「『起こるかもしれないこと』があるわ。

 その中には『起こってほしくないこと』もある。

 もしそれが起こってしまったら、キャロの底上げがないとまず対抗できない」

 

「……分かりました。頑張ります!」

 

 だが、ティアナの言葉に迷いを捨てる。

 キャロの中には、指揮官としての適正を持つティアナへの敬意があった。

 それはティアナの役割を一部肩代わりするようになった今、ますます大きくなっている。

 ティアナはよく周りを見て、よく情報を集め、よく考えてから選択する指揮官だ。

 その判断を、キャロは信じることにした。

 

「ねえキャロ。あいつが……

 ソシャゲ管理局のリーダーが私達の成長も望んでた理由って、なんだと思う?」

 

「え?」

 

 なのだが突然、ティアナがそんなことを言い出し始めた。

 ガジェットをほぼ全滅させ、魔導炉の停止と職員の避難が始まった段階でそんなことを言われたため、キャロは少し困惑してしまう。

 

「なんかね、それを考えてると思い出すのよ。

 あたしが今のキャロより小さかった頃のこと。

 あいつがあたしに分かりやすく、『誰が見張りを見張るのか』って話をしてくれたことを。

 それと、最近それと似たようなことをなのはさんが話してくれたこと、その内容を」

 

 二週間ほど前のことだ。

 ティアナはなのはと食堂で話す機会を得て、なのはから様々なことを聞かされていた。

 なのはと話していると、ティアナはちょくちょく彼女の会話に『彼』の影を見ることがある。

 おそらくは、昔彼が幼馴染としてなのはに話した内容が、形を変えてなのはの口から出て来ているのだろう。なのは本人に自覚はないのだろうが。

 

 そしてその日も、ティアナはかつて兄の親友である彼から聞いた内容を、それなりに違う形でなのはの口から聞いていた。

 

「時空管理局のいいところは、なんだかんだ集団の利をちゃんと使ってるところかな。

 一人が間違えても即終了とはならなず、周りが止められる余地がある。

 個人の能力が高い世界で、このシステムを完成させたのは凄いと思うよ」

 

「そうですか?」

 

「そうだよ」

 

 個人の力が大きな世界、しかも幾多の次元世界が干渉し合う世界観で、体系化された治安組織と治安構造を作り上げる。

 その凄まじさは、勉強を重ねれば重ねるほど実感できるものだ。

 

「毎日厳しい訓練してない犯罪者の人。

 毎日厳しい訓練をしてる管理局の人。

 全体で見れば、後者の方が平均値で勝るのは当然でしょう?」

 

「ああ、確かに」

 

「管理局は安全保証や治安保証に、数と努力を前提にしてるんだよね。

 身内が暴走したら周りの皆で止めます。

 犯罪者が出て来たら日々鍛錬してる人が止めます。

 凄い大量破壊兵器が出て来ても、努力の結晶である魔法で止めます、って感じで」

 

「でしょうね。でないと、魔法やロストロギアがある世界で治安は維持できない」

 

 時空管理局のシステムは基本的に、時空管理局の強者一人が暴走しても、他の時空管理局員が止めることができるように出来ていた。

 

「つまり大切なのは、"人が人を止める仕組み"なんだよね」

 

 それを聞いたのが二週間前のこと。

 時空管理局のそういう仕組みから、『彼』は何かを感じたのかもしれない。

 そしてティアナは、過去になのはから聞かされた言葉を、そのままキャロに口にした。

 

「つまりね、大切なのは"人が人を止める仕組み"なのよ。

 何か事情があって、平和を守る人が暴走した時、それを止めて平和を守る人が要る」

 

「それが、私達の成長が望まれた理由なんですか? 誰かを止める必要が……?」

 

「いや、どうかな。私の思い込みかもしれない」

 

 キャロはKのことをあまり知らない。

 ひっそり強化魔法の心の師として尊敬の念を送っているくらいのものだ。

 エリオ同様キャロもフェイト経由でしかKの人柄を聞いていないため、少々美化されているというのも大きい。

 だからこそ、彼との付き合いから"なんとなくそうかも"と感覚で感じているティアナの思考は、キャロにはよく分からなかった。

 

「でもね、キャロ。

 あたし臆病なのよ。

 かもしれない、って思ったら無視できない。

 備えられる時に備えられるだけ備えておきたいの」

 

 ティアナは念には念を押す。

 魔導炉を停止させ、人々の避難を終え、キャロのブーストで全員がAAAランク相当のスペックを手に入れた状態で、ティアナ達は別所に移動し始めた。

 

 だが、新たな敵の出現に、交差点のど真ん中で足を止めてしまう。

 

「……!」

 

 運がいいのか、悪いのか。

 彼女らが偶然遭遇した相手は、悪を成すことを決めたゼスト達。

 会話をする気も見せず、武器を見せる彼らに戸惑いながらも、スバル達は無抵抗を選ばず武器を取った。

 

 『何故彼らがこの状況で敵に?』。

 スバル、ティアナ、エリオ、キャロの心は一つであったが、そこにどんな理由があったとしてもこの状況は絶望しかない。

 だが、彼らはスカリエッティの手先となった彼らと相対し、戦いを強要されるこの状況に立ったこの瞬間、あのよく分からないリーダーが考えていたことを理解した。

 

「……母さん?」

 

「スバル……」

 

 母と娘が。

 

「兄さん」

 

「……ティアナ」

 

 兄と妹が。

 

「ゼストさん」

 

「エリオか」

 

 師と弟子が。

 悪の思惑のせいで武器を手に取り、対峙する。

 キャロとメガーヌ、二人の補助魔導師は、その光景を歯がゆい気持ちで見ていた。

 

「我らは語る言葉を持たない」

 

「……事情がありそうですね、ゼストさん。ならば、この槍で語るまでです」

 

「……すまない」

 

 静かに槍を構える二人に合わせて、四対四の対峙が各々の得意な間合いに合わせたものへと変わっていく。

 

 人質を取られても平気な状況を作るには、情を捨てるか、命を見捨てるしかない。

 将来的に人質を取りに来るかもしれない悪が仮想敵であるのなら、そして情を捨てる気がないのであれば、発動するかも分からない仕込みを数え切れないほど仕込まないといけない。

 そして、課金厨はそれをやった。ソシャゲの合間合間に時間を見つけて。

 

 偶然かもしれない。

 適当に仕込んでいた仕込みが、ここで噛み合っただけかもしれない。

 彼がそこまで考えていなかったという可能性も、彼が想定していた未来はこういう形では無かったかもしれない。

 

 だが、この場の皆が同じことを考えていた。

 

 『彼』の少し不可解だった指示は、それがもたらした六課新人の強化は、今日この日のためにあったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドチルダは、全体的に劣勢だった。

 機動六課は質が足りていても数が足りていない。

 戦闘技能持ちの市民や引退済みの管理局員、休暇を取っていた海や空の人間も参戦していたが、こちらも六課未満の戦力にしかならない。

 防衛戦は数だ。

 隙間の無い人と物の壁を作ることこそが、敵の侵略から拠点を守る。

 

 だが、そのために最も活躍すべき地上部隊は、六課以上の苦戦を強いられていた。

 

「AMF濃度、更に上昇! とうとう魔力弾が届かなくなりました!」

 

「くっ……空のガジェットを抜いても、まだこれだけの数が湧いてくるとは!」

 

「皆、魔力弾は一発一発全力で撃つくらいの気持ちで撃て!

 全力の一発で倒せないなら、無理はするな!

