課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
あーあ! 人生が5回くらいあったらなあ!
そしたらあたし、5回とも違う町に生まれて。
5回とも違うものおなかいっぱい食べて。
5回とも違う仕事して……それで5回とも……同じソシャゲに課金する
スカイリム ドカァーキン 彼の地にて、斯く戦えり
スカさん大迷惑時代の到来が始まっていた。
現在管理局に補足されているスカリエッティが三人、補足されていないスカリエッティが一人。
もちろん、全員がミッドチルダを崩壊させるだけの能力を持っている。
そんなんだからもう皆さん揃って必死に、スカさん大迷惑時代の到来を防ごうと頑張っていた。
「あの野郎また来やがった!」
「どうやって探知してんだよ! ここソシャゲ管理局の本局だぞ!」
「迎撃ー! 迎撃ー!」
しかも記憶継承したスカリエッティは先日のミッド防衛戦の恨みがあるのか、ソシャゲ管理局の本局を探しては見つけ、そのたびに攻撃を仕掛けてくるようになっていた。
ソシャゲ管理局の本局は次元世界を移動しながらそれに対応し、襲撃される度にスカリエッティを一人潰すのだが、その頃には新しいスカリエッティが何人か生まれているという始末。
シュテルが怒りのまま、共闘していたシグナムの剣を奪い取りスカリエッティをぶった切ったら、その場でプラナリアのように分裂し、そのまま死んだという報告すらあった。
「ヤベえ。スカリエッティうざい……命の危険を感じるレベルでウザい……」
皆が声を揃えてそう言い始める。
ゲリラ化したスカリエッティは、言うなれば戦車よりも強力なゴキブリだった。
どこにでも湧いて来る。根絶できない。兵器級の戦力を持っている。その上、とても楽しそうに生きているという凄まじい面倒臭さを持つ犯罪者であった。
そしてとうとう、ソシャゲ管理局は本拠を移すことになったのであった。
機動戦艦なんだか基地なんだか分からない新本局が作られ、本局員総動員で色んなものが移動させられ、引っ越し開始。忙しない日々が始まり、二週間ほどでそれも完了。
本日初日を迎えたミッド・ゴールデン・ウィークと呼ばれる連休で、ほぼ全ての荷物や資料などの運搬も完了していた。
ふぅ、とヴィヴィオとジークリンデが新本局の休憩室にて、お茶を飲んで一息ついていた。
連休初日を使って手伝いに来てくれていた二人だったが、午前中で全部終わってしまったために、のんべんだらりとgdgdとしていた。
ソシャゲ厨はgdgdとした時間が流れるとすぐにスマホを触りたがるが、リア充寄りの人間は気が合う相手なら、何時間もだらだらと話していてもそんなに苦痛に感じなかったりする。
「シュテルんさんがお兄さんを捨てるん……」
「んー、30点。パンチが弱いなあ」
「どうしよう、春の新人歓迎会で披露する芸を思いつけないよ」
「なんでやろなあ。あの人の下に居ると地味に皆お笑い芸人みたいになってくんは」
「お笑い芸人!?」
所属企業の新人歓迎会の出し物を考える小学生、ヴィヴィオ。
この歳にして既にダメ人間が寄りかかれるだけの甲斐性を発揮していた。
しかしその真面目な気性がアダになっているのか、吉本興業の門をくぐるために必要な一線を越えられずにいるらしい。
ちなみにアインハルトは居ない。彼女は最近あった戦闘でスカリエッティを一人、50m級巨大人型ロボットごと殴り倒して確保した件で、時空管理局に事情聴取を受けに行っていた。
スカリエッティのインフレーションに、二つの管理局サイドのインフレーションもそれなりについて行っているようだ。世はまさに世紀末である。
「ああ、でも、
シュテルさんがうちのリーダーを捨てるっていうありえない言葉が、ウケるかもなあ」
「でもジークさんにはあんまりウケなかったし」
季節は春。スカリエッティが起こした大規模事件・通称JS事件から数ヶ月、機動六課が設立されてから丸一年が経った。
ソシャゲ管理局にも進入局員が続々と入り、組織として大分様相を改めている。
"元高ランク魔導師だったが人間関係で挫けて引きこもりになっていたソシャゲ厨"などをミッドから吸い上げ、採用、再訓練で有能職員に仕立て上げるソシャゲ管理局のノウハウは、時空管理局にも無いものであった。
ジークとヴィヴィオは、あの面倒見の良さの塊があのダメな人を見捨てるわけがない、という話題に回帰する。
