課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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課金(バディ)は相棒。信じて命預けるべし


課金ライダーW「ノー課金ズ・パーフェクト。課金しないアカウントは完全ではない」

 朝起きて、まずすることは溜まった行動力の消費。

 彼がこの世界にきて三日目。相も変わらず、彼はソシャゲ厨として生きていた。

 今日中にはフローリアン研究所に到着すると聞いていたので、彼は顔を洗い、フリーザ軍の移動機械みたいなギアーズに拠点内を運搬してもらう。

 

「粥の方がいいのか……?

 だが、あやつもそんな食事ばかりでは辛かろう。

 消化のいいもの……うどんらしいものでも作ってみるとするか」

 

 台所でぶつぶつ呟いているディアーチェを見かけたが、邪魔をしてはいけないだろうと思い彼はスルー。

 話しかけても「貴様! 今のを聞いていたのか!」と怒られるのがオチである。

 彼はふらふらと移動を始め、その内かすかな物音が聞こえた方向に、特に何の目的もなく向かって行った。

 

「トレーニングルームか」

 

 好奇心だけを理由に、青年は部屋の中を覗き込む。

 いくつかの部屋で構成され、いくつかの入口があるトレーニングルームの中では、キリエが剣を振っていた。

 誰よりも早く起きて、誰にも気付かれない時間に鍛錬をしているらしい。

 

(……真面目だなあ)

 

 そのくせ、他の人にバレたら「なんのことかしらぁ?」と彼女はすっとぼけるのだろう。

 泥臭く努力をしているだなどと、キリエは他の人に知られたくないのだ。

 自分のキャラ的に、頑張っちゃってる姿を見せるわけにはいかないと思っているからである。

 それは、「え? お前テスト勉強頑張ったの? かーっ、俺全然勉強してねえわー。これテストの結果も終わってるわー」と謎の努力してないアピールをする学生のそれに近い。

 

 キリエは本質的に真面目な努力家で、諦めないことや誠実に生きることを尊ぶ人間であるのだが、見ていて背中が痒くなるこじらせ方をしていた。

 

(あ、アミタが来た)

 

 そこに、青年が覗いていた入り口とは別の入り口から、アミタが入って来る。

 ……家族には、キリエの努力も、努力してないよアピールも、全てお見通しのようだ。

 ファッション天才を演じるキリエも、家族の前では取り繕えないのだろう。

 キリエはしぶしぶと、アミタはニコニコして、模擬戦の構えを取った。

 

「今日の勝利は私が貰うわよん?」

 

「なんのぉ! 今日の私は一味違いますよ!」

 

 姉妹の戦闘スタイルはほぼ同じだ。

 二丁銃、双剣、合体して両手剣といくつもの形態を取る可変銃・ヴァリアントザッパーという装備も共通。身体スペックも極端な差はない。

 ただ、二人は得意分野だけが違った。

 

 アミタはその場その場での直感的判断が異様に上手い。

 戦闘センスも妹より格段に高く、感覚的に距離を調整しての射撃戦、高スピード戦闘での反射的な攻防、格上に対する粘り強さがアミタの強みだ。

 鍛錬の量と生来の戦闘センスが綺麗に融合している、と言ってもいい。

 そのため、彼女は接近戦より不確定要素が絡みやすい中距離高速射撃戦を得意とする。

 

 キリエは策を練ってから戦うこと、戦いの中で駆け引きを行うのが上手い。

 ここをこう攻めてここの防御を空け、そこにあれこれと攻撃を叩き込む……といった理論的思考が、どの動きにも見られるのだ。

 彼女は頭脳派であり、感覚に頼らず練習量と理論だけで強さを組み立てるタイプであり、勝つためならどんな罠もどんな手段も使える策士だ。

 そのため、彼女は日頃の練習量の差が出やすい接近戦での駆け引き勝負を得意とする。

 

(二人とも、全距離対応型だが……珍しいタイプではあるな。

 反射神経や戦闘センスが優れてるやつは接近戦が得意。

 頭のいいやつは遠距離戦が得意。

 そういうのが、オーソドックスなもんなんだが……それが、逆か)

 

