課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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主人公「見ろ、このGooglePlayカードを。(いのち)を刈り取る形をしてるだろ?」


シコリティ・センサー「主が体調のせいでほぼイ○ポ状態。皆にも内緒。そのせいで吾輩も使って貰えてないでござる」

 矛盾してこその人だ。

 脳に入力した情報が多ければ多いほど、その人間の中には多くの矛盾が生まれる。

 ならば情報ではなく、もっと確たるもの、もっと力強きものを人の内に入れれば、人は自らの内でもっと大きく矛盾するだろう。

 

『居た』

 

 ナハト・エーベルヴァインは死んだ。

 その残滓から、リインフォースという存在が生まれた。

 ユーリ・エーベルヴァインは変わった。

 生来の心はそのままに、その心に付け加えられたものがあった。

 

『来てくれた』

 

 優しく素直なその心が、嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

『嬉しい。ありがとうって言わないと。ごめんなさいって言わないと』

 

 素直な心が、湧き上がる感情に何の違和感も持たせないまま、彼女の口から這い出てくる。

 

『殺さないと。壊さないと』

 

 彼女は既に、好意と殺意の区別が付かない存在と成り果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アミタは青年を抱えたまま、右手の可変銃を剣のように横一閃。

 

「バルカンレイド!」

 

《 Vulcan Raid 》

 

「ファイア!」

 

 そして、銃口から光弾を高速で連射した。

 面制圧のためだけの弾幕にも見える雑な発射法から撃たれる、高度な機械じみた精密射撃は、一発一発が防御壁ごと巨大蚊を撃ち抜いていく。

 

「アクセラレイターッ!」

 

 蚊が近付く度にアミタは叫び、何か特別なエフェクトを発生させ、距離を取って鴨打ちにする。

 それが青年の安全を第一に考えているがための戦術であることは明白だった。

 青年は、アミタに触れられているからか、そのエフェクトを間近で見られたからか、あるいは昔魔法開発も嗜んでいたことからか、その技の正体を見破っていた。

 

(疑似時間操作魔法による加速法?

 理論上は、時間の復元作用との負荷と加齢の影響で人間には耐えられないと聞いてたが……)

 

 この少女は、擬似的に時間を操作している。

 どこが出自の技術かは分からないが、『今のミッドの技術では実装不可能』『実装できても人には使えない』という結論が出ている技を使えている時点で、ただ者ではないだろう。

 そしてシュテルは、アミタが青年を守ったほんの数秒で、誘導弾を用いた敵の誘導を実行。巨大蚊を一カ所に集める。

 

「下がってください。一掃しますので」

 

「はいっ!」

 

 そしてアミタを後退させると同時に、燃える魔法陣を組み上げた。

 

「ディザスター・ヒート」

 

 やや怒りを含んだ冷淡な口調で、シュテルは魔法の名を口にした。

 カートリッジが一つ排出されて、炎熱砲撃の連射魔法が放たれる。

 

 それは、一方的な虐殺だった。

 あまりの熱に、蚊が蒸発する。

 あまりの破壊力に、全ての防御が粉砕される。

 あまりの爆発に、蚊が焼ける臭いさえもが吹き飛ばされていた。

 

 シュテルの魔法一発で、蚊の軍団はあえなく一匹残らず灰になる。

 

「な、なんて規格外の火力……」

 

「飛んで火に入る夏の虫。ただし近付いて来たのは火の方だぜ、的な」

 

 ミッドから見ても未知の力・未知の技術である戦闘技術持ちのアミタですら、シュテルの桁違いの火力には舌を巻かずにはいられない。

 アミタは残っていた数体のアリを潰し、青年を抱えたままシュテルと合流し、その過程で彼に問いかけていた。

 

「とりあえず、無事でよかったです。ところで……」

 

 エルトリアのものとは微妙に違う、今のこの世界に似つかわしくない綺麗な服。

 シュテルの健全な肌の色などに見られる、拭いきれない違和感。

 そして何より、絶望に飲まれていない二人の瞳。

 青年とシュテルは、この世界の人間が既に失ってしまった多くのものを、平然と身に付けている人間だった。

 

「……保護区から来た方には見えませんね。

 無礼千万を承知で聞きますが、どちらからいらっしゃった方ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異世界、それも過去から。成程……」

 

「信じるのか?」

 

「え、嘘だったんですか?」

 

「いや嘘じゃないけど……素直に信じてもらえるのも何か妙な話だな」

 

 かくかくしかじか、と彼は自分達がこの世界に来た理由を説明するが、あっさり信じてもらえたことに拍子抜けしてしまう。

 アミティエ・フローリアンというこの少女は、実際特に理由もなく人を全面的に信頼する天然少女なのだが、今回彼らの話を信じたことには理由があった。

 

「時空を越えた干渉に関しては、私達にも心当たりがありますので」

 

「心当たり?」

 

「はい。最近、ある遺跡から時間移動技術が発見されたんです。

 あなた方がこの世界に来たのも、きっと偶然じゃないんだと思います」

 

 地べたに座る青年と、青年が座るための魔力板を作って青年の後ろに控えるシュテルは、アミタが語るこの世界の特徴に少し興味を持ったようだ。

 

「しかし遺跡から発掘された技術と来たか……」

 

「この世界では昔から、不思議な遺跡がいくつも見つかるんです。

 それを"アルハザードの遺産"と呼ぶ学者さんも居ます。

 遺跡から見つかる技術は、最先端科学を遥かに越えたものだったりするんですよ」

 

 アルハザードという消えた人類史の起点がある以上、どの世界にもオーバーテクノロジーを秘めた遺跡があってもおかしくはない。

 アミタの言葉を信じるのであれば、あの宇宙の穴の向こうにこの未来異世界があった理由も、あの穴が時空間を崩壊させていた理由も、その遺跡を調べれば判明する可能性がある。

