課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです   作:ルシエド

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ソシャゲで好きなキャラで勝ちたいという人が居ます
好きなキャラで勝ちたいから強化しろと言う人が居ます
でも一番手軽なのは勝てるキャラを好きになることです

かっちゃんはそういうこと絶対しませんけどね!


かっちゃん、サラリー・借リントンの偽名で大統領選に出馬。得票数ゼロで落選した模様

『娘を、どうか頼むよ』

 

 研究所で製造された、大量の人間を一気に運べる線路要らずの列車の中で、青年は通信機越しにそんな頼みをされていた。

 頼んだのはグランツ・フローリアン。

 彼の言葉には、親馬鹿の一言で片付けてはいけない響きがあった。

 

「なんですか、藪から棒に。よろしくされるのはオレの方ですよ」

 

 強化魔法においては現代魔導師の中でも指折り――消費金額にさえ目を瞑ればだが――の魔導師になったとはいえ、一人では歩けないレベルにまで衰弱した彼に頼むことではない。

 彼が彼女らを守る確率より、その逆の形になる確率の方が遥かに高いだろう。

 

『エルトリアには"本質的に、可能性とは人に宿るもの"という格言があってね』

 

「どういう意味で?」

 

『AIが、人と等しくなる日が来ても。

 機械が、人と等しくなる日が来ても。

 プログラムが、人と等しくなる日が来ても。

 人にしか宿らないものはある……と主張していた人が居た。そういう話さ』

 

 "人間の可能性"とやらは、いつの時代も人が無意識下で信じているものだ。

 それが人造物にも模倣できるか、できないかは、永遠の命題である。

 

『今この世界で"戦える人間"は君だけだ。

 気付いているかい?

 この世界で君と共に戦う者達が、皆本質的には人間でないことに』

 

「……ああ、成る程」

 

 戦う人間の叫びこそが、奇跡に手を届かせるならば。

 グランツの余命宣告がトドメとなり、戦う人間が居なくなったこの世界に、滅びの運命が定められていたのは当然だったのかもしれない。

 無論それは、人にしかない可能性とやらが本当にあるという仮定での話だが。

 

『私の愛する娘達は、そこを気にしすぎていてね。

 人間を守るためなら壊れても構わない、と思っているフシがある。だから……』

 

「人間のオレにしか頼めない、と」

 

『ああ』

 

 人にしかない可能性というものが有るにしろ無いにしろ、人にしかできないことはある。

 例えば、人を守るという使命を常に心に秘めている姉妹に気を使い、やらかさないように気を付けること、などだ。

 これは守られる立場の人間にしかできないことも多いだろう。

 

「やだもう、急な出撃になったからお化粧ほとんどできなかったわ。

 ああ、キリエちゃんの美貌がこんなにも損なわれてしまうなんて、ショックー」

 

「こらキリエ、真面目にやりなさい!」

 

「えー、わたしは不真面目に見えていつだって真面目よ~?

 女の子は着飾る時、誰よりも真面目になるものなんだから」

 

「いえ、そうじゃなくてですね」

 

「ああ、ごめんなさい要救助者の皆様方。

 皆の注目を受けるだろうけど、目の保養にならなくてごめんなさい。

 今日の私は私らしくもなく、ネイルにも睫毛にも気を使ってないの……!」

 

「……大丈夫ですよ、キリエ」

 

「はい? どしたのアミタ、会話の流れが一気に飛んだわよ?」

 

「大丈夫です。だから、私達は精一杯頑張りましょう!」

 

「……もー、意味分かんない」

 

 キリエは一見柔軟で器用に生きているように見えるが、それはうわべだけだ。

 このタイミングでキリエの口数が増えているのは、真面目で責任感が強い彼女が、喋ることで大きな不安を誤魔化しているということに他ならない。

 『本来の自分』とかけ離れた者を演じるということは、自分に対する自信の無さの表れであり、同時に"本来の自分にはできないことをしようとする"強い意志の顕れでもある。

 