 後方で回復に努めつつ、本陣に侵入したガジェットを魔力刃で仕留めてくれ!」

 

 スカリエッティの仮想敵は、その大半がミッドチルダ式魔導師である。

 それは、管理局の影響が強い幾多の次元世界において、ミッドチルダ式の魔導師が圧倒的多数派であるからだ。

 そのため、ガジェットのAMF特性はミッドチルダ式魔法に対し特に刺さるようになっている。

 

「撃てーっ!」

 

 ミッド式の魔法は魔力操作に優れる。攻撃の基本は魔力弾であり、多数対多数の集団戦でこそ真価を発揮する。

 多数の人間で陣形を組み、射線を並行させて弾幕を張る、射線を交差させて火力を集中する、などなど、地球の銃部隊に近い運用が可能なのが特徴だ。

 対人戦に特化したベルカ式と違い、弱者が群れて強大な集団を構築することができるのが、ミッド式の強みであると言えよう。

 

「クソ、こいつらの装甲、硬いぞ!」

 

 が。

 ミッド式の魔法はそのほとんどが、モロにAMFの影響を受けてしまう。

 魔力弾の周りに弾殻を上乗せするヴァリアブルバレットのように、ミッド式魔法の中にもAMFに対抗できるものはあるが、高等技術であるために誰もが使えるわけではない。

 それだけでなく、現在地上はその全てが高濃度AMFの影響下にあるために、"AMFの外からAMFの中のガジェットを倒すための魔法"も、そのほとんどが有効性を失っていた。

 

「ぐあああああっ!」

「また一人やられたわよ!」

「ちくしょう!」

 

 時空管理局も、その大半がミッドチルダ式魔法使い。

 ゆえに地上本部も、ミッド式の魔法使いが大多数である。

 この高濃度AMFの世界では、ただでさえ高ランク魔導師が居ない地上部隊が、更に弱体化してしまうのだ。

 

「隊長、後退しましょう!」

 

「やむをえんか。本部に伝令!」

 

 誰もがスカリエッティの機械兵器に勝てるわけではない。

 常日頃からAMF対策を意識して訓練していた六課は比較的有効に戦えているが、それがそもそも異端なのだ。

 一般的な魔導師達は、次第に戦線を押し込まれていく。

 

「諦めるな!」

 

 されどその心、未だ折れず。

 

「こんなスカとかいう機械しか一緒に戦ってくれる仲間が居ないぼっち野郎に!

 頼れる仲間が隣に居て、一緒に戦ってくれているお前達が、負けるものか!」

 

 戦線は押し込まれている。

 彼我の戦力差を考えれば、信じられないくらいにゆっくりとしたペースで。

 

「踏ん張れ! 目にもの見せてやれ!」

 

 一見管理局員が圧倒されているようにも見える光景。

 しかし、そこには奇跡的な踏ん張りを見せる皆の奮闘があった。

 スカリエッティが試算していた制圧予定時刻はとっくに過ぎており、なおも彼らは粘り続ける。

 

「隊長! 機動六課から通達です!

 月とミッドの衝突が避けられない段階に入るライン、その情報が来ました!」

 

 劣勢の中でも諦めず、食らいつき続ける彼らの下に、カウントダウンの到来が告げられる。

 空で大きさを増していく二つの月が、とうとうミッドを捉えたようだ。

 

「月はいつ最終ラインを超える!?」

 

「ジャスト一時間後です!」

 

「デッドラインは、そこか……」

 

 もしも誰かが月をどうにかできる手段を持っていたとしても、スカリエッティが地上を完全制圧してしまえば、意味がない。

 地上が制圧された結果、月をどうにかする手段が邪魔されてしまうという可能性すらありえる。

 

 月が落ちて来るからここで頑張る意味は無い、なんて考える者は居ない。

 彼らはまだ見ぬ希望を守るため、地上を守ることがその希望を繋いでくれると信じ、必死に食らいついていた。

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと一時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まであと55分。

 

 鉄槌の騎士ヴィータは、半ば単騎でミッドの空を駆け回っていた。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 この高濃度AMF下で長時間飛行できる魔導師は限られている。

 そしてガジェットが飛行する以上、空を飛べなければ一方的に鴨打ちされることは明白だ。

 ヴィータは一番多くの戦闘に乱入し、一番負担が大きい役割を自ら望んで請け負っていた。

 

「……っ!」

 

 空を舞う二匹の竜が、前後からヴィータに襲いかかった。

 ホテル・アグスタでヴィータに傷を付け、二匹居ればヤバかったとヴィータに言わせた竜が、あの日よりも強化された体で、二匹がかりでヴィータに牙をむく。

 

「フランメ!」

 

《 Flamme schlag 》

 

「シュラークッ!」

 

 ごう、とヴィータのハンマーが炎を纏う。

 AMFの影響を少しでも減らすため、魔力をそのまま使わず炎に変えて叩きつける一撃であった。

 

 だが、燃える鉄槌も焼け石に水。

 ヴィータの炎は、炎熱変換過程で多くの魔力を減衰させられ、竜の表皮を軽く焼くのが関の山だった。

 皮膚を焼かれたことに怒り、竜が身悶えしながら襲いかかる。

 それに対応するヴィータの死角を狙うように、もう一体の竜も飛び込んできた。

 

 爪、牙、尾。

 どれもこれもがヴィータを即死させる殺傷力を秘めており、ヴィータが必死に回避する姿をあざ笑うように、その体を傷つけていく。

 

(この前より速え。硬え。強え。

 だけどそれは、単純にこの竜が強くなったってわけじゃない。

 あたしが……このAMFのせいで、お話にならないくらい、弱くなってるからなんだ)

 

 これだけの強敵を二体同時に相手にすれば、さしものヴィータもAMFの影響を強く意識せざるを得ない。

 予想以上に動かない体。

 重く感じるアイゼンに、強く叩き込めない打撃。

 普段通りに魔力を使えば霧散して、放った攻撃は届く前に軟弱化する。

 

 重傷を避け続けていたヴィータは、いつの間にか浅い傷だけで満身創痍になっていた。

 重傷こそ無いものの、流れ出る血が鬱陶しくてたまらない様子だ。

 

 服の下を血が伝う感覚。

 手に血が流れて、鉄槌を握り直すたび、手袋の内側で汗と血が混ざったものが、ぐちゃっと気持ちの悪い音を立てる。

 頭頂部から流れる血が目に入りそうになって、慌てず騒がず、彼女は額を手袋で拭った。

 

(竜、か)

 

 人は猿から進化する過程で、肉体を使う技を編み出し、武器という概念を誕生させ、武器を扱う技を思いつき、その果てに魔法の力も手に入れた。

 何故か? それが必要であったからだ。

 人は進化の過程で狩猟を行うようになるが、大抵の動物は人間よりも遥かに強い。技、武器、魔法といったものは、そんな生物的強者に勝つために存在するのだ。

 

 なればこそ、魔法というものがロクに使えなくなった空間の中では、生命体として純粋に優れた竜に魔導師が勝つことは難しい。

 技、武器、魔法の発達は文明の発達。

 AMFが魔法文明の否定者である以上、生命体の力関係は原始のそれに近付いていく。

 AMFは、魔法という人間が強者に勝つためのものを封印し、"機械兵器は普通の人間よりも強い"、"竜は普通の人間よりも強い"という当たり前の事実を現実に持って来てしまう。

 

 機械の竜と身一つで戦い、勝利できる存在などそうはいまい。

 

(ここで死ぬかもね……なんて、殊勝な考えあたしにゃ似合わないか)

 

 ヴィータは悪ガキのような笑みを浮かべ、鉄槌で軽く数度肩を叩く仕草を見せる。

 

「アイゼン。シンプルに行くぞ」

 

《 Jawohl. 》

 

 ごちゃごちゃと考えることを辞め、彼女は自分らしく動く事を決める。

 遠くを見てみれば、空を舞う竜の一体に、地上部隊のAAAランク魔導師がやられている光景がヴィータの目に入ってきた。

 この二体の竜だけに構っていられない、と。人一倍仲間思いなヴィータは勝負を焦り賭けに出てしまう。

 

「てりゃあああああっ!」

 

 大きく魔法陣を展開するような魔法を使わず、極限まで身体強化と武器強化に魔力を回す。

 そうしてヴィータは、一切の攻撃魔法を使わないままに、必殺の威力を鉄槌に宿す。そして、竜の一体を狙って飛翔した。

 

「!」

 

 だが、この竜は野生に従わず、スカリエッティ製AIに従って戦う存在だ。

 バージョンアップやデータ値の蓄積が、その性能を向上させる。

 その知能が、ヴィータの予想をほんの少し上回った。

 

 竜の片方は弱点の一つである首を晒し、ヴィータを誘い込んで突撃コースを特定する。

 そしてもう一体の竜が、(ブレス)を吐き出すような動きで、横合いからヴィータに狙いを定めていた。

 粒子砲注意、と敵の攻撃を知覚したグラーフアイゼンがアラートを鳴らす。

 

