課金厨のソシャゲ廃人がリリカルなのは世界に神様転生してまた課金するようです 作:ルシエド
確かな想い出を、今でも覚えている。
私は忘れない。忘れたくない。これだけは、絶対に。
この想い出は、砕けないものであって欲しい。
街中で迷っていると、彼はいつだって来てくれた。
行きたい場所に連れて行ってくれた。
迷ってしまった時の街は怖い。私はそこに居たくなくて、でもお使いを終えていないから帰れなくて、居たくないのにそこに居るしか無くて、何度も涙ぐんでしまった思い出がある。
彼は年上らしく、幼い子供だった私の手を引いてくれた。
あの手の暖かさを、今でも覚えている。
迎えに来てくれる人だった。
ここではないどこかに連れて行ってくれる人だった。
疑ったことなんて、一度もなかった。
あの人を白馬の王子様と見ていたわけでも、自分をお姫様と思っていたわけでも、お城に閉じ込められた悲劇のヒロインを気取っていたわけでもない。
ただ、あのシュトゥラの街で。
ありきたりな優しさを、ありふれた暖かさをくれた、たった一人のあの人が。
きっと、私の希望だった。
闇の底で絶望と苦痛の海に浸る日々。それが何百年も続く中、私の周りにはいつも三つのマテリアルが居た。
マテリアルは人の形も心もなく、寂しさを埋めてくれることもなかったけれど……あの時間、私は本当の意味では一人ではなかったのかもしれない。
けれど、マテリアルもいつかの戦いで壊れてしまった。
私は、本当の意味で一人になった。
王のマテリアルが無念そうに消えていく姿が。
心も無く、定まった形も無い王のマテリアルが、申し訳なさそうに私を見ている姿が。
私の傍に残ろうと最後まで抗っていた姿が。
とても、印象的だった。
私を制御するマテリアルが消えた時点で、私は全てを諦める。
諦めていたくせに、希望なんて持っていなかったくせに……何故私は、『最後にもう一度あの人に会いたい』だなんて、思ってしまったのだろう。
そんな贅沢な願いを、分不相応な祈りを、何故持ってしまったのだろう。
だから、体内に闇の欠片を持っていたあの人が、この世界に来てしまったのかもしれないのに。
こんな今が嫌だけど、助けを求めれば求めた先も壊してしまう。
嫌いな自分を壊して欲しくても、私は誰にも砕けない。
恥知らずに救いを求めるくらいなら、終わりを求めたい……でも、終われない。
だから、もう見捨てて下さい。助けようだなんて思わないで下さい。
あなた達を見ていると、私はまた―――希望を―――持ってしまいそうで―――
加速した時間と、加速してない時間を行ったり来たり。
時の操手に類する三人は、高速戦闘タイプの魔導師とはまた違う種類の高速戦闘を行っていた。
「アクセラレイター!」
アミタの斬撃が空を走り、ウーンズの魔法・アロンダイト改がそれを弾く。
キリエの銃撃が曲線を描いて飛翔し、ウーンズの結界を叩く。
姉妹が前衛後衛をスイッチし、アミタの銃撃とキリエの斬撃が男の多様な魔法を吹き飛ばす。
戦いの流れは、既に決していた。
これを覆せるほどウーンズの心は強くなく、これを覆されるほど姉妹の心は弱くない。
「絶対に絶対、あなたを止めます!」
「気に食わないものは悪し様に罵ってよい!
嫌いなものは社会から排除するよう活動してよい!
社会において少数派の人種はいくら貶めてもよい!
それが社会の基本だ。
もっとも、法がそれを縛りもするが……これからは、わたしが法となる!」
「あなた法にはなれないけど阿呆にはなれるんじゃないかしらん!」
ふざけた口調に烈火の怒りを込めたキリエの斬撃が、至近距離から男の左腕を切り飛ばす。
腕は一瞬で再生し、ウーンズは強力な魔法を詠唱なし溜め無し予備動作無しで撃って来る。まるで癇癪の叫びをそのまま魔法にしたかのようだ。
キリエは後方に跳躍し、それを回避。
舞い散る死触の森の葉も、飛び散る小石も、吹き上げられた砂粒も、何もかもがゆっくりと落ちていく中、軽やかにキリエは跳び回る。
時間を超越した速度の魔法の合間を、時間を超越した少女が抜けて行く。
キリエが攻撃を避ける囮となり、その隙にアミタが突っ込んだ。
「目が前についているのは、いつだって前を向いていくためです!
胸が前を向いているのは、胸の想いを前向きにするためです!
足が前に進みやすく出来ているのは、人が前に進むように出来ているからです!」
切り込むアミタの両手剣が、ウーンズの魔力壁と衝突し、火花を散らす。
アミタは自分らしさに正直で、とことん前を向いていて、独自の人生観で生きている。
「あなたも人間であるのなら、過去の遺恨は捨てて、前に……」
「進むとも。わたしは前に進む。
過去を清算し、全ての過去をなかったこととする!
わたしの人生に敗北は無い!
わたしの人生に汚点は無い!