 アミタは一見バカっぽいが、彼女は地に足がついている。

 自分は自分だとしっかり意識していて、飾らない自分のままで居ればいいと知っていて、揺らがない自分を持っているからだ。

 妹は姉のバカっぽさに呆れているようだが、その実この二人の関係性は、どっしりと安定した心を持っている姉の存在が前提になっている。

 

 その馬鹿っぽさを小馬鹿にしつつ、姉の良さをよく知っていて、姉に寄りかかる妹。妹の表面上の演技を全く気にせず、妹の本質をちゃんと見抜いて、芯の強い心で妹を支える姉。

 二人は、そういう関係性で成り立つ姉妹だった。

 

「グランツ博士。ソシャゲも人生も、一人に頼めば上手く行くものじゃないでしょう」

 

『……』

 

「あの二人は、そうそう変なことにはなりませんよ。

 もちろん、オレやディアーチェも気を使いますけども」

 

「我の了承も得ず我を勝手に数に含めるとは、豪胆な奴め」

 

 青年は姉妹に対する人物評を頭の中に思い浮かべる。キリエは追い詰めるとやらかすタイプだが、アミタはそのストッパーになれる少女だ。

 不安がる博士と、言葉を選ぶ青年の会話に、ディアーチェが加わる。

 ディアーチェは運搬用ギアーズに乗ったままの青年の襟を掴み、ぐいっと顔近くまで引き寄せ、通信機の向こうのグランツに偉そうな笑みを向けた。

 

「心配なぞ要らん。父が思うより早く、子は成長するものだ」

 

『……そういうものかな?』

 

「この男は我のもの。

 砕け得ぬ闇も我のもの。

 あの二人も我の手足よ。

 なればこそ、それを害するものは我の敵だ。尽く討ち滅ぼしてみせようぞ」

 

 『これ』も、『それ』も、『我のもの』だと恥じることなく彼女は言った。

 堂々と、傲岸不遜に、自信満々に彼女は在る。

 

 やがて列車で移動する彼らの視界に、人類最後の生存圏である巨大なドームと、そこに群がる凶暴な生物達の群れが見えてきた。

 レーダーも魔力探知ももはや機能していない。

 瓶の中にみっちりと詰めた砂のように、ぎっしりと密集している生物達のせいで、レーダー波や魔力波が途中までしか届いていないのだ。

 それを見て、ディアーチェは不遜に笑う。

 この状況でも笑ってみせる。

 

「安心して見ているがいい、グランツ・フローリアン。

 我を差し置いて世界に暗黒をもたらすなど、百年早いと教えてくれる!」

 

 そして、手にした十字杖(エルシニアクロイツ)より魔法を放つ。

 

「道を開けよ、塵芥以下の有象無象! 放てや黒蛇、ヨルムンガルドッ!」

 

 放たれた魔法は、うねるように曲がり進む黒蛇の砲撃。

 十二分に溜め込まれた魔力は敵を焼き、引き裂き、吹き飛ばし、破壊の嵐となって彼らの道を切り開いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ディアーチェの切り開いた道から、彼らを乗せた救援列車は一気に突入。

 数秒だけ開放された入り口から突っ込み、人類最後の生存圏である巨大なドームの中に入り、人々に助けに来たことを告げた。

 後は人々を列車に乗せ、帰りもまたディアーチェの魔法で道を開き、フローリアン研究所まで連れて行くだけだ。

 

 だが、助けに来たアミタ達の表情は芳しくなかった。

 

 彼女ら四人は避難誘導を人型でないギアーズ達に任せ、高層建築の上から俯瞰するように人々を見渡し、その様子に顔を顰める。

 青年は見慣れたものを見るように苦笑していて、ディアーチェは軽蔑の表情を時折混じらせることもあったが、キリエとアミタはただただ悲しそうだった。

 

「ああ、もう終わったんだな……」

「なんかもう、疲れたよ」

「予言じゃ! 予言の通りじゃ!