(間に合うか? 間に合わないか? いや、ギリギリ間に合わな―――)

 

 殺すのが先か。殺されるのが先か。殺される方が早い、とヴィータは判断した。

 九割がた死ぬ、と戦士の勘が彼女に告げる。

 一割あれば十分だ、と戦士の精神が勇気を吐き出す。

 危機の中にあえて突っ込むことで、そこから勝機を掴もうとしたヴィータの無謀は――

 

「突っ込め!」

 

「―――!」

 

 ――乱入してきた味方の援護で、勇気ある決断に変わった。

 

 乱入者は二人。

 片方は卓越した魔法の技量で、高濃度AMF下であるにもかかわらず、強固なバインドで粒子砲を吐こうとした竜の口を縛り上げ、閉じさせた。

 片方はヴィータの突撃に合わせ、囮になった竜の動きを巧みに封じ、頭を掴んでヴィータが首を狙いやすいようにする。

 

 ゴキン、と、鉄槌が龍の首を折る音がした。

 ジュッ、と、閉じられた口の中で粒子砲が暴発する音がした。

 

 倒された二体の竜が落ちていく。だが、ヴィータの視線は既に竜になど向けられておらず、乱入者である二人に向けられていた。

 

「お前ら……ギル・グレアムの使い魔やってた猫姉妹!」

 

 何故ならば。

 

 ヴィータを助けた二人は、かつて闇の書の騎士にとって敵であり味方でもあった二人……リーゼロッテと、リーゼアリアだったのだから。

 

「ミッドチルダは私達にとってもかけがえのない世界」

 

「こんなやつらに、好き勝手させてたまるかってんだ!」

 

 グレアムはもう高齢で戦えないのだろう。

 だが、使い魔である彼女らに加齢の影響はほとんどない。

 十年前、ヴォルケンリッターにも劣らない強さを保有してた時と変わらぬ姿で、ロッテとアリアはヴィータの前に現れていた。

 だからだろうか。

 十年前と変わらぬ気持ちが蘇り、十年前と変わらない言葉をヴィータが吐いてしまったのは。

 

「今度は何企んでやがんだ!」

 

「はぁ? 悪巧みするとしたらお前らだろ、ヴォルケンリッター!」

 

「ちょ、鉄槌の騎士、ロッテ、あんた達この状況で何を……」

 

「はやてが許してるからって、あたしは許してねーからな!

 お前らははやてに最悪なことをしようとしてたんだ。

 結果オーライだったからって、はいそうですかと納得できるか!」

 

「許してないのはあたし達だって同じだ!

 記憶がない? 責任能力? 書の暴走や主の命令のせい?

 ざっけんな! 知るかそんなこと!

 あんたらが最初から居なけりゃ、クライドくんだって―――」

 

「やめなさい、二人とも!」

 

 両者ともに自分の過去の行動を悔いてはいる。

 その償いのために色んなことをやっている。

 相手が殊勝な態度であれば、ヴィータもロッテもそれ相応の態度を見せ、深々と頭を下げることもあるだろう。

 

 が、売り言葉に買い言葉。

 

 はやてを間接的に殺そうとしていたリーゼ姉妹、クライド・ハラオウンを殺した闇の書の騎士ヴィータ。両者は互いに、目の前の相手を許せない理由を持っている。

 人間の心は、『自分も悪いことをしたんだから憎むのはやめよう』と、すぐさま納得できるようには出来ていない。

 仲裁に入っているアリアですら、ヴィータを見る目には憎しみが宿っていた。

 ロッテとヴィータの口論は激しさを増し、その心の中で"こんなことをしている場合じゃない"と思っていても、目の前の相手を罵倒することをやめられない。

 

 そうこうしている内に、新たな戦闘機竜が彼女らに襲い掛かってきた。

 

「チッ!」

 

 ヴィータはその噛みつきを、舌打ちしながらかわす。

 

「邪魔ぁ!」

 

 そして空振った噛みつきのせいで半開きになった口、正確にはその下顎に向かって、ロッテが強烈な蹴り上げを放った。

 強制的に閉じられた口の中で、打ち合わされた歯にヒビが入り、欠ける。

 そこにアリアがAMF対策を凝らした砲撃を打ち込み、歯を砕きながら口内を焼いていった。

 

「ちんたらやってんじゃないよクソ騎士!」

 

「うるせえクソ猫! あたしに指図すんな!」

 

「ああもう二人共うるさい!」

 

 口論しながら、罵倒しながら、ヴィータとロッテは戦っていく。

 アリアも途中から止める口調というより、あんまりにも仲違いする二人を叱るような、怒るような口調になっていった。

 先程落ちて行った二体、今さっき歯を砕いて口内に砲撃をぶち込んだ一体が驚異的な回復能力を見せ、再度襲い掛かってくる。だがヴィータ達は、口論したままそれらを撃退していった。

 

「こいつら全滅させた後はお前らだ! この鉄槌でぶっ潰してやる!」

 

「それはこっちの台詞だ! ただでさえチビなその体を更に押し潰してやる!」

 

「うるっさいって言ってるでっしょうがあっ!」

 

 許せない。

 全部は許せない、と彼女らは思っている。

 身内を傷付けられた記憶、身内を狙われた記憶、身内を殺された記憶は、彼女らの中に大きな罪悪感があったとしても、消えてなくなるものではない。

 ……けれど、そこに生きていることを許せるくらいには、自分の見ていないところでなければ幸せになることも許せるくらいには、許せるようになっていたようだ。

 彼女らにそういう気持ちがあることを、この歪な共闘が証明している。

 

 あるいは、ヴィータ・ロッテ・アリアに共通する知人であり友人が……被害者であるKが、はやてが、クロノが、ヴィータとロッテとアリアを許していたことが、彼女らの心に何かを残していったからなのかもしれない。

 

 共闘し、闇の書の闇を打倒したあの日から十年が経つ。

 長いようで短い十年。

 そう、あの日、彼らはちゃんと『悲しみを終わらせた』のだ。

 終わらせられた悲しみは、連鎖しない。

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと45分。

 

 

 

 

 

 ガジェットは本来、その用途によってI型からIV型までの四種に分類される。

 これらは何度も(特に最近)改良強化を繰り返されており、単純な戦闘力で言えば数字が大きい方が強い。

 特にIV型は完成されたステルス能力、ニアSランク魔導師のバリアジャケットを貫く攻撃力を備えた、スカリエッティの切り札でもあった。

 

 そんなIV型が、二人の護衛に守られているKの背後に忍び寄っていた。

 

「こちらみんなのリーダーでござい。何? 指示が欲しい?

 一番近いのは……プレシアさん達か。

 アリシア・テスタロッサに連絡を取って、そっちと合流してくれ」

 

 青年は車椅子に乗ったまま、通信機で仲間に指示を出しているようだ。

 限界突破に必要な金銭の消費はシュテルに預けている――取り上げられている――口座から引き落とされているようで、まだまだ限界突破における金銭的な問題は発生していない様子。

 スカリエッティはオットーとディードに暗殺の任務を命じ、この大規模戦闘の序盤に、超高濃度AMFの中を走り回らせていた。

 その際、何よりも優先して殺すべきターゲットとして、Kを指名している。

 

 スカリエッティは、かの男を最大限に警戒していた。

 追い詰めても破産覚悟のガチャでひっくり返されかねない、そういう怖さが彼にはある。

 課金青年を殺しておけば、限界突破などの脅威も封じることができる上、最強クラスの戦力であるなのはとシュテルの戦意喪失も狙えると、スカリエッティは考えていた。

 

 課金王の殺害は、スカリエッティがこの戦いで掲げた目標の一つ。

 殺せなくても彼の義手は切り落とせ、とガジェットは命じられている。

 二人同時の限界突破、その上で他の魔法を使用するだけの大規模リソースは、彼の中ではなく彼にくっついている義手の中にある。切り落せば、限界突破は解除されるのだ。

 スカリエッティの目的を成就させるため、IV型はあらゆるセンサーと五感に引っかからないステルスを発動したままに、鋭い刃を青年の背中に突き出した。

 

「あ、それは通さないんよ」

 

 だがそれは、尋常でない動きを見せたジークリンデの手で防がれる。

 

 見ることもできない、音も立てていない、五感や魔力探知や機械的なセンサーにも一切引っかからない、そんな完璧なステルスであったはずなのに、何故?