「ま、最低でもソシャゲ管理局本局を吹っ飛ばすくらいはせんとね!」
「ですよね! そのくらいしないとシュテルさんは愛想尽かしませんよね!」
「「 ははははは! 」」
乱立するフラグ。
そして、それらは速攻で回収された。
「「 !? 」」
中身が空っぽになった元本局の上半分が、突如爆発。
少し遅れて、響く轟音がヴィヴィオ達の下に届いた、
謎の爆発は元本局の上半分を綺麗に吹き飛ばし、見覚えのある課金王の魔力光や、見覚えのない色の魔力光などが撒き散らされている。
普段からKと親しく接している二人には、その事象の本質が一瞬で理解できてしまった。
ソシャゲ管理局本局が―――爆死したのだと。
「と、とうとうやらかした……!」
「や、やらかしちゃった……!」
二人は"誰があれをやらかしたんだろう"なんて、考えることもしなかった。
下手人を即座に断定し、それ以外の誰も疑ってはいなかった。
なんやかんやあって、元本局が吹っ飛ばされた爆心地。
そこに、シュテルに守られる青年と、爆発から青年を守るシュテルの姿があった。
紆余曲折あって本局は吹っ飛ばされたのだが、原因だけは断言できる。この青年のガチャだ。ガチャには爆死がつきものである。
今日はソシャゲ管理局が爆死した。ただそれだけのことなのだ。
「室内でのガチャ行為は、建物を崩壊させる可能性があり大変危険です、みたいな……」
「マスター。現実逃避はほどほどに」
シュテルが溜め息を吐き、呆れた様子でミディアムの髪をかき上げる。
その際に彼女の髪からほのかに香りが漂い、青年がシュテルの女性らしさを認識したことが、逆説的にシュテルの優秀さを証明していた。
三流なら、自分も青年も怪我させていただろう。
二流なら、自分か青年のどちらかを怪我させていただろう。
一流でも、焦げ臭い匂いくらいは青年に感じさせていたはずだ。
シュテルの能力は、それら全ての上を行っていた。
「さて、どうしたもんかな、これ……」
「マスター。私が言えることは一つです」
「……」
「貴方は今後、天井のある場所でガチャをするべきではありません」
「俺に星空を見上げてガチャしろと申すか」
「いいじゃないですか。私の代わりに見守ってくれる星光が居て」
シュテルのジトッとした目つきが彼を貫く。
とても"シャンプーか香水変えた?"と聞けるような状況ではない。
聞けば聞いたでシュテルが上機嫌になり有耶無耶にできる可能性もあるだろうが、最近のシュテルは"なのはらしさ"みたいなものも学んでいるようで、「それで誤魔化せると思ったんですか?」で流される可能性も大いにあった。
シュテルは感情があまり見て取れない表情で、溜め息を吐く。
溜め息に混じるのは、多大な安堵と心配の感情。
表情こそ動いていないが、溜め息が口ほどに物を言っていた。
「今回のこれは、単純にマスターが悪いという話でもありませんし……
何はともあれ、マスターが無事でよかったです」
「それはこっちの台詞だ。……悪いな」
「大丈夫ですよ。今更ですから」
言葉が端折られすぎてよく分からない会話。だがこの二人の間では、相互理解と意思疎通がちゃんと成立しているようだ。
シュテルが彼の車椅子を押し、とりあえずこの場を離れようとするが、そこで空に道を作って駆けつけて来た少女が居た。
「何事だ!?」
「おう、ノーヴェ。引っ越しお疲れさん」
卓越した陸戦技能を持ち、その機動力を空中移動にも使用できるノーヴェが、一足先に到着していた。
彼女の表情には、緊迫感、心配、戦意など、様々な感情が見える。
しかしシュテルが事情を説明すると、それら全ての感情が、この大爆発の元凶への怒りへと変わっていった。
「てっめコラなにしてんだああああああああああ!」
「すまん。海よりも深く、空よりも高く反省している。
課金の沼より深く、青天井課金の上限より高く後悔も……」
「嘘こけ反省も後悔もしてねえだろ! 栗みたいな口しやがってこの課金厨が!」
色々あったということは理解したようだが、それでもノーヴェは青年の襟を引っ掴んで持ち上げ、彼の体をぶらんぶらんと揺らす攻撃行動を止めはしない。
シュテルも特に止めなかった。
「確かに割と俺が悪い。
だがノーヴェ、オレも傷付く時は傷付くんだ。
"お前が爆死してなくてよかったぜ"的な心配の一言も欲しいんだぜ」
「爆死ってのは、金使い果たしてなお当たらない事を言うんだろうが!