わたしの人生は、その全てが上手く行った、神に愛されたものでなくてはならない!」
「―――っ」
そしてウーンズもまた、自分らしさに正直で、とことん前を向いていて、独自の人生観で生きていた。
アミタを太陽に例えるならば、ウーンズは他人を照らさないドス黒い太陽だ。
"人の気持ちを考える"という点において、この二人はあまりにも違う。
アミタは熱血少女だ。
熱血は強大な力で常に一方的に勝つ人間には滅多に宿らない。
負けることもあり、躓くこともあり、泣いてしまうこともある者が、それでもなお「負けるか!」と奮起し続ける心にこそ宿る。
ゆえに、ウーンズのこの在り方は、アミタに一切の共感を産まなかった。
ウーンズは過去を清算し、先に進もうとしている。
過去の全てを無かったことにして、未来に進もうとしている。
そのために、かの課金王を殺すまで、先に進めないでいる。
それはつまり、『過去に囚われないために過去に囚われている』ということだった。
「そりゃ未来以外の全部ぶっ壊せば未来には進めるわよねー。
だから言わせてもらいますケド。だからあんたは一生あいつに勝てないのよ!」
背後に回ったキリエが剣を振る。
アミタとキリエの斬撃が何度も振るわれて、ウーンズの防御壁は崩壊した。
ウーンズは遅延魔法で発動させた転移で距離を取り、仕切り直すが、その顔は怒りと憎しみに染まっている。
「ほざくなぁ!」
ウーンズは嫌いな人間が笑って生きているという事実に耐えられない。
悪く思う人間が幸せに生きているという事実に耐えられない。
嫌いで嫌いで仕方ない人間の不幸を、ウーンズはいつだって願っている。
想い出が助けに来てくれる彼と、過去の全てを切り捨ててきたウーンズ。
過去の遺恨を投げ捨てられる彼に、いつまでも根に持つウーンズ。
二人は笑えるくらいに対照的だった。
だからこんなにも、多くの時代で争う宿敵となったのだろう。
「ディアボリック・エミッション!」
怒りのままに、ウーンズが広域に干渉する闇の魔法を解き放つ。
「「 ロックオン! ファイネストッ! 」」
対し、姉妹は同時に魔法妨害効果を付与したバインドを発動。
ウーンズの腕を絡め取り、魔法の発動範囲をずらす。
そして発動範囲がズレた闇の魔法に、光輝く砲撃弾を放った。
光と闇が衝突・相殺し、アミタとキリエが居た場所にまで、闇の魔法は届かない。
「わたしは間違ったものを排除する。正しいものだけが世界に残る。わたしは正しいのだ」
「家族を泣かせて! 娘を泣かせて!
それで平気な顔をしているあなたが! 己の正しさを語るんですか!?」
こんなにも酷い父親を、アミティエ・フローリアンは見たことがなかった。
「『父親』って……そういうものじゃないでしょう!?」
「自分で作った娘をどうしようと、父親の勝手だろう。作った者の権利だ」
「……っ! ウーンズ・エーベルヴァインッ!」
作り上げた機械を、実の娘のように愛してしまったグランツ。
アミタとキリエを人間と同じように扱い、優しい心を育てた父親。
そんな彼を知っているからこそ、姉妹に渦巻く激情は天井知らずに膨れ上がる。
娘を自分が作った物扱いし、自分のためだけに利用し、苦しめる。
アミタやキリエよりもずっと、ユーリの方が、父親から物のように扱われていた。
グランツが惜しみなく娘に与える父であるのなら、ウーンズは娘から際限なく奪い続ける父だった。
父親の資格がなくても、子供を作ることはできる。
そうした場合、そのツケは必ず子供にも行く。
子供は親を選べない。
ウーンズは、その事実を体現する男だった。
「来たれ、世界の終焉! 現れよ、天使の
詠唱文を長くし、儀式魔法と収束砲の属性を持たせた魔法が、ウーンズの前に構築される。
巨大で赤黒い魔力の塊が、アミタとキリエに狙いを定めた。
「ラグナロク!」
世界に終焉をもたらす災厄の力、世界を破滅させる男の力、終焉の名を冠した魔法。
アミタとキリエは全てを見据え、強く踏み込む、
そして、姉妹はその瞬間―――『彼』が残していった遅延魔法を、発動した。
彼が二人に残していたのは『再行動』の魔法。
行動力を回復させ、すぐさま次の行動を可能とする代金ベルカ式の真髄。
ゆえに姉妹は、ありえない軌跡を描く回避行動を成功させた。
「なんだとっ!?」
アミタは右へ、キリエは左へと跳んで、瞬時に武器を高速変形。
二丁銃、両手剣という、それぞれが最も得意とする武器を持つ。
そして、慌てて収束砲をキャンセルしているウーンズに、己が全力全開を叩き込んだ。
「ヴァリアントザッパー・オーバーブラストEODッ!」
「ヴァリアントザッパー・オーバーストライクSRIッ!」
アミタの必殺銃撃、エンド・オブ・デスティニーの過剰強化バージョン。
キリエの必殺斬撃、スラッシュ・レイヴ・インパクトの過剰強化バージョン。
それが左右からウーンズに直撃し、複数のロストロギアの力で出来た体を吹き飛ばす。
「かっ、はっ……!」
そして、むき出しになった『ウーンズそのもの』に、姉妹は――