 ガジェットのAIがその原因を特定するべく、刃を掴んだジークの姿を見て、そして驚愕する。

 ジークは、目を開けてさえいなかった。

 目を閉じたまま、IV型の刃を掴んで止めていたのだ。

 

「地面の上の砂は、風もないのに勝手に動き出すことはないんや。

 姿を消したところで、僅かに足跡を残してしまうのであれば同じこと」

 

 非凡なジークは、地面の砂の動きから見えない敵が居るという事実を察し、目を頼るのをやめ、目を閉じ『聴勁』にて敵の動きを察知した。

 

 聴勁。

 中国拳法の秘奥にも数えられた、格闘家が習得を目指す極技の一つ。

 手で対手の体に触れてさえいれば、聴勁の達人は対手の心の動きすら読むという。

 魔導戦闘においてはあまり役に立たない技術だが、優れた格闘家ならばその多くが習得している技術であり、エレミアの記憶継承者である彼女も当然のように扱うことが出来ていた。

 

「ほら、ハルにゃん! やったってや!」

 

 刃がミシリと嫌な音を立て、ヒビ割れる。

 そしてまばたきを一度行うだけの間も置かず、踏み込んだアインハルトの拳がガジェットの躯体を粉砕した。

 粉砕したガジェットの残骸を見やり、彼の臨時護衛役を務めていたジークとアインハルトが並び立つ。

 

「隠れても無駄です。出てきなさい」

 

 そして、アインハルトは近くの森に向かって呼びかけた。

 森の中でKを暗殺すべく機を伺っていた二人の女性は、暗殺を諦めしぶしぶとその姿を現す。

 

「人材に底が見えないな、貴様らは。

 まさかこの任務でこんな人物と戦うことになろうとは、思わなかったぞ」

 

「やっぱ大規模戦闘は怖いな。オレもいつ暗殺されるかわかったもんじゃねえ」

 

 話聞いてるのか聞いてないのか、それとも聞いているけど聞こえていないフリをしているのか、さっぱり分からない口調でKは暗殺を怖がる素振りを見せる。

 森の中から現れた女性は、服装から見るにナンバーズだろう。

 そして、アインハルト達がナンバーズかどうかを問う前に彼女らは名乗り、名乗りの流れが始まる。

 

「ナンバーズNo.3。トーレだ」

 

「ナンバーズNo.7、セッテ」

 

「覇王流、アインハルト・ストラトスです」

 

「んー……エレミアン・クラッツのジークリンデ・エレミア」

 

「ソシャゲにハマる全ての自宅警備員の頂点……ならばオレは、世界警備員でも名乗っておくか」

 

「名前の由来に目を瞑れば、異様にかっこいい名前の響き……!」

 

 スカリエッティ配下の戦闘機人も、とうとう残るは三人だけとなった。

 戦闘力がなく、スカリエッティの秘書を努めているウーノ。

 オットーやディードと同じ最新式の最後発組、セッテ。

 そしてナンバーズ最強とも謳われる、トーレの三人だ。

 

 単体での戦闘力で見ればナンバーズ十二人の中でもトップを争える、トーレとセッテ。スカリエッティはこの二人を、Kに対するどストレートな刺客として解き放った。

 受けて立つのは、碧銀の覇王と黒のエレミア。

 

「聖王の末裔は……居ないか」

 

「ヴィヴィオさんは、ヴィヴィオさんがすべきことを成しに行きました」

 

「それならそれでいい。

 ドクターが言っていた覇王の子孫、そして黒のエレミアか。相手にとって不足なし」

 

 ニッ、とトーレが笑う。

 アインハルトとジークは、不思議な懐かしさを覚える。

 その笑みは、古代ベルカの戦闘嗜好者(バトルマニア)に類する人間が、戦いの前に浮かべていた笑みと同種のものだった。

 トーレの精神は、古代ベルカの戦士のそれ。

 構えた姿から見るに、おそらく実力も古代ベルカの戦士に匹敵する。

 クラウス達ならばともかく、アインハルト達では、勝つか負けるか分からない。

 

「見せてもらうぞ、お前の力を」

 

「どうぞご自由に、御覧下さい」

 

 トーレとアインハルトが対峙する。

 

「私は最後発組にして最新式のナンバーズ。ドクターの最新最高の作品に勝てるとでも?」

 

「最新最高? なら(うち)らは、最強最古の力でも見せてあげたるよ」

 

「……」

 

 セッテとジークリンデが対峙する。ジークはそれっぽく挑発してみるが、セッテは眉一つ動かさない。内心ムッとしているのか、何も感じていないのか、それすら分からなかった。

 

「聞こえていますか? ソーシャルゲーム管理局のリーダーよ。

 ドクターは性格が悪く、抜け目がない。お前が海鳴市出身であることに目をつけています」

 

 セッテはジークの言葉を無視し、車椅子の上でスマホをくるくる弄り始めた青年に呼びかける。

 

「きっと、今すぐにドクターに降参すれば、ほんの少しでも被害は減る」

 

「だろうな」

 

 セッテの話を聞きながら、青年は"このスマホカバー柔らかいけど熱こもるし手の脂で劣化するし埃が付きやすいのに取れにくいし……"と変なことも考えていた。

 

「人質だろ? それは確かに、オレにも有効だ」

 

「……」

 

 そして、人質作戦を予期していたことをセッテに告げる。

 セッテは眉を動かし、ここでようやく感情の動きらしいものを見せた。

 

「スカリエッティがジェイルなら、絶対にそうするだろうと思ってた。

 さて、どの対策が効果的に働いて、どの対策がスカリエッティに突破されるか……

 いかん、本気で分からん。シュテルかなっちゃん早く帰って来ねえかな」

 

「何という凄まじい他力本願……」

 

 トーレが呆れたような顔をするが、アインハルトとエレミアは内心の動揺を隠しつつ、表情を努めて動かさないようにする。

 青年の顔色は、明らかに先程までより悪くなっていた。

 二人同時の限界突破が生む負荷は、エレミア最高傑作の義手を使ってもなお重い。

 空のガジェットの殲滅率はおそらく現状六割ほど。

 なのはとシュテルはまだ帰って来ないだろう。

 だからこそ、アインハルトとジークは"早く帰って来ねえかな"という言葉に裏の意味を見た。

 

「無駄口はそこまでです。あなた達は、戦いに来たのでしょう」

 

「ああ、そうだ。そうだとも。血湧き肉躍る戦いを所望しよう」

 

 そうして静かな、静かな対峙が始まった。

 

 人並み外れた武を身に着けている彼女らの動きは、ひどく静かで、されど遅くはなく、音一つ立てないままに互いが互いの間合いを図る。

 ジャリッ、とセッテが踏んだ砂利が音を鳴らす。

 しかし、他の三人は砂利の上でも小さな音一つ立てやしない。

 セッテは屈辱を覚え、だが腐らずに、皆の様子見に食らいついていく。

 

 やがて四人は無言のまま、まるで交渉した結果そうなったように、理想の間合いを手に入れた上で立ち止まる。

 音一つ生まれない静かな対峙が、緊張感と戦意の高まりに応じ、音一つ無いままに一触即発の空気へと転じていく。

 

 やがて、沈黙は破られた。空気を吹き込み空いた風船が、弾けるように。

 

 ぶつかりあう両者が産んだ衝撃が、耳を(つんざ)く轟音をかき鳴らした。

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと40分。

 

 

 

 

 

 その日も地球の海鳴市は、いつもと変わらない空気の中にあった。

 そこそこ平和な街の中、その平穏を、食い散らかそうとする害虫がやってくる。

 誰も居ない海沿いの公園に、魔法陣で転送されて来るガジェットの群れが現れたのだ。

 

『さあ、好きに暴れるといい。私のガジェット達よ』

 

 スカリエッティは自分にとって厄介な敵に対し、人質として機能する者達が、この街に大量に住んでいることに目をつけていた。

 月村家、バニングス家、高町家、ハラオウン家、この街に住まう多くの人々……そして、Kの両親。この街は、人質に使える者の宝庫なのだ。

 しかも、時空管理局の守りは無いと来た。

 ここはスカリエッティ視点、ノーリスクでハイリターンを得られる場所なのである。

 