当たるまで引くお前は実質爆死しないだろ!
物理的にもガチャ的にも!
第一それが傷付いてるやつの顔か! 栗みたいな口しやがって!」
ノーヴェが彼の心配をしていたのは間違いない。だが今は"心配して損した"と思っている。彼はその辺を分かった上でからかっているのだ。
「もうしない、多分しない。
約束はしないけどオレは多分もうこんなことはしないって。
槇原敬之の"もう課金なんてしない"って歌くらいは信じていいんじゃないかね」
「ニコチン中毒の禁煙宣言より信用できねえよ! εみたいな口しやがって!」
ノーヴェは青年をぶん投げ、青年はふっふぅーと変な声を出しながら車椅子に着地した。
けらけら笑う青年を見て、シュテルは益体もないことを考える。
(この人はいつからか意図して道化みたいに演じることが増えてきましたね)
彼は子供の頃親しい友人に独特な愛称――いわゆるあだ名――を付けていたりもしたが、成長するにつれていつからかそれも減っていった。
昔は課金癖を除けば至極まっとうな人間でもあったのだが、今では課金癖を除いても掴みどころのない人間になっている。
少し分かりづらいが、二十年弱の人生で彼も変わったということだろう。
課金抜きでも、彼はふざけた人格を周りに見せている。
そうしないと、車椅子の自分に周囲が変な気を使うとでも思っているのかもしれない。実際、彼が真面目な人間だったらそうなっていたのだろうが。
「予定してた元本局破棄作業が、前倒しになった……
考えようによってはそうも言えるけども……
これ、怪我人出なかったの運が良かっただけじゃねえの?」
「オレ生まれつき超幸運だから。オレ以上に幸せに生きてる奴とか見たことない」
「あたしもそう断言できる奴をお前以外に見たことないわ」
こういうノリで生きている人間は、同情の空気をワイワイとした空気に強制的に転換させる。
心配して超特急で駆けつけてきたノーヴェも、いつの間にか色んな感情が有耶無耶にされていた。
「お前な、おっまえなあ、本当にいつかどこかで野垂れ死んだりしないよな……?」
だが、全て有耶無耶にされたわけでもないようで、ノーヴェは危なっかしい彼に釘を差すつもりでそう言った。
ただでさえ先日、この青年は面倒な案件を片付けたばかりなのだ。
始祖課金厨の出現から始まった騒動。課金王の仲間だった正義課金厨の何人かが悪魔課金厨のボス、課金将軍の部下に戻るという異常事態。完璧課金厨軍のエリート・
ある管理世界の課金肉王族・課金肉マンと力を合わせて問題も解決し、ソシャゲ管理局は新たな国家パトロンを得て、その組織力を更に増した。
24時間365日、何かしらの事柄に巻き込まれてそうなのがこの青年なのである。
「オレはスマホ取り上げる以外の手段では殺せないぞ」
「私が近くに居る時も殺せませんね。絶対に」
「オッケー、あたしが間違ってた。お前そうそう死なないな」
だが、妙な勝負強さとしぶとさを持ち、相方や仲間に恵まれるこの男はそうそう殺せない。
どっかでこけて死にそうな気配もあるが、とりあえず殺されるという事象には強そうで、少なくとも意図的に殺すことは難しそうだ。
「とりあえずこの惨状の後始末を……と、通信?