 だが今、青年とシュテルが一番に知りたいと思っていることは、それではない。

 

「いったい、この世界はどうなってるんだ?」

 

「……昔はこの世界も、こんな風じゃなかったんです」

 

 彼の問いに、アミタは少し寂しそうに、惜しむような表情を造る、

 

「この星が、病気に罹ってしまうまでは」

 

「星が、病気に?」

 

 こくり、とアミタは頷いた。

 

「水と大地の腐敗現象―――『死蝕』。それが、病の名前です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『死蝕』。

 今のエルトリアでは、これを"星が罹患した病"と認識するのが一般的だ。

 水が腐る。大地が腐る。

 すると、星全体の循環過程までもが腐り、空と大気も腐っていく。

 

 星の命は次々に病に冒され、動植物の区別なく死んでいく。

 それだけでも最悪だったが、問題はこの病を乗り越えて生き残ってしまった生命は、そのことごとくが人間に対する脅威となることだった。

 巨大化した虫、小さいまま脅威と化した虫、凶暴化した動物、人を好んで食べるようになった鳥、凶悪化する病原体、etc……

 それらは死触の末端となり、死を振りまき始める。

 時には、死触から逃れるために作られた地下居住都市(ジオフロント)が、害虫害獣の襲撃を受け全滅したという事例まであった。

 

 動植物の死滅と悪性進化により、人間は食料の生産基盤を喪失し、そればかりか生存可能な土地さえも失っていった。

 食料になる命が居ない。食料を育てられる土地がない。

 水もなければ燃料もない。物資も無いし人手もない。

 残ったのは僅かな生存者と、猫の額のような未汚染地帯と、心もとない量の物資と食料のみ。

 

 星が腐りゆくというこの災厄に、科学の力がこれほどまでに無力であったということを、人類は死触の到来まで、想像してもいなかった。

 

 人々は限られたリソースを集中し、分け合い、かろうじてこの星で生き延びていた。

 

「私が生まれる前に、一つ事件があったそうです」

 

 アミタはこの世界が『普通』から『異常』になっていった過程の一幕として、人伝に聞いたある男の戦いの話を口にする。

 

「死触の影響で巨大化した蚊。

 海水でも卵から成虫にまでなれる歪な進化を果たした害虫。

 それがある日、大挙して大きな街を襲撃したそうです」

 

 それは、ある魔導師の話。

 

「その時、一人の流れの魔導師がその蚊に立ち向かいました。

 その男性はたったひとりで蚊の群れに立ち向かい、戦った。

 そして町の住民を全員逃がし、多くの人を守ったそうです」

 

 それは、ある勇者の話。

 

「ですがその代償として、その人は死んでしまった。

 悪性進化した巨大蚊は口外消化を行います。

 人間の血を全部吸った後、消化液を流し込んでまた吸うのです。

 その魔導師は生きたまま全てを吸われ、骨と皮だけになって殺されたとか」

 

「……救いがないですね」

 

「この話に救いがないのはここからです。

 魔導師の血を吸った蚊は、そのまま産卵しました。

 そして生まれた蚊の子供達は、皆魔法が使えるようになっていたそうです」

 

「……!?」

 

「その子供達が孫の卵を産みました。

 当然のように、孫世代にも魔法技能は継承。

 巨大になった蚊は一年中活動し、一年中産卵します。

 蚊は交配と世代交代をあっという間に繰り返し……

 一年ほどで、全ての蚊が魔法を使えるようになっていました」

 

 そして、先程青年とシュテルを襲った巨大蚊が、どうやって生まれたかという話だった。

 あの蚊は、人を守るために戦った一人の男の死と尊厳を、今なお貶めていた。

 その男が人を守るために使った力を奪い、人を食うために使っていた。

 

「その魔導師は……私の父の、親友だったと聞いています」

 

「!」

 

「単に死にたくなければ、星の外に逃げればいい話です。

 実際、多くの人はそうしました。

 だからこの星に残っていたのは、逃げる金がない貧しい人と……

 何も見捨てられず、何も諦めようとしなかった、そんな人達だけです」

 

 『諦めない』。その言葉を口にした時、アミタの目の奥に炎が宿ったのを、シュテルは見た。

 

(このアミタという少女も、その一人ということでしょうか。

 何はともあれ、心強い。マスターも体調が体調だ。

 力と人格をある程度信用できる人物と真っ先に出会えたのは、幸運ですね)

 

 死にゆく星と、星に残された人々を、見捨てなかった諦めない者達。

 最初に出会ったのがそういう者だったことは、望外の幸運だ。

 単発引きして狙っていたSSRじゃないSSRを一発引きしたくらいの幸運だろう。

 

「探せば、だいたいの害虫害獣にそういったエピソードが見つかります。

 どの生物も恐るべき敵です。どうか、油断なさらぬようお願いします」

 

「この世界で一番恐ろしいのは、そういう生き物ってことか」

 

「あ、別にそういうわけではないです」

 

「え?」

 

「一番恐ろしいのは、病気ですよ」

 

 シュテルに塞いでもらった指の怪我――爪を剥がされた左手の中指――を眺めながら、青年は悪性進化した生物が一番恐ろしいのだと思ったのだが、アミタは"病気の方が恐ろしい"と言う。

 青年の背中に手を置きながら、シュテルもまたそれに同意した。

 

「でしょうね。

 私もマスターも、この世界の病原体相手にはあまりにも無力だ。

 この世界ではありふれた病気も、私達には致命の病になりかねない」

 

「はい。虫や獣は倒せばいいですが、病ではそうは行きませんから」

 

 アミタはとてもお節介な少女だ。まるで、物語の主人公のように。

 

「なので、予防接種を受けに行きましょう!」

 

 彼女にもするべきことがあるだろうに、彼女はそれを一旦後回しにしてまで、青年とシュテルのために行動してくれていた。

 