 あの日落ちて来た水色の流星は星の終わりの前兆だったんじゃ!」

「ああ、あの赤い翼……あれが、死蝕だったのか……」

「……この紫の空が、人生最後に見るもんだなんてなあ……」

「うひゃひゃ、足掻かず死くらい受け入れちまおうぜぇ」

 

 諦めた人。

 人生を投げた人。

 終末論者。

 気狂い。

 疲れ果てた人。

 泣いている人。

 挫け、折れた人。

 終わる直前の世界に相応しい、戦う意志の全てを失った人々が、そこに居た。

 

 新天地に踏み出す気概を見せた人間は、とっくの昔に星の外に出て行った。

 人を守ると決意した人達は、既に虫と獣の腹の中。

 星を救おうと頑張っていた研究者達も、グランツ博士と同じように、調査の過程で死蝕に蝕まれ次々と命を落としていった。

 戦う意志、立ち向かう意志を持っていた人間から、死んでいくのは当然で。

 

 死にたくないから逃げる。

 でも生きる気力が無い。

 今この世界に残っている人達は、そんな人達ばかりだった。

 

「もうちょっと生きるために頑張ってくれればいいのに、って顔してるな」

 

「……いえ、そんなことは」

「……わたし達、そんな顔してた?」

 

 アミタとキリエは。こういった光景を何度も見てきたのだろう。

 その表情に驚きはなく、怒りや苛立ちも見えず、あるのはただ悲しみだけだ。

 人と世界のために作られたギアーズだからこそ、やるせない気持ちにもなる。

 人が人らしく生きるのをやめた醜態の光景。

 ギアーズが人の世界を守れていないという証明の光景。

 全員が諦めたわけではなく、中にはまだガッツのある人間も居るには居るが……それでもやはり、大半の人間は抗う意志を失ってしまっていた。

 

 姉妹を見て、ディアーチェは手にした杖でコツンと床を打つ。

 

「貴様ら、愚民に何を求めておる」

 

「……王様」

 

「王とその臣下が、民の助けを求めるな。民に賢さなど求めるな。

 民とは愚かであって当然なのだ。愚かである権利があるのだからな」

 

 青年を一瞬だけ見たディアーチェと、青年の視線が合う。

 一瞬の視線交錯。ディアーチェはすぐに視線を戻し、更に語調を強め、姉妹への叱咤を続けた。

 

「そのための王よ。

 王は愚かな民の代わりに国を治め、民が愚かなままで居る権利を守る。

 民が愚かでは居られなくなるのは、王を捨てて民主制などというものを始めるからだ。

 全ての民に決定の権利と、王の見識を持つ義務を与える。それが民主制というものよ」

 

「……」

 

「権利という酒と義務という毒は表裏一体であろう?

 権利を欲しがり王を捨てた民は、やがて自分から求めた義務に喘ぐことになる。

 そしていつしか、愚かで居続ける権利がなんであったかすら忘れるのだ。

 民が困窮に喘いだ時、全ての決定と義務を丸投げする王というものはもう居ないのだから」

 

 闇王は全てを見下している。

 彼女の中で自分、臣下、民とは絶対的に別のものなのだ。

 だが、彼女は最初から全ての塵芥(ひとびと)を見下しているがために、人々の醜態を見ても落胆せず、人々の弱さを見ても失望はしない。

 

「だがあやつらは幸運だ。……今この世界には、強大な王が二人も居るのだからな!」

 

 彼女は王を名乗り、彼を王と呼び、今にも世界征服を始めそうな物言いで、声高に未来を語る。

 

「貴様らも誇るがいい!

 全てを丸投げされているこの状況をな!