『殺す相手と捕える相手はまた別だ。ウーノ、ガジェットの操作は任せたよ』

 

 時空管理局は地球のような管理外世界の自主性を重んじ、魔法や次元世界の存在を隠匿し、派出所を置くなどの干渉を行わない。

 だが、時空犯罪者にそんな良識は存在しない、

 

『はい、ドクター』

 

 殺すことに躊躇いはなく。

 地球に引き起こす混乱を気にすることもなく。

 彼らは破壊に伴う全てに興味を示さない。

 そして無慈悲に、ガジェットを海鳴市に散開させた。

 

「貴様らが外道で助かった。何も迷うことなく、この剣を振るうことができる」

 

 ゆえに、悪の機械兵器を敵として、正義の刃は(ひるがえ)る。

 

「賭けの約束は守ろう」

 

 彼女は愛剣レヴァンティンを携えて、先日交わした約束を思い返していた。

 

――――

 

「K。私は、そちらの誰かと一手所望する。

 私が勝てば、お前は一つ質問に答えろ。

 そちらが勝てば、私は一度だけお前の言うことを何でも聞いてやる」

 

――――

 

 彼女は一度勝ち、一度負けた。

 だから今日、彼女は有給を取ってこの地に立っている。彼が望んだ通りに。

 

「今日の私は、有給消化中のシグナムだ。それ以上でも以下でもない」

 

 私服で剣を振るって居たシグナムが、裂帛の気合と共に姿を変える。

 バリアジャケットを纏ったシグナムに続くように、三つの影が海鳴を走る。

 シグナムが通り過ぎた後、三つの影が通り過ぎた後にも、健在なガジェットは残らない。

 

「これがガジェットか」

 

「聞いていたほど、恐ろしい存在にも感じないな……旧型なのか?」

 

「これだけ硬いと、私はちょっと嫌かなあ」

 

 高町なのはの家族である三人の御神の剣士。彼らがガジェットの想定外の動きでガジェットを次々スクラップにしていく姿に、シグナムは苦笑しか出て来なかった。

 

「いや、貴方がたが特別なのだ。

 魔法を使わず、ゆえにAMFも無効。

 にもかかわらず、魔導師のような動きを見せ、鉄を切る。

 ガジェットも貴方がたのような強者の存在は想定していないのだろうさ」

 

「そういうものか。……これはとことん、"魔導師殺し"なのだな」

 

 ガジェットも近代ベルカ、古代ベルカの敵くらいは想定しているのだろう。

 が、相手が悪かった。

 高町恭也に至っては過去に自動人形(機械兵器)と戦った経験があるらしく、高町家全体に機械兵器に有効な戦術が伝わっているようだ。ダークホースにも程がある。

 

「もっとも」

 

 シグナムは予想以上に頼りになる共闘相手に背中を預け、手にした剣を蛇腹剣に変化。御神の剣士では届かない、はるか上空のガジェットを蹴散らしくて行く。

 

「空の敵は任せてもらおう。騎士の名が廃れてしまうのでな」

 

「ああ、そちらは任せる」

 

 地には剣士。空には騎士。どちらも戦士であるからして、心なき機械に一歩も引かない。

 こちらはミッドほどにAMFが濃くないことも有利に働いていた。

 鉄刀、炎剣が振るわれる中、シグナムの耳元に通信の窓が開く。

 

『シグナム副隊長! たびたび通信切ったり繋いだりしてすみません!』

 

「ルキノか。何かいい知らせが来たか?」

 

『海から、レティ提督と武装隊がそちらに向かっているとのことです』

 

「それはいい知らせだ。入れ替わりに私がミッドに戻れるな」

 

 今日の海はこの緊急事態を予期していたかのようにスピーディな動きを見せているな、とシグナムは感心した、

 

「時間が経てば、AMFの濃度や拡散にもムラが出来る。

 そうなれば転移魔法でそちらにも行けるだろう。

 ルキノ、月の落下がどうにもならなくなるまであと何分だ?」

 

『あと30分と少しです!』

 

「……30分か」

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと30分。

 

 

 

 

 

 空の闇を切り裂いた二人は未だ戻る気配なく。

 空の月は大きさを増していく。

 空を見上げれば、そこには絶望しかないという時間が続く。

 あと30分で全てが終わるにもかかわらず、何も希望が見えないという状況が、皆の心をすり減らしていく。

 

「おいオッサン、ヤバいんじゃないのか?」

 

「かもしれんな」

 

「かもしれない、って……」

 

「元より、全員決死の覚悟で戦っている」

 

 ゼストの頼みで、レジアスの護衛に付いていたアギトが、彼の言葉に戸惑う。

 地上本部は、AMF持ちラプターを中心とするスカリエッティ戦力の集中攻撃にさらされていた。

 今は重軽傷者が回復魔法で死なないよう持ちこたえているものの、このまま行けばいつかどこかでドンと死者が出て、全滅の流れになることは目に見えていた。

 

「死ぬ気でやっているがために、ここまで保った。

 だがそれも限界だ。

 総戦力差で言えば、10倍や20倍ではきかんほどに差があるのだから」

 

「逃げないのか?」

 

「逃げんさ。きっとどこかで、ゼストが見ている」

 

「……ホント、男でバカばっかだわ」

 

 ゼストの相棒であるアギトに対してだからこそ、出て来る言葉もある。

 レジアスが逃げない理由はそれだけではないが、彼はアギトに自然とそう口にしていた。

 

「バカな男の影で苦労させられるんだよな、女は! あんたもそう、思うだろ!」

 

「……ノーコメントです」

 

 アギトが問いかけて、話を振られたレジアスの娘(オーリス)が、答えづらそうな顔で目をそらした。

 それに気を悪くした様子もなく、アギトは細い炎を発射し、前線を抜けてここまで来たガジェットの一体を撃破する。

 地上部隊の総指揮を取るレジアスの近辺にガジェットが出現しているという今の光景からも、前線がグズグズになっていることは見て取れた。

 

(どうする)

 

 敗色濃厚の現状が、レジアスに次善の策を選ばせようとしていた。

 ここで全滅するくらいなら、いっそ全てを守るのを諦め、有能な人間を世界の外に逃がせるだけ逃し、スカリエッティをいつか打倒してもらうという考えだ。

 だが、そうした計算尽くの考えを、ミッドの市民を守ろうとする彼の信念がねじ伏せる。

 

(天秤はまだ傾ききってはいない。

 だが何かが起これば、一気に傾く状況だ。

 ミッド全域で我々が押されている以上、一カ所の戦場で勝っても意味はない。

 全ての戦場で勝ちつつ、並行して月を対処。

 かつジェイル・スカリエッティを確保するほどの奇跡がなければ―――)

 

「中将! 中央突破されました! 敵の捨て身の攻勢です!」

 

「なんだと!?」

 

 そうこうしている内に、とうとう前線が崩壊してしまう。

 ラプターとガジェットを押し留めていた地上部隊が蹴散らされ、地上最後の砦となった地上本部に、敵が一気になだれ込もうとする。

 怪我人・非戦闘員しか居ない今の本部に抗うすべはない。

 だが、抗うすべはなくとも、時間はあった。

 地上部隊が歯を食いしばり、稼いだ時間があった。

 奇跡のような粘りが生んだ、援軍が間に合うだけの時間があった。

 

「主、無理はなさらぬよう」

「ん、了解!」

 

 その時間が、群れる雑魚に対して鬼のような強さを発揮する、かの二人が間に合うという奇跡を繋いだ。

 

「遠き地にて、闇に沈め」

「遠き地にて、闇に沈め!」

 

 八神はやてとリインフォース。

 広域殲滅攻撃に類稀なる才覚を持つ夜天の二人が、融合しないままに、遠き地に闇の破壊を発生させた。

 

「「 デアボリック・エミッション! 」」

 

 AMF下でも完璧に魔法を発動してみせるリインフォースの魔法。

 リインと比べれば、威力・範囲・精度、どれを見ても見劣りするはやての魔法。

 だが、どちらの魔法も、尋常でない範囲と威力と精度で機械兵器達を飲み込んでいった。

 