 

 

 

 

 シュテルが青年を背負い、アミタが走り、三人は山一つ越えた向こうの目的地を目指していた。その目的地には、アミタが設営した彼女の仮拠点があるという。

 

「人間用の医薬品は、私達の仮拠点に十分備えがあります」

 

 抑えめにしているとはいえ、シュテルの飛行速度に息一つ切らせず走って付いて来るアミタは、素でかなり高い能力を持っていると推測できる。

 この速度で走り続けられる陸戦魔導師は、時空管理局にも多くはないだろう。

 青年は地上のアミタにも気を払いつつ、彼を背負って飛ぶシュテルに声をかける。

 

「シュテル、重くないか?」

 

「男性にしては軽すぎるくらいですよ。それに、貴方の体温が温かい」

 

 シュテルは自分の首に回された彼の腕を固定するふりをして、そっと手を添える。

 

「マスターが許してくれるなら、ずっとこうしていたいくらいです」

 

 その時、シュテルの顔が彼に見えていなかったのは、彼女にとって幸運だったのか不運だったのか。

 

「シュテルさんがすぐにフィルター・フィールドを使ったのは大正解ですね。

 でなければ二人共、私と出会う前に仏様になっていたでしょうから」

 

「本っ当にヤバいな、この世界……」

 

「『気をつけろ

  そのガスマスク

  きっと無駄』

 が一時期標語として定着してましたから。

 普通のガスマスクだとそのまま死んじゃうんですよ」

 

「平然と大気に放射能混じってるからな……

 アミタも平気で居るってことは、魔導師の類なのか?

 この星の基準でも、かなり優秀な人間のカテゴリに入ってるんじゃないか?」

 

「……ええ、まあ、そうですね。私も、この大気は平気ですから」

 

 アミタは何故か寂しそうに苦笑して、それに違和感を感じた青年が言及しようとするが、それを察知したアミタの声に遮られてしまった。

 

「ただ、シュテルさんほど優秀ではないですよ。

 私ではどんなに練習してもそんなフィルターは作れそうにないです」

 

「うちの子は優秀だからな。コイントスで狙って全部表を出せるくらいには器用だ」

 

「そ、それは凄い! 冷蔵庫のプリン争奪戦でも勝ち放題じゃないですか!」

 

「私も褒められるのは嬉しいですが、そこまで興奮される特技でしょうか……?」

 

 アミタにとって聞かれたくないことなのだろうか。そう彼が考えている間に、三人は山の向こうの目的地に到着する。

 何もない平地に刻まれた魔法陣と、魔法陣の上に設置された四つの大型テントが、見晴らしのいい平地に目立っていた。

 

 

 

 

 

 

「到着しました。ここが私達の仮設拠点です。

 キリエー、帰ってますかー?

 ……妹が居るはずだったんですが、今は居ないみたいですね」

 

「妹さんが居たのか?」

 

「はい、自慢の妹です。紹介しておきたかったのですが……」

 

 うーん、とアミタは思案する様子を見せるが、ほぼ一瞬でその思案を空の彼方に投げ捨てる。

 

「ま、いいですよね!

 どうせ先か後かの違いしか無いですし!

 というわけで、抗体生成促進剤とワクチンと予防接種をまとめてやりましょう」

 

「こっちの世界では一回の接種で全部の病気に免疫付けられるのか?」

 

「そちらでは付けられないんですか?」

 

 どうやらこの世界の医療技術は、最低でも地球以上ミッド以下のものであるようだ。

 

「とはいえ、ここはあくまで仮拠点。

 全ての病原体に対応するのは流石に無理です。

 でもやれるだけのことはやっておかなければならないわけで。

 この星で大流行している危険度トップ10……

 死蝕が発生させた特に危険なものくらいは、対応しておきましょうか」

 

「トップ10? どういうのがあるんだ?

 シュテルのフィルターがあれば、あまり怖くない気もするが」

 

 シュテルのフィルターは病原体のみならず、毒物や放射能をも弾く。安全地帯に到着するまでは、常時展開することになるだろう。

 そのせいか、青年は病気を甘く見てはいないものの、病気の危険性をかなり低く見積もっているようだ。

 そんな彼を見て、アミタは真面目な顔になる。

 

 一説には、真っ直ぐな人間には二種類居るという。

 頭が悪くて真っ直ぐにしか進めない人間と、知識や考える頭があるのに真っ直ぐに行くことしかしない暑苦しい人間だ。

 アミタは後者のタイプだった。

 真面目で真っ直ぐな性情を持つ彼女は、以前読んだ流行病の研究資料の内容を、一言一句違えずそのまま彼に伝え始めた。

 

「まずは爆茸菌ですね。

 人間に付着して、人間を苗床にして増える茸の一種です。

 感染から三時間くらいで爆発して胞子を撒き散らす不動の一位です。

 町の外で病原菌に感染した人が、気付かず帰宅。

 体調不良から就寝、そのまま二度と起きてこなかったという事例が多発しました。

 しかもこの場合、感染していると識別されないまま、町中で病原菌が撒き散らされるので……」

 

「……何人やられたんだ?」

 

「このパターンだと、一番被害が少ないので死者3000人強と聞きました。

 潜伏期間に発見することは極めて困難。

 感染力も強く、感染者の致死率は100%です。

 これがランキングトップなのは、多くの人を巻き添えにして死ぬからですね」

 

 キノコに寄生され、最後には爆発して死ぬ病。

 

「その次に危険なのが熱死病です。

 これは空気感染から経口感染、飛沫感染と何からでも感染します。

 1000℃の熱の中でも-200℃の冷気の中でも活動を続けるウィルスです。

 あらゆる殺菌作用、あらゆる抗生物質が効かないのが厄介ですね。

 感染力も強く、感染者の致死率は100%です。

 感染者は全身に水疱が出来、ウィルスが溶解させた肉や骨が疱の中に溜まるのが確認できます。

 その際に全身を焼かれたような痛みが走り、最後には疱が弾け、液状化しながら死に至ります」

 