「「 オーバー・クロスッ! 」」
――今しがた放ったオーバーアタックと同威力のそれを、叩き込んでいた。
最高ランクの魔導師の収束砲三発にも匹敵する、限界突破のオーバーアタック、その二連撃。
しかも二人同時とくれば、尋常な手段で防ぐこと叶わず。
「ぐ、ああ、あああ、ああああア……!!」
妄執とエネルギーだけで構築されている今のウーンズに対しても、これは致命傷になる一撃であった。
「消えてたまるか……終わってたまるか……我が心の闇も、砕け得ぬ……!」
体を崩壊させながら、己が身を引きずるようにしてウーンズは逃げる。
逃げながらも時間操作は継続しているようで、そのスピードはアミタとキリエでなければ追いつけないほどに速かった。
「追いましょう、キリエ!」
「うん!」
二連オーバーアタックの反動を気合いでなんとか乗り越えながら、姉妹は逃げた男を追う。放っておけば"やらかす"であろうことに、疑いはなかった。
グランツから預かったカートリッジを、青年が義手に装填する。
「皆、切り札を切るぞ! 準備はいいか!」
「「「 応ッ! 」」」
このカートリッジは、最後の切り札。
彼の脳裏に、グランツと出立前に最後に交わした言葉が蘇った。
「キリエがエグザミアを求めていたことを覚えているかい?」
「はい、オレがやったもんですしね」
「エグザミアが手に入れば、世界は救われるかもしれない。
キリエはそう考えた。
でも、少し考えてみると分かるだろう?
制御できないエネルギーなら、それを利用できるだなんて考えるわけがない」
「……まさか」
「あるんだよ、この研究所に。エグザミアの制御用OSの雛形が」
キリエがエグザミアを持って帰ろうとしたという行動が、逆説的に"エグザミアのエネルギーを利用するあてがあった"ということを証明する。
「無論、これは砕け得ぬ闇に効果があるものじゃない。
キリエも、エグザミアだけ引っこ抜いてくる予定だったようだしね。
これは要調整だった上、エグザミアそのものがなければ意味のないものだったけど……」
「今はここに、エグザミアがある」
「そういうこと」
青年は、キリエにあげたエグザミアを一旦預かり、懐に入れる。
「ここ数日で、完成寸前まで仕上げ終わったんだ。
そして今日、星光、雷刃、闇王のデータが揃った。
本来ならここに、エグザミアを扱う盟主を据えて完成する。
けれども、盟主のユーリちゃんが居ないから……君が、やるしかない」
エグザミアの制御者がディアーチェ。制御補助がシュテルとレヴィ。
なればこそ、もう一人、『エグザミアの使用者』が必要だった。
「君がこのカートリッジで、システムの統括とエグザミアの制御をやるんだ」
ディアーチェ一人でエグザミアが操れないことは証明済みだ。
だからこそ、彼がこのカートリッジを使わねばならない。
記憶の光景が終わり、青年は眼前のユーリを見据える。
「プログラムカートリッジ、
力で砕け得ぬ闇は砕けない。
それは絆で砕かねばならない。
四人でエグザミアを使いこなし、ユーリに並ばなければならない。
ゆえにこそ、このプログラムカートリッジは、『絆』の名を戴いていた。
「これは……信じられない……もう一つの、エグザミア……?」
力が並ぶ。
エグザミアとエグザミア。もはや両者に、絶対的な力の差は無い。
しからば、あとは心の強き者が勝つ。
「一番槍! レヴィいっきまーす! ぶち抜け、バルニフィカス!」
ヴァリアブルシフトが、切り込み隊長のレヴィを顕現させる。
瞬間的に距離はゼロとなり、砕け得ぬ闇が初めてスピードで圧倒された。
総合力ではまだ僅かにユーリが勝っているが、スペック・リソースを極端に腕力と速度に振っているレヴィであったがために、得意分野ではユーリが劣る。
「つっ」
「強さとは力。このパワーこそが、ボクの強さだ!」
ユーリは魄翼を極超音速以上の速度で振るい、小惑星をも砕く力でレヴィを叩き落とそうとするが、レヴィはその攻撃の全てをひょいひょい避けていく。
「やっほーいっ!」
そしてレヴィは再突撃。突撃と同時に突き出してきた水色の刃を、ユーリは魄翼で受け止める。
攻撃を受けられたのを見てから、レヴィは
「ルシフェリオン、ブラストファイアー」
レヴィがシュテルに。
ぶつけられていた魔力刃が、魔力球に変わる。
シュテルはユーリに驚く間も与えず、その砲撃を解き放った。
「くぅ!?」
限界突破以上の出力を得ている今のシュテルは、一点集中の攻撃力において、ユーリを遥かに凌駕する。
魄翼でさえ、その熱量の全ては受けきれない。
その熱と威力は魄翼を越えて、とうとうユーリに大きなダメージを届かせた。
「強さとは理。負けられない理由……そして、守りたいと願う理由!」
それだけに終わらず、シュテルの砲撃はユーリの体を押し続け、ついには地面にユーリを叩きつけていた。
衝突自体はダメージにもならないが、ユーリの動きが僅かに止まる。
その一瞬で、シュテルはディアーチェに
「強さとは、王であるということ!