「い、一掃……」

「マジかよ……」

「AMF下なのに……いや、AMF下だから、この程度の威力に収まってるのか……!?」

 

 そこかしこで驚きの声が上がる。

 されど駆けつけたのは、はやてとリインフォースだけではない。

 

「癒しの風よ……戦場(いくさば)最先(いやさき)をかける皆に、今一度戦う力を!」

 

 シャマルの回復魔法が広域で作用し、地上本部で手当を受けていた者達が一気に戦闘不能状態から復帰する。

 地上部隊の戦闘可能人数が、一瞬にして倍になった。

 

「ここは通さん!」

 

 そしてガジェットが中央突破してきた穴に、人間形態のザフィーラが立ち塞がる。

 防御と打たれ強さが飛び抜けているザフィーラはまさしく守護獣城塞。

 地上部隊が破られた陣形の穴、機械兵器が一掃されたその空間を、ザフィーラが埋める。

 

「機動六課ロングアーチ、こちらに合流します!」

 

 そして人手が足りていなかった後方支援部隊すらも、ここで補充される。少数、されど有能な人員の補充は、地上部隊が最も求めていたもの。

 

「ユニゾン!」「イン!」

 

「『 来よ、白銀の風! 天よりそそぐ矢羽となれ! フレースッ、ヴェルグッ! 』」

 

 そしてユニゾンしたはやてとリインが、もう一発デカい魔法をぶち込んだ。

 この戦いが始まってから初めて、部隊を再編成するだけの時間と余裕が生まれる。

 レジアスはそれを好機と受け取りながらも、素直に喜べないでいた。

 

 レジアスはかなり頑固で非寛容な人間だ。

 元犯罪者にもいい顔をしないし、海の人間を敵視していて、レアスキル持ちを嫌悪している。

 ヴォルケンリッターの主で、海や教会の後押しを受けて部隊設立に至り、本人もレアスキル持ちのはやてが、彼は心底大嫌いなのだ。

 彼女に助けてもらったというだけで、脳の血管が切れそうな状態になっていることだろう。

 

 レジアスは叫びそうになる気持ちをぐっと堪え、"助けられたのだから感謝しなければ"と心にもない言葉を自分に必死に言い聞かせ、このチャンスを活かすべく部下達に大声で呼びかける。

 

「……僥倖だ。戦線を押し返せ! 防衛ラインを再構築するぞ!」

 

 レジアスは八神はやてが大嫌いだ。

 

 だが、地上の平和のために大嫌いな人間と手を組むことなど、これが初めてというわけでもない。

 ゆえに彼は、はやてが差し伸べた救いの手を取った。

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと20分。

 

 

 

 

 

 地上部隊の剣と盾になるべく最も前で戦っていたウェンディは、はやてとリインフォースの大規模魔法を見て、子供っぽい声を上げた。

 

「うひょー、凄いっスねあれ。広域攻撃ならシュテルといい勝負出来るんじゃないっスか?」

 

「ウェンディ、それはただの無駄口」

 

「ディエチのそれはただの無口っスよ」

 

 戦闘機人には到底真似出来ない、大火力広域攻撃。

 時空管理局艦艇の主力魔導砲すら上回る、オーバーSランクの魔法攻撃が二つ同時に放たれたド迫力の光景。人生経験が薄い戦闘機人にとってそれは、感動すら覚えるものだっただろう。

 同時に、"何故AMF兵器がスカリエッティの主力だったのか"という理由も実感していた。

 

(そりゃーAMFとかいう反則使おうともするわけっスね。

 あんなのが居たら、どんだけ数揃えても引っくり返されかねないっス)

 

 レジアスの計らいで、戦闘機人達はスムーズに地上部隊と連携を始めることが出来た。

 が、一人だけ少し危なっかしい者も居る。

 

「! このバカ!」

 

 ノーヴェだ。

 熱くなりやすいノーヴェは、戦いが進むに連れてどんどん熱くなりすぎていた。

 櫛の歯が欠けるように倒れていく仲間、守れなかった戦友、迫り来る敵、終わらない戦い、逃げ惑う市民。その全てがノーヴェを熱くする。

 ノーヴェは敵陣に突っ込んでは敵を倒し、倒れた仲間を回収し、後方に投げ捨ててからまた前に出て……そのたび、戦場で孤立していった。

 

「ああくそあっちも!」

 

 そして、敵陣の中に取り残された一人を助けに行ってしまう。

 

「あ、ありが―――」

 

「チッ、ウェンディ!」

 

「ちょ、ノーヴェ!?」

 

 助けたその一人を後方に投げ、ウェンディにキャッチさせたノーヴェは、敵陣に一人取り残されてしまう。

 ノーヴェは防御に長けたタイプではない。

 四方八方をガジェットとラプターに囲まれれば、死を覚悟するしかなかった。

 

「やべえな」

 

 ノーヴェは忌々しそうに舌打ちし、頬の煤を手首で拭う。

 

 リーゼロッテはかつて、教え子であるKに、悪は優勢の時ほど強く、正義の味方は窮地にこそ強いのだと言った。

 人を助ける者は、窮地にて誰かに助けてもらえるからだ、と幻想的な考えを述べた。

 今日の戦場で、追い詰められた人が他の誰かに助けられたシーンは、数十から数百……それこそ数え切れないほどにあっただろう。

 

 ゆえに、今もそう。

 人を助けるために体を張ったノーヴェは、当然の帰結として誰かに助けてもらうことができる。

 

「―――!?」

 

 ノーヴェを囲む機械兵器の包囲の一角が、崩壊する。

 半ば反射的に、ノーヴェはそこに飛び込み包囲を突破した。

 包囲を抜けた先で待っていた少女――包囲を破壊してくれた少女――を見て、ノーヴェは驚き、その少女と共に機械兵器を蹴散らしていく。

 そして一息ついたところで、少女とノーヴェは互いの背中を守るように、背中合わせに構えた。

 

「これで、さっき助けてもらった借りは返したわ」

 

「……お前!」

 

「ギンガ。ギンガ・ナカジマよ、ノーヴェ」

 

 それは、運命のような共闘だった。

 ギンガは、クイントの遺伝子とスカリエッティの技術を使い、スカリエッティではない科学者の手によってスバルと共に作り出された戦闘機人。

 ノーヴェは、クイントの遺伝子とスバル・ギンガに使われた技術を使い、スカリエッティの手によって作り出された戦闘機人。

 二人は同一の遺伝子を持つ、血の繋がらない双子、家族でない姉妹なのだ。

 

 背中を預け合いながら、二人は不思議な共感を覚える。

 

「初めて会った時から、他人の気がしなかったの」

 

「ああ、あたしもだ」

 

「生き別れの姉妹に会った、みたいな気持ちがあった」

 

「ああ、あたしもだ」

 

「……情けない姿は見せたくないって、なんとなく思ったわ!」

 

「ああ、あたしもだ!」

 

 二人は互いの背中を守ったまま、地上本部を守る、絶対に崩れない防衛線をたった二人で作り上げていく。

 

「全く。義理の姉妹のような存在がどんどん増えていくな」

 

 それをビルの上から見下ろして、単独でガジェットを爆殺していたチンクが笑った。

 空には大きさを増した月。

 地を見下ろせば、空に大きくなっていく絶望が見えるはずなのに、諦めもせず挫けもせず、眼前の敵に果敢に挑んでいく戦士達。

 それを勇気というのなら、なんと絢爛に輝いていることか。

 

『では、こちらにつく気はないということでいいのかな』

 

「ええ」

 

『君が裏切れば、それについていく妹も多いと思うのだがね』

 

 ゆえに、チンクはどこからか通信を飛ばして来るスカリエッティの背信要求を、切り捨てるように断っていた。

 彼女の目には、スカリエッティの下では見られなかった、輝けるものが見えている。

 

『君も君の妹も、あの月から助ける用意があるというのに』

 

「そうして行ける世界は、ドクターが作るドクターの理想の世界でしょう?」

 

『それの何が悪いのかね?』

 

「……以前、我が友に問うたことがあります。

 我が友はソシャゲをする手を止めてまで、ちゃんと私と話をしてくれました」

 

『ほう』

 

「私は言いました。

 お前には繋がりがあると。

 お前には代償と引き換えに奇跡を引き起こす力があると。

 お前が望むなら、自分が世界の一番上に立つことも可能だろうと。

 お前に足りない能力は、お前の友と仲間に補ってもらえばいいと」

 

『彼を頂点とした国か、治安か、行政体系かね?