「うわぁ」

 

 激痛と共にドロドロに溶けながら死ぬ病。

 

「菌虫病がその後に続きますね。

 これはこの星で初めて確認された、ウィルスと虫の両方の生態を持つ病原体です。

 まず、母体となる虫が大気中にウィルス態の卵を億単位で産卵します。

 産卵されたウィルスは大気成分を食べて育ち、中間体に成長します。

 そして成長した中間体が、人間の皮膚から体内に産卵します。

 体内に産卵された幼体は、ウィルスとして体内を食い荒らすんです。

 当然ですが、感染者の致死率は100%。

 感染から一日ほどで、人体内部から一斉に出て来る虫の群れが見られるそうです」

 

「もういい! もういい! よく分かった! オレが悪かった!」

 

 そして生きながらウィルス寄生虫に食い荒らされる病。

 シュテルはデバイスでメモを取っていたが、こうまで言われれば全部の病の特徴を言われるまでもなく、彼は自分の間違いを認めざるを得ない。

 彼を心配してアミタが大真面目に危険性を伝えた病気は、どれもこれもが『死蝕』から発生したという肩書きに恥じないものだった。

 

「分かりましたか?

 病気は怖いんです!

 病気はまずかからないようにするのが肝心なんですよ?」

 

「そのフレーズをこんなに強烈に正しく感じるのは初めてだ……」

 

 めっ、と青年に指を突きつけ注意するアミタ。

 何故姉ぶるのか。

 それは彼女が、お姉ちゃんだからである。

 

「まずははい、マスクです! どうぞ!」

 

「お前あんだけ怖い病気を羅列しといて普通のマスクで防げと申すか」

 

 彼も薄々勘付いてはいたが、アミタは超弩級の天然が入っている少女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午を過ぎてそこそこの時間が過ぎ、かつまだ夕方になっていないくらいの時間帯。

 アミタ達が到着したキャンプに、新たな来訪者が現れた。

 

「あー疲れた」

 

 彼女の名は『キリエ・フローリアン』。アミティエ・フローリアンの妹だ。

 背伸びし、しなを作る所作から、この少女には妖艶な印象を受ける。

 アミティエ同様、この少女も優れた容姿とスタイルを持っていたため、童貞力が高いものならその所作だけでノックアウトされてしまうだろう。

 だが、女慣れした男性ならばどこか違和感を感じられる艶めかしさだった。

 

 例えるならば、遊んでいる女の大人っぽさに憧れて「私遊んでるから、ヤリまくりだから」とフカしている可愛らしい女子高校生が、ちょっと不良っぽい方が魅力的だと勘違いしてビッチを演じているような、そんな思春期特有のアレっぽさのような違和感。

 

「アミター? アミター? 愛する妹が帰って来たわよー」

 

 キリエの声には媚びるような響きがあったが、家族に対してはそういう声色を使っていないようで、普通の声で姉に呼びかけている。

 

(まだ帰ってないのかしら。

 お姉ちゃんは哨戒でも熱中しやすいし、うーん……

 あんまりにも帰って来なかったら、探しに行こう)

 

 キリエとアミタは、人間に危害を加える悪性進化生物を見かけたならば、極力それを一匹残らず殺すようにしていた。

 アミタが蚊とアリを蹴散らし、スズメを追い払っていたのと同時刻、キリエもまた20mサイズのムカデを一匹討伐していた。

 

 誰も見てはいなかったし、誰にも頼まれていなかったが、キリエはムカデの体内で消化されていた人骨を回収し、その人達に墓を作ってやっていたため、相当に体が汚れてしまっていた。

 キリエは"泥臭くないビューティフルな美少女"を常日頃から自称しているため、自分がそういうことをやったとは絶対に他人に言わないのだろうが。

 心優しいのは間違いないが、彼女は中学生みたいなこじらせ方をしていた。

 

 ムカデの体液や墓掘りの土で汚れた服を着替えるべく、彼女はテントの内の一つに入り、汚れた戦闘服を脱いだ上で綺麗な戦闘服を手に取っていた。

 

「ふんふーん」

 

 下着姿になったキリエが、視線を動かす。

 

「ふふふーん……ん?」

 

 すると、彼女が着替えていたすぐそばの免疫装置に繋がれている、イヤホンソシャゲスタイルの男が顔を上げる。

 奇跡的なタイミングで、二人は同時に目が合って、同時に互いの存在に気付いた。

 

「え?」

 

 ここに人は居ないだろうと思い込み、居たとしても物音や自分の声に反応しているはずだと、そう思い込んでいたキリエが悪かったのか。

 抗体を身に付けるための作業に予想外に時間がかかっていたため、イヤホンを付けてソシャゲに熱中していた彼が悪かったのか。

 それとも、周囲の警戒のため外に出ていたアミタとシュテルが悪かったのか。

 二人は、もはや古典の域にあるファーストコンタクトを行っていた。

 

「ありがとうございます」

 

「きゃああいやあああああああああっ!!」

 

 服を引っ掴み、テントの外に一目散に逃げていくキリエ。

 顔を真っ赤にして、裏返った声で悲鳴を上げて逃げに逃げる。

 その姿に、流石の彼もちょっと罪悪感を感じていた。

 

「こういうのがあるから、女所帯より男所帯の方が安心するんだよなあ……」

 

 ユーノ&クロノとの気楽な関係、こういう事柄が起きることもない関係を思い返しながら、彼はソシャゲ管理局に同年代同性の奴もっと入って来ないかなー、と思い、寝転がってソシャゲを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 

「では改めて自己紹介を。

 私達は星を救うグランツ研究所の所長の娘、フローリアン姉妹です。

 私がアミティエ・フローリアン。

 この子がキリエ・フローリアンです。私が姉、この子が妹となりますね」

 