 例えるならば、キリエがティアナタイプ、アミタがスバルタイプなのだ。

 戦闘者としての才覚、及び勝負強さで言えば間違いなく姉が勝っている。

 だが、練習量と機体性能では妹が勝っている。

 平常時での勝率は妹が勝り、大一番での勝率では姉が勝る。そういう力関係のようだった。

 

「今日も私が勝つわよ、アミタ!」

 

「なんのぉ! お姉ちゃんの強さを見せてあげます!」

 

 模擬戦は順当に練習量で勝るキリエが優勢のようだ。

 だが何故か、大一番では姉の方がいつも勝っていそうな印象を受ける。

 人を見る目がある人間ならば、この姉妹に対してはだいたい同じ印象を持つだろう。

 

「貴様ら、ここに固まっておったか。朝食の時間だぞ」

 

「お疲れ様、ディアーチェ」

 

「フン。この程度で疲れるようなやわな我ではないわ」

 

 デフォルメされた猫が描かれた可愛いエプロンと、傲岸不遜な表情のミスマッチが凄まじいディアーチェが現れ、彼を食卓に連れて行こうとする。

 そのさなか、彼はふと思い付いたことを口にした。

 

「ああ、そうだ。ディアーチェのメモリにあったらでいいんだけどさ」

 

「なんだ」

 

「"死蝕の本当の名称"って、データに残ってるか?」

 

 青年は、そんなことを、何気なく彼女に問うていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇怪生物の世界を抜けて、自然蒸発で鉄さえ溶かす有害気体を発生させる川を越え、生物を捕食しようと能動的に蠢く小山を飛び越え、彼らはとうとうギアーズの本拠……フローリアン研究所に辿り着いていた。

 

「うわ、デカっ!」

 

「デカい! 素晴らしいなこれは!

 おい貴様、我もこれが欲しいぞ! ガチャで出せガチャで!」

 

「無茶言うな! 暴君か!」

 

 とても大きな建造物と、それに接続されている研究所。

 予想以上に、フローリアン研究所は大きかった。

 初見の二人は驚き、首が痛くなりそうな角度で研究所を見上げている。

 

「昔はこの研究所も、こんなに大きくなかったんですよ」

 

「そうなのか?」

 

「博士がねー、故障で破棄された移民船を買い取っちゃったのよ。

 信じられる? 移民船よ? 10万人入れるやつよ?

 で、修理して、強化して、地面の下に埋めて……

 その上に研究所乗っけて、いざという時の避難施設にしたの」

 

「スケールでけえ……」

 

「で、その後

 『あ、十万人収容できても十万人分の水と食料まかなうあてがない……』

 って言ってたわ」

 

「天然かぁ! 貴様らといいフローリアンはそんなのばかりか!」

 

 どうやら、研究所そのものは小さいらしい。

 これはあくまで、シェルターとしても使えるようにと入手した船の大きさであるようだ。

 星一つを救おうとする男の研究所だ。

 これくらいのスケールはなければならないのかもしれない。

 

「いい? 博士は重病人なの。失礼のないようにね……特にそこの痴漢」

 

 研究所に入ってから、彼女らはまた少しばかり長い廊下と階段を進む。アミタとキリエは、エレベーターなどを他の人に譲るため、普段から使っていないようだ。

 

「痴漢言うなや。って、病人?

 そういやここに来るまでの間に、こっそり一人病人治してたんだよな」

 

「はいぃ? もー、目を離した隙にまーた勝手な行動取ってぇ」

 

「人助けだ人助け。許してくれ」

「キリエよ。病人を見捨てる凡俗など我の配下には要らん。

 こやつは我の臣下として、我の臣下に恥じない振る舞いをしただけよ」

 

「あーはいはい。分かってる分かってる」

 

「その博士とやらに会わせてもらえば、オレが治せるかもしれんぜ?」

 

「あー無理無理。私達がいったい何年治療法探してると……」

 

 キリエが、博士の研究室のドアを開ける。

 

 

 

「あ、キリエとアミタじゃないか。おかえり。

 幸運に恵まれてさっき私の体が治ってね!