我の強さは凡俗には持ち得ぬ、王の強さよ! エルシニアダガー!」
素早い切り替え、素早い魔法発動。
三人が次々と入れ替わり、滑らかに魔法を繋いでいく連携。
ディアーチェもその流れに乗るように、刃の魔力弾を連射した。
「私は、私は、あなた達と違って、一人だから……一人で居ないといけないから、だから!」
ユーリはその全てを、魄翼の一閃で薙ぎ払う。
攻防一体の魄翼に、生半可な攻撃も防御も意味は成さない。
魄翼はそのまま手の形に変わり、ディアーチェを握り潰さんと伸びて来た。
「集え、星と雷! 三位一体! ディザスターヒートッ!」
それを、"ディアーチェが使ったシュテルの魔法"が迎え撃つ。
本来ならば単色の砲撃が連射される魔法だ。だが、その魔法は普段のそれとは毛色が違った。
なんと、闇色、赤色、水色の砲撃が絶え間なく連射される魔法へと進化していたのである。
戦闘開始時から始まり今ピークに達した課金強化も加わって、配下の力を借りた三色の砲撃は、強靭な魄翼を千々に砕く。
「今、我らが貴様を救う! 集えバインドよ!」
右手でディザスターヒートを撃ちながら、ディアーチェは器用に左の指先でバインドを展開。
ユーリの全身をくまなく縛り、ユーリの体内の魔力活動を阻害する。
一目見れば誰にでも分かる。これは、発動に時間がかかる大技の前準備だ。
「あなた達がどんなに力を付けたって、私の闇は砕けない!」
「違う! 真に砕け得ぬ闇とは、心の中にこそあるものだ!
憎しみ、恨み、怒り……心の闇は、力では決して砕けない!
加害者がいくら殴ろうと、被害者の中の憎しみは消えず、逆に強さを増すことがあるように!」
ユーリはバインドから逃れようともがく。
だが、バインド維持の処理を行うシュテルとレヴィがそれを許さない。
「だが! 心に闇が無い人間が、真に優しくなどなれるものか!
傷付けられた記憶が無いものが、傷の痛みを分かるものか!
後悔したことのない人間が、強く一歩を踏み出せるものか!
抱えた憎しみを越えて誰かを許せぬ者が、偉大な人間になどなれるものか!」
ディアーチェの補助には青年がつき、その魔法の威力と完成度を引き上げる。
「我はディアーチェ!
我が主の呼ぶ声に応え、我が主の願いを叶えるべく、貴様の悲しみを砕く者!」
四人の力と魔力が今、一つに。
「貴様の砕け得ぬ闇などまやかしだ!
己が妄執に呑まれた情けない父親の生み出した、破壊しか生み出せない塵芥の闇に過ぎん!」
複数の魔力の色を混ぜ込んだ結果、生まれた色は当然『黒』。
「宇宙という闇から全てが生まれたように!
闇とは、素晴らしきものを生み出す母でなくてはならぬものよ!」
ディアーチェが、その仲間達が、この一撃に全てをかける。
「教えてやろう―――これが、我らの砕け得ぬ闇! ジャガーノートぉぉぉぉぉぉッッ!!」
五つの魔法陣より放たれた、五つの極大魔法が闇を呼び起こし、絶大な破壊の嵐を纏ってユーリを飲み込み―――そして、押し潰した。
ユーリは地に落ち、後を追ったディアーチェも着地する。
勝敗は決したように見えるが、ディアーチェは合体を解除しない。
やがて数秒後、憑き物が落ちたような顔で佇むユーリと、その周囲でシステム再起動のために蠢く無数の闇が現れた。
「呆れた頑丈さよの。手加減をしたつもりはなかったのだが」
「……だからこその、砕け得ぬ闇です」
システムU-D。ウーンズの手によって、『アンブレイカブル・ダーク』、『アンブレイカブル・デスティニー』、『アンリミテッド・デザイアオーバー』のトリプルミーニングとして名付けられたシステムが、過剰なまでに稼働している。
このシステムはその名の通り、不滅と最強を目指して作られたシステムだ。
不世出の天才ウーンズ・エーベルヴァインの才覚の、そのほとんどが結集されている。
一度完全に倒した程度では、すぐに復活してしまうのである。
空を撫でる魄翼は消えたが、死触は未だ消えておらず、砕け得ぬ闇がすぐにでも完全に復活するであろうことは目に見えていた。
「ダメージで、システムが一時的にダウンしました。
今なら私は破壊を振りまかない……だけど、すぐに戻ります。だから、あなた達は……」
「僕の親友とその仲間を、あまり舐めないで欲しい。まだ何も、終わっていないはずさ」
横合いからかけられた声に、ユーリが驚いて周囲を見回す。
すると、合体中のディアーチェとユーリを囲むように佇んでいる、青年の想い出から飛び出して来た英雄達の姿があった。
皆ズタボロで血塗れだったが、ただの一人も欠けてはいない。
「……勝ったのか、皆」
「どうして……」
「ベルカはどうやら、呆れるくらいに僕らの強さと勝利を信じていたらしい。