「オッスオレかっちゃん。いっちょやってみっか」

 

「シュテル・スタークスと申します」

 

 着替えを終えたキリエ、僅かな時間で周囲の安全確認を終えたアミタとシュテル、抗体獲得を終えた青年が一同に介していた。

 なのだが、先程の一幕でキリエの目に宿ったのは敵意と警戒心。キリエは自分の下着姿を見られたことをまだ気にしているようだ。

 彼と視線が合うやいなや、キリエは艶やかな唇に人差し指を添え、姿勢でみだらな雰囲気を作って、彼をからかう言葉を吐く。

 

「あらぁ? 覗き魔さんは、運良く見ちゃった私の裸体に興味津々なのかしら?」

 

 仕返しにからかうつもりなのだろうか。

 これが初対面であったなら、キリエの上っ面の振る舞いに彼もある程度別の印象も持っていただろう。

 だが彼は既に、下着姿を異性に見られただけで顔を真っ赤にし、悲鳴を上げて逃げていく、純真なキリエの素の姿を見てしまっている。

 

「今更遊んでる女風の振る舞いしても無駄だぞ、ファッション非処女」

 

「ファッション非処女!?」

 

「そういうの演じてると変な男に引っかかるぞ、やめとけ。

 変な男に引っかからなくても行き遅れて聖王教会のカリムさんみたいになるぞ」

 

「よ、余計なお世話よ!」

 

「まあまあ、どうどう」

 

 他人を見ていないようでよく見ている課金厨は、色んな意味でキリエの天敵だったようだ。

 だがこのままでは話が進まないため、シュテルが二人の間に割って入り、話を生産的な方向へと勧める。

 

「では、情報のすり合わせを始めましょうか」

 

 シュテルは自分達の世界で起こっていること、この世界に来た経緯を話す。

 アミタはこの世界について概要だけを二人に教える。

 そして青年はオススメのソシャゲの宣伝をしようとし、シュテルに阻止された。

 

「ではアミタ。あの金髪の少女は、今まで出現したこともないと?」

 

「はい。ですよね、キリエ?」

「そうね、私も見覚えないわ。記録にも無かったはずよ」

 

 そして、全員の認識をすりあわせていく内に、今日シュテルに痛打を叩き込んだあの金髪の少女が、今までこの世界に出現したことさえないという事実が浮き上がってきた。

 

(……マスターがここに来たから、表に出て来た?)

 

 あの金髪の少女の本質に心当たりがあるのは、シュテルだけだ。

 シュテルの様子からその辺りを察したのか、アミタはシュテルに問いかける。

 

「シュテルさん、あの金髪の子は何者なんですか?」

 

「真性古代ベルカの狂気と悪意が産んだ産物。

 特定魔導力の無限連環機構……

 すなわち、第一種永久機関の完成形。

 無限の魔力を永遠に無尽蔵に生み出す、物質文明の最終到達地点です」

 

「……!」

 

「闇の書の闇の深奥に座す真の闇。

 書が滅びてもなお滅びぬ不滅の闇。

 人はあれを、『砕け得ぬ闇』と呼びます」

 

 あの金髪の少女は、闇の書の奥の奥に秘められていたもの。

 つまり、ここ数年起きていた闇の書の欠片の集合現象で出来上がったものは、このエルトリアにあったということだ。

 心臓の中に闇の書の欠片を持つ彼がここに来たのも、見方を変えれば他の欠片と同じように、ここに呼び寄せられたと言える。

 

 敵の名は、『砕け得ぬ闇』。

 あの日、彼が助けると約束し、それから何百年も闇の書の底で孤独に封じられていた少女の成れの果て。

 

「無限、無尽、永遠、不滅。

 あれが存在するだけで、宇宙は熱的死を迎えなくなりました。

 たった一つで宇宙の死を回避させる、永遠の心臓。

 砕け得ぬ闇は、正常に稼働している間はいかなる手段でも破壊できない」

 

 倒しても蘇る。ゆえに不滅。

 単純に強すぎるために倒せない。ゆえに無敵。

 闇の書の闇同様、暴走だけを繰り返す壊れたレコード。ゆえに最悪。

 

「沈む事なき黒い太陽――影落とす月――

 ――ゆえに、決して砕け得ぬ闇。

 それを手にすればいかなる者でも、世紀に名を残す王となれるでしょう」

 

 シュテルは主基たる王のマテリアルを補佐する補基、理のマテリアルであるがために、それを知っている。

 

「なんでシュテルがそんなことまで知ってるんだ?」

 

「マテリアルは断章。闇の書の一部にして、三基一組の制御プログラムです。

 切れ端であるがために、何かを模さなければ確固たる個として顕現もしない。

 後に、闇の書の改竄の影響も多少なりと受けもしました。

 されど、私達の製作目的と、果たすべき使命に、変わりはありません」

 

「制御……あ、そうか。

 古代ベルカの時代だと、あの男は闇の書の闇を完全に制御していた。

 おそらくその、砕け得ぬ闇も。だからオレ達も死にかけたんだし」

 

「そうです。私達は、ウーンズによって組み込まれた制御機構の一端。

 この世界においては、"シュテル"としての私は生まれませんでした。

 三つのマテリアルは消滅し、砕け得ぬ闇だけが残るはずだった。

 ですが、あなたが私の『可能性』を集めて、一つの存在として生み出してくれた」

 

 マテリアルが存在しなかったはずの世界線に、ガチャと課金がマテリアルを引っ張って来たという奇跡。

 

「奇妙な巡り合わせの結果と言えますが……ナノハのコピーであり、マテリアルである私をマスターが召喚したのも、偶然ではないのかもしれません」

 

「……」

 

 それをシュテルは、偶然ではなく必然であったのかもしれない、と言う。

 