 ちょっと久しぶりに腕立て伏せでもしようかと思ったんだ」

 

 

 

 そこには、久方ぶりの健康な体にハッスルしながら、特に意味もなく腕立てをするおっさんが居た。

 

「治ってるッー!?」

 

「あ、さっきオレが治した人」

「うむ、さっき貴様が治した男だな」

 

 この人こそフローリアン姉妹の生みの親にして、今この星の救済に最も近い場所に居る男。

 そして、この星の救いようの無さを最も理解している研究者。

 『グランツ・フローリアン』である。

 

 彼は死病に侵され、エルトリアの優れた科学でも助からないと明言されていた重病人だったのだが……科学の力を超えた金の力により、健康な体を取り戻していた。

 

「いやあ、プレシアさんといいグランツさんといい病人は強敵っすわぁ」

 

「この男……! 何故素直に感謝しにくい空気をわざわざ作るの……!?」

 

「あ、キリエ。私は大体分かってきましたよ。

 この人は他人に恩を着せるのが嫌いなんですよ、たぶん」

 

 大正解であった。

 この男は貸し借りの数も覚えていないような遠慮のない関係が好きだが、恩がどうのこうのという遠慮のある関係があまり好きではない。

 

「ありがとう。君のおかげで、私の命は助かったようだ」

 

「ありがとうございます! このアミティエ・フローリアン!

 父の命を助けて貰った恩は、必ずやこの身で返してみせますよ!」

 

「ありがとう! わたし今、初めてあなたに感謝してるわ!

 初めてちょっと好きになれそうとか思ってるくらいには感謝してる!」

 

「お気になさらず。だがキリエ、暗に今までずっと嫌いでしたとか言うのやめろ」

 

「おほほほほ、素直に感謝できる空気にしておかないあなたが悪いのよ」

 

 こういう空気が良いんでしょ、とキリエは目で伝える。

 お前やっぱファッション悪女だわ、と彼も目で返す。

 

「初めまして。私はグランツ・フローリアン、この子達の父親で、研究者をやっているよ」

 

「初めまして、かっちゃんとお呼び下さい。ソシャゲ管理局の局長をやっています」

 

「ほう、ソシャゲ管理局の」

 

(この自己紹介の流れに頭痛を覚えるのは我だけか……?)

 

 パッと見の肩書きだけだと青年の方が偉そうに見えるのが不思議だ。

 この二人が共に、世界のために戦うことも目的とした組織のトップであるという共通点があることも、この空間のヘンテコな空気に拍車をかける。

 グランツ博士はその空気に歯止めをかけるどころか、懐からすっとスマホを取り出し、その空気を加速させ始めた。

 

「昔はこの星も少しはマシだった。私も若い頃は、一人のランカーでね……」

 

「―――ッ!」

 

「狙ったランキング報酬を取り損ねたことなど、一度もないよ」

 

 彼はグランツ・フローリアン。ある並行世界では、課金厨達の金を巻き上げる美少女世界の基幹ゲームを作り上げたほどの男。ある意味では至高のソシャゲ適性を持つ男。

 彼もまた、平和な世界においては―――ソシャゲに手を伸ばす猛者の一人であった。

 

「異世界の、未来の、ソシャゲプレイヤー……!」

 

「そういう君は異世界の、過去の、ソシャゲプレイヤー……課金王」

 

 二人は手を伸ばし、固い握手を交わした。

 一流のソシャゲ厨は握手しただけで相手のソシャゲレベルを測る。

 相手の手の親指内側の皮の厚さや、スマホを固定する指の皮の厚さに触れることで、二人は互いが一流のソシャゲプレイヤーであることを理解した。

 

「会えて光栄だよ、課金王」

 

「こちらこそ。グランツ博士」

 

 二人は笑う。まるで、十年来の親友のように。

 

「お二人が仲良くできそうで、私も嬉しいです!」

 

「このド天然姉……!」

 

「……まあ、我が主は平常運転か」

 

 ソシャゲをする余裕すら、人々が失ってしまった世界。

 日々を生きるのに精一杯で、娯楽になんて手を伸ばせなくなってしまった世界。

 

 運命のように、二人は出会った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意気投合した二人であったが、ソシャゲの話は後回しだ。

 今は火急の件として、砕け得ぬ闇の話をしなければならない。

 グランツは娘達から事前に情報を受け取っていたようで、話を聞いても驚きは少なかったが、それでも相応に難しい顔をしていた。

 