おいリーダー、チンク姉から通信。失礼なこと言うなよ」
「上司に友人感覚で接してくるお前も大概失礼なんじゃなかろうか」
立場上の上司の言うことを無視し、ノーヴェはチンクからの通信を彼に繋ぐ。
『一ヶ月ぶりだな、リーダー。少し時間を割いてもらってもいいだろうか?』
開く魔導通信ウィンドウ。チンクが深刻そうな顔をしたこと、話を始めようとしたところで一瞬ノーヴェの方を見たことから、ノーヴェはその話が"自分が居るとできない話"であることを察した。
「大事な話っぽいし、あたしは席外すよ」
「ああ。ヴィヴィオ達をよろしく、ノーヴェ」
ノーヴェが消えたのを確認した後、チンクは"少なくとも初動の時点では"限られた人間にしか知らせるべきでないある事柄について、語り始めた。
『ある次元世界で、奇妙な現象が確認された』
「奇妙な現象?」
『それは宇宙空間に発生した、穴のようなものであるそうだ』
チンク曰く、それは極めて危険なものであると推測されるものらしい。
宇宙の穴といえば、真っ先に挙げられるのはブラックホールだ。
ブラックホールは"重い"という特徴で、周囲の空間を捻じ曲げ、光さえ脱出できない奇妙な天体となる。
そのため、たびたび平面に沈み込む重たい球というイメージモデルで表されるものだ。
だが今回確認された『宇宙の穴』は、ブラックホールとは根本的に違い、"平面を中心から広がるように蒸発させていく球"というイメージモデルで表現されるものらしい。
「次元断層?」
『それに近いものかもしれない、という推測もある』
「と、いうことは……」
『この穴が広がることで、全ての次元世界に"最悪があり得る"ということだ』
この穴は徐々に広がり、次元断層に類する影響や、虚数空間に近い空間特性を観測されている。
世界の壁を越えて別世界にまで影響を及ぼしている以上、次元断層と同じように、いずれは複数の世界を消滅させながら広がる災厄となるだろう。
「実質的な被害や影響はどうなっているのですか?」
『被害はまだない。だが影響はある。
この穴の周囲では、全ての空間が無茶苦茶になっていた。
時間も止まったり、早くなったり、逆行したりしている。
次元移動技術がなければ、近付くことすら不可能という有り様だ』
「時空間レベルでの干渉か。これロストロギア案件じゃね?」
この穴は、時空間に対する影響力を持つ。
初期発生段階で捕捉できたこと、人が住んでいない観測指定世界で発生したことなどの幸運が合わさって、時空管理局は被害ゼロの段階でこれを観測できたとのこと。
時空管理局の有能さと、奇妙な幸運が重なった結果の発見と言えよう。
『影響が世界境界を越えた時点で、こちらは大騒ぎだ。
管理局と教会の一部が騒いでいてな。
これが預言にあった世界の終わりに違いない、だそうだ』
「世界から世界へと侵食する、時間と空間の終焉現象……か」
「アルカンシェルなどで今の内に吹き飛ばせなかったのですか?」
『破壊できなかったのだそうだ。
穴までアルカンシェルの効果が届かないらしい』
チンク曰く、空間が断絶していたり、弾頭が通過できる空間がなかったり、時間が止まっていて弾頭が止まってしまったりと、物理的に破壊する作戦はもう八方塞がりであるのだとか。
もちろん、これだけ訳の分からないものが相手であるため、破壊以外のアプローチも八方塞がりという困った状況だ。
そこで、こっちの管理局にも協力を要請しに来た、というわけである、
「次元世界を蝕む何か。調べるのが少し怖いくらいですね」
『時空管理局も人員を送る予定ですが、そちらも捜索隊を……』
「よし、俺とシュテルだけで行こう」
「はい?」
『はい?』
声を合わせるチンクとシュテル。
二人には目もくれないで、青年は送られてきた宇宙の穴の向こうを見ていた。
心臓が痛い。
彼の胸の奥で、闇の書の欠片が暴れ回っている。
ここ最近、心臓に侵食した闇の書の欠片が活性化しているその理由を、彼はようやく知ることができた。
穴の向こうから、彼を呼んでいる何かが居る。
「数揃えて行くのは止めた方がいいな。多分、強い奴でもあっさり死ぬ」
あの男との因縁に、そしてあの娘との因縁に、決着をつける時が来た。
理屈抜きに、彼はそう感じていた。
次元航行船に乗せられ、謎の穴の時空間干渉が比較的薄い次元空間を経路に使って、彼とシュテルは目的地へと向かっていた。
二人だけで行くことに反対の声も上がったが、青年の説得に皆が押し切られた形となり、一定期間の間に二人が帰らなければ救出隊を送るという形で話がついたようだ。
目的地の近くで二人は船を降り、シュテルの生命維持フィールド――ブラックホール外縁程度の干渉なら余裕で弾く――に包まれて、宇宙空間からその穴へと近付いて行った。
シュテルは穴に近付きすぎないよう、魔法をいくつか撃ってみる。
(さて、どうなるものか)