 貴様らは今、この世界の未来を決定する権利を、あやつらから奪い取ったのだ!」

 

 その姿は、とても王らしかった。

 

「王様……」

「やだもう、ディアーチェちゃんカッコイイ……!」

 

「ちゃん付けで呼ぶな! たわけが!

 我と対等のこの男にさえそんなことは許しておらんのだぞ!」

 

「ディアーチェはいいこと言うなあ……と、ひたすら褒めてやりたいが」

 

 心臓の内側が、じくじくと痛む。

 命を削る小さな痛みが、彼に敵襲を知らせてくれていた。

 

「タイムリミットだ」

 

 人類最後の生存圏たる保護区のドーム、その一角が崩れ去る。

 合金製の壁を食い破り、1mサイズのネズミが大量になだれ込んで来た。

 その歯は合金さえも食い破り、口から漏れる唾液は腐敗臭がして、体表の毛皮には大小様々な寄生虫が死病を宿して跳び回っている。

 ネズミは人の肉の味を知っているらしく、人が集まっている場所に向かって――腐敗臭のする涎を垂らしながら――まっすぐ駆け出した。

 先陣を切ったのはネズミだが、ネズミの開けた穴から続々と別の生物達も流入を開始している。

 

 戦いの時間だ。

 アミタ、キリエ、ディアーチェの雰囲気が一瞬で変わる。

 

「この数相手に、ちまちま状況に合わせた課金は不可能か……!

 課金強化(エンチャント)起動(プラス)! 口座一式全投入(マネーマダンテ)

 『全能力強化』!『効果時間延長』!『段階的発動』!」

 

 青年は出し惜しみせず、二つしか残っていない口座の一つを丸々課金の力に変えた。

 指定した時間間隔で発動する、長時間維持される強化魔法が、彼と共に戦う三人の全能力を瞬時に高みへと引き上げる。

 四人は高所から、我が身も顧みずに飛び降りた。

 

「ひ、ひいっ!」

 

 だが、ネズミのほうが早い。

 避難していた一人の男性に、戦闘を走り一匹のネズミの牙が迫り来る。

 

「キリエ!」

 

「はいさっ!」

 

 されど、そうは問屋が卸さない。

 アミタの声にキリエが応え、キリエは空中で合体させたヴァリアントザッパーをフルスイング。アミタはキリエが振るった両手剣を足場とし、空中で下向きに跳躍した。

 弾丸の如きスピードで落下したアミタは、猫のようにしなやかな身のこなしで着地し、着地するなり剣閃一閃。男性に牙を突き立てようとしていたネズミを、一刀両断する。

 

 アミタは人々と怪物の群れの間に立ち塞がり、絶望に抗う勇者のように声を張り上げた。

 

「諦めないで!」

 

 立ち向かうアミタの前に、無数の怪物で出来た壁が迫り来る。

 その光景を見て、人々は浮き足立つ。

 だがアミタが声を張り上げれば、浮足立った彼らの心に何かが伝わる。

 洪水のようになだれ込んで来る怪物の群れを見たアミタは、その向こうに、絶対的な強さを持つ砕け得ぬ闇の姿を幻視した。

 

「万に一つの勝ち目もなくても!

 一万と一回挑めば、きっと勝てます!

 諦めずに一億回挑めば、必ず勝てます!

 今勝てなくても、今日逃げて明日戦えば勝てることもあります!」

 

 アミタは撃つ。

 ひたすらに撃つ。

 気合と根性で限界突破した弾幕は、ネズミの開けた穴からなだれ込んで来た怪物の洪水を、たった一人で押し留めるという奇跡を成していた。

 

「折れない気持ちがあれば、命尽きるまでは戦える! 挑み続けられる!」

 

 アミタの声を後押しするように、空からキリエの砲撃、ディアーチェの広域殲滅魔法、青年の課金砲(10万円相当)が降り注ぐ。

 人を守る守護者達がここに居る限り、畜生が人を食らうことなどありえない。

 