「闇の書の負の遺産、砕け得ぬ闇……か」

 

 目下の問題は、次にユーリが出て来た時、最高クラスの力を持つアミタ・キリエ・ディアーチェの三人でかかったとしても、まるで勝ち目がないという点にあった。

 

「それにしても、どうしてこの世界で顕在化したんでしょうか」

 

「時間流の中で一回ぶち壊した覚えがあるんだよなあ、闇の書……

 その欠片の一つが時間の流れに乗って、未来のこの世界に偶然到達。

 この世界にあったスルトの一部と融合。

 んで、海鳴で本体の闇の書の闇が破壊された時点で活性化。

 闇の書の闇の欠片が集結する段階になって、空けられた時空の穴を通して共鳴……

 そして、集まりつつあった欠片が時空を超えてこの世界に集まって来た、んだと思う」

 

「より強い部品(パーツ)がある世界の方に集結しようとするなんて、ホントやーねえ」

 

 高町なのはとの一騎打ちで破壊された闇の書の欠片は、集結しながら未来の異世界へと移動し、大きな力を持つスルトの一部を取り込んだ。

 まるで、飴にたかるアリのように。

 そのせいか、砕け得ぬ闇の覚醒スピードはかなり速い。

 

「あのエネルギー量がおかしいのよ。何アレ。

 儚げで幼い女の子だと思ったら、あのエグい攻撃力は何?

 多少心理的な隙を継いても、魔力量でゴリ押しされちゃうし」

 

「あいつの中には永久機関エグザミアがあるからな。

 マテリアルとの連携なしだから安定はしないんだが」

 

「へー、エグザミア……え?」

 

 と、その時。

 キリエは彼の口からサラッと出て来た単語に、思わず耳を疑った。

 

「エグザミア!?」

 

「うおう、耳元で叫ぶな。常識知らずな奴め」

 

「あんたに常識のことでとやかく言われたくないわ! でもごめんなさい!」

 

 永遠結晶・エグザミア。

 ウーンズが作り上げ、人間としてのユーリを生贄にして組み込むことで、闇の書の基幹システムに無限の特定魔導力を注ぎ込む永久機関だ。

 シュテルが言及していた砕け得ぬ闇の凶悪な戦闘力は、その大部分がこの結晶に由来する。

 

「エグザミアはキリエが時間移動で確保しようとしていた秘宝の名前ですね。

 それがあればエルトリアが救えるかもしれない、とキリエが言っていた覚えがあります」

 

「へえ」

 

「どうしても、どうしても欲しかったの。

 博士が病気で死んでしまう前に、世界を救いたくて……

 不可能だって結論が出て、諦めてたけど……可能性が、出てきたかもしれない!」

 

「キリエ……王様、見てくれ! この優しい子が私の自慢の娘だよ!」

 

「知らんわ鬱陶しい」

 

 特にエグザミアに興味がなさそうなアミタ、それとは逆に興奮気味な様子を見せるキリエ。

 生返事を帰す青年に、親バカなグランツに、多少興味が出た顔をしているディアーチェ。

 それぞれのスタンスや目的が垣間見える一幕だった。

 

「つかお前、エグザミアが欲しかったのか。オレも一個持ってるからやろうか?」

 

「ウッソでしょ!?」

 

 青年が右のサイドポケットに手を突っ込むと、明らかに空間法則に反した大きさの宝石が掴み取られていた。

 その宝石こそが完成形第一種永久機関・永遠結晶エグザミア。青年が手を引っこ抜いた時にケース入りの爪切りや耳かき、百科事典や歯磨き粉のチューブなどが一緒に出て来て床に落ちた。

 青年がそれを拾い始め、アミタが善意でそれを手伝う。

 

「かっちゃんさんはポンと人に物をあげる人なんですね」

 

「使わなくなった3DSとかを近所の子にやるようなもんじゃないか? 普通だろ」

 

「あんたは普通の基準を母親の腹の中に置き忘れてきたの!?」

 

 青年が落としたものを再度ポットに戻し終えた時には、エグザミアはディアーチェの手の中にあった。

 

「この輝き、まさしく永遠結晶・エグザミアの光。

 貴様、これをどこで手に入れた?