今日この時、この場所だけだけど……僕らはどうやら、次元世界で最強の存在だったみたいだ」
現実では、信じた仲間が勝つとは限らない。
だが、信じる心がそのまま結果になる欠片同士の戦いであれば、話は別だ。
あの『勝てるはずのない敵のラインナップ』を前にして、誰一人としてやられなかったというこの結果が、『彼が普段からどれだけ仲間を信じているか』の証明となっていた。
「愉快、愉快。この男に召喚されたのは幸運だったのやもしれんな。退屈せんよ」
ディアーチェがユーリに歩み寄る。
ユーリはディアーチェと、その内側にシュテルとレヴィの姿を見た。
「私とあなた達は、ただのプログラムとしての関係しかない。助けようとする理由なんて……」
"何故自分を助けようとするのか"と、ユーリは彼女に問いかける。
「たわけが。同じ闇に囚われていた同胞ではないか。
闇の底に沈められ、同じ苦しみを味わった想い出が、貴様にもあろう」
「……同胞」
愚問だと、ディアーチェはその問いを切って捨てた。
同胞という言葉に、ユーリの胸の内が少し暖かくなった。
「私とあなただって、シュトゥラの街で少し話したことがあるだけで……」
"何故自分を助けようとするのか"と、ユーリは彼にも問いかける。
「約束は守るもんだって親から教わらなかったのか?
あー、あの父親じゃ仕方ないか。教わってないか。じゃ仕方ない。
お前は悪くないな。お前が悪くないなら、助けることに躊躇いもない。
かーっ、仕方ねえなー、今日助けてやるからそういう常識おいおい学んで行くんだぞ」
適当に言葉を並べつつ、ユーリの言葉をうやむやにしながら『お前は悪くない』と連呼して、ヴァリアブルシフトで表に出てきた青年が肩をぐるぐると回す。
そうしていると、青年とクラウスの目が合った。
クラウスは爽やかに、何の悲壮さも滲ませずに笑みを浮かべる。
「さよならだ。友よ」
「ああ、ありがとう。……お前が出て来る歴史の本、ちょくちょく読んでるよ」
青年が笑ってそう言うと、クラウスは一瞬キョトンとして、恥ずかしそうに苦笑した。
クラウスを始めとして、想い出の仲間達が闇の欠片に戻っていく。
ある者は言葉を残し、ある者は手を振るだけに留めて消える。
そうして欠片に戻った者達は、ユーリの体内に戻り、そこで叛逆を開始した。
「くっ……あぅっ……!? これ、は……!?」
『砕け得ぬ闇』と『闇の書の闇』、言い換えるならば『ユーリ』と『ウーンズ』の間に、彼の想い出の友が刻まれた欠片が侵入する。
ユーリと闇が、分離を始める。
これまでのユーリは、何をしようがウーンズの妄執に殺戮を行わされる運命にあったが、今ならば。今この瞬間ならば、引き剥がせる可能性があった。
欠片に戻った彼の友が、まだ彼の友である内は、ここに希望が残っている。
「ユーリ・エーベルヴァイン。今、オレ達の『想い出』が、お前を助ける」
青年の友の想い出が、ユーリと闇を分離する。
マテリアルの想い出が、ユーリを救おうとする原動力になる。
ユーリがあの日、街で出会った彼との想い出が、彼女を救う可能性になる。
「起動せよ、紫天の書。今こそ我らの使命を果たす時!」
青年を内に戻し、再度ディアーチェが表出。
王のマテリアルが持つ管理者権限、『紫天の書』のシステムを起動。
古代ベルカでの最後の戦いで、ウーンズがユーリを意のままに操っていたシステムの一端が、砕け得ぬ闇を制御可能なシステムが、唸りを上げる。
ディアーチェが踏み込み、その内側で三人も踏み込む。
ディアーチェが書と融合した左手を構える。その内側で三人も構える。
四人が、同時に左手を突き出す。
突き出された左手が、ユーリの胸を貫いて……その向こうの、『ユーリ』に手を伸ばした。
そして、闇から少女を引きずり出す戦いが始まる。
二つのエグザミアの力がぶつかり合い、限界まで稼働して、ユーリ達の周囲に暴風が吹き荒れ始めた。
その暴風の規模たるや、死触の森が根こそぎ吹き飛び、全ての悪性生物が潰されるのも時間の問題だと言えるほどであった。
「く、あ、あっ……!」
四人が力を合わせ、力任せに『ユーリ』に手を伸ばす。
紫天の書のバックアップがある以上、システムの正常化まであと一歩といったところだ。
だが、引き抜けない。
抜けば終わるのに、引っこ抜けない。
そもそもユーリにまで手が届いていない。
四人は全力を振り絞ればすぐに終わると思っていただけに、次第に焦りを感じ始めていた。
「な、なんで……ボク思うけど、ふつーこういうのは、あっさり終わるもんじゃないの……!?」
「出力が……エグザミアを抜いた基礎出力が、足りていないのです……!」
レヴィの疑問に、シュテルが答える。
「エグザミアの力が相殺されても……!