「だから、皆……諦めないでッ!」

 

 アミタの熱い言葉に、何かを感じる者達が居た。

 

「わたし達がついてる! あなた達は死なない! 安心しなさい! ……ねっ?」

 

 建物を足場にして縦横無尽に跳び回り、空を舞う悪性生物達をメッタ斬りにしながらも、返り血一つ付いていないキリエ。

 そんな彼女が淫らな口調や所作を演じると、ウブな男性が少し頬を赤らめつつ、避難列車に乗り込んでいく。

 

「物語においては、魔を討つのは王に命ぜられた勇者と相場が決まってるもんだけど」

 

 そして、前衛二人が害悪生物達を駆除する中、後衛の二人が並び立つ。

 

「王が二人、勇者も二人、ってのはRPG的で正直好きなシチュっすわ」

 

「ならば王たる資格を見せるがいい。貴様もな!」

 

 強化された広域攻撃が、続々と来る敵を片っ端から薙ぎ払って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十分後。

 最後の一人が列車に乗せられたのを見て、ディアーチェは息を切らしながらドームを囲んでいる敵に大威力の砲撃を打ち込んで、列車が通れる道を空ける。

 

「退路確保! 出発させろ!」

 

『了解しました。列車を発射させます』

 

 列車の操作を行っている非人体型ギアーズが、ディアーチェの命令を受けて列車を発車させる。

 危険生物達の一部が列車を追うが、どうやら追いつけないようだ。

 列車はあっという間に危険域を脱出し、後にはドームを囲む危険生物の群れと、ドームの中で一息ついた青年達のみが残される。

 

「これで最後か。残りは居ないな?」

 

「はい、王様! これで全員逃がし終えました!」

 

 ギアーズの二人も、マテリアルのディアーチェも、消耗は少ないようだ。

 補助魔法の効果があったとはいえ、元々タフな者達なのだろう。

 仲間の強化しかしていない青年が一番消耗しているように見えるくらいだ。

 

「……よし、なら、逃げるぞ。ヤバい……」

 

「ちょ、ちょっと大丈夫? ヤバいくらい顔色悪いわよ、あなた」

 

「違う……ヤバいのは、オレの体調じゃなくて……」

 

 真っ青な顔をして、焦点も定まらない顔で胸を抑え、彼は必死に仲間に危機を伝えようとする。

 

 彼の中の闇の欠片が、もっと大きな闇の接近に共鳴していた。

 

「あいつが……来る……!」

 

「もう遅い。我らも貴様も、逃げられんわ」

 

 死触の森から伸び、空を撫でる魄翼が脈動する。

 赤ん坊が空の星を近くにあると錯覚し、空の星を掴もうと手を伸ばす時のように、アミタ達の知覚の中で遠近があり得ざる錯覚と逆転を起こす。

 遠くにあったはずの魄翼が、彼らの近くにも現れる。

 

 魄翼がドームの中で羽ばたけば、その根本には恐怖を呼び起こす少女が佇んでいた。

 

「砕け得ぬ、闇っ……!」

 

U―D(アンブレイカブル・ダーク)……もう封印から出て来れるんですか!?」

 

 ユーリの姿は、また変貌を遂げていた。

 鮮血のように真っ赤な服。

 乾いた血のような濃い色のロングスカート。

 魄翼の色と光は更に濃く、更におぞましいものとなっている。

 全身に走る赤いタトゥーのような文様は、彼女が内側から侵食されていることを表しているかのようだった。

 

「顕現率80%。封印率30%。出力50%」

 

 ユーリがそう呟くと、ひゅっ、と風切る音が鳴る。

 

「なっ―――」

 