「今回の交戦で分かりました。あれは危険です。おそらくは、闇の書の闇と同種」

 

「シュテルがそう言うなら、そうなのかもな……」

 

「マスター、あなたは見ているはずです。

 個人としてのアレではなく、砕け得ぬ闇としてのアレを、その片鱗を」

 

「オレが?」

 

「闇の書の闇が暴走した時、その一部が表出していたはずです」

 

 彼の脳裏に蘇るのは、闇の書の闇との戦いで見た、金の髪と赤い魔力光のリインフォースだ。

 もしも、あの時。

 砕け得ぬ闇としての、『彼女』の一部が表に染み出していたのだと考えれば……

 

「桁違いに強かったあれが、一部か」

 

「砕け得ぬ闇は、5%の力でも魔導師ランクで言えばSSSに相当します。

 あらかじめ言っておきます、マスター。

 『全力のあれには絶対に勝てない』という大前提を、常に持ったままで居て下さい」

 

 シュテルの大仰な物言いに、ピンと来ないキリエが媚びた声色で茶々を入れる。

 

「大袈裟ねえ。実際戦ってみたら大したことないんじゃないの?」

 

「そう思うのは自由ですが、いずれ分かりますよ。

 あれはおそらく、何度でもマスターを狙ってくるでしょうから」

 

 キリエがむっとして黙ったのを見て、シュテルは主の顔色を伺う。

 彼は手の中でスマホをくるくる回しながら、何かを考えているようだ。

 彼の手の中のスマホは今でも元の世界のソシャゲをプレイできるようになっている。だが通話やメール、チャットや掲示板への書き込み等ができない状態だった。

 

 シュテルもまた、元の世界に通信を繋ぐことも、何かしらのメッセージを送ることもできないでいた。転移魔法も使えない。元の世界の座標を設定できない。

 なのに青年は平然とソシャゲのイベントに参加している。何かおかしい。

 明らかに、誰かの意図が絡んでいた。

 

(……なんというか、彼に対する温情とか好意とか。

 それ以外のものとか。そういうものがちらほら見え隠れする感じの、舞台作りですね……)

 

 彼にソシャゲだけはやらせてあげようという温情、好意からの小細工。

 かと思えば、元の世界に助けを求めることや、元の世界に帰ることを徹底して邪魔する容赦の無さ。世界そのものに干渉しつつも、その干渉自体は完全に正反対のものだった。

 正の感情と負の感情。

 彼の在り方を守ろうとする心に、彼を逃さないようにする心。

 まるで、『彼』に対する好意と、彼に対する殺意が、両立しているような、そんな違和感。

 

 冷静な頭脳と広い視点を持ち、彼の隣にいるシュテルだからこそ、その違和感は大きく見える。

 

「砕け得ぬ闇、ですか。

 私達も一度研究所に戻って、データベースを漁る必要があるかもしれませんね」

 

 アミタはキリエと違い、シュテルの言葉と忠告を真に受けて、砕け得ぬ闇の脅威をしっかりと警戒しているようだ。

 

「私達はこれから、遺跡の最終調査を行ってから家に帰るつもりですが……

 どうします? ご一緒しますか?

 父なら、私達が答えられないようなあなた達の疑問にも応えられると思いますが」

 

「助けられてばっかりってのも癪だ。

 シュテルの予防接種が終わったらそっちの仕事も手伝おう。シュテル、いいよな?」

 

「マスターの仰せのままに」

 

「覗き魔の手助けとかいらないわよ、しっしっ」

 

「アミター、オレキリエの言葉で深く傷付いちゃったー(棒読み)」

 

「キリエ、なんて失礼なことを! この人に謝って下さい!」

 

「ちょっとぉ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アミタは一時間ほど前の会話で、この世界にはオーバーテクノロジーが秘められた遺跡がある、と青年とシュテルに言っていた。

 現在彼らが向かっているのも、その遺跡の一つ。

 四人はシュテルに抱えられた青年と走るフローリアン姉妹という陣形で、腐った大地と川の狭間にある荒野を駆け抜けていた。

 

「サーチャーに動体反応。何かが近づいてきます」

 

 なのだが、遺跡を目前にしてシュテルが大量の動体反応をキャッチ。

 シュテルは小さな岩の上に彼を置き、アミタとキリエの様子を見る。

 

「アミタ」

「はい、私も同意見です」

 

 そして二人の様子から、接近してくる"それ"が敵であることを確信した。

 

「アミタとキリエは、接近中の"これ"が何か知っているようですね」

 

「悪性進化した虫ですよ。

 虫が熱やフェロモンを見つける、極めて優れた感覚器を保っていることはご存知ですか?」

 

「ああ」

「はい」

 

「アレはそれを発達させた虫です。

 人の体温や魔力を探知し、近付いて来る人間に群がる性質まである。

 おそらくは、遺跡の内部かその周辺に生息していた群体であると思われます」

 

「ああ、そっかー。

 キリエちゃん大失敗。アレ、人の体温や魔力に反応するんだっけ」

 

 アミタとキリエは少し嫌そうな顔で、地平線の向こうを見る。

 シュテルがサーチャーを動体反応型から映像中継型に切り替え、敵の姿をその目で捉え、目を見開く。

 やがて、青年の目にも黒い津波のようなものが地平線に見え始めた。

 

「人は、あれを――」

 

 それは―――地平線を埋め尽くす、ゴキブリの群れ。

 

「――ゴキブリと呼びます」

 

「「 うわっ 」」

 

 指先ほどのサイズのゴキブリから5m以上のゴキブリまで多種多様。

 ゴキブリはよほど腹が減っているのか、時に互いを共食いしながら、アミタ達が居る場所へと一直線に最高速度で向かってくる。

 カサカサと走り、時折跳んで、その度にぶぅんと飛びながら。

 それが、彼の目には黒い津波のように見えたのだ。

 