ユーリは、生前から最高クラスの魔導師資質持ち……!
その上今は、複数のロストロギアを取り込みかけています……!
私達四人の力と押し合いをしても、おそらくあちらが勝っているほどに……!」
「我ら四人の力を合わせても、届かぬというのか!?」
地面も森も怪物達も、全てが吹き飛ばされるほどの魔力の余波。
これだけの力を放出しても、『ユーリ』を闇の中から救い出すことができない。
まるで、
金の補給ができないこの世界で厳しい連戦を乗り越えてきたせいで、今青年の手持ちの口座も金が無い。これでは代金ベルカ式の出力もたかが知れている。
闇の書の闇が彼らを拒絶する力を超えなければ、ユーリは救えない。
救えなければ彼女に未来はない。
最悪、ユーリを殺して全てを終わらせなければならなくなるかもしれない。
ここまで来て、ユーリを救う結末ではなく、ユーリを殺して世界を救う結末を選ばなければならないというのか。
(……全員で、笑う未来を)
だが、知ったことかと青年は歯を食いしばる。
ソシャゲに文句を言うためにソシャゲをやる必要はない。やりたくないソシャゲをやる必要はないのだ。選びたくない選択を選ぶ必要はないのだ。
彼は選びたくない選択を捨て、選びたい選択を手に取った。
「オレの未来を少しだけやる! だからユーリの未来をよこせッ!」
アンチメンテの系譜となる彼の義腕、この時代でも改修・強化されてきたそれが、輝ける黄金の
「リボルビングフォームッ!!」
ブラスター3を超える"自身の未来を一切顧みない"力が、ユーリを救う力に加わった。
「マスターッ! それは、使うなと―――」
「説教なら後で聞く! 第一もう遅い!
『課金した金は返って来ない』ってのが世界の基本真理だ!」
「……っ!」
抵抗する闇の力を越えて、彼らの手がユーリに伸ばされる。
「もう泣くな! 俯くな! 諦めるな! そんなことは我が許さん!」
歯を食いしばって、ディアーチェが手を伸ばした。
「生きてるのが楽しくないなら、ボクが一緒に遊んであげる!」
精一杯頑張って、レヴィが手を伸ばした。
「闇の中で迷うのならば、私が導いて差し上げます」
腹に力を入れて、シュテルが手を伸ばした。
「また一緒に、平和な街の中を歩こう。オレも、あの時間は好きだった」
迷子の子供に大人がそうするように、青年が手を伸ばした。
ユーリは、四人が伸ばした手を見ていた。
四人との戦いで、自分が作っていた『強がりの殻』にヒビが入っているのにも気付いていた。
欠片に戻った色んな人が、「素直になれ」と言っている声も聞いていた。
心が揺らぐ。
覚悟が薄れる。
涙腺が緩む。
いつしかユーリの瞳から、透明な
「助けて」
ユーリが初めて涙を見せた。
ユーリが初めて助けを求めた。
ユーリが初めて、助けを求めて手を伸ばした。
根本的にヒーローな四人は、ただそれだけで限界を超える。
「闇よ!」
「雷よ!」
「星よ!」
「金よ!」
「「「「 今ここに、どんな運命をも砕く力を! 」」」」
全ての邪魔物をぶち抜いて、四人の手が同時にユーリを掴む。
ユーリを引きずり出し、引っ張り上げる。
彼女が救われない運命だなんてぶっ壊して、泣いている少女を
絶望で編まれた砕け得ぬ
ボロボロな姿で地面に横たわるユーリを、分離した四人が囲んでいた。
ユーリが抜き取られた闇は沈静化し、今は大人しく漂っている。
ダメージが相当に大きかったのか、その闇も自然消滅まで秒読みの段階のようだ。
四人は闇を警戒しつつ、ユーリを回復しているシュテル同様に、少女を優しく見守っていた。
ユーリの視線が、青年に向く。
「……ありがとう……」
「どういたしまして」
「ディアーチェにも、シュテルにも、レヴィにも、あなたにも……どうお礼すればいいのか……」
「オレが欲しいものはもう言ったぞ。隠してるつもりもない。そして、それはもう手に入った」
「……ふふっ、かっちゃんさんらしいです……」
ユーリが年相応の少女らしい笑みを浮かべる。
一緒に笑っていると、青年とディアーチェの目が合った。
「お疲れ」
「大儀であった」
青年が拳を突き出すと、ディアーチェが不遜に笑って拳を当ててくる。
次に、二人のやり取りを見ていてワクワクした様子のレヴィの輝いている目と目が合った。
「お疲れ」
「おっつかれー!」
青年とレヴィはハイタッチ。
さあ次はシュテルだ、と彼はシュテルと目を合わせたが。
「で、リボルビングフォームの件ですが」
「よし、お前はこの中で一番疲れてないな。よく分かった」
すぐに目を逸らした。
てくてく歩いて逸らした目の先に回り込むシュテルと、目を逸らす青年の攻防が始まる。
それを見て、ユーリがくすくすと笑っていた。
だがそこで、彼を見ていたユーリの目が見開かれる。
「「 かっちゃんさん! 」」