 その時、アミタとキリエは擬似時間加速・アクセラレイターを使っていた。

 敵を見た瞬間に加速したあたりは、流石に戦闘経験豊富な姉妹と言えるだろう。

 だが、その二人でさえ、その瞬間のユーリの速度には反応することさえできていなかった。

 気付いた時には既に、キリエはユーリの放った泥――腐敗し変色した血のような色合いの赤黒い泥――に下半身を飲み込まれていた。

 

「キリエ! くっ……痛かったらごめんなさい!」

 

 アミタはヴァリアントザッパーを連結変形させ、両手剣として振るう。

 狙うは眼球。

 全力を込めた両手剣は、彼女の戦闘センスによって針の穴を通す精密さを併せ持ち、ユーリの右の眼球に直撃する。

 "彼の回復魔法なら片目くらいは治せる"と見込んでの、膨大なエネルギーを圧縮して叩きつける一撃だった。

 

 だが、眼球には傷一つ付かない。

 それどころか、ユーリは剣を叩きつけられた方の眼球を動かし、刃先を眼球の上で滑らせながらアミタを見た。

 

「なっ―――」

 

「謝るくらいなら、攻撃しなければいいんです。……私と違って、あなたにはその権利がある」

 

 そしてアミタも、いかなる魔法によるものかすら分からないまま、キリエを飲み込んでいる泥と同じものに飲み込まれていく。

 

「君達の敗因は、『弱かった』ことだ」

 

 ユーリは淡々と、感情がないような、感情を抑えているような、感情を内側から殺されているような声色で、アミタ達に語りかける。

 

「ハッキング!?」

「やっばい、強制シャットダウンするつもり、これ!?」

 

「私と一対一で戦える人間が、シュテルだけだったこと。

 そのシュテルも失ったこと。

 結局、私が現れた時に私を止められるだけの戦力を用意できなかったこと……それが、敗因」

 

 そして、ユーリの瞳がディアーチェを捉えた。

 

「アミタ、どーにかなんないの、これ……!?」

「今やってます! だけど……! もうリソースの九割が掌握され……ま、マズい……!」

 

「あなたも、君達も、逃げなかった。だから、ここで終わる」

 

「たわけが!」

 

 同じ闇に属する者であるのに、対極の心を見せる者同士が対峙する。

 

「何も見えぬ闇の中でも立ち続ける心ある限り、心が力に負けることなどありえぬわ!」

 

 ディアーチェは刃の魔力弾を形成し、発射しようとする。

 その魔法の始動から発射まで、0.1秒も無かっただろう。

 だがその0.1秒でユーリは全ての魔力弾を叩き壊し、魔法を発動しようとしたディアーチェの背後に回り込み、うなじを掴んで持ち上げる。

 

「がっ、はっ……!」

 

「ディアーチェ!」

 

「そうですか。なら、心だけは負けないまま、壊れればいい」

 

 反射的にディアーチェは首に魔力を集め、肉体強化を実行。

 青年も防御強化の支援魔法を送り、ディアーチェの防御力を引き上げる。

 だが、焼け石に水だった。

 ディアーチェの首からミシッという音が鳴り、ほどなく折られるであろうことが予想できる。

 防御の魔法がなかったなら、瞬時にディアーチェの首がねじ切られていたであろうことが予想できるほどの握力だった。

 

 このまま受けていれば、死ぬ。

 そう判断したディアーチェの行動は早かった。

 生き延びるための防御ではなく、生き延びるための攻撃を選択したのだ。

 

「え、くす……カリバァッー!!」

 

 ディアーチェの手の平から、背面撃ちで膨大な魔力の本流が放たれる。

 先日、砕け得ぬ闇を打倒したほどの一撃だ。

 魔法陣三つを同時起動、三つの砲撃を相乗させて叩き込む極大威力砲撃である。

 その威力は、防御の上からSランク魔導師を戦闘不能にするほどの威力を内包し、ユーリの顔面に直撃し……されど、効かない。

 ユーリは顔面に大威力の魔法を食らっているはずなのに、まばたきすらしない。

 怯みもしない。

 声さえ漏らさない。

 顔に砲撃を喰らいながら、平然とディアーチェを見つめている。

 