15秒で消える魔力弾を三つ撃てば、一つは設定通りに15秒で消失した。
だが一つは発射から二秒で消失し、最後の一つは一分経っても消える気配がない。
穴に近ければ近いほどに、時間も空間も無茶苦茶に捻じ曲げられてしまっているようだ。
(なるほど。聞きしに勝る)
シュテルは傍らに主を携え、彼の安全を守りつつ、どう調査したものかと考え始めた。
なのだが、その思考は無為に終わる。
穴の方から車椅子の青年に向けて、光の道が伸びて来たのだ。
「……これは?」
「来い、ってことだろう」
青年は躊躇なくそれに乗る。
これに乗ることで死ぬことはないだろう、という確信があった。
彼が乗ったならシュテルも放っておくわけには行かず、同様に乗り、彼の車椅子を押していく。無論、デバイスの起動は維持したままだ。
「この先に何があるのか、マスターはご存知なのですか?」
「いや、全然。だが……」
彼は情報や知識から判断しているのではない。
自分の中にある闇の書の闇の一部を通して、この穴の向こうに居る存在の意志と思考を薄ぼんやりと読み取っているだけだ。
この穴の向こうには、希望と絶望と、今まで乗り越えてきたものに匹敵する試練と、終わりを迎えていない因縁がある。
そして、それ相応の危険があった。
「安心して連れて行けるのは、シュテルかなっちゃんだけだ」
「光栄です」
彼に含むところはないと分かっているのに、なのはより先に名前を呼ばれたという事実に、シュテルは上機嫌になっていく。
二人は道を進んで宇宙の穴をくぐっていくが、そこで"お前は呼んでいない"とばかりに、穴がシュテルに対してだけ拒絶反応を発生させる。
彼だけを通そう、という意志が見える。
だがシュテルは、バカみたいな大魔力で力任せにそれを弾いた。
「ああ、そういうのは止めて下さい。押し通りますよ」
ゴリ押しにゴリ押しを乗せたパワームーブ。
かくして、招待された青年と招待されていないシュテルは、『それ』が招いた全てを終わらせる舞台へと上がった。
"紫天"。
その世界に到着した青年とシュテルがまず見たのは、それだった。
毒々しい、紫色の雲に覆われた
太陽の光がほとんど遮られてしまっていて、太陽は天頂にあるというのに早朝並みに薄暗く、分厚い雲は消える様子が全くない。
まるで、地獄のような空だった。
「これは……」
大地も目を逸らしたくなるほどに酷かった。
草木がどこにも見当たらない。土地は痩せ、裸の土地がどこまでも広がっている。
大部分の土や砂は腐って悪臭を放ち、遠くの山々でさえ丸裸で、所々目が痛くなるような極彩色に染まった大地さえ見える。
流れる川は、色も匂いも流れる形も、全てが『毒々しい』と表現すべき毒の川。毒薬だけを流した川の方がまだマシに見えるだろう。
風が吹けば、濃い青と濃い赤が入り混じった砂のようなものが風に乗り、大きな岩の表面をヤスリのように豪快に削っていく。
大地さえもが、死に絶えていた。
「酷い。こんな『終わっている世界』、そうそうありませんよ」
「ああ」
シュテルはこの世界が目に入って来た瞬間、咄嗟に二人を包むフィルター型のフィールドを張っていた。
こんな世界だ。
どんな有害物質や病原体が世界に満ちているか分かったものじゃない。
酸素などの特定物質以外の全てを遮断するフィルターで、匂いさえも弾きながら、シュテルは大気の調査を開始する。
「大気組成、確認」
そしてシュテルは、顔を顰めた。
「……予想以上に危険ですね」
「どのくらいだ?」
「魔導生命体の一種である私でさえ、身一つでここに放り出されれば死にます」
「そんなにか?」
シュテルから無言で大気組成のデータを見せられると、青年も同様に顔を顰める。
「人が生きていくのに必要な物質があまりにも少ない。
そして人を殺すために必要な物質で満ちている。
この世界の大気は、明らかに人に対する殺意で満ちています」
「古代ベルカで似たようなの見たな、こういう大気組成……」
シュテルが二人をフィールドで包むのを止めれば、ほどなく二人揃って死ぬであろう地獄のような世界。
シュテルはサーチャーを飛ばし、周囲を警戒しながら前に進むことを提案した。
「ともかく、移動しましょう。ここに居ても埒が明きません」
二人は終わりかけの世界を進んでいく。
水も大気も腐り果て、その影響で天も地も諸共に腐っていた。
荒野を歩けど、人の生活の光なんてまるで見当たらない。
それどころか、普通の生命さえも見当たらなかった。
普通の世界なら、小さな虫くらいは無数に居るはずなのだ。
その虫を捕食する大型の虫が居て、その虫を捕食する小鳥が居て、小鳥を捕食する中型動物が居て……世界は、そうして成り立っている。
そういう生命が、この世界にはあまりにも少なかった。
二人は長距離を移動し、それでようやく最初の生命を見つけたのだが、それさえもこの世界の異常さを示すものでしかなかった。
(スズメ?)