 それは面白そうだ。良くも悪くも、穏やかに終わりそうにない』

 

「面白半分、本気半分で言いました。けれども彼は、その可能性を全否定したのです」

 

―――オレみたいな刹那的な奴が自分だけに都合のいい世界を作っても、絶対にロクな事にならん

 

「彼は管理局に取って代わる気はなかった。

 彼は自分だけに都合のいい世界を作る気はなかった。

 彼は自分が破綻者であることを知っていました。身の程を知っていたんですよ」

 

―――オレはそもそもあんまり我慢できないタイプなんだよ、チンク

 

「今日、レジアス・ゲイズを見て理解しました。

 今日、最高評議会を見て理解しました。

 間違いもした。歪みもした。けれど、『世界』を運営すべきなのは、ああいう人種なのだと」

 

―――平和を作れるのは、明日のために今日我慢できるやつだけじゃないか?

 

「彼が世界の行く末を委ねたいのは、ああいうバカなくらい平和を求める人なのだと」

 

『バカはバカさ。間違いもする。自分も見失う。信じて委ねてもバカを見るだけだ』

 

「そう言うと思いました。あなたはそういう人だ。

 絶対に自分を見失わない。自分の理想を裏切らない。

 だから誰の言葉も必要なく、誰からの助言も必要のない人だ」

 

 けれどチンクは、誰の言葉も必要としないスカリエッティの姿にではなく、互いの間違いを正し合えるゼストとレジアスの姿にこそ、憧憬を覚えた。

 

「ドクター。あなたが自分にだけ都合のいい世界を求めれば、絶対にロクなことにはならない」

 

『ほほう』

 

「最悪なのはあなたがそれを分かった上で、世界を好きなようにしようとしていることだ」

 

『いいじゃないか。たった一度の人生くらい、好きに生きても』

 

 スカリエッティの"たった一度の人生"という言葉は、信じられないくらいに薄っぺらい。

 そして"好きに生きても"という言葉には、ありったけの嘲りが込められていた。

 チンクは戦いながら、戦場に流れた血の染みを見ながら、スカリエッティに敵意をぶつける。

 

「ドクター、あなたは課金厨以下のクズだ。

 身の程を知っている課金厨と違い、手を貸してやろうと思う気にもなれません」

 

『なるほど、それが君の答えか』

 

「『私達』の答えです、ドクター。

 これが、あなたを裏切った戦闘機人達が今胸に抱いている答えです」

 

『いやはや、娘は旅に出して見るものだね。予想以上に心が育っているようだ』

 

 チンクの敵意に、スカリエッティは笑う。

 

『残念だよ。成長した君の死体を回収して、解剖しておきたかった』

 

 笑いながら、そんなことを言って、彼は通信を切っていった。

 チンクは"父"の最後の言葉に寂しそうな表情を浮かべ、空を見上げる。

 

 月が落とされるかもしれない、という可能性は、先日月面ガチャのついでに月の調査を行ったKから、数ヶ月前より聞かされていたことだった。

 とはいえ、一度落下を始めた月に対処する方法などそうそうない。

 チンクは彼から月の落下を止める対抗策をいくつも聞かされていたが、どうやらソシャゲ管理局の情報を抜いていたスカリエッティの妨害、あるいは予想外のアクシデントによって、その全てが予定通りに動いていないようだった。

 でなければ、こんなギリギリまで月の落下が止められていないはずがない。

 

 もしも、本当に全ての策がスカリエッティによって潰されたとすれば。

 それは、万策尽きたに等しい。

 

「万策尽きた、かもしれない。……だが、希望はまだ尽きてはいない」

 

 されど戦闘機人達のその心、未だ折れず。

 

「ならば私は、奇跡とやらを信じよう!」

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと10分。

 

 

 

 

 

 勝てるわけがない、と彼らは考えていた。

 それでも勝たなければならない、と彼らは思っていた。

 一万回戦って一度勝てれば至高の奇跡。ティーダを加えたゼスト隊とフォワード部隊の間には、それだけの力の差があった。

 

 食らいつく。

 食らいつく。

 食らいつく。

 ティアナ達が必死に食らいついて数十分。ティーダは新人達の予想外の粘りに驚嘆していた。

 

(強いな)

 

 手を抜いているわけではない。

 手を抜けるわけがない。

 手を抜けばその瞬間、ルーテシアが殺される可能性があるからだ。

 にもかかわらず、ティアナ達は数十分間、綱渡りのようにゼスト達にくらいついていた。

 

(これは規格外レベルのブーストをかけてるね。

 これだけ強化幅があるのに、被強化者が戸惑いを覚えていないのも凄い。

 この強化魔法は、相当高度な調整と加減でかけられている。

 おかげで四人全員がAAAランク前後の魔導師クラスの強さを保ってるようだ)

 

 ゼスト達の気持ちがまだこの戦いに入り切れていない、というのもある。

 ティアナ達がバカみたいに強化魔法を重ねがけしていたというのもある。

 だが、ティーダはそれ以外にも何かがある気がしていた。

 

(だけど、それだけじゃあ足りない。それ以外に何かをやっている?

 そもそも、元々の戦力比が十倍以上あるかもしれないくらいなんだ)

 

 ゼストやクイントは、先日ティアナ達を四人まとめて蹴散らした。

 メガーヌとティーダも、クイントと並ぶだけの力量を持っている。

 ならば細かいことを考えなければ、戦力比は4×4で16:1だ。

 ティーダが十倍以上、と言っているのはそういうこと。

 ティアナ達の成長の度合いはハッキリとは見えないが、それでも数ヶ月で二十倍三十倍と強くなれるわけがない。

 戦力比はまだ並んですらいないはずなのだ。

 

(だからこそ解せない。

 ティア達の最善の選択肢は、速攻だ。

 僕らがティア達の強化魔法の程度に気付く前に畳み掛けることのはずだ。

 それが唯一の勝機で、それを逃せば勝機なんてどこにもないはずなのに……)

 

 ティーダ達はまだ負けられない。

 彼らの敗北はルーテシアの死に繋がる。

 勝ち続け、ルーテシアを助けるチャンスを伺わなければならないのだ。

 ゆえにティーダは、本気でティアナの思考と戦術を見透かしていく。

 

(つまり可能性は二つ。

 ティアの考えが足りてないせいで、速攻という最善の選択肢に気付かなかった可能性。

 そして……こちらの思考が及ばない領域まで、ティアが考えている可能性……)

 

 そして。

 

 兄がそうしているのと同様に、妹もまた、兄の思考と戦術を見透かしていた。

 

(よかった。

 私達は弱い。

 だから兄さん達には油断がある。慢心がある。

 普通なら付け入ることなんてできないはずの、小さな隙が)

 

 ティアナの意識は極限まで張り詰め、研ぎ澄まされている。

 蜘蛛の糸の上にBB弾を転がして、落ちたら終わり、そういう気持ち。

 彼女の目は、彼女の仲間達の目は、敗北を受け入れてはいなかった。

 

(この人達相手に私達がまともにぶつかっても、絶対勝てない。

 十万回戦って一回勝つことだってありえない。

 今日勝っちゃったら、確率論的にはもう一生この人達に勝つことは無い。そういうレベル)

 

 教会ではやてとカリムと話した時の会話が、ティアナの脳裏に浮かび上がる。

 高町なのはが相手をしている兆単位のガジェットが降りて来てしまえば、その時こそ正義が敗れる時だろう。

 なのはもシュテルも降りて来られない。

 他の高ランク魔導師達も然りだ。

 理由も語らず戦いを仕掛けて来たゼスト達にどんな事情があるにしろ、彼らはティアナ達が止めなければならない。

 

(つまりこの人達は、本来なのはさんが対応するべき戦力で……

 八神部隊長と話してた、私達がここでせめて足止めはしないといけない相手)

 

 スバルがクイントとメガーヌを止める。

 ティアナがティーダを止める。

 エリオ・ヴォルテール・フリードがゼストを止める。

 そしてキャロが実力差を埋める強化を行い続ける。

 

 どこもかしこも負けそうで、どこもかしこも押し切られそうで、それでも必死に堪えていた。

 

(皆、頑張って。あと少しだけしのいで)

 

 ティアナの『まだ仕掛けるな』という言葉を信じ、ティアナの策に沿って自分達が120%の力を出せば勝てると信じ、踏ん張っていた。

 

(仕掛けるべき時は、まだ来てない。時が来るまで、耐えて!)