 風景のほとんど全てがゴキブリに埋め尽くされている。

 あの黒い津波に飲み込まれれば、大小様々なゴキブリに群がられ、あっという間に骨も残さず捕食されてしまうことだろう。

 身をよじって、ゴキブリの体液まみれに成りながら一匹や二匹潰したところで、そのまま食い尽くされるのがオチだ。

 

 終末の世界に相応しい、気色の悪い黒光りの群れが、迫り来る。

 

「申し訳ありませんが、駆除にご協力をお願いします!」

 

「マスター、気が引けます。私の中の乙女部分が悲鳴を上げてます」

 

「こんなことで幻滅したりしないから、頑張れ。マジ頑張れ」

 

 アミタとキリエが前に出て、シュテルが青年を庇うように立つ。

 

「「 アクセラレイターッ! 」」

 

 二人は同時に擬似時間加速を発動、その両手に可変銃・ヴァリアントザッパーを握り、黒い津波に突っ込んで行った。

 まるで、気色悪い絵をカッターナイフで切り裂いたかのように、ゴキブリで形作られた風景が一瞬にして真っ二つに切り分けられる。

 

「二丁銃? って、あの時はオレを抱えてたから、本気じゃなかったのか……」

 

 姉妹は銃にも剣にもなる武器を両手に持ち、二丁銃や両手剣などを流れるように切り替えながら戦っている。

 青年を片手に抱えていた時のアミタも十分強かったが、あれでも本気ではなかったのだろう。

 

「さて、オレもやるか。

 課金強化(エンチャント)起動(プラス)

 食費三ヶ月分課金(サクリファイス・プラス)、『全能力強化』『与ダメージ増大付与』!」

 

 青年の課金強化魔法が飛ぶ。

 彼もスカリエッティとの対立の日々の中、新たな進化を遂げていた。

 『課金した金に意味を持たせ魔法効果を増大させる』という特殊術式。それにより、戦闘担当の三人がそれぞれ食費一ヶ月分の強化を貰っていた。

 意味を持たせた課金は"意味のある課金"となり、三者の能力をブーストしていく。

 

(強化魔法……凄い! 私が私じゃないみたい!)

 

 ただでさえ速く隙の無いオールラウンダーだった姉妹に、自然な形での強化がかかる。

 単純なダメージ増大効果が加わったことで、ゴキブリ達はトラクターに耕されている空き地の雑草のごとく、前から順にその命を刈り取られていった。

 しかしとにかく、数が多い。

 しかも跳ぶ。飛ぶ。

 運がいいのか悪いのか、一匹のゴキブリが青年の背後に回っていた。

 

 岩に座っていた青年は、仲間の強化タイミングを測っていてそれにも気付かなかったが……そんな背後のゴキブリを、キリエが撃ち抜く。

 覗き魔覗き魔と言っていたくせに、一緒に戦う仲間のピンチにはつい動いてしまったようだ。

 助けられた青年が"ありがとう"の意を込めて笑って手を振るが、キリエはぷいっと顔を逸らし、また戦いを始めてしまった。

 

「なんであんないい子なのに変に悪ぶった背伸びしてるんだろうか、なあシュテル」

 

「まあ、年頃なんでしょう。きっと」

 

「こう、童貞のくせに初性交体験時に

 『今まで何回経験があるの?』

 と女の子に聞かれて

 『俺の性経験? ……2、3回はやったかな』

 という他人から見ると嘘だとバレバレな見栄を張る童貞、みたいな」

 

(何故女子の心理を童貞で的確に説明するんでしょうか、この人は……)

 

「聞こえてんのよそこの覗き魔!」

 

 彼に対する怒りをゴキブリに向け、キリエは銃口からなんか凄いビームを撃ち出した。

 ゴキブリが数百匹まとめて吹き飛ぶが、数が多いせいで一向に終わりが見えてこない。

 シュテルはここで様子見をやめ、小規模結界で彼の守りを固めてから握った杖を前に向けた。

 

「カートリッジロード。ブラストファイアー」

 

 そして特大の砲撃を撃ちつつ、杖を横に薙ぐ。

 熱と破壊の嵐と化した砲撃は、横に振るわれたことで至近距離から地平線までの全てを焼き払う、鏖殺の熱波となってゴキブリを飲み込んだ。

 黒光りする黒い津波を、熱波が炎の赤に染めていく。

 

「燃え尽きなさい」

 

 巨神兵も驚きの大火力。なのはに一度敗北し、その悔しさを努力する力に変えたことで、シュテルの火力はまた大幅に進化していたようだ。

 地平線を埋め尽くしていたゴキブリの群れが、その八割から九割を一瞬にして焼き尽くされる。

 更にシュテルは、流れるような術式の使用で、高速移動と見まごうような転移魔法移動を実行。空の上から生き残りのゴキブリに照準を合わせ、炎の砲撃を連射した。

 

「ディザスター・ヒート」

 

 それは、彼女が愛用する砲撃連射魔法に、爆発効果を付与したもの。

 砲撃はゴキブリに着弾すると同時に、半球状の爆発効果を発生させ、周囲のゴキブリまでもを飲み込んで消し去っていく。

 この魔法にて、最後に残っていたゴキブリ達も終いとなった。

 

「いかがなものでしょうか」

 

「最高だぜ、シュテル」

 

「えっへん」

 

 彼に褒められ、シュテルは静かな表情で胸を張り、目に見えて嬉しそうにしていた。

 

「……何あの栗色の髪の人。めっちゃ強いんだけど!?」

 

「心強い限りです。そうでしょう?」

 

「そりゃまあ、そうかもしれないけどさぁ……」

 

 姉妹は強力な援護に驚いていたが、心強い味方の登場を喜んでもいた。

 そう言う二人も、あれだけ激しい戦いをしておきながら服には返り血一つ付いていない。服一つ見ても、卓越した実力が見て取れた。

 