彼の近くと、彼から遠い場所で、同時に彼の名を呼ぶ声がした。
銃声がして、青年の近くで不可視化していた触手が撃ち落とされる。
シュテルが瞬時に彼を庇うと、皆の視界に、飛び出して来るフローリアン姉妹と不可視化を解いたウーンズの姿が入って来た。
「ウーンズ……!」
欠片に入っていたウーンズの妄執は、ユーリから分離した闇と再結合。
またしても形を取り戻し、弱々しいながらも再復活を果たしていた。
「忌々しい、貴様は何度わたしの邪魔をすれば気が済むのだ……!」
「ええい、ソシャゲの毎ターンごとに一ターン無敵スキルを使って来る敵かお前は……!」
本気で倒せるかどうか怪しくなってきた。
以前倒した時も、砕けた欠片が大惨事を呼び寄せたのだ。
物質は殴り壊せても、妄執は殴り壊せない。
ここで物理的に倒しても、また復活する可能性が非常に高かった。
「貴様を殺すまで、わたしは不滅だ! 絶対に滅びることはない!」
「これは面妖な……マスター、下がってください。
この男が言っていることは本当です。
どうやら、マスターを倒すまで永遠に復活する転生機能を実装したフシがあります」
「無茶苦茶やりやがる……転生機能を作ったのがこいつとはいえ、頭が痛くなるな……」
それどころか、プログラムで妄執を形にしてくる始末。腐っても天才ということだろう。
封印すればなんとかなる可能性もあるが、ならない可能性もある。
いや、この男の憎悪の量と密度を考えれば、ならない可能性の方が高いだろう。
「え、ボクがぶっ倒して終わりじゃないの?」
「お前は何もするな、レヴィ。我が禁ずる」
「えー」
古代ベルカのときと同じく、またしても最後に立ち塞がったのはこの男だった。
どんな力より、どんな兵器より、人の心は恐ろしいということなのかもしれない。
「まずは貴様らを殺す。そしてユーリを取り込み……もう一度、わたしは……!」
(何か……何かいい手は……え?)
バチッ、と静電気に近い感覚が彼の体に走る。
感覚の元を探してみると、そこにあったのは彼の体内から排出された闇の欠片であった。
ずっと彼の体内にあった、彼の体の一部と言っていい欠片。
それが、彼の想い出から一人の人物を再生する。
銀の髪。赤い目。黒色の服。
背中にはディアーチェに似た黒い羽。
彼の想い出から現れたのは、冬の雪のように儚い雰囲気を纏った女性。
「覚えているかい? 救われた恩は、必ず返すと」
「リインフォース?」
その言葉に、彼の脳裏に蘇るのは、闇の書事件の最後の会話だ。
――――
「悪くないだろ? こういう、文句無しに笑って終われる結末も」
「ああ、悪くない……本当に、悪くない……」
「バッドエンドはソシャゲの鬱シナリオだけで十分だよな、うん」
「ありがとう、少年。この恩は、いつか必ず返そう」
――――
あの時のリインフォースとの想い出が、約束が、ここに彼女の姿を呼び寄せたのだ。
そして、"このタイミングでリインフォースが来た"という事実が、全ての前提を覆す。
リインが纏う雰囲気が変わり、より人間らしいものへと変貌する。
「私はリインフォースであり、同時にナハト・エーベルヴァインでもある」
そこに居るのは、既にリインフォースではなく、その元になったかの女性であった。
その姿を見たユーリが、悲しそうに顔を歪める。
「お母様……」
(ユーリの記憶の、ナハト・エーベルヴァイン)
彼が欠片を元にリインを喚び、ユーリの記憶がリインをナハトへと変えた。
このことが生む可能性を、ナハト以外の誰も認識していない。
ナハトを仲間だと信じ切っているウーンズは、ナハトが脈絡もなく自分に抱きついてきても、そこに何の疑いも持っていなかった。
「何のつもりだ?」
「私はリインフォースであり、ナハトであり、同時に課金王の一部でもある」
「! まさか……」
「『この男を殺すまで転生を続ける』。
『この男を殺せればそこで終わりでいい』。
我を忘れていたとはいえ、この定義で転生機能を実装したのは失敗でしたね、ウーンズ様」
彼女の体を作る闇の欠片は、課金王の命の一部と同化している。
「今の私が貴方と死ねば、貴方の中のプログラムは、彼を殺したと誤認するのでは?」
「―――!」
ウーンズの顔が驚愕に染まり、同時にナハトが発動したバインドが二人を縛る。
「離せ! 離せナハト! 生前役立たずだった上に、今また私を裏切るのか!」
「お母様!」
父と娘の声が上がる。
ナハトは娘の方だけを見て、『母』を感じさせる慈愛の微笑みを見せた。
「私は夢。あり得ぬ夢。誰かにとってはよい夢であり、誰かにとっては悪夢である者。
私はナハト・エーベルヴァイン。私の残骸が、いつかの過去にリインフォースとなった者。
時は無常で、過去は何も変えられない。私の過ちも、私の夫の過ちも、何も……」