 不世出の鬼才ウーンズ・エーベルヴァインが二つと作らなかった傑作のはずだが」

 

「昔ピックアップでキングストーンピックアップってのがあってさ。

 引いたのはいいけど、そのキングストーンとやらはオレには使えなかったんだ」

 

「ほう、キングストーンピックアップ」

 

「しかもボックスガチャ形式で、キングストーンは二つ揃えないといけないときた。

 酷えクソガチャだと思いながらも回して、二つ揃えたんだ。

 キングストーン・ブラックサン。

 キングストーン・シャドームーン。

 この二つを当てるためにどんだけ金がかかったことか……完璧趣味だったぜ」

 

 うんうん、と頷きながら青年は過去の想い出に思いを馳せる。

 

「で、当てた二つのキングストーンを近くに置いてたらぺかーっと光って何か融合。

 出来上がったのが永遠結晶エグザミアだった、って話だ。

 シュテルの強化くらいには使えると思ってたんだけどなあ……

 なんかオレの強化にも、マテリアルの強化にも使えないゴミだったんだ。

 ミッドの技術でも制御・出力すんのは無理って話だったし。

 だからオレが持ち歩いて、爪切りとか耳かきとかと一緒に小物入れにしまっておいたんだ」

 

「爪切り……耳かき……」

 

 ああ、さっき一緒に出てきたケース入りの爪切りや耳かきはそういうことだったんですね、と天然のアミタが納得する。

 キリエの手元のエグザミアからは、うっすら歯磨き粉の爽やかな匂いがした。

 

「釈然としない……なに、この、釈然としない感じ」

 

「まあ、我もその気持ちは分からんでもない」

 

 ディアーチェはエグザミアの魔導力を引き出そうと、小さな魔道式で何やらやっていたようだが、やがて諦めたようで、キリエにエグザミアを帰す。

 マテリアルとの関係を持っているのは、砕け得ぬ闇だ。エグザミアそのものではない。

 エグザミア単体をポンと渡されたとしても、マテリアルがそれをすぐさま使えるかというのは、別問題である。

 

 シュテルにしろ、ディアーチェにしろ、これは強化アイテムにはならないようだ。

 だが、キリエはこれを環境復旧のために使うつもりであったので、戦闘力の強化に繋がらなくても一向に構わなかった。

 

「と、とりあえず! これで星の復興にも目処が立ったわ!

 これで後は、砕け得ぬ闇と闇の書の闇とやらを倒すだけよ!」

 

「いや、もっと色々倒さないとダメだぞ、多分」

 

「……えっ?」

 

 後は砕け得ぬ闇を倒すだけ――なお、倒す方法は何も見つかっていない――と意気込むキリエだったが、青年がそこに水を差す。

 

「『死蝕』はちと面倒くさいぞ。あれもロストロギアなんだから」

 

「えっ」

 

 青年の突拍子もない発言に、キリエは今日何度目かも分からない思考停止を迎えた。

 驚く少女達とは対照的に、年長者として冷静さを保っていたグランツが、深刻そうな声色で青年に問いかける。

 

「ロストロギア……というと、あれは人造の現象であるということかい?」

 

「ですね」

 

 青年は、この『死蝕』というものについての情報を、他の者よりも少しだけ多く持っていた。

 

 彼の脳裏に、アミタの言葉が蘇る。

 

――――

 

「水と大地の腐敗現象―――『死蝕』。それが、病の名前です」

 

――――

 

 次いで、古代ベルカの時代にエレミアと交わした会話が蘇る。

 

――――

 

「腐る山、か」

 

「アルハザードの遺産の仕業だろうね。腐食という形で星を喰らう、星喰の毒……」

 

――――

 

 そして最後に、闇の書事件の時のリインフォースとの会話が蘇る。

 

――――

 

『あれは……"星喰い"!?』

 

「知っているのかリインフォース!」

 

『あれはかつて存在した、アルハザードの負の遺産を模した一撃だ!』

 

――――

 

 死蝕とは、自然現象ではない。

 エルトリアの科学者は「原因不明の星の病」「星の寿命」と解釈していたが、それも正しくはない。

 これは、人工の現象。

 人の手によって作られた、人工の災厄だ。

 