何かに群がっている小鳥の群れ。
二人はその小鳥の鳴き声が、ミッドや地球で聞き慣れたものであることに、少しばかりの安堵を覚えた。
だが二人が近寄ると、スズメは一斉に何処かへ飛んで逃げてしまう。
そしてその場に、スズメ達が群がっていた―――『人間の死体』だけが、残された。
「え?」
二人は一瞬戸惑うが、シュテルがすぐに死体の検分を始める。
「まだ暖かい。
死んだのは今さっきです。
死因は首筋の頸動脈を、小さなクチバシで食いちぎられたことによる失血死……つまり」
だが、分析すればするほどに、シュテルはまた戸惑ってしまう。
「スズメが武装した人間を襲い、殺害。
人間を餌として捕食した……ということに、なるのですが……」
シュテルが言い淀むのも無理はない。
「それは本当に、スズメなのか……?」
「スズメです。スズメの近似種であることに間違いはありません。
サーチャーで撮影を行い、既知種との照合も既に済んでいます」
人食い鳥なら、広大な次元世界の中に何匹か見ることができる。
だが、先程の鳥は間違いなくスズメだった。
シュテルが照合したのであれば、そこに間違いはないだろう。
つまりこの世界のスズメは、少なくとも以前、地球などのスズメと全く同じ生態を持つスズメであったはずなのだ。
それが変貌してしまうような何かが、この世界には起こったのだ。
青年が遠くを見ると、二人をぐるりと囲むように、大きく円を描いて包囲しているスズメ達が見えた。
先程のスズメは、逃げたのではない。
新しい獲物が見つかったために、獲物を襲撃する最適なタイミングを見計らうため、距離を取っただけなのだ。
このスズメは、明らかに二人を餌として見ている。
彼の背筋に、寒気が走った。
「申し訳ありません。失礼します」
もはや手段を選んでいられる段階ではない。
シュテルは周囲をサーチャーで警戒しつつ、スズメに捕食された人間の死体を漁り、所持物から情報を得ようとする。
発砲済みの拳銃、ナイフ、防塵ジャケットなどもあったが、シュテルは他の何よりも優先してその人物の手帳を確保し、それを読み始めた。
「……」
「どうだ? 何か分かったか?」
「はい。多分に推測が混じりますが……」
手帳の情報。
この世界の惨状から推測できること。
未登録の次元座標であるこの世界に、宇宙の穴の干渉特性。
理のマテリアルであるシュテルはそこから、事実と相違ない推測を完璧に組み上げた。
「ここは私達から見て異世界、しかも未来の異世界です」
「異世界、それも未来の異世界?」
「世界の名は『エルトリア』。人が生きられなくなった世界」
手帳に書かれた情報によれば、この世界は八年前からこうなり始めたのだという。世界は既にどうにもならない悲惨な死に体。既にほとんどの人間は星の外に逃げ出した後のようだ。
「世界がこうなった理由は分かったか?」
「はい。それは―――」
ぶぅん、と不快な音が鳴る。
その音に、シュテルは言いかけた言葉を中断する。
青年もまた、反射的に身構えていた。
聞き慣れた音だった。
嫌な音だった。
夏の度に聞く、ある意味では人類の永遠の宿敵である者の羽音だった。
「……あれは、蚊?」
遠目には、それは蚊に見えた。
蚊の群れが虫柱を作っている、程度のものにしか見えなかった。
だが近付けば近付くほどに、二人の認識は改められていった。
まず、大きい。一匹一匹が1mから2mはある。
次に多い。数千匹は余裕で群れている。
そして最後に、煩かった。
小さな蚊が一匹耳元で羽音を立てるだけで、人は心に鳥肌が立つというのに、数千匹の巨大な蚊が同時に羽ばたいているのだ。
その羽音が生む不快感は、二人から一瞬冷静さを完全に奪うほどだった。
「で……デカい!? 多い!?」
されど、熱い情熱と冷静な頭脳を両立するシュテルにとって、この程度の動揺はマイナス要素にすらならない。
「パイロシューター」
彼女は瞬時に彼の前に立ち、彼を庇いながら魔力弾を撃った。
しかし、巨大蚊は防御魔法を張ってそれを防御する。
シュテルの燃える魔力弾をそれだけで遮断できはずもなく、防御壁は次々と貫通されていくが、その光景にシュテルはたいそう驚かされた。
(!? 防御魔法!? 魔法を使う魔導生物!?)