 

 空には絶望。地にも絶望。眼前にも絶望。

 

 迫る月も、迫る刃も、迫る敗北も、ティアナから冷静さを奪うには至らない。

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと5分。

 

 

 

 

 

 そして、地上のあちらこちらで行われていた奮闘が機械兵器の数を削り、スカリエッティの妨害にあっていた一人の少女を、奇跡的に目的地に到達させていた。

 

「敵が多くて、ここまで来るのに随分時間がかかっちゃった。

 こいつら多分私の足止め……でも、間に合った、行くよ、聖王のゆりかご!」

 

 Kが月対策に打っていたいくつもの手はそのほとんどが潰された。

 だが、ここに来てその一つが妨害を突破する。

 ヴィヴィオは、聖王のゆりかごを起動する権利を持つたった一人の聖王の末裔は、博物館化していた聖王のゆりかごを起動した。

 

「しゅつげきぃー!」

 

 博物館として後付けされたものが取り外され、引き剥がされ、排出されていく。

 ヴィヴィオの意志に呼応して、聖王のゆりかごは空を舞う。

 すると、地上の人々が空のゆりかごを指差し、次々に歓喜の声を上げ始めた。

 

「あれは……聖王のゆりかごだ!」

 

「月を、月をどうにかしてくれるのか!?」

 

 彼らにとって、聖王のゆりかごは現代に蘇った守護神だ。

 空のゆりかごを見れば、誰もが味方だと思う。

 空を指差し、誰もが安心した声を漏らす。

 空に応援の声すら送るだろう。彼らにとって、ゆりかごとはそういうものだった。

 

「とっつげきぃー!」

 

 ヴィヴィオが拳を前に突き出せば、ゆりかごは推力に優れる船形態のまま月に突っ込む。

 そして、そのまま公転軌道に押し返そうとした。

 ……だが。

 

「お、重い……? もしかしてこれ、すっごく重い……!? ま、前に進まない……!?」

 

 船とは、重くするだけ重くして、凄い力で動かすのが理想なのではない。

 できる限り軽くして、速く動くために必要な力を少なくするのが理想なのだ。

 ゆりかごは亜光速戦闘なども余裕綽々でこなす優秀な兵器だが、月を押し返すには重さと馬力が足りていない。いやそもそも、月を押し返すなんて使い方が想定されていなかった。

 

「ど、どうしよう!?」

 

 慌てるヴィヴィオに少し遅れて、地上の人々の間にも暗い気持ちが蔓延し始める。

 

 ゆりかごに押された月はその場に留まっていたが、もう一つの月は変わらず落下していた。

 

「……ダメだ。押し返すどころか、月一つ押しとどめるので精一杯なんだ……!」

 

「も、もうダメなのか……? ゆりかごでダメなら、もう他の何も……」

 

 もう終わりなのか。

 もうダメなのか。

 ここまでなのか。

 ここで詰みなのか。

 そんな気持ちが多くの人の心に芽生え始めていた、その瞬間。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

「海の……本局の、次元航行艦隊だ!」

 

 遠き世界の彼方から、最後の希望がやって来た。

 

 

 

 

 

 月の落下、最終ライン到達まで、あと1分。

 

 

 

 

 

 艦隊を率いて来た青年、クロノ・ハラオウン提督は、ミッドに落ちつつある月を見た。

 事情はあらかた、彼の親友から聞いているようだ。

 

「とうとうこの日が来たか……できれば、来て欲しくはなかったが」

 

 彼が率いるは、裏工作に裏工作を重ね今日という日に動けるようにしていた艦隊。

 偶然を装って巡回に出さず駐留させていた艦隊。

 他に相応しい階級の者が居ないという理由から、緊急時の管理局法を最大限に利用して、クロノはこの艦隊を率いる権利を手に入れていた。

 全ては、この日のために。

 

「ハラオウン提督。やはりこのサイズの月ともなれば、通常兵器では破壊できません。

 破壊できたとしても、落下する破片でミッドチルダは跡形もなく消えてしまうでしょう」

 

「分かっているさ。だから、これだけの数の船で来たんだ」

 

 クロノはポケットの中に放り込んでいたロケットを握る。

 ロケットの中には、表用と裏用に二枚の写真が収められていた。

 片方は、クロノとクロノの両親が写っている写真。

 片方は、クロノとクロノの妻子が写っている写真。

 家族の姿を心に収めて、ミッドチルダという故郷を見ながら、クロノは声を張り上げる。

 

「総員突撃!

 ミッドチルダが故郷の者も!

 ミッドチルダを心の故郷と定めた者も!

 ミッドチルダを愛した者達も! 全身全霊、込めてぶつかれ!」

 

 艦隊が魔力フィールドを展開、"艦体と月"を砕かないようにするためのクッションとする。

 

 そしてそのまま、艦隊の全てが月に真正面から突っ込んでいった。

 全ては、月を押し返すために、

 

 その光景に、地上の誰もがビビった。心底たまげていた。

 

「馬鹿な……海の奴ら、なんつー脳筋じみたトンデモ行動を取りやがる!?」

 

「ゴリラでも船で直接月を押すなんていうゴリ押しは考えねえぞ!?」

 

 月を砕くわけにはいかない。

 月は公転軌道に戻さねばならない。

 ゆえにこそ、力任せのゴリ押しに見えるこれこそが、最善中の最善だった。

 

「押し返せええええええええええええッ!!!」

 

 クロノは一見クールな男だ。氷の魔法も得意としている。子供の頃から同年代でも頭一つ抜けた冷静さを持っているタイプだった。

 だが、彼は表に出さないだけで、とても熱い男でもある。

 

「提督! 艦体が限界です! このままだと壊れます!」

 

「後で直せばいい! やれ!」

 

「―――っ、どうなっても知りませんよッ!」

 

 この一瞬に全てを懸けているクロノの言葉に、クロノの部下がヤケクソ気味の返答を返す。

 そんなクロノに感化されたのか、他の艦隊までもが各々思い思いに叫び始めた。

 

「行け、行け、行け、行け、行け……!」

「ミッドは僕の生まれ故郷だあっ!」

「私の家族を潰れさせてたまるかってんですよ!」

 

 意志で押し返す。

 諦めない心で押し返す。

 怒りで押し返す。

 咆哮で押し返す。

 覚悟で押し返す。

 魂で押し返す。

 

「行けえええええええええええええええッ!!!」

 

 まるで形にならない力が船に作用しているかのように、数十隻の次元航行船が突き刺さった月が徐々に、徐々にと、押し返されていった。

 

「うっそだろ、オイ」

 

 地上の誰もが、空いた口を閉じられなかった。

 

 地上の誰もが、空に見た奇跡の一幕に、不可思議な敬意を感じていた。

 

「時空管理局ってすごい。僕は改めてそう思った」

 

 それを見て、ヴィヴィオもまた奮起する。

 

「私だって! 負けてらんないんだからあああああああああっ!!!」

 

 ヴィヴィオの気合に感応したゆりかごもまた、月を空の彼方へと押し返し始めた。

 

「海の奴らばっかにいいカッコさせるかよ! 俺達も続くぞ!」

 

 地上部隊の士気までもが、この一幕で最高潮に達する。

 戦いの中、大きく貢献してくれた仲間に対し自然と湧き上がる感謝と敬意。

 

 それは、長年対立していた海と陸が和解する可能性を、ほんの少しだけ、ほんの僅かに、示すものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、スカリエッティは表情を変える。

 

「おや、参った。これは最後の奥の手を切らなければならないかな?」

 

 最後に全てを終わらせるため使おうとしていた一手を、彼は一足先に使おうとしていた。

 

 

 




スマホカバーは硬い派のかっちゃん
つまりかっちゃんは硬派

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。