「死蝕―――またの名を、『星喰い』。

 古代ベルカの時代にも使われた対星兵器……生物兵器のロストロギアだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生物兵器。

 それは、未熟な文明であれば、使った国も使われた国も諸共に滅びる可能性がある、ある意味核兵器よりも危険な兵器群の総称である。

 

 アルハザードや古代ベルカの生物兵器は星一つ、世界一つを滅ぼすことが可能なものもいくつかあり、強大な力を持つベルカの王達が居なければ、当時の人間は絶滅していたかもしれないと言われるほどだ。

 歴史書によれば、覇王イングヴァルトの健闘により、ロストロギア級の生物兵器はそのほとんどが根絶されたと伝えられている。

 

 特にアルハザード製の生物兵器は強力で、起爆すると星を丸ごと包み込み、星の住人全てを課金厨に変えるウイルス兵器すらあったと言われている。

 地球においても、使った相手の国の人間全てをホモにするホモ爆弾が米国で提唱され、検討されるも開発はされなかったという歴史があることを考えれば、さほど不思議なことではないだろう。

 

 そんなアルハザードにて作られた生物兵器の一つが、『星喰い』。

 エルトリアにおいて、死蝕と呼ばれている生物兵器だ。

 

 このロストロギアは、古代ベルカにおいて「星を喰らう口」に例えられた。

 星を侵食し、水も大地も大気も腐らせ、生態系を汚染し取り込み、星の生命力を吸い上げて加速度的に拡大していく……これを、『捕食』以外のどんな言葉で表せばいいというのか。

 

 死蝕はあらゆる形で星を蝕む。

 最小単位であれば、世界そのものを徐々に毒化する素粒子。

 もう少し大きなものであれば、還元や酸化のような形でその世界の原子を略奪する原子。

 顕微鏡で見える大きさであれば、生物非生物問わず侵食する殺戮ウィルス。

 侵蝕が進めば、あらゆる動植物が死蝕の末端となる。

 

 たった一体の生命体が、千変万化にその姿と形を変え、多種多様な世界浸食作用を引き起こす。

 これでは、ロストロギアだなんて分かるはずがない。

 死蝕の正体を理解しないまま対処し、人が生きていける空間を作り上げたギアーズ達や博士の有能さが異常なだけで、普通は何がなんだか分からないままに星が滅びて当然の兵器(もの)だった。

 

「あの悪性進化した生物も、環境の悪化も、死蝕の一部……」

 

「星の生命力。

 抗う者の生命力。

 末端となった命の発する生命力。

 この星に生きる命のエネルギーを吸って、死蝕は広がる。

 オレも死蝕の劣化版しか見たことはないが……

 それでも、古代ベルカの優秀なやつが初期段階で始末する以外に対策はなかった」

 

「死蝕の爆発的な拡散って、そういう……拡散を食い止められないわけだわ」

 

 死蝕は流行り病(パンデミック)ではなく、生物災害(バイオハザード)であるということだ。

 

「あれがロストロギアであるというのなら、納得よのう。

 我は調べ、そして気付いた。おそらくシュテルも気付いていたであろう。

 死蝕。

 砕け得ぬ闇。

 闇の書の闇。

 スルト。

 異なるこれらが融合し、一つの巨大なロストロギアとなりつつあることに」

 

「全てが、一つに……?」

 

 エルトリアに存在する複数の脅威は今、一つの極大脅威へと変わりつつある。

 

「星喰い……死蝕は、星一つ食い潰せば本来そこで終わりだ。

 拡大範囲は製作段階でかなり限定されてる。

 無限に広がるようにすると、対象世界だけじゃなく使った世界まで滅びるからな」

 

「それは、確かに」

 

「だが、今生まれつつある融合ロストロギアは違う。

 一つの星を滅ぼせば、別の世界、別の時間に行く。

 死蝕同様、物理的に倒す手段はほぼ存在しない。

 過去現在未来全ての平行世界を跳び回り、加速度的に世界を滅ぼし続ける。

 人の形を取ったとしても、その強さはおそらく砕け得ぬ闇以上だ。

 世界ごと次元断層で消せば倒せる可能性もあるが……転生機能を持ってないとも言い切れない」

 