数千の巨大蚊なら、これだけで一掃できる自信が彼女にはあった。
だが相手が防御魔法を使うとなれば話は別だ。一体一体がAランク魔導師以上の能力を持つ謎の巨大蚊の障壁は、貫通される度にシュテルの魔力弾の数を目減りさせていく。
結果、シュテルの燃える魔力弾は数百の巨大蚊を潰すだけに終わった。
「マスター、抱えますから我慢―――」
シュテルは彼を抱え、飛び上がろうとし……横合いから振るわれた魔力刃を受け止めたことで、彼を抱き上げることにさえ失敗してしまった。
「!?」
魔力刃と共に突撃して来た敵を見据え、その正体を見抜こうとするシュテルだが、魔力刃を半端に受け止めてしまったことで押し動かされ、彼から引き離されてしまう。
「何者!」
シュテルは拳に炎を纏わせ、拳を叩き込むことでその敵を突き放し、向き合った。
朧気なヒトガタがそこに居た。
人のような何かがそこに居た。
人間の絵を描いて、うっすらと消しゴムをかけたような、そんな何かがそこに居た。
例えるならば亡霊のような、薄ぼんやりとした金の髪の少女がそこに居た。
幽霊と言うには質感がありすぎる。
幽鬼と言うには可愛らしすぎる。
そして、その雰囲気には幽雅さがあった。
目の色や髪の色、スタイルや年齢にも近似点はないのだが、何故かシュテルは揺らめくその幼い顔つきに、リインフォースの面影を重ねてしまう。
「あなたは……!?」
ひゅっ、と魔力の刃が振るわれる。
かすむ姿の少女が振るう魔力刃を、シュテルは紙一重で回避した。
(本体ではない。魔力を飛ばして仮の魔力体を作って操作している? ……いや、違う)
シュテルは目の前の敵を分析し、それが"大気中の魔力が固まってできたもの"だと気付き、驚愕する。この敵は、半ば自然現象に近い作用でこの世界に存在しているものだったからだ。
(この朧気な体は、魔力に"量子もつれ"に似た現象を起こしたもの。
私達の周囲の魔力を強制的に使役しているにすぎない。
つまりこの襲撃者は、魔力の消費さえ無しにこんな芸当を見せている……!)
見れば見るほど、シュテルの頭の中に驚愕が生まれる。
そしてその驚愕に引っ張られるように、彼女の心の中で何か震えるものがあった。
この敵を見れば見るほどに、シュテルの中に蘇る何かがあった。
(―――そうだ―――これは―――この少女は―――私が―――私達が―――!)
マテリアル・プログラムとしての彼女に、湧き上がる情報と、思い出される
「思い出しました。……貴女は、『砕け得ぬ闇』ですね?」
シュテルがその名を呼んだ、その瞬間。
揺らめく姿の金髪の少女は、猛然とシュテルに襲いかかった。
この世界は、終わりを押し付けられている世界だ。
最も適当な言葉を探すなら、この世界は"終わった世界"でもなく、"死にかけている世界"でもなく、"殺されかけている世界"だろう。
この世界では、普通の人間は銃で武装していてもあっという間に死に至る。
「シュテ―――」
それは、シュテルが敵の突撃を食らった瞬間、声を上げたこの青年も同様だった。
懐から取り出したGooglePlayカードをカードスラッシュし、義腕のリーダーに読み込ませた彼は援護の魔法を送ろうとしたが、それと同時に彼の車椅子が崩壊。彼の体は地に落ちる。
「!? は!?」
リーゼ姉妹に徹底して仕込まれた技能が働き、青年は抽出した魔力で飛行。
ただでさえセンスの無い魔法技術が咄嗟の使用で更に悪化し、10mほどの高速飛行をするに留まったが、彼は自分の車椅子を破壊した犯人から距離を取ることに成功する。
だがその犯人は、全く予想できないものだった。
「アリ!?」
アリが、彼の車椅子を下から捕食していたのだ。
シュテルのフィルター・フィールドはまだ働いているが、これは毒物や病原体をカットするためだけのもの。物理的な攻撃は防げない。
車椅子を、そしてそれに乗っていた彼をエサとしてしか見ていないアリは、齧って壊した車椅子に群がりバリボリと捕食していた。
金属を平然と捕食し、車椅子をあっという間に消滅させる食欲を見せるアリに、青年は戦慄を隠せない。ここまで驚いたのは、ソシャゲ運営が平然とレイドボスのHPを四桁間違えて詫び石も出さなかったのを見た時以来だろう。