「心で悲劇が止められるなら、私はとうの昔に止まっています」

 

 ユーリは首を掴んだまま、ディアーチェを街の路面に叩きつける。

 路面がクレーター状に凹み、叩きつけられたディアーチェの意識が明滅して、ダメージのせいで魔法は強制的に中断させられた。

 

「グ、がっ」

 

 ユーリはディアーチェの首をなおも離さない。

 心の力、諦めない思いが繋げる力を否定しながら、少女は力いっぱいに闇王を投げた。

 投げられたディアーチェが、五階建ての鉄筋コンクリートの建物に激突する。

 

「あッ……!」

 

 大きな音を立て、建物が崩れていく。

 ディアーチェが瓦礫に埋まっていく。

 

「ディアーチェ! っ、くあっ!?」

 

 今の攻防でディアーチェの首が折れたのを見て、青年は反射的にディアーチェに回復魔法を飛ばした。

 だが、そちらに意識を割いた途端、ユーリの攻撃に乗っていたギアーズを破壊されてしまう。

 

(マズい、立たないと……!)

 

 最後に残された口座の金を溶かしながら、魔力で無理矢理に足を動かし、彼は立ち上がる。

 今は自分しか立っていられないのだから、自分が戦うしかない。

 そう思い、彼は立ち、顔を上げ。

 

 腰の後ろで手を組み、可愛らしく微笑む顔を、上目遣いに見上げる笑顔を、至近距離で見た。

 

「やっと、捕まえました」

 

 ユーリの手が彼に伸びる。

 命の危険を感じ、青年はその手を掴んだ。

 されど、腕を掴んだところで、それは抵抗になりはしない。

 

「我が手に宿れ、石化の力。ミストルティン」

 

 ユーリの手から迸る光が、青年の手を石へと変えた。

 

「しまった、石化!? ぐっ……」

 

 石化効果は手だけに留まらず、腕、肩、胴体と、全身に広がり彼を石像化させていく。

 

「やめ、ろ……我のものを……壊すな……!」

 

 瓦礫の下から這い出て来たディアーチェが、首を押さえながらふらふらと歩き出す。

 彼女の足が向かうのは、彼女が対等と認めた召喚主の男が居るその場所。

 ディアーチェが伸ばした手が、遠くで石になっていく男に向かって伸ばされる。

 青年は何かを言おうとし、ぐっとこらえて、今のディアーチェに聞かせるべき言葉を選び、力強く口にした。

 

「……自称・偉大なる闇の王。王の責務を果たせ。

 お前ならできる。絶対にできる。心挫けそうな時は、オレのこの言葉を思い出せばいい」

 

「……! うぬは、こんな時まで……!」

 

「負けるな、ディアーチェ……お前を、信じ―――」

 

 青年の手がディアーチェに向けて伸ばされる。

 だがその伸ばされた手も、ディアーチェ同様何も掴むことなく終わった。

 伸ばされた手が最後に石化して、青年の石化は完了される。

 

「―――っ、あっ……」

 

「ああ、よかった。あなたを壊さずに済んだ」

 

 ディアーチェが呆然とし、言葉を失う。

 その表情は、彼女が召喚されてから一度も見せたことがないような、ただの少女が浮かべるような弱々しい顔だった。

 対し、ユーリは普通の少女が浮かべるような微笑みを作って、石化した彼を抱きしめる。

 

「ずっと、ずっと、思っていたんです。

 あなたに会いたいと。でも壊したくないと。

 あの日の想い出と共に、あなたまで壊してしまったら……私は、本当に壊れてしまう」

 

 ぎゅっと抱きしめる。

 砕け得ぬ闇である彼女の力なら、それだけで合金の柱でさえ曲げてしまうだろう。

 だが、ユーリの渾身の魔力で石化された彼の体は、砕け得ぬ闇の膂力で力いっぱい抱きしめてもビクともしない。

 