「控え目に言って、悪夢だね」

 

 "脅威の重ね合わせ"が最悪の状況を招くのは、先日のスカリエッティを見れば分かるだろう。

 戦闘機人の基礎スペックに、エクリプスの病化特性が加わり、ジュエルシード爆弾まで持っていたスカリエッティは、尋常な手段では対処不可能な強敵であった。

 

「この世界の存亡がかかっているのは大前提だ。

 最悪、過去・現在・未来の次元世界全てが消えるまであれは止まらない。

 史上最悪の厄災の誕生を阻止できるのは、この時代、この場所だけだ」

 

 倒すべき敵を倒し、その向こうのユーリを救い出し、史上最悪の融合ロストロギアの誕生を阻止しなければ、全ては無に帰すだろう。

 話を聞きながら考え込んでいたアミタは、ふと思い出したことをそのまま口に出していた。

 

「まるで、『玩具箱の御伽噺』みたいですね」

 

「玩具箱の御伽噺? なんだそれは。我にも分かるよう説明せんか」

 

「エルトリアの御伽噺ですよ。私やアミタはそれを絵本で読んで育ったんです」

 

 それは、ある不思議な玩具箱を巡る物語。

 御伽噺の主人公は少年と少女であり、二人が世界を終わらせる災厄に挑む物語。

 この世界ではありふれた物語の一つだ。

 

「物語自体は、王道のボーイミーツガールですね。

 少年と少女が出会って、世界を滅ぼす災害に立ち向かう物語です」

 

 兵器は、災害は、怪物は……時に、神話や物語を引喩(アリュージョン)して名前を付けられる。

 

 

 

「時を越え、時を滅ぼし、全ての世界に広がる災厄―――名前は、『ヒドゥン』」

 

 

 

 アミタは感性の少女だ。彼女は融合体ロストロギアの脅威を聞き、思い出したことをそのまま口にしただけだったが、そのフレーズはこの場の皆の頭の中にすっと入っていく。

 

「ヒドゥン、か。呼称に使うにはピッタリかもしれないね」

 

 闇の書という名の災害でもなく。

 砕け得ぬ闇という災厄でもなく。

 ウーンズという人災でもなく。

 死蝕という終わりでもなく。

 スルトという暴走兵器でもない。

 

 全てが混ざり合った、全ての次元世界の過去と未来をリセットしかねない極大災厄―――ゆえにそれは、彼らにヒドゥンという呼称を与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒドゥンは、砕け得ぬ闇の狂わされた意志に沿い、世界を喰らう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らがフローリアン研究所に到着してから数日後。

 砕け得ぬ闇対策を模索していた彼らの下に、誕生しつつあるヒドゥンからの挑戦状が叩きつけられた。

 

「! 来たか」

 

 研究所に鳴り響くアラート。

 哨戒に出ていたギアーズが異常を感知したという知らせだ。

 青年は運搬用ギアーズに運んでもらい、皆が集まっているであろうブリーフィングルームへと向かう。

 彼が到着した時には、彼以外の主要人物は既に全員揃っていた。

 

「貴様が一番最後であるぞ、この愚鈍が」

 

「すまん」

 

「そんなことより見てください、あれ!」

 

 構ってちゃんのごとく青年を罵倒しにかかるディアーチェの会話を遮り、アミタが大型モニターに映し出された風景を指差す。

 

 それは、死蝕の森から生え、空を撫でる巨大な『魄翼』だった。

 

「なんて大きな、魄翼……!」

 

 グランツはアミタの出した映像を元に、魄翼が引き起こしている現象を数値化し、モニターに出した。

 

「死触活性度、急速に上昇。

 あの魄翼のせいにしろ、そうじゃないにしろ、これは不味いかな」

 

 死蝕の活性化。

 

「異常はここだけじゃない。人類最後の生存圏が……」

 

 そして、最後にたった一つ残された街に群がる、悪性進化した生物の群れ。

 

「あらぁん? これもしかして、人類への総攻撃ってやつじゃない?」

 

「もしかしなくてもそうであろう。見れば分かる」

 