(こんなアリ、生命体としてどこかおかし――)
彼は立ち上がろうとするが、心臓の痛みに膝をついてしまう。
(――ぐ。この世界に来てから、本当に、体の調子が悪い……)
地面に付いた手を拭おうと、地面に付いた左手を見るKだが、そこに一匹だけ居たアリに驚愕し、目を見開く。
反射的に手を引いたが、一瞬遅かった。
青年の手の爪に噛み付いたアリが首をひねると、青年の左手中指の爪が引き剥がされる。
「づっ!?」
青年の手から血が吹き出し、アリが上機嫌に人から剥がした爪をバリボリと捕食する。
車椅子との相性が悪いため普段はオフにしている義手の自動防御をオンにし、彼は遮二無二回避に動いた。
機械の腕がスプリングのように動き、片手ハンドスプリングのような要領で、青年の体を跳ね上げる。
腕で跳躍、更に転がるようにして距離を取ったが、そんな彼をアリと蚊が囲んでいた。
この世界において、多少魔法が使えるだけの人間は、アリや蚊に容易に潰されるだけの矮小な命でしかなかった。
「マスター!」
シュテルは強敵との戦いの中でも、彼への気配りは忘れない。
彼の窮地を見て、燃えるような内心を声と顔に出す。
「どけっ!」
そうして特攻覚悟で突っ込んだシュテルと、朧気な姿の金髪の少女が、互いの攻撃を互いにクリーンヒットさせた。
シュテルの砲撃、金髪の少女の魔力弾が抉るように互いを削り、金髪の少女の方はあえなく消えて無くなった。だが、シュテルの方もダメージは大きい。
(特定魔導力の量子転送―――これは、やはり―――!)
攻撃の瞬間、この辺りの魔力を固めて作っただけの適当な仮の肉体に、どこからか無限に等しい魔力が転送されていたのだ。
総合的な力量で言えばシュテルが圧倒していたが、魔力量はダメージ量に比例する。
シュテルは魔力弾が当たった箇所を抑え、痛みに顔を顰めてしまう。
「ぐ、うっ!」
そのダメージのせいで、シュテルは時間をロスしてしまった。
ここからでは、どう足掻いても彼は助けられない。
「マスター!」
シュテルの悲痛な声が、残酷な世界に響いた。
「―――アクセラレイターッ!!」
だが、勘違いしてはならない。
残酷な世界だろうと、殺されかけている世界だろうと、ヒーローは居る。
そこに悲しみあらば、切り捨てんとする戦士は居るのだ。
《 Formula Etruria 》
人喰い虫達が満ちる空間に、虫を押しのけるように斬撃と射撃が満ちる。
小さく狙いにくいアリから大きく頑丈な巨大蚊まで全ての敵が、適切な威力と適切な精度を使い分けられた攻撃にて、一匹残らず死骸と化していた。
高い能力と、高いセンスが垣間見える高速機動連続攻撃。
フェイト並みのスピード、シグナム並みの剣閃精度、ティアナ並みの射撃精度、それらが完璧に融和していなければ、こうは行くまい。
全ての虫を片付けたヒーローは、倒れている青年を抱き上げ、まだ数千体残っている巨大蚊の群れを真っ直ぐに見据えた。
「荒野に一つ口笛吹けば、困っている人を発見するとは。助太刀しますよ!」
「……君は?」
「エルトリアのギアーズ。そしてフローリアン家の長女」
その右手には、変形する銃剣。
その左手には、傷付いた青年。
その胸の内には、燃える想い。
青年はその姿に、なのはや、クラウスや、シュテルの中に見たものと同じものを見た。
「『アミティエ・フローリアン』! 親しい方は、アミタと呼びます!」
ここは末期世界エルトリア。
星の住民のほとんど全てが星を諦め、星の外に逃げた世界。
人ではどうにもならない病魔が、星を喰らい尽くした世界。
そんな世界に、星と世界を諦めなかった男が育てた、絶対に諦めない
"過去の別世界編"である古代ベルカ編と対になる、"未来の別世界編"であるエトルリア編です
登場時にSilent Bible AAR.とかROMANCERS’ NEO AAR.とかGEARS OF DESTINYのOPとか流れる系のお姉ちゃん。これがアニメだったら第一話のラストで格好良くかっちゃんを助けつつOP曲をバックグラウンドに流しEDに突入、くらいにコテコテなことをしてくれたことでしょう