「あの日の想い出だけが、私の心にずっと暖かさをくれていた」

 

 達成感ゆえか、感極まったユーリの吐息は熱を孕んでいる。

 冷たい石になった彼の体の表面で、熱っぽい吐息が結露を作った。

 

「もう大丈夫。私が石にしたから、あなたはもう壊れません。

 壊れてしまう人の体にも戻しません。

 あなたは石の中で夢を見る。

 永遠に優しく、永遠に暖かな夢を見続けます。

 もう何も、あなたを苦しめるものは現れません。

 永遠に壊れないまま……どうか、お友達として、私のそばに居て下さい」

 

 抱きしめながら、ユーリはたおやかな指先で、彼の体の表面をなぞる。

 体に沿って、服に沿って、溝に指を這わせるようにゆったりとなぞる。

 

「ずっと、一人でした。

 何もかも、壊してきました。

 よかった……私はようやく、壊したくないものを、壊さずに済んだ……」

 

 それが異常な矛盾を内包していることに、ユーリだけが気付けない。

 

 純粋な優しさと慈しみが、どうしようもないくらいに歪まされてしまっていた。

 

「……あれ? なのに……なんで、こんなに悲しい気持ちになっているんでしょうか……」

 

 ディアーチェの表情が切り替わる。

 弱々しい少女のものから、傲岸不遜な王のそれへと変わる。

 王の心は折れず、目には戦意が満ちていた。

 

「貴様あああああああああああああああッッッ!!!」

 

 ディアーチェの声に、ユーリが振り向く。

 

「降り注げ、インフェルノッ!」

 

 ディアーチェが空より降り注ぐ大威力魔法を放ったが、ユーリは防御も回避もしない。

 雨の日に傘を忘れた学生のように、目に魔力弾が入らないように額に手を当て、小雨の中を進む子供のように魔力弾の雨の中を悠々と歩く。

 命中しているのに、効かない。

 当たっているのに、倒せない。

 やがて距離は詰まり、ユーリは無造作に魄翼を振るった。

 

「負けるか、負けてたまるか、我しかもう戦えぬというのなら、我が―――!」

 

 ディアーチェは残る魔力の大半で防御魔法を張るが、手の形に変わった魄翼が、それをくしゃりと握り潰す。まるで、子供が折り紙を捨てる前にそうするように。

 

「―――あ」

 

「エンシェント・マトリクス」

 

 それは、ユーリの才覚で更なる進化を遂げた、エンシェント・マトリクスの完成形。

 ディアーチェの体内の魔力がユーリに根こそぎ略奪され、ディアーチェの魔力とユーリの魔力が赤く巨大な魔力剣を構築。

 略奪の際にリンカーコアにマーキングが行われ、防御も回避も絶対に不能な剣が完成する。

 

 それが、その場で横一直線に振るわれた。

 ディアーチェの首に赤い線が走り、一拍おいて血が吹き出す。

 切られた首を両手で抑えても、もう遅い。切り裂かれた首から吐息と赤い血、そしてディアーチェの命が漏れて、闇を統べる王はゆっくりと地面に倒れていった。

 

「さようなら、ディアーチェ。……希望なんて、どこにもありませんでしたね」

 

 キリエとアミタの機能が停止する。

 倒れるディアーチェはもう動かない。

 奇跡を起こす課金王は石化した。

 

 死触の森から生えた魄翼が、星を丸ごと包み込んでいく。

 

 血のような赤色が、エルトリアを染めていく。

 

 世界が、終わる。

 

 

 




ユーリちゃんは「被害者としか言えないのにどうしようもないレベルの加害者」であることを意識して書いてます。強く見えるようにする強さ描写といい結構気を使うキャラです
可愛いだけじゃなく怖さも感じてもらわないと困る的な

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