 魄翼の映っている画面、死蝕の活性度を移す画面の他に、最後の街に群がる悪性生物が地図の上に表示された画面が現れる。

 地図の上に敵が赤い点で表示され、部屋の皆が絶句した。

 

 大きな地図の上に、バケツで赤い水をぶちまけた光景を想像してみればいい。

 画面に映る赤い光は、そういうペースで画面を埋め尽くさんとしていた。

 

「博士、レーダー感知範囲をもっと広げて下さい!」

 

「わ、わかった!」

 

 画面がズーム・アウトされる。

 一つの地区が丸ごと、無数の赤い点に飲み込まれていた。

 更にズーム・アウトされる。

 一つの国が丸ごと、無数の赤い点に飲み込まれていた。

 更にズーム・アウトされる。

 一つの大陸が丸ごと、無数の赤い点に飲み込まれていた。

 世界を席巻する死蝕が、最後に残された人類を狙い一直線に集まって来る。

 

 まるで、ユーリの赤色が、人の世界を飲み込んでいくかのような光景だった。

 

「……これは、殲滅は無理だな」

 

 この時点で、敵の全てを打倒し、人類最後の生存圏を守るという選択肢と可能性は、消え失せていた。

 

「全ギアーズ緊急招集! これより、最重要ミッションを発令する!」

 

 グランツが声を張り上げる。

 

「目的は最後に残された人類の救出! そして保護だ!」

 

「「 はいっ! 」」

 

 博士の声に、アミタとキリエが駆け出した。

 同時に、星の全域に散らばっていた環境復旧機械群の全てが集結を開始した。

 全てはこの星に生きる、最後の人類を守るために。

 

 グランツは自分の命令で動く全てを動員し、そして眼前の二人に頭を下げる。

 

「すまない。

 本来この世界の住人でない君達に、こんな危険なことを頼むのは心苦しいが……

 この世界を救う戦いに、協力して欲しい」

 

 課金の王と闇を統べる王。

 ギアーズを除けば、この世界で戦う力を持つたった二人の魔道の戦士。

 二人に戦う義務は無い。けれども、二人の力は欠かせない。

 ゆえに博士は頭を深々と下げていた。

 

「だって、さ。ディアーチェ」

 

「何を白々しい。貴様の答えなど決まりきっているであろうに」

 

「そういうディアーチェこそ」

 

 二人は互いを見ないまま、互いの肘を軽くぶつけ合う。

 青年の右肘、ディアーチェの左肘がぶつかって、軽くこつんと音が鳴った。

 

「主としてお前に命ずる。世界を救ってこい、ディアーチェ」

「王として貴様に命ずる。世界を救ってこい、我が臣下よ」

 

 二人揃って肩を竦めて、ニッと笑って博士に応える。

 

「命令なんで、精一杯やらせていただきます」

「命令だ。仕方ない、死力を尽くしてやろうぞ」

 

「……感謝する!」

 

 ディアーチェがバリアジャケットを纏って駆け出し、運搬用ギアーズに運ばれる青年がその後に続く。

 黒翼広げる王の後に続きながら、青年はこほっ、と、誰にも気付かれない形でむせこんだ。

 口元を抑えた彼の手には、黒い血が多量に付着している。

 

「……いい加減、オレも限界だな」

 

 体内の闇の欠片の暴走に耐えながらあと一回戦闘を行えば、それで終わり。それで限界。

 

 この戦いで全てを決めなければ、彼に『次』はもう無い。

 

 そのくらいに、彼の体も終わっていた。

 

 

 




100%ユーリちゃんは常に二つのキングストーンをフル稼働させています。相乗効果で両方とも出力アップ状態です

災厄としてヒドゥンという名前を出したくて時間が云々の設定をプロットに組み込んだ半年以上前の遠いあの日。この章以外での死蝕に関する描写の場所は、Ks編が"重なる手、重なる心、重なる力。重なるあれこれ"で、古代ベルカ編が"絶望! モラルハザード四天王の襲撃!(前編)"です

 STS編「昔の君と今の君」での
>ただ自分の国を大きくしたいというだけの理由で戦争を仕掛け、敵対勢力の星に星ごと殺す細菌兵器を撃ち、平気で虐殺を行う国すらあった。
 は匂わせる程度のものなので伏線と言うには微妙……?

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