「しかし、そこらじゅうゴキブリだらけだな……オレも人生初めての光景だ」

 

「私とマスターは飛んで行けばいいですが、お二人は……」

 

「心配ご無用。わたし達にだって、飛翔技能はあるのよ」

「消耗を抑えるために走っていましたが、飛ぶことも可能です!」

 

「それはよかった。ではマスター、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 ゴキブリ軍団を排除した四人は、そのままゴキブリが来た方向……つまり遺跡の方向へと飛んでいく。

 だが、まず彼らの目に入ったのは遺跡ではなく、そり立つ高き壁だった。

 

「壁……いや、塀か?」

 

「ご名答。ひと目で分かるとは、かっちゃんさんは考古学の知識があるのですか?」

 

「いや、親友の一人が凄い奴で、話合わせようと一時期少し学んでただけだ」

 

 友人がいつも熱く語ってる事柄が頭に残ったので、話を合わせるためそれを学ぼうとしたが挫折したという、親友のヲタ話に合わせようとしてダメだった一般人みたいな過去が彼にもあった。

 彼はソシャゲオタク。ユーノは考古学マニア。

 互いに趣味の話をすると、ユーノの方が遥かに濃度が高くなるのは必然であった。

 

「この塀は、遺跡よりずっと後に作られたものです。

 せいぜい千年前に作られたものである、と学者さんが結論を出しています」

 

(千年前の建築物が霞むほどの昔、その時代に作られた遺跡、ですか……)

 

 アミタの声を聞きながら、シュテルは塀に手を添えてみる。

 

「この塀が作られた大昔の時代、その時既に遺跡は大昔の遺物だったそうです」

 

「この塀は遺跡を守るため、大昔の人が作ったものだってことねぇ。

 大昔の人には、この遺跡は理解不能の恐ろしいものだったんでしょう」

 

 姉妹に誘導されるまま、青年と青年を抱えるシュテルは塀に備え付けの扉の前に立っていた。

 

「扉……鍵穴があるってことは、開けるのに鍵が必要なのか」

 

「鍵ですか? 鍵なら(ここ)にありますよ」

 

「え?」

 

 なのだが、アミタは鍵付きの岩石の扉――おそらく魔法技術で閉じられている扉――に手をかけて、突如力任せにそれを押し始めた。

 

「ふんぎぎぎ……!」

 

「ちょっ」

 

 ガギャン、という扉から鳴ってはいけない音がする。

 扉が開いた。開いてしまった。

 青年とシュテルは「こんなので開いていいのか」と思考をシンクロさせる。

 よく見ると扉の継ぎ目には似たような痕跡がいくつもあって、アミタがこの扉をこの方法で開くのは、おそらく初めてではないのだろうということが伺えた。

 キリエが、身内の恥を見られたかのような顔をして俯いている。

 

「これが、人の心も含めたあらゆる扉を開ける鍵……気合いです!」

 

「お、おう……これは妹のキリエの方もアレだな、間違いない」

 

「そういうのは普通思ってても口に出さなくない!?

 私はこんなんじゃないわよ! 私はもっとスマートでクールなキャラ!」

 

「お前はファッションクールだ」

 

「ファッションクール!?」

 

 キリエが怒って、シュテルが抱えていた青年をぶん取って振り回す。

 一通り青年が振り回された後、シュテルはキリエに持ち上げられたままの青年の袖を指で摘んでちょいちょいと引き、無表情なまま自分の顔を指差した。

 

「マスター、暇潰しに他人を弄るなら、もっと私を弄ってもいいんですよ?」

 

「お前は着飾らなくていい、ありのままでいい。

 そういう名前を付けたのはオレだからな。

 お前はファッションじゃないクールだし別にいいんだ」

 

「マスター……」

 

「あっれー? キリエちゃん、凄くやるせない気持ちなんだけど」

 

「大丈夫ですよキリエ!

 キリエのファッションセンスは私より優れています! それは誇っていいことですよ!」

 

「うん、ズレてるアミタは黙ってようね!」

 

 キリエは青年を空に投げ捨て、飛び上がったシュテルがそれを空中でキャッチ、そのままゆったりと二人揃って前に飛んで行く。

 だがその先で、遺跡があると聞いていたその場所で、二人は動きをピタリと止めた。

 

「……マスター」

 

「うっ、わ。……まーたお前か」

 

 二人の表情が一気に苦々しい物へと変わり、追いついてきたアミタが不思議そうに問いかける。

 

「『これ』のこと、お二人はご存知なんですか?」

 

 アミタは遺跡を指差した。

 キリエとアミタには、それが遺跡に見えた。

 青年とシュテルには、それが"壊れた巨大ロボの一部"に見えた。

 

「時空間の崩壊現象、ってのは聞いてた。

 ロストロギア案件だ、とはオレも言った。

 ここが未来の異世界や平行世界なら、オレ達の世界には既に無いものもあるだろう」

 

 随分と前に、課金王としての彼がマネシウム光線で破壊したロボの一部に見えた。

 

「だけど、なんでよりにもよってここにあるんだよ、『スルト』……」

 

 闇の書の闇。

 砕け得ぬ闇。

 死蝕。

 そして、スルト。

 

 どうやらこの星は、滅亡要素のタイムセールが既に始まっているようだった。

 

 

 




 ゲームだとこのフローリアン姉妹は、過去に飛んでそれぞれの目的のために衝突する姉妹です。
 GODによるとフローリアン姉妹が使用した・している時間操作技術はオーパーツの解析で得られたオーバーテクノロジーだそうで、おそらく遺跡から発掘されたもの。
 この作品のスルトという超弩級古代ロボットは、『遺跡だと思っていたものが実は巨大ロボだった』という個人的に好きな設定のために生み出されたものだったりします。

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