ナハトは罪悪感を顔に浮かべて、懺悔の言葉を紡ぎ続ける。
「でも、未来なら変えられる。私の愛する娘の……未来だけは」
されど、彼女がこの選択をしたのは罪滅ぼしのためではない。娘の、未来のためだ。
「子の悪い夢を終わらせるのは、いつだって母親だ。
気に病むことはないよ、ユーリ。あなたは、ちゃんと幸せになりなさい」
「お母様っ!」
抱きしめること。子守唄を歌うこと。そばに居てやること。子供が悪夢にうなされる時、よい母親はそうして子供の悪夢を終わらせる。
これは母の責務なのだと、ナハトは語った。
ユーリが悲痛に叫ぶが、少女の体は動かない。
「生まれ変わった私は、私ではない。
私は死んだ。私の残骸からリインが生まれども、それは変わらない。
けれどその子は……ユーリは、まだ生きている。
私と違い、その子はその子のままで、この時代を生きている。……ベルカ殿と、その仲間達よ」
ナハトはユーリを救った者達を、ウーンズを倒した者達を見やる。
「気が向いた時でいい。私の愛する娘を、気にかけてやってくれ」
その言葉に、誰もが頷いた。人も、機械も、プログラムもだ。
ナハトはその光景に安心し、安らかな表情を浮かべて、青年の義腕を指差し――魔力結線を繋ぎ――その一瞬で膨大なデータをそこに流し込む。
「サービスだ。ウーンズ様の研究データ、君なら正しく役立ててくれるだろう」
「……ナハトさん」
「さようならだ。あの時代に死んだ私達は、ここで正しく地に帰ろう。灰は灰に、塵は塵に……」
ナハトの全ての魔力が、自爆を選ぶ。
「これで終わり? これで終わりだと!? バカな、こんな情けない終わりが―――!!」
全てに悪意を振りまいた男は。
全てを壊そうとした男は。
全てに迷惑をかけ続けた男は。
そうして、娘を愛する妻の『愛』に―――終わらせられた。
「こんなッ―――!!!」
ウーンズの砕け得ぬ闇は、ナハトの愛に砕かれる。
「……お母様……お父様……」
ユーリはその体を横たえたまま、母と父を巻き込んだ爆発を見つめる。
「今まで、ありがとう。愛していました、家族として。どうか安らかに……さよなら……」
その瞳から流れる涙を、そっとディアーチェと青年が拭っていた。
その涙が、終焉の終演となった。
世界の終わりが終わる。死触の脅威が終わる。
死触が星から奪ったエネルギーに、スルトや闇の書のエネルギーなどが加わって、死触を通して膨大なエネルギーが星へと逆流し始めた。
エネルギーは星へと還り、単純な動植物の発生を促す。
病原体や毒素、悪性生物も死触の消滅に伴い一気に消えた。
あっという間にエルトリアはかつての生気を取り戻し、正常な動植物が蘇り始める。
まだ小鳥や木々などが復活するほどではないものの、地面には草が生え、山々には緑が戻り、汚染された川は透き通った水が流れ、その合間には小さな虫さえ見えた。
「凄い」
世界が、蘇る。
「腐敗して、荒廃した大地が、緑の大地に……」
それを見ていたアミタとキリエの目にも、自然と涙が浮かんでいた。
この星を救うため、今日まで頑張ってきた。
父と一緒に、頑張って来た。
それが今日、報われたのだ。
彼女らは父が星を救うために頑張る姿を、ずっと見てきた。
その夢が叶って欲しいと、ずっと願っていた。
いつしかその夢は、姉妹自身が求める夢になっていた。
その夢を叶えたいと、ずっと頑張ってきた。
『緑の大地をもう一度』。それが、キリエとアミタの夢だった。
「大地だけではないぞ。空も見よ」
「え? あっ、わあぁ……!」
ディアーチェの声に皆が空を見て、レヴィが思わず声を上げる。
紫の雲は消え、空を覆っていた赤い魄翼は既に無い。
そこには、散った魔力が光を乱反射させて出来た、紫色の空があった。
死触が生むような毒々しい紫ではない。
アメジストを思わせる、宝石と見紛うような色合いの空だった。
「闇から暁へと変わりゆく、
ディアーチェは鼻を鳴らして、ユーリの左隣に寝っ転がった。
「見よ、皆の者! 今日のこの空は、我らだけの物だ! 目に焼き付けるがいい!」
もう、皆疲れ果てていた。
その場に寝っ転がりたいくらいに。
ゆえにか、皆がディアーチェの後に続いていく。
ディアーチェの隣にレヴィが、ユーリの右隣に青年が寝っ転がる。
青年の横にシュテルが座り、その横にフローリアン姉妹が寝転がる。
寝転がったまま、アミタは綺麗な空とその向こうに向けて、とても大きな声を出した。
「聞こえてますかー! 宇宙に行ったみなさーん!
エルトリア! 私達が! 力を合わせて、救いましたよっー!」
その声が。
世界を終わらせる悪夢の物語の、最後を飾る言葉となった。
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